「喧嘩番長、ミッドチルダに現る」
夜の闇と静寂が支配する荒野で二つの影が戦っていた。
一方は赤い鎧を身に纏い、炎で出来た羽と剣、盾を持つ竜人。
もう一方は赤いマントで全身を覆った、悪魔を連想させる翼を持った巨人。
「あのマント野郎……結構やるじゃねぇか」
竜人の右肩、その上に立つ青年は巨人を正面から満足げな笑みを浮かべ睨み付ける。
この世界に来てから5年間、今回のように気性の荒い奴に襲われる事は多々あったが目の前にいる巨人ほどの強敵はいなかった。
自分の相棒、子分である竜人と共に戦いここまで苦戦したのは5年前に戦った聖騎士達、そしてこの世界の神と戦った時以来だろう。
「兄貴、どうする?」
視線を巨人に向けたまま、竜人が青年に話しかける。
巨人は散々自分達を苦しめた紅蓮の炎を右掌の上に燃やし、いつでも放てる体勢を整えている。
竜人の操る炎と互角かそれの威力を持つ巨人の炎……まともに喰らえばただでは済まないのは巨人の炎で吹き飛び、クレーターが出来上がった大地を見ればわかる。
それに、あの巨人はまだまだ余力を残しているであろう事を青年と竜人は直感的に悟っていた。
「どうするかって? へっ……決まってんだろ!」
竜人の問いかけに青年は笑みを浮かべる。
相手はまだ余力を残し、こちらは最初から全力で飛ばして苦戦している現状からして普通は逃げるべきかもしれない。
しかし、青年に逃げるつもりはない……相手が強ければ強いほど燃えてくると言う物だ。
竜人も最初から青年がそう答えるのは理解しており、両手に構える炎の剣と盾を大剣へと一体化させる。
「行くぜ、シャイングレイモン!」
「おぉっ!」
竜人、シャイングレイモンは大剣を振りかざし巨人へと正面から挑みかかる。
巨人は右手に燃やす炎をシャイングレイモンへと向け、放つ。
「フレイムインフェルノ!」
シャイングレイモンの炎の大剣、巨人の放つ紅蓮の炎。
二つの炎が正面から激突し、荒野一帯を爆発が包み込んだ。
同時刻、樹海の奥深くにその入り口を覗かせる洞窟の最深部でトーレは確保を指示された目標物を発見した。
紫色の毒々しい色をしたタマゴを両手で抱きかかえるように持ち上げ、後ろに控えていたセインが持っていたケースへと入れる。
「しっかし、こんな妙な世界にまで来てこんなタマゴを持ってこいなんて……ドクターは何考えてるんだろうね?」
セインはケースに入れられたタマゴを見やりながら生みの親であるドクター、ジェイル・スカリエッティの指示への疑問を口にする。
今いるこの世界は自分達はおろか、管理局すら存在を知らない未確認の世界。
5年前のある日に突然現れ、協力を申し出てきたあの男からの説明を受けねば知ることは無かっただろう。
「知らん。それに、今回の指示もドクターというより……あの男からの要請だぞ?」
「そうだよねぇ。あの男からの要請素直に聞くなんてドクターらしく無いって言うかさぁ……それで気になったんだけど」
「何か考えがあっての事だろう……あの男の目的はわからんが、何か物騒な連中を手駒に揃えているようだしな」
トーレの言葉にセインは顔を引きつらせ、「あいつ等かぁ」と小さく呟く。
今回の任務にはもう一人、水先案内人と言う形で同行している者がいた。
今は野暮用があると別行動中でこの場にはいないが……内心、セインはホッとしている。
「私、あいつ等苦手……っていうか嫌いだなぁ。何考えてるかわかんないし」
「ここで愚痴を言っても始まらんだろう……目的は達した、さっさと帰るぞ」
「りょーかい」
ケースをセインが抱きかかえ、二人は洞窟を後にする。
同行者との合流ポイントまで向かい、そこで元の世界へと帰還する。
二人が持ち帰ったタマゴが、後に自分達の目的とする計画に与える影響など二人はまだ知るよしもない。
レジアス・ゲイズは手に持っていた書類を軽く読み流した後、ゴミでも捨てるような仕草でデスクの上に置く。
