――――空の向こうに何かあるって考えたことはある?
無。
まったく何も無い。
音も、光も、重力も。
暗闇の中、"其れ"は巨大な惑星に引き寄せられていく。
――自由落下という奴だ。
大気圏外から地表めがけて、何千キロもの距離を一直線に。
まず最初に訪れたのは熱であり、続いて衝撃。
分厚い空気の層に叩きつけられた"其れ"は、摩擦による途方も無い熱量に耐えながら、
一挙に回復した重力によって、瞬く間に大地との距離を縮めていた。
"其れ"は、岩ではなかった。
震動に揺さぶられ、表面を焦がし、時折何かの破片を剥離させながら、
只管に突き進む"其れ"は、何らかの知的生物によって作り出された――――人工物であった。
無論、大昔から軌道上に存在している、数多の漂流物の一つが、
惑星の引力に導かれて降下してきたのだ、などという可能性もある。
しかし、明らかに"其れ"は未だ機能を喪ってはいなかった。
数回、装甲と思わしき部位が剥がれ落ちると、即座に落下傘が開いたのだ。
無論、この圧倒的な摩擦熱の前では、瞬く間に燃え尽きてしまうのだが、
"其れ"は、落下傘を代償にして姿勢を安定させる事に成功する。
そして――――文字通りの流星と化して、"其れ"はミッドチルダの大地に落着した。
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「これが二日前の話。レリック――と断定はできないけれど。
それに類似する存在が、クラナガン北西に落着した」
「……そういや、昨日のニュースで見た気がするわ。
流れ星が落ちてきた、って随分と騒いどったなぁ」
「ええ。今朝の段階では、こんな物体だなんて私も知らなかった。
まさか軌道上の衛星に動画が残っているなんて思わなかったから。
私も事態を把握したのは、昨日だったの」
薄暗い室内――――聖王教会の一室。
カーテンによって完全に光を遮断された其処では、
二人の女性がモニターに向かって視線を送っていた。
外宇宙から飛来した何らかの人工物が、
大気圏へと突入し、燃え上がりながら――……
しかし形状を保ったまま、大地へと到達する映像。
それを注視している一人は、騎士カリム・グラシア。
そしてもう一人。
八神はやて。正式名称、古代遺物管理部機動六課――
即ち、通称を「六課」とする新設部隊の指揮官を務める人物である。
そのはやての言葉に頷き、カリムは空中に投影されたキーボードへと指を走らせる。
繊細な指捌き、深刻な顔つきとは対照的な、軽快な電子音が数度響き、
続いてモニターに映っていた画像が切り替わった。
「そして問題が、これ。今日の本題」
「ん――? これ、大型次元航行船やないか……ッ」
ええ、と頷くカリム。驚愕するはやて。
無理も無い話である。
それは異形の大型船舶であった。
次元航行船――或いは単に宇宙船とでも呼ぶべき巨大な影が、
ミッドチルダの衛星軌道上に数隻浮かんでいるのである。
「管理局にこんな型の船はない筈やし……船籍は?」
「不明。
通信を送る間も無く、船舶はすぐに姿を消したから。
未確認の世界からという可能性もあるし、或いは広域次元犯罪の可能性もある。
でも一番の可能性は――――」
「落着物……レリック絡み、やな」
「ええ。本局へはまだ正式報告はしていないわ。
一応、クロノ提督には連絡して、軌道上の警備を厳重にして貰っている。
でも――はやてには話しておこうと思って。
そして、これをどう判断するか。どう行動すべきか。
慎重に行動しないと――失敗するわけにはいかないもの」
「…………………」
その通りだ。慎重にならざるを得ない。
レリック事件も。その後に起こる事件も。
対処を一つ間違えれば、どんな災厄が起きるかわからないのだから。
だが――だからと言って、後手後手に回ってはならない。
慎重に行動した結果 『間に合いませんでした』では駄目なのだ。
ならば。
「だったら、すぐに調査してみんと。
うちらに任せてくれるか、カリム?」
そう、ならば。
機動六課――自分達の出番だ。
そう言って、はやては頷いた。
キーボードを叩き、暗幕を取り払う。
眩いばかりの陽光が室内を明るく照らし出した。
――このように、暗い状況でも打破できる部隊。
それが機動六課なのだと、言わんばかりに。
「何があっても、きっと大丈夫。
即戦力の隊長達は勿論。新人達も実戦に対応可能。
予想外の事態にも、ちゃんと対応できる下地はできてる。
だから――絶対に、大丈夫や」
かくして、機動六課に初めて、アラートが響き渡る。
ヘリで現場――山間の落着物へと向かった六課の面々は、
空中型ガジェットと遭遇し、これを迎撃する方針を固めた。
隊長陣にして空中戦力であるスターズ1、ライトニング1が迎え撃ち、
それに平行して、残存兵力が地上落着物の警備を担当。
――――――何の問題も無かったのだ。
少なくとも、その時までは。
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《スターズ1、ライトニング1、エンゲージ!》
《スターズ1、ヘッドオン! シュート……ナイスキル!》
《続けてスターズ1、アクセルシュート》
《ライトニング1、ハーケンモード! 2キル!》
「…………ふぇー。なのはさん達、凄いなぁ。
うわ! 見て見てティア! あの反転機動!
