「どりゃああああ!!」
「ちょ、ちょっとタンマーッ!」
緑色に光る鎖――チェーン・バインドが体に巻き付いている。
渾身の力をこめ、体を動かそうともがくが全く身動きが取れない。
そんなヴァッシュに対し、雄叫びを上げ疾風の如くスピードでアルフが突っ込んで行く。
高速で空を飛ぶ魔導師にとっては十数mなんて距離は意味をなさない。
この数十分にわたる戦闘でヴァッシュはそれを嫌という程思い知っている。
が、体は動かない。
一瞬でアルフとヴァッシュとの距離はゼロとなり、不可避の拳が風を切りながらヴァッシュの顔面へと迫り――――
人を死なせないため、殺さないため、毎日毎日百何十年と訓練をし戦って来た。
その経験で培ってきた物は伊達ではないと思っている。
だけど今回に限ってはその経験は全く通用しなかった。
全てが予想を遥かに超えていた。
銃を構え、狙い、引き金を引く。
銃ならこれだけですむ事が、魔法ではそうもいかない。
正直言って分からない事だらけだ。
リミットまで後三日。
これで本当に魔法を使えるようになるのか?
鈍い衝撃が顔面を貫く最中、ヴァッシュはそんな事を考え、闇の中へと意識を手放した。
■□■□
あれから直ぐに、ヴァッシュは魔法を習得するため、奔走を始めた。
まず始めにヴァッシュは、フェイト、アルフ、なのは、ユーノの四人にこれまでの経緯を話し、コーチを頼み込む。
三者三様の驚きを見せたがみんな快く承諾してくれ、訓練室を借り早速練習を開始した。
と、ここまでは順調だったのだが、いざ特訓という段階に来て一つの大きな問題が五人の前に立ちはだかる。
それはヴァッシュが魔法について全くの無知だということ。
魔法とは理論である。
なのはの様に魔法を感覚的に捉え扱う事が出来る魔導師などそれこそ一握りしかいない。
当然、魔法について何も知らないヴァッシュが使える訳などなく、特訓は魔法についての教授から始まった。
取り敢えず今回の合格条件は「一撃をあたえる事」。
となれば、絶対必要になるのは攻撃系の魔法。
与えられた時間はたったの三日、四人は防御魔法を教えることは諦め、攻撃魔法についての教授を始めた。
長々と語るユーノやフェイトの言葉をヴァッシュが真剣に聞き続ける事一時間、基礎中の基礎レベルの事はヴァッシュの脳内へと刻み込まれた。
これで魔法を扱う為の最低条件は満たした。後はヴァッシュに魔法の才能があるかどうかに懸かる。
四人から発される期待の視線を一身に受け、早速ヴァッシュは魔法を発動しようと試みる。
なのは達に教えてもらったことを脳内に思い描き、ゆっくりと集中力を高めていく。
今まで感じた事の無い何かが体の中を巡っていく。
それをゆっくりと一点に集中させる。
ゆっくりと
ゆっくりと
ゆっくりと
そして一気に開放するイメージでそれらを解き放ち――当然、魔法は発動しなかった。
魔力弾が形成されるどころか、魔法陣さえ発生しない。
頭で理解したからといって、使えるようになる程魔法は甘いものじゃない。
少々落胆したものの、いきなり使えるようにはなる訳が無いのは分かっていた。
ヴァッシュは再度試みる。
結果は再び失敗。
挑戦――失敗。
挑戦――失敗。
挑戦――失敗。
その後、なのは達から助言をもらい何回も挑戦をするも、失敗ばかりを重ねていった。
もはや失敗数が二桁を突破しようとした時、見かねたアルフがある提案をする。
その提案とは「いっその事、模擬戦でもしちゃえば?」といったもの。
要するに、ヴァッシュをギリギリまで追い詰め魔法の力を覚醒させちゃおう!というポジティブシンキングの塊の様なアイディアであった。
その案に真っ先に賛成したのはヴァッシュ。
アルフ以外のコーチ陣――なのは達は危険だ、死ぬ気か、と反対していたがヴァッシュは頑として折れず、最終的には三人が折れ、渋々承諾。
なのはは魔法を使えない、フェイトも怪我をしている上にデバイスも故障中、ユーノはサポート役、ということでヴァッシュの相手アルフに決定した。
「んじゃ、お手柔らかに頼むよ、アルフ」
「OK!一応手加減はするけど怪我しないでね、ヴァッシュ!」
そして、模擬戦が始まった。
とはいえヴァッシュはまだ魔法も使えないヒヨっ子同然。
本気で戦ったらそれこそ大怪我を負わせてしまう。
それにこれはあくまで魔法の力を開花させる為の模擬戦だ。
アルフはそう判断し、適度に力を抜き、戦闘を開始した。
