「田舎マフィア程度がっ!管理局の魔導師なめんなよ!!」
「暴魂チューボ、いざ参るっ!!」

二人の武装局員、クラッドとキールはユーノを安全なところまで下がらせ、眼前の敵を迎え撃とうと
していた。


魔法帝王リリカルネロス第4話 「守れ! 秘密基地」


まず、勢いよく啖呵を切ったクラッドは牽制用に散弾型の攻撃魔法をばらまこうとした。だがチューボの
踏み込みはクラッドの想像を超えて速かった。魔力を収束させて射撃魔法を撃つ暇など存在しない。
上段から振り下ろされるチューボの刀に身の危険を感じたクラッドはたまらずシールド魔法を発動する。
そして次の瞬間彼は己の目を疑った。円形の盾を作る標準的なシールド魔法『ラウンドシールド』、
その盾が半ばまで叩き割られていたのだ。何の魔力も込められていない刀を使って、
魔力による肉体強化を受けていない人間の手で、ただ物理的に。

「ウソだろオイ!?」

自分の中の常識を覆す光景に思わずクラッドは叫んだ。声にこそ出さない物のキールも驚愕している。
シールドを叩き割って目の前に突きつけられたチューボの太刀は、刃こぼれ一つしていなかった。

ミッドチルダにおける防御の概念として、バリア、フィールド、シールド、物理装甲の4つがあげられる。
ここから分かるように、魔法を介さない純粋に物理的な障壁も魔法に対する防御能力を持っている。
では逆に、純粋に物理的な攻撃は魔法を打ち破れるのだろうか。可能なのである。
頑丈さで知られるシールド魔法より更に強固な物質で作られた刀、それを振るうは改造処置と飽くなき
訓練で鍛え上げられた肉体、この2つが組み合わされば魔法でさえ斬れないわけがなかった。

魔法文明の恩恵にあずかる管理局の誰もが想像し得なかった現実がここにある。

ラウンドシールドはチューボに向けた杖型デバイスの先端から発生していた。もしシールドの発生位置が
もっと体に近かったらそのままクラッドの胴体は袈裟懸けに叩き斬られていただろう。シールドさえも
切り裂く攻撃をバリアジャケットで防ぎきれるとは到底思えない。

「ちっ…!」

一撃で仕留めるつもりだったのかチューボは悔しげに舌打ちをする。
そしてラウンドシールドに深々と食い込んだ刀を持ち前の剛力で引き抜き、再び上段に構えた。

「サイドワインダー!!」

だがチューボがクラッドに斬りつける前に、キールの魔法が完成する。捕らえがたい蛇行軌道を
描く強力な射撃魔法がチューボの意識を刈り取らんとして迫って来た。

「ちょろちょろと目障りな!」

チューボはその魔法を事も無げに斬り払う。迎撃のやりづらい蛇行軌道の魔法を寸分の狂いもなく斬った
事も驚きだが、刀で斬られた魔法そのものが分解していくのはもっと驚くべき事だった。
またしても魔導師としての常識を疑う光景だったが、今度は呆気にとられずクラッドとキールは
今最も必要な行動をとることが出来た。

「ヤバかった……助かったよ相棒」
「礼は無事に帰ってからにしてください」

即ち、飛行魔法である。
チューボが射撃魔法を迎撃した瞬間を狙って、クラッドとキールは10メートル程浮き上がった。
接近戦を得手とする者がそう多くないミッドチルダ式の魔導師としては、そもそも会話できる距離まで
近づかれた状態から戦闘開始というのが大きな失敗である。故にこういった状況下で必要なのは出の速い
魔法で相手の動きを止めつつ距離を取ることだ。まして相手が接近戦に特化したタイプなら尚の事である。

「卑怯だぞ貴様ら、降りてこい!」
「冗談じゃねえ、このまま安全なところからガンガン撃たせてもらうぜ!」

その発言内容から相手が飛べないと判断したクラッドはやや調子に乗りつつ、宣言通りに射撃魔法を
発動させる。

「スプレッドショットォ!」

クラッドは魔力はそこそこにあるが精密な射撃が苦手なため、小さな魔力弾を大量にばらまき点ではなく
面で攻撃することを得意としていた。リンカーコアを持たない普通の人間なら数発で昏倒するような
魔弾がチューボに雨霰と降り注ぐ。

