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 大好きよ、大好きよ、大好きよ。
 愛してる、愛してる、愛してる。
 なんて陳腐な言葉。
 そんなのじゃときめかない。
 そんなんじゃ物足りない。

 少なくともベットの上だけしか囁かれない言葉じゃ。
 心には届かない。


                            ――残された鏡台に口紅で描かれた捨て言葉より




「……あれ? ヴァイスさん、どこか行くんですか?」

「ん? おお、アルトか」

 その日、アルトは私服で出かけようとするヴァイスを見かけた。
 同時にその日がヴァイスのオフ日であることを思い出す。
 ほぼ毎日のように待機任務と出動を繰り返す、ヴァイスが僅かに取れる休日。
 不規則な前線部隊とは異なり、後方支援であるロングアーチの面々はそれぞれのローテーションを持って
休みを取ることが許されていた。
 そして、アルトはある事情でヴァイスの休みの日を把握していた。
 まあ一言でいえば乙女の事情というものである。
 そんなアルトの目線が、不意に強くなった。その視線の先にあるのはヴァイスの服装。

「ヴァイスさん、随分とおめかし……してますね?」

 一張羅と思しきジャケット。それなりに整えた髪形。
 洗い下ろしたてと思しきジーンズをはいて、何時ものフィンガーレスグローブの手には大きめのカバンが握られているヴァイス。

「どこに行くんですか?」

「あー、ちょっと“デート”にいってくる」

「……え?」

「連絡用通信機は持っているから、非常時には呼び出してくれ。そんじゃなっ」

 プラプラと手を振って、ヴァイスは固まっているアルトを放置し、隊舎外のバイクに跨った。
 バチンとヘルメットの止め具を止めて、彼が排気音を吹かしながら立ち去るまでアルトは固まっていて……

「女って、女ってなんですかぁああ!」

 ようやく動き出したアルトの声が、誰にも聞こえていないところで響き渡った。




【Unlimited・EndLine】

 外伝 『Biscuit・Shooter/4』

  その日、空を見上げていた




 首都クラナガン。
 機動六課の隊舎がある湾岸地区から数十分もバイクを走らせれば、すぐに辿り着ける場所。
 何度か買出しに使っている駐輪場で使用料を支払い、ヴァイスは愛車を置いて、迷う事無く歩き出した。
 その手には一枚のメモ用紙。
 そこに書かれたのは簡素な地図と目的地の名称。

「あそこか」

 約束の時間よりも二十分も早く、ヴァイスは辿り着いていた。
 それは一つの店。
 彼はあまり知らないが、巷では評判とされているオープンカフェ。
 男性よりも女性の比率が高いそこにヴァイスは少し怖気づきながらも、目的の相手を探そうと中に入ろうとして。

「はーい」

 ヴァイスの耳に声が届いた。
 それは心をくすぐるような、しっとりとした声。
 ヴァイスは振り返る。

「ここよ、ヴァイス」

 そこに彼女はいた。
 それは流れるような赤毛をなびかして、恥ずかしげもなく膨らんだ胸の谷間を覗かせる扇情的な格好をした女性。
 艶やかという形容がピッタリな肉体で、クスクスと口元を押さえて笑う女性。
 その顔にヴァイスは――“見覚えは無い”
 されど、その正体は推測出来るし、知っている。

「お前さんか」

 動揺もせずに、周囲の僅かな視線を撥ね退けながら、ヴァイスは女性の前に座る。
 ゆっくりと、油断をしないように、浅く椅子に腰掛けて。

「“ドゥーエ”」

 彼は目の前の女性の名を呟いた。
 それは低く、独り言に近い静かな言葉。

「正解よ、ヴァイス・グランセニック」

 けれど、彼女はしっかりと聞き遂げた。
 隠密諜報用に作り上げられた戦闘機人、ナンバーⅡ【ドゥーエ】は数え切れぬほどに存在する顔の一つで微笑んだ。




「ショートケーキとレモンティーをお願い」

「俺はオレンジジュースとトーストのセットで」

「分かりました」

 二つの言葉が飛んで、一つの言葉が返事を返す。
 注文表を胸に抱えたウェイトレスがしっかりと教育されていることを示すように礼儀正しいお辞儀を返し、二人の前から立ち去る。

