part1 村正
村正。
一般にそう呼ばれる日本刀は、千子村正なる刀匠のものであるとされる。
この名を持つ刀が忌避される理由とされるのが、徳川家康が忌避したから、というものだ。
家康の父、祖父を殺した刀が村正であり、また家康の嫡男信康が切腹した際に用いられたのも村正。
また家臣が誤って取り落とした槍で家康が負傷し、調べたところ此れもまた村正作だったのだ。
このような経緯から村正は「徳川に仇為す刃」として公にも忌避されるようになり、
後年、村正はフィクションの世界で妖刀の名を欲しいままにするようになったのだ。
しかしながら、これは単に徳川の本拠地であった三河こそが村正の生産地であり、
必然的に村正の絶対数が多くなったが故の偶然である、というのが現実的な見解である。
また刀匠としての村正の力量は疑うべくもない。
彼の本田忠勝の持つ名槍「蜻蛉切」は村正によって作り出された刃なのだ。
また葉隠で著名な山本常朝が仕えていた鍋島家の家宝こそが、
隕鉄を混ぜて鍛え上げられたという名刀、或いは妖刀『妙法村正』であった。
この刃、触れる物は喩え種子島の弾丸でさえ切り裂くという鋭さを誇っていたのだが、
幕末の動乱、そして第二次世界大戦の動乱の最中に失われ、歴史の闇へと消えようとしていた――……。
part2 海鳴市
「うぅーん、久しぶりに帰ってくると気持ち良いなぁーっ。
フェイトちゃんやヴィータちゃん、シャマルさん達も来れれば良かったのに」
「しゃぁないやろ。シャマルもヴィータもザフィーラも忙しいんやし。
ま、シグナムがいれば安心やろ。しっかり頼むで!」
「ええ。任せてください、主はやて」
――海鳴市。
文字通り海の傍にある地方都市に三人の美女――もとい、美女と二人の少女が訪れたのは、
海から吹く暖かな風も心地よい、ある晴れた春の日であった。
高町なのは、八神はやて、そしてシグナム。
時空管理局と呼ばれる組織に所属し、数々の異世界を飛び回って事件解決に奔走している今、
ミッドガルドに引越しをした八神家の面々は勿論、春休みなのを良いことに頻繁に協力している高町なのはもまた、
この街――住み慣れた故郷であり、思い出深い土地に戻ってくるのは随分と久しぶりだ。
残念ながら、あの時にいた面々が全員この場揃っているわけではないのだが……。
「それで、えぇっと。ロストロギアが発見されたから、それの確保と移送、だっけ」
「いや、もう確保はされとるから、受け取って明日移送やね。
取引場所が海鳴市になったのは――……まあ、偉いさんが気ィ利かせてくれたんと違う?」
なんだかんだで彼女たちはリンディ・ハラウオンを始めとし、上層部に知り合いが多い。
ひょっとしたらその内の誰かが、などというのは勝手な妄想ではあるが……だとすれば実に嬉しい。
まあ、単なる偶然と考えるよりは遥かに気分が良いだろう――という事で同意した彼女たち。
久方振りの故郷に心を弾ませながら、受け渡し場所兼宿泊場所でもあるホテルに向かって歩き出した。
part3 妖刀
「それでは、ロストロギア妖刀『妙宝村正』は受け渡しました。確認のサインを願います、八神特別捜査官」
「ほいほいっと。 にしても妖刀かぁーっ。 ごっつい品やね、また」
ホテル一階、エントランス。
その端の方にあるソファに腰を落ち着け、ケースを残して立ち去る職員を見送りながら、はやてが呟いた。
妖刀ムラマサ。それなりにフィクション作品に触れていれば、嫌でも耳にする代物だ。
「『何でも斬っちゃう』刀なんだっけ? でも、ちょっとロストロギアって感じは――しないよね」
なのはが留め金を外してケースの中を覗き込めば、其処には黒塗りの鞘に収められた日本刀が一振り。
成程、確かに魔力は感じるけれど、ジュエルシードや闇の書と言った、かつて出逢った代物には遠く及ばない。
妖しげな雰囲気が漂っている、と言われればそう感じなくもないが……。
「それが現代の技術で再現不能。或いは古代の技法で作られていれば、須らくロストロギアだという事だ」
「なぁなぁ、シグナムは剣とか好きやろ。 このムラマサって、どうなん?」
「そう、ですね……名剣であるのは見ただけでもわかりますが――」
主に問われて、彼女もまたケースの内側を覗き込もうとし――瞬間、その表情が凍りついた。
どないしたん?と不思議そうに見上げるはやての問いさえも無視し、シグナムが視線を向けていたのは一人の男だった。
たった今、自動ドアからロビーに入り、受付でチェックインの手続きを行っている宿泊客。
黒髪、黒眼、黄色の肌。人目で東洋人とわかるが、およそ尋常な人物ではあるまい。
その細い切れ長の瞳。恐ろしいほどに研ぎ澄まされた鋭い視線。
また平凡なスーツを内側から押し上げている筋肉。引き締まったそれは、男の身体能力の程を物語っている。
