第1話「それは不思議な出会い!急げ!百鬼魔界へ」


(誰か……助けて……誰か……。)

ある企業グループの私有地とされる山中、人の通わぬ森の奥で一匹の小動物が血を流し倒れていた。

(お願いです……この声を聞いた人がいたら……)

もはや満足に体を動かすこともできないそのフェレットは、一縷の望みを掛けて
念話によるSOSを発信していた。

念話、すなわち魔法を使える者だけが聞き取れる手段で。
魔法の存在が確認されていないこの管理外世界『地球』で。

それがどれほど期待のできないことかは本人にも分かっていた。
管理外のこの世界の、それも彼のすぐ近くに魔導師が偶然いて、
幸運にもその人物がジュエルシードによって凶暴化した獣を撃退できるほどの実力で、
そして私利私欲のためにジュエルシードを欲しようとしない高潔な人物である、
などという都合のいい現実があるわけがない。

それでもそのフェレット、ユーノ・スクライアという名の年若い魔導師は
あり得ない可能性にすがるしかなかった。
数分もすればあの獣がユーノに追いついて、彼の体を引き裂くのだから。

(お願い……誰か……)

このまま誰にも気付かれず、人知れず朽ち果てていくのだろうか、
ユーノがそう絶望した時だった。救いの主が現れたのは。

「いかん。このフェレット怪我をしてるじゃないか」

優しそうな男性の声が聞こえる。しかし―――――

(良かった、気付いてくれた人………が…………)

自分を見下ろす人影を見た瞬間ユーノの思考は完全に停止した。

(な、な、なななな、なんだコレエエエェェェェェ!?)

それは人ではなかった。
頭部は戦車の砲塔にしか見えない形状、足にはキャタピラを装備、全身を覆う分厚い装甲板と
右手の銃器は、その体が戦闘の、あるいは戦争のために生み出されたことを容易に想像させる。
傀儡兵の類かと考えたが、流暢に喋る傀儡兵などユーノは知らない。

「早く手当をしてやらないと…」

凶悪な外見と不釣り合いに優しい態度を見せる救世主。
ネロス帝国機甲軍団烈闘士ブルチェックだ。
なお、ユーノの念話が聞こえたわけでは決してない。演習後にたまたま通りがかっただけである。

(あの…もしもし!?僕の声聞こえてますか!)
「待っていろ、ゴーストバンクの設備ならすぐに治るからな」
(うわ!ちょっと、そんなゴツイ指で掴まないで!)

ブルチェックの無骨な指先は牛の乳を搾れるほど繊細に動くのだが、そんなこと露ほども知らない
ユーノにとって殺人兵器とおぼしき物体に掴まれるのは恐怖でしかなかった。

(ど、どうなるんだ僕は…!)

鈍重そうな姿と裏腹に猛烈な勢いで駆けるブルチェックの手の中で、
抵抗する力もないユーノは絶望的な気分になっていた。

が、程なくしてブルチェックはその歩みを止める。

『グルルルル……』

体長2メートルほどの巨獣。四つの目と二本の角を持ち、黒褐色をした四つ足の生物が道を塞いだからだ。

「な、何だこの生物は!」
(えーと、それはジュエルシードという…)
「怪我をしてる動物がいるんだ!邪魔をするなあっ!」

有無を言わさず頭部の大砲が火を噴く。
ネロス帝国には珍しく動物の命を奪うことを良しとしないブルチェックであるが、
『かわいい動物』の範疇に入らない相手には容赦がない。例えばヘドグロスとか。
不意打ち気味の攻撃は狙い違わず怪物の胴体を直撃する。
そしてユーノは、自分の念話が全く通じてないことを喜ぶべきか悲しむべきか分からなかった。



