ジェイル・スカリエッティ事件の収束より4年。
管理世界からの信頼を失った時空管理局地上本部は、各世界の治安維持の為に本局次元航行部隊、通称『海』へと権力の殆どを委譲せざるを得なかった。
しかし慢性的な人材の不足に喘ぐ本局の事。
優秀な人材は片端から『海』へと引き抜かれてゆく、長年の間に組織へと染み付いた所謂『伝統』から抜け出す事ができずに、地上統治に関する問題の解決は先送りにされ続けていた。
『海』と比較して余りにも質で劣る『陸』の戦力だけでの現状解決など望むべくもなく、『陸』の尽力を嘲笑うかの様に各管理世界に於ける状況は緊迫度を増し、更にはその状況を顧みない『海』の傲慢さにより陸士の犠牲は増えるばかり。
遂には管理局の在り方そのものが管理世界間で疑問視され始める事態となる。

しかし、管理世界の動きに翻弄され『海』内部で不毛な舌戦と『陸』に対する一方的な責任追及が開始された、丁度その頃。
複数世界の反動勢力が、現地の陸士部隊によって完膚なきまでに鎮圧される。
しかも制圧作戦の発動から最短で3日、長いものでも2週間という信じ難い短期間で。
局員の犠牲も決して少なくはなかったが、それを補って余りある『戦果』を叩き出したのである。

世論が挙って地上本部の変貌を取り沙汰する中、『海』は焦燥を強めていた。
一連の状況を同時に打破するだけの戦力を『陸』が秘匿していたのか。
それらの戦力を見落としていた失態、その責任は誰にあるのか。
元より各管理世界政府より友好的とは云い難い視線を向けられている『海』の事、それが今回の『陸』の活躍によって更に微妙な立場へと追い遣られるのではないか。
彼等の懸念は尽きなかった。

そんな本局の警戒を余所に『陸』の驀進は止まる所を知らず、結果として僅か半年の間に41の世界を完全平定するに至る。
その功績により発言権を増す地上本部とは裏腹に、特にこれといって目ぼしい成果を上げていない本局次元航行部隊に対する民衆の信頼は軒並み低下。
遂には多数の諜報員が『陸』へと送り込まれるものの、AAAランク以上の陸士は僅かに17名、裏に関しては特に情報は無いといった体たらくであった。

そして、新暦80年2月14日。
地上本部は各管理世界へと、人員の不足を大々的にアピール。
魔力因子保有者の絶対的少数と一定以下の文明レベルの2つを前提条件に、一部管理世界の統治を外部委託(アウトソージング)する事を発表した。
統治を請け負う組織とは、第97管理外世界に酷似した歴史を持つ、管理局統治下へと加わって間もないとある世界に存在する多国籍企業。

その名を『マンテル』社。
『トルーパー』と呼ばれる強化兵にて構成された私設軍隊を持つ彼等は、その世界『第208管理世界』に於ける政府側軍事活動のほぼ全てを請け負う巨大傭兵機構でもあった。
その全貌は謎に包まれてはいるものの、異常なまでの統率を誇る魔導師の大部隊と独自の次元航行部隊を有し、管理世界との接触前には周辺世界を実質的に統治下に置いていた程であるという。

そして何といっても、彼等を次元世界でも有数の屈強な戦士たらしめている、とある薬品。
五感を含む肉体的な能力を限界まで高め、果てはリンカーコアによる魔力素吸収速度すら劇的に増大させる、人の英知が生みし神の力。
究極のバイオ・ケミカル『ネクター』。
これこそが『陸』の魔導師達を勇士へと変えた、奇跡の薬剤であった。

『海』の反対意見を封じるかの様に、展開した各世界の情勢を急速に収めゆくマンテル社。
時には『陸』の部隊と共に反動勢力の鎮圧に当たり、その悉くを短期間の内に制圧してゆく、特殊素材のボディーアーマーと黄色のフルフェイス・ヘルメット、そして銃型デバイスを手にした軍隊。
彼等と陸士部隊の背面には一様に、奇跡の薬剤が満たされたバックパック『ネクターシステム』が、金色の光を放っていた。