「どうだどうだどうだぁっ!」
「ぬ…!」

数え切れないほどのスプレッドショットがチューボの鎧にぶつかっていく。鎧越しに伝わる衝撃、
振動は機関銃で撃たれたのにも匹敵するだろう。つまり――――

「効かんわ!」
「何ィ!?」

つまり、チューボには効果がなかった。その名が示す通り、ヨロイ軍団の軍団員は大半が強固な鎧を
身に纏っている。その鎧はネロス帝国の、ひいてはこの地球で最高の技術で作られた物だ。
それらの鎧は、管理局の常識では計れない恐るべき強度を持っている。
魔法の運用をはじめとする多くの技術で管理局に遥かに劣るネロス帝国だが、ロボット工学、
生体工学など管理局を上回る技術はいくつもある。2人の武装局員は今その一端を垣間見ているのだ。

「マジで化け物か!?」
「そのまま続けててください!」

スプレッドショットは効果が薄くとも足止めにはなっている、そう判断したキールは捕縛用のバインドを
仕掛ける。弾雨の中ゆっくりと歩を進めるチューボに、狙い澄ました一撃が放たれた。

「ボールパイソン!」

狙い違わず、キールオリジナルの捕縛魔法はチューボを捕らえる。

「何!?これは…」
 
キールの仕掛けた捕縛魔法ボールパイソンは、1本のバインドが大蛇のように相手の全身に巻き付き
締め上げるという物だ。魔力を込めれば捕らえた相手の骨をもへし折るというバインドとしては危険な
部類の魔法だが、今これを使うことに彼は躊躇がなかった。

「よっしゃ!こいつが決まればもうこっちのもんだな」
「どうでしょうかね…」

勝ったつもりでいるクラッドとは対照的に、キールの顔色は優れなかった。強力な魔法をかけ続けて
いるためだけではない。不安が拭えなかったからだ。

(本当に効いているのか…?)

巻き付いたバインドはミシミシと骨の軋む音を立てて―――――――いなかった。
チューボの鎧は変形する素振りすら見せていない。キールの全魔力を込め、人間なら気絶していても
おかしくないほどの力を加えているというのに。

「さて、被疑者も確保したしアースラに連絡して転送を……」
「クラッド、とどめをお願いします」
「へ?」

キールの発言にクラッドは思わず間の抜けた返答を返してしまった。彼は模擬戦でボールパイソンをかけ
られた事があるため、その威力をよく知っている。出は遅いが脱出は不可能、それがこの魔法の恐ろしさ
だと考えていた。それゆえに相棒のこの発言は理解し難い。

(慎重すぎるにも程があるだろ……)

アースラに転送して更に厳重にバインドをかければ十分だろうと思っていたクラッドは、意識を奪って
おくことにそこまでこだわらなくてもよいだろうと感じた。だが、キールの慎重さはしばしばこのコンビの
危機を救ってきたのも事実である。故にクラッドはこの状況に最適なとっておきを使うことにした。

「ブラストスピア!!」

クラッドの持つ杖型デバイスの先端から1メートルほどの赤い魔力刃が飛び出し、名前の通り槍の
ような姿となる。ボールパイソンがキールの切り札なら、クラッドのとっておきはこの槍であった。
魔力の大半を一箇所に集中させたこの槍の威力はかなりのもので、A+ランク魔導師のシールドも
突破できるだろうと言われている。ただし術者自身がそれほど槍の扱いになれているわけではないので
動く敵になかなか当たらないという致命的な欠点があるのだ。故に彼はこの魔法を、仲間が完全に相手の
動きを封じたときしか使わないことにしている。

「食らいやがれ俺の必殺の一撃いいいっ!!」

叫びながら魔力を全身に漲らせ、自らの体を弾丸のように発射させてチューボに突っ込んでくるクラッド。
それを見て、今までおとなしくしていたチューボが僅かに身じろぎした。さすがに怖じ気づきやがったか、
とクラッドは嗜虐的な笑みを浮かべる。

強力なバインドで相手を縛り、大技でとどめを刺す。その戦術自体は間違いではなかった。
唯一点の致命的な誤算を除いては。

槍の穂先とチューボの距離が2メートルというところである。それまで無言だったチューボは裂帛の
気合いと共に全身の筋肉をフル稼働させた。
 
「ぬりゃあああああ!!!」

瞬間、チューボを縛るバインドが弾け飛ぶ。

「え?」
「な!?」

ボールパイソンを力ずくで破る人間がいるなど想像もしていなかったクラッド、鎧そのものは破壊
できなくとも動きを封じることは出来ると考えていたキール、2人の思考が一瞬停止する。
だが加速していたクラッドの体は止まらない。そしてチューボは突っ込んでくるクラッドを避けよう
ともせずに刀を腰だめに構える。

