クロノは任務中に保護した管理外世界の男性に頭を悩ませていた。
保護したのは年は二十歳前後、体格の良く顔も整っている人間だったと思われる男性。
だったと思われる、というのは今は見た目にはわからないが、拾った時は昆虫っぽい亜人だったからだ。
第一、人間は…人間以外でもほとんどの生き物は、例えSランクオーバーの魔導士だろうが、生身で宇宙空間に漂っていて無事だったり、この船の検査を無意識に無効化したりはできない。
…船に回収してからすぐにクロノ達は彼の検査を行った。
だがその男を詳しく調べようとしたその時…不思議なことが起こった。
補佐であるエイミィと担当者しかまだ知らない事実だがいくら調べようとしても何も見えてこなくなったのだ。
クロノは記録されていたその映像を見て色々な手を試した無駄な時間を思い知りため息をつき、クロノの意識は男性を保護することになった経緯を思い返す…それはある管理外世界が滅んだことが観測されたのが始まりだった。
まず管理外世界は基本的に不可侵である為、詳しい事情はクロノ達にもわからないということを先に述べておく。
その世界の統一国家であるクライシス帝国は、管理局が禁忌とする質量兵器と強力な兵を多数保有しており、独特の文明を発達させていた。
宇宙空間にも進出していることなどが確認されており、本来は管理世界の一つに数えられるはずだった。
だがどういう経緯か、未だ管理外世界とされており、交渉も殆ど行われていなかった。
そんなクライシス帝国だったが、先日突然その世界も巻き添えにして滅びたらしい…
それだけなら管理局の上層部は、質量兵器等は危険であると言う認識を深めるだけで終わっていただろう。
他にも何らかの理由で滅びの危機を迎える管理世界が100以上もあるのだから。
だがそれが止んで暫くたったある日のこと。
ほんの一瞬だけ、クロノが乗るこのアースラの総エネルギー量がカスに思えるほどの超超高エネルギーを秘めた何かが、その付近で観測された。
(観測されたエネルギー量からいって、無関係だとしても遠からず原因究明に派遣されていただろうが)恐らく、それがクライシス帝国を滅ぼした原因ではないかと管理局は予想し…
その捜索のためクロノらに消失した地点に向かい痕跡を探るよう命令が下った。
そこで見つけたのが、この男性、『南光太郎』だった。
名前は寄り添うように漂っていたバイクと車もクロノ達はアースラに収容しており、その二機から聞いた。
回収した時の光太郎の姿と同系統のフォルムを持つ二機が(魔力などは全く持っていないようだが)意思を持ち、話を聞くことができたのは行幸だった。
昆虫っぽい亜人の姿から人間の姿になったのはつい先程、検査を止めて暫くしてからのことだった。
…戻ったら戻ったで全裸で、一目でわかる程鍛えられた体と『凄く…世紀王です』ということはわかったが、どうでもいいことだ。
この男性の名前は南光太郎。21歳…クロノの、妹みたいな友人と同じ地球の日本出身らしい。
バイクも車も、詳しくは教えてはくれなかった。
乗り物とはいえ、強引な手段を使うことを好まないクロノは無理に口を割らせたりはしなかった。
クライシス人が地球に潜入していたと言うのだろうか?
それとも地球人が何らかのアクシデントに巻き込まれクライシス帝国にいたのか。
管理世界のどこかから違法に地球とクライシスを行き来していたのか。
疑問は尽きなかったが、光太郎が目覚めれば解決するだろうし、クロノの頭を悩ませている問題ではなかった。
ただ、二台がクロノが地球のことをそれなりに知っているのに『南光太郎』の亜人形態を知らないことに戸惑いを見せていたのが気になった。
体の検査を諦めたものの、もしもの時は軟禁できるよう用意された別室にクロノは入る。
光太郎が寝かせられた備え付けのベッド以外に殆ど何もない部屋は、清潔感のある白系統の色で統一されている。
部屋の中へとクロノは足を進め、絵や写真の一枚もなく、殺風景な部屋で寝息をたてている光太郎の様子を伺う。
存外整った顔に浮かぶ表情は険しく、何か悪い夢でも見ているようだった。
時折、「教えてくれ…キングストーン」とか寝言を言っているが、何のことかまではクロノにもわからなかった。
まさか人名などではないだろうが。
クロノが悩んでいるのは、光太郎をどうするかだった。
法的には何も問題はない。クライシスも地球も管理外世界だし、犯罪らしい犯罪を起こして捕まえたわけでもない。余罪も、多分無い。
何故あんな場所にいたのか追究は必要だろうが、重要参考人程度で済むだろう。
どちらの世界で何をしていようが、それは管理局が裁くものでもない。
自分が調査している原因に深く関わっているだとか、普段からクロノ達が回収・管理して回っている『ロストロギア』に即認定されるであろう
『キングストーン』を二個持っているなどとは思いもしなかったクロノは光太郎の罪状などについては、そう考えていた。
いや、もし持っていると考えても『八神家』という前例をよく知っているクロノの考えは変わらなかっただろう。
ちなみにロストロギアとは…過去に滅んだ超高度文明から流出する特に発達した技術や魔法の総称で危険なものも多く、主に時空管理局が管理していた。
今クロノが気にしているのは、罪科ではなくクロノ達では検査できなかった肉体をそのまま報告すれば本局がどう判断するかだった。
宇宙空間で生存可能な人間…強引に管理下に置かれ実験に協力させられることになるのだろうか?