同年8月7日。
地上本部とマンテル社は相次ぐ反動勢力の武装蜂起に関し、とある反管理局巨大武装勢力の暗躍を察知したと発表。
『プロミスハンド』。
司令官『スキンコート・メリノ』指揮の下、各管理世界で大規模テロリズムを引き起こし、公然と質量兵器を用いる凶悪犯罪者の集団。
第208管理外世界、地球でいう南米大陸に拠点を置くその組織を壊滅する為に、『陸』とマンテル社は大規模合同戦力を投入した。
半ば状況に取り残される形となった『海』は、世論の過半数が『陸』とマンテル社を支持する中、状況に抗う訳にもいかず済し崩し的に戦力を投入、ネクターシステムの庇護の下、プロミスハンド壊滅に向けて共同戦線を展開する事となる。

そんな中、彼女は『海』からの指令を受け、数人の執務官と共に第208管理外世界へと派遣された。
彼女『フェイト・T・ハラオウン』を含む彼等に課せられた任務は2つ。
マンテル社の技術の結晶、『陸』の劇的な変貌の要因たるネクター・システムの情報入手。
そして『陸』及びマンテル社に先んじての『スキンコート・メリノ』逮捕。

『海』の思惑を胸に第208管理外世界の戦場、南米ボア地区へと降り立った彼女は、其処で先んじて派遣されていた懐かしい顔触れとの再会、そして1人の『トルーパー』との出会いを果たす。
『ショーン・カーペンター』軍曹。
マンテル社地上空母『クイーン』艦内で、2人は初の邂逅を果たす。

誰も、想像だにしなかった。
彼等の出会いが、管理世界に存在する打倒すべき概念・・・所謂『悪』ではなく、その対極、『善』なる概念を破壊する事となるなど。



結果的に、既存の全ての『正義』を否定する事となる、崩壊の序曲であった事を予見する者は、誰一人として存在しなかったのだ。



地上空母『クイーン』甲板で、フェイトは親友達、そして嘗ての部下達と再会を果たす。

「フェイトちゃん、久し振り!」
「おー、来たなフェイトちゃん!」
「なのは! はやて!」

「フェイトさん!」
「こっちです、フェイトさん!」
「エリオ! キャロ! 2人ともどうして!?」
「人手不足という事で、急遽駆り出されたんです。僕もキャロもそれを承諾して・・・」

因縁の出会い。

「デュバルだ。モーガン・デュバル軍曹」
「フェイト・T・ハラオウン。時空管理局執務官です」
「知ってるよ。あの坊主とお嬢ちゃんの親代わりらしいな。ネクター・システムには慣れたか?」
「いえ、あまり」
「そうかい」

陽気なトルーパー達。

「こっちがウォッチストラップ、向こうがぺシー、後ろの奴がティアーだ」
「始めましてぇ、執務官!」
「こっちも始めましてだ、ハラオウン執務官」
「ティアーです、執務官殿」
「・・・フェイトで結構ですよ?」

常時、遠隔操作にて投与されるネクター。

『ネクターを投与します』

「・・・ッ! カ、ハッ・・・!」
「ッッアァァーッ! 相変わらずキッツイな、コイツはァ!」
「インスタントコーヒーの一気飲みよりキクぜ!」

ハイライトで浮かび上がる人間の影、研ぎ澄まされる集中力、膨れ上がる筋力、増大する魔力。

「プラズマランサー、ファイア!」
「どや、フェイトちゃん? ネクターの効果は」
「・・・凄い」

撃墜された輸送機パイロットが今際の際に残した、不可解な言葉。

「・・・パイロットになる前・・・何、してたと思う・・・?」
「後で聞くよ。大丈夫、直に救援が・・・」
「・・・ボクサー、だよ」

対立。

「パイロットの生死は・・・」
「シェーン、ハラオウン。お前ら、恋人は居るか?」
「・・・何ですって?」
「お前らが何かを想う時、それは『感情』に基づく不合理な行動となって現れる。『感情』なんてものは脳内で起こる化学反応と電気信号から生まれるものでしかない。
いいか、俺は生きて帰りたいんだ。お前らも含めて仲間全員でクイーンに戻って、皆で感謝祭にターキーを食いたいんだよ。下らない『感情』に振り回されれば皆、死ぬ事になる。それが嫌なら優先順位を付ける事だ」
「優先順位だって?」
「あのパイロットの生死は俺にとって優先順位が低かった。それだけだ」

行方の分からないプロミスハンド捕虜。

「はやて、捕虜の事だけど・・・」
「んー? 何や?」
「・・・戦場で無力化した後、彼等はどうなっているの? 陸士かマンテル兵が確保しているんだろうけど、何処へ移送されているの?」
「さあ・・・」
「さあ、って・・・」
「んー、良いやん、別に。マンテル社の方で管理してるみたいやし」
「みたいって・・・そもそも、はやてはどうして此処へ来たの!?」
「さあ・・・何やったかなぁ・・・」

