諸君。
 君たちは女性……というものをなんだと思っているのかね?
 まず第一に素晴らしいものだと考えているだろう。
 第二に柔らかいものだと考えるべきだろう。
 第三にいい匂いがするものだと結論すべきだろう。
 素晴らしきかな、素晴らしきかな!
 女性とは素晴らしい!
 まさしく心のオアシス!
 それも美人だったらなおさらに最高だ!
 だがしかし。
 しかしだ。
 君たちはそんな女性とはおそらく接触することは出来ないだろう。
 あまつさえ触れ合うことなんて夢のまた夢さ。
 何故かって?

「それは俺がモテにモテまくって、全部の女性を掻っ攫っちまうからさ!」

「ダウトだな」

「キミみたいなNMOが言っても説得力がないよ?」

「意味のない妄言を吐いて、飽きんのかお主は」

「っておい! やめろ! 俺をひっぱるな! 俺はこのまま一人でパラダイスに旅立つんだ~!! っとまてよ! 言い忘れていた!」


「リリカルなのはダブルクロス――ブラストハンドが多すぎる! 始まるぜ!!」




 昨日と同じ今日。
 今日と同じ明日。
 しかし、人々が知らぬ間に世界は既に変貌していた。
 変貌の原因の名はレネゲイドウィルス。
 進化の名を冠する病原菌。
 それに感染せし人間は、動物は、物質は変貌した。
 獣の如き異形と化した者、自在に変化する肉体を手に入れた者、電光を迸らせ人でなくなった者、光を纏い幻像を作り出す者、重力を操り時すらも飛び越える者、常識を超えた頭脳で見通す者、分子運動を操作し超高温の炎と超低度の氷を生み出す者、血を啜り血潮を浴び闇に飲まれた者、風を操り音すらも凌駕する速さを得た者、己の意思を浸透させ周囲環境を自在に掌握した者、他にも他にも――あらゆる力を、可能性を彼らは手に入れた。
 それらは得た者にあらゆる感情を与えた。
 それは絶望。人で無くなったことに苦しみ悶えた。
 それは渇望。力の代償に、あらゆる欲望の箍が外れていた。
 それは希望。大切な誰かを守るための力だった。
 得た者は争う。奪うために。
 得た者は戦う。守るために。
 それはまるで進化の道を奪い合うように、力を得た感染者たち――オーヴァードたちは激突する。
 己の願望を叶えるために。

「ここは……どこだ?」

 そして、今そこに佇む少年もまた感染者の一人だった。
 ボサボサの黒髪に、端正とはいえないがそこそこの顔立ちに、吹き付ける風に学ランを靡かせた少年。
 少年の目に映るのは、明らかに発達した都市世界。
 どこかしら似通ったものはあるものの、どこか違うビル群。
 何故知らないのか、違うものだと考えるのか。
 何故ならば、彼はその世界の住人ではなかったから。
 ある一つの願いを持って、異世界から世界を渡ってきた戦士だった。
 渡るまでに幾十もの戦いを潜り抜け、かつてはその世界を救い、因果律すらも打ち破った少年。

「み、みんなどこ? もしかして俺だけはぐれた!? ま、まって! 俺一人だと淋しくて死んじゃうから! 真っ白お耳の赤目小動物より心脆いから!!! たーすけて~~!」

 そう叫んで、少年はあたふたと奇妙な動きで慌て出した。
 訂正。
 一部のオーヴァードは力の代償に頭がとても悪くなる傾向がある。
 ……もともとそうだという可能性が大であるが。

 彼の名は国見 以蔵。
 立派とは決して言えないが、一応オーヴァードである。




 国見 以蔵はオーヴァードである。
 それも同じ感染者でなければ現代兵器でも対抗するのが難しいほどの強者。
 数あるオーヴァードの中でも上位から数えたほうが速いほどの実力者――