「…ここは?」
考えに耽っていたクロノは男が発した声に目を見開き、光太郎を見た。
光太郎の目が薄く開いていた。男が目覚めるのを見ながらクロノは顔を顰め、光太郎をモニタしているはずの担当者へと通信を繋ぐ。
担当者から帰ってきた答えはデータには全く変わりない、ということだった。
クロノの表情は報告を聞いてより険しくなる。
覚醒することも察知できない隠蔽能力ってなんだ?
もし逃げられて一旦見失ったら発見は困難かもしれない。
実験体になることを強制されるのでとか気にするクロノの嫌な予感を更に加速させながら光太郎は体を起こした。
「目が覚めたか」
「君は…」
意識が完全に戻っていないらしく、目を瞬かせた光太郎は次の瞬間クロノの肩を掴んでいた。
クロノは肩の痛みで呻き声をあげるのをどうにか堪える。
思っていたよりも、遙かに素早い。
出世をして前線を退いたとはいえ、未だ一線級の魔導師であると自負していたクロノは反応が遅れたことに自尊心を傷つけられた。
光太郎の方は、そんなことを気にする余裕など持ち合わせていない。
クロノの肩を握り潰しかねない強さで掴みながら、光太郎は詰問する。
「クライシスはッ! 地球はどうなったんだ!?」
「落ち着け…ッ、」
そう言ってクロノは手を退けようとしたが、光太郎の腕はビクともしない。
肩を掴む光太郎の、改造強化された手の力は次第に強くなっていく。
「これが落ち着いていられるかよッ、頼むから教えてくれ!」
「痛いんだ!! 僕の肩の骨が砕ける!! 教えてやるから落ち着けと言ってるんだ…!」
「す、すまない…」
苦しげなクロノの言葉を耳にし少し冷静さを取り戻したのか、光太郎は掴んでいた肩を離してクロノに詫びる。
自由を取り戻したクロノは、肩の痛みを我慢しながらクライシス帝国のある次元世界が滅んだ事、地球は無事である事を説明しはじめた。
クライシスが滅んだ事、地球は無事だと言う事を聞いた光太郎は一瞬笑い、今は深い悲しみを表に出す。
「今度は僕から質問させてくれ。クライシスが何故滅んだかや君が何故あの場所にいたのか。君の出身なども含めて知っていることを」
「世界が滅んだのは、多分…俺が、クライシス皇帝を殺したからだ」
クロノは(他人からみれば少しの間だったが、)暫く二の句が告げられなかった。
……何を言ってるんだコイツは?というのが素直な気持ちだった。
クライシス皇帝を殺す事と世界が滅ぶ事は関連性などないようにクロノには思える。
死ぬ前に皇帝がロストロギアを暴走させ、世界を道連れにしたということだろうか?
皇帝を殺したことについては、それこそクロノの権限ではどうにもできない事柄だ。
管理外世界で人殺しが行われたら、それはその世界の法で裁かれる。
だがその世界も滅んでいたら…?
