リリカル・グレイヴ 番外編 「ツギハギと幽霊と女の子」(後編)
港にある古びたビル。
煤けた壁に埃臭くそしてあちこちにヒビが入った壁、どう見ても数年はまともに使われてはいない。
誰も使わないだろう廃ビルだろう。
しかしだからこその使い道というのもあるのだ、例えば誘拐した少女を監禁するとか。
ビルの一角にキャロはいた。
少女は手足を縄で縛られ、猿轡をはめられた状態で自由を奪われている。
その傍らには銃を手にした麻薬組織の下っ端が見張りについている。
下っ端の男達は数人、キャロの傍で酒を飲み、タバコを吸いながらくっちゃべっている。
男達はくだらない話をしながらいかにも三下らしい会話をしていた。するとビルの外、港の方から爆音が鳴り響いた。
それは外で始まった十二とビリーを相手にしたドンパチの音だった。
「なあ、外騒がしくねえか?」
「ああ、どうもあのツギハギ野郎とギター男がヤりはじめたんだろうぜ」
「なんかヤバそうじゃねえか?」
「大丈夫だろ。こっちはあの人数だし、サイボーグの猛者共だって雇ってあんだ」
「でもよ~、あいつら半端ねえ強さだぜ?」
「そん時ぁ、さっさとトンズラこきゃ良いだろ?」
「それもそうだな‥‥ところでよぉ、そろそろヤらねえか?」
男の一人がそう言いながら、縛られていたキャロに視線を移す。
その眼光は邪で嗜虐的な光に満ちており、まるで餌を前にした獣のような瞳だった。
男が何を思ってキャロにそんな視線を投げるかは説明するまでもないだろう。男は立ち上がるとキャロに近づいていく。
「へへっ、お前も好きだねぇ~」
「こういう小さいガキも悪くねえんだぜ? お前も試してみろよ」
男は舌なめずりしながらキャロの頬を撫でた。
蛇のような執拗でいやらしい手付きにキャロは恐怖して暴れる。だが拘束された状態ではろくな抵抗などできはしないし、口が塞がれている為に助けを求める事もできない。
「んううっ! んううっ!!」
「そう嫌がるなよ嬢ちゃん、これから凄く“イイコト”してやるんだからよ~♪」
キャロは涙を流して必死に抵抗するが、相手はそれを気にかけるような善人ではない。
そしてキャロの服の中に隠れていた若き飛竜は、少女の恐怖に呼応して瞳を輝かせ始めた。
△
夜の帳の下りた漆黒の闇夜、無法者達が支配する港に銃火の嵐が巻き起こる。
常人ならば明白なる窮地、だがそこを駆ける二人の死者ビリー十二は笑みすら帯びて余裕を保っていた。
サイボーグ化されたならず者が手の銃火器を振り回し、鉛弾の洗礼を眼前に立つ二人の死者へとお見舞いする。
それは正確にサイティング(狙い)を付けられた射撃だった、しかし対峙した死人にはあまりにも無意味。
十二はコートを翻して高速移動して回避、風の如く動く彼の動きを捉える事など有象無象のサイボーグには不可能でありかすりもしない。
ビリーの身体はそもそも実体ではないので弾丸はすり抜けていく、幽霊の彼を滅ぼすのならば実体であるギターを攻撃しなければならないが、それを敵が知る事は永久にないだろう。
「オラオラオラァァァアァ!!!!」
急接近した十二は手にした得物、銃と刀の合体した武器二本のガンブレードの刃を翻す。
赤い刃が閃光の如く閃き、敵であるサイボーグの四肢を細切れに斬り裂く。
さらに銃口から火が吹き乾いた咆哮を響かせて銃弾の掃射も加わり怒涛の猛攻を成す。
瞬く間に十数人の敵が五体を刻まれて身体をスクラップにされた。
「チクショオォォ!! ツギハギ野郎が、クソ! 死にやがれクソ!!」
サイボーグの一人が口汚く罵声を吐きながら手の小銃で十二に狙いを定めるが十二は既に風と動き次の標的に接近して刃を振るっている。
仲間に流れ弾が当たる可能性に一瞬躊躇して逡巡、その隙にもう一人の死者が電撃と共に現われた。
「おっと、コッチも忘れんなよ?」
「なっ!?」
