第五話「嵐の前」


「シグナム、そっちに行ったぞ!」
「分かっている!」

とある砂漠だらけの星で、シグナムと俺はミミズのような体をした巨大な生物と相対していた。
目的はもちろんリンカーコアの蒐集、このサイズならば結構な量のコアが取れる。

「シュランゲバイゼン!!」

ガシャン
レヴァンティンの柄の一部が前後し、カートリッジを一発消費、その身を一変させる。
そしてシグナムは雄たけびと共に自らの得物を振りかぶり、突撃していく。

ズガシャァッ!!
GYAOOOOOOOOOOOOON!!

掛声と共に振り下ろされたレヴァンティンが砂竜へと叩き込まれ、砂竜は断末魔を上げながら砂の海に倒れた。
得物を鞘に戻しつつ、完全に気絶したことを確認したシグナムが声をかけてくる。

「よし、これでまたページが増える。いい動きだったぞ、ゴウ」
「いや、俺がしたのは軽い援護と気を引くことぐらいだった。今回はお前の手柄だろう」
「そうでもないと思うぞ。飛行魔法もだいぶ上達したし、魔力コントロールも上手くできたんじゃないか?修行の成果が出てると私は思うがな」

ふむ、と俺は自身の手のひらを見つめる。自覚はあまりなかったが、魔導士としての実力は着々と付いているらしい。
俺は自らの中にあるモノを確かめるように、その手を握り締める。

『と言っても、時折私が補助しなければならなかった所も多々ありましたがね。さっきなんか飛行に使う魔力が途切れて落ちかけてましたし』

腰の後ろから聞こえてきた声に、握った拳どころか全身の力がガクッと抜けるのを感じた。
俺は腰の鞘から刀型デバイス「陰牙」を引き抜いてそれに向けて言う。

「感謝は一応するが、一々余計な口を挟むな、陰牙」
『ですが事実は事実です。大切なのは失敗することではなく、失敗を次に活かすことなのですよ、主』
「お前に指摘されるほど馬鹿じゃない。いいから口を閉じてろ」
『認めたくないものですね、若さ故の過ちとは・・・』
「術の的にしてもいいんだぞ…?」
『・・・・・・・・・御意』

ようやく黙った陰牙をしまってシグナムの方を見ると、腹を抱えながら肩を震わせていた。
…はやてみたいな笑い方をしやがって。

「…笑うんじゃない」
「ス、スマン…ブフッ!デバイスと口喧嘩するやつなんて初めて見たんでな…ククッ」
「こいつが口うるさいんだから仕方がないだろう。こっちもいい迷惑だ」
「そうか?結構仲が良さそうに見えるがな」
「フン、まぁいい。それじゃあとっとと蒐集して移動するぞ、長居は無用だ」
「ああ」
『御意』

シグナムは答えたあとリンカーコア蒐集の術式を発動させ、蒐集を開始した。


…俺はふと、なんだか妙な気分になった。
ほんの半年前までは、俺は孤独に生き、一日をただ与えられる任務に費やすことばかりの生き方だった。
それが今では、仲間と共にこんな辺鄙な世界に渡り、魔法を駆使して闘っている。

…仲間、か。
多分俺は、嬉しいのだろう。あの夜失ったもの、望んでも永久に戻らないものと、再びいられて。
そして、こんなろくでなしの男を家族と呼び、受け入れてくれた少女と出会えて。

本来ならば、道を踏み外した男が得るには余りにも過ぎたものだろう。
だが例え共にいることによって罰を受けるとしても、いつかあの場所に帰る時間が来るまで、あいつらと共に生きたい。
そしてあの少女を、はやてを助けたい。今心にあるのはそれだけだった。

(フ…そういえば、誰かからの依頼ではなく、自分の意志で何かの為に動くのは今回が初めてだな。俺もどこか変わったな)


口元を覆う布の下で自嘲的な笑みを浮かべつつ、俺はシグナムの方に振り向く。
しかし、俺はその時見た。シグナムの背後の砂が不意に盛り上がるのを。
蒐集に集中しているシグナムは気がついていない。