上に昇りながらひっくり返って向き変えてる!」
「スバルうっさい。
無駄口叩いてる暇があるなら、ちゃんと周り見てなさい。
この落着物を取られたら、アタシ達の負けなのよ」
「だぁいじょうぶだって。ティアは心配性なんだからー」
通信機から聞こえる管制官達の報告を聞きながら、
二人の少女が、光点の明滅する空を見上げていた。
スバル・ナカジマ。ティアナ・ランスター。
真新しい白色のバリアジャケットに身を包んだ彼女達は、
スターズ3、スターズ4――つまり、機動六課の新人フォワードである。
度重なる訓練を重ねて、ようやくの初任務。
新型の装備に、新しいバリアジャケットも相俟って、
地上に降り立ったばかりの彼女達は、興奮と緊張の最中にあった。
――――が。
それも自分達の担当する場所が「安全」だとわかるまでの話だ。
勿論、ガジェットが地上を襲撃する可能性はある。
……あるのだが、しかし空中で簡単に蹴散らされているのを見ながら、
こうして手持ち無沙汰に落着物の護衛をしていると、
そのような高揚した感覚は、あっという間に冷めていった。
つまりは平常心、いつも通りという事だ。
ある意味では理想的な状態とも言えるが……。
しかしティアナにしてみれば、初任務としては少々、不本意だといわざるを得ない。
焦りにも似た感情。最も、それに突き動かされるほどの衝動では無いのだが。
「それにしても……」
そういった自分の心情を落ち着かせるべく――意識しているかどうかはともかく――
彼女は、自分達の護衛対象である落着物へと視線を向けた。
「……何なのかしらね、これ」
「うーん……まあ、お星様には、見えないよねぇ」
数十メートルに渡るなぎ倒された木々と、抉られた大地の先に、"其れ"はあった。
巨大な金属の塊、とでも表現すれば良いのだろうか。
半ば以上は地面にめり込んでいるそれは、入り口らしい開口部を此方に向けて鎮座している。
地面に埋まっている部分もそう大きくは無いが、
それでも六課の有するヘリコプター程の大きさはあるように思えた。
だが、用途がわからない。
こうして形状をほぼ完全に留めたままという事は、かなり頑丈に作られているのだろうが。
「……わかるのは、なのはさん達の戦闘が終わって専門家が来てから、か」
「でもさ、結構ミッドチルダ風じゃないかな、あれ。
レリックって言うから、もうちょっと古臭いの想像してたんだけど」
「見た目に惑わされないの。綺麗な宝石みたいなのだってあるん、だ、か………」
「ん? ティア、どうしたの?」
そう言いながら落着物から視線を外したティアの表情が、一転して硬く険しいものになる。
それにつられて、彼女と同じ方向へとスバルも眼を向ける。
――そして、それを認識した。
それが第一の『想定外』。
巨大な影が、空間からにじみ出るようにして現れる。
それは船だった。
無論、ただの船である訳がない。
戦闘目的に建造された船だった。
堅牢に作られた装甲。巨大な推進器。
そして、それに取り付けられていた銃口は、明らかに此方に向いていた。
―――敵だ。
「――――ッ! スバル、戦闘準備!
