――――空の向こうに何かあるって考えたことはある?


 無。


 まったく何も無い。
 音も、光も、重力も。
 暗闇の中、"其れ"は巨大な惑星に引き寄せられていく。

 ――自由落下という奴だ。

 大気圏外から地表めがけて、何千キロもの距離を一直線に。
 まず最初に訪れたのは熱であり、続いて衝撃。
 分厚い空気の層に叩きつけられた"其れ"は、摩擦による途方も無い熱量に耐えながら、
 一挙に回復した重力によって、瞬く間に大地との距離を縮めていた。

 "其れ"は、岩ではなかった。

 震動に揺さぶられ、表面を焦がし、時折何かの破片を剥離させながら、
 只管に突き進む"其れ"は、何らかの知的生物によって作り出された――――人工物であった。
 無論、大昔から軌道上に存在している、数多の漂流物の一つが、
 惑星の引力に導かれて降下してきたのだ、などという可能性もある。
 しかし、明らかに"其れ"は未だ機能を喪ってはいなかった。

 数回、装甲と思わしき部位が剥がれ落ちると、即座に落下傘が開いたのだ。
 無論、この圧倒的な摩擦熱の前では、瞬く間に燃え尽きてしまうのだが、
 "其れ"は、落下傘を代償にして姿勢を安定させる事に成功する。

 そして――――文字通りの流星と化して、"其れ"はミッドチルダの大地に落着した。
 
********************************************

「これが二日前の話。レリック――と断定はできないけれど。
 それに類似する存在が、クラナガン北西に落着した」

「……そういや、昨日のニュースで見た気がするわ。
 流れ星が落ちてきた、って随分と騒いどったなぁ」

「ええ。今朝の段階では、こんな物体だなんて私も知らなかった。
 まさか軌道上の衛星に動画が残っているなんて思わなかったから。
 私も事態を把握したのは、昨日だったの」

 薄暗い室内――――聖王教会の一室。
 カーテンによって完全に光を遮断された其処では、
 二人の女性がモニターに向かって視線を送っていた。
 外宇宙から飛来した何らかの人工物が、
 大気圏へと突入し、燃え上がりながら――……
 しかし形状を保ったまま、大地へと到達する映像。
 それを注視している一人は、騎士カリム・グラシア。
 そしてもう一人。
 八神はやて。正式名称、古代遺物管理部機動六課――
 即ち、通称を「六課」とする新設部隊の指揮官を務める人物である。
 そのはやての言葉に頷き、カリムは空中に投影されたキーボードへと指を走らせる。
 繊細な指捌き、深刻な顔つきとは対照的な、軽快な電子音が数度響き、
 続いてモニターに映っていた画像が切り替わった。

「そして問題が、これ。今日の本題」

「ん――? これ、大型次元航行船やないか……ッ」

 ええ、と頷くカリム。驚愕するはやて。
 無理も無い話である。
 それは異形の大型船舶であった。
 次元航行船――或いは単に宇宙船とでも呼ぶべき巨大な影が、
 ミッドチルダの衛星軌道上に数隻浮かんでいるのである。
 
「管理局にこんな型の船はない筈やし……船籍は?」

「不明。
 通信を送る間も無く、船舶はすぐに姿を消したから。
 未確認の世界からという可能性もあるし、或いは広域次元犯罪の可能性もある。
 でも一番の可能性は――――」

「落着物……レリック絡み、やな」
 
「ええ。本局へはまだ正式報告はしていないわ。
 一応、クロノ提督には連絡して、軌道上の警備を厳重にして貰っている。
 でも――はやてには話しておこうと思って。
 そして、これをどう判断するか。どう行動すべきか。
 慎重に行動しないと――失敗するわけにはいかないもの」 

「…………………」

 その通りだ。慎重にならざるを得ない。
 レリック事件も。その後に起こる事件も。
 対処を一つ間違えれば、どんな災厄が起きるかわからないのだから。
 だが――だからと言って、後手後手に回ってはならない。
 慎重に行動した結果 『間に合いませんでした』では駄目なのだ。

 ならば。

「だったら、すぐに調査してみんと。
 うちらに任せてくれるか、カリム?」

 そう、ならば。
 機動六課――自分達の出番だ。
 そう言って、はやては頷いた。
 キーボードを叩き、暗幕を取り払う。
 眩いばかりの陽光が室内を明るく照らし出した。
 ――このように、暗い状況でも打破できる部隊。
 それが機動六課なのだと、言わんばかりに。


「何があっても、きっと大丈夫。
 即戦力の隊長達は勿論。新人達も実戦に対応可能。
 予想外の事態にも、ちゃんと対応できる下地はできてる。
 だから――絶対に、大丈夫や」


