……時は少し遡る。
鋭い岩肌の突き出た丘陵の上空を、一機の輸送ヘリが飛んでいる。
JF704式ヘリ〝ストームレイダー〟――機動六課に配備された最新型の輸送ヘリである。
首都クラナガン行きの貨物用リニアレールが、謎の魔導機械――暫定的に〝ガジェット・ドローン〟と呼称――群の襲撃を受けた。
内部に侵入したガジェットに車両の制御を奪われ、外部から列車を止めることは不可能。
しかも列車近辺にムガンも出現、このままではムガンを引き連れたまま列車は市街地へと至る。
今回のスバル達の任務は、列車の市街地到達前にムガンを殲滅し、同時に列車内部のガジェットを破壊、車両の制御を奪還することである。
「リニアレール車内のガジェットは最低でも三十体、武装や能力その他は一切不明……正直、初陣のお前らにはかなりハードな相手だな」
「しかし戦えない相手という訳ではあるまい。我々副隊長や高町もフォローする、尻込みせずに思いきりやれ」
ヴィータとシグナムの激励の言葉に、緊張したような面持ちでヘリに揺られていた新人達が、一斉に「はい」と返事を返すー―ただ一人、スバルを除いて。
「……スバル、アンタ大丈夫?」
俯いたまま沈黙しているスバルに、ティアナが心配そうに声をかける。
不安、緊張、萎縮……どれもこの親友には到底似合わない言葉ではあるが、しかしスバルも人間である以上、それらを感じていてもおかしくはないのだ。
ティアナの声にスバルは顔を上げ、「大丈夫」と言いながら弱々しい笑みを浮かべる。
「ただちょっと……はやてさんとフェイトさん、大丈夫かなーって、心配してるだけだから……」
スバルの言葉に、ティアナ達は思わず黙り込む。
はやてとフェイトの二人は現在、ミッドチルダ北部、ベルカ自治領に出現したムガンの迎撃に当たっている。
報告によれば、敵の数はおよそ二百――なのは達隊長陣曰く、その程度の規模相手ならば援軍も限定解除も必要ないらしいが、それでも不安は消し去れない。
特に過去に同程度の規模のムガン群と相対し、そして危うく撃墜されそうになった、スバルとティアナは……。
本来現場管制担当のリインフォースⅡが隊舎待機を申し出たことも、スバル達の不安を助長させている。
何かがあるのではないか、万が一のことが起きてしまうのではないか……マイナス思考の無限螺旋に、四人の心が囚われる。
沈痛な表情を浮かべる新人達に、なのは達隊長勢はどこか呆れたように息を吐いた。
「どうやらお前達はあの二人を――いや、我々も含めた隊長格全員を、些か過小評価しているようだな」
溜息混じりにそうひとりごち、シグナムがゆっくりと新人達を見渡す。
次の瞬間、刃物のように研ぎ澄まされたシグナムの眼光が、四人を射抜いた。
「……なめるなよ小童共。たかがムガンの百や二百、その程度に主はやてとテスタロッサの二人が後れを取るとでも思ったか?」
「お前ら程度のひよっこがはやて達の心配なんて百年早い。んな無駄なことを考えてる暇があったら、自分達のことをまず心配しとけ」
怒気を含んだシグナムの言葉に、ヴィータが憮然とした表情で同意する。
副隊長二人の手厳しい物言いになのはは苦笑しながら、四人を元気付けるべく口を開いた。
「フェイトちゃん達なら大丈夫だよ。スバル風に言うなら……あの二人を誰だと思ってるの?」
悪戯っぽくそう言って笑うなのはに、スバル達の表情も明るさを取り戻す。
「新デバイスでぶっつけ本番になっちゃったけど、練習通りにやれば大丈夫だからね」
デバイス整備担当のシャリオの言によれば、四人の新型デバイスはこれまでの訓練データを基準に調整されており、いきなりの使用でも違和感は無いらしい。
