夕日に照らされた公園で少女は涙を流し、地に伏せていた。
父が買ってくれた洋服を泥だらけにされても、姉が洗ってくれる髪を無茶苦茶にされてもじっと蹲りながら泣いていた。
それでも数人から受ける理不尽な暴行が止まることはない。
その中には以前、少女と遊んでいたクラスメートまでもが存在する。

「悔しかったら空でも飛んでみろよ」
「お姉ちゃんもロボットなのかな?」
「そんな訳ないじゃん、こいつはどっかから拾われてきたんだよ」

笑いながら突き刺してくる言葉や暴力は別に痛くない、もう慣れてしまった。
でも涙が流れてしまう。
自分のこの状況を家族に言うなど出来なかった。
もしそんなことをしたら、姉がクラスメート達に何か言うに違いない。その結果優しい姉までもが自分のように暴行を受ける毎日を送ってしまうだろう。
それだけは嫌だった。
だから、いくら泥だらけになった理由を家族に問われても、適当な嘘をついて真実を隠し続け、暴力を受ける毎日を送っていた。
初めは当たり前のように周りに溶け込み、無邪気に遊んでいたはずだった。
だがある日を境にそれはあっけなく崩れてしまう。
彼女は自らの体が原因で、周囲から突き放されていった。
初めのうちは庇ってくれるクラスメートも何人か存在し、守ってくれていた。
しかし人間ではない彼女は受け入れられず、やがて味方だったはずの彼らからも疎まれていき、独りになってしまった。
石を投げつけられたり、授業で使うノートや教科書を破り付けられたこともあったがもう気にならない。気にしても意味がない。
ただ一つだけ気になることがあった。
涙でぼやけていく視界の中で、姉とお揃いのキーホルダーが壊されていたこと。
お金を稼いでくれた父が、姉妹の為に買ってきてくれたのに。
自分とお揃いと聞いて姉が喜んでいたのに。
痛みよりも、二人への罪悪感で少女から涙が流れる。

「あ、こいつまた泣いてるよ」
「もう観念したのかな」
「違うよ、油断させて逃げようとしてるんだよ」
「何て卑怯なんだ、悪いロボットは平和の為にやっつけるべきなんだ」

何か言葉が聞こえてくるが聞いていない。
いや、聞きたくない。
我慢すればいつかは終わるから。
容赦のない拳と蹴り、木の棒を使った打撃が、少女の脇腹や背中を襲いかかってきて、髪も引っ張られる。
やがて少女は暴力を悲しむより、楽しいことを考えるのに頭を集中させて、瞳を閉じていく。
疎まれる前、クラスメートと送った毎日。
父と姉の優しさ。
亡くなってしまった母の笑顔。
どれも楽しいことのはずなのに、思い浮かべれば浮かべるほど涙が溢れていく。
まるで全てが遠くに消えていってしまうようだった。


突如、暴力が止んだ。
少女は目を開き、顔を上げた。暴力を振るっていた子供達の姿はそこにはない。
かわりにその男が立っていた。
そして男は少女に手を差し伸べ、語り合った。




「お婆ちゃんが言っていた。人が歩むのは人の道、その道を拓くのは天の道」

男は真っ直ぐにこちらを見つめながら左腕の人差し指を天に指し、父親のような優しい声で少女に言う。
その瞳からは一切の弱さが感じられない。あるのは太陽のような絶対なる強さと優しさ、大いなる安心感だった。
優しい父と姉。この時の彼女には心を開ける人間は二人しかいなかったが、不思議とその男とは本音で話すことが出来て、心も安らいでいく。

「お前は一度でも理由もなしに誰かを傷つけたことがあるのか?」

問いかけに対し少女は首を横に振る。

「なら大丈夫だ、世界はお前の敵じゃない」

男は言う。
やがて少女にそれを差し出す。すると表情に笑顔が生まれ、瞳の涙も消えていった。

「困難が多いだろうが、お前自身が変わろうとすればお前を取り巻く世界も変わる」
「本当?」
「ああ、本当だ」

互いに目を合わせ、穏やかに微笑む。
そして二人はある約束を交わした。
気弱で泣き虫なのは変わらなかったが、少女はこの時から一歩前に進むことが出来た。
その約束が何だったのかはもう覚えていない。しかしそれが自分が変わるきっかけとなれたことだけは確かだった。
やがて別れの時となり、男は少女に囁いた。