管理局はその場合代わりにやるような機能は無い。
突拍子も無い話に困惑するクロノに、光太郎は憂い顔のまま説明を続ける。
「クライシス皇帝の力は怪魔界全体に広がっていたらしい。奴を殺せば怪魔界全てが滅ぶ。そう奴は言っていた」
「…信じがたい話だな。それで君は、どうしてそんなことを?」
少し身を引き、何かをしようとしたなら今度は返り討ちにする用意をしながらクロノは質問を重ねた。
だがその質問には光太郎は意外そうな顔をした。
「? 知らないのか? クライシス帝国は地球を侵略してたからじゃないか」
「なんだって?」
「本当に知らないのか!? 帝国50億の人間を移住させる為に、クライシス帝国は色んな怪人を送り込んでいただろう!?」
興奮状態の光太郎を宥めながらクロノは記憶を探ったが、やはりクライシス帝国が地球に攻め込んでいたと言う話は記憶に無い。
そんな話があれば義妹達から真っ先に聞かされているはずだ。
「そんな話は、聞いたことが無いな…」
疑わしげに返すクロノに、光太郎は怒りを隠さなかった。
「冗談きついぜ。ゴルゴムから半年、やっと平和になった日本に奴らが侵攻していたことは、全世界で知られているはずだ」
「ゴルゴム?」
これもまた前回地球を、海鳴を訪れた時には全く聞かなかった話にクロノの困惑は深くなっていく。
ゴルゴムという単語にも困惑した表情を深くするだけなのを見て、光太郎は怒りを通り越し、呆れたようだった。
「ゴルゴムも知らないのか? 話にならないな…他に誰かいないのか? ニュースとかに目を通してる人とかさ」
少しクロノを笑う光太郎に、クロノは不愉快さと持つと共に何か…決定的に見落としていることがあることを確信していた。
「僕だって大きなニュース位は聞いている。君こそ、どうも僕の知る地球とは違うように感じるんだが」
「はぁ? 地球が二つあるって言うのか? 悪いが、冗談なら俺は」
「冗談じゃない! いいか? 少し話を整理するから僕の質問に答えてくれ」
そう言ってクロノは、ゴルゴム等を知らない事に呆れ、怒ったままの光太郎に幾つか質問をしていく。
質問の内容に光太郎は素直に答えてくれているようにクロノには感じられた。
余り嘘などが得意なようには見えないし、頭がイカレているようにも見えない。
幾つかの質問を終えたクロノは不承不承ながら、一つの事を認めた。
「…僕が知る地球と君の言う地球は別のもののようだな」
光太郎も、クロノの質問から予想していたのか驚きはしなかった。
むしろ驚きはクロノの方が大きかった。
次元世界に地球は一つだけだ。
クロノの義妹や友人のなのはが住む世界の地球だけだ。
だが光太郎の地球はそこではない。
クロノの知る地球はゴルゴムが日本を占領したことなど無いし、クライシス帝国の侵略など受けていない…それに改造人間。
仮面ライダーなんて存在しない。
信じられない話だが…だが、こう考えればしっくり来るという考えがないわけではない。
次元世界では未だ確認されていない、次元世界の外が更に存在しそこの地球にクライシス帝国は侵略を行っていた…
次元を渡る能力を持たなかったにも関わらず、そんなことがあるというのだろうか?
専門家ではないクロノには判断が付かなかった。
ただ分かるのは、思っていたよりも遙かに光太郎は厄介な問題児だということだ。
「今度は俺の質問に答えてくれ。地球でもクライシスでもない、ここはどこだ? 船の中みたいだが」
「…アースラだ。君には悪いが暫く航海を続けるよう命令がきている。後で世話を」
クロノが説明しようとした途中で、光太郎は突然壁の方へと目を向けた。
「どうかしたのかい?」
尋ねながら、さりげなく光太郎の見ている方を見たが殺風景な壁があるだけで特に目に付くものはない。
だというのにクロノの脳裏にも何か引っかかるものがあった。
それが何かクロノが答えを出す前に光太郎が尋ねる。
「アクロバッターやライドロンも、俺のバイクと車もここにいるのか?」
「…どうしてわかったんだ?」
光太郎にはまだ収容したことは伝えていない。
だがしかし、光太郎が視線を向けた方向には、確かに二機を収容した場所があることとクロノは知っていた。
名前を知っていたことからブラフで言っているのかと考えるクロノに光太郎は爽やかな笑顔を見せて答えた。
「俺とアクロバッターは仲間だからだ」
何かそういう機能があるのだろうが、勘弁してくれとクロノは思った…
*
光太郎が目覚めて半月近くが過ぎた。
状況に余り変化はない。
クロノ達は怪魔界を滅ぼしたロストロギアの実態調査及び探索の任務中で、相変わらず航行中だった。
光太郎はその途中で救助されたクライシス帝国の被害者と言う扱いを受けている。
改造人間だと言う話は信じてもらえたが、皇帝からクライシス帝国の幹部、怪人達をほぼ一人で倒し、クライシス帝国を壊滅させたと言う話までは話半分に聞かれているのだ。