『グギュウウアアァァァ!!』
「こいつ、まだ立つか!だったら!!」

至近距離からの砲撃を食らい吹き飛んだ獣は、おぞましい叫びをあげながらなおも戦闘態勢をとろうとする。

そこに飛来する第二第三の砲撃。さらには右手の銃もうなりをあげる。

『ギョオォォアアアア!!!』
「これでどうだ!」

六発目を食らったところでついに力尽きたのか、怪物はピクリとも動かなくなった。

「おそろしくタフだったな。モンスター軍団の失敗作か?……ん、何だこれは!」

動かなくなった獣はブルチェックの目の前でするすると縮んでいく。
数十秒後、砲撃によってえぐられたクレーターの中心には、一匹の傷ついた犬と
青く輝く結晶体が転がるだけであった。

「お、俺としたことが犬を殺してしまっただと!?
……いや、まだ生きている!可愛い動物たちを、俺の前で死なせたりはせんぞ!絶対に救ってみせる!」

叫ぶが早いがブルチェックは右腕で犬を抱えて駆け出す。妖しげな結晶体を回収することも忘れていない。
一方左手で掴まれているユーノは現実逃避に忙しかった。

(ま、魔法を使ってないのに、力ずくでジュエルシードを回収しちゃった……)

確かに理論上は可能かもしれない。しかし一度発動したジュエルシードを融合した生物から
物理的に引き剥がすには常識を遥かに越えたパワーが必要なはずだ。

(こんなこと……あるわけがない……)

痛みと疲労の上に精神的なショックが重なり、そろそろユーノも限界が近い。
自分を掴む戦車のような怪物がなんなのか、それを考える余力もなかった。

ユーノ・スクライアは後に語る。
この時念話でなく直接話しかけていたらどうなっていたか、その末路は想像もしたくない、と。


ネロス帝国。
世紀末の悪の帝王ゴッドネロスのもとに組織された恐るべき帝国である。
その目的は経済による世界の支配であり、表の姿である桐原コンツェルンの利益を生むためにはどんな
恐ろしいことにも手を染める。競合他社への直接的間接的問わない攻撃や、石油プラントの破壊による
原油価格の高騰での荒稼ぎ、また時に一国の歴史すら変えてしまうこともあるという。
その本拠地であるゴーストバンクは桐原コンツェルン本社地下にあり、桐原コンツェルンの社長である
桐原剛三は真の姿である帝王ゴッドネロスへと姿を変えて謁見の間に降臨するのだ。

ゴーストバンクには帝王が作り上げた恐るべき4つの軍団が控えている。
まずヨロイ軍団。銀の甲冑に身を包んだ剣士クールギンを長とする軍団で、ヨロイや強化服を身につけた
人間もしくはサイボーグで構成される。正々堂々とした戦いを好み、皆が皆武人たらんとする強者揃いの
軍団である。
次に戦闘ロボット軍団。戦闘に特化し、高い戦闘力を持ったロボット達で構成される。軍団長である
バルスキーは男気あふれる性格で、部下からの信望も篤い。
そしてモンスター軍団。バイオテクノロジーで作られたミュータントや合成生物で構成される。
「口八丁手八丁、卑怯未練恥知らず」「食うて寝て果報を待つ」といった4軍団の中では異色の
モットーを持つ集団で、軍団長のゲルドリングをはじめとしてどんな汚い手段を使ってでも勝つことを
美徳としている。透明化、液状化、夢を見せるなど特異な能力を持つ者も多い。
最後に機甲軍団。戦車、ミサイル、ヘリコプターなど実在の兵器をモチーフとしたロボットで構成される
火力と装甲に優れた軍団である。「数と機動性」という特色も持ち、他の軍団とは異なり同型機が
複数生産されている。また4軍団の中で唯一航空戦力を持っており、その価値は帝王ゴッドネロスも
認めている。戦艦を模した姿の軍団長ドランガーはあまりゴーストバンクを離れず、副官のメガドロンが
現場指揮を行うことも多い。
各々の軍団には厳密な階級が存在し、軍団長である凱聖をトップとして豪将、暴魂、雄闘、爆闘士、激闘士、