 かくして、機動六課に初めて、アラートが響き渡る。

 ヘリで現場――山間の落着物へと向かった六課の面々は、
 空中型ガジェットと遭遇し、これを迎撃する方針を固めた。
 隊長陣にして空中戦力であるスターズ1、ライトニング1が迎え撃ち、
 それに平行して、残存兵力が地上落着物の警備を担当。

 ――――――何の問題も無かったのだ。
 少なくとも、その時までは。


*********************************

《スターズ1、ライトニング1、エンゲージ!》
《スターズ1、ヘッドオン! シュート……ナイスキル!》
《続けてスターズ1、アクセルシュート》
《ライトニング1、ハーケンモード! 2キル!》

「…………ふぇー。なのはさん達、凄いなぁ。
 うわ! 見て見てティア! あの反転機動!
 上に昇りながらひっくり返って向き変えてる!」

「スバルうっさい。
 無駄口叩いてる暇があるなら、ちゃんと周り見てなさい。
 この落着物を取られたら、アタシ達の負けなのよ」

「だぁいじょうぶだって。ティアは心配性なんだからー」

 通信機から聞こえる管制官達の報告を聞きながら、
 二人の少女が、光点の明滅する空を見上げていた。
 スバル・ナカジマ。ティアナ・ランスター。
 真新しい白色のバリアジャケットに身を包んだ彼女達は、
 スターズ3、スターズ4――つまり、機動六課の新人フォワードである。

 度重なる訓練を重ねて、ようやくの初任務。
 新型の装備に、新しいバリアジャケットも相俟って、
 地上に降り立ったばかりの彼女達は、興奮と緊張の最中にあった。
 ――――が。
 それも自分達の担当する場所が「安全」だとわかるまでの話だ。

 勿論、ガジェットが地上を襲撃する可能性はある。
 ……あるのだが、しかし空中で簡単に蹴散らされているのを見ながら、
 こうして手持ち無沙汰に落着物の護衛をしていると、
 そのような高揚した感覚は、あっという間に冷めていった。
 つまりは平常心、いつも通りという事だ。
 ある意味では理想的な状態とも言えるが……。
 しかしティアナにしてみれば、初任務としては少々、不本意だといわざるを得ない。
 焦りにも似た感情。最も、それに突き動かされるほどの衝動では無いのだが。
 
「それにしても……」

 そういった自分の心情を落ち着かせるべく――意識しているかどうかはともかく――
 彼女は、自分達の護衛対象である落着物へと視線を向けた。

「……何なのかしらね、これ」

「うーん……まあ、お星様には、見えないよねぇ」

 数十メートルに渡るなぎ倒された木々と、抉られた大地の先に、"其れ"はあった。
 巨大な金属の塊、とでも表現すれば良いのだろうか。
 半ば以上は地面にめり込んでいるそれは、入り口らしい開口部を此方に向けて鎮座している。
 地面に埋まっている部分もそう大きくは無いが、
 それでも六課の有するヘリコプター程の大きさはあるように思えた。
 だが、用途がわからない。
 こうして形状をほぼ完全に留めたままという事は、かなり頑丈に作られているのだろうが。

「……わかるのは、なのはさん達の戦闘が終わって専門家が来てから、か」

「でもさ、結構ミッドチルダ風じゃないかな、あれ。
 レリックって言うから、もうちょっと古臭いの想像してたんだけど」

「見た目に惑わされないの。綺麗な宝石みたいなのだってあるん、だ、か………」

「ん? ティア、どうしたの?」

 そう言いながら落着物から視線を外したティアの表情が、一転して硬く険しいものになる。
 それにつられて、彼女と同じ方向へとスバルも眼を向ける。
 ――そして、それを認識した。
 
 それが第一の『想定外』。

 巨大な影が、空間からにじみ出るようにして現れる。
 それは船だった。
 無論、ただの船である訳がない。
 戦闘目的に建造された船だった。
 堅牢に作られた装甲。巨大な推進器。
 そして、それに取り付けられていた銃口は、明らかに此方に向いていた。
 ―――敵だ。

「――――ッ! スバル、戦闘準備!
 こちらスターズ4! 緊急通信―――敵の増援です!」

 ――――本当、とんだ初任務になりそうだ。
 身体の内から湧き上がってくる高揚感を覚えながら、
 突如として空中に出現した船を相手取り、ティアナはその手に銃を握り締めた。


***********************************************

それに前後する事、数分前。
 ライトニング分隊――即ちエリオ・モンディアルとキャロ・ル・ルシエ、
 そしてフリードリヒの二人と一匹は、レリックと推定される落着物、その内部にいた。