『ネクターを投与します』

「って、またや! かーっ、キクなーこのネクターっちゅうんは!」

幻覚。

「・・・ヒッ!?」
「どうしたの、フェイトちゃん!?」
「フェイトさん!?」
「どう、って・・・2人とも見えないの!? この死体が!」
「死体・・・?」
「其処にも・・・其処にも・・・あそこにも、此処にも! 死体だらけじゃない!」
「・・・フェイトさん?」
「疲れてるんだね、フェイトちゃん。クイーンに戻って今日は休もう、ね?」
「ち、違う・・・疲れてなんか・・・なのは、エリオ!?」

幻聴。

「嫌・・・」
『嫌だぁぁぁぁッ! 死にたくない! 死にたくないィィィィッ!』
「嫌・・・嫌・・・」
『ヒィッ、イヒ・・・ヒィィッ、ィヒィィィィギイイイィィィイィィッッ!?』
「もうやめて・・・!」
『痛いぃぃッ! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いィィィィィィッッッ!』
「嫌ぁ・・・!」

「フェイトさん、今日も何か変ですね・・・」
「うーん・・・でも、きっと大丈夫だよ。フェイトちゃんは強いから。キャロも良く知ってるでしょ?」
「はい」
「でもいざとなったら、私たちが支えてやらんとな」

『ネクターを投与します』

「ッ・・・て、キタぁ・・・!」
「相変わらず凄いなぁ、ネクターは・・・」
「あ、フェイトちゃんも治ったみたい」
「ネクター・システムに異常でもあるんでしょうか・・・?」

浮き彫りになる異常性。

「スキンコートが潜むとすればこっちだ」
「道を知ってるんですか?」
「そりゃそうさ! 前に一度来たんだからな」
「ウォッチストラップ、ペシー、説明してやれ」

「前に俺達が来た時、ヤツら丸腰だったんだ!」
「丸腰・・・降伏したんですか、彼等は?」
「違うぜ、執務官殿」

「丸腰ってのは『銃』に手が掛かってない状態の事だ」
「つまり」
「『銃』に手を伸ばす前に」

『ぶっ殺せ!』

プロミスハンド司令官、『スキンコート・メリノ』。

「こちらショーン、スキンコートを発見した」
「動かないで下さい! メリノ、貴方を逮捕します!」

「・・・私がスキンコートと呼ばれる由縁を?」
「・・・捕虜の生皮を剥ぎ、コートとして羽織ったと」
「宜しい、ではお嬢さん。君から見て、私はそんな大それた事のできる男に見えるかね?」
「・・・」
「因みに今着ているこれは綿100%だがね」

フェイトとシェーン、2人の目前で繰り広げられる狂気の行い。

「テメエは俺達のネクターを奪った、分かるな? 代金を支払って貰わなきゃあな! おい、何が相応だと思う?」
「そうっスね・・・コイツの『指』なんてどうスか?」
「イイね!」

「止めて・・・止めなさい! なのは、彼等を止めて!」
「おい、止めろデュバル! ペシー、ウォッチストラップ! 止めるんだ! 何ボサッと見てる、あんたらも止めないか!」
「大袈裟だよ、フェイトちゃん」
「そうそう、そんなんじゃ将来禿てまうで?」
「フェイトさん、落ち着いて。ちょっとした悪ふざけですよ」

「狂ってる・・・何もかも!」

罵倒。

「とっととクイーンに戻ろうぜ! このクソ野朗もそうだが、腰抜けどもを下ろさなきゃあな!」
「腰抜け!」
「そうだ、この腰抜けども!」
「まあまあ。フェイトちゃんも、カーペンター軍曹もちょっと疲れてるだけだよ」
「そやそや。本来のフェイトちゃんはこんなもんやないで?」
「フェイトさん、本当に大丈夫ですか?」
「関係ないね! コイツらみたいなのが戦ってる最中に平和主義者になるんだ! コイツらは『草食動物』さ! 俺達『肉食動物』に食われるだけのエサだ!」

「しかし軍曹! 代金として『人差し指』は貰いましたが・・・不足じゃないっスかね?」
「そうか? じゃあ何が良い?」
「『手首』くらいはいっちゃってもイイんじゃないっスか?」
「そうか! じゃあさっそく取り立てようじゃねえか!」