こちらスターズ4! 緊急通信―――敵の増援です!」
――――本当、とんだ初任務になりそうだ。
身体の内から湧き上がってくる高揚感を覚えながら、
突如として空中に出現した船を相手取り、ティアナはその手に銃を握り締めた。
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それに前後する事、数分前。
ライトニング分隊――即ちエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ、
そしてフリードリヒの二人と一匹は、レリックと推定される落着物、その内部にいた。
年若く、経験も不足しているとはいえ、それでも立派な管理局員である彼らは、
物珍しさに周囲を見回しながらも、生真面目な表情で警備、調査に当たっている。
少なくともその点においては、良くも悪くも、スターズよりは緊張感があるといえた。
或いは、落着物内部の雰囲気に呑まれてしまったのかもしれない。
特段、何か危険な物体があった、というわけではない。
其処にあったのは、一つの巨大な――透明のケースだった。
今まで黙って其れを眺めていたエリオは、搾り出すようにして口にする。
「――――まるで、お墓みたいだ」
完全な静寂に支配された暗室。
その最奥に安置されている棺の中には、一人の人物が眠っていた。
緑色の鎧兜、甲冑を纏って横たわる彼は、まるで古の英雄のよう。
むしろ荘厳ささえ感じさせる光景は、まさしく墓の其れだった。
となると、周囲に置かれた大小さまざまなコンテナは、
英雄の為の副葬品といえるのかもしれない。
いずれにせよ、尊い光景に思えた。
尊く、寂しく、そして穏やかな風景。
となると、僕達はこの人を――この人のお墓を守ってるのかな。
そんな思いを抱いたエリオは苦笑を浮かべて首を左右に振る。
――――と、不意にキャロ、フリードが棺の更に奥へ視線を向けているのに気がついた。
「……どうか、したの?」
「え、あ、いえっ。何でもないんです、ただ――……」
「ただ?」
「……誰かに、見られているような気がして……」
その言葉に従い、エリオもまた棺の向こう側へと眼を向ける。
勿論――誰もいない。いる筈がない。
ここにいるのは自分達と、あの棺の中の戦士だけなのだから。
「――大丈夫だよ、誰もいない」
「そう……ですよね。ごめんなさい、私、ちょっと緊張しちゃって――」
無理もない、と思う。
自分だってそうなのだし、それなら彼女だってそうだ。
だからエリオは少しだけ照れ臭そうな様子で、笑いかけた。
「うん、僕も、そうだから。――だから、その。大丈夫だよ」
「――――うん」
その言葉にキャロが返事をした直後であった。
アラート。新たな敵の出現を察知したティアナからの全員通信。
それを聞いた二人は、互いの手を握り締め、落着物から外へと飛び出していく。
――其の背中を、カメラアイが見つめていた事にも気付かずに。
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船はどうやら、恐らくは降下艇であるらしかった。
地面に降り立つと同時に展開されたタラップからは、
二十体近くの敵増援が姿を現した――――が。
予想外の事態が一つ。
「な、なにあれ……」
「ガジェットじゃ――無い?」
そう、ガジェットではなかった。
それは人間の胸ほどの身長の、小柄な異形の兵士達が二十名。
そして――3mはあるだろう、巨大な兵士が一人。
どれもが不気味な装甲を纏っており、手には奇妙な武器を携えている。
誰もが初めて見る、そして初めて知った相手だった。
別段、フォワード陣だけではない。
その背後に控えるロングアーチにとっても、だ。
エイリアン(異星人)。或いはインヴェーダー(侵略者)。
次元管理局の、決して短いとはいえない歴史を紐解いても、
非人類型の存在と接触した例は皆無である。
即ち、これはどういう事なのか。
―――――――ファーストコンタクト。
まったく、冗談じゃない。とんだ初任務だ。
そんな言葉が思い浮かび、ティアナは頭を振って思考を追い払う。
目の前で武器らしき物を構えている存在がいるというのに。
「…………ッ! 迷ってる暇は無い、か。
スバル、クロスシフトA!
エリオはスバルと一緒に敵を霍乱!
キャロは――エリオをブーストした後、チビ竜で攻撃!」
「わかった!」
「了解!」
「了解しました!」
それぞれの応答があり、六課フォワード陣が動き出す。
「いっくぞぉーっ!」
まずスバルが両腕を打ち合わせ、マッハキャリバーの速力によって突貫。
シールドとバリアジャケット、そしてあのスピードは、フロントアタッカーとして最適だ。
「我が乞うは、疾風の翼――――」
ついで、キャロの詠唱が始まる。
支援魔法。および竜使役による火力。
まったく、将来が恐ろしいったらありゃしない。
「……一気に行くよ、ストラーダ」
《OK!》
ブーストによって速力が上昇すれば、多少防御力が低いとはいえ、
エリオも十二分に前線で戦うことができる。
何せ彼の速度は、少なくとも新人フォワードの中では最速なのだから!