だがここで思わぬ事態が発生する。
アルフの予想を遥かに超えてヴァッシュが実力を有していたのだ。
何発、何十発と拳を飛ばしても、虚しく空を切るのみ。
当たるどころか、かすりもしない。
これに驚いたのは、離れて見ていた三人。
謎の襲撃者と戦闘を行った事から相当な実力を持っているとは思っていたが、実際目にしてみると、自分達の予想を遥かに越えていた。
魔導師の機動力にも反応する反射速度、人間技とは思えない身のこなし。
化け物のような動きで攻撃を回避を続けるヴァッシュに三人は驚愕することしか出来なかった。
そしてそれから数分後、もはや本気で戦っていたアルフが遂に音を上げた。
模擬戦の結果――
アルフ怪我なし、疲労大。
ヴァッシュ怪我なし、疲労小、当然魔法使えるようにはならず。
要するにアルフの提案したギリギリ覚醒作戦は失敗。
互いに疲労を残すだけ、という不甲斐ない結果となった。
ひとまず休憩を取りながら、これからどうするか頭を悩ますコーチ陣。
そこで再びアルフがある提案をした。
提案の内容は「一人で駄目なら二人でやればいい」。
要するに「二人で戦って追い詰め、今度こそ覚醒させちゃおう!」といったものだった。
アルフに加え、対戦相手として選ばれたのは、サポート役のユーノ。
「今度は負けないよ!ヴァッシュ!」
「ちょっと、趣旨忘れてないよね!?」
「えっと、僕はサポートだけで良いんだよね……」
「ねぇ、フェイトちゃん。アルフさんから軽い殺気を感じるんだけど……」
「だ、大丈夫だよ。アルフも分かってるはず…………たぶん」
――そして、再び模擬戦が始まった。
だが、今回の模擬戦は先程と違い、一瞬で決着した。
まず、ユーノが不意打ち気味のチェーン・バインド。
バインドの存在を知らないヴァッシュは回避することが出来ず捕縛される。
その場に縛り付けられ身動きを封じられる。
束縛を解こうと体に力を込めるも、無意味。
鎖はびくともしなかった。
そこに矢のようなスピードで突っ込んだアルフの正拳が直撃。
ヴァッシュの意識はブラックアウト。
こうして貴重な三日の内の一日目はあまり意味のなさない模擬戦と、魔法の基礎講座にて終了となった。
■□■□
「あ、気がつきました?」
ヴァッシュが目を覚ましたのは模擬戦終了から四時間ほど経った、夜中のことだった。
「あれ……?ここは?」
「ごめん、ヴァッシュ!ここまでやるつもりはなかったんだよ!」
微弱な痛みを訴える頭を抑え体を起こしたヴァッシュに対し、アルフが物凄い勢いで謝り始める。
そんなアルフの後ろには、珍しく怒りを露わにしたフェイトが立っている。
ヴァッシュはそれを見て、自分が気絶してから起こった事を何となく察した。
「いやいや、大丈夫だって!」
涙目で謝り続けるアルフに向け、ヴァッシュは微笑みかける。
その微笑みにはどこか同情の色が入っているのは気のせいではないだろう。
「……本当?」
「ああ、大丈夫。それよりもありがとうな、良い経験になった。試験に向けて魔導師との戦闘経験を積んで置いた損はないしね」
その言葉にアルフはホッと息をつき、安堵する。
「……それよりも、今何時か分かるかい?」
「確か九時くらいだと思いましたけど」
先ほどに比べ若干怒りが収まった様子のフェイトが答える。
「九時か……もう遅いし今日はこれでお開きってことで、良いかな」
「そうだね。今日は色々とあったし……んじゃ、また明日ね~」
「本当にすみませんでした、ヴァッシュ。アルフにはしっかり言い聞かせたんで……」
「ああ、そんな気にしなくていいって。それより、また明日も頼むよ!」
最後に二人は、なのはとユーノにおやすみと告げ、フェイトとアルフは部屋を後にした。
「んじゃ、僕も部屋に戻ろうかな。ヴァッシュさんも完全に怪我が治った訳じゃないんですから無理しないで下さいね」
「無理言って悪かったね。あと治療してくれたのユーノだろ?ありがとうな」
「どういたしまして。それじゃおやすみ、なのは」
ユーノも部屋を出て行く。
部屋に残ったのはなのはとヴァッシュの二人のみ。
「なのはも部屋に戻った方が良いよ。まだ体の調子良くないんだろ――」
「何をやってるんですか!」
ヴァッシュの言葉を遮るように、なのはがヴァッシュに詰め寄った。
その顔には呆れとも、悲しみとも、怒りとも取れる表情が張り付いている。