 年若く、経験も不足しているとはいえ、それでも立派な管理局員である彼らは、
 物珍しさに周囲を見回しながらも、生真面目な表情で警備、調査に当たっている。
 少なくともその点においては、良くも悪くも、スターズよりは緊張感があるといえた。
 或いは、落着物内部の雰囲気に呑まれてしまったのかもしれない。

 特段、何か危険な物体があった、というわけではない。
 其処にあったのは、一つの巨大な――透明のケースだった。
 今まで黙って其れを眺めていたエリオは、搾り出すようにして口にする。

「――――まるで、お墓みたいだ」

 完全な静寂に支配された暗室。
 その最奥に安置されている棺の中には、一人の人物が眠っていた。
 緑色の鎧兜、甲冑を纏って横たわる彼は、まるで古の英雄のよう。
 むしろ荘厳ささえ感じさせる光景は、まさしく墓の其れだった。
 となると、周囲に置かれた大小さまざまなコンテナは、
 英雄の為の副葬品といえるのかもしれない。

 いずれにせよ、尊い光景に思えた。
 尊く、寂しく、そして穏やかな風景。
 となると、僕達はこの人を――この人のお墓を守ってるのかな。
 そんな思いを抱いたエリオは苦笑を浮かべて首を左右に振る。
 ――――と、不意にキャロ、フリードが棺の更に奥へ視線を向けているのに気がついた。

「……どうか、したの?」

「え、あ、いえっ。何でもないんです、ただ――……」

「ただ?」

「……誰かに、見られているような気がして……」

 その言葉に従い、エリオもまた棺の向こう側へと眼を向ける。
 勿論――誰もいない。いる筈がない。
 ここにいるのは自分達と、あの棺の中の戦士だけなのだから。

「――大丈夫だよ、誰もいない」

「そう……ですよね。ごめんなさい、私、ちょっと緊張しちゃって――」

 無理もない、と思う。
 自分だってそうなのだし、それなら彼女だってそうだ。
 だからエリオは少しだけ照れ臭そうな様子で、笑いかけた。

「うん、僕も、そうだから。――だから、その。大丈夫だよ」

「――――うん」

 その言葉にキャロが返事をした直後であった。
 アラート。新たな敵の出現を察知したティアナからの全員通信。
 それを聞いた二人は、互いの手を握り締め、落着物から外へと飛び出していく。

 ――其の背中を、カメラアイが見つめていた事にも気付かずに。

*****************************************

 船はどうやら、恐らくは降下艇であるらしかった。
 地面に降り立つと同時に展開されたタラップからは、
 二十体近くの敵増援が姿を現した――――が。

 予想外の事態が一つ。

「な、なにあれ……」

「ガジェットじゃ――無い?」

 そう、ガジェットではなかった。

 それは人間の胸ほどの身長の、小柄な異形の兵士達が二十名。
 そして――3mはあるだろう、巨大な兵士が一人。

 どれもが不気味な装甲を纏っており、手には奇妙な武器を携えている。
 誰もが初めて見る、そして初めて知った相手だった。
 別段、フォワード陣だけではない。
 その背後に控えるロングアーチにとっても、だ。

 エイリアン(異星人)。或いはインヴェーダー(侵略者)。

 次元管理局の、決して短いとはいえない歴史を紐解いても、
 非人類型の存在と接触した例は皆無である。
 即ち、これはどういう事なのか。

 ―――――――ファーストコンタクト。

 まったく、冗談じゃない。とんだ初任務だ。
 そんな言葉が思い浮かび、ティアナは頭を振って思考を追い払う。
 目の前で武器らしき物を構えている存在がいるというのに。

「…………ッ! 迷ってる暇は無い、か。
 スバル、クロスシフトA!
 エリオはスバルと一緒に敵を霍乱!
 キャロは――エリオをブーストした後、チビ竜で攻撃!」

「わかった!」
「了解!」
「了解しました!」

 それぞれの応答があり、六課フォワード陣が動き出す。

「いっくぞぉーっ!」

 まずスバルが両腕を打ち合わせ、マッハキャリバーの速力によって突貫。
 シールドとバリアジャケット、そしてあのスピードは、フロントアタッカーとして最適だ。

「我が乞うは、疾風の翼――――」

 ついで、キャロの詠唱が始まる。
 支援魔法。および竜使役による火力。
 まったく、将来が恐ろしいったらありゃしない。

「……一気に行くよ、ストラーダ」
《OK!》

 ブーストによって速力が上昇すれば、多少防御力が低いとはいえ、
 エリオも十二分に前線で戦うことができる。
 何せ彼の速度は、少なくとも新人フォワードの中では最速なのだから!