ビリーの陽気な声と共にエレキギターが弦から小気味良い音を奏でながら光を放つ。
そして弦より放たれた電撃が弾け飛び、無数のサイボーグ化された敵の身体を穿ち貫く。
雷撃に四肢を砕かれた哀れな敵はその場にくず折れた。
時間にして数分、それだけ経てばそこに立っていたのは二人の死者だけだった。
四肢砕かれたサイボーグのならず者達は無残に地べたのオブジェとなっている。
上手く手加減がされていたのか、全員とりあえずは息はあるようで情けない呻き声を漏らしていた。
「くそ‥‥たった二人に‥ここまで‥」
その中の一人、黒いボディスーツに覆われたサイボーグの一体が呻きながら悪態をつく。
「しかもどうやら全員生きてはいるらしい‥それがまたヒジョーに屈辱的だ‥くそ‥くそ畜生!」
サイボーグの男はそう言うと、音を立てて背中のパーツを開き内部からミサイルを展開した。
巨大なボディに収納されていただけあってそれなりに巨大なサイズを誇り、相応の破壊力を想像させる。
「スーパーアルティメットタイガーファミリーの最後の意地‥とくとご覧になりやがれ!! おおいキサマら!!」
男の絶叫にも似た言葉に十二とビリーが振り返って視線を送る。
自信満々でのたまうサイボーグ男、ミサイルは音を立てて屹立し狙いを定めていく。
「よくぞやった! ほめてやる! だがな戦いというのは常に非常なものだ。こいつは既にあの小娘のいる建物にロック済み! 大どんでん返し大残念大会なワケだ!!」
サイボーグの男に十二が機嫌悪そうに口を開いた。
「やめろ」
「いーーーや! やめねえッ、俺達のかいた恥はそれ程大きい。おまえらの身内の命でせめて償わせてやろう。わははははは」
「アホ! 俺らの苦労はどうなんだタコ!!」
「はぁ!? 知るかボケ!! 知るかボケ!! 知るかボケ!! 泣き叫び狂い死ねこのボケナス祭りが! うははははは!!」
十二とビリーを無視して発射段階を終えるミサイル、推進部に火が付いて遂に飛び立とうとする。
「目にやきつけろこの大逆転。いくぞーいくぞー、今! 月輪の光をあびてまごうことなき必殺の ミ サ イ ル ジョニーシューーート!!」
発射されようとするミサイル、だが十二は明後日の方向に向かって叫んだ。
「やめろっつってんだろクソメス!!!」
「メス?」
サイボーグの男が疑問の声をあげた瞬間、男に向かって黄金の雷光が降り注ぐ。
正に自然界の起こす天変地異にも匹敵するような豪雷が閃き、閃光が男を襲った。
爆音と爆炎に包まれ、その中に黒衣を纏った金髪の美少女が下り立つ。
「撃ち落せたっつうだよクソメス」
「かもしれませんね。でも非殺傷設定の魔法のほうが危険はありませんよ」
「そうかよ」
現われた金髪の女性の言葉に十二は相も変らぬ口調で答える。
少なくとも殺す気のなかった十二とビリーは少しだけ安堵した。自分の為に誰かが死んだと知ったらきっとキャロは悲しむだろうから。
そして黒き戦斧を手にした金髪の執務官、フェイト・T・ハラオウンが二人の死者と初めて出会った瞬間だった。
互いに手にした得物を構えて、張り詰めた空気の中で睨み合う。
「私は時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンです。武器を捨てて事情を話してください」
まず口を開いたのはフェイト。目の前の男達が持っている武器が質量兵器系統の純粋火器と察して武装解除を促した。
だが対した十二はまったく気にした風でも無く、クルリと踵を返して先ほどミサイルが機首を向けていた建物に顔を向ける。
「おいRB。さっきあの野郎が狙ってたのはあっちで合ってるな?」
「ああ」
「んじゃあ、ちょっくら行って来る」
十二は手のガンブレードを軽く払って刃に付いた血とオイルを飛ばすと、その俊足の脚力で駆け出した。
自分の事など眼中にない男の態度に慌てて彼らの会話に割って入った。
