「アグミスより入電。深海にて目標を発見しこれを撃破。結晶体を回収して帰投するとのことです」
「おお、さすがはアグミスだな」
「ストローブ2号より増援要請、単機では火力が足りないようです」
「ダーバーボ、ブルチェック、直ちに向かえ!」
「了解!」
メガドロンの号令の下、戦闘用ワゴン車ダークガンキャリーが物騒な戦士を満載して走ってゆく。
ブルチェックの手によって謎の高魔力結晶体がネロス帝国にもたらされてしばらく、機甲軍団の
結晶体捜索はかなりの成果を上げており、集まった結晶体はすでに6つにもなる。得体の知れない獣や
歩行する大樹、あるいは動植物と融合していない高エネルギー体の形で発見されたそれら全てを、
機甲軍団は火力でねじ伏せてきた。
結晶体の確保に成功した後、傷ついた動物が出てきた場合かいがいしく傷の手当をする
ブルチェックが見られたが、それはこの際関係ないだろう。
一見すると順調である。ネロス帝国の繁栄を阻む者は誰もいないかのようであった。
だが、彼らは知らない。その結晶体『ジュエルシード』を求めているのがネロス帝国だけではないことを。
魔法帝王リリカルネロス 第2話「翔く魔導師!娘よ、母の願いを!」
「なんなんだよ、あの鬼婆!!もう11個も集めたっていうのに、何が『いつになったら全部揃うの?』だ!
フェイトがどんだけ苦労してると思ってんだよ!」
「アルフ、母さんを悪く言わないで。私が時間をかけすぎてるのが悪いんだから」
とある高層マンションの一室で、そんな会話を行う2人組の姿があった。
片方は鮮やかな橙色のロングヘアーの女性。アルフと呼ばれたその人物は今にも泣き出しそうだった。
頭から突き出た獣の耳とふさふさした尻尾が彼女が人間でないことを示している。
「だってフェイト!あんなのってないよ!今度こそ褒められるかもって思ってたのになんでそんなに
ボロボロにされなきゃいけないんだよ!」
もう一方は金髪の長い髪を二つに分けた少女、名はフェイト。アルフの言葉通り、フェイトの体には
至る所に真新しい傷が見える。その傷はフェイトが最も敬愛する人物によって与えられた物だった。
フェイト・テスタロッサは魔導師である。母プレシア・テスタロッサの命を受け、この地球でロストロギア、
ジュエルシードを探していた。彼女は文字通り身を削りながら戦い、21個あるジュエルシードのうち
これまでに11個を回収している。全ては母のため、母に喜んでもらうため、だがフェイトのその思いが
報われることは一度としてなかった。
(今までだってずっと冷たい態度だったけど、ここに来てそれが加速している。このままじゃフェイトは
あの女のせいで――――――)
フェイトに生み出された使い魔であるアルフには、プレシアに対する思い入れは一切無い。むしろ、
フェイトの労苦に報いずただ徒に彼女をいたぶるその姿に憎悪すら感じていた。
本当は優しい人なんだ、ジュエルシードが全部集まればきっと優しい母さんに戻ってくれる、
フェイトは一貫してそう主張し続けていたが、アルフにはとてもじゃないがそうは思えなかった。
むしろジュエルシードが全て集まったら、あなた達はもう用済みよ、などと言って自分とフェイトを
始末しようとするのではないか、とまで考えている。
「フェイト……あの女のとこにいちゃダメだよ。私これ以上フェイトがボロボロになるのを見たくないよ。
ねぇ、2人で一緒に逃げよ?誰の手も届かないところにさあ」
「ダメだよアルフ、ちゃんとジュエルシードを集めなきゃ。……私なら大丈夫だから」
「フェイトぉ……」
フェイトの意志は固い。身も心もボロボロになりながら、それでも彼女は母を信じ続けている。
自らの傷を省みずひたむきに突き進む少女を前に、アルフは心の中で誓っていた。
絶対にこの子を守ってみせる。どんな手を使ってでも――――――
「ダムネンよ、お前が持っているそれはなんだ?」
このところ姿を見せなかった帝王が謁見の間に現れて、いつものように「余は神!」と宣言した後のこと。
唐突に話を振られたモンスター軍団爆闘士は混乱していた。ぎょろりとした大きな目が不安げに
視線を彷徨わせる。
「お、オレですか?」
「おうダムネン。何持っとるか知らんが帝王のお言葉や、はよ出さんかい」
帝王が興味を持つ物など持っていたか?と焦ったダムネンだが、出撃して数の減っている機甲軍団を見て
思い出した。数日前手に入れたブツのことである。
「もしかしてコイツですか?」
そう言って深紅の宝石を差し出す。
「うむ……それだな」
自分が間違ってなかったことに安堵しつつ帝王に宝石を献上するダムネン。
帝王は指でそれを摘むと、光に透かすようにのぞき込んでいる。
「なんやダムネン、あんなもんどこで見つけてきた」
「この間のフェレットですよ、ブルチェックが持ち込んできたアレの首についてたんです。あんな高価そう
な物を動物が持っててもしょうがないんで俺が使ってやろうと、まあブルチェックが部屋から出た後に」
「ガメた、と」
『食うて寝て果報を待つ』などと公言してはばからないモンスター軍団であるが、それは逆を言えば一瞬の
チャンスを逃さず物にするという思想でもある。
爆闘士ダムネンは隙を逃さずお宝を手に入れていたわけだ。
せっかく手に入れた宝石を手放すのに抵抗がないわけではないが、タダで手に入れた物が帝王への賄賂と