「シグナム、後ろだ!」
「何っ!?」

警告を受けたシグナムは危険に気づき、慌ててその場を回避する。
直後、飛び出してきた小型の砂竜が数瞬前までシグナムのいた場所へ向けて喰らいついてきた。

「新手がいたのか…危ない所だった……」
「迂闊だな。物事の終わる瞬間は一番気が緩むんだ。油断するな」
「スマン……って、さっきまでデバイスと漫才やってた奴には言われたくないっ!!」

怒りの四つ角を額に浮かべながら指さしてくるシグナム。残念ながら否定はできなかった。

『一本取られましたね、主』

呑気に言う陰牙。誰のせいだと思ってるんだ。

「冗談はさて置きだ。どうやら幼生体らしいが、こいつも倒せば二匹分の蒐集が出来るな」
「丁度いい、もう一匹…」
「シグナム、ここは俺にやらせてくれんか?」
「え?」

やる気満々のシグナムを制し、俺は言った。

「今度は俺が前面に出る。力が付いているのなら、自分の実力を確かめたい」
「そこまで言うならい構わんが。大丈夫か?見てたろうが、奴は手ごわいぞ?」
「心配してくれるのか?烈火の将殿」
「仲間、だからな。あの夜互いに誓ったろう?」

シグナムは意味ありげに微笑んだ。
俺もその言葉に口元を緩める。

「そうだったな」
「それに、おまえは魔法を教えている弟子みたいなものだ。弟子にこんな場所で死なれちゃ寝覚めが悪い」
「弟子入りしたつもりは無いんだがな…さて、始めるか」
気を引き締め直し、砂竜と向き直る。
凶暴な野生動物の発する闘気が、ビリビリと肌に伝わってくる。

(宇高多の暴れ熊もけかなりのものだったが、コイツはそれ以上だな。…だが負ける気は無い)

GOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!

砂竜の叫び声を合図に、戦闘の火蓋は切って落とされた。
俺は牽制に手裏剣を形成し、続けざまにして投げつける。
しかし、相手のほぼ全身を覆う鎧甲の固さに、放った手裏剣はひとつ残らず弾かれ、消える。

「やはりこの程度では威力不足か…ならば…むっ!」

次の手を考える暇も与えず、その巨体からは考え付かぬ速さで砂竜が突撃してきた。
俺はとっさに上方に飛び上り回避する。

体力、力、丈夫さ、どれをとっても予想以上だ。
だが、所詮は獣、知恵に関してだけは人間に分がある。

俺は懐から自作の煙玉を取り出し、砂竜に向けて投げつけた。
投げたのは忘却玉。一時的に頭の中を真っ白にしてしまう代物だ。

ボンッ!!

鼻先に当たった忘却玉は期待どおりに効果を発し、砂竜の動きを止める。
元々人間用のものだし、あの巨体にそうそう長い時間効いているとは思わない。
だがそんなわずかな隙でも、開発したばかりの術をぶち込むには十分な時間だった。

左手に魔力を集中。作るのはさっきも作った手裏剣状の魔力弾を多少大きくしたもの。
しかし、それだけでは終わらない。その手裏剣の中央に、さらに魔力を集中させ、「球」を形成する。
そして徐々に形になるそれに、性質変化で爆発の性質を持たせる。

手裏剣だけでは威力が足りない。爆裂弾では速度も誘導性も無い。
なら、二つを足せばどうだ。高い威力を持った、高速誘導弾ができるのではないか。
考えは安直かもしれないが、十分な結果を出せるのなら発端など糞くらえだ。
今の俺には確かな力がある。それを使って必要な結果をもぎ取るだけだ。

そして「それ」は実戦で初めて日の目を見る。
喜べ、ミミズもどき。生物相手に使うのはお前が初めてなのだから。
俺は、出来上がったそれを、修練の結果の一端を僅かに見たあと、砂竜へ向けて放つ。俺の「力」の結晶の名前を叫びながら。

「火車剣、行けよっ!」

手裏剣よりやや遅く、しかし今までの爆裂弾とは段違いの速度を持ったそれは、吸い込まれるように静かに近づき、そして轟音と共に破裂した。
瞬間的に周囲を包んだ光が消え、後には鎧甲に大きな焼け焦げを作った砂竜の姿があった。
呼吸が荒くなっており、出てきた時より強い殺気が視線から感じられる。これはキレたな。