「ま、待ちなさい! こっちの話はまだ‥‥」
「うっせえクソメス! こっちは忙しいんだボケが!!!」
十二は威勢良く吐き捨てるとそのまま走り去って行った、その速度はかなりのものですぐに彼の姿は見えなくなる。
そして後にはビリーとフェイトだけが残された。
「いやぁ~、すまないね可愛いレディ(お嬢さん)。あいつは見ての通りせっかちでね、なに話なら俺がちゃんと聞かせてあげるよ。俺の名前はロケットビリー・レッドキャデラック、ビリーって呼んでくれ♪」
何とも気さくな笑みを浮かべた幽霊はペコリと頭を下げて会釈して挨拶する。
フェイトはその笑みと敵意のない様子に思わず毒気を抜かれてしまった。
△
屍十二は走った。
眼の見えぬ彼はそれ以外の五感で世界を認識している、嗅覚・聴覚・味覚・触覚そして気配や意を察する第六感。
その全てがキャロの存在を微かに感じ始めていた、あと少しで彼女の下に辿り着く。
(ったくメスチビが。手間かけさせやがって‥‥)
十二は心中でそう悪態をつきながらも、キャロがまだ生存している事に安堵していた。
あの薄幸の少女の事をなんだかんだと言いながら心配している、屍十二とはそういう男なのだ。
そして十二は1分と経たずにキャロの存在を感じる廃ビルに辿り着いた。
彼がビルの中に入ろうとした瞬間、凄まじい爆音が鳴り響いた。
巨大な爆炎が舞い上がり、ビルの壁が砂糖細工のように脆くも吹き飛ぶ。
「なんだぁ!? この気配と匂い‥‥もしかしてあのチビ竜か?」
増大する攻撃的な気配はキャロと共にいた小さな召還竜、フリードリッヒだろう。
あの小さな竜種が実はもっと強大な身体と力を持っているとは聞いていた十二は感じた気配と状況を察して推察する。
十二は手のガンブレード構えてビルの内部の飛び込む、今はグダグダ考えている暇は無いのだ。
五感の誘導に従って歩を進めれば即座にキャロの下に辿り着いた。
辿り着いたのは広大なフロア、そこは天井から壁に至るまで様々な箇所が吹き飛ばされて夜空を覗かせている。
そしてフロアの中央には縄で四肢を拘束されたキャロと彼女を守るように立っている巨大化したフリードがいた。
周囲にはフリードに吹き飛ばされたのか壁際まで吹き飛ばされて気を失っている男が数人いる。この状況からキャロを守ろうとしてフリードが暴れたと易く想像が付くだろう。
「大事にはなってねえみてえだな。おいメスチビ、チビ竜助けに来た‥」
十二が話しかけた瞬間、彼に向かって竜の吐いた火炎が飛来した。
彼の反射速度を以ってすれば回避は容易く被弾には至らなかったが、さしもの死人もこれには驚いた。
なにせ、せっかく助けに来たというのに帰ってきた返事は火炎の固まりだ。
回避動作と同時に反射的に構えたガンブレードの銃口を向けながら十二は牙を剥いて吼える。
「てめえ! なんのつもりだクソ竜!!」
十二の言葉に対するフリードの返答は火球の第二射、それも先ほどとは比べられない強力な威力を内包している巨大なものだった。
回避した十二にはかすりもしなかったが、背後の壁は凄まじい爆音と共に爆ぜ飛ぶ。
ここが廃ビルなどの多い朽ち果てた区画でなければ大災害になっているところだった。
その破壊力に驚く暇も無く、十二に追撃の火球が次々と飛来する。
「おいコラ! このクソメスチビ、危ねえだろボケがぁ!! さっさとチビ竜なんとかしやがれ!!!」
左右への高速移動で飛来する火球を避けながら吼える十二、だが四肢を縛られ口を塞がれたままのキャロは答える事は出来ない。
いや、それ以上に少女は制御しきれない力に対する恐怖に震えてそれどころではなかった。
キャロは赤子のように丸くなってひたすら涙を流しながら、その小さな身体を小刻みに震わせている。
幼い少女には強すぎる恐怖、その感情が伝染した使役竜もまた恐慌状態なのだろう。
(もしかして制御できてねえのか? クソが!)