「よし、クロスファイア―――………」

 そして自分――ティアナだ。
 カートリッジをロードし、魔力を補充。
 銃身に集中させ、一気に解き放つための準備をする。
 あの数だ。まともに撃っていては話にならない。

 こうして、機動六課フォワード陣は攻撃の準備を始めていた。
 スバル、エリオが突貫し、敵歩兵を霍乱した後、
 ティアナとキャロの一斉射撃で、殲滅する。
 作戦としてはシンプルだ。
 これが通常のガジェット戦であれば、容易に成功しただろう。

 だが、ある意味では当然の話だが。
 どんな魔導師が接近するのよりも。
 どんな魔導師が呪文を唱えるよりも。

 ―――狙いをつけてトリガーを弾くのは、早いのだ。

 鋭い発射音が連続して響き渡り、緑色の光弾が一挙に発射される。
 大気を焼く、科学的な臭い。それが鼻に届くよりも先に飛来する雷光。

 それに最初に対応したのはスバルであった。
 勿論、フロントアタッカーの彼女は慌てない。
 今まで経験してきた――主になのはやヴィータの――弾幕よりも、
 圧倒的に濃い攻撃の嵐の中にあっても、
 その右腕に展開したシールドとバリアジャケットがあれば、大丈夫。
 大丈夫。大丈夫なはずだった。

 ただ――そう、ここで第二の『想定外』が発生する。

「――――へ?」

 バリンという軽い音と共に、シールドが弾けて消えた。
 その事実を認識するよりも先に、更に続けて飛んできた光弾が、
 彼女の左肩を撃ち据える。
 バランスを崩した主の身体を、マッハキャリバーの車輪が必死で支え、
 転倒する事無く、速力を維持したまま、体勢を立て直す。

「う、うわわわわわわわわわッ!!」

 痛みを堪えながら急速旋回。マッハキャリバーを駆使して、敵の集団から距離を取る。
 何かの焦げる――嫌な臭い。スバルはちらりと発生源に眼を向ける。
 新品だったはずのバリアジャケット、その左肩が無残にも焼け落ちていた。
 ――もしもバリアジャケットが無かったら。
 その事を考えると、鳥肌が立つ。
 だが――それ以前に、重要な事があった。

「ティア! シールドが通じない!!」

 だが、その叫びは既に遅い。
 統率された兵士達の弾幕は、互いの装填を補うことにより、ほぼ絶え間なく続く。
 無防備に呪文を唱えていた――それを兵士達が認識していたかは別だが――キャロ。
 ブーストがかかるのを待っていたエリオ。
 そして銃を構えたまま突っ立っていたティアナにも、光弾は、容赦なく襲い掛かっていたのだ。

「――――ッ! 遮蔽を……ッ!!」

 撃ち返すよりも先に、ティアナの身体は回避を行っていた。
 飛ぶようにして弾幕から身を避けて、背後にあった遮蔽物――落着物に身を隠す。
 見れば向こうではエリオがキャロを庇いつつ、同様の場所で遮蔽を取っており、
 そして、向こうから走ってきたスバルが隣へと転がり込んできた。
 
「スバル、キャロ、エリオ、チビ竜! 怪我は!?」

「あたしは無事だよーッ」

「わたしも……な、なんとか……ッ!」

「僕は――ハイ、大丈夫です!」

 みんなの声が震えてる。
 当然だ。きっと自分の声でさえ震えている。
 詠唱が間に合わない。呪文が発動できない。
 シールド、バリアジャケットが意味を為さない。

 ただでさえ初めての実戦だというのに、あまりにも状況が異質すぎた。

 勿論、だからと言って容赦してくれる筈もない。

 ちらりと遮蔽物から眼を出し、様子を伺う――ーと、
 今まで弾幕を小人兵士を任せていた巨人兵士が、その右手を構えるのが見えた。
 その先端には、他の光弾と比べるとあまりにも凶悪な灯りがついている。

 ――――アレはマズイ!

「みんな、伏せてッ!!」

 言葉が早かったか、或いは砲撃の方が早かったのか。
 凄まじい衝撃と轟音が遮蔽物を揺さぶり、土砂が周囲に舞い上がる。
 砕けた地面の破片がフォワード達にも降り注ぐ。

 ――ティアナは、自分の歯が鳴っている事に気がついた。

 敵の攻撃は非殺傷ではない。ある筈が無い。
 実戦。負傷どころか、死の危険性さえ伴った実戦。
 機動六課に来る前、災害救助で危険な場所に赴いたことはある。
 森林警備だって、それなりの危険は伴っていた。
 スバルは死が間近に迫ったことさえある。
 だが――悪意を持った何者かの、殺意を持った攻撃。
 それに晒された事は――フォワード陣の誰もが、初めてだった。
 歯を食い縛る。
 死にたくは無い。怪我もしたくない。
 死なせたく無い。怪我をさせたくない。
 なら、前線で指揮を飛ばすセンターガードがしっかりしなければ。
 パン、と軽く自分の頬を叩いて気合を入れる。
 大丈夫。大丈夫だ。ランスターの弾丸は狙いを外さない。