勿論光太郎もただ彼らの保護にあるのがよいとは思っていないのだが、彼らとは技術体系が違うのでどうしようもなかった。
ライドロンやアクロバッターが何故か一緒に回収されていたが、ライドロンの力でも地球への帰還は出来ないという回答が来ている。
怪魔界と地球を行き来するのと管理局が行っている管理世界間の移動は異なる技術であるらしい。怪魔界からであれば地球へ行けたが、怪魔界はもうないのだ。
だが、地球への帰還を諦めてはいない。クロノは協力を約束していたし、光太郎自身も研究者達を訪ねるなり、探していく決意を固めていた。
その体には少なくとも五万年もの時間があるのだから。
そんなわけで機密に関わる場所に入るわけにも行かない光太郎は、一先ずクロノの保護下で管理世界の知識を吸収することに努めていた。
それに関して、この管理世界の地球で使われている言語と光太郎の地球の言語は同じだったのは幸いだった。
光太郎自身も驚くほどの吸収力を見せ、光太郎はミッド語を学び、知識を得ようとしていた。
クルーの娯楽や学習のため用意された蔵書に目を通しながら光太郎は驚いていた…理解力などが向上しているようだ。
だが、驚きはすぐに消え光太郎は恐怖を感じた。
本を読む手が止まり、虚空を見つめる光太郎の脳裏には、こちらに来てから一度だけ夢の中で語り掛けてきたキングストーンの声が響いていた。
夢の中で、光太郎の故郷の地球に似た風景の中でキングストーンは光となって現れた。
光太郎を照らし、穏やかで力強い声で光太郎に語りかけた。
『光太郎よ、お前の肉体は遂に創世王の肉体となった』
(ど、どういうことだ? 信彦のキングストーンは確かに破壊したはずだ)
『宇宙に投げ出され漂流するお前は、クライシス帝国の民を切り捨てる決断をしたことで弱り、孤独を恐れた。
無意識にそれを埋める存在を求めたのだ…アクロバッター、ライドロン、そして、それらよりも先に、お前が破壊したと思っていた『月の石』がそれに答えた』
(答えてくれ! キングストーン。『月の石』がまだあったと言うなら、信彦は生きているのか!?)
50億の民を切り捨てたと言う声に怯みながら、肝心な所を答えないキングストーンに苛立った光太郎は叫んだ。
だが、キングストーンはあくまで静かに光太郎に答えを返す。
感情を乱す光太郎を打ち据えるように、厳かに声を響かせる。
『信彦は死んだ。クライシス帝国とお前が殺したのだ』
(……そうか)
『だが、我らはお前が何度でも蘇るように、また何度でも蘇る。光太郎、お前が望みさえすれば…何度でも。光太郎よ。成長するのだ…さすればアクロバッターを呼んだように故郷の地球を感じられるであろう。そして戻る事も』
自分が兄弟のような、あるいはそれ以上に想っている親友と戦い、殺した記憶が光太郎を苛む。
改造手術から、ゴルゴム神殿の崩壊から信彦を残して一人で脱出したことも。
実際は死んでいなかったとしても…ブラックとして、RXとして合計二度も殺したことも光太郎の魂に深い傷として残っていた。
(もう一つ教えてくれ…怪魔界は、滅んだのか?)
『渦中にいたお前は、理解しているはずだ。今は思い出すまいとしているに過ぎない…』
そして怪魔界の人間。
否…怪魔界に生きる全ての生命を自分の手で滅ぼしてしまったという事実が、光太郎の心に新たな、とても深い傷となって刻み込まれた。
クライシス帝国との戦いで大切な人を失い、既に傷ついていた光太郎の心には、それは重すぎた。
そうして弱った光太郎の心が『月の石』を呼びよせ、二つのキングストーンを揃える事になったのだと言われた光太郎は、
光太郎は表情を歪めながら、それでもキングストーンに尋ねた。
地球に戻る事ができると言う言葉は、微かな希望だった。
クライシス帝国の侵略から守った地球を見たい。
それに共に戦った仲間や、先輩、叔父夫妻の子供達も地球にいるのだ。
(…戻れるっていうのは本当なのか? どうして、そんなことがわかる!?)
『かつて同じような事があったからだ。光太郎…前創世王も、五万年前に同じ道を辿った』
(…ど、どういうことだ!)
『創世王は、肉体を失うまで今のお前と同じくクライシス帝国のような侵略者と戦い続けた。そして人々を守り、傷つき倒れお前も知るあの姿となった』
光太郎が見た創世王の姿は、巨大な心臓のような姿だった。
それが、遠い昔は違う姿を取り光太郎と同じように戦っていたと、キングストーンは言った…にわかには信じがたいことだった。
『そして、侵略者と対抗する内に創世王を神と崇めるようになった支援者達が、ゴルゴムを作った。肉体を失った創世王は、それを受け入れる他戦う術がなかった』
(…! 馬鹿な…馬鹿なことを言うな!! あの創世王が、俺と同じようにクライシスと戦っていたというのか!?)