心中で毒づきながら回避と共にフリードに急接近する十二、その巨体の懐に潜り込むと同時に跳躍して強烈な蹴りを飛竜のアゴに叩き込む。
その衝撃に牙の並ぶ口腔から鮮血が飛び散る、常人ならば死すら容易い破壊力の打撃を受けてフリードは足元をふらつかせる。
十二は蹴りの跳躍と同時にガンブレードを翻し、その赤い刃をその喉元へと走らせた。
瞬間、神域の可聴域を誇る彼の耳に塞がれた少女の口から漏れた哀願が届いた。
『ころ‥さないで‥』
普通の人間ならば絶対に聞く事のできない程の残響だったが、その小さな言葉は死人の耳を確かに打った。
竜の首を刎ねんと迫った刃は死人の膂力で急静止がかかり寸前で止まる。
だが暴走した飛竜に遠慮など欠片もありはしなかった。
鞭の如くしなる竜の尾が宙空の十二に迫り、強烈な打撃を叩き込んだ。
「ぐおっ!!」
十二は崩れかけたコンクリート壁に吹っ飛び、盛大に壁をぶち抜いて転がる。
何度か転がって床を舐めると、即座に追撃の火球が襲い来る。十二は転がる惰性の力を利用してそのまま横っ飛びに攻撃を回避した。
火球を数発喰らったが気にせず、回避を続けると同時にガンブレードの銃口をフリードに向けるが、頭に先ほどキャロが漏らした言葉がノイズとなって引き金を引くのを阻害する。
「クソがっ!!」
殺さずに相手を制するのがこうも難儀するとは。しかも相手は人間をはるかに超える巨体の竜である、並みの攻撃では黙ってくれない。
十二はともかく反撃すべく接近を敢行、飛び交う火球を左右へのランダムな回避動作で避けつつ俊足で駆け寄る。
荒い狙いの火の玉など物の数ではなく、数秒もかからず十二は再びフリードの懐に入った。
接近が成功すると、駆け寄った勢いを利用して強力な後ろ回し蹴りをフリードの腹部に叩き込む。
風のようなの速さと死人の怪力を乗せた蹴りが竜の身体に深くめり込んで、その巨体を地に倒した。
「ふぅ、でもこれじゃすぐに起きちまうぞ」
倒れてヒクヒクと震えている竜をみながら十二は呟く。
確かに一時的に動きを封じたが、相手はこの程度で気を失ってくれる程ヤワではない。
十二は様々な考えを巡らせながら縛られたままだったキャロに顔を向ける。
視覚の無い十二でもよく分かるくらいキャロは怯えていた。
小さな身体が震える振動と塞がれた口から漏れる嗚咽が空気を振るわせ、流れた涙の匂いが死人の嗅覚を刺激する。
少女の恐怖が消えぬ限り使役される竜の暴走は止まらない。
十二は両手のガンブレードを懐に仕舞うと、キャロに近づいて彼女の拘束を解いた。
手足を縛る縄や口を塞ぐ薄布を丁寧に解いて少女を自由にする。
「大丈夫か?」
「‥‥はい‥‥屍さん‥ごめんなさい‥ごめんなさい‥」
キャロは泣きながら何度も頭を下げた。
フリードの攻撃で傷ついた十二の身体がキャロの心を容赦なく抉る。
自分の使役竜を制御できず大切な人を傷つけた罪悪感、その重圧に少女の心は悲鳴を上げていた。
十二は一つ溜息を吐くと、そんなキャロの頭を優しく撫でた。
「気にすんじゃねえよ。こんなもん死人にゃかすり傷だ」
「でも‥‥でも‥私‥‥」
まだ何か言おうとするキャロだったが、それ以上言葉を続ける事は出来なかった。
十二は静かに口を開いて、普段からは想像も出来ない優しい声で少女に語りかけた。
「大丈夫だ、俺もお前も。俺は死人だから簡単に死にゃあしねえ、お前は俺が守るから誰にも傷つけさせねえ。だから大丈夫だ、そんでもう泣くな」
「屍‥さん‥‥‥でも‥それじゃあ私屍さんに何も‥返せない」