「ちっくしょおおお!!」

激突の瞬間、チューボが迎撃に選んだのは突きであった。一方半ばヤケになりつつも、下手に進路を
変えて隙を作るよりはこのまま突撃した方がマシだと考えたクラッドは槍を構えてそのまま突っ込んで
行った。体を右側にねじり、突きを放つための力を溜めるチューボの左肩にリーチの差からクラッドの
ブラストスピアがずぶりと突き刺さる。鎧を貫通した魔力ダメージがチューボの全身に
激痛を走らせた。必殺の一撃が相手に突き刺さり、勝利を確信するクラッド。

「どうだぁっ!」
(痛い、痛いな……)

だがチューボの強靱な意志と肉体は魔力ダメージによる昏倒など許さなかった。

(しかし、ヨロイ軍団員に……)

クラッドの槍が自分の体に突き刺さったこの瞬間こそ、彼が待ち望んだ瞬間なのだ。
中空に浮いていた敵が彼に間合いに飛び込んでくる、この瞬間こそが。

「痛みなど関係ないわ!!」

引き絞られた弓が放たれるように、強化された筋肉の力でもって渾身の突きが放たれた。

「カ…ハッ……!」

血飛沫が飛び散り、クラッドの口から苦悶に満ちた空気が漏れる。
チューボの刀は本来ダメージを防ぐはずのバリアジャケットを唯の布きれ同然に貫き、
クラッドの脇腹に致命的と言える一撃を穿っていた。傷口からあふれ出した血が2人の足元に
血だまりを作っていく。勝利の女神は、肉を斬らせて骨を断ったチューボに微笑んだのだ。

「あ、ああ……クラッドォォー!!」

その結果を見たキールは己の判断の愚かさを呪いながらクラッドの名を叫んだ。
ボールパイソンの威力を過信していなければ、突撃ではなく射撃を指示していれば、と
普段理性的に働く頭脳が様々な『もしこうしていれば』の結果ばかりを映し出し思考をかき乱す。

「さて、次は……どんな手品を見せてくれる…?」

刀を引き抜き、仮面の下で凄絶な笑みを浮かべながらチューボはキールの方に向き直った。
支えを失ったクラッドの体が血だまりの中にべちゃりと音を立てて崩れ落ちる。

「うあ、あああ……こんな、事が…」

恐慌状態になったキールは何事かを呟きながらその様子を見ているばかりであった。

アースラのように辺境の管理外世界を中心に活動している次元航行艦は、管理局と同等の戦力を持った
相手と戦闘になることはあまりない。戦いはいつも格下相手、幾重にも張られた防御魔法と数々の
医療魔法は局員を手厚く守ってくれている。そんな状況が長く続いているため、武装局員の中でも
ギリギリの死線をくぐっている者はほとんどいない。
特に管理局員としての経験が短いクラッドやキールのような若手はその傾向が顕著で、敵の力量を
推し量ることも出来ず、また差し迫った死にパニックを起こすのである。

動く様子のないキールを見て好機と思い、歩き出そうとしたチューボの足を弱々しく掴む物があった。

「舐めんな……オレは…まだ……」
「ほう、まだそんな力があったか」

出血で意識を朦朧とさせながらも、クラッドがチューボの足にしがみつく。

(キー…ル……お前…逃げて……報…こ、く…)
(クラッド……?クラッド!?何を馬鹿なことを、あなたも帰るんですよ!?)

クラッドから届いた途切れ途切れの念話が、キールの頭に冷静さを呼び戻し、現状を再認識させる。
放っておけば相棒の死は確実、だが敵は強大すぎる。距離の空いている今なら自分だけなら逃げられる
だろう。だが。普段冷静沈着なキールにしては珍しく分の悪い賭けを行おうとしていた。

目の前のこの敵を、潰す!

「あなたを見捨てはしません…よ……!?」

魔力を収束したその瞬間だった。視界の端を横切る銀色の輝き。一瞬遅れて右肩に感じる熱さと、
腕から力が抜けていく感触。デバイスを取り落としながらキールが見たそこには、ざくりと肉を
切り裂かれたような傷痕があった。

(あ…れ……?)