「スバル、エリオ!
 援護するから――できる限りで良いから、敵の弾幕を凌いで!
 キャロ、ブーストは良いから、攻撃に集中して。
 クロスミラージュと、チビ竜の火球で…………。
 ――あのデカブツさえ叩けば、何とかなる……からッ」

 そう叫び、ティアナは銃を突き出して射撃を開始する。
 放っておくとガチガチと鳴りそうな歯を食い縛り、
 震えそうな足を踏ん張って、腕を突き出して必死にトリガーを引く。

 勿論、それに答えないわけにはいかない。

 怖い。どうしようもなく怖かったが――スバルとエリオもまた、遮蔽物から飛び出す。
 勿論、防御をしても仕方ないのは理解しているから、回避を優先して。
 そしてあの巨人兵士の攻撃する様子が見えたら、即座に遮蔽物へと引っ込むのだが。

 唯一の幸いは、敵にも同様に攻撃が通じるという事であった。
 どういうわけか、光弾がバリアジャケットや、此方のシールドを貫通するのと同様に、
 此方の魔法による攻撃も、相手のフィールドタイプらしい防御を貫くのである。
 勿論、スバルやエリオが接近して攻撃できる程の余裕は無いが、
 弾幕の合間を縫って発射されるティアナ、キャロ――フリードの火球は、
 辛うじて、数名の歩兵から戦闘能力を奪い、迎え撃つことには成功していた。

 だが――本命である筈のデカブツ、巨大な兵士にはまるで通じない。
 全身に纏った強固な鎧が、その悉くを弾いてしまうのだ。
 更に言えば、彼女達の魔法に対し、敵の弾幕はあまりにも量、速度ともに多すぎる。
 此方が一発撃つ間に、無効が十発近く弾丸を撃ち込んでくるのでは、まったくのジリ貧だ。
 そればかりか、時折発射される巨人兵士の砲撃が、遮蔽物を揺さぶり、精神を痛めつけていく。


 ――――初陣にしては、あまりにも絶望的な状況であった。


********************************************

 その光景をモニター越しに眺めていたロングアーチおよび八神はやては、
 あまりにも絶望的な状況に対し、自分達がルーキーを死地においやった事を理解する。

 脳裏に浮かぶのは、あの軌道上に出現した戦艦だ。

(奴ら、いなくなったんやのうて――文字通り、姿を消してたんや!
 それで、密かにミッドチルダに降りてきた……あの落着物を狙って!)

 勿論、今更気付いたところでどうしようもない。
 戦場に『もしも』などと言った言葉は存在しないのだ。
 そんな事に時間を費やすくらいならば、何でも良いから行動しろ。
 後になってから正解を思いつくより、余程建設的だ。

「――せやったな、ナカジマ三佐」

 かつての恩師の言葉を思い返す。
 そうだとも、ここで彼女達、将来有望なルーキー、自分の部下を傷つけるわけにはいかない。
 その為にはどうするべきか――少なくとも機動六課に予備兵力は無い。
 はやておよびヴォルケンリッターが現場に急行するには、あまりに時間がかかりすぎる。
 となれば、現在、上空で戦闘行動中のなのは、フェイトの二名のみだ。

「スターズ1、ライトニング1、現状は!?」

《此方スターズ1。ごめん、はやてちゃん――敵の数がちょっと多すぎるの!》

《ライトニング1――それでも、後10分もあれば……ッ!》

「無茶でも何でも、五分で片付けるんや!」

 そう叫ぶと同時に、通信――念話の対象を即座に切り替える。

「――――スターズ4、ティアナ! 聞こえるか!?」

《は、はい、八神隊長!》

「あと五分、五分だけ耐えて欲しいんや。すぐに救援が向かうからな!」

《了解――了解、しました!》

「ロングアーチは、敵勢力の調査! データ収集もや!
 リィン、情報を整理したら、片っ端からフォワードに送信!」

「了解したです、はやてちゃん!」

 そして再度、念話を切り替える。
 最悪の場合に備えて、隊長陣のリミッター解除の嘆願を開始するのだ。
 自分に出来うる行動はあまりにも少ない。
 だが、それでも行動しないよりは、遥かにマシだ。
 マシの、筈だ。

