思い起こせば、あの火事がきっかけだったんやなあ。
機動六課のはじまり。 うちが望んだ新部隊の。
初動の遅さが犠牲者を増やす。 ロストロギアならなおさらやんか。
だからこその精鋭部隊や。 少しでも早く、一人でも多く。
あれは、そんな気持ちの生んだ焦りだったんだと思う。
「誰にも、人をもの呼ばわりする権利はない」
覚悟君が目覚める前の、うちと、零(ぜろ)の出会いや。


魔法少女リリカルなのはStrikerS 因果

第二話 『盟約宣誓』



我ら、零(ぜろ)の意志なり。
零(ぜろ)に宿りし三千の怨霊なり。
誰と問われたとて、三千の怨霊たる我ら以外にあらず。
国籍も、、信念も、愛するものも異なっていた我らを結びつけるものは
ひとえに、侵略戦争への怨嗟なり!
人の尊厳をふみにじる悪鬼どもへの限りなき憤怒なり!
ゆえに我らはひとつ。 零(ぜろ)となりて外道を討つ。
我らと同じ血涙をためらいなく流した、我らが戦士、葉隠覚悟と共に。
憎しみの海たゆたう我らを光と変えたあの覚悟が、背中まかすべき相手を見誤るとは思わぬ。
邪(よこしま)なる企みがため利用されることなど、ありえぬ。
だが我ら、ただの鎧なり!
昏睡に陥りし覚悟を前に、首を切り離されていては何もできぬ。
そして、覚悟に必要なものは刹那を争う外科手術! もとより我らの手には負えぬ!
ゆえに覚悟の着装せし首以外の我らは分離、治療行為を異邦人に託さざるを得ず。
同時に我ら、彼らに拾われ、現在カプセル内にて薬品付けなり。
当然であろう、零(ぜろ)は兵器! 誰が見ても明らかなり!
力求める輩に我らを為す技術、いかほどの魅力あろうか!
強化外骨格が瞬殺無音、誰にも渡すわけにはいかぬ。
だが我ら、ただの鎧なり!
現在可能なのはただひとつ。
ふさわしきもの以外の着装、これただちに我らが生贄(にえ)。
邪悪な認識をもって我らに接するものなど、とり殺してくれよう。


「…お、重かった」
「そのまんま人の首の重さだな、こりゃ」
「持ったことあるのかよ」
「ないけど」
ズン!…やって。
ヘルメットが重そうな音を立ててテーブルをきしませてる。
額の星と『七生』の文字が黒光りしてるのも、重さに拍車をかけとるな。
ここまで持ってきてくれたデバイス管理チームの二人には感謝やで。
火事の現場で拾ってきたフェイトちゃんも、片腕に女の子抱えて、
もう片手でこれの重さに耐えるのは閉口モノだったみたいやし。
「おおきに。 それじゃあ、引き続きお願いな」
「了解です」
敬礼して戻っていく二人を見送って、室内に目配せ。
ここにいるのは、なのはちゃんとフェイトちゃん。
それと、事情を話して急きょ来てもらったクロノ君。
「これが…あの少年の身につけていたデバイスの、頭か?」
「みたいやね。 せやろ? なのはちゃん」
「うん、頭だけかぶってなかったけど…これならそろいのデザインだよ。
 でもフェイトちゃん、火事の中でよく見つけたね」
「目がね…ほら、ここだけど、目が光ってたんだ。
 それに、なんだか…血の涙が出てて、可哀想で」
「フェイトちゃんらしーわぁ」
ヘルメットの目の部分を指さして、うつむき加減に話すフェイトちゃん。
デバイスにだって、うれしいこと、イヤなことはあるもんなあ。
この子はそういうのに人一倍敏感やから、本当に助けたい思うたんやね。
おかげで助かったんや、感謝せなあかんで?
まだ名も知らないデバイスやけど、そないなこと言ってやりとうなったわ。
「…で、問題は、これがどういうシロモノかということなんだが」
せっかちにクロノくんが切り出す。
忙しいところ無理言って来てもろたんやから、当たり前やけど。
「あの少年、ミッドチルダに戸籍を持っていない。 該当データなしだ。
 レリックが原因で起こった火災の中にいて、おまけに未知のデバイス。
 穏やかじゃなさすぎると思わないか?」
「関連は、あると思うた方が自然やね。 時空遭難者なんかな…」
「葉隠覚悟、っていう名前は、わたし達の世界の、日本の名前だよね」
「ともかく、僕に一番最初に話を持ってきてくれたことはいい判断だ、できる限りのことはする」