なるなら安い物だ。
「余の考えが間違っていなければ、これの使い方は……」
しばらくの間しきりに何かを呟きながら宝石を摘んだりにらんだり帝王だったが、そのうち動きを止め
何かを考え込む様子で瞳を閉じてしまった。
「……………………」
「帝王…?」
「静かにしろ、帝王の邪魔だ」
宝石を握りしめ黙り込む帝王の様子を不審に思ったバルスキーが声をかけるが、
何かに気付いた様子のクールギンが制止する。
一同が沈黙して帝王の行動を見守る中、全身に魔力をみなぎらせた帝王はかっと目を見開くと
『呪文』を唱えた。
「起動せよ!」
「Stand by ready. Set up」
瞬間、宝石が光を放ち一回り巨大な宝玉に姿を変えた。
『おおおおお!?』
意味不明な現象に驚愕する一同の前で、浮き上がる宝玉を掴む黄金の鉤爪が現れる。
さらにがちゃがちゃと耳障りな金属音を立てながら生えてくる人骨のような部品。
光が収まった後には、血のように赤い宝玉で飾られた白色の杖を持つ帝王の姿があった。
「帝王、それはいったい?」
「ふむ……これもまた魔法に関わるもののようだな。時を同じくして現れた結晶体とこの杖。
何らかの関係があるやもしれん。早急な調査が必要だ。時に……」
目をすっと細めた帝王がモンスター軍団長に視線を向ける。
「こんなものを持つ者がただの動物というわけはあるまい。いずこかの組織が諜報のために
送り込んだ者やもしれん。手抜かりだなゲルドリング」
「げえっ!?……いやいや帝王。たかが動物一匹に出来る事なんてありませんで」
「この杖に発信器が仕掛けられていたらどうする?このゴーストバンクの位置が
特定される可能性もあるではないか!」
帝王ゴッドネロスは徹底的な秘密主義者である。自分自身の過去をほぼ完璧に消すだけでなく、
ネロス帝国の存在が誰にも知られないよう常に情報の隠蔽を怠らない。
ネロス帝国と取引のあるごく一部の死の商人であっても、その本拠地であるゴーストバンクの
ことまでは知らないほどである。
ゴーストバンクはその所在を知られないために通信等を妨害する素材で防護されているが、
未知の技術によるこの『杖』に対応しきれているかどうかは分からない。
それ故に帝王は怒りを露わにしているのである。
「いやっ、それは……そもそもブルチェックのやつが持ち込んだのが発端でっせ!」
「隅から隅まで調べた、そう報告したのはお前だったな」
「余計なこと言わんでええ!」
貴重品を献上しててっきりお褒めの言葉が来ると思ったら逆に懲罰の話である。
更には横からのクールギンの言葉に、ゲルドリングの焦りは加速する一方だった。
(何や、最近こんなんばっかりやがな。大体動物1匹でそんなに大騒ぎすることも……
ヤバイ、帝王の目つきが厳しくなってきとる。ありゃマジや、何とかせな………あっ、そうや)
「帝王、あの動物の調査したんは実はダムネンとザケムボーでして」
「えええ!?軍団長そりゃないですよ!」
「やかましい!軍団長が罰を受けそうなときは身を挺して庇うんが部下の務めやろが!」
「たまには戦闘ロボット軍団みたいに『責任はワシが取る』とか言ってくださいよ!」
「そんな殊勝なこと言うたらワシはワシでなくなってしまうわ!」
「ええい黙れい!!」
途端に始まる醜い争いを一喝して中止させた帝王は、苛立った様子で裁定を下した。
「ダムネン、ザケムボー両名は烈闘士へ降格とする」
「ひぃー、そんなあ……せっかく激闘士まであがったのに」
「お前なんかマシだろ!?オレは2階級下がるんだぞ!
おそれながら帝王、その宝石を確保しておいたオレの方が罰が重いのは何故ですか!」
「黙らんかい!お前ら帝王のお言葉に逆らう気か!」
「ダムネンよ、お前が直ちにその宝石を提出していればあの獣を逃す事もなかったからだ。
そしてゲルドリングよ、調子に乗るな。モンスター軍団に失態が続けばお前への制裁も
考えねばならんのだぞ?」
「……!!もちろんわかっておりますがな!!」
「先の獣から情報を手に入れた何者かがゴーストバンクへの侵入を図るやもしれん。
各員警戒を怠るな!」
ふう、とため息をこぼしながら帝王は呟く。
「お前達に魔力を感知する機能を与えておかなかったのは余の過ちであったか」
「帝王!一大事です!!」
出撃中の戦闘機型機甲軍団員ストローブが飛び込んできたのは場が解散しようとした頃だった。
「何事だ」
「結晶体の回収中にバーベリィが未確認の敵と交戦、撃墜されました!」
同時に室内に運ばれてくるバーベリィ。ヘリコプター型のアイデンティティとも言える背中のローターは
醜く折れ曲がり、体の所々が土にまみれひしゃげている。また背中には大きく切り裂かれた痕がある。
バーベリィは倒れ伏したまま体を痙攣させ、起きあがることもできない様子だった。
「まことに申し訳ございません…!」
「未確認の敵とは何だ?」
クールギンに問われたストローブだが、その言葉は要領を得なかった。
「人間……だと思うのですが、あれが人間かどうかは正直理解しかねる物がありまして」
「もうよい、記録を出せ」
「はっ!」
帝王の命を受け、バーベリィの記録をモニターに映し出す。
その光景は先行したバーベリィの報を受け、第二陣としてストローブが合流する少し前のものだった。