「そこまでだ」
「動かないで」

「・・・ああ? 何だよ、そんなモン抜きやがって。俺達を撃つつもりか、ええ?」
「フェイトちゃん、なんでバルディッシュを構えるのかな・・・危ないよ、ヘリの中でそんなもの構えちゃあ・・・」
「フェイトさん、どうして?」
「あっはっは! フェイトちゃんも冗談が過ぎるなぁ・・・流石に、笑えへんよ・・・?」

撃墜、そして逃走。

「聴こえるか・・・司令部」
「駄目・・・こっちからは通じてないみたい」

『司令部より全部隊。ショーン・カーペンター軍曹及びフェイト・T・ハラオウン執務官はコード『HAZE』と認定された。私情を捨てて抹殺せよ』

「・・・何だって?」

プロミスハンド、そしてメリノより語られる真実。

「これがマンテルの『銃』だ」
「嘘・・・」
「さて、これがデバイスに見えるかね?」
「質量兵器・・・!」

「マンテルと管理局が来るまで、此処には軍隊も魔法も存在しなかった。彼等は妊婦の腹を裂き、赤ん坊の唇を噛み千切り半身を火にくべ、逃げ惑う子供たちをバギーで轢き殺し、祈る老人たちを魔法で消し飛ばした」
「魔法が、無かった?」
「魔力に頼らずとも、次元進出は可能なのだよ、お嬢さん。それがマンテル社ほどの技術力を誇る大企業なら尚更だ」

「ネクターは兵士にとって都合の悪いもの、その全てを五感より『消し去る』。兵士の精神にストレスを与えるもの、全てを」
「・・・具体的には?」
「血、死体、悲鳴、腐臭・・・兵の精神を蝕むあらゆるものを、だ。魔導師に対してはマンテル兵の持つ質量兵器、そして知らぬ間に解除された『非殺傷設定』の情報もね」
「な・・・!」
「君達は其処から半歩ほど抜け出していた。ネクターにより検閲された『仮想』ではなく、『現実』を目にしていたのだ」
「じゃあ・・・あの死体の山は・・・悲鳴は・・・!」
「・・・それこそが『現実』だよ」

ネクターにより引き裂かれた絆。

「どうして裏切ったんですか! どうして、どうしてエリオ君を死なせたんですか、フェイトさん!」
「キャロ、違うの! エリオは死んでなんかいない、プロミスハンドに保護されているの!」
「・・・そうですか、スキンコートですね? スキンコートとその男に、騙されているんですね?」
「ち、違うの・・・お願い、信じてキャロ!」
「良く見ればその人、質量兵器を持ってますよね・・・マンテルのトルーパーのクセに! 『草食動物』如きがフェイトさんを誑かすなんて!」
「止めろ! ネクター・システムを外すんだ!」
「焼き殺しちゃええええぇぇェェェッ! フリードォォォォォォォッ!」

狂える世界。

「この戦争が永遠に続くといいな!」
「最強のワルに与えられる賞は無いのか? あれば俺の物だ!」
「あははははは! バリアジャケットも無いのに飛び出すなんて! 仲間の為かぁ、馬鹿みたい! あはははは!」
「人生最良の時だ!」
「簡単すぎて話にならないぜェェェェッ!」

「味方が死んでるのに・・・なんで・・・?」
「・・・死体が見えないんだ。昔の俺達みたいに」

座礁したコンテナ船に秘められた真実。

「臭うな・・・」
「死の臭いがする」

「ねえ、あれ・・・」
「・・・血、だな」
「これ・・・腐臭?」

「・・・お待ちしていました、カーペンター軍曹・・・ハラオウン執務官」
「ティアー? お前、ティアーか!? 皆、撃つな! 知り合いだ!」

嘗ての仲間より語られる真実。

「・・・ヒッ!?」
「これは・・・!」

「・・・死体ですよ。そっちがコート軍曹、それはランプトン下士官・・・上の箱に詰め込まれているのが、私の最初の訓練教官です」
「嘘だろ・・・!」
「現実ですよ。因みに向こうの5つのコンテナのどれかには、クイーンの食堂で友人になった陸士が4人ほど押し込められている筈です・・・ええ、そうです。此処にあるコンテナ全て、マンテル兵と管理局員の死体で一杯です・・・因みに、どの死体にも銃創は1つもありません」

「どう、して・・・」
「どうして? 決まってるじゃないですか、『ネクター』ですよ。撃ち殺されたんじゃないのなら、それしか考えられない。向精神薬、抗うつ剤、何とでも言えるが実際はそのどちらとも違う。俺達の為に『ネクター』があるんじゃない。『ネクター』の為に俺達が居るんだ」
「何を言っている? どういう事なんだ!?」
「マンテル兵と管理局員・・・両者に共通するのは『ネクター』の恩恵を受けている事です。誰かが死体を此処に隠し、『ネクター』への疑問を持たぬ様に兵達を管理している・・・自信を持って戦える様に」