烈闘士、強闘士、中闘士、最下級である軽闘士へと続く。また修理ロボ、音楽ロボのような非戦闘員は
軽闘士よりも更に下に位置する。


「ネロス!ネロス!ネロス!ネロス!」

ゴーストバンク謁見の間に戦士達の叫びが唱和する。帝王が降臨する際は各軍団勢揃いで迎えるのが慣例と
なっていた。
整列した4軍団の前で、玉座に人影が浮かび上がる。
醜悪な老人の姿。その内に湛えられた知性と野望。たった1人で、1代でこの帝国を作り上げた男、
帝王ゴッドネロスその人である。

「余は神、全宇宙の神ゴッドネロス!」
「ネロス!!ネロス!!ネロス!!ネロス!!」

ヒートアップする一同。それを手で遮り静かにさせた帝王はおごそかに言葉を紡ぎだした。


「各軍団、現在の状況を報告せよ」

「豪将ビックウェイン、中東において我が帝国に仇なす政権を抹消しました」
「雄闘トップガンダー、こそこそと嗅ぎ回っていたFBI捜査官の暗殺を完了」
「ヨロイ軍団一同、鍛錬は怠っておりません」
「激闘士ストローブ、3機によるフォーメーションは完成に近づきつつあります」
「試験中のデスターX0ですが射撃精度にまだ問題が残るようです」

満足げに報告を聞く帝王。自分も報告をしようと声を上げかけたブルチェックであったが―――――

「帝お……」
「帝王!ワシはブルチェックに問い正したいことがあるんですがよろしいでっか?」

モンスター軍団長ゲルドリングに出鼻をくじかれた。

「何事だゲルドリング………まあかまわん、許可する」
「ありがとうございます帝王……おうブルチェック、帝王の前や。さっきのアレ、どういうことなんか
ちゃあんと説明してくれや」

モンスター軍団長凱聖ゲルドリングの、嫌らしさに満ちた声が謁見の間に響く。
頭部を覆う透明なカプセルの中に見えるにやにやとした笑みが、ブルチェックの不安をかき立てていた。。



それは少し時間を遡ってのことだ。2匹の動物をゴーストバンクに連れ込んだブルチェックだが、
当然ながら機械兵器であるところの機甲軍団には生物の怪我を治すような設備はない。
そこで彼が乗り込んだのはモンスター軍団が怪我を癒すバイオ室だった。
何の価値もない薄汚れた動物を、しかも部外者である機甲軍団員が持ち込んだというのだから
モンスター軍団の反発は大きかった。しかし意外なことにバイオ室から軍団員達を退かせたのは
ゲルドリングである。
死にかけた動物を前に気が急いているブルチェックは、それがどれほどおかしなことか気付いていなかった。



「機甲軍団の烈闘士ともあろう男が、その辺の動物捕まえてきて無断でゴーストバンクの設備を使用!
こりゃあ重罪やで」
「なっ!?邪魔をするモンスター軍団員をあの部屋から追い払ったのはあんただろう!」
「ワシは用事があったから軍団員を集めただけや、使っていいなんて一言も言うとらんで。
あれやな、家主の留守にバイオ室を使うとは、機甲軍団ちゅうんはずいぶんと手癖が悪いんやなあ。
おいドランガー、お前んとこは部下の教育もちゃんとやっとらんのかい」



部下の失態を責められた軍団長ドランガーは、苛立ちを隠せぬ様子で詰問する。

「ブルチェックよ、これは一体どういうことだ?」
「も、申し訳ありません軍団長!」

ブルチェックは自分の愚かさに今更ながら気付いた。
あの自他共に認める嫌な性格のモンスター軍団長が、死にかけた動物に情けを
掛けるような真似をするはずがなかったのだ。
あの男の目的は最初から、『帝王の御前で』『規律違反を咎め』『機甲軍団の地位を貶める』
この点にあったのだろう。

(俺は大馬鹿者だ!動物たちの命を救うことに気を取られて、こんな事にも気付かないとは!)

