管理局本部、ドッグ。
そこに戦闘艦・アースラは駐在していた。
普段は多数の次元世界を行き来し、様々な事件を解決するこの艦も今はメンテナンス中。
ゆっくりとその巨体を癒やしていた。
そんなアースラを一望出来る、管理局内のエレベーター。そこで二人の女性が会話をしている。

「検査の結果、ケガは大した事ないそうです……ただ魔力の源、リンカーコアが異様な程小さくなってるんですよね……」

ショートヘアの女――エイミィ・リミエッタが心配そうに前方の緑髪の女性――リンディ・ハラオウンへと話しかける。

「そう。じゃあ一連の事件と同じ流れね」
「はい、間違いないみたいです。……休暇は延期ですかね。流れ的にうちの担当になっちゃいそうですし……」

本来ならばアースラがメンテナンス中ということもあってアースラスタッフには久し振りの長期休暇がもたらされる筈であった。
だが、それはおそらく今回の事件によりお流れになってしまうだろう。
エイミィが残念そうにため息をつく。

「仕方ないわ。そういうお仕事だもの」

残念そうに肩を落とすエイミィに、リンディは励ますように笑いかける。
エイミィもその笑みを受け、苦笑する。

「あ、それと医療室に搬送された男の人の事なんですけど……」

エレベーターを出た所でリンディが思い出したかのように口を開いた。

「結構ケガ酷いらしいですよ。ユーノ君が言うには敵の攻撃を直撃したとか……」

心配そうな顔をしながらエイミィが男の詳細が載っている資料をリンディへと手渡す。
それをパラパラとめくりリンディはため息を一つつく。
魔法を全く知らない一般市民を巻き込み、あまつさえ怪我を負わせる。
……合ってはいけない失態だ。
リンディは額を軽く抑える。

「それと、もう一つ気になる情報が」

続く言葉は、男を診察した医師からの情報であった。
男を治療しようと、服を脱がせた管理局の医師と看護師。
服を脱がせたと同時に彼等は息をのんだという。
数多の重症患者を診てきた管理教の医師が、看護師が、息を呑む。
身体中を覆う古傷の数々。
無事な所を探す方が難しい程の、数多の傷に覆われた身体。
生涯を戦場で過ごした魔導師であっても、ここまでの傷は負わないとの、医師からの報告であった。

「……どういう事なんですかね」
「さあ?でも、相当に過酷な人生を歩んできた事は確かね」

手元の資料には男の身体を写真に収めたものがあった。
成程、医師が驚愕するのも無理のない話である。
右肩から胸にかけて走る巨大な切り傷。
左胸には、抉れた肉を補強するかのような形で黒色の布が網目状に縫いこまれている。
右の脇腹にはケロイド状にまで到達した火傷を治したかのような痕。
何を支えているのか、体内に埋め込まれたボルトが背中から飛び出している。
大きな傷の隙間には、わざわざ隙間を埋めるように数多の銃痕が。
手術の痕など一つや二つじゃ効かない。
そして極めつけの。喪失した左腕だ。
これまでの生涯全てを、拷問を受けて過ごしてきましたと言われても信じてしまいそうなま身体が、其処にはあった。
 
「……でも本当なんですかね?」

エイミィが首を傾げながら疑問の言葉を口にする。

「ユーノ君が言っていた事?」
「そうです……だって信じられませんよ!魔導師でも無い普通の人が、なのはちゃんレベルの魔導師と戦ったなんて」
「……でも質量兵器を使ったんでしょう?」
「質量兵器って言ったって拳銃ですよ?いくら何でも……」
「まぁ確かにそうよね……」

二人を悩ましているのは今回の事件について書かれたユーノからの報告書。
これによると搬送された男――ヴァッシュは、ユーノが結界を張るための時間を稼ぐため、敵魔導師と戦闘を行ったらしい。
その事について言及するとユーノは困った顔をして本当ですよ、とだけ呟いていた。

ユーノの言葉通り、拳銃一つで魔導師相手をしたのならそれは恐るべき事だろう。
――だがその脅威と認めると同時に一つの疑問が浮かぶ。

「……それに艦長の言った通り調べてみたら、この人、なのはちゃんの世界の住人じゃないそうなんです」

まさにそれだ。
おかしい。
第97管理外世界は比較的平穏な世界だ。
中には紛争などが起きている地域もあるが、少なくともなのはの住む日本にはそういう事はない。
人間とは状況によって成長のベクトルが大きく変化する。
魔法が発展している世界なら魔法を会得し、質量兵器が支配する世界なら質量兵器の使い方を会得する。
また、争い事の絶えない世界なら死なない為に力をつけ、学歴が支配する世界なら様々な知識を付ける。

それは中には特殊な人間もいるかもしれない。
なのはなどはその良い例だろう。
魔法を全く知られていないい世界にも関わらず異様なほどの魔力を有している。
それどころか魔法を知って一年もしない間にAAAランクの魔導師へと変貌を遂げた。
もはや天才といっても過言ではないだろう。

だが、この男――ヴァッシュ・ザ・スタンピードは違う。

目的がない。

なのははPT事件を解決するため――フェイトを救出するため魔法を訓練し、強くなった。
なら、何故ヴァッシュは強くなった?
――AAAランク級の魔導師とも銃一つで戦えるほどに。