 グッと歯を食い縛りながら、八神はやては行動する。
 ロングアーチも、スターズ分隊も、ライトニング分隊も。

 誰もが必死で戦い続ける。それぞれの戦いを。


 ―――――だからこそ、誰も気付かなかった。
 落着物の内部で、何かが動き始めた事に。

 そう、第三の――『想定外』が、起こり始めた事に。


************************************


 薄暗く、静寂に満ちた室内に、微かな光が灯った。
 続いて腹の底に響くような、機械の唸る音が響く。
 それに伴い、光源が一つ、二つと次々に数を増していき、
 ついには"それ"を照らし出す程にまでなっていった。
 "それ"は棺桶のように思えた。
 戦いに戦いを重ねて、ようやく兵士がたどり着く平穏。
 しかし"彼女"は、その穏やかな時間を壊さねばならない。
 一瞬の躊躇の後、"彼女"はその棺桶を起動した。 


《…………よく眠れた?》

 低い音を立てて、棺桶の蓋が持ち上がる。
 "彼"にとっては聞き慣れた声。
 さて主観ではつい先程まで聞いていたのだが、
 客観ではどれほどの間、聞くことが無かったのだろうか。
 姿の見えない女性の声に対し、低い落ち着いた声で返答をかえす。

「ああ。キミが管理していた割には。
 ………………状況はどうなっている?」

《あんまり良いとは言えないわね。
 ――――あなたが必要になったのよ》

 詳細な説明を女性がするより先に、鈍い震動が船体を襲った。
 更には微かにだが大気の焦げる懐かしい臭いが漂ってくる。
 そして――空間を切り裂く、あの鋭い射撃音も。

「時間はあまり無いようだ」

 それで悟ったのか、彼は声に対して頷きを返した。

《いつもと同じね。――戦ってるメンバーも。
 たった四名で粘っているけれど、長くはもちそうに無いわ。
 ……変ね、戦争が終わったのを知らないのかしら。
 どちらに味方するの?》

「人類だ」

《でしょうね》
 
 手近なコンテナの一つを解放し、内部から黒光りする兵器を引っ張りだす。
 コンテナに刻印された文字はMA5C。
 俗にアサルトライフルと呼称される、強力な携行火器である。
 それを背中にマウントし、続いて左腰に手を伸ばした。
 其処に吊るされているのは一丁の拳銃。
 既に型遅れになって久しいが、彼にとっては唯一無二、最良のサイドアームだ。
 そのスライドを引き、初弾を送り込む。

《…………大丈夫? 目が覚めたばかりで寝惚けていない?》

「問題は無い」

 彼がそう言って船体から飛び出すのと、巨大な兵士――
 ――『ハンター』が、右腕の燃料ロッド砲を発射したのは、ほぼ同時だった。

 すぐ目の前では、両腕に銃を握った娘が何か叫んでいた。
 視線の先には、回避のタイミングを逸したのだろう。
 片腕にガントレットを装着した――やはり少女が、呆然と立ち尽くしている。

 躊躇う事無く彼は駆け出した。
 二挺拳銃の娘を飛び越え、地を駆け、瞬く間に少女の前へ。

 すれ違うとき、彼女が眼を閉じながら何かを呟くのが見えた。
 言葉はわからない。
 だが――……こういう時、兵士がどう思うかは良く知っていた。
 だから彼は言い切った。

「まだ終りではない」


*************************************


「Not Yet」
  

 もう駄目だ。
 そう思い、呟いた瞬間。
 奇妙な声が聞こえ、スバルが眼を開けると緑色の背中が広がっていた。
 続いて、閃光と轟音。
 間近で炸裂した、巨人兵士の砲撃だ。
 自分が死を覚悟した攻撃。

 だが――自分は生きている。
 奇妙な泡のようなシールドの内部にいるからだ。

「…………へ?」

 事態に脳が追いついていない。
 何故、バリアジャケットをも貫通するような攻撃に、これは耐えているのか。
 いや。
 そもそも目の前の人物は何者なのか。
 緑色の装甲を纏った――戦士。そうとしか認識できない存在。
 そうやって観察している間にも、彼の動きは止まらない。
 瞬きするよりも早くシールドから飛び出したかと思えば、
 その左手に構えた拳銃が、一挙に火を吹いた。

 数えている余裕はあまり無かったけれど、多分十二発だとスバルは思った。
 だって十二体の小人兵士の頭が吹き飛んで、斃れちゃったんだから。
 ティアとキャロの攻撃でやっつけたのが八体で、
 全部で二十体だったから――すごいや、もう小人はいない。


「スバル! 馬鹿! 早く――早く引っ込みなさい!」

 ティアの泣きそうな声が聞こえた。ああもう、ティアは素直じゃないなあ。
 弾幕も消失し、一挙に極度の緊張から解放されたせいか、
 スバルは、ふらつく足取りで遮蔽物へと後退する。