「な、なにをって……」
いきなりの怒声にヴァッシュはタジタジになりながら、冷や汗を流す。
「いきなり魔法を覚えるなんて!無茶にもほどがありますよ、まったく!」
「い、いや、最初は魔法を覚える気はなかったんだけどさ……魔法覚えなくちゃ管理局には入れないってリンディが言ってたから……」
「そもそも、何で管理局に入るなんて言っちゃったんですか!?」
なのはは理解出来なかった。
昨日まで、魔法も管理局について何も知らなかった筈のヴァッシュが起こした突飛な行動を。
「いやぁ……そうすれば元の世界に戻らなくてもすむかなぁって」
ヴァッシュの答えを聞いた瞬間、なのはは自分の頭がカッと燃え上がるのを感じた。
脳内を燃やす炎の名前は『怒り』。どうしようもない怒りが心の底から湧き上がった。
「ッ……!なんでそうやって自分を犠牲にするんですか!?」
怒りに身を任せ声を荒げ、ヴァッシュを睨む。
「だってそれ以外になのは達の世界で暮らす方法がないだろ?」
事も無げに答えたヴァッシュの顔には笑顔。
それは、空っぽでは無い中身の詰まった心の底からの微笑み。
それを見てなのはは押し黙る。
ヴァッシュが心の底から望んでこの道を選んだ事に気付いたから。
「…………いいの?本当に危険な目にあうかもしれないだよ?」
「まぁ正直言えば怖いってのもあるけど……」
そこで言葉を切ると、ヴァッシュはなのはへと向き直り真っ直ぐに見詰める。
「それでも僕はなのはの世界で暮らしたい……重い罪も過去も全てを捨てて……この平和な世界で……ね」
なのはは、自分の心臓がドキリ、と跳ねたのを感じた。
ヴァッシュの優しい微笑みの中に、一瞬とても冷たい影が灯ったのが見えたから。
その影から、底も見えない凄惨な過去を垣間見たが気がしたから。
なのはの体が一瞬だけ僅かに震えた。
「まぁ、なのはには迷惑かけちゃうけどね。それと……ゴメンよ、さっきあんなに怒られたのにまたこんな事になっちゃって」
苦笑いをしながら両手を合わせ、深々と頭を下げるヴァッシュ。
その仕草にはさっき見えた冷たい影など欠片も存在せず、いつもの飄々としたヴァッシュだった。
その時、ポスン、とヴァッシュの頭に衝撃が走った。
頭を下げていて分からないが、何かが頭の上に乗っている。
それがなのはの手だということにヴァッシュが気付いたのは、きっかり十秒後だった。
「な、なのは?」
ヴァッシュが疑問の声を上げた直後に、なのはが口を開いた。
「…………分かりましたよ、もう!」
十割を呆れで占めているなのはの声。
この時なのはは、呆れ声とは裏腹に満面の笑みを見せていたのだが、頭を押さえられ顔を上げられないヴァッシュには見ることが出来なかった。
「な、なのは?」
「頑張りましょう、ヴァッシュさん!………………私ももっとヴァッシュさんと過ごしていたいですし」
そう言いなのはが手を離す。
「ありがとな……なのは」
顔を上げ、そう言うヴァッシュの顔にあるのは笑顔。
太陽のような微笑みを浮かべ、なのはの頭を撫でる。
「も、もう、やめて下さいよ!」
恥ずかしそうにヴァッシュの手を払い、なのははベッドから立ち上がる。
「それじゃ、また明日。……絶対合格しましょうね!」
元気にそう言い扉から出て行くなのはを、ヴァッシュは手を振って見送る。
「合格、か……頑張んなくちゃなぁ……」
誰もいない病室にてヴァッシュが呟く。
それから数秒後、ギシリというベッドの軋む音と共にヴァッシュが立ち上がる。
まだ休む訳にはいかない。三日後の試験に合格するために。
まだ生きていたい。この夢にまで見た平和な世界で。
――台風は自らの願いを叶えるために戦いへ臨む。
■□■□
――三日後。
「さて用意はいいかしら、ヴァッシュさん?」
ここはミッドチルダの片隅に位置する廃ビル場。
そこに設置されたスピーカーから流れるリンディの声を聞き、ヴァッシュは小さく頷く。
やるべき事はやった。
後は自分の全てを出すだけだ。
ヴァッシュは正面に立つ対戦相手と思しき少年を見詰める。
見た目はなのはやフェイトより少し年上の少年といった感じだが、雰囲気は違う。
フェイト並の、いやフェイト以上に秘めた力を感じる。
「それじゃあルールの確認をします。
ヴァッシュさんの勝利条件は魔法でクロノに一撃当てること。クロノの勝利条件はヴァッシュさんを気絶させること。