内容は聖王教会の騎士カリム・グラシアの持つ稀少技能、預言者の著書(プロフェーティン・シュリフテン)による予言の内容。
半年から数年先の未来を詩文形式で書き出し、予言する能力。
「フン……くだらん」
大規模な事件や災害に関する予言の的中率が高く、聖王教会や次元航行部隊のトップも目を通す物。
しかし、レジアスは自身の稀少技能嫌いもあって好意的には見ていない。
本音を言えば読む前に処分したい所だが、重要書類扱いであるこれを気軽に処分する事など出来る筈も無い。
(この予言……まず間違いなくアイツの事か)
予言に書かれた内容……全てでは無いが、彼は察しがついていた。
旧い結晶と無限の欲望が交わる地
七つの大罪解き放たれ、死せる王の翼が聖地より蘇る
使者達は踊り、中つ大地の法の塔は虚しく焼け落ち
それを先駆けに数多の海を守る法の船は砕け、闇へと消える
この予言の最初の文に書かれた旧い結晶は4年前かた度々発見されているロストロギア、レリック。
無限の欲望は間違いなく最高評議会を通じて繋がっているあの男、使者達はあの男の作りだした手駒達だろう。
残りの部分はさっぱり解らないが、あの男……スカリエッティが何か事を起こそうとしているように取れる内容だ。
「今の内に釘を刺すなりしておいた方がいいかもしれんな……」
普段なら気にも止めない所だが、内容の一部を下手に理解出来てしまった為に捨て置く訳にもいかない。
近い内にスカリエッティに連絡を取り、何らかの対抗策を取るべきかもしれないと考える。
念の為、最高評議会の方にもそれとなく警戒するように伝えようとも思ったが……あの三人はスカリエッティを自分達の手駒と信じ切っている。
伝えた所で「無用な心配だ」と言い返されるのが目に見えるようだ。
「言った所で無駄だな……」
予言が書かれた書類をファイルに閉じ、本棚に仕舞った所で乱暴にオフィスの扉が開かれる。
見ると、自分の秘書であり娘でもあるオーリスが荒くなった息を吐きながら開け放った扉に手をついていた。
普段から生真面目で優秀な秘書の娘が取るにしては乱暴な行動に、何かが起きたのだと察するのに時間はかからなかった。
「オーリス、何があった?」
「中将! 外を……空を見てください!」
言われるがままに後ろの窓から日が沈み、暗くなった空を見上げる。
普段なら夜空を彩る星が浮かぶ空……そこに、有り得ない光景が広がっていた。
「なっ……なんだ、あれは?」
レジアスの視界に映り込む物。
夜空に開いた穴と、その穴から出現する炎の翼と大剣を持つ竜人だった。
竜人、シャイングレイモンと肩に乗る青年は目の前に広がる光景に混乱していた。
「これは……どうなってんだ!?」
自分達は荒野であの巨人と戦っていた筈。
巨人とシャイングレイモンの必殺技が激突し、爆発に巻き込まれ……気がつけば眼下に街が広がっていた。
一瞬、自分の故郷である人間界に戻ってきたのかと思ったが街並みや全体的な雰囲気がそれを否定する。
「兄貴、ここは……?」
「俺だってわかんねぇよ。人間界に戻るゲートは閉じたまんまの筈だし……ん? 何かこっちに来るぞ」
青年の視界に自分達へと向かってくる何かが映り込む。
その何かが近づくにつれ、青年とシャイングレイモンは信じられないような物を見たかのような表情になっていく。
「兄貴……人間が、空飛んでる」
シャイングレイモンの呟きに青年は「あぁ……」と小さく頷くしかなかった。
白い服に身を包んだツインテールに髪を纏めた女性と、赤い服と帽子姿の少女が空を飛んでいる。
空を飛べる人間なんてテレビや漫画、ゲームの中でしか見た事がない。
青年は空を飛んでこちらに向かってくる二人を妙な物でも見るような目で見ながら、一つの結論に達した。
「……とりあえず、人間界じゃないのは確実だな」
この世界は自分達が5年前まで住んでいた世界ではない。
空を飛べる人間なぞ自分の故郷である世界には存在しないし、眼下に広がる街もTVですら見たことがない。