あれほど平和な世界だ。
死ぬまで銃に触れる事が無いという人も珍しくないだろう。
そんな世界でこれ程の実力を持つ。
明らかに不自然だ。

だからリンディは命令した。
本当にヴァッシュがなのはの世界の人間かどうか調査するように。
その結果、読みは当たったらしい。
……あまり当たって欲しくは無かったが。

「多分、義手が付いていたんだと思いますけど、この左腕にある治療痕は明らかになのはちゃんの世界の技術とは違います……相当なレベルですよコレは」

リンディは資料に目を通し僅かに驚愕する。
確かに物凄い技術が使われている。
この技術なら、通常の左腕と同等の精密動作を行える義手を作る事も出来るだろう。
ここだけを見れば管理局と同レベルの技術力と言っていいかもしれない。

「……でも、これって次元漂流者ですよね?なんでなのはちゃんは管理局に連絡しなかったんだろう?」
「……さあ、なんでかしらね……」

首をひねるエイミィを後目にリンディは呟く。
管理局員としての勘が告げていた。
これは厄介な事になりそうだと。

■□■□

ちょうどその時、リンディを悩やます張本人ヴァッシュ・ザ・スタンピードは目を覚ました。

薄く目を開けたヴァッシュにまず飛び込ん来たのは真っ白な天井。
次いで腕に刺さっている針へと何らかの薬品を送っている点滴が目に入った。

(……ここは?)

辺りを見回すも全く見覚えの無い部屋。
医療施設なのは分かるが、どうも頭がボォッとして何故ここにいるかが思い出せない。

(……たしか昨日は翠屋で仕事して、その後なのは達と一緒にアイス食べて、帰ってから夕食を食べて…………そうだ、腹を壊したんだ。あぁ、あれは痛かったなぁ……)

そこまで思い出しヴァッシュの思考が止まる。
思い出せない。
その後どうなったのかが全然。
何で病院にいるんだろう?
腹痛に苦しむ僕を見て士郎さんが病院に連れてってくれたのか?

そんなことを考えながらヴァッシュは体を起こそうとし――
その瞬間、ヴァッシュの体を鈍い痛みが襲った。

「ッ……!」

無言の呻き声を上げながらヴァッシュは体を丸め、痛みが収まるのを待つ。

痛みに耐えながらヴァッシュは思い出していた。
気絶する前に何が起こったのかを。
人が消えたこと、空を飛ぶ何者かがなのはを襲ったこと、なのはを守る為引き金を引いたこと、そして相手の攻撃を受け気を失ったこと。
全てを思い出した。

「……やっぱり夢じゃなかったか」

痛みが鎮まり始めた頃、ヴァッシュはポツリとそう呟いた。
夢だったら良かった。
あんな事本当は起きてなくて、目を覚ましたらいつも通りの日常が始まる。
そうなることを望んでいた。

ヴァッシュは寂しそうな顔をしながら天井を見つめている。

どれほどそうしていただろうか、ヴァッシュは何かに気付き枕元に設置されている台に向かって手を伸ばす。

久し振りの戦闘と敵の攻撃によるダメージで体が軋むが、それを押し殺し目的の物を掴む。
ヴァッシュはそれを自分の顔の前に持っていき眺める。
ヴァッシュの手の中にあるのは銀色の光沢を放つ大型のリボルバー。

それを眺めるヴァッシュの表情は複雑であった。

それは、この世界に来てからは使う事は無いと思っていた相棒。
だがそれは使われてしまった。
その事実にヴァッシュは言いようのない複雑な気持ちになる。

自分は踏み出してしまったのか?
またあの争乱の日々に?
頭に浮かび上がった考えを否定する様にヴァッシュは首を振る。

そんなことはない。
自分は守る為に引き金を引いたのだ。
この平穏な日常を。
そう、守れたはずだ。

いつの間にか銃を握る手に力が入っている。
それに気付き、ヴァッシュは苦笑しながら力を緩める。

そして無造作に銃を縦に振る。
たったそれだけの行為で銃が中程から折れ、空の薬莢が二つ、弾倉から飛び出した。
それらは空中へと綺麗な弧を描きベッドへ落下する。

「良く戦えたもんだよ、実際……」

銃を元あった場所に起き、薬莢を一つ摘みながらヴァッシュはそう呟いた。

昨日の戦いで引き金を引いた回数は二回。
金色の刃の戦斧を振るう少女を助けた時と独楽のように回転しながら突進してきた赤服の少女を迎撃した時だけだ。

それ以外には引き金を引くどころか銃口を向けてさえいない。

あの時銃に込められていた弾丸は二発のみ。記憶にないが、それ以外の弾は前の世界で使用したらしい。

――よくこれだけの装備であんな化け物みたいな少女と戦えたもんだ……。
心底そう思う。

驚異的な機動力と見た目からは想像も出来ない程の力、そして技を兼ね備えた少女。
あの異能殺人集団にいても遜色ない程の実力を有していた。
そんな化け物みたいな少女相手にたった二発の弾丸で戦ったのだ、今更ながらゾッとする。

「まぁ、ユーノが捕まえてくれたでしょ……もーあんな怖い子とは戦いたくないよ、僕は!」

そう言い、ヴァッシュは薬莢をポケットに入れ寝転がる。
どうせする事もないのだ寝てしまおう。
そう考え、ヴァッシュは目を瞑る。
が、さっきまで気を失っていたせいか眠気が全く来ない。
完璧に目がさえている。