後、クロノは飛行の使用は禁止。まぁハンデといったところかしらね」
クロノが首を縦に振り、それを了承する。
「よろしくな、クロノ」
「こちらこそ……手加減はしないよ」
僅か数mの距離で二人は相対する。
クロノの手にはデバイスS2U、ヴァッシュは相棒の拳銃すら持たず無手。
二人は、静かに始まりの合図を待つ。
「それでは、ヴァッシュ・ザ・スタンピードの管理局入隊試験を開始します!」
凛としたリンディの声と共にならされる試験開始の合図。
まず動いたのはクロノだった。
デバイスを起動、瞬時にバリアジャケットが形成される。
そのまま流れるような動作でS2Uの杖先をヴァッシュへと向け、魔力を集中。
対するヴァッシュは杖先から逃れるように廃ビルを目指し移動する。
「ブレイズキャノン」
後数歩で廃ビルへと辿り着く、といったところで青色の奔流が放出された。
ヴァッシュはこれに動じる事なく、大地を蹴り大きく横っ飛び。
数m横を巨大な青い光が通過する。
「……おいおい……」
ブレイズキャノンによる破壊痕を見てヴァッシュが呟く。
先程の冷静な回避行動とは裏腹に、その顔には冷や汗を流れている。
魔導師というのは本当に見かけによらない。
そんな事を再認識しつつ体勢を立て直し、再度ビルへと駆ける。
「スティンガースナイプ」
次いで攻撃したのは、再びクロノ。
青色の魔力弾を形成。
冷や汗を流しているヴァッシュへと発射。
(誘導弾!)
襲撃者との戦いでも見た。術者の思い通りに動き、敵を狙い続ける魔弾だ。
ならばと、ヴァッシュは廃ビルへと飛び込み、物陰へと身を隠す。
誘導弾とは結局、術者の目を頼りに動く魔法。
術者から見えない場所に隠れれば攻撃が当たることは無いし、ここは室内、隠れる場所など幾らでもある。
ヴァッシュのその判断は間違ってはいないし、ビルへと逃げ込んだ事自体は良策といえた。
魔法の特性の一つ非殺傷設定。
非殺傷状態の魔法は物理的な破壊力を持たなくなる。
当然このような試験では非殺傷設定が用いられている。
という事は、だ。
どれほど威力を有する魔法でもビルを形成するコンクリートを破壊する事は不可能。
つまり、壁越しでの攻撃も不可能。
実力から見ると圧倒的不利な戦いだが、このビルに逃げ込めた事自体は大きなアドバンテージ。
火力、射程距離、機動力、全てに於いてクロノに劣るヴァッシュが唯一対等に戦闘を行える場所といっても過言では無い。
物陰から僅かに顔を出し誘導弾をやり過ごした事を確認すると、ヴァッシュは階段を見つけ駆け上がった。
■□■□
スティンガースナイプによる攻撃は失敗と判断したクロノは小さく舌打ちをした。
初弾の砲撃は正直当たったと思ったし、誘導弾だって相手を倒すつもりで放った。
そのどちらもが回避されるとは思わなかった。
予想を遥かに超え相手の動きが良い。
別段、足が早いとかそういった訳では無いが、攻撃に対する反応と判断力がずば抜けている。
純粋に反応と判断力だけを見たらフェイトとなのはより上、いや自分よりも上に位置するだろう。
(少し甘く見てたかもな……)
魔導師としては初心者かもしれないが、戦士としては自分以上の経験を有している。
気を抜いたら逆に負ける可能性もある。
そう判断した方がいい。
(……それにしても厄介だな)
そんな相手にビルへの侵入を許したことは正直、痛手だ。
遠距離からの砲撃と誘導弾の使用は制限され、こちらのアドバンテージを大きく潰されてしまった。
ビルの外側から非殺傷設定を解除した砲撃で攻撃する、といった事も出来るが万一、ヴァッシュに直撃でもしたら目も当てられない。
それこそ殺してしまう。
実戦ならまだしも試験でそんなことは出来ない。当然この作戦は却下。
飛行魔法も禁止されてる今、行える手は――
「これしか無いか……」
――結局は相手が陣取る廃ビル内での戦闘しかない。
ため息を一つつき、クロノはヴァッシュが入っていった廃ビルへと近付いていく。
この時クロノは、少しばかりの高揚感を感じていた。
久し振りに自分以上の戦闘経験を持つ強者と戦える事による血湧きか、それはクロノ自身でさえ分からない感情であった。
(でも悪い気分じゃない……)
僅かに笑みを浮かべクロノは歩を進める。
その姿にはいつも以上に力が漲っていた。
■□■□
初撃のブレイズキャノン、追撃のスティンガースナイプスをヴァッシュが回避した事を確認し、なのは達は安堵した。