一体何が起こったのか。眼前の敵を見てキールは合点がいった。チューボは、兜に付いていた
三日月の鍬形と同じような形状の刃物を手に持っている。

(投げたのか…!)

キールが混乱したり立ち直ったりしている暇を待ってやる道理などチューボにあるわけがなかった。
宙に浮いている敵が大きな隙を見せているなら彼がやることは決まっている。唯一の飛び道具での
攻撃だ。一見すると鍬形は1つしか無いように見えるが、そこには何枚もの三日月手裏剣が
格納されている。
 
(こっちの赤毛より防御が薄いな……)

チューボは身軽な方ではない。むしろヨロイ軍団の中でも一、二を争う重量級だ。地面の上を駆ける
だけならまだしも、何メートルもジャンプして浮いている敵を斬りに行く、というのは現実的ではない。
杖を取り落としたキールがもはや盾も満足に出せないというなら、手裏剣でその命を絶とうとするのは
チューボにとって当然の選択と言えるだろう。今まで使わなかったのは数に限りがあることと、
シールドを警戒していたという理由からだ。

「でえいっ!!」
「ぐぅっ!」

さらに2発目の手裏剣を投げるチューボ。キールは必死で回避するも太股が切り裂かれていく。
悲鳴と共に血が噴き出し、痛みでキールの動きが更に悪くなる。

「こいつでとどめ……」
「チェーンバインド!!」
「うおぉっ!?」

しかしチューボが3発目を投げることは出来なかった。
戦力外と思われていた、伏兵が参戦したからだ。チューボの周辺に浮かぶ4つの魔法陣、緑色に輝く
そこから飛び出した4本の魔法の鎖がチューボの四肢を絡め取る。

「キールさん!クラッドさんを早く!!」
「ユーノ君!?……分かりました!」

早々に逃げてどこかに隠れていたはずの金髪の少年が、不意を打って放った捕縛魔法は見事チューボを
捕らえていた。

(逃げていた小僧か、不覚!しかもこいつの魔法、これは…さっきの蛇みたいなやつより……強い!)

民間協力者ユーノ・スクライア、彼は魔法戦闘における花形と言える攻撃魔法には全く適正がなかった。
それこそ、多様な攻撃魔法を搭載したデバイス、レイジングハートが失望するほどに。だが攻撃偏重主義の
魔導師が軽視するサポート方面にこそ彼の天賦の才があったのだ。防御、回復、結界、調査……そして捕縛。
攻撃に特化したレイジングハートを手放した今こそ、少年は真価を発揮しようとしていたのである。

「ぐおおお…!千切れん…!!」

いかにチューボが力を入れようとも鎖は千切れる素振りを見せなかった。それどころか、ばきり、ばきりと
不気味な音を立てながら鎖に巻き付かれた部分が変形を始めている。

(馬鹿な!俺の鎧にダメージを!?)

驚愕するチューボを後目に、倒れ伏すクラッドの元に辿り着いたキールは応急処置用の回復魔法を
発動させた。どこかでデバイスを落としていたが拾いに行く間も惜しかった。右腕と左足の痛みと
出血も忘れてひたすらに回復魔法に力を注ぐ。クラッドは自分よりもはるかに重傷なのだから。
その様子を見ながら、何故いつまでたっても助けが来ないのかと怒りを感じたユーノはアースラに
念話を送りつけた。
 
『エイミィさん、聞こえますか!アースラ、応答してください!もしもし!?』
『どうしたのユーノ君。何か動きがあった?』
『転送の準備を早く!!重傷者二名!クラッドさんが特にヤバいんです!』
『……えええっ!?何でそんなことに!?ていうかそっちでも戦闘!?』

会話しながらユーノは頭痛を感じていた。クラッドさんとキールさんは戦闘状態になったのに
報告もしていなかったのか、と。

(僕がさっさと通信しとけばよかった……)

現場では局員の指示に従うこと、というリンディのお達しを守ったのが徒となってしまった。
エイミィがそっちでも、と言っているのが気になったが、死人が出そうな今追求することではない。

実は同時刻、クロノ・ハラオウンもネロス帝国と交戦しており、アースラのクルーはそちらで出現した
敵の解析、転送先の算出に尽力していたのだ。もちろんユーノ達がいるこのエリアにもサーチャーは
配備されていたのだが、この時運悪く別の地点を映していたのである。クラッドとキールのどちらかが
ネロス帝国と接触したことを報告していればこうまで事態が悪化することはなかったので、この点に
関しては完全に彼ら2人の手落ちと言えるだろう。相手を舐めてかかっていたこと、舐めていた相手が
想像を遥かに超えて強く通信どころでなくなったことが災いしたのである。