さて、どうしたものか……

目を瞑ったままヴァッシュは考える。

この部屋にはラジオやテレビみたいな暇を潰せるような物もない。それどころか窓の一つすら存在しない。
かといって勝手に出歩くのも悪いだろうし……。
と、そこまで考えた時――

「だから、まだ意識が回復する訳ないってー」
「うん、そうだね」
「だったら何でここに来るのさ?お礼が言いたいんだったら目が覚ましてからで良いじゃん」

――扉が開く音と共に二人の女の声がヴァッシュの耳へと届いた。

いきなりの事態に驚きながらヴァッシュが状況を確認しようと目を開くと、金髪の少女――フェイトと目があった。

フェイトの表情が一瞬で驚愕に染まる。
そんなフェイトを見て不思議に思ったアルフもヴァッシュの方を向き、全く同じ動作をし動きを止めた。

そんな二人のリアクションにヴァッシュはどうしたものか、と考えた後、布団から右手だけをピョコっと出し――

「やぁ」

小さな声でそう言った。

 

■□■□

ヴァッシュとはまた別の医療室。

なのはは、機械から出るよく分からない光を胸部に当てられていた。

「うん、さすが若いね。もうリンカーコアの回復が始まっている。……ただししばらくは魔法は使えないから気をつけるんだよ」

初老の医者が柔和そうな微笑みを浮かべながらそう告げた。

「はい!ありがとうございます!」

その答えになのはの顔が満面の笑みで答える。

その元気そうななのはを見て、安静にしてるんだよと、笑いながら告げ医者は外へと出て行った。
部屋になのはが一人残される。

医者が出て行った事を確認した直後、なのはの顔に暗い色が現れた。

「どうしよう……」

ポツリと呟き声が口からもれる。
なのはは悩んでいた。
悩みの種はヴァッシュ・ザ・スタンピード。
ヴァッシュは昨晩の魔導師との戦いによって大怪我を負ったらしい。

あの子に負けなければ。
戦いに行くと言ったヴァッシュさんを引き止めていれば。
あと少し早くスターライトブレイカーを撃っていれば。

後悔という名の鎖がなのはの心を締め付ける。

分かっていた筈だ。
どんなにヴァッシュさんが強くてもあの子を相手にして無事に済むはずがない事を。
なんであの時、ヴァッシュさんを止めなかったんだ。

なのはは自身を攻め続ける。


そして何より――ヴァッシュさんの存在が管理局にバレてしまった。

守ると決めたのに、ヴァッシュさんの傷が癒えるまで一緒に平和な日々を過ごそうと決めていたはずなのに――結局は自分のせいで全て台無しになってしまうかもしれない。
多分管理局が少し調べれば直ぐにヴァッシュさんが異世界の人間だということはバレてしまう。

どうしよう。どうすればいい。

どんなに考えても良いアイディアは浮かんでこない。

と、その時、軽快な音と共に部屋の扉が開いた。

「こんにちは、なのはさん」
「リンディさん……」

入って来たのは緑色の髪をしたグラマラスな女性――リンディ。
その姿を見てなのはは体を強ばらせる。

「体の具合はどう?」

そんななのはのとは裏腹にリンディは微笑みながらなのはの側へ近づく。

「大分楽になりました。でも、やっぱり魔法はまだ使えないそうです……」

なのはは出来るだけ動揺を表にださないように応対する。

「そう……事件の事は私達に任せてゆっくり休んでね」
「はい、ありがとうございます!」

リンディの励ましを聞きながら、なのはは考える。
何をしに来たのだろう。
やっぱりヴァッシュさんのことか、それともただ様子を見に来てくれただけなのか。

「――それでヴァッシュさんの事なんだけどね」

思考中のなのはを現実に引き上げる一言をリンディが放つ。

ドクン。
なのはの心臓が跳ね上がった。

やっぱりバレてるのか。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。どうしよう。

「――意識を取り戻したそうよ」

どうしよう。どうしよ――え?

思考が止まる。

「ほ、本当ですか!?」

ベッドからずり落ちかねない勢いでなのははリンディへと問う。

「ええ、さっきフェイトさんから連絡が入ったわ。今では元気に歩き回っているそうよ」

――良かった。

なのはの目に涙が浮かぶ。

――本当に良かった。

さっきまでの悩みも忘れて、なのはは心の底から安堵した。

「――それでね。なのはさんに聞きたいんことがあるのよ」

喜ぶなのはにリンディが真剣な顔で話し掛ける。
再びなのはの体が強張る。

「なのはさん……単刀直入に聞くわ。ヴァッシュ・ザ・スタンピードは本当にあなたの世界の住人なの?」

――そして次にリンディから発せられた言葉により先程までのなのはの歓喜は完璧に吹き飛んだ。

「……言ってる意味が……良く……分かりません」

数秒後、辛うじてなのはが口を開く。
口の中がカラカラて唾が喉に張り付く。
上手く言葉が出ない。

「失礼ながらヴァッシュさんの事を少し調べさせてもらいました。結果、彼がなのはさんの世界の住人という可能性はゼロ……これの意味することは分かりますよね」

何か言わなくちゃいけない。
嘘でもいいから何か言わなくちゃ怪しまれる。
そう頭では理解していても言葉は出ない。
思考が停止して何を言えばいいのか考えられない。

「……別に次元漂流者というのは珍しくはありません。それ自体には大した問題はない……ただ、管理局に所属していないとはいえ、異世界の存在を知る魔導師が次元漂流者を隠匿する事は大問題なんですよ、なのはさん……」

リンディの言葉がなのはに突き刺さる。
いつものような朗らかで優しげな雰囲気は一切ない。
アースラ艦長としてのリンディ・ハラオウンだ。
その威圧感になのは何も言う事が出来ず、ただ俯いて押し黙る。

重い重い沈黙が病室を支配する。

なのはは必死に考える。
何か良い手はないのか。
このままじゃヴァッシュさんは帰ってしまう……いなくなってしまう……そんなの……そんなの嫌だ……!