ここは管理者のモニター室。
前面の大型モニターにはヴァッシュとクロノの様子が逐一映し出されている。
「……ヴァッシュ、大丈夫かな?」
なのははフェイトの呟きに答える事が出来ない。
正直にいってヴァッシュに魔法の才能があるとは言えなかった。
それでも三日間本当に努力をしていた。
毎日寝る間も惜しんで訓練をしていたし、模擬戦も沢山やった。
でも不安は拭えない。
――ヴァッシュが合格する光景が全く頭に浮かばない。
「間に合ったぁ!」
と、その時モニター室の扉が開いた。
同時に聞こえたのは慌てた様子の少年の声。
「ユーノ君!」
「ようやく仕事も片付いてね。なんとか時間をもらったよ……それでヴァッシュさんは?」
手早くなのは達へと近付きモニターを見るユーノ。
その瞬間、ユーノの表情が驚愕に染まる。
「な……相手はクロノなのか!?」
クロノはAAA+クラスの魔導師。
並の魔導師ですら一撃をいれる事は不可能に近い。
事実、嘱託試験時にクロノと戦ったフェイトは一撃に攻撃に成功させることなく敗北した。
魔法初心者のヴァッシュを相手にクロノが出てくる事がユーノには信じられなかった。
「そ、それで、あれからヴァッシュさんはどんな魔法を使えるようになったの?」
あれからユーノはある仕事を頼まれヴァッシュの特訓に付き合う事が出来なかった。
何も知らないユーノは一縷の希望に縋るように、なのはへと問う。
「……射撃魔法」
「そっか……よし!」
射撃魔法とヴァッシュのずば抜けた身体能力があれば一撃位なら何とかなるかもしれない。
小さな希望がユーノの胸に湧く。
が、その希望は次のなのはの言葉により砕け散った。
「…………撃てないけど」
「……え?」
その信じられない一言にユーノは思わず聞き返す。
なのはは何て言ったんだ?
『撃てない』?
「ちょっ……ちょっと待った!撃てないって……魔力弾を撃ち出せないの!?」
「…………うん」
重苦しくなのはが頷く。
「しかも、魔力弾を作れるっていっても、十分位時間かけてやっと一発作れるくらいだしね……」
更に絶望的な事実をアルフが口にする。
十分かけて一発の魔力弾しか作れない、しかも撃ち出す事すら出来ない失敗作。
それは、魔法を使えないと同意義だ。
そんな状態でクロノに一撃を入れるなんて無茶だ、いや無茶を通り越して無謀だ。
「……そんな」
心が真っ黒な無情感に包まれていくのをユーノは感じた。
■□■□
僅かに息を切らしながらヴァッシュは階段のすぐ側の物陰へと身を寄せた。
ビルの最上階。
階段は屋上へと続いているが、ヴァッシュはこのフロアにてクロノを迎え撃つことに決めた。
ヴァッシュの狙いは不意打ち。
自分は魔力弾を作る事しか出来ない。しかもそれは撃ち出す事すら出来ない程に未熟。
ならばどうする?
答えは簡単だ。
撃ち出せないのなら叩きつける。
手のひらに浮かぶ小さい魔力弾を直接。思い切り。腕ごと。
ヴァッシュが考えついた作戦は策ともいえない無謀なモノだった。
(落ち着け……チャンスは一回。失敗したらもう後は無い……集中だ、集中するんだ)
それでもヴァッシュは諦めずに魔力を煉る。
本当に少しずつではあるが右手に魔力が集中していくのが感じ取れる。
このビルはワンフロアが相当に広い。
自分――ヴァッシュ・ザ・スタンピードが何処にいるか分からないクロノはフロアを虱潰しに探索するしかない。
ワンフロアを調べ終わるのに最低でも数分は掛かるだろう。
つまり、クロノが最上階に辿り着く頃には十五分は経過している筈。
これだけ時間があれば魔力弾は充分作れる。
そしてこの位置、階段の直ぐ側。
飛行魔法が禁止されている以上、クロノが上階に辿り着くにはこの階段を使わざるを得ない。
それは確実。百%といえる。
そこを突く。
ヴァッシュは息を押し殺し魔力弾を形成するのに全神経を集中させる。
一分
二分
三分
魔導師の試験とは思えない程の静寂。
その中、ゆっくりと時は刻まれていく。
(あと七分……)
ヴァッシュは焦る事無く、ゆっくりと着実に魔力を魔力弾へと送る。
滴り落ちそうな程に貯まった汗すら気にせずに集中し続ける。
五分
六分
七分
――そこでヴァッシュにとって思いがけない事態が発生する。
足音が聞こえる。
小さな音だがしっかりと。
それは、ゆっくりとこちらに向かって近付いてくる。
(そんなバカな……早すぎる!)