「黒いアーマーのマンテル兵を見ましたか? あれは非合法活動の時のみに派遣される特殊部隊、ブラックオプスです。奴等が普段、何をしているかご存知ですか? 焼いているんですよ、植物をね」
「植物?」
「『ネクター』の原料です。他企業が『ネクター』を作成できないように・・・俺達下っ端が命懸けで戦っている間に、マンテルは製薬市場を独占しようと動いていたんです。しかも市場を広げる、唯それだけの為に管理局と結託して」
「そんな・・・!」
「地上本部が統治をマンテルに外部委託した世界・・・知ってますか? その半数には、『ネクター』の原料となる植物が群生しているんです。『陸』は絶対的な戦力を齎す『ネクター』の優先的供給を望み、マンテルはその市場独占を狙った。双方の利益が一致したんです」

「全ては金の為・・・金の為だ! 畜生! 金なんぞクソ喰らえだ! プロミスハンドが必死になるのも当然だ! 俺達は此処に居る権利すら無いんだからな!」
「待ってくれ・・・『ネクター』に毒性があるなら、何故俺達は生きているんだ?」
「・・・明日、死ぬかもしれない」
「・・・!」

「初めて会った日に・・・貴方達のネクター・システムを弄りました。ネクターの供給量を1つ2つ分減らした。ほんの少し、現実に近付けたんです。『ネクター』の見せる都合の良い夢から、ほんの少しだけ目覚めさせた。そして貴方達は、私の狙い通りに此処に来た」
「じゃあ・・・私達が、真実を知ったのは・・・!」
「単なる確率論ですよ。カーペンター軍曹、ハラオウン執務官。貴方達は私に最も近い位置で、私に背を向けていた。唯それだけの事です」

狂気の蹂躙。

「やめてええぇぇぇぇッ!」
「お願いだ・・・やめろ・・・やめてくれ・・・俺達は民間人だ・・・銃なんか持っていない・・・それは女房と赤ん坊なんだ・・・やめ・・・ヒ、が・・・が、ゲッ・・・」
「この薄汚いゲリラめ! 魔力も無いくせにギャアギャア喚くな!」
「嫌ぁッ! あなた、あなたぁッ!」
「うるっせぇんだよこのクソアマぁ! ビービー泣きやがってうるせえんだテメエのガキがよォ! 親子仲良く寝てやがれェ!」
「ああああああああぁぁぁああああッッ!?」

「どうして・・・どうして、こんな・・・どうして・・・!」
「戦わないのか?」
「殺せない・・・殺せないよ・・・!」
「君には『非殺傷設定』があるだろう」
「・・・!」
「生憎、俺達の銃にはそんなものは無いからな。早くしないとプロミスハンドもマンテル兵も皆、死ぬぞ?」

最悪の邂逅。

「皆・・・どうして」
「どうして、ってのはこっちの台詞やで、フェイトちゃん?」
「・・・なんで裏切ったのかな、フェイトちゃん?」

「このバカが・・・勝ち目なんぞ無いってのに、何でこんな事しやがった」
「ヴィータ・・・」
「悪いが、これも貴様自身の招いた結末だ。観念するのだな」
「ザフィーラ・・・」
「・・・残念ね」
「シャマル・・・」
「最早、語る言葉なぞ無い。来い、テスタロッサ」
「シグナム・・・」

「見損ないました、ハラオウン執務官」
「ティアナ・・・」
「キャロを傷付けたそうですね。それでも保護者ですか、フェイトさん」
「スバル・・・」
「大丈夫です、一瞬で済ませますから・・・痛みすら、感じる暇も無い程にね」
「ギンガ・・・」

「フェイトさん!」
「ッ・・・エリオ!?」
「此処は任せて! 行って下さい、早く!」
「そんな、無茶だよ!」
「良い物があるんです! 僕は大丈夫ですから、早く!」
「エリオ・・・!」
「良い息子さんじゃないか、お言葉に甘えよう。さ、早く」

「エリオ・・・? そう、あんたも裏切るのね」
「駄目じゃない、エリオ・・・フェイトちゃんは間違ってるんだよ? 貴方が諫めないでどうするの・・・ねえ、私の言ってる事、何処かおかしい? ・・・少し、頭冷やそうか・・・」
「しゃあないなぁ・・・エリオ、腕の一本は覚悟しいや?」

