「ぜぇっ、ふぅ……はぁ、おいどうだった? 一通りの飛び方はしてみたけどよ」
『ええ、前より遥かに安定して速くもなってます!』
『……凄い進歩ね、最初は飛ぼうとするとすぐ障害物に激突してたのに』
「ああ……習うより慣れたほうが早いと思ったからな、痛いのも嫌だし」
『だけどやはり6分を超えたあたりから調子が悪くなるわね』
「……5分55秒くらいだ」
飛行魔法の特訓を終わらせ自分で測定していた時間を報告して着地する巧。
特訓の成果を聞きながらバリアジャケットを解除し普段着に戻った。
空中を飛ぶということは便利だが本来人間は空の飛べない生き物。
長時間空を飛んでいると無性に地面に降りたくなるのは本能なのだろうか
空中戦よりも地上戦が得意である巧にはそれが顕著に現れている。
夏に着るような服を着てるがそれでもひとしきり動いたせいか熱が身体に残っている
これは魔力変換資質のせいでもある巧自身も既に気が付いているのだが
『でもここでの飛行許可ってとってあるのですか?』
『安心していいわ、それに抜かりはないから』
「聖王教会って本当に凄いんだな……」
身体の性質が根本から普通の人間とは違う巧の体力は並ではない
瞬発力と運動性、そして肉弾戦の強さは折り紙つきで
かつてファイズやカイザを文字通り一蹴したホースオルフェノクを圧倒している
そしてわずか1ヶ月の鍛錬で巧の全能力はさらに一回り成長した。
さらにデバイスを起動させた時の攻撃力・防御力・機動性はなんらかの理由で数倍に跳ね上がっている。
それも巧の魔力変換性質のせい……というかそれがないとこれは能力を発揮できない。
巧が以前に2人に聞いた話を要点だけ纏めるとこういうことらしい。
「魔力変換……自分の魔力を別の力に変えるとかってあれか?」
「ええ、そして変換されたエネルギーがバリアジャケット内部のデバイスによってさらに増幅され……」
「俺の身体を駆け巡って力を増幅してるってことになるのか」
「嘘、今の説明でわかったんですか!?」
「いい加減にしないと殴るぞ。……つまり魔力が多いだけじゃ使いこなせないってわけだ」
ファイズの動力源はフォトンブラッドと呼ばれる液体だとユーザーズガイドには書かれていた。
つまり巧の魔力は光、あるいは血のどちらかに変換されているということなのだろうか……
とにかくそれでバリアジャケットの能力が数倍に跳ね上がるのならそれに越したことはない。
そしてその能力を巧くコントロールできれば戦い方も幅広くなる。
しかし常時魔力を消費しているので飛行魔法に力を割けるほどの余裕はなくなってしまうらしい
(まあいいか、空を飛べるのはおまけ程度に考えりゃいいかな……)
とりあえず巧はデバイスに戻ったミッションメモリーを軽く握り締め2人に向き直る
これがどういう種類に属するのか聞いてみたところ先に答えたのはヌエラでカリムもそれに続く
『機能としてはユニゾンデバイスに似てるのですが……でもそのデバイスには意思がありません』
「じゃあストレージデバイスってやつなのか?」
『それも少し違うわ、あなたのファイズメモリーはその2つのいい所を兼ね備えてる』
『ストレージデバイスに融合型デバイスのいいところ……』
「……つまり強力で安定性に長けていて使いやすいってことか?」
巧のその物言いにカリム・グラシアは軽く息を吐いて微妙な笑みを浮かべたが
シャッハ・ヌエラはというと大きな溜め息をつきもう驚き疲れたとでもいうような態度をとる。
『そういうことを簡単に口にできるあなたの性格が一番恐ろしいですよ』
『……それにそのような規格外なデバイスが存在するなんて知らなかったわ』
「まず魔法自体が……まあいい。じゃあアーマーデバイスでいいんじゃないか? 鎧っぽいし」
単純なネーミングセンスに2人はもう苦笑いとしかとれない表情を浮かべた
その表情を見てまたもやあからさまに不機嫌な態度になってしまう巧