「馬鹿! な、なんであんな所でボーっと突っ立てるのよ、馬鹿!」

「あ……えっと、……うん。……ゴメン」

 へなへなと膝から崩れ落ちるようにして腰を下ろした。
 本当に、生きているのが不思議なぐらいだった。

 そして――――ティアナに謝りながら、視線を戦士のほうに向ける。
 そう、戦いはまだ終わっていないのだ。


**************************************


 先に言っておこう。
 ティアナの「大火力の敵を率先して撃破する」という作戦は、
 彼女が今までの模擬戦闘で経験したことから導き出したものであり、
 間違いなどではなかった。

 戦闘というのは、互いに全滅するまで行うものではない。
 士気が挫ければ撤退することもあるだろうし、
 ある程度の損害を受けても、撤退するのが得策だろう。
 勿論、状況や作戦などが撤退を許すならば、ではあるが。
 だからティアナが巨人兵士――ハンターの撃破を最優先としたのは、
 重ねて言うが、決して間違いではないのだ。

 巨大な兵士であり、大火力を有するハンターが倒れれば、
 その他の雑兵の士気を挫くか、
 戦力の減退から、指揮官が撤退を決断する可能性は、あった。

 だが、この場合、最大火力を有する敵を狙うのは、
 その敵を一撃で倒せるという事が前提となる。
 仮に倒せないとなれば、雑魚敵からの一斉射撃が延々と続き、
 まともに攻撃することなど、ほぼ不可能だ。

 つまりこの場合は、雑魚を先に潰して弾幕を削った後、
 火力を集中して強敵を撃破するという手法が適切であった、といえる。

 ティアナ、そしてフォワード陣は、
 ガジェットという大多数の兵力に対しての模擬戦闘は何度も経験したし、
 高町なのはという、大火力の存在に対しての模擬戦闘の経験もある。
 しかしながら、両者が混在するという事に対しては経験が無かった。
 其処が、今回のような事態を招いた原因といえるだろう。
 それはティアナの責任ではない。


 ともかくだ。
 "彼"は、敵対存在が好戦的であり、降伏も撤退も有り得ないと知っていた。
 小人兵士=グラントどもの一斉射撃、弾幕が如何に恐ろしいかも知っていたし、
 ハンターの倒し方も実に熟知していた。

 突貫である。

 まさか"彼"のような存在が乱入してくるとは思わなかったのだろう。
 燃料ロッド砲を発射した直後の、再装填作業の最中、
 それを中断して"彼"を白兵で迎え撃つべきかどうか、一瞬の判断の遅れ。

 実に致命的だった。

 ハンドガンを腰にマウントし、背中のライフルと交換。
 そして500kgの重量と速度を乗せて、"彼"はハンターを銃把で殴りつけた。
 鈍い衝撃。ハンターの巨体が揺らぐ。これで十分だ。

 ハンターの装甲が無い部位は、頭部か腹部。
 普段はシールド(この場合は文字通りの物理的な盾である)に守られているが、
 こうして懐に飛び込んでしまえば、最早打つ手はあるまい。
 銃口を押し込み、フルオートで32発の銃弾を叩き込んだ。

 ――甲高い悲鳴。

 内部に詰まっていた環状生物の群が、ぐずぐずと崩れ落ちる。

 勿論、本来ならば狙撃銃で頭部を撃ち抜くか、
 ロケットランチャーやレーザーを叩き込むか、
 或いはグレネードを投げ込むかするのが手っ取り早いのだが、
 そういった装備は今、この場には存在しない。
 彼のハンドガンは狙撃も可能だが、如何せんハンター相手では火力不足だ。

《あとは――降下艇ね。 グレネードを持って来れば良かったかしら?》

「問題ない」

 方法はある。少々梃子摺るだろうが。
 まさか兵員が全滅するとは思っていなかったのだろう。
 ぐるりと銃口を此方に向ける降下艇に対して、
 彼は油断なく、アサルトライフルのマガジンを交換した。

 そして降下艇に対して肉薄攻撃を仕掛けるよりも早く――――


 ――――上空からの斬撃が砲塔を切り飛ばし、
 圧倒的な熱量をもった砲撃が、降下艇を消滅させた。


***************************************

「お待たせ、皆ッ!」

「みんな――大丈夫ッ!?」

 スターズ1、ライトニング1の到着。辛うじて間に合った、という所か。
 すでに腰が抜けていたスバル以外――ティアナ、エリオもまた、その場にへたり込んだ。

「ふぇ、フェイトさん、フェイトさぁん……ッ」

 キャロに至っては泣き出してしまう始末。
 ――エリオは辛うじて堪えているけれど、やはり同じ。
 無理もない。まだ二人とも小さいのだ。
 地面に降り立ったフェイトは、二人に歩み寄ると、ぎゅっと抱きしめる。