「未来で待ってるぞ……」



そして彼女は憧れとなる人間と出会い、誰かを守れる強さと勇気とを手に入れた――



~12年後~



その日、銀色の制服に身を包む港湾警備隊 特別救助隊員――スバル・ナカジマは昼食を終えたので午後の仕事に入ろうとしていた。
普段共にいる相棒――マッハキャリバーはその手の中にはない。
最前線で救助を行う彼女は連日のように行う訓練、陸海空問わずの救助活動によりデバイスに負担がかかる恐れがあるので、急遽点検が必要となった。
別に定期的な検診が必要というわけではないが本番時に何か不備があってからでは遅い、その為現在メカニックに預けている。
そろそろ整備を終えてる時間なのかもしれないので、マッハキャリバーを取りに行く為にメカニックのいる建物へと向かっている。
するとそれが目に入り、足を止めた。


「ん、何これ?」

道の真ん中にあるそれをつまみ上げる。
それは親指にも満たない大きさを持つ緑色の石ころだ。
石ころと言ってもそれはエメラルドに近い輝きを放ち、一種の美しささえも感じさせる。
太陽に照らすと更に輝きを増しそうだった。

「落とし物かな?」

まじまじと見つめていると突如辺りが薄い暗闇に包まれていく。
それに気が付いたスバルは上空の太陽を見上げる。
見るとその光が黒い球体に遮られ、オーロラのように淡い光となってコロナが浮き出てくる。皆既日食だ。
日食とは太陽の一部分、あるいは全体が月によって覆い隠される現象だ。
部分的に隠れる「部分日食」は2、3年に一度の割合で見れるが、今回起こってるのは全体が隠され、数十年に一度の割合でしか起きない「皆既日食」だ。
スバルは初めてそれを見たのか石ころを握りしめたまま、その神秘的な光景に心を奪われている。
すると突如、自分の右手から熱が発せられるのを感じた。握り拳を解くと拾った石から緑色の波動と物凄いパワーが放たれている。

「え、何!?」

驚愕の声を出した途端、目の前の空間に亀裂が生じ、やがて周囲が歪んでいく。
突如発生した断層の向こう側に広がるのは、無限に広がる虚無の空間だった。
何が起こってるのかは理解出来ないが、ここからすぐ離れるべきだ。
本能でスバルはそう感じ、その場を離れようとするが遅かった。
悲鳴を上げる暇もなく歪みはまるで自らの意思でも持つかのようにブラックホールのようにその体を吸い込み、虚無へと放り込んでいく。
周囲に人の気配が無いのに加え、監視カメラも設置されていなかったので異変に気付く者は誰もいない。
スバルが握りしめていたエメラルドグリーンの石ころは地面に落下し粉々に砕け散ってしまう。
やがて歪みが消え、彼女の姿はミッドチルダから消えていった。



そして世界は繋がり、伝説は再び始まった。
最強男の伝説が――


仮面ライダーカブト レボリューション 序章



その1 交錯する時空




類い希なる才能を持ち、『天の道を往き、総てを司る男』と称した男――天道総司。
幼い頃に両親を亡くし祖母に引き取られた彼はその名の通り、自分に絶対の自信を持ち『選ばれし者』と信じた男だ。
一見すると傲慢な面が強く、自分勝手な人間と思われがちだがその心には熱い精神が宿る。しかしそれを表に出すことはない。
実の妹――日下部ひよりを守る為にワームと戦うことを決意し、7年という時間を費やし己を鍛え続けた。
長きに渡る鍛錬の結果ついに未来を掴み取り、太陽の神――仮面ライダーカブトへと選ばれ、妹を含む全人類を守り抜いた。




フランスの異人館の如く豪華な外見を持つ美しい豪邸の広いリビング。
そこである兄妹が朝のやり取りを交わしていた。

「お兄ちゃん! 行ってきま~す」
「ああ、気をつけるんだぞ」

ある日曜日、ネズミ色の作務衣を身に纏いソファーに腰を下ろす20代の青年――天道総司は新聞の一面から目を離し、細長い体をセーラー服に包み、天真爛漫な笑顔で学生カバンを持つ少女――天道樹花を笑顔で見送った。
樹花は天道のことを『お兄ちゃん』と言うが実際に血のつながりがあるわけではなく、幼い頃に両親を亡くした天道が祖母に引き取られてから誕生した義理の妹だ。
もっとも、その絆は本物の兄弟のように深いが。
妹が玄関のドアを開いて外を出るのを確認すると、天道は再び号外に目を通す。