職員が確認の為に、彼の名を問いかけているのが、此方にも聞こえてきた。
「それではお名前の方を――――」
「デューク。 デューク東郷だ」
part4 南無妙法蓮華経
ホテル上層階に存在する130号室。
その中で、煙草を吸いながらベッドに腰を下ろしている男がいた。
デューク東郷。つい先ほどチェックインを済ませた、あの人物である。
そして、もう一人。
彼に対して椅子に座り、アタッシュケースを抱えた西洋人。
名前はデイブ・マッカートニー。欧米を中心に活動する――非合法の銃職人。
「あいよ、頼まれてた品だ。
――ったく、わざわざ日本にまで運ばせるとはね、あんたが」
(……………………)
差し出されたケースを無言で受け取り、中を改めるデューク。
其処にはたった一発の弾丸が収められていた。
典型的な5.56mmのライフル弾。
見るものが見れば、それはM16A2に使われる、有り触れた代物であるとわかっただろう。
だが、一つだけ通常弾と違う点があった。弾頭が黒塗り――否、びっしりと何か彫り込まれているのだ。
慎重な手つきで弾丸をつまみあげたデュークは、それを光にかざして丹念にチェックする。
こうしなければ弾頭に刻まれた米粒よりも小さい文字が見えないのだ。
其処には『南無妙法蓮華経』という漢字が精密に記されている。
「注文どおりだぜ、デューク。レーザーによる彫刻だ。溝の深さは0.01、2ミリ。
テキサスで百発ほど試射したが、弾道にブレは無し。炸薬にも注文どおりブッダの骨を混ぜておいた」
「…………手間取ったか?」
「いいや。ブッダの骨って聞いた時は無茶だと思ったが、探せばあるもんでね。
まあ世界中にあるブッダの骨を全部あつめりゃ、象と同じ大きさになるらしいからなぁ……。
だけどこいつは本物だ。なんせクロフト家のトレジャーハンターに入手させた代物だからな」
「…………」
「あとは注文どおり、12.7mmでも300発用意したが――本当に5.56mmは一発で良いんだな?」
「……ああ。パーフェクトだ」
「フフフフ……なぁに、軽いもんさ。……んじゃ、俺は寝るぜ。完成して即座に飛んできたんでね」
そう言うなり、椅子に座ったまま鼾をかいて眠りこけるデイブ。
デュークは感謝の意思を伝えるように数秒の間、その姿を眺めていたが、
やがて右手にボストンバッグ、そして左手に弾丸の入ったアタッシュケースを持って立ち上がった。
目指すのはホテルの屋上。これから彼は、ある極めて困難な――不可能とも思える仕事をこなさねばならないのだ。
そう、不可能を可能にする男。デューク東郷こそが、その称号に相応しい人物である。
だが、彼の名を知る者は、デュークの事を異なる名前で呼ぶ。
その名は――――
part5 ゴルゴ13
「ゴルゴ13?」
「そや! 管理局のデータベースにも無かったんで第97管理外世界の警察機構に探りを入れたら、ドンピシャやった!」
そう言って、はやてはシグナムが注視していた人物の報告書を、ベッドの上に放り投げた。
およそ平和な地方都市に似つかわしくない――シグナム風に呼ぶなら勇者――戦闘のプロフェッショナル。
彼の超人的としか表現できない、数多くの任務についての詳細が其処に記載されていた。
無論、これでも一部である。ゴルゴ13という男が関わった現代史の暗部は、到底語りつくせるものではない。
「ねぇ、はやてちゃん。この男の人――デューク東郷って言ってなかったっけ?」
「それはゴルゴ13の別名――偽名っちゅう奴やな。本人と見て間違いないで」
――ゴルゴ13。
本名、年齢、国籍、その一切が不明の謎の男。
東洋人であり、変名としてデューク東郷を多用することが知られている。
彼は果たして何者なのか。ある者はテロリストと呼び、ある者は国際犯罪者とも呼ぶが、それは正確ではない。
ゴルゴ13とは即ち、特A級のスナイパーなのだ。
驚異的な狙撃能力を持ち、一説によればレーザーライフルを用いて2000mもの長距離射撃を成功させたとか。
また単に優れた射手であるだけでなく、格闘技や拳銃、重火器やトラップの扱いにも熟練した、
凄腕の暗殺者――工作員だとも呼べる、恐らくは現代における最強の人間の一人。
その彼が、果たして何故、今この海鳴市にいるというのか。
「……間違いなく、このロストロギアが原因でしょうね」
「それとも……わたし達を狙撃する、とか」
「笑えん冗談やなぁ、それ……」
管理局には敵が多い。
ましてや驚異的なポテンシャルを秘めていたり、闇の書の持ち主であるとなれば、だ。
将来的に脅威となる前に処理してしまおう、などと考える輩が内外にいてもおかしくは無い。
それが三人の共通見解であった。
いくら驚異的な狙撃者であっても、まさか魔術に対抗できるとは思わないが――……
『万が一』という自体がある。警戒するに越した事は無い。
果たしてそれ以上に何が出来るだろうか?