「チビがいっちょまえにナマ言ってんじゃねえ。ファミリーってのはな‥‥それで良いんだよ」
十二はキャロの頭を優しく撫でながら少し苦笑して、照れ臭そうにそう漏らす。
もうそれ以上キャロに言葉を紡ぐことはできなかった。
涙と嗚咽が会話を否応なく阻んだ、でもそれは悲しみや罪悪感ではなく喜びで流れるものだった。
竜の暴走は終わり、長いようで短い夜は終わりを告げた。
△
「で、なんの用だクソメス?」
テーブルの上に足を乗せた十二が最高に、いや最悪に不機嫌そうにそう問う。
正面に座ったフェイトは頬を若干ヒクヒクさせて一応は笑みを保っていた。
二人の隣に座ったキャロとビリーは一触即発の状況に冷や汗を垂らす(ビリーは幽霊だが細かい事は言いっこなしだ)。
騒ぎの終わった十二とビリーは管理局執務官を名乗る女性、フェイト・T・ハラオウンから話を聞きたいと言われて、小さな喫茶店で事情を話す事となった。
無論、十二は気が乗らなかったがキャロとビリーに説得されてやむなく事のいきさつを語る事となる。
三人は今までの珍道中の事やら根無し草な生活の事を包み隠さず語った。
「それ‥‥全部本当の話ですか?」
「てめえに冗談なんぞ言う訳ねえだろボケ」
あまりにぶっ飛んだ話に呆れ気味で聞き返すフェイト、そんな彼女にキッツイ返事を返す十二。
フェイトは失礼千万な十二の態度に少しばかり眉を寄せて咳払いする。
「そうですか‥‥オホン。それはそうとして、あなた達に一つ提案があります‥」
「自首しろなんてほざきやがったら服だけ刻んでそこら辺に捨てるぞクソメス」
「そんな事言いません、どうせ言ってもあなたは絶対に聞かないでしょうし。そうじゃなくてその子の事です」
フェイトはそう言いながら視線をキャロに移す。
突然自分に話を振られたキャロは恥ずかしそうに顔を伏せた。
フェイトは慈母のように優しい笑みでそんなキャロに話しかける。
「あなた、キャロって言ったっけ。私と一緒に来ない?」
「え? あ、あの‥‥“一緒に来る”っていったい?」
「私と一緒に来てくれれば、根無し草みたいに生きるよりずっと良い生活が出来る。だから私と一緒に管理局に来てくれないかな?」
フェイトの問いは当然といえば当然の話だった。
血と硝煙の匂いをさせた危険で愉快な二人組みと旅をさせるよりも、少女には穏やかに生きる道がたくさんある。
そして自分はそうやって幼い子供を導く力がある、だからフェイトは少女に手を指し伸ばした。
だが帰ってきたのは明確な拒絶だった。
「嫌です!!」
「え? ど、どうして!? だってそんな生活するより普通に生きた方が良いよ、それにあんな危険な目にだって‥」
「私もう屍さんとビリーさんと離れたくない! もう離れたくないんです!!」
キャロはその瞳をうっすらと涙で濡らしながら力の限り叫んだ。
周りの客の視線が集まるがそんな事は構わない、少女は二度目の家族と離れる事などできなかった。
その時、彼女の隣に座った死人が口を開いた。
「おい。お前、こいつと一緒に行け」
「え?‥‥屍さん‥何言ってるんですか?」
「この女と一緒に行けって言ってんだよ。二度も言わせんな」
「でも‥でも私は‥‥」
キャロは駄々を捏ねる子供のように、いや彼女はその言葉の通り駄々を捏ねる子供となって十二の提案に渋る。
十二は今までフェイトに悪態を吐いた口から出たとは思えない程に穏やかな声で少女を諭した。
「こいつと一緒に行けば今までみてえに臭い飯や寝床とオサラバできる、まともな暮らしができんだ」
「別に良いです! ダンボールの中で寝るのも、パンと水だけのご飯でも我慢します! だから‥‥だから私を一人にしないでください‥」