「よし、クロスファイア―――………」
そして自分――ティアナだ。
カートリッジをロードし、魔力を補充。
銃身に集中させ、一気に解き放つための準備をする。
あの数だ。まともに撃っていては話にならない。
こうして、機動六課フォワード陣は攻撃の準備を始めていた。
スバル、エリオが突貫し、敵歩兵を霍乱した後、
ティアナとキャロの一斉射撃で、殲滅する。
作戦としてはシンプルだ。
これが通常のガジェット戦であれば、容易に成功しただろう。
だが、ある意味では当然の話だが。
どんな魔導師が接近するのよりも。
どんな魔導師が呪文を唱えるよりも。
―――狙いをつけてトリガーを弾くのは、早いのだ。
鋭い発射音が連続して響き渡り、緑色の光弾が一挙に発射される。
大気を焼く、科学的な臭い。それが鼻に届くよりも先に飛来する雷光。
それに最初に対応したのはスバルであった。
勿論、フロントアタッカーの彼女は慌てない。
今まで経験してきた――主になのはやヴィータの――弾幕よりも、
圧倒的に濃い攻撃の嵐の中にあっても、
その右腕に展開したシールドとバリアジャケットがあれば、大丈夫。
大丈夫。大丈夫なはずだった。
ただ――そう、ここで第二の『想定外』が発生する。
「――――へ?」
バリンという軽い音と共に、シールドが弾けて消えた。
その事実を認識するよりも先に、更に続けて飛んできた光弾が、
彼女の左肩を撃ち据える。
バランスを崩した主の身体を、マッハキャリバーの車輪が必死で支え、
転倒する事無く、速力を維持したまま、体勢を立て直す。
「う、うわわわわわわわわわッ!!」
痛みを堪えながら急速旋回。マッハキャリバーを駆使して、敵の集団から距離を取る。
何かの焦げる――嫌な臭い。スバルはちらりと発生源に眼を向ける。
新品だったはずのバリアジャケット、その左肩が無残にも焼け落ちていた。
――もしもバリアジャケットが無かったら。
その事を考えると、鳥肌が立つ。
だが――それ以前に、重要な事があった。
「ティア! シールドが通じない!!」
だが、その叫びは既に遅い。
統率された兵士達の弾幕は、互いの装填を補うことにより、ほぼ絶え間なく続く。
無防備に呪文を唱えていた――それを兵士達が認識していたかは別だが――キャロ。
ブーストがかかるのを待っていたエリオ。
そして銃を構えたまま突っ立っていたティアナにも、光弾は、容赦なく襲い掛かっていたのだ。
「――――ッ! 遮蔽を……ッ!!」
撃ち返すよりも先に、ティアナの身体は回避を行っていた。
飛ぶようにして弾幕から身を避けて、背後にあった遮蔽物――落着物に身を隠す。
見れば向こうではエリオがキャロを庇いつつ、同様の場所で遮蔽を取っており、
そして、向こうから走ってきたスバルが隣へと転がり込んできた。
「スバル、キャロ、エリオ、チビ竜! 怪我は!?」
「あたしは無事だよーッ」
「わたしも……な、なんとか……ッ!」
「僕は――ハイ、大丈夫です!」
みんなの声が震えてる。
当然だ。きっと自分の声でさえ震えている。
詠唱が間に合わない。呪文が発動できない。
シールド、バリアジャケットが意味を為さない。
ただでさえ初めての実戦だというのに、あまりにも状況が異質すぎた。
勿論、だからと言って容赦してくれる筈もない。
ちらりと遮蔽物から眼を出し、様子を伺う――ーと、
今まで弾幕を小人兵士を任せていた巨人兵士が、その右手を構えるのが見えた。
その先端には、他の光弾と比べるとあまりにも凶悪な灯りがついている。
――――アレはマズイ!
その光景をモニター越しに眺めていたロングアーチおよび八神はやては、
あまりにも絶望的な状況に対し、自分達がルーキーを死地においやった事を理解する。
脳裏に浮かぶのは、あの軌道上に出現した戦艦だ。
(奴ら、いなくなったんやのうて――文字通り、姿を消してたんや!
それで、密かにミッドチルダに降りてきた……あの落着物を狙って!)