しかしブルチェックにも勝算はある。
ここまで露骨にゲルドリングにはめられるとは思っていなかったが、
要はあの動物たちに命を救うだけの価値があることを示せばいいのだ。
その証拠はブルチェック自身の中にある。

「ブルチェックよ、申し開きはあるか」

帝王の重々しい声が響く。機械の体であっても震えを感じずにはいられない、力と威厳に満ちた声。
その声の主は今、彼を咎めようとしている。
まともな規律がないに等しいモンスター軍団や軍団長の裁量が大きい戦闘ロボット軍団と異なり、
機甲軍団は規律を重視する。軍規違反により軍法会議の上銃殺刑、となる可能性は高い。

(ここでしくじっては命がない。オレも、あの動物たちも)

故にブルチェックは一歩前に進み出て、帝王の放つプレッシャーの中に自ら飛び込んでいった。

「恐れながら帝王に申し上げます。
あの動物は高い戦闘力を持った生物兵器の可能性があるため確保しました。
念のためゴーストバンクのデータベースをチェックしましたが、あの動物に該当する個体は
モンスター軍団に存在しません。
おそらくはネロス帝国以外の技術で作られたものと考えられます」
「はあ~?生物兵器~?」

ゲルドリングの不審げな声が背後から聞こえる。先ほどまでの芝居がかったしゃべりと
声色が違うのは、本心から疑問を持っているからだろうか。
沈黙を保ったままの帝王の心中は読めないが、制止されない以上続けてもいいのだろう。


「アホ言うな。あれは完璧にタダの動物やった。ワシが直々に調べたんやからな」

他人の粗探しには熱心なこの男のことだ。ブルチェックがゴーストバンクに帰還してから
帝王が降臨されるまでのさして長くもない時間の間に、何かしらの落ち度がないか目を皿のようにして
探したに違いない。
……などと周囲にいる者達は考えていたのだが、実際にモニタールームで目を皿のように『させられて』
いたのは下位のモンスター軍団員だったことを追記しておくべきだろう。

「ゲルドリング、それは真か?」
「ええ、帝王。そりゃあもう隅から隅まできっちり調べましたからな、間違いないですわ。
犬もイタチも何の変哲もない弱ったケダモノ。あれじゃあ実験材料にもなりませんで」
「そんな馬鹿な!ちゃんと調べたのか!」
「調べたわい!お前こそあれが生物兵器いうんやったらその証拠見せんかい!あるんやったら、やけどな」
「もちろんある!」
「何やて?」

そう、証拠はある。これ以上ない形で。

「帝王、私の交戦記録をご覧下さい」

ブルチェックはモニターと自分をケーブルで接続しながらそう言ったのだった。

戦闘ロボット軍団員と機甲軍団員が見聞きした物は、彼らの『記憶』であると同時にゴーストバンクのデータ

バンクに収集される『記録』でもある。自ら改竄することが不可能なそれは、物証としては十分な物と言えよ

う。

(それにしても因果な物だ)

怪我をした哀れな動物たちを救うためには、あの犬を危険な生物兵器として認知させねばならない。
奇怪な生物が砲撃になぎ倒される映像を映しながら、
ブルチェックは自らの行動の矛盾が回路にかける負荷を増大させているのを感じていた。

「おお、これは……」
「あの至近距離でブルチェックの主砲を受けて粉みじんにならない生物だと?」
「あれだけ食らえばオレ達だって危ないな」
「あの質量の変化、有り得んな…一体どうなっている」
「モンスター軍団の新兵器ではないのか?」
「アホ言え、あんなもん知らんわ」
「静まれい!」

にわかにざわついた室内だが、響き渡る帝王の一喝にその場にいた全員が口を閉じた。



「ブルチェック、報告を続けよ」
「はい帝王。今ご覧になられたようにあの生物は戦闘能力を失うと同時に小さくなり、
無害な動物となりました。そして現場に残されていたのが……」

言いながら青い結晶体を恭しく帝王に差し出す。

「この物質です」
「ふむ……」

帝王が手をかざすと、手のひらから放射された不思議な光が結晶体を包み込み、
ふわりと浮き上がったそれが帝王の掌中へと運ばれる。

「ほお……すさまじい魔力を感じるな」
「魔力……?人間の言う魔術とか魔法とかいうやつですか?」

帝王の言葉にバルスキーは疑問の声を投げかける。
純粋に科学で作られた彼らロボットにとって、超自然的な現象は理解の外にある。
今、帝王が見せたような力も何かの装置を使っている物とばかり考えていたのだ。