キャロは涙交じりの声で十二すがり付いて哀願する。
彼女の脳裏には里から追われて孤独となった思い出が悪夢の残響となって蘇っているのだろう。
「勘違いすんな。お前は一人じゃねえ」
「でも‥‥屍さん達と離れ離れなんて‥」
「“キャロ”‥‥俺達はファミリーだ、どんだけ離れててもな」
初めて十二の口から自分の名前を呼ばれた。
その言葉には不器用な彼の優しさが全て込められていた、キャロはそれ以上反論する事はできなかった。
△
次元航空船舶の移動や次元世界間の移動に使われる港とでも言うべきターミナル。
そこに四つの影がある、言うまでも無くフェイトと彼女と一緒に旅立つキャロそしてそんなキャロを見送りに来た十二とビリーである。
キャロはもう既に涙で顔を少し濡らしていた。
「えぐっ‥屍さん‥ビリーさん‥‥ざようならでず‥」
「ああ、ちょっとだけサヨナラな。っていうか顔ふきなよキャロ」
「‥ぐすっ‥‥はい」
そうビリーに優しく言われて、キャロはフェイトに差し出されたハンカチで涙を拭い、ついでにチーンと盛大に鼻をかんだ。
結構お気に入りのハンカチが鼻水の侵食を受けてフェイトは密かにショックを受けたが、そこは鉄の精神で耐えた、執務官の精神は鋼の如く強いのである。
惜しむように別れを告げると、キャロはフェイトに手を引かれて去っていく。
何度も後ろを振り返りながら十二とビリーに視線を投げる姿が寂しげだ。
そんな時、今まで口数の少なかった十二が去り行く少女に声をかけた。
「おいキャロ」
「は、はい」
「何かヤベエ事が起こったら‥‥連絡してこい」
そっけないが、優しく頼もしい言葉。
それは男がこの世でファミリーにだけ向ける誠意と誓いだった。
十二の言葉に繋げるようにビリーもキャロに声をかける。
「真っ先に駆けつけるってよ」
「おいRB」
「もちろん俺もだ♪」
茶化すような言葉だが、この幽霊もまた優しく熱くそして強い意志を言葉に込めていた。
キャロは思ったそして知った、自分はもう一人ではないと。
そう分かれば少女の目から涙は消えて、咲き誇る花のように満面の笑みが宿った。
「はい、ありがとうございます‥‥ビリーさん‥“十二”さん」
自分を名前で呼んでくれた優しい死人に応えるように、少女もまた彼を初めて名前で呼んだ。
△
別れを済ませた少女はそのまま優しい執務官の女性と共に去って行った。
残された二人の死者は染み入るような分かれの余韻にしばらく浸かると、踵を返して歩き出した。
「さて、んじゃ行くか」
「そうだな。にしてもガラにもなく浸ってたなぁ~ジュージ、そんなに寂しかったのか?」
「うっせえぞRB! 茶化すんじゃねえ」
「はいはい。それでこの先はどうするんだい?」
「決まってんだろ。シードと“グレイヴ”を探す」
「そうかい‥‥でもまあ、シードはともかくグレイヴはどうやって見つけるんだよ? まったくアテがないだろ?」
二人が放浪の旅で捜し求めるモノ、それは忌まわしい因縁の薬物であるシードそしてかつて共に戦った仲間である死人兵士ビヨンド・ザ・グレイヴである。
浅葱ミカの死去と共に姿を消した彼を捜し求める旅はもう何年も経っていた。
「その内見つかるだろよ、あいつは血と硝煙の匂いの先にいる」
「だな」
二人の死者はそう言うと、また当てど無い旅の一歩を踏み出した。
彼らはこれよりしばらくの後にふたたび召還師の少女、そして捜し求めたかつての仲間と出会う。
だがそれはまた別の話。
終幕。
最終更新:2008年04月27日 21:27