中学校を卒業したばかりの少女が二人である。
いくらヴォルケンリッターの一騎士が傍におり、彼女たちが一流の魔術師であったとして。
果たして、それ以上に何が出来ただろうか?
part6 幻想殺し
翌日。まんじりとせずに夜を明かした三人は、アタッシュケースを持った八神はやてを中心に
並んでホテルをチェックアウトし、エントランスホールから外へと脚を踏み出した。
「主はやて、どうかご注意を。何処から狙われるともわかりません」
「そうだよ、はやてちゃん。怪我したりとか、嫌だからね?」
「二人とも心配性やなぁ。大丈夫やて。別に狙われてるってわかったわけやないんだし」
とは言うものの、はやての顔にも緊張の色は濃い。
無理も無い話だ。狙撃されるかもしれないという状況でリラックスできる筈が無い。
そして不幸にして、ある意味でその緊張が彼女を救ったとも言える。
ガチガチに強張った身体を動かそうと、アタッシュケースを持った手を大きく動かした次の瞬間――
――バチンと大きな音がして、ケースの留め金が弾け飛び、ムラマサが転がり出た。
「なぁッ!?」
続いて銃声。素早くシグナムが主を庇い、なのはが周囲を警戒するが――果たして弾丸が何処から飛来したのかもわからない。
恐らくは高所からだとは思うのだが、それが一体何処なのか。
「なのは、上やッ!」「ッ!」
はやての声に反応した次の瞬間、ホテルの屋上から連続して飛来する何かの気配を察知した。
「レイジングハートッ!」《Yes master!》
素早く杖を起動。バリアジャケットを展開する暇すら惜しみ、シールドを展開するが――
「きゃあっ!?」
それが呆気なく撃ち抜かれる。
魔力で作られた防壁を容易く貫通する鉛弾。幻想の力を行使していながら、その不条理に対し、なのはは我を忘れる。
無論、容赦なく弾丸は迫り――それに対処したのはシグナムであった。咄嗟にムラマサに手を伸ばし、抜刀。
その「喩え種子島の弾丸でさえ切り裂く」という切れ味を存分に振るい、飛んでくる弾丸を切り払う。
(成程――これは凄まじい。レーヴァンテインに並ぶとも劣らない)
「、っと――なのは、頼む!」
「わかった!」
以心伝心。 たったそれだけの会話で意思疎通を追え、高町なのはが飛翔する。
目指すのはホテル上空。謎の狙撃手――ゴルゴ13のいるだろう屋上だ。
さすがに航空戦闘に天与の才を持つ彼女だけの事はある。瞬く間に上昇し――
――――屋上に設置された、引金にワイヤーを結ばれただけの12.7mmブローニングM2重機関銃を見出した。
無論、彼女には銃器に関しての知識は無い。そしてデューク東郷がこれを昨夜のうちに仕掛けたのだという事も知らない。
だが――なのはにも、これが人がいなくとも自動的に撃てるように細工されていた事は察しがついた。
「はやてちゃん! ホテルの屋上には誰もいないよ!ここにあるのは銃だけ! 東郷さんは他の場所にいる!」
「なんやてッ!?」
果たして、八神はやての驚きの声と機関銃が30秒間で300発の弾丸を吐き出し終えたのと、どちらが速かったろう。
次の瞬間、まったく見当違いの方向――或いは彼女ならば其れが海鳴大学病院の方角だとわかったかもしれない――から、
はやての頭部目掛け、M16A2アーマライトカスタムが発射した必殺の弾丸が飛来した。
それに反応できたのは無論、歴戦の騎士であるシグナムのみ。
紫電一閃。
目にも留まらぬ早業で振りぬかれたムラマサは、一刀の元に弾丸を切り裂き、そして――
―――――続いて飛来した第二弾により、その峰を打ち抜かれ、砕け散った。
金属欠片が飛び散るなか、事此処に至り、ようやくシグナムはゴルゴ13の意図を理解する。
(そ、そうか……ッ。一発目はケースを吹き飛ばすためだけの狙撃。そして二発目は囮か……!