「まともに戦り合うつもりなんかありませんよ。僕だってバカじゃない」
「ほう・・・では、どうするつもりだ?」
「・・・こうします」
「ッ! あかん、散開!」

「高濃度の『ネクター』です・・・皆さんには悪いですけど・・・『地獄』を、見て貰いますよッ!」

そして、『夢』は醒める。

『ネクター・システムを破壊したんだな!』
「何故分かるんだ?」
『マンテル兵と管理局員の様子がおかしくなった。一目瞭然だよ』

「俺は・・・俺は、何て事を・・・俺は・・・」
「おい、しっかりしろ!」
「・・・執務官? 私・・・わたしぃ・・・」
「大丈夫、何も怖がる必要なんて無い! 直に落ち着くから・・・」
「俺・・・赤ん坊を火に・・・投げ込んで・・・!」
「・・・おい、何をするつもりだ? 止めろ!」

「お、おお、俺オオオオ俺俺おおオレ悪い事悪い悪い事ここ悪い事オオオオォォオオォオォ!?」
「止せ、銃を置け・・・ッ!?」
「・・・大尉? 大尉、血が! 血が一杯! 大尉、しっかりして下さい、大尉!」
「おい、正気に戻れ! もう死んでる、頭を撃ち抜いてるんだぞ!?」
「大尉!大尉!大尉!大尉!大尉!大尉!大尉!大尉!大尉!大尉!大尉大尉大尉大尉大尉大尉大尉大尉大尉大尉大尉大尉大尉大尉ィッ!」
「・・・ッ!」
「あ・・・うああアアアァああああぁぁァァッ!?」

「お願い、落ち着いて! もう敵は居ないの、戦いは終わったんだよ!」
「嫌あぁああああぁぁぁぁあああぁッ! 死なせてぇぇえええェェええぇェェッ!?」
「やめ・・・!」
「いぎ・・・ひぎうぅうぅう・・・ッ!」
「そんな・・・そんな!」
「・・・お母さん・・・ごめんなさい」

「アハハはぁあはハハァはははハハァァ!」
「嫌だよぅ・・・帰りたい・・・家に帰りたいよぅ・・・」
「血が・・・血が一杯・・・何で? 私、どうしてこんな事したの? ねえ、どうして・・・」
「ママぁ・・・ママぁぁぁぁ・・・」
「死ね死ね死ね死ねシネシネシねシネ死ねしねしねシネ死ね」
「えへへへへェ・・・スゴイや、みんな死んじゃうよぉ・・・ほらぁ・・・引き金引いてぇ・・・バァーッってするだけでぇ・・・!」

「・・・なに、これ・・・何なの・・・?」
「・・・耐えられなかったんだ。殺戮の記憶に」

因縁、そして親友との決着は『クイーン』にて。

「メリノの為に!」
「随分と大勢殺してきたな、マンテル、そして管理局! 今日はお前達が死ぬ番だ!」
「プロミスハンド!」
「報いを受けろ!」

「止めて・・・撃たないで! 彼等は戦意を喪失してるんだよ!? 殺す必要なんて無い!」
『いいか、ハラオウン執務官! 殺人者は夜が明けても殺人者なんだ! これも当然の報い、微々たる犠牲なのだ!』
「記憶に怯えて座り込んで、膝を抱えながら子供の様に泣き続ける人達を片端から殺すのが正義なの!?」
『そうとも! 彼等は殺人者だ! その罪は彼等自身の命を以って償う他ない!』
「・・・ッ!」
『恐れるな、ハラオウン執務官! 感情に振り回されてはいけない! 感情とは脳内の化学反応と電気信号が起こす動物的本能に過ぎない! それをコントロールした時にこそ『勇気』が生まれるのだ!』
「それは・・・!」
『急ぐんだ! 今、ミサイルがクイーンに向かっている! 一刻も早くブリッジを制圧して脱出しろ!』

「デュバル・・・!」
「このクソッタレの畜生どもが! お前らみたいな自分の感情すらコントロールできない奴等が居るからこんな事になっちまったんだ!」
「なのは!?」 
「・・・みんな、みんな裏切っちゃった・・・ねえ、フェイトちゃん・・・フェイトちゃんは平気なの? 私達、知らない間に大勢の人を殺しちゃってたんだよ?
みんな、プロミスハンドに寝返っちゃった・・・こんなに殺しておいて、今更だよね」