「なのは、具合はどうだい?」

――と、なのはがそこまで考えた時、ある人物が沈黙を破った。
それはなのはでも、リンディでもない。
二人は同時に声のした方に顔を向ける。
二人の目に映ったのは完全に開ききった自動扉――そしてそこに立つヴァッシュ・ザ・スタンピードの姿。

「ヴァ、ヴァッシュさん……」

かすれた声がなのはの口からこぼれた。

■□■□


「よろしくな、フェイト。それにアルフ」
「うん、よろしくー」
「は、はい……よろしくお願いします」
「フェイト緊張しすぎだって」
「そ、そんなことないよ!」

先ほどの静寂が嘘のようにヴァッシュの病室は賑やかになっていた。

「あ、あの…昨日は本当にありがとうございました。ヴァッシュが助けてくれなかったら私……」
「ありがとねー」

のんびりと話すアルフとは対照的にフェイトが緊張しているような口調で礼を言う。

「いやいや、気にしないでよ。当たり前の事をしたまでだって」
「でも、そんな大怪我しちゃったし……」
「うん?これのこと?」

ヴァッシュが衣服の下の包帯を指差しながら笑う。

「大丈夫さ、僕はこう見えてタフだからね……ってイテテテテ!」
「む、無理しちゃダメですよ!」
「あ、あはははは……まぁ、あんま気にしないでよ。それに君だって僕の事を助けてくれたじゃないか」
「そうですけど……」

それにしても、とヴァッシュは目の前の少女を見て思う。

(まさか、この子があのビデオメールの子だったとはね……)

今こうして話していると分かる、確かにあのビデオメールの子だ。
あの時――戦闘の時とはまるで雰囲気が違う。
あの時のフェイトからは歴戦の戦士のような力強さがあった。
対して今はあのビデオメールのように、ちょっと内気だけど優しい子。
そのギャップに最初は少し戸惑ったが、話してみてそんな事はすぐに気にならなくなった。
だが、未だに気になる事が一つだけあった。

「なぁ……アルフのそれって作り物なのかい?」

アルフの頭から生えている耳――俗に言う獣耳をヴァッシュが指差す。

「あれ、ヴァッシュって使い魔のこと知らないの?」
「いや、そんな知ってて当たり前みたいに言われても……」

どんなに記憶の中を探して回っても、獣耳のついた人間など見たことがない。
この世界じゃ当たり前なのか?
そーいえばそんな恰好した人がテレビに映っていた気が、確か……こすぷれいやーだったっけか?

「ふふっ。アルフは使い魔っていって――」

頭を悩ますヴァッシュを見てフェイトが使い魔について、簡単な説明をし始める。
ヴァッシュはその話を興味深そうに聞き、感嘆する。

「へ~、それも魔法の一種なのかい?」
「そうですよ」

魔法という物は予想以上に奥が深いらしい。なかなかに面白いものだ。
ふと、そこまで考えてヴァッシュはある疑問を口にした。

「そういえばあの子達は捕まったのか?」

あの子達とは勿論ヴィータ達のこと。
とりあえず捕まってくれてれば大分助かるんだけど……。

だが、そんなヴァッシュの期待に反し、フェイトは首を横に振る。

「ごめんなさい……結界を張るのには成功したんですけど、すぐに逃げられちゃって……」
「……そうか」

なんとなくそんな気がしていた。
あの子達の目には何が何でも事を成し遂げようとする覚悟があった。
多分一人、二人が犠牲になったとしても結界から抜け出しただろう。
やれやれとヴァッシュはため息をつく。
その時、フェイトがポツリと呟いた。

「それに……なのはも……」
「?なのはがどうかしたのかい……?」

ヴァッシュの問いにフェイトは申し訳なさそうに俯く。

「……敵の攻撃を受けて……今ここで治療してるんです」

フェイトの一言はヴァッシュを愕然とさせるには充分だった。

「何……?」

ヴァッシュからいつもの飄々とした笑みが吹き飛び、代わりに驚愕が貼り付く。

「……ごめんなさい」

フェイトは俯いたまま肩を震わせている。
不甲斐ない自分に怒りを覚えているのか?
俯いたフェイトからは表情を読むことは出来ない。

「それで容態は!?」

我に返ったヴァッシュが掴みかからん勢いでフェイトへと問う。

「も、もう意識を取り戻したそうです。魔法は使えないけど、体の傷はもう完治したって言ってました」
「本当かい……良かった」

ヴァッシュはホッと息をつき、ベッドへとよりかかる。

「いや、ごめんよ。大声だしちゃって」
「大丈夫ですよ。……それにヴァッシュがなのはの事、すごく大切に思ってるのも分かりましたし」
「そ、そうかい?」

心配していたのは確かだが、面と向かって言われるのも何だか気恥ずかしい。
少し顔を紅くしたヴァッシュが頬を掻く。
その様子が面白かったのか、アルフとフェイトの顔にも笑みが浮かぶ。
それを見てヴァッシュもつられるようにほほえんだ。