まだ七分しか時間は経っていない、何でこんなに早くここに辿り着く?
そこまで考え、ヴァッシュの脳裏にある考えが閃く。
――魔法。
もし、まだなのは達が教えていない魔法が存在するとすれば?
例えば、隠れた人物の居場所を特定するような便利な魔法。
それが使われたとしたら?
自分の居場所など容易くバレるだろう。
「っ……!」
悔しげに唇を噛みながら、ヴァッシュは階段の側から、フロアの奥へと移動する。
(あと三分もあれば魔力弾の形成には成功する……なら、今は時間を稼ぐ……!)
すぐさまヴァッシュは身を翻し、階段から一番離れた部屋へと逃げ込む。
ほどなくして足音も階段を登りきり止まった。
少しだけ顔を出し様子を覗き見ると、クロノが階段を登りきった所で魔法陣を展開している。
(あれが探索魔法か……?)
魔法陣の中心でクロノは目を瞑ったまま動かない。
探索系の魔法といってもすぐに見つける事は出来ないのか、僅かにヴァッシュは安堵する。
あと二分。
総量の問題か、それとも他の何かの影響か、自分の魔力は魔力弾を一発形成するだけで枯渇してしまう。
そのせいか体がダルい。
ヴァッシュは大きく息を吸い込み酸素を体へと送り、己を叱咤する。
(あと、少しだ……集中しろ、ヴァッシュ・ザ・スタンピード!)
――その時、クロノの足元に展開されていた魔法陣が消失した。
次いで再び魔法陣が展開される。
同時に青色の魔力弾が二つ現れる。先ほどと同じ誘導弾。
(位置がバレた!)
ヴァッシュがそう判断し部屋を飛び出したのと同時に魔力弾が動き出す。
一つは一直線にヴァッシュへ、もう一つは軌道を読まれないよう不規則な動作でヴァッシュを目指す。
(速すぎだって!)
心の中でぼやきながらも、一つ目の魔力弾は横にステップし回避。
時間差で襲うもう一つの魔力弾をヴァッシュは睨み、それに向かって床に落ちている瓦礫を蹴り上げる。
軌道は不規則、弾速は目にも止まらぬスピード。
だが、ヴァッシュが蹴り上げた瓦礫は魔力弾に吸い込まれるように命中。
非殺傷設定の魔力弾は瓦礫を貫く事なく消失する。
魔力弾を防いだことを確認すると、同時にヴァッシュは床に這い蹲り、後ろから迫る魔力弾を避ける。
瞬時に立ち上がり再び瓦礫を蹴り上げ、魔力弾を狙う。
命中。
消失。
「……信じられないな……本当に君は人間か?」
あまりに現実離れした魔力弾の回避法を目の当たりにし、クロノは呆然と声を上げる。
「いやいや、魔導師っていうのも人間とは思えないって……マジで」
苦々しい笑みを張り付かせヴァッシュはクロノを見詰める。
「……悪いけど、これで終わりにさせてもらう」
クロノの足元に魔法陣が浮かび、それと共に青色の光剣が出現する。
「ここは室内。逃げ場はない……降参するんだ」
「逃げ場……か。まぁ、逃げ場は無いね」
この絶望的な状況でもヴァッシュはその飄々とした態度を止めない。
「でも、こういう手はあるんだよ……ね!」
そう言うと同時にヴァッシュはクロノに向かって真っ直ぐに駆け出す。
遂に形成し終えた真っ白な光を放つ魔力弾を背中へ隠しながら。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」
同時に幾多に及ぶ光剣が、ヴァッシュ目掛け射出される。
それでもヴァッシュは怯まず、光剣の壁へと突き進む。
標的はこの壁の向こう側に立つ人物。
光剣はヴァッシュに触れると同時に爆散し青色の爆炎がヴァッシュを包む。
だが、それでもヴァッシュは倒れない。
体で白色の魔力弾を庇いながら嵐が過ぎるのを待ち続ける。
そして、ついに嵐は止んだ。
魔力ダメージにより今にも倒れそうな体を必死に動かす。
「う、おぉぉぉお!」
獣の如く咆哮と共に、弾かれたようにヴァッシュが走り出す。
クロノは術を放った直後、次の術を放つにも大きなタイムラグが生じる。
その隙を付き、ヴァッシュが迫る。
五メートル
体が揺れる
四メートル
膝が笑う
三メートル
それがどうした
二メートル
俺は、絶対に――
一メートル
ヴァッシュの足が止まった。
いや、足だけじゃない体も魔力弾を持っている腕も、ピクリとも動かない。