「あら? こういう時は、男ならコーヒーを頼むんじゃないかしら?」

「カフェインは神経が高ぶるからな。どっちかというと、こっちの方がいい」

 そう告げて、ヴァイスは机の上にある灰皿を引き寄せると、胸ポケットから出した煙草に火を付けた。
 紫煙がゆっくりと立ち上り、彼は深々と煙を吸い込む。
 まったく美味そうになく、痛みを堪えるような表情で。

「それで、今回の用件はどっちだ? “大将か? それとも旦那か?”」

 彼独特の呼び方に、赤毛のドゥーエはくすりと笑みを浮かべて。

「両方ね。ドクターの用件は前に頼まれていた通りのもの、そして中将から頼まれたのは報告よ」

「報告?」

「ええ。一週間前の新人達の初出動の様子はどうだったかと聞いて来いと言われたの」

「? 報告書はそちらに提出されているはずだろう? 俺の出した奴とあと八神部隊長が出したはずのが」

 レジアスが報告書に目を通していないはずが無いし、己の統括する地上で起きた事件の報告書の提出を機動六課に
命じてないはずがない。

「いえね。中将は直に聞いてこいといって……」

 そこまで言葉を告げて、ドゥーエは言葉を切った。
 お盆を持って近づいてくるウェイトレスの姿を認識したから。

「注文のお品です」

 ゆっくりと注文したショートケーキとレモンティーがドゥーエの前に、トーストのセットとオレンジジュースが
ヴァイスの灰皿の横に置かれる。

「ごゆっくりどうぞ」

 品物を置いて、ウェイトレスが最後に残したのは爽やかな笑みだった。

 その後姿をゆっくりと見つめていたヴァイスに、ドゥーエが少しだけ悪戯そうな笑みを浮かべる。

「あら? 目の前にこんな美人がいるのに、浮気かしら?」

「っ、馬鹿を言え」

 慌てて視線を外し、ヴァイスが目の前のドゥーエを睨む。
 彼にそんな気はまったくなかった。
 ただ惰性で注目し、僅かに警戒をしていただけである。
 過敏な神経。
 屋外という身を護る場所のないところにいるのは、今の意識を切り替えようとするヴァイスには辛かった。

「フフフ、けど、あの子勘違いしてたわよ?」

「なんだって?」

「美人な彼女と悪そうな男の組み合わせのカップルだって、“思っていた顔だったわ”」

 ウェイトレスが浮かべていたのは単なる笑顔。
 けれど、ドゥーエはその表情から相手の思考を推測することが出来た。
 それはあらゆる擬態のスペシャリストであり、幾十幾百の表情を浮かべてきた彼女ならではの洞察力。
 強化された視神経が可能とするある種の能力。

「そうかっ。まったく違うのにな」

 されど、ヴァイスはそんなことを聞かされても表情を変えなかった。
 何故ならば知っているからである。
 目の前の女性の能力を、彼は把握していた。

「じゃ、話を戻すか」

 灰となった煙草を一つ吸い尽くし、ヴァイスは呟きながらその残骸を灰皿に押し込める。

「率直な感想だが、あれは“実験”だろ」

 オレンジジュースを一口。
 飲み干して、ヴァイスが呟いたのはその一言だった。

「……続けて」

「機動六課の面々が出動したのはまあいい、そして旦那が列車を襲撃したのもレリック狙いならまあ頷ける。けど、どう考えても“やりかたが悪すぎる”」

 ヴァイスは呟く。
 一週間ほど前までヘリの中で操縦桿を握りながら思い返していた疑問を反芻する。

「旦那なら列車に積み込まれる前に奪取する方法を考えるはずだ。その方が、あの鉄細工も、お嬢ちゃんも使わなくてもよかったはずだ」

 意図的に名称を避けて、ヴァイスが告げる。

「なるほど、それで結論は?」

「――“奴ら”だろ、この指示は」

 ヴァイスが低く、低く呟いた言葉。
 それには怒りが満ちていた。
 それには憎悪が淀んでいた。

「六課の面々に対する実験、そして旦那への任務遂行能力の実験。それが今回の――」

「ストップ」

 テーブルを掴み、声を上げようとしたヴァイスの唇に細い指が触れた。
 ニコリとドゥーエが笑みを浮かべたまま、まるで恋人のように優しい言葉を紡ぎ立てる。

「それぐらいは中将も博士も理解しているわ。少し落ち着きなさい」

「……悪い」

 罰悪そうな顔を浮かべて押し黙るヴァイスに、ドゥーエは微笑みながらゆっくりと目の前のレモンティーを啜る。
 チロリと舌をつけて、そしてゆっくりと唇から中へと啜らせていく。