 

 

 

「そうだ。今からなのはの所に行ってくれば?」

それから数分後。
そう提案したのはアルフだった。
その案にフェイトも頷き賛成する。

「そうだね。ヴァッシュも元気になったみたいだし……どうですか?」
「いや、行きたいのは山々だけどさ。いいのかい?そんな勝手な事して」
「大丈夫だって。それに顔に書いてあるよー。なのはの所に行きたいって」
「嘘ぉっ!?そんな顔してた!?」

そんなこんなでそれから数分後、三人は病室を抜け出した。

ヴァッシュは辺りを見回しながら、フェイトとアルフの数歩後ろを歩いている。
すると、ヴァッシュはある疑問を口にした。

「なぁ……ここって、本当に病院なのかい?」

どう見ても看護士や医者じゃない風貌をした人が歩いているし、病院には必要なさそうな設備がチラホラと目に入る。
そして、極めつけはアレ。
窓から見える百数十mはあろうかという巨大な何か。

それに何、あの景色?
気色悪いマーブル色してるぞ?
っていうか外にいる人みんな浮いてない?
何なのだ、ここは?

「?ここは管理局本部ですけど」
「カンリキョク……。昨日も言ってたけどそれは何なんだい?」

歩き続けながらヴァッシュが聞く。

「そっか……ヴァッシュは知らないんでしたね……」
「ここまで関わっちゃったんだし別に教えちゃってもいいんじゃないの?」

アルフの言葉にフェイトは少し逡巡し、口を開いた。

「えっと……管理局っていうのはですね――」

フェイトの説明をヴァッシュは黙って聞いた。
いや、黙っていたというよりは黙ることしか出来なかったという方が正確か。
それ程にフェイトの話はヴァッシュを驚愕させた。

――管理局
――異世界
――魔法

その話はヴァッシュの常識を遥かに越えていた。

フェイトの話によれば世界は何十、何百とあり、それを管理するのが管理局という組織らしい。
魔法の存在にも驚いたが、この話は更にぶっ飛んでいる。
自分がいたあの砂の惑星がある世界も数多と存在する世界の中の一つでしかないのか?
スケールがデカすぎて、ついていけない。
正直なとこ信じられない。

だが、そう考える一方でどこか納得出来るところもあった。
――ヴァッシュはずっと疑問に思っていた。
この平穏な地球と呼称される惑星は何なのだろうと。

自分の世界にも地球という惑星は存在していた。
だが、自分の世界の地球は百何十年も前の時点で、資源は枯渇し死滅したともいえる状態になっている。

ならこの世界の地球は何なのだ?
海があり緑があり生命力に溢れている。
まるで、映像資料にあった搾取されつくす前の地球を見ているようだった。

この不可思議な矛盾がずっと頭の中にまとわりついていた。

「……一つ質問。別の世界に、もう一つの地球が存在するっていうのは有り得るのか?」

いきなりのヴァッシュの質問にフェイトは少し考える。

「……どうでしょう……管理局も全ての世界を把握している訳じゃないので確証はありませんが……もしかしたら、という事もあるかもしれませんね。……どうしてそんな事を?」
「……何でもないよ。こっちの事情さ……」

フェイトの答えによりヴァッシュは確信を得た。
やっぱりこの世界の地球は、自分の世界の地球とはまた別のものだ。
いや、完全に別物という訳ではない。
言うなればもう一つの可能性を秘めた地球。

ここから滅びの道を歩むのか。
それとも自然と共存して生きていくのか。
誰にも分からない可能性を持っている。

自分の世界では滅びの道を進んだが、この世界ではどうなるか分からない。


「あの……ヴァッシュ?」

押し黙ってしまったヴァッシュをフェイトが心配そうに覗き見る。

「……いやー、こういう事もあるんだねぇ……」

知らず知らずの感嘆のため息がもれる。

自分達の世界とは違う道を歩んで欲しい。
俺やナイブズのような悲しい存在を産み出さないで欲しい。
――ヴァッシュは静かにそう願った。

■□■□

「んじゃあ、なのはやフェイト達は管理局で働いている魔導師って訳か」

それから数分後、気を取り直したヴァッシュが口を開いた。

「はい。そうですよ」
「まだ、子供なのに……かい」

少し悲しそうな顔をするヴァッシュ。
幼い子供が命を賭けて戦う事を悲しんでいるのか。

(優しい人なんだな……)

そんなヴァッシュを見てフェイトは少し心が暖かくなる。

「……ありがとう御座います」

自然とフェイトの口から感謝を告げる言葉が出た。

「へ?何がだい?」
「あ、ああ!気にしないで下さい!」
「お二人さーん。そろそろ着くんだけどなー」
「お!あそこかい?」

二人を冷やかしながらアルフがある扉を指差す。
いち早く動いたのはヴァッシュ。部屋に向かって駆けていった。

(この男は本当にさっきまで気絶していたのか?)