「――保険を掛けといて良かった」
そう呟くクロノの足元には、いつの間にか魔法陣が浮かんでいる。
そこから伸びる青色の鎖はヴァッシュに絡みつき、動きを止めている。
「……ッ!」
ヴァッシュの顔が悔しそうに歪む。
「……あの攻撃を耐えるとは思ってもみなかったけど……これで、終わりだ!」
クロノがゆっくりとS2Uを振り上げる。
その間にもヴァッシュは必死に体を動かそうともがく。
(動け!動け!動くんだ!こんな所で終わってたまるか――)
「ブレイク……インパルス!」
衝撃と共にヴァッシュの意識は闇の中に消えた。
■□■□
次にヴァッシュが目を覚ました場所は、管理局本部の病室であった。
覚醒と同時に試験の事を思い出す。
「……不合格……か」
ヴァッシュは悔しげに両手を握り締めうなだれる。
結果はボロ負け。
相手から逃げ回り、隠れ続けた上、攻撃を当てる事は出来ず。
誰がどう見ても不合格だ。
「……本当に暮らしたかったのになぁ……あの世界で……」
あの世界に居たかった。
今でも心の底から願っている。
「……クソっ!」
ヴァッシュは苛立ちをぶつけるかの様に左手で壁を殴りつける。
(――ん?)
そこでヴァッシュはある事に気付いた。
(左手?あれ?何で義手がついてるの?)
そう。この一カ月存在しなかった左腕がそこにはあった。
しかも、高性能。
前の義手同様、自分の思い通りに動く。
思わず口からそんな呟きが漏れたと同時に――
「ヴァッシュさん!」
――なのは達が飛び込んで来た。
「やったね!ヴァッシュ!」
「おめでとうございます、ヴァッシュさん!」
「凄いですよ、ヴァッシュ!」
「やったよ!ヴァッシュさん!」
みんな嬉しそうに微笑み何故か賛辞の言葉をヴァッシュへと投げかける。
まるで良い出来事が起こったかのようだ。
「あの……なんでみんな嬉しそうなの?」
当然の如く疑問が口から出る。
「なんでって……合格したんですよ、ヴァッシュ?」
「は?」
「そうだよ。最後に魔力弾を撃ち込んだじゃん」
「へ?」
「驚きましたよ、土壇場で魔力弾を打ち出せるようになるなんて!」
「え?」
「そういう事です!合格おめでとうございます!」
なのはが大きな声で告げる。
その言葉に答える事なく固まるヴァッシュ。
ヴァッシュの頭はみんなの言った言葉を理解する為にフル稼働を始めた。
――そして数瞬後。
「えぇぇええ!?嘘ぉ!?合格ぅ!?」
――ヴァッシュの大声が病室に響き渡った。
■□■□
管理局本部休憩所、多数の自動販売機が置かれているそこにリンディとクロノは座っていた。
クロノはリンゴジュースを片手に、リンディはいつも通りの緑茶を片手にしている。
「お疲れ様。ごめんなさいね、あなたしか頼める人がいなくて……」
「大丈夫ですよ。それに僕も全力でやった結果です」
申し訳なさそうに呟くリンディにクロノが首を振る。
「それで、ヴァッシュさんはどう?」
「強い……ですね。ハンデを付けていたとはいえ僕の魔法を何回も回避しましたし」
そこで言葉を切りクロノはリンゴジュースを喉に流し込む。
そう。
あの戦いには多数のハンデがあった。
一つは試験会場。
本来、あれはリンディが独自に執り行った入隊試験。
そんなもの管理局の訓練所で済ます事だって出来た。
が、それにも関わらず試験を行った場所は、陸戦魔導師達の試験場として使われる事もある廃ビル場。
隠れる場所が多数存在するヴァッシュにとって有利なフィールドであった。
更にはデバイスに組み込まれたリミッター。
それらがクロノの魔法の威力、効果を著しく削っていた。
「そう、それは嬉しい事ね」
ハンデを付けるよう采配した張本人――リンディは嬉しそうに微笑む。
「……でも、何でこんなにややこしい事をしたんです?」
「……強いて言うなら最低限の実力を有してるかの確認を取る為……かしらね。
本気のクロノが相手じゃ、ちょっと可哀想でしょ?他に借りられる魔導師もいなかったし」
「最低限の実力ですか……」
「まぁ、それだけじゃないけどね」
そう言いクロノに微笑みかけたリンディは勢い良く立ち上がる。