「それで、落ち着いた?」

 ヴァイスの頭が冷えたのは、ドゥーエが紅茶を半分ほど減らし、カップに置いた時だった。

「ああ」

「それじゃ続き、ね」

 ゆっくりと動かされる小さなフォーク。
 その穂先でショートケーキを切り分けながら、ドゥーエが告げる。

「ヴァイス。貴方から見て、組み込まれた子供達はどうだったのかしら?」

「……そうだな」

 ヴァイスは少し悩み、それを告げるのを躊躇うように額に手を当てた。

「一言で言うなら、歪だ」

「歪?」

「報告書にも出しただろう? タイプ・ゼロ、人造魔導師、“狂乱”の竜使い、そして……」

「?」

「いや、なんでもない」

 脳裏に浮かんだ一人の少女の顔をヴァイスは軽く首を振って打ち消すと、話を続けた。

「どいつもこいつも心に傷を持ちすぎてる。まるでその代償に力を背負わされているみたいにな」

 それはまるで嘆くかのようだった。
 普段の顔とはまったく違う、同情に満ちた顔。
 己などよりも光を歩むべき幼い子供が歩む道に、彼は悲しんで、同時に怒っていた。

「……隊長たちのようにある種完成しているならまだいいが、ああいうタイプは“化ける”ぞ」

 それはある種の褒め言葉だったのかもしれない。
 されど、それを告げるヴァイスの顔には苦痛の色が浮かんでいた。
 それは決して喜ばしいものではない故に。

「今はまだいいけどな、時間をかければお前達でも危なくなる。旦那には出来るだけ相手にするなと、
大将には慎重に扱うように進言しておいてくれ」

「わかったわ」

 ドゥーエが頷く。
 それが機動六課の中で少女達を見ていた男の言葉だと知っているから。
 数百枚の報告書よりも、たった一人の言葉のほうが真実を語ることがある。
 
「ん、まあこれぐらいだな」

 そこまで告げて、ヴァイスは表情を変えた。
 トーストを口に運び、オレンジジュースを飲む。

「んで、もう一つは? さっさと渡してくれると助かるんだが」

 ヴァイスが足元に置いたカバンを叩きながら、告げる。
 ドゥーエのスラリとした脚、それから目を逸らしその傍にある同じデザインのカバンに目を向けていた。

「せっかちね」

 ヴァイスの言葉に、ドゥーエはゆっくりと切り取ったショートケーキを口に運ぶ。
 白い、白い塊を整った唇が挟み込み、フォークで中に押し込んで、彼女は味わう。
 至福に満ちた表情。

「美味しい。やっぱり評判なだけあるわね」

「……ここを選んだのは、お前さんの趣味かよ」

「そうよ?」

 またもう一つパクリ。
 最後に残ったイチゴをおいて、ケーキ本体を食べ尽くしたドゥーエは少しだけ意地汚くフォークを赤い舌先で舐めると、笑った。

「貴方はイチゴを最後に食べる派かしら?」

「悪いが、先に食べる主義だ」

「そう」

 トスンとイチゴにフォークが突き刺さった。

「私は最後に食べる派だわ。美味しいものだからこそ、最後に食べたいの」

 そして、その場での会話はそこで終わった。




 
 取引。
 それも違法というものが付けばその場所も自ずと限られる。
 例えば使われていない廃工場の中だとか、人気の無い港の倉庫街だとか、陳腐なれどそういうところが定番だ。
 簡単に思いつく分、効果的。
 ドラマなどの都合でなければ普通は見つかるわけがない。
 見つかるとしたら盗聴、密告などの内部からの情報流出であろう。
 そして、二人はそれらの定番とはまったく異なる場所に居た。

 ――水の音がした。

 ザーという温い、温い液体がタイルを叩く音。
 それは鳴り響く場所に繋がる室内にも聞こえるほど激しく、同時に演出された設計。
 殆ど意味のなさない薄い曇りガラスの向こうで、艶やかな体躯を持つ女性がシャワーを浴びていた。
 少し目を向ければ見えただろう。
 丸い膨らみの肌の上を舐める液体の流れが、艶やかに伸びた赤毛の先端から滴る水が、緩やかに緩やかに、
されども艶やかに、映し出されていた。
 そして、その女性とはもう一人の人物が部屋に居た。
 ふざけているかと思えるほどクッションの効いていないベットに腰掛けて、片手には一枚のプレートを、もう片方の手に
小型の機器を持った青年――ヴァイス。