覚悟君のデバイスがロストロギアみたいなものかもしれないってことで、
クロノ君にも「偶然ここに居合わせて」もらったのが助かったわ。
現に、正体不明人物が火事の現場に現れたことの連絡が伝わって、
その対策として居合わせたクロノ君にまかせるってことが決まったのは…翌日なんやで?
動きがのろすぎるんや! もしこのせいでまた空港が火事になったりしたら、どうするつもりやねん。
だから今は、クロノ君の声のかかったチームで、デバイスの解析作業を進めてる。
さっき、サンプルの頭と一緒に、解析の途中経過も持ってきてもらった。
「…これは、一種の人造生物だな。 人間の身体にからみついて外骨格そのものになるのか」
「そういえば覚悟君、言ってたっけ。 強化外骨格、って」
「だが、デバイスでいうところの制御中枢にあたる部位が、これには存在しないじゃないか。
 聞けば、手術ができず難儀しているところに、あの鎧は勝手に脱げていったらしいが」
「違うよ」
フェイトちゃんが、また、あのヘルメットを腕に抱えた。
「デバイスとか、制御中枢とか、そんなんじゃなくて…
 それでも、この子には意志があるよ。 よく、わからないけど」
「理屈じゃない、か…それも一理ありそうなのがまったく困る」
「まあ、あとは調査の結果待ちやね」
わからないことはこれ以上話せへんし。
今回決めるべきことは、ひとつや。
「じゃあ、本題に入るけど…結論から言うで」
「大体、検討はつく気がするが、言ってみてくれ」
「うち、これからもっと偉くなってな、新部隊を創設したいと思うねん。
 今の管理局は初動が遅すぎるわ。 ロストロギア関係の事件が起きれば、犠牲者が増えすぎる。
 エキスパートを集めた即応部隊が必要なんや」
「おおむね賛成だ、生半な道じゃないが…それで?」
この話と、なんの関係があるのか?
クロノ君はそう言っとるんやけど、大アリや。
「葉隠覚悟君が、ぜひとも欲しいんよ」
「なっ…」
度肝を抜かれた顔せんでもええやん。
そんくらいのこと、予測しといてほしかったわあ。
「まだ身元すらはっきりしていないんだぞ?」
「はっきりしてからでも遅くはあらへん。 どうせ早くて三年かかるわ、この野望!」
「それにだ、本人の意志も確認せずにそれはないだろう、常識的に…」
「わかっとるて、全部、覚悟君次第やて。
 話に聞くだけの力を持ってるなら、それだけの意味がどこかにあると思う。
 そのためにも、覚悟君の自由、誰にも奪わせたらあかんねん」
「…それを、ぼくにどうにかしろというんだな」
「悪いこともしてないのに目を覚ましたらデバイスが没収されてるなんて、嫌やんか。
 せやから、せめて目を覚ますまでの間は現状を維持して欲しいんや」
「やれやれだ…これはひとつ、貸しだぞ」
「そのうちな、無理言ってもええで」


まだ直接話したことすらない子の未来を好き勝手するつもりは毛頭あらへん。
せやけど、聞けば聞くほど惚れるやんか。
空港火災の中、死にそうな身体を引きずって女の子を助け、残った子を助けにまた舞い戻ろうとする。
シャマルが言うには、生きてる方がおかしいダメージを受けてるちう話やった。
うち、そんな子となら一緒に働きたいねん。 なのはちゃんや、フェイトちゃんと一緒に。
「戦力として、ものにしたいところやな…覚悟君も、この子も」
なんとなく、ヘルメットをつかんでみたそのときやった。
ヘルメットの顔が開いて、中の肉が触手になって飛び出してきて、
うちの頭に、顔にべたべたひっついて…何が起きたのかわからへんかった。
だけど、そのとき一緒に聞こえてきた声だけは、はっきりわかった。
『零(ぜろ)にふさわしき戦士かを問う!』

八神はやて、零(ぜろ)の頭部、着装!





戦力として、「もの」にしたいところやな。
「もの」にしたいところやな…「もの」にしたい…「もの」に…
「もの」、「もの」、「もの」、「もの」、
「もの」! 「もの」! 「もの」! 「もの」!