つまり、別の異世界と言う事になるのだろうか……と、そこまで考えて青年は考えるのを止めた。
物事をあれこれ深く考えるのは自分の性分ではない。
「あそこの空飛ぶ人達に聞けば、何とかなるだろ」
まさか某ホラーゲームのように「了解、射殺します」といきなり撃たれる事は無いだろう。
やがて空を飛んできた二人組が自分達から少し離れた位置で制止し、手に持った杖とハンマーをこちらに向ける。
「時空管理局です。抵抗せず、そのままこちらの誘導に従ってください」
「妙な真似したら遠慮無くぶっ飛ばすかんな。大人しくしろよ」
「何……っ?」
ジクウカンリキョクだか聞き慣れない単語が出てきたが、青年はそれよりも赤服の少女の言動に反応した。
元々短気な性分である彼に、少女のやや喧嘩腰の言動に反応するなと言うのが難しい事である。
「兄貴、押さえて押さえて」
竜人がすかさずフォローに入り、青年をなだめる。
自分も青年に負けず劣らずの喧嘩好きではあるが、この場で問題を起こすと面倒な事になるのは理解している。
青年もそれは理解しており、「わぁってるよ」と吐き捨て空を飛ぶ二人を見やる。
「そっちの言うとおりにする。さっさと誘導してくれ」
「うん。とりあえず、その竜が降りられる場所に……」
「なのは、地上本部から連絡。本部のヘリポートまで誘導しろってさ」
「本部か……了解」
「あと許可無しに市街地上空飛んでる件についての始末書、明日提出しろだと」
「あはは……やっぱりね」
白服の女性、高町なのはは赤服の少女、ヴィータの言葉に苦笑いで返す。
自分達の所属する部隊、機動六課隊舎にいた時に目の前にいる竜人が空から現れる所を目撃したのだ。
緊急事態だと捉え、たまたま一緒にいたヴィータと共にここまで飛んできたが……無許可での市街地飛行は流石に不味かった。
「はやてちゃんに迷惑かけちゃったなぁ……」
「ったく、六課も立ち上げたばっかだってのに。おい、ボサッとしてないでさっさと来い!」
明らかに苛ついた口調で指示し、さっさと飛んでいくヴィータに青年は表情を引きつらせる。
「あのガキ……何で一々喧嘩腰なんだ……俺に喧嘩売ってんのか?」
「御免ね。あの……ヴィータちゃん、口がちょっと悪いから」
「ちょっと所かすげぇ悪いぞ……年上に対する礼儀ってのをしらねぇんだな」
青年は何やら頷いているが、その横でシャイングレイモンは気付かれないようにため息をしていた。
年上に対する礼儀というなら自分だって人の事言えないだろうに……と、喉まで出てきたツッコミの言葉を必死で飲み込む。
「あはは……」
なのはもなのはで、ヴィータの実年齢は恐らく自分と同年代であろう青年よりも遙かに上であるというツッコミが喉まで出てきていた。
言ったら言ったで説明が色々と面倒であるし、この場でするような話でも無い。
とりあえず青年の言った事はヴィータには内緒にしておいた方がいいだろう。激怒する光景が目に見える。
「それじゃ、ちょっとついて来てくれるかな。すぐそこのタワーまでだから」
「あぁ」
なのはに誘導されるままに、青年とシャイングレイモンは目的地である地上本部のヘリポートへと向かう。
誘導されたヘリポートには杖のような物で武装した数人の男性が待機しており、ヘリポートから施設内部へ続く出入り口前には眼鏡をかけた女性を連れた大柄の男の姿も見える。
少し先を飛んでいたヴィータがヘリポート上空で止まり、さっさと降りろと言わんばかりに下のヘリポートを指さす。
その態度に苛つきつつも青年はシャイングレイモンをヘリポートへ降ろし、シャイングレイモンの手に乗って青年もその肩から降りる。
「でっけぇなぁ……」
シャイングレイモンを見上げながら呟く男の呟きが聞こえる。
十数メートルはあろうシャイングレイモンを間近で見れば当然の反応だろう。
「高町一等空尉、ヴィータ三等空尉、誘導ご苦労」
「レジアス・ゲイズ中将」
大柄の男、レジアスがヘリポートの上に上がり丁度降りてきたなのはとヴィータに声をかける。