「あ、いらっしゃいませ~」

 なのだが……

「お弁当温めますか? あ、サラダだからいらない? わかりましたー」

 の筈なのだが……

「ふぅ、労働の汗は久々にやると心地いいぜ」

 キランとちっとも色っぽくない動作で額を拭って、以蔵は歯を光らせた。
 そんな彼は……コンビニでバイトしていた。
 彼がこの世界ミッドチルダに辿り着いた日から数週間後、国見 以蔵は立派な一般人として適応していた。
 寂しさのあまり路上で、フォークギターのララバイを熱唱しているところを通りすがりの親切なコンビに店長(男、既婚済み)に拾ってもらったのである。
 その恩返しに店長のお子さん(女、小学六年生)と添い遂げます! 発言をして、笑いながら塗り立てのアスファルトに片手で埋められかけたのは彼の中では良い思い出の一つである。

「うー、疲れた疲れた」

 そう言いながら、ゴミの入ったポリバケツをコンビニ裏の路地に置いた。
 うーと背筋を伸ばしながら、腰をトントンと叩く以蔵。
 そんな時だった。

「ん?」

 空き缶やら、生ゴミやら、或いは壊れかけた女の子の人形が転がっている路地裏の片隅に、何かが光ったような気がした。
 気になって以蔵が近づいてみると、そこには鈍い光を放つ赤い石が転がっていた。

「宝石……か?」

 拾い上げてじっくりと見るが、凄い綺麗な石だと以蔵は感じた。
 キョロキョロと周囲を見てから、学ランのポケットに放り込む。
 ピューピュピュ~と口笛を吹きながら、彼はコンビニへと戻っていった。
 ……ネコババである。


 それが彼の不幸の始まり。
 運命は彼を幸せにはさせないという証明だった。





 日が沈んだ夜闇。
 彼が元居たこの世界における第97管理外世界と同じく、ミッドチルダの都心部のビルには光が灯り、明けない夜が続いている。
 されど、都心から少し外れた場所に行けば僅かながらの夜は訪れる。
 そして、今彼が走っているのも夜の世界だった。

「どひゃぁああああああああああああ!!」

 情けない悲鳴を上げながら、全力疾走しているのはいつもの学ラン姿に、サンダルを履いた国見 以蔵だった。
 ペタペタどころが、バシバシという足音を響かせて、彼は走る、走る、走る。
 何故彼が走っているのか?
 それは彼の背後から迫っている影が原因だった。
 黒い球体、機械仕掛けのベルト状のアーム、メタリックなボディ。
 そう、それは――

「宇宙世紀じゃねえんだぞ?! ボー○が何故居る?!」

 ボ○ルではなく。しかも、それは空飛ばないし。
 ――それはガジェットドローンと呼ばれる未だ正体不明の機械兵器だった。
 深夜の買出し帰りに突如襲撃してきた機械兵器に、彼は逃げていた。
 やろうと思えば倒せないこともないのだが、それでは完全に一般人を巻き込むと判断しての逃走だった。

「あれってやばいよな!? 絶対ビームとか、パリンと割れるバリアーとか、マシンガンとか乱射するんだよな!? 勝てないって! 絶対勝てないって!! なんせ異世界だしっ!!!」

 ……普通に逃げていただけだったようだ。

「ってやばっ!?」

 口々と近所迷惑になりそうな悲鳴を上げながら逃げていた以蔵の前に見えたのは、壁だった。
 逃げ道のない袋小路。

「っ――」

 後ろを振り返れば、迫り来るガジェットドローンの姿。
 後門の壁、前門の刺客だった。
 つまるところ、逃げることは不可能。

「ち、畜生! こうなったらやってやる! 元PC①の意地を舐めんなよっ!!」

 シャキーンとポーズを取り、以蔵は迫り来るガジェットに向けて右掌を向けた。
 蠢く体の感覚に身を任せ、今までになく凛々しい表情で力を発動させようとして。
 ――目の前に何かが降り立った。

「へ?」

 声を上げる以蔵の目の前で、破砕音が鳴り響く。
 上空から飛び込んできた一人の人影が、真上から拳を突き立てて、ガジェットを貫いていた。
 貫かれた胴体は数秒ほどビクビクと痙攣していたが、やがて火花を撒き散らしながら停止する。