なのはの言葉にスバルは視線を落とし、手の中に握るペンダント状の青い宝石――己の新しい相棒、マッハキャリバーに優しく語りかける。
「初めて会っていきなりだけど、一緒に頑張ろうね」
スバルの呼びかけに応えるように、待機状態のマッハキャリバーの表面がきらりと輝いた。
ストームレイダーが現場に近付き、ムガンの巨体が肉眼で確認出来る。
敵の数は僅か十数体――数十単位を平均とし、時には数百単位で出現するムガンにしては、この数は異常とも言える程少ない。
「……妙だな」
正面の窓ガラス越しに見える敵勢力に、ヴィータが眉を寄せながら呟いた。
奇妙な点は敵の数だけではない。
リニアレールと並走するように飛ぶムガン群は、しかし列車を攻撃する素振りは一切見せていない。
攻撃もせず、ただ列車の周りを並んで飛んでいるだけ……その姿はまるで、
「ムガンが、列車を守ってる……?」
咄嗟に呟いたその仮定を、しかしヴィータは頭を振って打ち消した。
そんなことがある筈が無い……それ以前に、そんなことはどうでも良い。
ムガンを排除し、新米共の突破口を開く――それが自分の役目、今の自分の考えるべきこと。
「……敵と列車との距離が近いな、あの距離で自爆されたら確実に列車も巻き込まれる。それに爆発で落盤が起きる可能性も考慮の必要があるな」
「いつもみたいに纏めて撃破は、ここではちと危な過ぎるな。面倒くせーけど、一体一体列車から引き離して各個撃破が無難か?」
シグナムの指摘とヴィータの提案に、なのはは同意するように頷いた。
「ヴァイス君、わたしも出るよ。ヴィータちゃん達副隊長と空の敵を何とかする」
なのはの言葉にヘリパイロット――ヴァイス・グランセニックが首肯を返し、輸送ヘリ後部のメインハッチを開放した。
「じゃあちょっと出てくるけど、皆も頑張ってズバッとやっつけちゃおう!」
「先程も言ったように、危なくなればすぐに我々がフォローに回る。落ち着いていけ」
「大切なのは熱いハートとクールな頭脳、そいつを忘れんじゃねーぞ?」
口々に激励の言葉をかけるなのは達に、スバル達は――今度は四人とも――元気良く「はい!」と返した。
新人達の返事に満足そうに首肯し、なのは達は大空へと飛び出した。
デバイスを起動し、バリアジャケット――副隊長二人は騎士甲冑――を身に纏う。
風を切り裂き、三人の戦士が敵に接近する……ムガンが牽制するようにビームを撃つが、しかし列車から離れて本格的に迎撃しようとはしない。
「やっぱりおかしい……!」
ムガンのビームをかわしながら、なのはが警戒するように声を上げる。
敵はまるで噛り付くよう列車の傍から離れようとしない、まるで見えない糸で結ばれているかのように一定の距離を保ったまま並走している。
今の敵は空を飛ぶだけのただの砲台に過ぎない、破壊することは容易だろう……しかし不用意に攻撃を仕掛けることは、なのはには出来なかった。
シグナム達の指摘する通り、ムガンにこのままの距離を保たれたまま破壊すれば確実に列車をも巻き込んでしまう……敵は列車を人質に取っているようなものなのだ。
自分達を囮に列車から引き離すという作戦も、敵が追って来なければ成り立たない。
どうする……歯噛みするなのはの頭の中に、その時ヴィータからの念話が響いた。
(なのは、あそこを見てみろ! ムガンの頭の上!!)
ヴィータの声を受け、なのははムガンの頭部に視線を向ける。
ドーナツ状の円盤の真ん中から飛び出た突起部分、その先端に、小さな機械が取り付いている。
卵のような楕円形の形状をし、触手のようなコードを生やした人間大の機械――ガジェット・ドローン。
(もしかして……あれがムガンの不審行動の原因!?)