「もう止めろ、デュバル、高町一尉! ネクター・システムは停止した! もう馬鹿げた戦いは終わりだ!」
「どの口でそれを言いやがる! 俺の仲間を殺しやがって! 俺はお前達も含めて、皆で生き残りたかっただけなのに! お前達を守ろうとしたのに!
大義の為に戦う訓練をしてきたのに突然、世界は間違っている、自分達が正しいなんて言われて信じられると思うか!?」
「プロミスハンドは私達を救ってくれた! エリオや皆も! マンテルと管理局は、そんな彼等を虐殺したんだよ!?」
「お前達はスキンコートの本当の狙いを分かっていない! 奴が聖人君子に見えるか!? いいや! あのクサレ野朗はお前達を利用して俺達を皆殺しにしようとしてるだけだ! 『ネクター』を奪う為にな!」
「スキンコートなんて居ない! それはマンテルと管理局が創り上げた虚構だ!」

「100人中98人が正しいと言えば、統計上『普通』であるといえる。残る2人がお前らだ。お前達は『動物』だ。脳内の化学反応と電気信号、アドレナリンとセロトニンに良い様に踊らされる『猿』なんだよ!」
「知ってる、フェイトちゃん? はやてちゃんも、ティアナも・・・スバルもギンガもキャロも、ヴォルケンリッターの皆でさえ、記憶のフラッシュバックに精神を蝕まれてるんだよ・・・?
はやてちゃんとキャロ、スバルにヴィータちゃんは特に酷い・・・多分、もう二度と正常な精神には戻れない」
「・・・嘘」
「嘘じゃないよ・・・はやてちゃんは自分の爪を歯で剥ぎ取っては肉を噛んでいるし、キャロは血が滲むまで腕を抱え込んで、ずっと何か呟き続けてる・・・
スバルは泣き喚きながら体が壊れるまで暴れまわった後に、両脚をプロミスハンドに撃たれて意識を奪われた。
ヴィータちゃんは瞬きもしないで自分の手を見詰め続けてる・・・眼球が乾燥して、瞼の内から血が溢れ出ても、ずっとね・・・」
「・・・嘘だ!」
「もう『ネクター』に頼るしかないんだよ・・・『ネクター』は全てを忘れさせてくれる・・・たとえそれで死ぬ事になっても、私は皆に『普通』の人として生きて欲しい・・・だから!」
「・・・なのはッ!」

「邪魔するなら・・・死んで貰うよ・・・フェイトちゃん、カーペンター軍曹!」
「・・・負けない・・・なのは! 私は、みんなを取り戻す!」
「俺達は2人、お前達も2人だ。この場合、統計的にはどっちが『普通』なんだ、デュバル?」
「・・・生き残った方だろうな」

そして、憐れなトルーパーは地に伏せ、エースオブエースもまた永遠に翼を失う。

「ヵ・・・ァ・・・シェ・・・シェーン・・・」
「・・・何だ?」
「・・・ママには・・・言わないで・・・くれ・・・」
「・・・分かった」

「なのは、しっかりして!」
「本当は・・・分かってた・・・自分が、何をしたのか・・・分かった時に・・・私は、飛ぶ権利を・・・無くして、たんだね・・・」
「なのは!」
「あ・・・あはは・・・『ネクター』の、過剰・・・摂取、だよ・・・フェイトちゃんの・・・所為じゃ、ない・・・」
「嫌・・・イヤ!」
「・・・フェイトちゃん・・・ごめんね・・・あの子を・・・ヴィヴィオを、お願い・・・フェイト・・・マ・・・マ・・・」
「なのはぁ・・・ッ!」
「・・・おや・・・すみ・・・なさい・・・」
「嫌あああぁァァァッ!?」



弾道ミサイルの着弾により、爆発、崩壊する『クイーン』。
プロミスハンドのヘリ内部よりそれを見詰めるシェーンとフェイトの目には、虚ろな光が点っているだけだ。
マンテルと管理局は、確かに正しいとはいえなかった。
寧ろ非人道的な行いを為してきた事は明らかだ。

だが、果たして自分達の選択は正しかったのか。
数百人のマンテル兵、管理局員を直接その手に掛けたシェーン。
ネクター・システムの破壊により、間接的に数万の人間を自殺、或いは精神崩壊へと追い遣ったと自責するフェイト。
無論、システムを破壊したのはシェーンも同様であるし、延いてはプロミスハンド全体による作戦行動であったといえる。
しかし、フェイトは自身を責め続けた。
最愛の家族、そして親友や嘗ての部下たちが精神を病み、今この瞬間も絶望と苦痛の最中にて溺死せんとしているというのに、自らの正義と勝利に酔える程、彼女は人間性を捨てている訳ではない。