『時間がないわエイミィ、直ちに回収を!』
『了解!ユーノ君、あとちょっとだけそいつ捕まえといて!』
『分かりました』

これでどうにか、そう思ったユーノだったが事態は尚も彼の思惑に反した方向に動いていく。
身動きがとれずもはや万策尽きたかに見えるチューボは森の奥にわずかに視線を向けると、
自信ありげに言葉を紡いだ。

「ふん。愚かだな、小僧」

そのセリフに、ユーノは自分の魔法に縛られているチューボを見た。威圧的なフォルムの甲冑に鉄の仮面。
ユーノには見えなかったが、その仮面の下でチューボは笑っていた。自分の苦境などどうということも
ないとばかりに嘲笑っていたのだ。

「あのまま隠れていれば死なずに済んだものを」

ダンッ――――
「うわぁっ!?」

ユーノがその意味を問う間もなく、火薬の爆発する音が響いた。同時にユーノの視界を塞ぐ何か。
離れていたキールにはその光景がよく見えた。炸裂音と共に森の中から撃ち出されたのは投網。
強化繊維で編まれた捕縛用ネットである。そして間髪入れずに飛び出してくる人影。高いカモ
フラージュ性能を持つ森林迷彩を施された装甲の持ち主が、肉厚のサバイバルナイフを片手に
網の中でもがく少年に襲いかかっていった。
ナイフは一切の容赦なくネットに突き刺さり、貫いた。そのまま2人はもつれあいながら地面に落下する。
 
ヨロイ軍団爆闘士ロビンケン、それが彼の名だった。森林迷彩とヘルメット、ガスマスクのような
仮面はどこか特殊部隊を思わせる。トラップの名手で、地形を生かした様々なトラップで敵を
追い込む様は密林の狩人と呼べるだろう。生真面目な性格で下らない娯楽に興味はなく、チューボと
同様に暇なときには鍛錬を欠かさず行っていた。
チューボが仮面の下で笑ったのは、訓練中に奇妙な音を聞きつけ近くまで様子を探りに来ていた
ロビンケンの存在に気が付いていたからだ。

「そんな、ユーノ君まで………ヒィッ!!?」

チェーンバインドが消滅し自由の身となったチューボがキールを見下ろしていた。
思わず悲鳴を上げ防御魔法を使おうとするも、間に合わない。

「まったく手間をかけさせてくれる」

サクリ、と軽い音がする。
ゴミを片づけるような気安さでチューボはキールの体に刀を突き立て、
彼は相棒であるクラッド共々、仲良く血の海の中に倒れた。

「助かったぞロビンケン。…………どうした?」

礼を言うチューボだったが、がさごそとネットを探る
ロビンケンの不審な動きに疑問を持つ。答えはすぐにロビンケンが教えてくれた。

「いない…」
「何?」
「あの小僧がいないんだ!やつめ、どこに消えた!?」

ロビンケンの言葉通り、網の中は空っぽだった。確実に仕留めたはずのユーノが綺麗サッパリ消えて
いたためロビンケンは狼狽を隠せない。

「俺のネットはあの小僧を確実に捕らえたはずだ!だがナイフを突き立てたときにはもうどこにも
いなかった、一体何がどうなっている!?」
「落ち着けロビンケン、あの小僧は魔法使いだ。何かオレ達の知らない技を使ったんだろう……ん?」

ふと、小さな黄色っぽいものがチューボの目に映った。ロビンケンの足元、ネットの端から顔を出した
それはきょろきょろとあたりを探る内に、チューボと視線をハッキリ合わせてしまう。
顔しか出してないがイタチの仲間だろうか。チューボと目が合ってしまったイタチは石になったかの
ように動かなくなる。

(………イタチ?)

