新暦0075年5月13日、密輸ルートで運び込まれたロストロギア〝レリック〟をガジェットと呼ばれる魔導兵器が発見、輸送レールを襲撃するという事件が発生。
今回確認されたガジェットは三種類、いずれの機種もAMFを搭載していた。
件のリニアレールの周囲には数体のムガンも確認されたが、ガジェットとの関連は不明。
ムガン出現による出撃要請を受け、機動六課前線部隊が正式稼働後初の緊急出撃、隊員一同の活躍もあり事件は無事に解決。
同日、ベルカ自治領の市街地に大量のムガン出現を確認、別件で現場に偶然居合わせた八神はやて部隊長及びフェイト・T・ハラオウン隊長が迎撃活動に参加。
敵の物量に押され一時危機的状況に陥ったが、ロングアーチ管制班の搭乗する新型魔導兵器〝ガンメン〟の投入により戦局は好転、無事殲滅を完了。
戦闘終了後、刻印ナンバー44のレリック及びコアドリルを回収、両者は機械的に接続されており、今回のムガン大量発生の人為的事件性が指摘されている。
なお、今回確保した二つのレリック及びコアドリルは、現在中央のラボにて保管・調査中。
――機動六課部隊長補佐、リインフォースⅡの勤務日誌より抜粋。
「……と、ここで綺麗に終わっとけば万々歳やったんやけどなー」
「ですー」
数日前の勤務日誌を読み返しながら、はやてとリインフォースⅡは揃って息を吐いた。
スバル達前線部隊の初陣は、確かに初任務としては上々の形で幕を下ろした。
併行して発生したベルカ自治区のムガン出現事件も、隊長格二人や聖王教会騎士団の奮闘、更に途中参戦したガンメン軍団の活躍により壊滅の危機は免れた。
新設部隊としては悪くない滑り出し、しかし問題が全く無い訳ではなかった。
鉄道会社や一般乗客による、車両の破壊や運航ダイヤの遅れによる各種損害への苦情や賠償請求。
ベルカ市街地での戦闘における情報伝達ミスによる被害の拡大や、八神部隊長の越権行為。
更に魔力資質の低い内勤職員の前線投入や、それによる質量兵器保有の疑惑等々、浮上した問題を挙げればきりが無い。
これらの問題に対し時空管理局地上本部は八神部隊長を緊急召喚、部隊の管理責任を追及した。
そして、その結果――、
「――降格してもーた」
あははははーと呑気に笑う部隊最高責任者に、なのは達は思わず嘆息を零した。
今回の失態へのペナルティとして、はやての一階級降格の他にガンメンのデータ提出と査察の受け入れ、そして近々開催される骨董品オークションの警備への人員派遣が通達された。
中々に手痛いペナルティではあるが、しかしこの程度の追及で済んだことは機動六課という組織としては寧ろ僥倖と言える。
充実した人員や潤沢な予算などの本局の各種優遇措置、それに聖王教会との関係など、余所から疎まれる要素には事欠かない。
最悪の場合、部隊解体という洒落にならない事態も十分あり得たのだ。
それなのにこの緊張感の無さ、こいつは事態の深刻さを解っているのだろーか……ジト目で睨む隊長陣一同に、はやて二等改め三等陸佐の笑顔が引き攣る。
「ま、まぁアレやな! 終わり良ければ全て良しと……」
「いや何も終わってねーだろ」
「はやてちゃん、実は何も考えてないでしょ?」
強引に話を終わらせようとするはやてにヴィータが容赦なくツッコミを入れ、なのはも疲れたように息を吐いた。
他の面々も二人と似たり寄ったりな表情を浮かべて呆れている。
なのはの右手には白い包帯が巻かれている、その下には列車奪還任務の際に負った傷が今でも生々しく残っている。
デバイスとはいえ刃物を素手で握るという無茶の代償は、消えない傷跡としてなのはの右手に深く刻み込まれた。
傷は深く、シャマル曰く一歩間違えていれば指や掌の神経を切断し、最悪の場合二度とデバイスを握れなくなっていた程だという。
ある意味管理局の広告塔とも言えるエースオブエースに致命傷一歩手前の傷を負わせたという事実も、なのはの上司であるはやてへの風当たりを強くしていた。
治療の際、なのはは魔法による負傷の完全治癒を拒否、自身への戒めとして傷跡を残すことを選んだ。
この右手の痛みが、生涯肌に残る醜い傷跡が、誓いを忘れ、間違えてしまった愚かな自分を思い出させてくれる……未だ傷の塞がらぬ右掌を、なのははぐっと握り込む。
握った拳の中を、鈍い痛みが電撃のように走った。
「ところで、前線部隊の訓練の方はどんな塩梅なんや?」
唐突に話題を変えたはやての問いに、なのはは一瞬反応が遅れた。
代わりに隣のヴィータが口を開く。
「順調も順調、怖ぇ位に快調だ……デバイスの第二形態のリミッター解除を急遽繰り上げようかって、なのはとマジ顔突き合わせて話し合わなきゃならねー程にな」