偵察中に発見した不審な物体、それはかなりの広範囲に渡ってそびえ立つ巨大な樹木群であった。
昨日までここは普通の森林だったはずだが、たった一日で木の大きさが3倍ほどに跳ね上がっている。
おそらく例の結晶体だとあたりを付けたバーベリィなのだが―――――――
それ以上にとんでもない物を見つけてしまった。
「本部、大変だ。子供が空を飛んでいる!」
『……バーベリィ、何を言っている』
ひどく困惑した通信が返ってきた。
金髪の少女が空を飛んでいる。ローターもロケットブースターも無しに空を飛ぶその少女が
呆気にとられるバーベリィの前で高出力のビームらしきものを照射すると、一本の樹木にそれが当たり、
探し求める結晶体が幹から飛び出しふわりと空に浮かんだ。同時に巨大化していた樹木群が縮み、
森は普段の姿を取り戻していく。
「空を飛ぶ子供がビーム砲を発射……結晶体が出てきた!?」
『どうしたバーベリィ、回路が狂ったか!報告は正確にしろ!』
「結晶体を狙う敵が出現………だが所詮は子供一人、オレ一人で十分だ」
『おいバーベリィ!』
「通信を切ったか……戦闘状態に入ったのか?」
バーベリィの通信相手だった豪将メガドロンは、高射砲型の頭をひねっていた。
報告は今ひとつ意味が分からない。しかし、敵が居るのは間違いない様子だった。
「メガドロン、どうしたのですか?」
「バーベリィが何者かと交戦を開始したようだが状況が不明瞭だ、ストローブを急行させろ」
「了解」
ストローブが急いでいる頃、そこでは空中戦が行われていた。バーベリィと、黒衣の少女、
魔導師フェイト・テスタロッサとの青い結晶体をかけた戦いが。
「ジュエルシードは……渡さない!」
「ジュエルシード?それがあの結晶体の呼び名か!」
「知らずにあれを欲しがるの!?」
背中から生えたローターで飛行する乱入者の姿があまりに予想外だったため一瞬とまどった
フェイトだったが、すぐに思考を切り替えて戦いに集中することにした。
邪魔が入る可能性は考えていたし、そのための訓練も受けてきたからだ。
一方のバーベリィは実戦経験ではフェイトの比ではなかったが、『高速飛行する人間』との戦闘は
未経験である。まして魔法というものには無知も同然だった。
「くらえ!」
バーベリィから発射される小型ミサイル、人間に直撃すれば粉微塵に吹っ飛ぶのは間違いない。
それをフェイトは戦闘ヘリですら不可能であろう挙動で回避する。
スピード自体はバーベリィの方が上だろうが、小回りの良さから来る瞬間的な機動性はフェイトの方が
上であった。
奇怪な能力を持ってはいるようだが所詮は子供。そう侮っていたバーベリィは驚愕していた。
そして同時に怒りが沸いてくる。
「人間が、何故空を飛んでいる」
彼にしてみれば許し難いことであった。ネロス帝国の中でも空を飛べるのはストローブとバーベリィのみ。
これまでも各国の空軍と渡り合い戦闘機やヘリを数多く落としてきている。
いわば空は自分たちの縄張りなのだ。
だというのに、目の前のこの娘は飛行用の装備など持たないまま空を飛び、あまつさえ自分たち
ネロス帝国に刃向かってくる。
「あなたこそいったい何!?」
叫びながら発射される金色の光弾、フォトンランサーがバーベリィを掠めていくが、掠めたくらいでは
ダメージになっていないのかバーベリィは動きを止めない。
「効いてないの……?なら、これで…!」
「Photon Lancer Multishot」
フェイトの周囲に浮かび上がる8基のフォトンスフィア、それぞれが10発ずつのフォトンランサーを
生みだし、周囲にばらまく。
「うおわぁっ!」
先ほどの単発の攻撃とは違って、さすがに広範囲にばらまく高速弾は回避しきれなかったのか、
バーベリィの体に20発あまりのフォトンランサーが突き刺さる。
「終わった…?」
「効かんな!」
倒したかと思い油断したフェイトにミサイルによる返事が返ってくる。
電気を帯びない純粋な魔力攻撃はバーネリィを驚かすことは出来ても、その鋼の体にはダメージと
ならなかったのだ。
「Defenser」
不意を突かれたフェイトを、自動的に展開された防御魔法が守る。
だが爆発による衝撃は大きく、防壁越しにくる衝撃は直撃すればどれほど危険かを感じさせてくれる。
――直撃すれば死亡する可能性あり――
バルディッシュからの警告はもっとはっきりその危険性を伝えていた。
今まで感じたことのない寒気がフェイトの背筋を走る。
「バ、バリアだと!?」
そしてバーベリィは眼前の光景が信じられなかった。
人間がバリアを張り、しかもミサイルが通じないほどの強度であるなど。
ネロス帝国にもそんな技術はなかった。
「くそっふざけるな!機甲軍団の雄闘が子供一人に!」
(手加減なんてできる相手じゃない……全力でどうにかしないと!)
恐るべき相手に対し、お互いに高速で飛び回りながら隙を探す。フェイトはその中で相手の正体を推測する。
ヘリのようなローターでの飛行、全く感じない魔力、防護服と言うよりは全身が機械そのものに見える外見。
感情豊かに喋る点を除けば傀儡といえなくもない。フェイトはフォトンランサーが通じなかった理由に
思い当たった。
(そうか、あれがこの世界の傀儡兵なら魔力攻撃じゃ意味がないんだ。だったら!)