「スターズ03! ガジェットを撃破!」

 響き渡るのは紛れもない少女の声。
 飛び散る火花に、一瞬だけその人影の全貌が明らかになる。
 青い髪、右手につけられた無骨なナックル、たなびく鉢巻、そして立派な凹凸。
 一言で言おう。
 美少女だった。

「お、おぉ!?」

 それが眼に入った瞬間、思わず以蔵は声を上げていた。

「えっと、大丈夫?」

「――スバル。民間人の保護は出来た!?」

 以蔵の様子に首を捻りながらも声をかける青い髪の少女の傍に、ツインテールの髪型をした銃器らしき獲物を携えた少女が降り立つ。

「あ、ティアナ。えっと、一応無事みたいなんだけど……」

「な、なんだと!? 俺の前にさらにもう一人美少女が?! 帰って来たのか! 俺の時代が帰ってきたのか!! ひゃっほぅ!」

「……なに、こいつ?」

 買い物袋を手に万歳する以蔵を見て、スバルとティアナは顔を合わせて小首を傾げた。

 それが国見 以蔵と機動六課の出会いだった。





 そして。
 国見 以蔵は――

「そんで、事情聴取をしたいわけなんやけど……なんでそんなに興奮しておるん?」

 偶然にも判明した同じ第7管理外世界出身者ということで、僅かな暇を削って事情聴取をしていた八神 はやてが呆れた口調で呟いた。

「いや、興奮しないわけがないというか、凄まじいパラダイスモードで僕はもうドキがムネムネなわけで」

 機動六課のオフィスで。

「つまらんぼけやわー。しかも、パクリな口調やし」

「ハッハッハ、それが俺のアイデンティティ! 美少女に呆れられたり! 殴られたり! 或いは惚れられる! そう、それが俺! 国見 以蔵ロード! というわけで、何時でも俺に惚れていいですよお姉さん?」

「はいはい、さっさと書類書いてなー」

「ういっすー」

 地味に……書類を書いていた。
 被害届とかそういう類の書類である。
 時空管理局は立派な法治機関である。手続きや、物事には何事も書類や印鑑、手続きが必要であり、そうして組織は回っているものである。
 そして、しっかりとがめていた石――レリックは危険物ということで以蔵から押収されていたりする。

「めげないぞ! 俺は決してめげないぞ! そして、幸せを掴み取るんだ!」

「はいはい、それじゃレリックを拾った経緯を話してなー。そしたら、後で転送ポートの手続き処理をしたるから」

「いやぁー! 色気も欠片もない事務手続きは嫌だぁああああ!! もっと色気を! 或いは愛をプリーズギムミー!」

 一風変わったコント劇場が繰り広げられているオフィス内で、不意にドカンと音がした。

「はやてー! 訓練が終わったので、わらわにネットRPGのプレイ時間を寄越すのじゃ! 答えは聞いておらんがな!!」

「って、お前は?!」

 ドアを蹴り開けてきた制服姿の幼女を見て、以蔵は口を開いた。

「ド、ドラ子ぉおおお!?」

「元約束の王!」

 それが二人の再会だった。





「確保、確保!!」

「こちら鎮圧に成功! チームβ! 返答をしろ!」

 廃棄都市の一角。
 そこは硝煙の煙が漂う破壊され尽くした瓦礫の山だった。
 質量兵器の不法所持をしていたテロリストたちのアジトを襲撃した武装隊の一角に、ただ一人だけ杖やスピア状ではない、細長い棒を携えた女性隊員が居た。

「思ったよりも手早く確保が終わったな」

「はい!」

 その女性隊員の独り言に、新米らしき少年隊員が嬉々として答える。

「さすがヴァリアブル・ランサーです! あんなに大量の魔導師を一人で叩き伏せるなんて」

 そう告げる少年の言葉を証明するように、床にはバインドを掛けられた無数の魔導師らしき人物が苦痛の色を浮かべて転がっていた。
 一人は腕を折られ、或いは肋骨を砕かれ、いずれにしても戦闘能力を削ぐ傷を負わされている。
 しかし、それでもたった一人も致命傷を負わされていないことに、その女性の技量の凄まじさを語っていた。