ヴィータの科白に、はやて達は唖然と目を見開いた。
スバル達の新型デバイスには幾重にもリミッターが組み込まれ、訓練の進度や成長の度合いによって順次解除していくという教導方針を採っている。
新人達の訓練開始から一ヶ月強、第二形態解放は時間の問題だとは思っていたが、どうやら四人の成長は自分達の予想を大きく超えていたらしい。
「……異常なまでの成長速度だな」
「そうね。これがロージェノムさんの言う〝螺旋力の覚醒〟だとしたら……あの子達が一体どこまで伸びるのか、空恐ろしくなるわ」
硬い表情で呟くシグナムに、シャマルも同意の声を漏らす。
「スバル達は強くなるよ」
二人の言葉に、なのははそう言って鈍痛の走る右拳を握り締めながら天井を見上げた。
教官というものも因果な役職だ……自分と空を隔てる冷たいコンクリートの塊を見上げながら、なのはは薄く自嘲する。
己の全てを教え授けようと意気込んで、厳しくも大切に丁寧に育ててきた筈の教え子達は、しかし気がつけば自分の手を離れて己の道を一人で歩き出している。
教導を始めて一ヶ月強の今の時点で、この科白は早過ぎるかもしれないが、それでもそう思わずにはいられなかった。
「わたし達を超えて、限界という天井すらも突き抜けて、どこまでも……」
天井を見上げたまま淋しそうに呟くなのはを、はやて達は無言で見詰めていた。
轟、轟轟――雲の壁を突き破り、蒼穹のサーキットを鋼の巨人達が縦横無尽に駆け抜ける。
人型汎用魔導兵器グラパール、それが三体。
轟くエンジン音の咆哮は不可視の刃となって地上に降り注ぎ、衝撃波の斧が朽ちた街に止めの一撃を見舞う。
崩れ落ちる廃ビル、抉れる地面……だが刃金の覇者達はそのような〝路端の石ころ〟など気にも留めず、空色の舞台で闘争のダンスをひたすら踊り続ける。
『うおおおおおおおおおおっ!!』
額にブレードアンテナの一本角を装備した青色のグラパール、エリオの駆る機体が腕のブレードを引き抜き、背面スラスターを爆発させるような勢いで噴かして加速する。
同時に左右の側頭部から獣の耳のようにアンテナを生やした桃色基調のグラパール、キャロの専用機がハンドガンを構え、エリオ機を援護するように魔力弾を撃ち出した。
『シューティングレイ!!』
凛としたキャロの声と共に放たれた二発の魔力弾が、漆黒の機体色以外は特に特徴の無い三機目のグラパール――区別上、以後〝プロトグラパール〟と呼称――に迫る。
更にエリオ機の握るブレードの切っ先に紫電が迸り、まるで鞘を被せるように電撃の膜が刀身全体を覆う。
『メッサーアングリフ!!』
エリオの怒号と共に、電光を纏う鋼の刃がプロトグラパールへと鋭く突き出される……が、
「……ふん」
漆黒のグラパールのパイロットシートに窮屈そうに身を納める巨漢、ロージェノムは、迫り来るエリオ機の突撃を鼻で笑う。
プロトグラパールが緩慢な動作で右腕を突き出し、そして親指と人差し指、二本の指先で挟み込むようにエリオ機の切っ先を受け止めた。
瞬間、掴まれた切っ先からまるで毒に侵されるように、ブレードを覆う電撃の「鞘」が霧散していく。
死角に回り込みながらプロトグラパールを襲うキャロの射撃魔法も、着弾の直前に粒子レベルに分解されてしまう。
AMF……エリオは忌々しそうに表情を歪めた。
先日のリニアレール襲撃事件の後、サンプルとしてレリックと共に回収されたガジェットの残骸。
スクラップ同然の残骸からサルベージしたAMF発生システムを、ロージェノムはグラパールの防御システムに組み込んだのだ。
対物理バリアとAMFという二重の楯に護られたプロトグラパールに、エリオ達の攻撃は切っ先一つ、弾丸一つとして通せなかった。
「その程度か? 魔導師よ……」
気だるそうなロージェノムの声と共に、プロトグラパールがブレードを掴む指先を弾いた。
直後、まるで見えない壁をぶつけられたかのようにエリオ機が吹き飛ぶ。
『エリオ君!』
キャロ機に受け止められ何とか体勢を立て直す青い同型機をつまらなそうに一瞥し、プロトグラパールは姿の見えない〝四機目〟を探して視線を彷徨わせる。
正面から左右、背後に頭上、そして足下……いた。
眼下に広がる瓦礫の山、廃棄都市のなれの果て、その一角に確かに見つけた。
倒壊しかけた廃ビルの屋上で右腕を突き出し、掌の中に橙色に輝く大粒の魔力弾を生成集束させている、今は紅蓮色に塗り替えられたかつての愛機――ラゼンガン。
否……モニタースクリーンを眺めるロージェノムの双眸が、怪訝そうについと細まった。
あそこにいるのはラゼンガンではない、肝心の頭が分離している。
ラゼンだけか、ではラガンはどこへ消えた?