『原因不明の皆既日食多発!』

最近メディアがこぞって大衆に流している話題。
天道は視線を集中させるようにその記事を眺める。ここ数ヶ月の間、本来ならば数十年に一度しか起こらない皆既日食の多発。
この通常ならばあり得ない現象が、何かが起こる前兆ではないかと彼は感じている。
人類の未来を守る為に最大の敵――グリラスワームとの戦いに勝利してからも、彼は未だ人間に危害を加えるワームの残党と戦っていた。
しかしその度に奇妙な現象が起こる。戦っているワームが空間を裂いて逃亡、残党とは思えないほどのワームの出現。
加えて対ワームの最強兵器――ハイパーゼクターを召還しようとしてもあの戦いから一度も現れないことが、天道にとって最も不可解だった。
あれは天道の意思があればどの時空、どの次元をも飛び越えて手元に来るはず。もしや連日の皆既日食に関係しているのか。
一年の月日が経つ頃には全滅したのかワームの姿は見られなくなった、しかし安心はできない。
ハイパーゼクターが現れずZECTも解散した今、異国の旅から帰ってきた天道は万が一の時に備えて再び体を鍛えることにした。
新聞を読んでいた彼の敏感な神経がそれを察知する。



「何だ? この違和感は……」

おかしい。
世界の何処かで歪みが生じている。
何かがこっちに来る――?

感じ取りながらぽつりと呟くと、それは起こった。
目の前の空間に亀裂が生じ、裂け目が出現する。
そこから発せられるエネルギーはリビングの中を縦横無尽に駆け巡り、天道の肌に突き刺さっていく。

「これは一体!?」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

突然絶叫が響いてきた。
裂け目の向こう側から弾丸のように何かが飛んできて、それは物凄い勢いで床に衝突する。
それと同時に空間の亀裂と謎のエネルギーは消滅し、この部屋に静寂が戻った。
一体何が降ってきたのか。天道は落下物の正体を確認する、もしワームだったら戦闘態勢を取らなければならない。
しかし落下物の正体は天道の予想を遙かに裏切るものだった。

「痛った~……ここ何処~?」

見ると青色のボーイッシュな髪型に、小柄で華奢な体つきの少女が一人、そこにいた。
歳は義理の妹である樹花より少し上、実の妹の日下部ひよりとほぼ同い年に見える。表情からはあどけなさが残るものの、強い意志みたいなものも感じられた。
銀色が基調のレディーススーツを着ているが、それがこのような少女に似合うかどうかは別だ。
肩を強打したらしく、苦痛の表情を浮かべながら左手でさすっている。
その様子を天道はただ見つめるしかできなかった。
少女は柔らかい声を出しながらキョロキョロと周りを見渡すと、天道のことに気付いたのか目を合わせる。

「あ、こんにちは~……」

少女は天道に頭を下げ、挨拶をするしかできなかったようだ。




「なるほど、事情は分かった」

スバルは目の前の青年と視線を合わせるかのようにリビングに備え付けられたソファーに腰掛け、膝の上に履いていた靴を乗せている。
あれから自らの名前を名乗って、事情を簡単に説明していた。
道を歩いていると急に変な裂け目に飲み込まれ、気がついたらここにワープしてしまったと。
しかしミッドチルダという世界から来たこと、デバイスやロストロギアといった専門用語、時空管理局の存在については一切口外していない。
理由はここがミッドチルダではなく、管理外世界の可能性が十分にあったからだ。
まず青年の着ている服がスバルには見慣れないものだった、ミッドチルダでこんな格好をしている人間など見たことがない。
せめてマッハキャリバーさえ手元にあれば今いる場所と先程通った空間の正体が判明できるかもしれないのに、今は整備に出している。
最悪のタイミングだった。
言語がミッドチルダと共通ということが唯一の救いだろう。
スバルがこの部屋に流れ着いた際に通った空間の正体が何なのかは分からない。
少なくとも入り口が魔法陣ではなかったので転送魔法、あるいはキャロやルーテシアが使う召還とは違うかもしれない。
そしてこの出来事に関する唯一の手がかりと思われる、緑色の輝きを放ったあの石は虚無に飲み込まれる際に落としてしまったことに気付く。
青年はこのような突飛な話を真剣な表情で聞いている。スバルの言うことに何の疑いも持ってなさそうだった。
端整な顔立ちで若々しいが、歳は自分や姉のギンガ・ナカジマよりも上だろう。
その表情からは得体の知れない強さとオーラを放ち、あらゆる分野の達人にも見える。