「Scythe form Setup」
フェイトの杖が姿を変え、光の刃が大鎌の形をとる。それと同時に飛行速度が落ちるフェイト。
「疲れてきたか、スピードが落ちているぞ!」
それを好機と見たバーベリィは一気の勝負をかける。彼はフェイトの罠にかかったのだ。
「もらっ……」
「Blitz Action」
「たぞ……?」
フェイトの背後を取ったはずのバーベリィだったが、体当たりをしようとした瞬間その姿を見失った。
「Scythe Slash」
「ぐあっ…!」
敵が瞬間的に凄まじい加速をして自分の背後に回り込んだことに考えがいったのは、背中を深く
斬りつけられてからだった。
「敵が斬りつけると同時に内部に電流を流され……機能の大半がやられました…」
ジュエルシードと呼ばれた結晶体が少女の杖に吸い込まれる映像を流しながら、バーベリィは報告を
続ける。交戦記録はストローブが救援に来たところで終了していた。
「ストローブ、お前は敵の姿を見たのか?」
「いや、オレが到着したときにはもういなかった。バーベリィの交戦記録はすぐにチェックしたんだが
オレ達では何が何やら分からなかった」
バルスキーの問いに答えるストローブは、しきりに首をひねっている様子だった。
それも当然のこと。高魔力結晶体なるものを集めだしたとはいえ、機甲軍団の捜索方法は目視による
異常な生物の発見に頼っている。センサーに反応もしないエネルギーが相手では判断のしようがない。
この映像を唯一理解しているのはやはり帝王だけだった。
「これは魔法だ。余の操るものとはまた異なる戦闘用……しかも高度に洗練されている」
「魔法!?こ、これが……」
「魔法とは、人間にこれほどのことを可能とさせるものなのですか?」
バルスキー、ドランガーは驚きを隠せない。
「これほどのものは余も知らぬ。よもやバーベリィを上回るとはな……恐るべき力よ」
「だからといって小娘一人に墜とされるなんぞ軍団の恥さらしとちゃいますか?」
ゲルドリングの嫌味な言い方に腹は立つが、その内容はドランガーにも理解できる。
失敗者には罰を。これはネロス帝国における不変のルールだ。
「帝王。この者の処置、いかがなさいましょう」
バーベリィの首もとに剣を突きつけながら、ドランガーが尋ねる。
「本来ならば銃殺。……だが偵察飛行には欠かせぬやつだ、より強力なパワーを与えよ」
「ありがたきお言葉、痛み入ります。連れて行けぃ!」
ダーバーボとストローブに両腕を掴まれたバーベリィはそのまま改造室へと連れて行かれた。
その光景を横目で見ながらクールギンが進言する。
「帝王。この娘、捨て置くわけにはいきません。至急討伐すべきかと」
「それやったらワシらに任せや!ここらで汚名返上しとかんといかんからな」
それに対し名乗りを挙げたのはゲルドリング。無論帝国の未来を考えて、などということはなく
帝王に媚びを売っておかないとマズイという打算からの発言だった。
「帝王!我がモンスター軍団の精鋭ならばあんな小娘の一人や二人どうということはありませんで」
「いや、ここは我が戦闘ロボット軍団に任せていただこう」
さらに出撃を表明するバルスキー。
なおヨロイ軍団は名乗りをあげていない。自分たちが格闘技や剣、槍など近接戦闘に
特化しているが故に、空を飛ぶ相手との戦いに向いてないことを理解しているからだ。
また機甲軍団も、すでに結晶体探索の任務を帯びている上、バーベリィが撃墜されたことで
慎重になっているためか沈黙を保っていた。
「そもそもモンスター軍団に空を飛ぶ相手を落とせる者がいるのか?」
「あのガキかてずっと飛んでるわけやないやろう、地上に降りた時を狙えばええんや」
「我が軍団には射撃に優れた者も多い。飛行する相手といえども遅れはとらん」
「討論はそれまでだ。決着は勝負で付けろ!」
白熱するバルスキーとゲルドリングの言い争いをクールギンが止める。
「よっしゃあ、バンコーラ、来い!」
「おお!」
「トップガンダー!」
「………」
ゲルドリング、バルスキーの呼びかけに応えてモンスター軍団暴魂バンコーラは勢いよく、
戦闘ロボット軍団雄闘トップガンダーは静かに人混みをかき分けて出てくる。
バンコーラは両肩に甲羅のようなプロテクターを持ったモンスターで、自在に伸びる腕を武器とする。
一方、漆黒のボディに隻眼の戦士トップガンダーは、愛用の狙撃銃で常に一撃必殺を成し遂げてきた
凄腕のスナイパーである。
任務と、軍団の名誉をかけて2人の戦士が向かい合う。
「よし、はじめ!」
クールギンの言葉を受けて鳴り響くファンファーレを切欠に、一気に距離を取る2人。
同時に周囲にいた者達が揃って部屋の隅まで退き、謁見の間は簡易コロシアムとなった。
ネロス帝国ではしばしばこのような任務の取り合いが起こる。帝王直々の困難な任務を無事成功させれば
上の階級へと昇進できる可能性が高く、腕に覚えのある者達は我先にと志願するのだ。
そして志願者が複数の場合、多くは決闘によって任務の受領者が決められる。
いわば御前試合とも言えるこの戦いは帝王も認めており、強者こそが正義であるネロス帝国の
在り方を示す物と言えよう。
円を描くように互いの間合いを計るバンコーラとトップガンダー。ひとしきり睨み合った後、
トップガンダーが勝負の形式を申し出た。
「この銃を、オレより速く手にすることが出来るかどうか。それが勝負だ」
「よぉーし、いいだろう」
スナイパーでありながら正々堂々とした戦いが好みであるトップガンダーは、銃や剣のような
武器を持たない相手にはしばしばこのような形式での立ち会いを望む。
伸縮自在の腕を持つバンコーラは、随分自分に有利な勝負が来たものだと内心で笑いながら快諾した。
「おい」
合意が成立したトップガンダーは帝王に仕える秘書Kを呼ぶと、自分の銃を手渡した。
「これを向こうに置け」
「はい」
受け取った銃を二人から離れた場所に置いた秘書Kが壁際まで下がると、バンコーラはすり足で少しずつ
動き出した。
「………………」
「………………」
対してトップガンダー全く動きを見せない。
現在バンコーラと銃の距離は2メートル、既に目標は彼の射程の中にあった。
対してトップガンダーからは、5メートル近くの距離がある。
(……いける!)