索敵の網を蜘蛛の巣のように張り巡らせるプロトグラパールの周囲を、まるで道のように幅広な光の帯が突如幾重にも取り巻いた。
これは確か、ウィングロードとやらだったか……まるで周りの空間ごと捕らえるかのように球形に機体を取り囲む光の檻を、ロージェノムは興味深そうに眺め遣る。
その時、プロトグラパールの頭上で何かが光った。
雄叫びを上げながら漆黒の巨人に急速接近する、額と両腕からドリルを生やした「顔」……ラガンだ!
「不意を衝いたつもりだろうが……甘いな」
欠伸交じりなロージェノムの呟きと共に、プロトグラパールが右腕を持ち上げ……その時、空色の光の鎖が鋼の右腕を絡め取った。
バインド……モニタースクリーンを走るロージェノムの瞳が、掌から魔力の鎖をのばす青いグラパールを捉えた。
『うおおおおおおおおおおおっ!!』
スバルの声で怒号を轟かせながら、ラガンは着実にプロトグラパールに近づいている。
ウィングロードの監獄に囚われ、その上バインドの鎖に繋がれた今、迫り来るラガンの一撃を躱すことは不可能だろう。
だが対抗策が無い訳ではない……躱せないならば正面から打ち砕けば良い、それだけだ。
「この程度で王手を掛けたなどと」『思ってる訳ないでしょうが!!』
怒号するロージェノムへの返答の声は、即座に、それも背後からもたらされた。
廃ビルの屋上に仁王立ちするラゼンが蜃気楼のように消え失せ、代わりにプロトグラパールの背中の向こうに〝頭の生えた〟ラゼンガンが突如出現する。
『クロスシフトC、征くわよ!!』
ティアナの怒号と共にラゼンガンが尻尾を引き抜き、渾身の力を籠めて刀のように振り下ろした。
同時にエリオ機もブレードを構え、バインドの鎖を巻き取りながら弾丸のようにプロトグラパールに突撃する。
『テールサーベル、脳天唐竹割りぃ!!』
『シュペーアアングリフ!!』
挟み撃ちにするように前後から迫るラゼンガンの偃月刀とエリオ機のブレードを、二条の刃金の煌めきが受け止める。
いつの間にかプロトグラパールの左右の手には、エリオ機と同じブレードが握られていた。
二刀流……瞠目するティアナの前に通信ウィンドウが展開し、不敵な笑みを浮かべたロージェノムの顔が映し出される。
『まさか尻尾にそんな使い方があったとはな、些か驚いた。だが戦とは敵の裏の裏を衝くもの……詰めが甘かったな』
いけしゃあしゃあと……ロージェノムの挑発に激昂しかける感情を、ティアナは理性で無理矢理抑え込んだ。
頭を冷やせティアナ・ランスター、戦いの必需品は熱いハートとクールな頭脳だ。
「アンタが裏の裏を衝くって言うんなら、アタシは裏の裏の裏を攻めるまでよ! ギガドリル――」『遅い』
左腕をギガドリルに変形させるラゼンガンの一瞬の隙を衝き、プロトグラパールがブレードを滑らせた。
鈍色の軌跡を虚空に描きながら横薙ぎに振るわれたブレードの切っ先は、ラゼンガンの首筋に正確に吸い込まれ――次の瞬間、まるですり抜けるように〝首の中を素通り〟した。
手応えは無かった。
まるでそこに何も無いかのように、まるで幻でも見ているかのように。
幻術……驚いたように目を見開くロージェノムの前で、ラゼンガンの頭部が陽炎のように揺らめきながら消え去った。
更に残る首から下の部分も、まるで肉体の成長が退行したかのように一回りサイズが縮み、左腕のギガドリルも霞のように消滅した。
そしていつの間にか周囲を取り囲むウィングロードの檻さえも、まるで幻のように魔力光の残滓すらも残さずに消え失せている。
ただ一つ、雄叫びと共に頭上から流星の如く突進するラガンだけは、消え去ることなく未だ存在していた……恐らくあれは、あれだけは本物なのだろう。