二人は姿勢を正し敬礼をする。そんな光景を横目で身ながら青年は「偉そうなオッサンだな」と小さく呟いた。
実際、時空管理局地上部隊のトップにいる人物であり偉い人なのだと彼が知るのはもうちょっと後の事である。
「市街地での無断飛行の件については連絡でも言ったように始末書を提出しろ。後はこちらで預かる、二人とも下がっていいぞ」
「はっ」
「失礼します」
レジアスに促され、なのはとヴィータは徒歩で施設内へと戻っていく。
さっきのように飛んで帰らない事や始末書なんて言葉が聞こえてきた事から、自由に空を飛べない決まりでもあるのだろうか。
青年がそんな事を考えていると、レジアスが顔を向け、眉間に皺を寄せたいかにも不機嫌そうな表情で青年の方へと足を進める。
「お前か、クラナガンのど真ん中で空の上に大穴を開け召喚獣を呼び出すような真似をしたのは」
「んだよ? 俺達だって好きであんな所に出てきたんじゃねぇよ……ってか、召喚獣ってコイツの事言ってんのか?」
青年はシャイングレイモンを指さす。
「コイツは召喚獣とかそんなんじゃねぇ。俺の子分だ」
「子分……?」
「あぁ……ってか、お前いつまで究極体のままなんだよ?」
「えっ……ああ、ゴメン兄貴」
シャイングレイモンが軽く青年へと謝り、体全体を光で包み込む。
光と共に巨体が縮小していき、光が拡散して消えると同時にその姿は大きく変貌していた。
光の中から現れたシャイングレイモンは先程までの雄々しさを感じさせる姿からは想像できない二足歩行の蜥蜴のような姿になっていた。
大きさも十数メートルはあろう巨体から、人間で言えば十歳辺りの子供ぐらいの大きさへと変わっている。
さっきまでヘリポートに膝をついていた竜人の面影など、早速完璧に消えている。
「兄貴ぃ、ずっと進化したままだったから腹減ったよぉ」
口調も少し間抜けな感じで、呑気さを伺わせる。
更には文字通り腹の底から空腹を訴える腹の虫をならしている。
その変貌ぶりに、周りを取り囲んでいた男達……武装局員は皆、目が点になっていた。
「お前なぁ……今はそんな事言ってる雰囲気じゃねぇだろ」
「そんな事言ったってぇ……腹減ったもんは減ったんだよぉ……」
「はぁ……あのさ、後で話でも何でもすっからよ。先に飯喰わせてくんない? おっさん」
「おっ……おっさん?」
初対面の、それも身元不明の青年にいきなりおっさん呼ばわりされる地上本部代表。
周りの武装局員達は開いた口が塞がらず、レジアスの娘であるオーリスは青筋を浮かべている。
「アナタ、初対面の相手に対してその口の利き方は……」
流石に我慢ならず、オーリスが一歩前に出ながら青年を睨み付ける。
「あっ……気に障ったんなら謝るよ。でもさ、とりあえずコイツに飯喰わせてやってくんないかな……?」
そう言いながら青年は腹を押さえ、空腹の余り目を回している二足歩行のトカゲへと視線を落とす。
腹の底から空腹を訴え、今にも倒れそうなその姿は滑稽と言うか間抜けと言うか……言葉に困る。
「……いいだろう。オーリス、食事を用意してやれ」
「中将?」
「話が進まんからな……その代わり、話はちゃんとしてもらうからな」
「あぁ、男に二言はねぇよ」
軽い笑みを浮かべる青年に、レジアスは呆れると同時に少し懐かしいとも感じていた。
地上部隊のトップとなって長くなるが、ここまでタメ口で物事を話されたのは随分と久しぶりだ。
10年前に死んだ……実質、自分が殺したも同然な友以来だろうか。
「ところでキサマ……名前は何という?」
「俺か? 俺は大門大。日本一の喧嘩番長、大門大よ!」
「俺は子分のアグモンだ。よろしくな、おっさん!」
「…………」
何故に二足歩行のトカゲに似た珍獣にまでおっさん呼ばわりされねばならぬのだ。
レジアスは久しぶりに、普段頭を抱える仕事絡みの事以外で複雑な心境を抱いたのだった。
最終更新:2008年08月08日 20:38