相手が勝負を捨てていると思ったバンコーラは一気に勝負を付けることにした。
だがトップガンダーはバンコーラが腕を伸ばそうとした瞬間ジャンプ!
一部の無駄もなく組み上げられた機械の肉体が持つ瞬発力は、バンコーラの予測を越えて凄まじい。
あたかも黒い弾丸のように打ち出されたトップガンダーは転がりながらライフルを掴み、
立ち上がると同時に構える。その銃口はバンコーラを捕らえていた。
「う……まいった…」
「勝負あり!」
クールギンの声が響く。
「何やっとんやアホンダラ!」
「さすがだなトップガンダー」
去りゆくバンコーラの後ろ姿に罵倒を投げかけるゲルドリングと、満足そうに頷くバルスキーが
対照的だった。
「トップガンダー、お前のその狙撃銃であの娘を倒せるか」
「……………」
「トップガンダーはこれまで帝王の邪魔になる世界各国のVIPを取り除いた必殺のガンマン。
軍団長の名にかけてお約束いたします。そうだな?トップガンダー」
戦闘ロボット軍団長バルスキーはトップガンダーを高く評価している。沈黙を保っているからといって
任務に恐れをなしているとは微塵も考えてはいない。
事実、口を開いたトップガンダーから出た言葉は現状を冷静に分析し、勝利を目指す戦士のものだった。
「帝王、今のままでは心許ない。銃のパワーアップの許可を」
「なんや、小娘一人にびびりおって。そのごつい銃は飾りかい」
「なんだと!」
ゲルドリングが一々入れる嫌味に、戦闘ロボット軍団の中でも血の気の多い者達は怒りを露わにする。
しかし当のトップガンダーは一切無視して話を続けていた。
「バーベリィのミサイルを受け止めたということはあの娘の防御力は戦車並かそれ以上!
あのバリアを貫くには今以上のパワーが必要だ」
「よかろう、お前の望むようにするがいい」
だがトップガンダーの要求は止まらない。
「それともう一つ、あの結晶体をお貸しいただきたい」
「言葉が過ぎるぞトップガンダー!あの結晶体は今や帝国の最重要捜索目標、
軽々しく手に入れられると思うな!」
思わず声を荒げるドランガーを軽く手を振って制すると、帝王はトップガンダーに尋ねた。
「あれは戦闘ロボット軍団が持ったところで意味のない物。何故にお前が欲しがるのだ」
「理由は一つ、あの結晶体のあるところに必ず娘は現れる」
「なるほど……」
トップガンダーがもし暗殺に失敗すれば帝国はジュエルシードを1つ失うことになるが、
仕損じ無しのスナイパーが後れをとるはずがない。それにあの娘を仕留めた後、死体から
先ほどの杖のような未知の技術に関する情報が得られるかもしれない。帝王の決断は早かった。
「よかろう、だが失敗は許さんぞ。必ずやあの娘を葬るのだ!そして任務遂行後は娘の死体と装備品の
回収を怠るでない。よいな?」
「しかと承った」
「なんてこった……」
「あんまりだ……」
妖しげな蒸気が漂うモンスター軍団の本部。その片隅では2人のモンスターがどんよりとした空気を
まとって落ち込んでいる。
セミ型モンスターのザケムボーはどこかに飛んでいきたい気分だった。飛べないが。
一方のダムネンもやけくそ気味に暴れたい衝動に駆られていた。こんな時には弱者をいたぶるような
仕事で憂さを晴らしたいものだが、生憎とそんな任務の予定はなかった。
そこに通りがかった電磁鞭の怪物、雄闘ガナドーンが2人に声をかける。
「お前ら、軍団長の召集がかかってるぞ。手の空いてる奴は全員来いってよ」
戦闘ロボット軍団がトップガンダーの銃を強化している頃、モンスター軍団ではゲルドリングによる
ありがたい訓辞が行われていた。悪巧みとも言う。
「戦闘ロボット軍団だけに手柄を持っていかれてたまるかい。お前ら、ワシの顔を立ててみい!」
要は他人の手柄を横取りしてこいという話である。実にモンスター軍団らしい話であった。
任務の正式な受領者で無かろうが、多少命令違反しようが、確かな成果さえ上げれば帝王はそれを
認めてくれるため、軍団間での足の引っ張り合いに近いこういう自体も時には起こる。
また四つの軍団が鎬を削るこのネロス帝国の中でも、ゲルドリングは特に労せず成果を得るのを
好む幹部であった。他の軍団の手柄を横取りというならなお気分がいい。
「あの娘の首を持ってくれば下げられた階級も元通りかもしれねえな」
「よし、トップガンダーの手柄を横取りしてやろうぜ」
そして軍団員もまたそれに倣っている。ダムネンとザケムボーはさっそく新しい手柄を求めて
動き出そうとしていた。
もともと成長が早い代わりに寿命が短いモンスター軍団は、過去のことにあまりこだわらない。
目の前にチャンスがあるなら以前失敗したことはさておきそれに全力投球するのだ。
立ち入る者のいないネロス帝国の領域、採石場にカモフラージュされた演習場で
トップガンダーはただひたすらに待っていた。
無造作に転がされたジュエルシード、それにターゲットが食いつくのはいつになるか。
1時間後か、1日後か、1ヶ月後か。
スナイパーは獲物が罠にはまるまでひたすら待ち続ける。ロボットであるが故の、人間を遥かに上回る
鋼鉄の忍耐。唯ひたすらに待ち続ける。
トップガンダーは常に任務を一人でこなしてきた。彼なりの「殺しの美学」の故である。
戦いにおいてはフェアプレイ、それがトップガンダーの信条だ。
標的がもし年端もいかぬ娘ではなく一人前の戦士であるならば、彼は狙撃による暗殺ではなく
正々堂々とした立ち会いを望んだだろう。
しかし、いくら特異な能力を持っていても所詮は子供。全力を傾けて殺し合いたい、トップガンダーに
そう思わせることは出来なかった。ネロス帝国においては、女子供は無力な物という認識が一般的な
ため、彼にとってフェイトは「獲物」であって「敵」とは成り得ていない。
そのためにジュエルシードを囮として使い、待ちの戦法を取っている。