元気に駆けるヴァッシュを見て二人の頭に疑問が浮かぶ。

そしてヴァッシュはそのままドアの前へと立つ。
人の存在を感知し、自動ドアが独りでに開く。

「なのは、具合はどうだい?」

陽気に笑いながらヴァッシュはなのはの病室へと入っていき――動きを止めた。
そこに居たのはなのはと見知らぬ緑色の髪をしたグラマラスな女性。

だがヴァッシュが動きを止めた理由はそこではない。
空気が重い。
まるで葬式と葬式と葬式がいっぺんにやって来たかのように重苦しい。

「あ、あれ?」

いきなりの修羅場状態にヴァッシュは困惑することしかできない。

「ヴァ……ヴァッシュさん」

なのはの呆然とした声が病室に響いた。

■□■□

「……あなたがヴァッシュさんですね。私はリンディ・ハラオウンと申します」

数秒の沈黙の後、最初に口を開いたのはリンディであった。
リンディはヴァッシュへと手を差し出す。

「あ、ああ、よろしく」

ヴァッシュもにこやかに笑いながら、その手を握る。

「それにしても、この空気はなんなんだい?やけに重苦しいというか……」

先ほどからなのはは俯いたままだし、フェイトとアルフもこの空気を察知したのか部屋の隅の方で黙って見ている。
なのはの様子を見に来ただけなのに……。
ヴァッシュは誰にも気付かれないように小さく溜め息をつく。

「フェイトさんにアルフ、部屋に戻っていてくれないかしら?」

フェイト達に向け、リンディが申し訳なさそうに両手を合わせる。
それを見てフェイト達は顔を見合わせ、頷くと扉へと歩を進める。

(なのは……)

元気なく俯くなのはを、心配そうにチラリと見てフェイトは外へと出て行った。

「先ほどの話を聞いていましたか?」

フェイト達が出て行った事を確認してリンディが口を開く。

「いや、何のことだかサッパリなんだけど……」

困惑の表情でヴァッシュが返す。
ヴァッシュからして見たら、先程までの和やかな空気からいきなりの葬式ムード。
ついて行けるはずがなかった。

「……今、私たちはあなたの事について話していました」

そして、リンディは話し始める。

――ヴァッシュのように偶然、異世界からやって来てしまった存在を次元漂流者と呼ぶこと。
――異世界の存在を知るなのはがその事を管理局へ伝えなかったこと。
――ヴァッシュの世界が特定出来たらそこへ帰らなくてはてはいけないこと。

一息にリンディは語る。

「……リンディが言ってることは本当かい?なのは」

リンディ説明が終わるとヴァッシュが真剣な表情でなのはへ問う。
それになのはは頷くことしか出来ない。

「……そうか」

そう言いヴァッシュは近くに置いてある椅子へと腰を下ろす。

「……これからヴァッシュさんの世界を管理局のデータベースで洗ってみます。結果が出るまでヴァッシュさんはここで生活してもらう事になりますので……」
「……ここじゃなくちゃ駄目なのか?」

ヴァッシュの問いにリンディは首を横に振る。

「そういう決まりなので……」

その答えにヴァッシュは唇を噛む。

「……それでは特定出来しだいまた連絡しますので…………ごめんなさい、なのはさん……」

最後にそう言いリンディは部屋を後にした。

ヴァッシュとなのはそれを黙って見送ることしか出来なかった。

 

■□■□

なのはは後悔していた。

何でバレちゃったんだろう。
ただ、ヴァッシュさんに平穏な生活を送ってもらいたかっただけなのに。
ヴァッシュさんに心の底から笑って毎日を過ごして貰いたかっただけなのに。

でも、もう無理だ。
ヴァッシュさんは元の世界に帰されてしまう。
身も心もボロボロになって、それでも笑って過ごす辛い生活に戻ってしまう。

最初の夜に高町家を出て行こうとしたヴァッシュの寂しそうな笑顔がなのはの頭に浮かぶ。

――いやだ。
もうあんな笑顔はして欲しくない!

なのはは心の底からそう思う。

――でも、どうすればいいかが思いつかない。

自分の不甲斐なさに涙がこみ上げてくる。

「……ありがとう」

――その時、ヴァッシュが口を開いた。

「……本当にありがとう」

ヴァッシュの口から出たのは感謝の言葉。
なのはは困惑する。
何でお礼を言われるんだろう。
バレてしまったのに。ヴァッシュさんにだって嘘をついていたのに。

なのはは不思議に思いながら顔を上げる。
そこにあるのは笑顔。人を安心させようとする笑顔。
でも、なのはは気付いた。
その笑顔は空っぽだということに。
自分だって悲しい筈なのに無理して笑っているんだということに。

「何で…………何で笑うんですか!?」

つい声が大きくなる。
どうしようもない憤りがなのはの中に蠢く。

「元の世界に帰っちゃうんだよ!?ヴァッシュさんがあんなに傷ついた世界に!」

ああ、ヴァッシュさんが悪い訳じゃないのに、何で自分は怒鳴っているんだろう?
管理局に嘘をつき、ヴァッシュさんにも嘘をつき、本当だったら怒鳴られるべきは私のはずなのに。