頭の中で驚愕の声を上げるなのはに、ヴィータとシグナムの首肯する気配が念話越しに伝わってくる。
(驚いたな。列車だけでなくムガンまで操れるのか、ガジェットという機械人形は)
(どーも変だと思ってたけど、ムガンの奴らガジェットに乗っ取られてたのかよ。だっせぇ!)
「呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!? 二人とも!!」
緊張感の欠片も無い副隊長二人の科白に、吼え猛るようななのはのツッコミが炸裂する。
本来ならば念話を送れば済むことだったのだが、興奮のためかつい声にまで出してしまった。
(とにかく! まずはムガンを操ってるガジェットを破壊して、その後最初の打ち合わせ通りに『引き離して各個撃破』作戦でいこう)
(ライトニング02――シグナム了解)
(スターズ02――ヴィータ同じく)
なのはの提案に副隊長二人が了承の返事を返し、三人は行動を開始した。
「アクセルシューター!!」
なのはが魔力弾を放ち、ムガン達に寄生したガジェットを撃ち抜いた。
ガジェットの支配から解放されたムガン達が、三人に襲い掛かる。
(それじゃあ二人とも……)
迫り来るムガン群になのはは不敵な笑みを浮かべ、レイジングハートの柄を握り直した。
副隊長二人も表情を引き締め、なのはの次の言葉を待つ。
そして、
「――逃げろぉーっ!!」
……なのはの号令と共に三人は一斉にムガンに背を向け、そして散り散りに逃げ出した。
「おー、追っかけてる追っかけてる」
操縦シートの脇から顔を出し、逃げるなのは達の背中を追いかけ列車から遠ざかるムガン達を眺めながら、スバルが感嘆の声を上げる。
決して見栄えの良いやり方とは言えない――というかどう見ても格好悪い――戦い方であるが、しかしその効果は絶大だった。
バラバラの方向へ飛ぶなのは達に合わせ、ムガン達もまた三方向に散開している。
隊長格一人につき、追いかけるムガンは僅か数体……なのは達にとっては、楽勝を通り越して瞬殺だろう。
今のなのは達の気分を喩えるならば、カーチェイスで敵を峠まで案内して、そこで一気に崖下へ蹴落とすようなものだろうか。
逆にムガン達の方の現状と末路に目を向けてみれば、仔猫を追いかけていたと思ったら実は虎で、一瞬で食い殺されるという比喩が妥当だろう。
えげつない……スバルは素直にそう思った。
おかげで自分達はこうして順調に降下予定地点に近付いている訳だが、追い詰めている筈が逆に罠に嵌っているムガン達を見ていると、敵ながら哀れに思えてくる。
合掌するスバルの視界の向こうで、十分に列車との距離を稼いだなのは達が攻撃に転じ、ムガンが次々と爆発に消えていく。
丘陵上空の各所で派手に上がる紅蓮の花火を見上げながら、スバルはふと思いついたようにこうひとりごちた。
「なのはさんって、実はティアっぽい人だったんだね」
「……ちょっと馬鹿スバル、それどーゆー意味よ?」
スバルの呟きを耳聡く聞き取り、憮然と抗議しようとするティアナだったが、
「言われてみれば確かに、なのは隊長ってティアナさんに似てますよね」
「あんな性格悪い作戦立てるところとか、容赦の無いところとか、ティアナさんそっくりです」
子供二人の無邪気な追い討ちが突き刺さり、ティアナは沈黙を余儀なくされた。
いじめか、いじめなのかこれは……?