だが、心静かに標的の到来を待つトップガンダーの集中をかき乱す者達がいた。
(あいつらは何をやっている)
降格されたばかりのモンスター軍団烈闘士ダムネン、ザケムボーの両名がジュエルシードの周りを
ウロウロしている。離れた場所に隠れているトップガンダーにはまったく気付かない様子だった
自分の任務を邪魔されるのは何よりも気に入らない。
足元に銃弾を撃ち込んで追い払おうとしたそのとき、ジュエルシードがまばゆい光を放ちだした。
「うわあああ!何だこりゃあ!」
帝王が手にしたときと同じ輝き。それがザケムボーの体を包むと、彼の体は全長6メートルを越える
巨大なセミの姿となっていた。
『ううおおおおおなんか分からんが力が漲ってきたあああああ!!!!』
「ザ、ザザザケムボー!?」
『トップガンダーがなんだああああ!!今のオレならあんな小娘の1人や2人いいいい。
捻りつぶせええるううううおおおおおおおお!!!!』
「おいザケムボー!落ち着け!!パワーアップしたのは分かったから超音波やめ……うぎゃああ!」
ブルチェックの発見した犬のように巨大化して暴れ回るザケムボーの攻撃が、
ダムネンに命中したのが見える。
「成る程、機甲軍団に探させるわけだな」
欲望に反応するとかいうあの結晶体の力は、おそらく生物でなければ反応しないのだろうと
トップガンダーは見当を付ける。
戦闘ロボットが持ったところで意味がない、という帝王の言葉もあった。
しかしこのまま放っておくわけにはいかない。どうしたものか―――――と考えていたところで
予想外に早く来た客の姿が目に入った。
「ジュエルシードが発動してる」
「すぐ見つかってよかったじゃないか」
長距離探索魔法によってジュエルシードのおおまかな位置を捕捉したフェイトとアルフは、目的の
エリアに近づく途中で強大な魔力の発動を感じた。ジュエルシードが何らかの原因によってその力を
解き放った証だ。
前回正体不明の敵にフェイトが襲われたことで警戒を強めたアルフは、別行動をとるのをやめ
常にフェイトのそばにいるようになっていた。
「あれだね?」
「うん」
遠くに見える巨大な虫がジュエルシードを取り込んでいるのは間違いない。
今までに虫と融合した例はなく、また巨大昆虫というのは生理的に受け付けないものがあった2人だが、
封印自体はいつもと変わらないだろうと思っていた。
しかし近くまで寄ったとき彼女たちは驚愕することになる。
『おおおお!来たな、ネロス帝国に刃向かう小娘え!』
「しゃ、しゃべったあ!?」
「まさか、人間なの!?」
今まで12個のジュエルシードを回収してきたが、融合した生物が人語を解したケースは無かった。
前回のような邪魔が入る可能性を考えて行動を共にしていたアルフとフェイトだが、こんなことは
さすがに予想外だった。
『おれはモンスター軍団烈闘士ザケムボオオォォォ!!!』
「モ、モンスターだって?」
「人間じゃないの!?」
フェイトは何となく前回遭遇したヘリ型傀儡兵の関係ではないかと思ったが、今は詮索するべきでは
ないと判断し、念話での通信に切り替えて戦闘に突入した。
(さすがにロストロギアだ、訳分かんないもんが出てくるね)
(とにかくあれを封印しないと)
(オッケー、まずはあたしからいくよ!)
アルフは人から狼の姿に変わると、数発の光弾を放ちながら相手の様子をうかがうことにした。
ザケムボーが鈍重な体を揺すってそれを回避しようとしたところで、金色の呪縛がその全身にからみつく。
バインドで縛られた巨体にアルフの魔法が容赦なく撃ち込まれる。
『なんだこりゃ……いてえっ!』
ザケムボーが痛みに仰け反ると、バインドが軋みだす。
このうっとおしい縄だか鎖だかを外さないと動くこともままならないと、いささか弱くなった頭で
考えたザケムボーは全身の筋肉に力を込める。力に満ちた今の自分ならこんなもの壊せるはずだという
自信があった。
『こんなものおっ!』
雄叫びと共にバインドは引きちぎられた。
(嘘!フェイトのバインドをこんなにあっさり!?)
(確かにパワーはすごいけど……付け入る隙はあるはず)
眼前の怪物との戦闘に集中するフェイトとアルフは、自分たちが観察されていることに気付いてなかった。
離れた崖の上に潜んでいたトップガンダーは慎重に標的の動向を探る。
(小娘1人かと思っていたが、モンスター女とつるんでいたか)
戦闘に際し狼の姿になるアルフ。ネロス帝国の常識で言えば、人の姿と人以外の姿を持つ彼女は
『モンスター女』にカテゴリー分けされる。
それにしては変身後の姿は随分と綺麗な物だ、と遠目に見たトップガンダーは素直に感心した。
そして同時にジュエルシードをエサにした作戦が無駄にならなかったことを喜んでもいた。
(囮としては十分すぎるほど役に立ってくれているな)
というより、そもそもザケムボーは戦力としてまったく役に立っていなかった。
『どうだあああパワーアップしたオレの力はああああ!!!!』
ザケムボーの巨大な腕が薙ぎ払ったのはフェイトが数秒前にいた空間だった。
『くらいやがれええええ!!!』
超音波があさっての方向に放たれる。
『うおおおおお!!』
吐き出された溶解液がジュウジュウと音を立てて地面を溶かす。宙に浮いているアルフは
吹き上がる酸性のにおいに思わず顔をしかめた。
ザケムボーは明らかに自分の力を持て余していた。大きすぎる自分の体をうまく動かせず、
強化された超音波も溶解液もすばしっこく立ち回るフェイトとアルフにはかすりもしない。
砕かれ、溶かされるのは周辺に転がる岩や地面ばかりであった。
『くっそおおおおこいつらなんで当たらねええええええ!!!』
(フェイトの言ったとおりだね、こいつパワーはすごいけど制御は全然だ。
あたしがかき回しとくからその間に封印を)
(分かった、ケガしないでね)
(こんなノロマな攻撃、当たりゃしないよ!)