俺はその光景を見ながら、対人戦には余り向かないとか、もう少し速度を上げた方が良いか等と考えていた。
自分が変わったなどと思っていたが、戦闘者としての俺の根幹は変わっていないし、錆ついてもいなかったらしい。

「ふむ、あの図体の相手にあれだけ損害を与えられれば威力は十分か」
「やるじゃないか。いつの間にこんな技を」
「つい最近な。それよりまだ仕留められんか……手負いの獣は厄介だからな、暴れだす前にケリをつけるか」
「どうする気だ?」
「それなんだが…お前のさっきの技を見て閃いたものがある。技を借りることになるかもな」
「面白そうだ。見せてもらおうか、弟子よ」
「だから弟子と呼ぶな!」


会話を終わらせた後、俺は左手の手甲を砂竜へ向け、そこから魔力のワイヤーを発射する。
放たれたワイヤーは陰牙の操作により、さながら蛇のごとく砂竜の体に巻きついていく。
砂竜は叫び声をあげてワイヤーを引き千切ろうとしているが、ひっぱる傍からどんどん伸ばしているし、その程度でコイツは切れやしない。
大蛇が自分より小さな蛇に巻きつかれているように見えるその様は、滑稽かつ皮肉なものに見えた。

頭部から体の中ほどまで縛り付けた辺りで、ワイヤーを切り離す。
そして告げる。相手にトドメを刺すべく、感情を込めない声で、最後の言葉を。

「爆ぜろ」

直後、さっきのが爆発が手持ち花火に見えるほどの爆風が広がる。
一帯に煙が濛々と広がり、それが晴れた時見えたのは完全に気を失い、倒れ伏す砂竜の姿。

「流石にこいつは効いたようだな」
「ほぉ、シュランゲバイゼンからヒントを得たのか。しかしよく思いついたな」
「現場での咄嗟の閃きも、忍の術の一つだ」
「ふむ、成程。時に、この技の名は?」
「たった今作ったからな、未定だ。せっかくだから、お前が付けてくれんか?」
「私が?」
「元々お前の技から思いついたんだ。名付け親を頼みたい」
「わかった。では…シュランゲバイゼンの蛇の名を冠し、火蛇(かだ)なんてどうだ?」
「ふむ、まぁ悪くない。それでいいな」
「決まりだな。…ん?」
「何だ?」
「ザフィーラから通信だ。海鳴市でヴィータが敵と交戦中で支援が要るらしい」
「行ってこい。この場は俺が引き受ける」
「そうか、すまない。では頼んだぞ」

話を切り上げ、シグナムは転移魔法で移動していった。
さて、俺は蒐集と…

『主、複数の生体反応が接近中です』

三下共の相手をしてやらなきゃならん。

「分かっている」

さっきの奴と同じ大きさの砂竜が三匹、タイミングを見計らったように出てくる。
察するに、自分たちの親兄弟の仇打ちってところか。
こいつらにそんな知能があるかなんぞ知らないが、こっちにすれば好都合だ。

「許せ、などとは言わない。恨んでくれていい。
理不尽な暴力を行った罪も業も、全て背負う。だから……貴様らのコアも、頂いていく!」

そして俺は陰牙を引き抜き、襲いかかる砂竜の群れに単身突っ込んで行った。
「フゥ……流石に、三体同時相手は骨が折れたな」

砂竜に辛くも勝利した後、近くの岩場で腰を落ち着けていた俺は、溜息とともに漏らす。

『主、体内の魔力量が限界近くです。今日はもう引き上げましょう』
「ああ。だがその前に…」

俺は立ち上がると同時に、ワンアクションで手裏剣を構成、背後の空間に投げつける。
すると何もない筈の空間が歪み、仮面をつけた長身の男が姿を現した。

「貴様が何者か、話してもらおうか。次弾を当たられたくないならな」
「これは驚いた・・・まさかバレていたとは」
「姿を消せば分からないと思っているのは三流だ。絡みつくような気配がヒシヒシ感じられたぞ?」
「なるほど・・・これはうっかりしたな」