「あ、アンタ達……後で覚えておきなさい……!」
仲間達が自分のことをどう思っているのか……知らない方が良かった、知りたくなかった真実を鼻先に突きつけられ、ティアナはふるふると拳を震わせた。
「おい新米共! 漫才の時間はおしまいだ」
操縦席から振り返り、ヴァイスが四人に声をかける。
「隊長達が空を押さえてくれてるおかげで、こっちは安全無事に降下まで到着だ……次はお前らの番だぜ?」
ヴァイスの言葉に表情を引き締めるスバル達の前に、ロングアーチ――グリフィスからの通信ウィンドウが開いた。
『君達の任務は二つだ。一つはガジェットを逃走させずに全機破壊し、列車の制御を取り戻すこと。
もう一つは列車のどこかにある筈の、ムガンの狙う何か――恐らくレリックかコアドリルだろうが――それを探し出し、安全に確保すること。
スターズ分隊とライトニング分隊、二人ずつのコンビでガジェットを破壊しながら、車両前後から中央に向かってくれ。管制はこちらで行う』
グリフィスの指示に首肯を返し、まずスターズ隊の二人――スバルとティアナがメインハッチへと歩を進める。
その時、
『目標空域に未確認飛行体が多数接近、この反応……ガジェットです!』
切羽詰まったようなオペレーターの声と共に画面が切り替わり、航空機のような三角形のフォルムの機械群がウィンドウに映し出された。
「これって、敵の増援!?」
「航空型……別タイプのガジェットってこと!?」
瞠目したように声を上げるスバル達の前に、なのはからの通信ウィンドウが展開された。
『ごめん、そっちに行くのはちょっと遅れそうかな』
スバル達の中に飛べる者は――フリードリヒを除いて――存在しない、ストームレイダーも戦闘には不向きである。
つまり接近中の新型ガジェット群の相手はなのは達が担当することとなり、必然的にスバル達への援護の手が塞がるということになる。
困ったように己の力不足を謝罪するなのはに、スバルは首を振って笑いかけた。
「大丈夫です、なのはさん! あたし達のことは気にせず、空の敵をお願いします」
力強い笑みでそう応えるスバルに、ティアナ達も便乗するように口を開いた。
「スバルの言う通りですよ、なのはさん。もう少しアタシ達を信用して下さい」
「僕達だってもう子供じゃありません、この二週間で強くなれるだけ強くなったんです!」
「なのは隊長達の背中を守ることはまだ無理ですけど、なのは隊長達がいなくてもちゃんとやれます!」
フリードも同意するように一声鳴き、最後にスバルが一同を代表してなのはに向き直る。
「あたし達もあたし達で頑張りますから、なのはさん達も頑張って下さい!」
スバル達の言葉になのはは一瞬きょとんと目を瞬かせるが、しかし次の瞬間、声を立てて笑い始めた。
『にゃはは……元気付けようと思ってたのに、逆にこっちが元気付けられちゃったね』
目許に浮かんだ涙を拭き取り、なのはは毅然とした表情で四人を見据えた。
『煩い外野はわたし達に任せて、皆は皆のやるべきことを頑張って』
凛としたなのはの言葉にスバル達も表情を引き締め、一斉に力強く頷いた。
「「「「はい!!」」」」
開放されたメインハッチを蹴り、まずスバルが大空へと身を投げ出した。
征こう、マッハキャリバー……右手に握る宝石を天高く掲げ、スバルは昂然と声を上げる。
「セットアップ!!」
主の咆哮に応えるように宝石が眩い光を放ち、スバルの服装が白いバリアジャケット姿に変わる。
それぞれの分隊の隊長――スバル達はなのは。エリオ達はフェイト――のものを参考にした最新式のバリアジャケットに身を包み、スバルが天を翔る。
「ウィングロード!!」
スバルの足元に魔方陣が展開し、光の道が列車へとのびる。
空を穿つように垂直に進むウィングロードは、途中で二又に分岐し、それぞれの先端が列車の先頭と最後尾の車両の側面に突き刺さる。
後続のティアナ達三人が進む出陣の「道」が、これで完成した。
両脚のローラーブーツ――マッハキャリバーで光の道を踏み締め、スバルは背後を振り返った。
それぞれ新しいバリアジャケットを纏ったティアナ達三人が、スバルの創った道を進んでいる。
スバル達の初陣が、始まった。
天元突破リリカルなのはSpiral
第10.5話「初めて会っていきなりだけど、一緒に頑張ろうね」(続)