上空へと上がるフェイトと低空に残るアルフ。ザケムボーは羽が生えてはいるが空が飛べないため、
射程外に逃れたフェイトはひとまずおいてアルフから叩くことにした。
『おまえがどこのモンスターかしらねえがああぶっつぶしてやらああああ!!!』
「あんたみたいなのと使い魔を一緒にするな!」
怒りと共に叩きつけられるフォトンランサーの散弾。バーベリィと違い生身の体であるザケムボーには、
魔力による攻撃が激しい痛みとなって襲いかかる。
もしザケムボーが人並みの知恵を持たない生物であったならば、ジュエルシードの波動に身を任せて
本能的な魔法防御を修得していたかもしれない。
しかしなまじ融合後も意識が残ったために、ジュエルシードは「手柄を立てる力が欲しい」という
ザケムボーの邪な願いをパワー偏重のアンバランスな強化で叶えることとなってしまった。
あるいは魔法というものをもっとよく知っていれば、これほど魔力に対する防御がおろそかに
ならなかったかもしれない。
『痛ええええええええ!!!!』
巨大なセミが叫びながらもがく様は快いものではなかった。
(これだけデカイとクルもんがあるねえ……)
(すぐに終わらせるから……………いけるよアルフ)
(了解、ぶちかましてあげな!)
「撃ち抜け、轟雷」
ザケムボーの視界のはるか上方、空に作られた金色の魔法陣の中でフェイトは厳かに唱える。
アルフが時間を稼いでくれたお陰で、魔力の収束は十分過ぎる程だ。
「サンダースマッシャー!!!」
高出力のビーム砲、とバーベリィが評した砲撃魔法は、苦痛にのたうち回るザケムボーを貫いていった。
「それじゃあ封印封印っと。さっさと終わらせてこんな薄っ気味悪いもんがいるとこ離れよう」
「うん。……バルディッシュ」
「Sealing form. Set up」
地べたに転がりひくひくと痙攣するザケムボーの巨体に何重ものバインドをかけた上で、
フェイトは杖を変形させた。バルディッシュから放たれた光がザケムボーの額に当たると
禍々しく輝く結晶は光を失って浮かび上がり、フェイトの方へと一直線に飛んでいく。
「……!!Defe…」
――――――ガアンッ!―――――――
ジュエルシードがバルディッシュに吸い込まれようとしたそのときだった。
固いもの同士をぶつけ合ったような音と共にフェイトの体が跳ね飛ばされたのは。
「……え?……フェイト!!」
一瞬アルフは何が起こったか理解できなかった。
しかし、1秒にも満たない思考でフェイトが攻撃されたことを理解したアルフは、意識を失い落ちていく
主を守るため飛び出す。
完全な奇襲。アルフの魔力で強化された五感も野生の勘も、完全に気配を絶った狙撃手の前では
役には立たなかった。
平時ならば防壁を張るであろうバルディッシュも、ジュエルシードの回収に処理能力を割いていた
この時だけは対応しきれなかったのだ。全てはトップガンダーの予定通り。
フェイトが生きていること以外は。
(このライフルでも貫けなかっただと!?)
トップガンダーの優れた視力は、通常のライフルを上回る大きさの弾丸が少女のこめかみを捉えるも、
その防御を突破できず鈍器で殴られたような衝撃を与えたに留まったのをはっきり確認していた。
バルディッシュが咄嗟に発動しようとした防御魔法がギリギリのところでフェイトの命を救ったのである。
(魔法とは人間にここまでの防御力を持たせるのか……だが衝撃を防ぎきることは出来なかったようだな)
墜落していくフェイトを、アルフが抱きかかえるのが見える。
(そしてモンスター女、お前もこれで終わりだ)
1人目の標的はエサに食いついたところを狙い撃ち。2人目はお荷物を抱えている。
ネロス帝国で最高のスナイパーが外す道理はなかった。
フェイトの跳ね飛ばされた方向から狙撃手の位置に見当を付けたアルフは、フェイトを庇うように
抱きかかえながらその方向にプロテクションを張る。
その刹那。
ぎいんという衝突音と共に、展開されたプロテクションに巨大な弾丸が深々と突き刺さっていた。
しかもその弾道はアルフの額を捉えている。
だが、逃走を図る暇もなく、2発目の弾丸がすぐそこまで来ているのが見えた――――――
(ヤバ…!)