言いながらも男に焦るような様子は見られない。
いざとなればすぐさま斬りつけられるよう構えながら、俺は尋問を始めた。

「貴様は誰だ。何故俺を見ていた?」
「お前の実力を確認していた・・・。」
「何?」
「私は闇の書の完成を望む者、とだけ言っておこうか・・・」
「ッ!? どういう意味だ!」
「教えるのはここまでだ。この先はお前には知る権利がない・・・」
「立場が分かっていないのか?」
「無理をするな・・・さっきの戦いで体力も魔力も残り少ないのだろう・・・?」
「…チッ」

舌打ちをして、俺は鯉口を切っていた陰牙を元に戻す。確かに、もう一戦渡り合えるほどの余裕はない。

「さっき言ったとおり、私は闇の書が完全に目覚めればそれでいい。それだけだ・・・」
「どうだかな」
「勘ぐらなくていい・・・ではな」

そこで会話を切り、男は足もとに魔方陣を展開し、溶けるように消えていった。

「…陰牙、奴の後は追えるか?」
『不可能です。恐ろしく厳重に追跡防止の術式が使われています』
「くそ…仕方がない、戻るぞ」
『御意』

俺もまた魔方陣を展開し、地球へと帰還した。


「お帰り、ゴウ。随分かかったな」
「ああ、ただいま。はやてはどうした?」
「今、ヴィータとシャマルと一緒に入浴中だ」
「そうか。で、“ソッチ”はどうだった」

八神家に戻った俺は、リビングにいたシグナムとザフィーラと情報を交換し合う。

「かなり良質のリンカーコアが蒐集できた。10ページ以上はある」
「それは重畳」
「だが悪い知らせもある。管理局の次元航行部隊の人間に姿を見られた。今後は蒐集がし辛くなる」

床に寝そべっていた獣形体のザフィーラが不意に口を挟む。

「次元航行部隊?」
「次元航行艦で各世界を渡り歩いている部隊のことだ。戦闘員のほとんどが空士で、そこらの雑魚より手強い」
「だがザフィーラ、管理局とは一度やり合ったじゃないか?」
「あれは地方の一警備部隊だ。おそらく違法魔導士くらいにしか思われていないだろう」
「だが次元世界を移動する部隊となると話は別だ。我々の過去の情報も調べられているだろうし、反応を検知されれば即座に飛んでくる」
「以前の連中とは別格ということか」
「うむ。それに因縁も出来てしまった」

そう言って自分の上着をめくるシグナム。そこには横一文字の赤い傷痕があった。

「食らったのか?」
「ああ。剣技には自信があったが、一撃な。武器の差がなければどうなってたか…。あいつはきっと、今後も私の前に出てくるだろうな」

その時のシグナムは、心なしか嬉しそうに俺には見えた。
戦闘狂もほどほどにしてほしいものだ。

「それでゴウ、お前の方はどうだった」

ザフィーラに促され、俺は仮面の男のことを思い出したが、この場ではあえてまだ話さなかった。
俺は回収したコアを渡し、そのまま自室へ行って休むために着替えて布団に入る。
薄暗い部屋の中、天井を見上げながら物思いに耽っていた俺に、机に置いた陰牙が話しかけてきた。

『よろしかったのですか、主?』
「何がだ」
『あの仮面の男のことを話さなかった事です』
「情報が少なすぎる。それに余計な懸案事項を増やすのは得策じゃない。あいつらの不安を更に煽ることになる」
『そうですか』
「もう一度現れたら、その時には話す」
『了解。それでは主、良い夢を』
「ああ」

(敵対はしないなどと言ってたが、目的を明かさない辺りが信用できん…このままでは終わらんだろう。
一荒れ、来るかも知れん…な…)

溜まっていた疲れには勝てず、俺の意識はそのままゆっくりと闇に落ちていった。



ちなみに翌朝起床した後、昨晩風呂に入らなかった事を思い出して朝風呂に入ろうと向かったところ、先に入っていたシグナムとバッタリ遭遇。
顔を真っ赤にしたシグナムにしこたまブチのめされたのはあまり本筋とは関係がない話だ。


続く。

 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年09月03日 20:03