「帝王は偉大な科学者であらせられるが、妖術においても造詣が深い」

そのバルスキーの疑問に答えたのはクールギンだった。
おそらくはネロス帝国で最も帝王ゴッドネロスとの関わりの深いこのヨロイ軍団長は、
時折他の凱聖すら知り得ぬ情報を持っている。

「妖術を?なんと、さすがは帝王。……もしやヨロイ軍団にもそういった力を持つ者がいるのか?」
「いや、我々には帝王ほどのお力はない。護摩を焚き加持祈祷をするのが精一杯だ」
「そうなのか」

ヨロイ軍団は強化された人間やサイボ-グで構成されている。帝王同様に生身の肉体を持つ彼らの中には
魔力を持つ者がいるかもしれない、バルスキーはそう考えたのだが彼の予想した以上に魔力を持つ者は
稀少らしい。

(やはり帝王は全てにおいて別格ということか)

そう結論づけたバルスキーは、意識を切り替えて帝王の次の発言を待つことにする。
不気味な明滅を続ける結晶体を掌の中でもてあそびながら、帝王は何かを思案している様子だった。
と、唐突に結晶体が強い光を放ち出す。



「帝王!」
「慌てるでない!」

注視する一同の前で結晶体は再びふわりと浮き上がる。帝王の手から放れると閃光は弱まり、
帝王に何かあっては一大事と焦っていた幹部達も落ち着きを取り戻した。

「い、今のは一体……」
「こやつ我が欲望を喰らわんとしおったわ。余でなければこの力に飲み込まれていたであったろうな」
「帝王!お体は大丈夫なのですか!?」
「侮るなクールギン、余は神、ゴッドネロスであるぞ?しかしこの強大な力、未知なる魔法の産物……
ふふふ……久々に探求心がたぎってきたわ。この力、必ずや我が帝国の糧となるであろう。
でかしたぞブルチェック」
「帝王にお褒めいただき光栄至極に存じます!」

乗り切った!ブルチェックは心の中でガッツポーズをする。
一方モンスター軍団員は上から下まで全員が唖然としていた。

「さてブルチェックよ、余はお前の働きに対し褒美をやろうと思う。何が望みだ?」
「……それでは帝王、私の回収してきた動物たち、彼らを山に帰してやってください。
すでにモンスター軍団の調査でただの動物だったと判明しているのですから、
逃がしても構わないはずです」
「ふむ…」

思案しながら、掌の上でふわふわと浮かぶ結晶体とブルチェックを交互に見やる帝王。

「まあよかろう。所詮は動物、ゴーストバンクの情報を外に漏らすようなことはできまい。
あの動物はお前の好きにするがいい」
「ありがとうございます帝王!」
「ちょ、ちょっと待ってください帝王!犬はともかくイタチは関係ないでっせ。いや、そもそも最初っから
その結晶だけ持って帰ればよかったんとちゃいますか!」
「うう!そ、それは…」

ゲルドリングに突っ込まれたのは最も痛い点だ。百歩譲って犬の方はまだ調査する理由があるが、
フェレットにはそれがない。ブルチェックは全身から一気に冷や汗が吹き出すような感覚を味わっていた。



「今回は功績に免じて特別に許そう。だがブルチェック、次はないぞ?」
「は、ははー!」

再度訪れた危機をどうにか乗り越えたブルチェックは、これからは生物用の医療キットも携行しよう、
と心に誓うのであった。

「さて次なる任務だが……ストローブ、バーベリィ、これへ」
「ハッ!」

戦闘機とヘリコプターの機能を有する機甲軍団員が一歩前に出て気を付けの姿勢をとる。

「お前達は近隣一帯を空から調査し、この結晶体と同じ物を探すのだ。これ以外にも存在するやもしれん。
そして先ほどの犬のような高い戦闘能力を持った生物がいた場合これを撃破、結晶体を回収せよ。
ドランガー。この任、機甲軍団に命ずる」
「帝王のご命のままに!」
「ではこれにて解散。各軍団は十分に英気を養っておけ」