全く同じ弾道を辿ったそれはプロテクションに刺さった1つ目の弾丸を後ろから押し込む。
拮抗したのはほんの一瞬のこと。防壁を突き破った銃弾はアルフの頭蓋に叩きつけられ、
痛撃をもって彼女の意識を奪い去る。
トップガンダーの技量のなせる神業であった。
僅か数秒にも満たない攻防が終わり、現場に転がっているのは頭部への凄まじい攻撃により
撃墜された少女と狼女。そしていつのまにか地面に落ちていたジュエルシードだけである。
しかしトップガンダーの胸中には勝利の喜びはなかった。
「3発撃ってあいつらはまだ生きている………この勝負、オレの負けだ……」
どんな相手も一発で仕留めてきた凄腕スナイパー、そんなプライドはたった今砕かれた。
殺し屋である自分に狙われて生き延びている。それ故に彼は自分が敗北したと感じていた。
気絶した2人にとどめを刺すつもりはトップガンダーにはない。
「………本部、聞こえるか、こちらトップガンダー。目標の娘とその仲間のモンスター女を
生け捕りにした。直ちに回収部隊を送ってくれ」
だからといって見逃すつもりもなかった。ネロス帝国の戦闘ロボット軍団として、任務を放棄
するような真似は出来ない。それに、せっかく生きたまま無力化したのだからこの2人から情報を
吐かせるべきであるし、その内容にもトップガンダーは興味があった。
一体何者で、何故こんな力があるのか。そして、正面から闘えばどれほどの力があるのか。
彼にしては珍しく好奇心というものが沸いていた。
なお後年、友と思っていた同僚に裏切られたトップガンダーはフェアプレイの精神への執着を強め、
任務の達成よりも自分の美学を重んじるようになってしまうのだがそれはまた別の話である。
一方その頃。
「それであなたは、ジュエルシードを自分で回収しようとこあの世界に行ったのね?」
「はい……」
次元航行艦アースラ、その中では管理局に救助されたユーノがリンディ・ハラオウン艦長、
クロノ・ハラオウン執務官の2人に事情聴取を受けている。
ようやく安心できる場所に来れたというのに、ユーノの表情は暗いままであった。
「偉いわ」
「だが無謀すぎる」
穏やかな口調のリンディとは対照的に、クロノは糾弾するかのような口振りだった。
「民間人1人でロストロギアを回収しようだなんて……」
「分かってる、分かってるよ!」
苛立ちをぶつけるように声を荒げるユーノ。年齢の割には落ち着いている彼にしては珍しいことだった。
「僕が甘かった…!あんな、あんな恐ろしいものが…!」
「落ち着いて話してみて、あなたが何を見たのか」
やたらと甘い茶をあおりつつ、ユーノは話していく。
自分が垣間見た、第97管理外世界『地球』の闇に潜む存在について。
「ユーノ君、あなたの話を総合すると……あの世界には発動したジュエルシードと融合して魔力による
防御を備えた生物を物理的に破壊するほどの質量兵器が存在して、それを装備した多数の傀儡兵は
人間並みの高度な思考力を持つ、しかもその傀儡兵達を保有しているのはおそらく反社会的な組織…
ということでいいのね?」
「生体兵器らしい怪物もたくさん見ました」
「目眩がするような話だな……どういう世界なんだ」
「魔法技術がないのにそこまで発展してるなんて、世の中広いわね」
ため息をつきながら、リンディは2杯目のお茶を自分のカップに注ぐ。無論砂糖とミルクもたっぷりと。
「これから……どうなるんですか?」
「いかに犯罪的な組織だろうと、その力が管理外世界に留まる限り私たちが手を出すわけには
いかないわ。だけど…」
「魔法技術のみならずロストロギアまで手にしているというなら話は別になる。管理局が介入する
理由としては十分だ」
ユーノの問いにリンディが答え、さらにクロノが続ける。
実際のところ、ロストロギアであるジュエルシードとユーノから奪ったインテリジェンスデバイスを
所有していることは間違いないのだが、魔法そのものを使うのかどうかまでは定かではない。
ネロス帝国という組織が魔法を全く使えなかった場合、この案件に介入すること自体が管理外世界への
不当な干渉として問題化する可能性もある。執務官というエリートの経歴に泥がつくことになるかも
しれない。だがクロノには手を引くつもりは全くなかった。
「暴走すれば、複数の次元を巻き込む大災害が起こるかもしれない……そんなことは絶対に止めなくちゃ
いけないんだ」
決意を新たにするクロノ。一方ユーノもまた一つ決めていたことがあった。
それは、民間協力者としてここに残りジュエルシード回収に携わること。
「あのっ……できれば僕にも協力させてください!」
「気持ちは嬉しいけど、それはできない」
しかしユーノの申し出はクロノにばっさり切り捨てられた。
「局所的とはいえ魔法を上回る威力の質量兵器、当然非殺傷設定なんて存在するわけがない。
下手をすれば局員だって犠牲となるかもしれないんだ。民間人を関わらせるわけにはいかない。
大体君だって自分が無謀なのは分かったって言ったじゃないか」
「だけど……僕が発掘してしまったロストロギアなんだ、もう十分に関わってる!
1人だけ帰って結果を待つだけなんて我慢できない!」
「そういう話じゃないんだよ!安全性の問題なんだ!」
なにやら熱くなって口論に発展しかけてるユーノとクロノを止めるために、リンディは大人らしく
折衷案を出すことにした。
「それじゃあユーノ君の身柄をしばらくアースラで保護するというのはどうかしら。
話を聞く限りサポート系はなかなかできるみたいだし」
「艦長!」
「もちろん現場に出るのは厳禁よ。それでいいなら、だけど」
「あ、ありがとうございます!」
こうなってしまうとクロノは諦めざるを得ない。上官の決定だからだ。
「はあ……なんでこうなるんだ」
「ため息なんてついてる暇はないわよクロノ、これから忙しくなるんだから。
さしあたってはユーノ君、あなたがその帝国に遭遇した場所の座標を教えて貰えるかしら」
「はい!」
時空管理局、ついに地球への介入を始める。
ネロス帝国との激突までのタイムリミットは、近い―――――――
囚われの身となったフェイトとアルフ。
主を救うため、使い魔の決死の作戦が始まる。
そして混乱の中、ついに姿を現す時空管理局。
戦えアルフ!フェイトを救えるのは君だけだ!
魔法帝王リリカルネロス
次回「主よ生きて!哀しみの女使い魔アルフ」
こいつはすごいぜ!
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最終更新:2008年05月04日 13:50