「覚悟はきさまのものにあらず!
 誰にも人をもの呼ばわりする権利はない!」
我らと覚悟の力を欲するという少女は、我らが前で最大の禁句を口にした。
「戦力」として「もの」にするだと? よかろう、ならば覚悟を問うてやる。
強化外骨格の力を得ようとするならば当然の試練なり!
我らが意識界に取り込まれし少女は生まれたままの姿。
ここでは何ごとも隠し立てはできぬなり。
少女は尋ねる。 早くも我らに気づいたか。
我らが無数の髑髏(しゃれこうべ)に。
「これ…違う、あなたたちは?」
「我ら、零(ぜろ)に宿りし三千の怨霊なり」
「なら、あなたたちが、あの子…」
「我らが力、欲しいと言ったな!
 精鋭を集めた部隊に欲しいと!」
このくだり、忘れたくとも忘れるまいぞ。
鬼畜、葉隠四郎も同じことを言っていた!
零式防衛術は、そこより生まれ出でたのだ。 無数の屍を踏み台として!
この少女、八神はやてとやらの正義、確かめねばならぬ。
そこに邪悪な認識欠片(かけら)もあらば、ふさわしからざるものにふさわしき処遇を与えん。
覚悟未だ目覚めず、我らの五体不満足なる現状、こうするより他、理想的なる道は無し!
「ならば見よ、我らが憎しみを!」



零(ぜろ)が生まれたのは、第二次世界大戦下。
まだ日本が帝国を名乗っていた時代。
本土決戦に備えるべく葉隠瞬殺無音部隊にて生み出されしは
人体の潜在能力を極限まで引き出し一触必殺を可能とする零式防衛術!
体内にうずめることで五体を装甲化、弾丸をはじき返す零式鉄球!
生体改造により人間そのものの戦闘能力を強化された、戦術鬼!
そして、武器を内蔵した耐熱防弾防毒鎧、着装すれば人間を戦略兵器と化し単身にて一国をも落とす、強化外骨格。
これらの完成のため、無数の人体実験が必要とされ…提供されしは敵国人捕虜!
彼らは性別、人格、年齢、なにひとつ考慮されず番号として扱われ、無惨な死を遂げていった。
頭や四肢を破壊されては、ごみのように捨てられていった。
彼らの血肉より出でしが、強化外骨格試作壱号、零(ぜろ)。
零(ぜろ)の涙は彼らの血涙。
憎むべきは侵略戦争、憎むべきは人の皮をかぶりし鬼畜。
恨みと痛み、絶えることなし…
八神はやては、歴史を見た。





「うあああああああああああああああああああ!!」

絶叫。 我らが我らたる所以を見たか。
痛みから来るものか、恐怖から来るものか。
八神はやてはその場から遁走を開始した。
「やはり、ふさわしき戦士にあらず!」
ならば殺すべし。
頭蓋を圧壊せしめて殺害するなり。
そしてこの意識界、我らから逃れうると思ったか!
だがしかし!
目の前に立ち塞がりしは、剣十字!
「きさま…ここに侵入してくるとは、何者か!」
その中より浮かび上がるは、白き女。
今にも消えゆきそうな幽鬼なり。
憎しみによりて現界せし我らと比べ、その顕在化、あまりに脆弱!
だがその女の広げた両腕より先に、我ら、一歩も進めざるなり!
無言の気迫、我らと同じく強化外骨格に宿る魂に匹敵。
何者か。 こやつ、何者か?
「そこをどけ!」
この女、威圧ごときにたじろぐわけなし。
かえってその足、我らの方に進め来たるなり!
そして、こともあろうに、この女…
我らの認識を逆に侵略開始せり!
零(ぜろ)細胞の主導権、奪取さる!
八神はやての頭部より着装解除、地に落下。

「おのれ…」
だが刹那、我らは見た。
時を超え刻まれし哀しみの記憶!
それは侵略の歴史であり愛憎の歴史!
悪しき認識によりて本質をねじ曲げられ、
災厄として現界させられる終わり無き苦痛!
心ならずの滅尽滅相、愛するものを自ら蹂躙する宿命!
幾度死せども強制転生の無間地獄! 己を滅ぼすことすら不可能なり!
かの者は夜天の書、のちの呼び名を闇の書。
我らとなんら変わらぬ怨嗟の塊!
「そのような女が何故?」
我ながら愚問なり。
その終焉の歴史にて、我らが無駄口閉ざされたり。
永劫の痛み、すべて受け入れた上で現実への回帰を選択、
闇の書をもろとも光の中へ導いた少女こそ、あの八神はやて!
「きさまの、名は!」
祝福の風、リィンフォース!
幾星霜の彼方にめぐり会えし真なる主(あるじ)を地獄に引きずらぬため
自らこの世を去った魂の、ほんの残滓の一欠片(ひとかけら)。
奴にとっての八神はやては、我らにとっての覚悟と同じ!
心つないだ友にして、身命賭して守るべき主!
「主を殺す前に現実を見よ」
「なに!」
「すぐに必要ないとわかる」
その言葉を最後に、リィンフォースの最後の欠片、消滅せり。
…否、主を守護せんがため、涅槃より舞い戻っていたのか?
今となっては、我らにもわからぬ。
ともかく、言われた通りに現実の様子を見るより他にあるまい!