少しでもヴァッシュの助けになればという気持ちが有った事は否定しない。
でも、これ位のハンデじゃ到底この試験に合格する事は無理だと考えていた。
だから、ヴァッシュが魔力弾をクロノに飛ばし、命中させた時は心底驚いた。
魔法を習い始めて三日の男がAAAランクの魔導師に一撃を入れる。
そんな信じられない事をあの男はやってのけた。
「本当に不思議な人よね……」
そう言うリンディの顔はどこか嬉しげであった。
■□■□
次の日、まだ誰も目を覚ましていないだろう明朝、ヴァッシュは一人訓練所に立っていた。
理由は言わずもがな魔法の訓練。
これからは正式に管理局の魔導師としてあの襲来者達と戦うのだ、なのは達の足を引っ張る訳にはいかない。
ならば特訓あるのみ。
今までと一緒だ。
早速、ヴァッシュは訓練に取り掛かろうとし――
「あー!いたいた!ヴァッシュさんですよね!」
――突然の乱入者に、声を掛けられた。
「……君は?」
出鼻を挫かれ少々腹立たし気な顔をしてヴァッシュが振り返る。
そこにいたのは茶髪の女性。
活発そうなその顔をしているが、今は隈が浮かび上がり疲労の色を見せている。
「ああ、お話しするのは初めてですね!私はエイミィっていいます」
「エイミィか、よろしく……それで僕に何か用かい?」
「はい!艦長から頼まれまして、コレ!」
そう言いエイミィは手に持っていた箱をヴァッシュへと受け渡す。
「……これは」
それはヴァッシュにとっては馴染み深い箱。
驚いた様子でヴァッシュは箱の蓋を開ける。
箱に入っていたのは弾丸。しかも自分の銃と同じ口径。
それが所狭しと詰められている。
「苦労したんですよ!
ヴァッシュさんの合格が決まったと同時に艦長が『管理外世界から弾丸を取り寄せて、ヴァッシュさんに渡して』なんて言い始めて、今の今までその作業で徹夜ですよ!
もう!夜更かしはお肌の天敵なのに……」
長々とエイミィが愚痴り続けるがヴァッシュの耳には全く入って来ない。
「ちょっと待ってくれ!これは違法じゃないのか!?」
「違法ですよ」
動揺するヴァッシュとは真逆に、エイミィは寸分もうろたえる事なく口を開く。
「私も止めたんですけどね。『正式に管理局入りした兵士を無駄死にさせる訳にはいかない』って艦長に言われて……何とか取り寄せたんですよ」
「ですよって……!そんなことしたら君達が!」
エイミィがチッチッと指を振る。
「ふふん、ナメないで下さいよ。私が本部にはバレないよう八方に手を尽くしましたから、百%大丈夫です!」
「だからって!」
それに、とヴァッシュを遮りエイミィが言葉を続ける。
「あんな魔法じゃ実戦では役に立ちませんよ?試験みたいに隠れてる暇はありませんし。犬死にするつもりですか?」
「うっ……!そ、それは……」
痛いところを突かれヴァッシュは押し黙る。
「だから、コレ、使って下さいよ!艦長もヴァッシュさんに期待してましたよ!」
どうすれば良い。
迷いながら、ヴァッシュは視線を弾丸の入った箱へと移す。
「んじゃ、私は寝ますから!後はよろしくお願いしますね!」
エイミィはそう言うと、眠そうに目をこすりながら訓練所から出ていく。
その後ろ姿を見ながら、ヴァッシュは悩む。
――数秒後、何かを決意したかの様に顔を上げ、箱から弾丸を取り出す。
その数は六発。
それらを懐から取り出した銃へと、一つ一つ丁寧に込めていく。
全てを込め終えるとヴァッシュは、ゆっくりと銃を構える。
――俺は戦う。
ずっと前にそれは決意した。
だが、今回は他人の為じゃない自分の為に。
何もかも忘れて平和に暮らすため。
「レム……僕は……」
――そう、何もかも忘れて。
あの星の事も、テスラの事も、ナイブズの事も――レムの事も。
それが豚以下の生き方だとしても……俺はそう生きたい。
此処からが俺の新たな人生。
――そのために俺は絶対に誰も殺さない、殺させない。
今までと変わらない。
何十年とやって来た事だ。
その為にリンディ達の好意は喜んで受け取ろう。
重みの増した銃を片手にヴァッシュは誓う。
――砂の惑星から時空を超えたここに最強のガンマンが復活した。
彼は新たな扉を開く事が出来るのか。
歯車は動き続ける。