「いっつも、いっつも笑っていて!本当は辛いはずなのに周りの心配ばかりして!今回だって自分の事を考えないでみんなのために戦って、傷ついて!」

頭ではそう理解しているのに言葉は止まらない。

「それでもヴァッシュさんは何も言わない!愚痴一つつかない!いつも優しく微笑んでばかり!」

口から飛び出す。
心の中に溜まっていたものを全て吐き出すように。

「……何で?私とヴァッシュさんは友達だよね……辛いことがあったら相談してよ……何でもかんでも一人で背負わないでよ……」

悩みを相談してくれない友達に憤る少女。
それは半年前のあの時と酷似していた。
あの時、怒られる側だった少女が今では逆に怒っている。

なのはは、あの時のアリサの気持ちが少し分かった気がした。

一方的に怒鳴られ理不尽に責められたにも関わらずヴァッシュは何も言わない。
ただ静かになのはを見つめているだけ。

「……なのは」

不意にヴァッシュが動いた。
なのはの頭の上に手を置き、優しくつぶやく。
ヴァッシュの温もりが伝わる。

「……君は本当に優しいんだな」

ヴァッシュが語りかける。
全てを包み込むかのように大らかで優しい口調。
それはゆっくりとなのはの心に染み込んでいった。
思わず、目に涙が浮かぶ。
泣いちゃ駄目だ。
泣いてたまるか。
零れ落ちそうになる涙を何とかせき止める。

「……そんなことありません……私、ヴァッシュさんにだって嘘ついてました……異世界の事なんて知らないって……」

声が震えそうになるのをシーツを思いっきり握り我慢する。

「それは僕が悩まないように考えてくれてたんだろ……君は本当に僕の事を考え、救おうとしてくれた……それが僕には――」

不意にヴァッシュの声が途切れた。
と、同時に頭の上に何か暖かい滴が垂れた。
不思議に思い顔を上げたなのはの目に飛び込んで来たもの、それは――

「――本当に嬉しい」

優しく微笑み、両方の眼から一筋の涙を流す、ヴァッシュの姿だった。

「ヴァ、ヴァッシュさん!?」

初めて見る大人の男の涙になのはは大いに焦る。

「ご、ごめんなさい!何か言い過ぎちゃって……!」

憤りなんかどこかに吹き飛んでしまった。
必死になのはは頭を下げる。

「いやー、ありがとう!」

そんななのはを見て、ヴァッシュは涙を拭き立ち上がる。

「お陰で決心がついたよ」

ヴァッシュの顔にはいつもの飄々とした笑みとはまた違う、心の底からの笑顔があった。

「決……心?」

なのはの言葉に答えることなく、ヴァッシュは部屋の出口へと歩いていく。

「あ、そうだ。たぶん、またしばらくの間なのはの家にお世話になると思うから宜しくね!」

右手をヒラヒラと振りながらヴァッシュは外へと出て行った。

「え……?」

なのははヴァッシュが最後に残した言葉の意味を頭の中で考える。

(『なのはの家でお世話になる』……?)

ヴァッシュさんは確かにそう言った。
だが、どうする気だろう。
管理局には存在がバレ、結果が出るまでの期間でさえここで待機するよう言われているのに。
何をする気だろう?

そんな魔法みたいなこと、いくら考えてもなのはには思い付かなかった。

■□■□

「はぁ……」

管理局本部資料室。
リンディは正面に映るディスプレイとの睨み合いをしながら、ため息を一つつく。

「艦長、少し休んだ方が良いですよ……」

明らかに疲労の色が見えるリンディに、エイミィが心配そうに声をかける。

「……そうね。今日のところは終わりにしましょうか」

そう言いリンディはディスプレイの電源を落とし椅子へともたれ掛かる。

「大丈夫ですか……」
「まぁ、大丈夫ではないわね……」

どうにも作業がはかどらない。
リンディは心の中で小さく毒づく。

謎の襲撃者の捜査だけでも大変だったのに、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの問題まで現れた。
二つのことを同時にやるより、一つのことに集中して作業した方がはかどるに決まっている。
こうも立て続けに事件が起こると、いくら優秀なスタッフが居るにしても人手が足りない。
それに――

「ヴァッシュ・ザ・スタンピード……か」

――どうも乗り気にならない。
乗り気や何やらで仕事に支障が出るのは艦長として失格かもしれないが、どうにもやる気が出ないのだ。
もちろん、謎の襲撃者事件についてではない。
そちらに関してはは自分も含めスタッフ全員やる気に満ちている。

問題なのはヴァッシュ・ザ・スタンピードについてだ。
身内が関わっているという事もあってか気乗りしない。

どうやら調査によると、なのはは一、二ヶ月の間ヴァッシュの存在を隠していたらしい。
何故、ヴァッシュのことを管理局に伝えなかったのかは分からないが、そこに悪意が無いのは分かった。
たぶん、なのはなりに考えが有ったのだろう。
だが、いかなる理由が有っても次元漂流者の隠匿は許される事ではない。
民間協力者なので刑罰になる事はないだろうが、厳重注意は来るだろう。

――気が重い。

今日何度目か分からないため息をリンディはついた。

そしてもう一つリンディの心に引っかかっているものがあった。
寧ろ、この事が一番リンディの心に響いている。

――どうしても先程見せたなのはの悲しげな表情が拭えない。

自分が問い詰めた時、なのははとても悲しそうな顔をしていた。
それを見て気付いてしまった。
なのはがどれだけヴァッシュ・ザ・スタンピードを大切に思っているかを。

そんな二人を引き裂くのか?
それが仕事だと言い聞かせるも、駄目だ。
どうしてもなのはの悲しげな顔が頭に浮かぶ。

「……どうしたらいいのかしらね」

リンディは真っ黒な天井を見上げる。
と、その時――

「おじゃまするよ、リンディはいるかい?」

陽気な声が資料室に響いた。

「あの人……!」

エイミィが驚きの声が上げる。
僅かに眉を吊り上げ、声のした方へリンディが振り向く。

「……ヴァッシュさん」

そこに居たのはド派手な金髪男、ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
陽気に笑うその顔を見てリンディは気が重くなるのを感じた。