「驚かないんですか?」
「何故驚く必要がある」

青年に投げかけた疑問をあっさりと返されたので、スバルは呆気にとられる。
やがて数秒の間が空くと、青年は再び口を開いた。

「ナカジマと言ったな、一つ聞く」
「何ですか」
「お前、掃除や食器洗いは得意か?」

質問の内容は意外なものだったので、一瞬戸惑ってしまう。



「え?」
「聞いてるんだ、答えろ」
「ええ、普通にできますよ」

傲岸な態度をとる青年の質問にあっさりと答えた。
主婦のいないナカジマ家は基本的に家族で分担して家事を行っている。スバルやギンガはもちろん、父のゲンヤも例外ではない。
そういった家事を繰り返したおかげで掃除はもちろん食器洗い、更には料理や洗濯も人並みにはできるようになっている。

「よし、決まりだ。着替えてくるから外で待ってろ、玄関は向こうだ」

それを聞いた青年は何を思ったのか立ち上がり、人差し指でスバルの背後を指すと部屋から出て行く。
言われるままスバルは玄関で靴を履き、豪華な作りのドアを開いて外に向かう。
振り向くと目の前に飛び込んできた光景を見て、彼女は目を丸くした。

「うわぁ……!」

美しい。
その一言でしか表現出来なかった。
目の前に飛び込んできた建物は壁や窓、周囲に植え付けられている木々や花。全てにおいて調和が取れていて、見るもの全てに億万長者が住む豪邸というイメージを焼き付けるだろう。
ミッドチルダ首都、クラナガンでも滅多に見られない。
スバルは自分がここから出てきたと言うことを認識すると、何とも言えない複雑な気分になってしまう。

「何をやってるんだ、行くぞ」

この光景に目を奪われていると、外出着なのかカジュアルな服装に身を包んだ青年が家の中から現れた。




「これから何処に行くんですか?」
「黙ってついてこい」

スバルの投げた質問はあっさりと返されてしまう。
彼女は今、青年の後をついて行くように見知らぬ道を歩いている。辺りは閑静な住宅街で、平和という言葉がよく似合いそうだった。
JS事件で戦ったガジェットやナンバーズによるテロ、マリアージュ事件の様な連続殺人事件が多発していたミッドチルダと比べれば戦乱という言葉とは無縁そうに見える。
しかしそんな穏やかな道とは裏腹に、現在のスバルの心境はあまり良いものではなかった。
男女が二人きりで道に歩いているという光景は端からはデートに見えるかもしれない。しかし先程から二人の間には沈黙しかなく、ただ歩いているだけだった。
当然スバルは何度か青年に話しかけたがその度あっさりと一言で返され、終わるの繰り返しだった。それは彼女にとって少し息苦しいようだ。


彼女とコンビを組んでいたティアナ・ランスターとも訓練校時代、最初は上手くいってなかったが話題を振れば会話は出来たし、向こうから話しかけてくることもあった。
しかし、目の前の青年が自分から話しかけてくるということは家に出てから一度もない。
何か話題を振った方がいいのだろうか。
そう考えたスバルは知恵を絞り、思い当たった疑問を青年に投げかけた。

「え~と、そういえばあなたの名前は何て言うんですか? せっかくなので教えて下さい」

笑顔を浮かべながら質問した。
正直、これが限界だった。趣味や好きな食べ物の質問をしてもまともな答えが返ってくるとは思えない。
この程度なら普通に答えてくれるはず。
スバルのその考えが間違いだったということに気付くのはすぐだった。

「お婆ちゃんはこう言ってた」

質問を聞いた青年は急に足を止め、振り向くと同時に左手の人差し指を天に掲げる。

「俺は天の道を行き、総てを司る男」

高らかと宣言する青年を祝福するかのように、太陽の光は照らし続ける。
まるで自分が世界の中心であるとでも言うかのように瞳の中には強い意志が宿り、圧倒的な存在感が感じられた。

「俺の名は……天道 総司」
「……へ?」

青年の名乗りに対して、スバルは呆気にとられるしかできない。
会って間もない人間に対して失礼かもしれないが、ほんの一瞬だけ変人という言葉が頭の中を駆け巡っていく。
一体何を言っているのかこの時はまだ理解出来なかったが、今の一言にとてつもない力が込められていたということだけは確かだった。



それが天の道を行き、総てを司る男――天道総司との出会いだった。



その2へ続く

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最終更新:2008年09月13日 02:35