『アーマーデバイス? 随分と単純に名付けるのね』
「いいんだよ、名前なんてそんなもんだ。気に入らなかったらあだ名で呼べばいいさ」
『デバイスにあだ名……どこまで人を驚かせれば気が済むんですかあなたって人は』
「そういうおまえもどこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだよ!」
ヌエラの悪気がまったくないその言葉に反応して大人げ無く怒る
元々冗談があまり通じないというのもあるが未だに慣れない異世界の感覚と
さらに先ほどまで限界を超えた飛行訓練のせいで精神がかなり衰弱していたことで過剰反応してしまったのだ。
巧がモニターの奥にいる短髪の修道女を睨みつけると同時にその女性は何かに反応する
誰かと応答しているらしく結局その睨みの効果はまるでなかった。
話が終わってから巧は言いたいことを洗いざらい言ってやろうと思い身構える
しかし結論から先に言えばその言葉を言い放つ機会は結局現れなかった
『これは……騎士カリム、騎士はやてがいらっしゃいました』
「騎士・・・はやて? 聖王教会にそんな名前の奴がいたか?」
巧は2人に尋ねたが答えは返ってこない、それどころか完全に無視されている。
カリムとヌエラが話を進めている間に巧は仲間外れというあまり良くない気分を味わってしまう
それが嫌で巧はなんとか抵抗を試みようとするがこれまた無駄になる。
『早かったわね、私の部屋に来てもらってちょうだい』
「おいこら、人の話を聞け!」
『それからお茶をふたつ、ファーストリーフのいいところをミルクと砂糖つきでね』
「だからおまえら人を無視して何を……」
『かしこまりました』
「ぐ……くそっ、もういい! 勝手にやってろ、俺はもう寝る!」
『え? あの、寝るってどこで』
「おまえには関係ねえ!」
怒りに任せて何もないところに浮かぶ空間モニターを拳で打ち払い地面に寝っ転がる。
成人近い男性とは思えないほどに子供な対応の上に怒りでさらにエネルギーを消耗して満足な動きが取れない
だから地面に寝そべる、もう路上や公道で寝るのは巧にとっては当たり前の行為となっていた。
さらに慣れない飛行魔法を長時間使ったのと生活リズムを無視した早起きのせいで
巧の眠気は多少の抵抗では止められないほどに広がっていた。
だが巧に抵抗する気はさらさらなく眠りたいのなら寝てしまえという考えがある。
(けど寝るには眩しすぎるな……昼が近いからか?)
眠るまでの間にやることがなかったのでひとまず空を見たが視界を手で覆い隠し太陽の光を遮る。
初めてこの世界にやってきたときとほぼ同じ青空が広がっていた。
ふと巧は再び専用デバイス……というかファイズギアのミッションメモリーを手に握る
この世界にやってきたのが1ヶ月前、倒れていた女の1人が自分に銃を突き付けていたのを思い出す
転送したてで脳が活性化してなかったこともありどうせ玩具だろうと勝手に決めつけていた
もう一人倒れていた少女のケガのことも少し気になったがその時にはもうあのの聖王教会に……
広い世界で2度と同じ人物に会うことは無いだろうがもし会ったら謝っておこうと決めておく。
「あの時みたいなことにはならないのかな……転送のことは俺にはよくわからないし」
シャッハ・ヌエラの転送魔法は一流だと前にカリムから聞かされてはいたが
ついさっき失礼な態度をとってしまった手前どうしても質問がしづらくなってしまう。
それに巧は人に頼られたこともなければ人を頼ったこともあまりない。
咄嗟に口に出す事はあるが……そのせいでどうも積極に聞くということができなくなっていた
どうするか考えている間に巧は普段旅をしていた時のように誰もいない場所で寝てしまう。
あまりの眠気に手に握ったファイズメモリーが赤く眩い光を放ち始めたことに気付かぬままに
最終更新:2007年08月14日 14:00