うちは、なんて、ひどいことを。
この子に、この子らに、なんて、ひどいことを…
頭から外れた零(ぜろ)が、うちの顔をぼんやり見ていた。

「零(ぜろ)ぉぉ―――――ッ!!」

抱きしめて駆け出す。
ひどすぎや、こんなんひどすぎやで、こないなこと、こないな…
ほとんど、なんにも考えられんかった。
ただ零(ぜろ)が痛くて、苦しくて、
そんなこと、うち今まで、なんにも考えとらんで。
『もの扱い』しとった。 『もの』以外の何だとも思うとらんかった。
それがくやしくて、みじめで…こんな、ひどすぎる!

「元に戻したる、今すぐ元に戻したる!」
気がつけば解析室に殴り込みかけとった。
ガラスケース叩き割って、零(ぜろ)の身体を引きずり出しとった。
でも、うちの手には重すぎて、全然動かせのうて…
しょうがないから、無理矢理ケースの中に入り込んで、
やっと零(ぜろ)の頭を戻してあげられた。
「ごめんな…ごめんな」
生体保存用の溶液に浸された零(ぜろ)の身体は冷たかった。
うちは今まで…この子の首を、はねていたんや!
首はねたまま引っ張り回して、さらし首にしとったんや!
その隣でうれしそうに、この子の力が欲しいだとか!
「痛かったなぁ、辛かったなぁ、苦しかったなぁ…
 気づいてあげられなくて、ごめんなぁ…ごめんやで。
 うち、最低や…最低やんかぁぁぁ…」
涙が止まらんかった。
痛くて、辛くて、苦しくて。
全然気づかなかった自分が、あまりにも非道すぎて。
「いきなりどうしたんだ、デバイスに操られたか?」
「はやてちゃん…ガラスで、手が、頭が、血が…!」
「素手でガラスなんか割るから、無理に中に入るから!」
うしろから来るなのはちゃん達。
せやけど、そんなのどうでもええんや。
「この子らの方が、ず――っと痛いねん、辛いねん!
 こんな痛みじゃ…全然、足らへん。 こんな痛みじゃ…」
この子らの痛みをわかるためには、二度や三度死ななあかんねん。
うちには、そんなこと、できひん。
生命惜しいねん、死ぬの怖いねん。
なんてさもしいんや、自分。 なんて、自分勝手なんや。
この子のために泣きわめくことしかできないんか…
『もうよい! もうよいのだ、八神はやて!』
「…っ?」
『おまえは我らのかわりに泣いてくれている。
 我らには流せぬ清浄なる涙にて、我らが心を洗ってくれている。
 ゆえに我らはおまえを許そう。 おまえも我らを許してくれ!』
「零(ぜろ)…」
『それに、我らは知った!
 おまえの惜しむ生命は、決して我が身可愛さから来るものではない!
 牙持たぬ衆生の嘆き、背負うているのがその身であろう!
 何を恥じるか、胸を張れ!』

腕の中から零(ぜろ)が、語りかけてきてくれた。
うちを許すって、言ってくれてる。

「でも、うち、みんなに、あんなひどいこと…」
『ならばひとつだけ誓ってもらおう! 魂の盟約なり』
「誓い…うち、誓うわ、それで許されるなら、なんでも!」
『二度と人をもの呼ばわりしてくれるなよ! 我らが友、八神はやてよ!
 …さあ、泣き止むがよい。 我らが「管制人格」は男なり!
 女を責めて泣かせたとあっては、覚悟に合わす顔がないのだ!』
「…ごめんな、ありがとな」
『良い! それよりも刻め、誓いの言葉をその胸に!』
「うん」

ケースの中から這い出して、立ち上がった。
それから、零(ぜろ)と向き合った。
リィンフォースとそうしたように。


『 「  誰 に も 人 を も の 呼 ば わ り す る 権 利 は な い ! ! 」 』


盟 約 宣 誓
疾風(はやて)と零(ぜろ) ここに邂逅す

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最終更新:2007年08月14日 14:19