勿論、今更気付いたところでどうしようもない。
戦場に『もしも』などと言った言葉は存在しないのだ。
そんな事に時間を費やすくらいならば、何でも良いから行動しろ。
後になってから正解を思いつくより、余程建設的だ。
「――せやったな、ナカジマ三佐」
かつての恩師の言葉を思い返す。
そうだとも、ここで彼女達、将来有望なルーキー、自分の部下を傷つけるわけにはいかない。
その為にはどうするべきか――少なくとも機動六課に予備兵力は無い。
はやておよびヴォルケンリッターが現場に急行するには、あまりに時間がかかりすぎる。
となれば、現在、上空で戦闘行動中のなのは、フェイトの二名のみだ。
「スターズ1、ライトニング1、現状は!?」
《此方スターズ1。ごめん、はやてちゃん――敵の数がちょっと多すぎるの!》
《ライトニング1――それでも、後10分もあれば……ッ!》
「無茶でも何でも、五分で片付けるんや!」
そう叫ぶと同時に、通信――念話の対象を即座に切り替える。
「――――スターズ4、ティアナ! 聞こえるか!?」
《は、はい、八神隊長!》
「あと五分、五分だけ耐えて欲しいんや。すぐに救援が向かうからな!」
《了解――了解、しました!》
「ロングアーチは、敵勢力の調査! データ収集もや!
リィン、情報を整理したら、片っ端からフォワードに送信!」
「了解したです、はやてちゃん!」
そして再度、念話を切り替える。
最悪の場合に備えて、隊長陣のリミッター解除の嘆願を開始するのだ。
自分に出来うる行動はあまりにも少ない。
だが、それでも行動しないよりは、遥かにマシだ。
マシの、筈だ。
グッと歯を食い縛りながら、八神はやては行動する。
ロングアーチも、スターズ分隊も、ライトニング分隊も。
誰もが必死で戦い続ける。それぞれの戦いを。
―――――だからこそ、誰も気付かなかった。
落着物の内部で、何かが動き始めた事に。
そう、第三の――『想定外』が、起こり始めた事に。
************************************
まさか"彼"のような存在が乱入してくるとは思わなかったのだろう。
燃料ロッド砲を発射した直後の、再装填作業の最中、
それを中断して"彼"を白兵で迎え撃つべきかどうか、一瞬の判断の遅れ。
実に致命的だった。
ハンドガンを腰にマウントし、背中のライフルと交換。
そして500kgの重量と速度を乗せて、"彼"はハンターを銃把で殴りつけた。
鈍い衝撃。ハンターの巨体が揺らぐ。これで十分だ。
ハンターの装甲が無い部位は、頭部か腹部。
普段はシールド(この場合は文字通りの物理的な盾である)に守られているが、
こうして懐に飛び込んでしまえば、最早打つ手はあるまい。
銃口を押し込み、フルオートで32発の銃弾を叩き込んだ。
――甲高い悲鳴。
内部に詰まっていた環状生物の群が、ぐずぐずと崩れ落ちる。
勿論、本来ならば狙撃銃で頭部を撃ち抜くか、
ロケットランチャーやレーザーを叩き込むか、
或いはグレネードを投げ込むかするのが手っ取り早いのだが、
そういった装備は今、この場には存在しない。
彼のハンドガンは狙撃も可能だが、如何せんハンター相手では火力不足だ。
《あとは――降下艇ね。 グレネードを持って来れば良かったかしら?》
「問題ない」
方法はある。少々梃子摺るだろうが。
まさか兵員が全滅するとは思っていなかったのだろう。
ぐるりと銃口を此方に向ける降下艇に対して、
彼は油断なく、アサルトライフルのマガジンを交換した。
そして降下艇に対して肉薄攻撃を仕掛けるよりも早く――――
――――上空からの斬撃が砲塔を切り飛ばし、
圧倒的な熱量をもった砲撃が、降下艇を消滅させた。
***************************************
「お待たせ、皆ッ!」
「みんな――大丈夫ッ!?」
スターズ1、ライトニング1の到着。辛うじて間に合った、という所か。
すでに腰が抜けていたスバル以外――ティアナ、エリオもまた、その場にへたり込んだ。
「ふぇ、フェイトさん、フェイトさぁん……ッ」
キャロに至っては泣き出してしまう始末。
――エリオは辛うじて堪えているけれど、やはり同じ。
無理もない。まだ二人とも小さいのだ。
地面に降り立ったフェイトは、二人に歩み寄ると、ぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫。もう大丈夫だから――ごめんね、遅くなって」
「ふ、ふぇえぇぇえぇえぇ……ッ」
ついに堪えきれなくなったキャロが泣きじゃくり、フェイトが慰める