自分達を浚い、改造したゴルゴムと創世王が。
数多くの悲劇を生んだあいつらと同じだと認めることはできず、光太郎はいつの間にか叫んでいた。
だがそんな光太郎の激情も物ともせずに、キングストーンの言葉は光太郎の中に強く響いてきた。
『その通りだ。光太郎、お前はまだ、創世王が歩んだ道を一歩進んだに過ぎない。だが、彼よりも更に成長せねばならない…新たな創世王が生まれるその日まで。戦い続ける為に。半ばで倒れ、ゴルゴムなど作らぬ為に』
(何を…言ってるんだ。キングストーン)
『だがそれは、心までも新たな創世王となるということ。お前を苛む孤独は完全に消え、お前は人を必要としなくなる…多くの人々がお前を恐れ、数少ない者達がお前を崇めても』
(……俺は、俺は人間だ!)
『いずれ、遠くない未来…たった千年程の時間が過ぎれば、お前は人々に心動かされる事はなくなるだろう…賢き道を行け、光太郎』
キングストーンはそう言っていた。
光太郎はその言葉を思い出し、より孤独と郷愁、そして未来への不安を感じていた。
「…そうなるとは思えないぜ。キングストーン、この孤独がいつか消えるって言うのか? 俺は、あの創世王と同じ道をなぞっているだけなのか?」
嘆く光太郎にキングストーンは答えなかった。
代わりに教えられたことは、かつての創世王が同じような事故にあった時は地球に戻るまで千年以上の歳月を必要としたということだった。
光太郎の心は深く沈みこんでいった。
そこへクロノがやってくる。
クロノは管理局本局にもうすぐ到着すると告げた。
「それから君は一度管理局の保護下に置かれることになる。管理世界にない感染症がないか、その逆も含めて君の体を検査したり前科が無いか調べる少しの間だけだ。
直に、多分君は地球へ送られることになるだろう」
クロノはそういうと、海鳴市にある家やこちらにあるオフィスの場所や連絡先を光太郎に教える。
今の光太郎の記憶力なら、それを覚える事はそう難しい事じゃなかった。
「開放されて、もし困ったことがあったら連絡をしてくれ」
「それなら、俺のアクロバッターとライドロンを頼んでいいか?」
光太郎の申し出に、クロノは陰りのある笑顔を見せて頷いた。
軽く音速を超える速さで怪人を轢き殺してきた車を、質量兵器を禁忌とする管理局に引き渡して弁護するのは流石のクロノにもできることではない。
「元からそのつもりだ、あんなもの…本局には渡せないからな。君のバイクと車は責任を持って預かっておく」
「頼む、世話をかけるな」
「気にするな。お陰でクライシス帝国のことも少しはわかったから、その礼代わりさ」
素直に礼を言って光太郎はクロノと別れ、アースラを下りる。
アクロバッター達と分かれたのは、クロノによればアクロバッターと、特にライドロンが管理局が禁止している質量兵器に認定される可能性がある。
航行中、クロノと話した際に二機の性能を知ったクロノに渋い顔で言われた光太郎はクロノの伝手を頼むしかなかった。
余りよくないことだが、抜け道が結構あるらしい。
そして…本局を訪れた翌朝には、光太郎は身柄を移送されていた。
移送先は周囲を荒野に包まれたこれもまた殺風景な場所だったが、地上である分アースラよりはマシだとさえ光太郎は感じた。
施設内では、白衣を着た男が秘書らしき女性を伴って光太郎を待ち受けていた。
男は二十歳を少し過ぎただけのようにも、四十を超えているようにも光太郎の目には映った。
性差はあるが、隣に立つ紫のロングヘアーの女性とその男はどこか似ていた。
「君が光太郎だね?私が君の担当になったジェイル・スカリエッティだ。ドクターと呼んでくれると嬉しいな」
「よろしくお願いします。ドクター」
がっしりと握手をする光太郎を見るドクターの秘書らしき女性の笑顔が微かに深くなった。
光太郎はそれ気づき、女性にも挨拶をする。
「君のようなケースはとても希少だからね。協力に感謝するよ」
「お手柔らかに頼みますよ」
「私に任せておきたまえ…全てね」
そう言ったドクターの目に狂ったような光が宿ったが…ゴルゴムの科学者に比べれば幾分マシ、としか光太郎の目には映らなかった。
最終更新:2010年01月26日 23:07