「・・・全てが明らかになれば」

唐突に、シェーンが口を開いた。
虚ろな目を彼へと向け、フェイトは言葉の続きを待つ。

「マンテルは終わりだ。『陸』も、君に『ネクター』の調査を指示した『海』も・・・唯では済まないだろう。最悪、管理世界の秩序が崩壊するかもしれない。だが『ネクター』は消える。それで良いじゃないか」

その言葉に、フェイトの瞳が徐々に生気を取り戻してゆく。
それは、希望の光だ。

そうだ、何を絶望している。
はやてやキャロがもう元には戻らないなどと、誰が決めた。
もう、『ネクター』に心身を蝕まれる事は無いのだ。
強引であろうと何であろうと、彼女達を現実へと引き戻すのが私の役目ではないのか。
此処で全てを諦めたら、ヴィヴィオを託して逝ったなのはに顔向けできないではないか。

「2人とも、良くやってくれた!」

確固たる意思を取り戻したフェイトとシェーンの前に、操縦席よりメリノが姿を現す。
デュバルに切断された人差し指の痛みも気にならないのか、興奮に顔を上気させて2人へと熱く語り掛けた。

「やあ、メリノ」
「・・・これで目的は達成しましたね、メリノ。マンテル社は兵力の一端を失い、貴方達が流す情報によって『ネクター』の真実が知れ渡れば、組織全体が崩壊するのも時間の問題でしょう」
「ああ、そうだ! 我々は勝利した! マンテルも管理局も、これで終わりだ!」
「なぁ、メリノ」

突然、シェーンは剣呑な声色でメリノへと語り掛ける。
フェイトはその声に違和感を覚えたが、メリノは気付かないかの様に声を返した。

「何かね、英雄! 皆、君達を待っている! 英雄の凱旋だ!」
「俺達がマンテルを離れる直前・・・あんたらは撃墜したマンテルの輸送機から、『ネクター』を運び出していたな。あれを、どうした?」
「ああ、そんな事か」

そしてメリノは、誇らしげに語りだす。
フェイト、そしてシェーンの心を裏切る、最悪の思想を。



「兵士達に健全な精神を保障するというのならば、『ネクター』も捨てたものではないと思わんかね? マンテルや管理局は『動物』だった。彼等は『ネクター』という宝を生かし切れない『猿』だったのだ。
兵士達の意識を意図的に封じ、現実を見せなかった結果がこれだよ。私はもっと上手く『ネクター』を扱える。理想的な国家建設の為にね。そうだ、私なら自由意志も残した上でネクターを投与するよ」



銃声が1つ、ヘリの爆音に紛れて消えた。



3年後、指導者たる『ガブリエル・メリノ』を失ったプロミスハンドは、新たに2人の指導者の下、現体制打倒の為にマンテル社、そして管理局を相手取り大規模次元間戦争を引き起こす事となる。
管理局崩壊の序曲を奏でる事となるこの闘争の裏には、『ネクター』と呼称される薬剤と、それを巡る管理局とマンテル社、プロミスハンドの3組織間に於ける暗闘が絡んでいたという情報もあるが、全ての組織が内部情報と共に崩壊した今、その真相を知る術は残されていない。

時に、新暦117年。
管理局体制の崩壊と共に、次元世界は再び混沌の時代へと踏み入った。
嘗て管理外世界と呼ばれた、魔力を有しない数多の次元世界が覇権国家として台頭してゆく中、魔法の存在は徐々に忘れ去られ、質量兵器と科学技術が次元世界を埋め尽くす事となる。



誰も、知る事は無い。
次元世界を支配していた秩序、正義を打ち倒した者達が、嘗てトルーパーと呼ばれた1人の兵士と、その同志として戦場を駆け抜けた閃光の魔導師によって率いられていた事など。
彼等と、嘗て機動六課と呼ばれていた魔導師達の集団。
そして数多の質量兵器によって武装した強大な軍隊によって、管理世界の秩序が打倒された事実を、知る者は居ない。
プロミスハンドと呼ばれた一大武装勢力、その頂点に君臨した2人の人物の名。



『ショーン・カーペンター』
『フェイト・T・ハラオウン』



自らの目的を果たした彼等。
その末路を知る者は、最早誰1人として存在しない。

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最終更新:2008年07月07日 13:19