――その光景を眺めていた"彼"は状況は終わったと言わんばかりに、
背中にアサルトライフルをマウントし、ハンドガンを腰部に吊るす。
そしてちらりと全員の様子を見回して――なのはに視線を向けた。
恐らく、指揮官――少なくとも地位が高い存在だと気付いたのだろう。
(うーん……わかっちゃうのかな、やっぱり)
少しばかり苦笑を浮かべながら頷いてみせ、
彼の思考が正解である事を認める。
「あの……助けてくれて、ありがとうございました。
良かったら、貴方のお名前、聞かせてもらえないかな?」
その言葉に"彼"は少し待て、というように掌を突き出した。
***************************************
「どうだ、コルタナ?」
《ちょっと待って――随分と言語が複雑なの。
――大体、あんな光学兵器を操れる人間がいる事だけでも驚きなのに、
空まで飛べるなんて、馬鹿げてるとしか言いようが――……》
「…………」
《文句があるなら、貴方が未知の言語を翻訳してる所を見てみたいわ。
――まったく、何よこれ。
ジャーマンとイングリッシュ、ジャパニーズが混ざってるなんて……。
ええと――お待たせ。これで良い筈》
***************************************
「……言葉はこれで通じるか?」
しばらくして聞こえてきた声は、低く落ち着いた男性のものだった。
表情は金色に煌くバイザーのせいで読み取ることはできないが、
何となく第一印象通りの声だ、となのはは感じ取る。
「うん。大丈夫――ちゃんと通じているの」
「ならば其方の所属、階級、姓名を聞かせて貰いたい」
恐らくは、と"彼"は思考する。
ある程度以上に統率の取れた動きや、多少のアレンジの差はあるとはいえ、
ほぼ同一のモチーフで作られている制服。
そういった要素を鑑みて判断する限り、彼女達は何らかの組織に属している筈だ。
「所属は時空管理局本局、古代遺物管理部機動六課。
スターズ分隊長、高町なのは一等空尉です。
貴方の所属とお名前も教えてもらえるかな?」
――時空管理局。古代遺物管理部。
そしてタカマチ・ナノハという名前。
《時空とはまた大きく出たわね。名前は――ジャパニーズかしら?》
脳内に響く女性の声――閉鎖通信に頷きながら、"彼"もまた自分の名前を口にする。
最も、恐らくは、これもまた――彼女にとっては理解できない単語の羅列ではあるだろうが。
「所属は国連宇宙軍海兵隊。SPARTAN-II-117」
そして、
「階級は――――マスターチーフだ」
*******************************************
「状況完了、ってところやね。
何とかかんとか、死傷者が出ずに済んでよかったわ」
モニターに映る"彼"――マスターチーフの言葉を聴きながら、はやては大きく息を吐いた。
突如出現した未知の軍勢。謎の兵士。レリック。ガジェット。
あのエイリアンが、ガジェットと共闘しているのか、或いは偶然同時にあらわれただけなのか。
「あんまり良い状況じゃあ無いですけどね。
例の落着物――を狙ってだと思うんですけど、
未知の勢力が出たとなると……やっぱり管理外世界からでしょうか?」
シャリオがキーボードを叩くと同時、モニターに映し出されたのは、
先程まで行われていた戦闘の状況写真。
奇怪な装備――それも統一された――手に取り、統率を持ち、集団で行動している。
となると――……。
「軍隊、やろか?」
「わかりません。ただ――……通信を傍受したんですけど。
まだ解読や翻訳はできないですし、ノイズも酷かったんですが、
ちょっと気になる情報がありまして」
続いてモニターに映し出されたのは、一つの単語。
「解析できたのは、この言葉だけでしたけれど。
通信を傍受した結果、何度も何度も繰り返されているんです」
はやては、記憶していた。
聖王教会のカリムから齎された情報。
恐るべき予言。或いは管理局の終焉を告げる文書。
それを齎す、悪鬼の如き存在の名――
幸いなるかな 忌むべき者ども
災いなるかな 死せる王よ
鉄の鎧 鉄の槍 鉄の意志 持つ
一人の 兵 によりて
数多の 海を 守る 法の船
中つ大地の 法の輪 打ち砕かれん
称えよ栄光 仰げよ武勲
伝えよ千年の後までも
その名―――……
「リクレイマー……ッ」
HALO
-THE REQULIMER-
LV1 [First contact]
Fin
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