「ああ、いたいた!いやー探したよ、この管理局ってのは広すぎるよ、まったく」

笑いながら近付くヴァッシュを見て、リンディは少し違和感を感じた。

何か違う。
先程までと何かが変わっている。
相変わらず表情は飄々としていて、先程と変わらない笑みを顔に張り付かせている。
ただ、眼が違う。
眼から力強い意志を感じる。言うなれば決意。
目の前の男から大きな決意を感じる。

「私に何か用ですか?」
「そうそう!一つ頼み事があるんだ!」

頼み事?
リンディの顔に困惑が浮かぶ。
そんなリンディの困惑に気付いているのか、気付いていないのか、ヴァッシュは益々笑みを深くする。

「――僕を管理局に雇ってくれないか?」
「……は?」

空気が固まった。
エイミィもリンディも、ヴァッシュが放った言葉の意味を理解するのにたっぷり十秒は懸かった。

「そ……それはどういう意味でしょう」

リンディが何とかそれだけ口に出す。

「だから、協力させてくれって話さ。まだあの赤服の子達は捕まってないんだろう?だったら戦力が多いに越したことはないと思うんだけど」

そこまで来てようやくリンディも話が飲み込めて来た。

「……ようするに、管理局員として戦うからなのはさんの世界で生活させて来れ……という事ですか?」
「いや、リンディは話が分かるな~。正にその通り!」

リンディは全てを理解した。
そういう事か。
先程この人の目に映っていた決意。
それは戦うための決意だったのだ。
そして、その決意は岩のように固いだろう。
だが――

「……ヴァッシュさん……ヴァッシュさんの実力はユーノから聞いてますし、その申し出はこちらとしても嬉しい限りです……が、断らせてもらいます」

苦虫を噛み潰すかのように顔を歪ませリンディはそう言った。
その言葉に慌てたのはヴァッシュだ。

「な、なんでだい!?なのはの様な民間の協力者もいるんだろ!?だったら――」
「無理です」
「な、何でですか、艦長!?別にいいじゃないですか!」

あまりに冷徹な判断にエイミィも反対の意を唱える。

「いえ、無理です――ヴァッシュさん、あなたは魔導師相手にどう戦うつもりですか?」
「この銃でだ……」

ヴァッシュは懐から相棒を取り出す。
それを見てエイミィも理解した。
リンディが何故ヴァッシュの管理局入りを拒絶するかを。

「……管理局では質量兵器というものの使用が禁止されています……」
「シツリョウヘイキ……?」
「……要するにあなたが持つ銃の事です」

苦々しくリンディが言った。
――質量兵器。
それは火薬や化学などを用い、スイッチ一つで大量の人々を傷つけ破壊を生み出す兵器。
その危険性、非人道的さから管理局では使用が禁止されている。

質量兵器の事を聞いてからヴァッシュはずっと俯いている。
それを見ていると罪悪感に胸が締め付けられる。
自分はなのはとヴァッシュを繋ぐ唯一の手段を断ち切ってしまったのだ。
それが管理局員としての正しい判断だ、と自分に言い聞かせても罪悪感は全く拭えない。

悲しげな表情でリンディはヴァッシュを見詰め、肩に手を置いた。
瞬間、物凄い勢いでヴァッシュが顔を上げた。

「……リンディ。僕の世界が見つかるまであとどれくらい掛かる?」
「データベースに存在していれば大体二、三日で特定し終えますけど……それが?」
「二、三日か……」

そう呟き頷くとヴァッシュは真剣な顔でリンディに向き直る。
そして驚く事を口にした。

「あと三日で魔法を習得したとすれば管理局に入れてくれるかい?」
「……は?」

再び空気が固まる。

「どうだい?それなら問題ないだろう?」

そんな空気を気にもせずヴァッシュは話し続ける。

「そりゃ問題はありませんけど……」
「なら決まりだ。あと三日の間に僕は魔法を習得する」
「……分かりました」

リンディはコクリと首を縦に振る。

「よし!約束だよ!」

そう言い部屋を飛び出そうとするヴァッシュをリンディが呼び止める。

「ですが、もう一つだけ条件があります」

その言葉に非常に嫌そうな顔をしてヴァッシュが振り向く。

「……その条件っていうのは何だい?」
「簡単な事です。こちらが選出する魔導師を相手に戦い、一撃でも攻撃を成功させること。これが条件です」

あの襲撃者たちは強い。
にわか魔導師が相手をするには危険すぎる相手だ。
一つ間違えれば大怪我、下手したら命に関わるかもしれない。

そんな敵相手に最低限戦えるレベル。
これが自分の出来る最大限の譲歩であった。

「OK。それだけだね」

それでも目の前の男は自信満々に微笑む。

「ええ……頑張って下さいね」

そんなヴァッシュを見てリンディの口から思わず本音が出る。

「ああ、まかせといてよ!」

そう言いにヴァッシュは部屋から出て行った。
その目にあるのは決意。
百数十年という月日を銃のみで生き抜いてきた人間台風は魔法という不可思議な力を習得できるのか。

人間台風の戦いが始まった。

前へ 目次へ 次へ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年06月11日 11:16