「大したことではないさ。お前も修練していれば、すぐに私に追いつく」

「は、はい! 頑張ります!」

 憧憬の眼差しで敬礼する少年隊員に苦笑して、その女性隊員は自分の仕事に戻るべく足を踏み出して。

「ん?」

 耳元に付けたイヤホンからつなげられた通信に足を止めた。

「……そうか、以蔵が見つかったか」

 僅かに口元を緩め、微笑を浮かべる金色の髪をした男装の麗人。
 その名をシャルと言った。




 自然溢れる緑の下。
 誰も知らない世界の一角で、一人の少年が言葉を紡いだ。

「なるほど。そういうことなら、僕も協力します」

「済まないな」

 そう返すのは一人の巨漢。
 茶色のコートを羽織り力強い気配を纏った一人の騎士。

「いえ、大したことは出来ないですから」

「……アナタの力は強力」

「つうか、AAランクの魔導師よりも強いんじゃない?」

「そんなことないですよ、ハハハ」

 困りきった笑顔で苦笑を浮かべる少年。
 彼が纏うのは純白の学生服であり、その顔にはメガネを付けていた。

「それに、“奴”が関連しているなら、僕も無関係じゃないですしね」

 そう告げて、白い手袋を外した片手から零れたのは真っ赤な――血の塊だった。




「ウーノ、調査はどこまで進んでいる?」

「はい、ドクター。推測どおり、魔道師全体の汚染率は5%未満。しかし、かなりの割合で上級地位にいる魔導師が汚染されています」

「……このままでは、掌握されるのも時間の問題だな」

 静かな場所。
 無数の機器の光に浮かび出された闇に照らし出されたのは、一人の男であり、一人の女性であり、一人の――ガイノイドだった。

「対イーター用に調節した戦闘機人とはいえ、本来の対象とは違う魔道師には分が悪い。マーヤ、このまま汚染が進み、管理局本部の戦力が投入された場合の勝率は?」

「ハイ、ドクター。楽観的な勝利条件も含めて0.0000000237%です」

 紫色の髪をした白衣の男性の言葉に、薄い藍色の髪をしたガイノイドが無表情に絶望の言葉を告げる。

「なるほど……圧倒的な差か」

 ガイノイドの発言に、ドクターと呼ばれた男性が僅かな感情の揺らぎも見せない表情を浮かべ。

「しかし」

「?」

「ある条件が加わった場合、勝率は9.999999%以上に跳ね上がります」

「それは?」

「それは――」




 そして、戦いは始まる。

 視界は大気の爆弾に満たされる。
 手を握り締め、彼にしか見えないスイッチを押した。

「ブラストハンド。 それが俺の名だ」

 爆風を撒き散らし、砕け散る世界に背を向けて国見 以蔵が呟く。


 巨大なる紅き槍。
 それに真上から貫かれた異形の魔導師が痙攣し、血肉と共に飛び散る。

「ブラストハンド……これが僕の名だ。地獄に行っても忘れるな」

 紅き槍を放った手を掲げ、紅き馬に騎乗した久坂 勇が告げる。


 体が異形化――否、元の形状を取り戻す。
 飛び出た尾の先端に貫かれたガジェットドローンが、内部から部品を撒き散らして砕け散る。

「ブラストハンド。それがわらわの名じゃ!」

 幼女の体躯に、竜の爪と尾を生やしたモルガンが叫び。


 鋼の拳が、真正面からガジェットドローンを貫く。
 震動し、全てを破砕する拳が、目の前の障害を叩き砕いた。

「ブラストハンド! それがあたしの名前!!」

 拳を突き出し、爆発するがジェットに背を向けたスバルが吼えた。



『って、また増えたぁあああああああ!?』

「てへっ」


 リリカルブラストハンド ――嘘予告
【ブラストハンドが多すぎる】
 やってみた。後悔はしていない。

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最終更新:2008年06月29日 03:12