「……無いな」

 機器を見つめて、ヴァイスが呟く。

「終わったかしら?」

 その呟きに答えるように、水音が止まった。
 音を立てて、ガラスの扉が開く。肌色がヴァイスの視界の端を横切るが、彼はそれから目を逸らし、天井の隅に目を向けた。

「一応確認した。こういうところだと、オーナーが悪戯半分でカメラとか仕掛けているって聞いてたが……ここは外れだな」

「よかったじゃない」

 ヴァイスの呟きに答える女――ドゥーエの声。
 彼女は恥じらいもなく、部屋の中でタオルを用いて肌を拭っていたが、ヴァイスは最低限の節度を持ってそこから
目を逸らしていた。
 女性に欲情が無いわけじゃない。
 ただ興味が無かった。それだけだった。
 
「んじゃ、そろそろ説明してくれ」

 ヴァイスはドゥーエに目を向けないまま、その足元にある二つのカバンの片方を手に取った。
 それはまったく意匠だが、ヴァイスが手に取ったのは彼自身が持ってきたのではなく、ドゥーエが持っていたカバン。

「俺には必要なデバイスを渡すとしか聞かされてないんでね」

「そうね。まずは開けて御覧なさい」

 声に言われるままに、ヴァイスがカバンのジッパーを開く。
 その中に納められていたのは数本の筒らしきものと、見覚えのあるグリップと照準器、そして十数個の薬莢型のカートリッジ。

「これはデバイスの部品?」

「ええ。まずは組み立ててみなさい、出来るでしょ?」

 言われるままにヴァイスが手を動かす。
 日々整備を必要とする精密機器である狙撃銃形であり、変則デバイスの取り扱いに熟知している故に最低限度の知識はあった。
 ゆっくりと、けれども正確に組み立てていく。
 そして、出来上がったのは一丁の簡素な狙撃銃――型のデバイス。
 それには奇妙な点があった。狙撃銃としてのフィルムに、僅かに横へ何かを突き刺すような長方形のブロックが取り付けられている。

「なるほどな、組み立て式か」

 しかし、ヴァイスはそれを気にせずに、率直に感想を告げる。

「ええ。どこにでも溢れている自作デバイスの部品から作られたデバイス、ただし無許可のね」

 世間一般には自作によるデバイスの作成は許可されている。
 事実、機動六課のフォワード陣であるスバル・ナカジマとティアナ・ランスターは訓練校時代から自作デバイスを持ち込み、
機動六課に入った際にも使用している。
 けれど、デバイスとは魔導師が魔法を使用するための媒体であり、計算機だ。
 大げさにいえば一般人が拳銃を持つようなものであり、その所持は危険ともいえる。
 故にそれらの作成及び携帯にはデバイスの所持を管理する管理局の認証と刻印が必要であり、各資格によってデバイスの持つ機能などが制限されている。
 比較的簡素な魔力弾を撃つだけの機能でも、申請は難しい。
 事実、ティアナ・ランスターは陸士に入る訓練生という身分と仕様用途を用いて許可を取り、アンカーガンを作成している。
 そして、ヴァイスの手に持たれたのはそれらの許可を得ていない違法品だということになる。
 
「なるほど、な。それでこの微妙に不細工なカートリッジは?」

 僅かに歪なケースで作られたカートリッジ。
 十数個の一つを指で掴んで、ヴァイスが訊ねる。

「闇市場で出回っている不正規のカートリッジ。キチンとした魔力炉からの充填ではなく、低ランクの魔導師が手動で充填した
カートリッジね」

「なるほどな。んで、これらを使えば」

「どんなに使っても足は付かないわ。純粋にカートリッジの魔力だけを使用したデバイス。所持者の魔力は必要の無いから」

「なるほど。単純な弾道操作だけで済むってわけか」

 一つ一つカートリッジを見つめながら、ヴァイスは息を吐く。
 徐に遊底を引く。開かれた薬莢にカートリッジの一つを装填し、再び遊底を戻して閉鎖した。
 そして、構える。
 僅かな緊張感。
 壁の向こうに誰かがいるかのようにヴァイスの目つきが厳しくなり、空気が止まった。