全ては幻、空の上のラガンを如何に〝偽物らしく見せる〟かという一点だけに徹した道化芝居……この時になってロージェノムは漸く全てを理解した。
「敵に裏の裏の裏まで読ませておいて、実は裏の裏の時点で正面突破! クロスシフトCの〝C〟はCheat(詐欺)のC、深読みに溺れて沈んでなさい!!」
ロージェノムの思考を読んだかのようなタイミングで、この企てを演出した策士――ティアナがラゼンのコクピットで高らかに笑う。
エリオのバインドを引き千切り、プロトグラパールが背面スラスターに火を点す……が、
『逃がさない……クロスファイヤーシュート!!』
ティアナの怒号と共に生成された無数の魔力弾が、離脱しようとするプロトグラパールに四方から襲いかかった。
怯む漆黒の機体を橙色と薄桃色に光る新たな鎖、ティアナとキャロのバインド魔法が拘束し、更にエリオも鎖を再構成して、三方向からプロトグラパールの動きを封じ込める。
「スバル! やっちゃいなさい!!」
声を弾ませるティアナに応えるようにラガンのドリルが、バインドの鎖に拘束されたプロトグラパールに真っ直ぐに迫る。
『ラガンインパクト!!』
スバルの声で蒼穹を震わせるラガンの咆哮を、ロージェノムは愉快そうな笑みと共にモニタースクリーン越しに見上げる。
そして、次の瞬間――、
「ぜーったいに、納得出来ない! 認めたくない!!」
モニタースクリーンの一面に表示される「YOU LOSE」の二単語を怨敵でも見るような目で睨みながら、ティアナはシミュレーターの筺体を力任せに殴りつけた。
エリオとキャロは落ち込んだように表情を曇らせ、スバルは精魂尽き果てたような顔で床に座り込んでいる。
策は完璧だった。
逃げ場は封じ、隙も潰し、万が一必殺のラガンインパクトが躱された時のための次なる一手も用意していた。
常識的に考えて、並の人間ではティアナの策略の檻から抜け出すことは不可能、その筈だった。
ティアナ達の敗因はただ一つ……敵が「並の人間」でも「常識の通じる相手」でもなかった、ただそれだけだ。
正面の大型モニターでは、模擬戦の決着の瞬間――つまりティアナ達の敗北の瞬間――が、まるで嫌味のように何度もリピート再生されている。
モニターの映像を苦々しそうな目で見上げながら、ティアナは屈辱の瞬間を反芻した。
それは一瞬の出来事だった。
重力をも味方につけて垂直降下したスバルのラガンは、プロトグラパールの額から突如飛び出したニードル状のドリルに突ら抜かれてあっさりと撃沈、断末魔の絶叫と共に爆破四散した。
スバル撃墜のショックを引きずりながらも即座に反撃の刃を振り上げるエリオのグラパールとティアナのラゼンを、プロトグラパールは身を縛る三重のバインドごとブレードで一刀両断。
返す刃でキャロのグラパールのコクピットを貫き、シミュレーションは終了。
まさに瞬殺だった。
「機体性能は互角って言ってるけど、アレ絶対嘘よ! 詐欺よチートよインチキよ!!」
憤慨するティアナに便乗するように、モニター越しに模擬戦を観戦していたメカニック達も騒ぎ出す。
「そうだ! 幾ら何でもアレは酷いぞ!?」
「子供に華持たせる優しさはねーのか、あの髭親父は!!」
「大人げねーぞ所長! ガキ共に賭けた俺の食券返せーっ!!」
好き勝手に野次を飛ばすメカニック達だったが、当の本人が筺体を軋ませながら顔を出した瞬間、まるで時が止まったかのようにブーイングの嵐は消え去った。
エリオとキャロも、何かを言いたそうな顔でロージェノムを見つめていたが、結局何も言わずに視線を逸らした。
先頭を切って不満を爆発させていたティアナでさえも、いざ本人を前にすると流石に委縮してしまい、顔を強張らせながら自然と後退りする。