いくらこの刀が何でも切れると言っても、それは『刃』の部分だけ……ッ!
だから奴は、刀を使わざるをえない状況を作り出し、刀を振らせて囮を切らせ――その瞬間に『峰』を狙撃した!)
理論上は可能である。あくまで理論上は。だが――仮にも烈火の将と呼ばれたシグナムの剣速は伊達ではない。
囮の二発目を撃った後、シグナムに剣を振らせ、『峰』を見せた刀へと狙撃する。
一体どれほどの速度で照準を合わせ、狙い撃ったというのか。
まさしく不可能な行為であり……それをゴルゴ13は、可能にした。
「な、なんちゅう……化け物かいな、ゴルゴ13は………ッ」
ロストロギアを破壊され、呆然となっている八神はやての呟きに答える者はいない。
彼女は勿論のこと、高町なのはも、シグナムも、誰もが言葉を失っていたのだ。
或いは視覚を強化すれば、遥か遠く離れた病院屋上で煙草に火をつけるゴルゴ13の姿を見ることができたろうが、
だとしても彼が既に終えた任務に対して何かを口にする筈もなく、ただ、沈黙だけがその場を支配していた……。
part7 武士の魂
――夜も迫り、薄闇に包まれた日本家屋。
その縁側に腰を下ろした老人が、茶を啜りながら竹林のほうを眺めていた。
否、正確には――其処に気配も無く佇む一人の男を、だ。
煙草を咥え、ゆったりとした姿勢のその男こそ、誰であろうゴルゴ13である。
「……報酬はちゃんとスイス銀行の指定口座に振り込ませてもらったよ、ゴルゴ13。
あんたの仕事は――そりゃあ、見事なものだった。本当に感謝している………」
「……………………」
「奴らは、奴らは……時空の平和を守るためとか抜かして、あの刀を奪いおった!
ロストロギア? 危険な遺失魔術? そんな事は知るものか!
あれは主君である鍋島様から預けられ代々受け継いできた、大事な家宝――、武士の魂だ!
それを二度と世間の目に触れさせんよう、封印するなど……ッ」
老人は穏やかな、しかし強い憤りを込めた口調で、言葉を搾り出した。
魔法を振りかざし、権威を振りかざし、彼の大切な品を奪っていった管理局の面々。
恐らく、彼らは数々の動乱を潜り抜けてきた刀の価値などには見向きもしまい。
単に危険な物品として、暗い倉庫の奥深くに放り込まれる。
それは――それは刀として、武士の武具として、どれほどの屈辱であろうか。
「だから、いっその事……壊してしまいたかったのだ。
ロストロギアが保管される前に、そして魔術を使う奴らを相手に、それが出来るのは……
――あんたしかいなかった。
その上、あんたは――あの刀に、最後の活躍の機会まで与えてくれた……」
そう。不可能を可能にするといわれる、このゴルゴ13しかできなかっただろう。
ましてや――稀代の妖刀、その最期に相応しい対戦相手も、この男にしか……。
だが、男の返答は簡潔なものだった。
彼は煙草の煙を吐き出し、ゆっくりと首を左右に振る。
「俺は……依頼人と二度会うことを好まない……」
そう言ってデューク東郷はゆっくりと踵を返し、気配も感じさせぬまま夜闇の中へと去っていく。
だが、その背中を見送りながら、老人は何時までも、何時までも、感謝の言葉を繰り返していた……。
「……ありがとう、ありがとうゴルゴ13……!」
――――近年、時空管理局による強引な介入が問題となっている。
管理やロストロギアの回収などを名目に、圧倒的な魔法力によって対象を制圧、奪取する手法は、
あまりにも独善的であり、また該当世界の権利を著しく侵害しているのではないか。
現在、管理外世界に暮らす「被害者」からの正当な訴えが無い以上、これらは憶測の域を出ないが、
未確認であるだけで、その数は膨大なものになるだろうと言われる。
尚、八神はやてが現行の管理局体制では対応不可能な事件を専門に扱う部署、
即ち古代遺失物管理部「機動六課」設立を目指すのは翌年からだが、本事件との因果関係は不明である…………。
最終更新:2008年04月05日 15:29