「……ボルトアクション式か?」

 数秒間の沈黙の後に、ヴァイスが呟いた。

「ええ。簡素な分、故障しにくいように。と、ドクターが言ってました」

「照準の調整をしたいんだが……試射場は用意されているか?」

 自作デバイスの量産品であれば、精度は低いだろう。
 何度か試射して、調整しないと使い物にならない。
 そうヴァイスは考えたのだが。

「いえ、あの調整なら……」

「?」

「ドクターが自分でやったらしく。伝言ですが『十数回ほど撃ってから、キチンと調整したから安心したまえ』だ、そうです」

「……わかった」

 ため息を付きながらヴァイスが構えを解き、デバイスから使っていないカートリッジを取り出す。
 再び分解し、カバンに銃身を、カートリッジをケースに収めて彼はカバンのジッパーを閉めた。

「だけど、近いうちに自分で試し撃ちは行いたいから――ってなんだ?」

 振り向いたヴァイスの視線の先。
 そこには体にタオルを巻いたドゥーエの姿があった。

「いえ、少しは興味を引いてくれるかと思ってただけよ」

「馬鹿を言うな。俺は、お前に興味なんかない」

「へぇ~」

 ニヤリをドゥーエが笑う。
 その笑みに嫌な予感を覚えた。
 
「こ・れ・で・も?」

 タオルを抑える片手とは違う、もう片方の手でドゥーエの顔を隠す。
 そして、その次の瞬間そこにあった顔は――シグナムの顔だった。

「ぶっ!!?」

 唾を吹き、ガタンとベットからヴァイスが転げ落ちる。
 その元へシグナムの顔をしたドゥーエが近づいて。

「どうした? ヴァイス、そんなに慌てて。真っ赤だぞ?」

 シグナムの声でそう囁いて、ドゥーエは笑った。

「な、な、なんで、お前が顔と声を?!」

「有名だからな、シグナムは。何度か顔も見たこともあるし、声も聞いたさ」

 クックックと本物のシグナムならば決してやらない艶やかな笑みを浮かべて、ドゥーエがギチリと音を立ててその顔を手で覆う。
 その次の瞬間に現われたのは、先ほどまでの顔だった。

「やっぱりね。ドクターの言った通り、ヴァイス・グランセニックは私のようなタイプよりも真っ直ぐで直情的な女性が好みと」

「っ……からかうな」

「もしかして、ヴァイスは彼女のことが好きなのかしら?」

 クスクスとからかうように笑って呟いたドゥーエ。

 けれど、その次の瞬間ヴァイスが浮かべた表情に、顔を曇らせた。

 それは悲しみであり。
 それは絶望であり。
 それは殺意であり。
 それは諦めだった。

「憧れていたさ」

 ヴァイスは呟く。
 上を見上げながら、安普請な天井の先に空があるかのように。

「多分」

 それは歌うように。

「多分」

 己の心を振り絞るように。

「俺は、あの人に憧れて、惹かれて、そして――」

 彼は嗤った。

「好きなのかもな」

 手を広げて、そして閉じる。
 ゆっくりと、ゆっくりと引き金を引き絞るように指を曲げる。
 矛盾を孕んで、彼は告げる。

「だけど、撃つさ」

 手に持ったカード――ストームレイダーに囁く。

「止まらないために、俺の正義を貫くために、誰だって撃ってやる」

 それは一種の狂気。
 信念という名の毒に犯された哀れな男の言葉。

「好きな女だって打ち砕いてやるよ」

 彼は今まで色んなものを撃ってきた。
 敵を。
 物を。
 肉親を。

 そして、そして、そして――

 彼は撃つことになる。
 好きだった女性を。
 仲間だった少女を。
 打ち抜く弾丸となる。
 ただ一つの願いのために。

 “いつか見上げた空に届くために”。




 
 そう、それはいつかの光景。

 嵐のような業風が吹き荒ぶ中で佇む誰か。

「砕け」

 それは銃を構えるだろう

「砕け」

 それは殺意を向けるだろう。
 
「壊せ」

 それは絶望を抱えるだろう

「壊せ」

 毒を孕み、痛みを孕み、苦痛を吐き捨てて、誰かが牙を向く。
 それは遠い未来ではない。
 迫る未来でしかない。

 悲鳴を、悲鳴を、上げよう。
 銃声を、銃声を、鳴り響かせよう。
 
 来たる、来たる、時を祝福するために。

 嵐の乗り手は未来を夢想し、今は淡々と牙を磨く。
 
 誰かの正義ではなく、己の正義を貫くために。

 彼は大切な誰かを失いながら、引き金を引くであろう。


 涙の代わりに、絶叫という名の銃声を鳴り響かせながら。


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最終更新:2008年07月25日 11:42