そしてスバルは……いつの間にかシミュレーターの筺体に背を預けて舟を漕いでいる、論外だ。
このオッサンに正面から文句を言える奴がいたら見てみたい……メカニック達の顔に浮かぶ畏怖の表情が、この場の支配者が誰かを雄弁に語っていた。
だが――、
「もう……駄目ですよ、ロージェノムさん。あんまり虐め過ぎちゃ……」
王の横暴に真っ向から異を唱える勇者もまた、確実に存在した。
「この子達はこれからが伸び盛りなんですから、成長の芽を潰すような真似は困ります」
そう言って困ったような、それでいてどこか怒ったような表情でロージェノムを見上げるのは、教導隊の白い制服に身を包む隊長陣筆頭、誰もが認めるエースオブエース。
「なのはさん……?」
思わぬ人物の登場に思わずたじろぐティアナ達を振り返り、なのはは顔の前で人差し指を立てながら口を開く。
「途中からわたしも皆のシミュレーションを観てたんだけど……駄目だよ、四人共? 幾らガンメンに乗ってるとはいえ、あんな綱渡りな機動は教官として認められないな。
わたしはガンメンのことはよく分からないし、皆が頑張ってるのは解るけど、模擬戦は喧嘩じゃないんだから。
シミュレーションだから、仮想空間だからって好き勝手に暴れちゃ駄目……折角魔法も戦い方も毎日一生懸命練習してるんだから、模擬戦でも練習通りにやろうよ?」
眉を寄せながら説教するなのはに、ティアナは居心地悪そうに視線を逸らし、エリオとキャロは俯き、そしてスバルは幸せそうな顔でいびきをかいている。
だが、その時――、
「確かに模擬戦は喧嘩ではない。だが子供のお遊戯という訳でもあるまい」
なのはの訓戒に異を唱える者が現れた……ロージェノムだ。
「実戦は不測の事態と不確定要素の集合体だ。幾ら練習を繰り返したところで、その思惑通りに事が運ぶことはあり得ない。
ならば互いの今持てる知恵と力の全てを惜しみなく出し合い、己の限界を以てぶつかり合うことこそが模擬戦の真髄ではないのか」
「それで味方同士潰し合ったら元も子もないでしょう!?」
「その程度で潰れるならば元より芽など無い」
「それは強者の理屈です、皆が貴方のように強い訳じゃない!」
ロージェノムの紡ぎ出す言葉の全てを、なのはは噛みつくような勢いで否定する。
普段の穏やかな姿とは似ても似つかぬなのはの剣幕にティアナ達が唖然とする中、ロージェノムは眼前の小娘を悠然と見下ろし、そして薄く嗤った。
「……若いな」
ロージェノムの呟きが格納庫に木霊し――その瞬間、空気が凍った。
まるで能面を被ったかのように、なのはの顔から表情が消える。
あのオッサン、地雷を踏みやがった……!
なのはの変貌にメカニック達が声無き悲鳴を上げ、ティアナが顔色を失い、エリオとキャロが怯え、そしてスバルが爆睡する中、いよいよ二人は険悪なオーラを爆発させる。
「わたしの言ってること、わたしの教導……そんなに間違ってますか?」
「無知とは恐ろしいものよ。お前は自分を正義と信じているのかもしれんが……それは違う」
捻じり渦巻く二人の言葉は、しかし決して交わらぬ平行線を辿っていた。
螺旋の光を宿すロージェノムの視線と、不屈の焔を灯すなのはの眼光が中空で激突し、バチバチと火花を飛ばしながらせめぎ合う。
まさに一触即発。
全員が固唾を呑んで二人の舌戦の成り行きを見守る中、まるで最後の決着をつけるかのように同時に口を開いたなのは達の言葉は――けたたましく鳴り響く非常警報に掻き消された。
天元突破リリカルなのはSpiral
第11話「スバル達は強くなるよ」(了)
最終更新:2008年09月17日 06:28