その言葉を最後に、帝王は玉座から姿を消しその場は散会となるのだった。




「ストローブ、バーベリィ、出られるか」
「いつでも出られるように燃料は満タンです!」
「よし、直ちに発進せよ!残りの者は給油次第出撃だ。弾薬のチェックを怠るな!」
「了解!」

ドランガーの檄が飛ぶ。戦闘態勢に入った機甲軍団は迅速に命令を実行しようとしていた。
一方現場指揮の任を帯びた豪将メガドロンは、出撃メンバーの姿が足りないことに気付く。

「ブルチェックはどうした!?」
「あいつなら元気になった動物たちを山に帰すと言ってどこかに行きました」
「……帝王直々にいただいた褒美か。ならば仕方がない、動物どもを山に帰したらそのまま
周辺地域の探索に移るよう伝えておけ」

動物愛護などという概念はメガドロンには全く理解できなかったが、帝王による裁定に
文句を付ける気など毛頭なかった。機甲軍団は鉄の軍規で縛られているが、その頂点には帝王が君臨する。
上官の命令は絶対、そして帝王の命令はそれ以上に絶対的な物なのだ。



「軍団長、今日の帝王は気合いが入っておいででしたな」
「あのようにお喜びの帝王を見るのは久しぶりだ。それに英気を養っておけという命令。
おそらくは帝王には次の戦い、新たなる一手が見えておられるのだろう」
「次の戦い、ですか……」

戦闘ロボット軍団では豪将ビックウェインと凱聖バルスキーが今後のことを話し合っている。
『伝説の巨人』とまで恐れられる副官は何故かあまり乗り気ではなさそうだったが。



「どういうこっちゃコレ」

帝王が退出し、解散となった謁見の間では未だにモンスター軍団だけが残ってボヤいていた。

「機甲軍団にミソつけてやろうとしたのに、なんで手柄になっとるんじゃあ!」
「軍団長落ち着いて」
「機材使われた分損しとるやないか!納得イカンで!この!この!」
「痛い、痛い!軍団長、八つ当たりはやめてください!」
「うおー!なんでやー!!」

モンスター軍団の行状が醜いのは―――――まあいつもどおりだった。



「さて、この辺りならいいか」
「キュウ~?」
「はは、かわいいやつだなお前は」

犬とフェレットを抱えたブルチェックは、2匹を発見した場所からかなり遠い山林まで来ていた。

「あのあたりはネロス帝国の演習場に近い。お前達はもっと静かなところで暮らすんだ」

要は自分たちと関わり合わないようにというブルチェックなりの心配りである。
そうして犬を地面に下ろし、フェレットを木の枝に乗せたブルチェックは後も振り返らず一心不乱に
駆けていった。そうしないと名残惜しくていつまでもその場に留まってしまいそうだったからだ。



そのフェレットが首に付けていた深紅の宝石が無くなっていることに、ブルチェックは
最後まで気付くことはなかった。そしてフェレットの瞳が高い知性を持った物で、ネロス帝国の中を
つぶさに観察していたことにも。

「なんて恐ろしい世界なんだここは……。魔法を使わずにあんな物が、それもあれだけの規模で。
レイジングハートも取られちゃったし、もう僕一人じゃ無理だ。
どうにかして連絡を取らなきゃ……時空管理局に―――」

ユーノ・スクライアのつぶやきを聞いたのは風と雲と太陽だけであった。




明らかになる魔法の存在、そして悪の手に落ちたジュエルシード。
新たなる力を手にしたネロスの野望は留まるところを知らない。
だが、ジュエルシードを求める機甲軍団の前に新たな戦士が姿を現す。
瞬転せよ、フェイト。

魔法帝王リリカルネロス、
次回「翔く魔導師!娘よ、母の願いを!」

こいつはすごいぜ!



     提  供

   桐原コンツェルン
    時空管理局
プロジェクトF.A.T.E.

このSSはご覧のスポンサーの提供でお送りしました。

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最終更新:2008年04月11日 20:30