「大丈夫。もう大丈夫だから――ごめんね、遅くなって」

「ふ、ふぇえぇぇえぇえぇ……ッ」

 ついに堪えきれなくなったキャロが泣きじゃくり、フェイトが慰める

 ――その光景を眺めていた"彼"は状況は終わったと言わんばかりに、
 背中にアサルトライフルをマウントし、ハンドガンを腰部に吊るす。
 そしてちらりと全員の様子を見回して――なのはに視線を向けた。
 恐らく、指揮官――少なくとも地位が高い存在だと気付いたのだろう。

 (うーん……わかっちゃうのかな、やっぱり)

 少しばかり苦笑を浮かべながら頷いてみせ、
 彼の思考が正解である事を認める。

「あの……助けてくれて、ありがとうございました。
 良かったら、貴方のお名前、聞かせてもらえないかな?」

 その言葉に"彼"は少し待て、というように掌を突き出した。


***************************************
「どうだ、コルタナ?」

《ちょっと待って――随分と言語が複雑なの。
 ――大体、あんな光学兵器を操れる人間がいる事だけでも驚きなのに、
 空まで飛べるなんて、馬鹿げてるとしか言いようが――……》

「…………」

《文句があるなら、貴方が未知の言語を翻訳してる所を見てみたいわ。
 ――まったく、何よこれ。
 ジャーマンとイングリッシュ、ジャパニーズが混ざってるなんて……。
 ええと――お待たせ。これで良い筈》


***************************************


「……言葉はこれで通じるか?」

 しばらくして聞こえてきた声は、低く落ち着いた男性のものだった。
 表情は金色に煌くバイザーのせいで読み取ることはできないが、
 何となく第一印象通りの声だ、となのはは感じ取る。

「うん。大丈夫――ちゃんと通じているの」

「ならば其方の所属、階級、姓名を聞かせて貰いたい」

 恐らくは、と"彼"は思考する。
 ある程度以上に統率の取れた動きや、多少のアレンジの差はあるとはいえ、
 ほぼ同一のモチーフで作られている制服。
 そういった要素を鑑みて判断する限り、彼女達は何らかの組織に属している筈だ。

「所属は時空管理局本局、古代遺物管理部機動六課。
 スターズ分隊長、高町なのは一等空尉です。
 貴方の所属とお名前も教えてもらえるかな?」

 ――時空管理局。古代遺物管理部。
 そしてタカマチ・ナノハという名前。

《時空とはまた大きく出たわね。名前は――ジャパニーズかしら?》

 脳内に響く女性の声――閉鎖通信に頷きながら、"彼"もまた自分の名前を口にする。
 最も、恐らくは、これもまた――彼女にとっては理解できない単語の羅列ではあるだろうが。

「所属は国連宇宙軍海兵隊。SPARTAN-II-117」

 そして、

「階級は――――マスターチーフだ」
 
*******************************************

「状況完了、ってところやね。
 何とかかんとか、死傷者が出ずに済んでよかったわ」

 モニターに映る"彼"――マスターチーフの言葉を聴きながら、はやては大きく息を吐いた。
 突如出現した未知の軍勢。謎の兵士。レリック。ガジェット。
 あのエイリアンが、ガジェットと共闘しているのか、或いは偶然同時にあらわれただけなのか。

「あんまり良い状況じゃあ無いですけどね。
 例の落着物――を狙ってだと思うんですけど、
 未知の勢力が出たとなると……やっぱり管理外世界からでしょうか?」

 シャリオがキーボードを叩くと同時、モニターに映し出されたのは、
 先程まで行われていた戦闘の状況写真。
 奇怪な装備――それも統一された――手に取り、統率を持ち、集団で行動している。
 となると――……。

「軍隊、やろか?」

「わかりません。ただ――……通信を傍受したんですけど。
 まだ解読や翻訳はできないですし、ノイズも酷かったんですが、
 ちょっと気になる情報がありまして」

 続いてモニターに映し出されたのは、一つの単語。

「解析できたのは、この言葉だけでしたけれど。
 通信を傍受した結果、何度も何度も繰り返されているんです」

 はやては、記憶していた。
 聖王教会のカリムから齎された情報。
 恐るべき予言。或いは管理局の終焉を告げる文書。 
 それを齎す、悪鬼の如き存在の名――

 幸いなるかな 忌むべき者ども
 災いなるかな 死せる王よ
 鉄の鎧 鉄の槍 鉄の意志 持つ
 一人の 兵 によりて
 数多の 海を 守る 法の船
 中つ大地の 法の輪 打ち砕かれん 
 称えよ栄光 仰げよ武勲
 伝えよ千年の後までも
 その名―――……


「リクレイマー……ッ」



    HALO
 -THE REQULIMER-
 
 LV1 [First contact]

Fin

 

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最終更新:2008年07月05日 03:31