チューボの脳内に閃くものがあった。ブルチェックが持ち込んだ生物、魔法の存在、その生物を
ゲート6から外に捨てに行ったブルチェック、帝王の危惧、魔法を使う敵、全てが今一つの線で繋がる。

「そいつだあああぁぁぁぁぁ!!!」
「キュウウウウ!!!」

チューボの叫びに呼応するかのように、イタチもまた叫びながら駆け出す。

「そのイタチだ、そいつを捕まえろロビンケン!いや、殺せ!!」
「了解した!」
 
ちょろちょろと逃げ回るユーノ。行われているのは捕まったら命はない死の鬼ごっこだ。
もはや魔法を使うことすら忘れて命がけで逃げ回るユーノの動きは、ここに来て鋭さを増す。
チューボとロビンケンが刀やナイフを振り回し、その命を絶とうとするもとにかく逃げ回って
捕まらない。そしてチューボとロビンケンがフェレットに変身したユーノに気を取られたこの時、
管理局側の撤退のシナリオは完成に近づいていた。

「バインド……!」

血だまりの中でキールが小さく呟くとともに、2人のヨロイ軍団員にバインドが巻き付く。

「何だこれは!?」
「貴様まだ生きていたか!」

瀕死の人間がデバイス抜きで放ったその捕縛魔法に大した威力はなく、彼らの筋力からすれば足止めに
しかならないのは明白だ。だが今は、その足止めが出来ればそれで十分だった。

『ユーノ君、急いで!』
「はい!」

エイミィからの念話がユーノに最後の一滴まで力を振り絞らせる。
倒れ伏すキールとクラッドの元へ、早く、一刻も早く!

『所定位置に全員揃いました!』
『回収!』
『了解、回収します!』

一瞬の閃光の後、そこに2人と1匹の姿はなく残っていたのは血の海だけだった。

「消えた!?あいつら、瞬間移動を行ったのか?あれほどの傷で!」
「おのれっ!ここまで追いつめておきながら取り逃がしたなどと、帝王になんとお詫びをすれば
いいのだぁぁぁ!!!」

戦いの終わった山中に、ロビンケンの驚愕の声とチューボの叫びが響き渡る。その声は、近隣の
野鳥や獣が恐れを成すほどであった。

 


「救護班、急いで!」

リンディの命令であらかじめ待機していたアースラの医療スタッフは、回収した2人の局員に
救命処置を行っていた。彼ら二人はまさに一分一秒を争うほど危険な状態だった。

「輸血、急げ!」
「脈拍が下がっています!」

クラッドとキールが医務室に運ばれていく様子を見ながらユーノは自分を責めていた。最初から
二人と協力していればこんなことにはならなかったかもしれない。網で捕らえられたときに驚いて
チェーンバインドを解除しなければ、少なくともキールが致命傷を負うことはなかったはずだ。

(僕がもっとちゃんとやっていれば……)
 
ユーノ・スクライアは責任感が強い。時に病的なほどのそれは、彼の育った環境に原因がある。親が
いないユーノは部族皆の子として育てられた。その環境は決して不幸な物ではなかったが、幼いユーノ
の心には常に不安が付きまとっていた。
『もし自分がいらない子供なら捨てられるのかもしれない』
スクライア一族の者が聞けば激怒するかもしれないことだが、ユーノは本気でそう思っていた。故に
彼はいつでも『よい子』であろうとした。自分のことは自分でやり、他人の助けとなれる様々な魔法を
覚え、遺跡発掘について必死で学んだ。その働きぶりは素晴らしく、大人達は彼を褒め、ついには
若干9歳にして発掘現場を一つ任されるほどであった。
ここで彼らにとって不幸なことが4つある。1つ目は、幼いユーノの練習用にと任せたごく小さな
発掘現場からジュエルシードという一級品のロストロギアが出土してしまったこと。2つ目は、
発掘されたそれが運搬途中で事故に遭い流出してしまったこと。そして3つ目は、ユーノがその
責任感からジュエルシードの回収に、スクライア一族秘蔵のデバイスであるレイジングハートを
持って一人で飛び出してしまったこと。最後に最も不幸なことは、ジュエルシードが流れ着いた
世界が地球であったことだ。多数の生物、人間が存在する世界でジュエルシードは容易にその力を
発揮し、恐るべき怪物を生みだして攻撃能力に乏しいユーノの命を奪いかけた。もはや独力での
解決は不可能だろうと判断したユーノは管理局に助けを求めたが、今度は地球に存在する恐るべき
組織、ネロス帝国によって二人の武装局員が瀕死の重傷を負わされた。

(全部僕のせいだ……僕がちゃんとやらなきゃいけなかったのに……)

前述の通り強い責任感の持ち主であるユーノは、クラッドとキールが死にかけているのは全て自分に
責任があると考えていた。あの時こうできていれば、という考えがいくつも頭をよぎり、最終的には
自分がジュエルシードを見つけてしまったばかりにこんな事になったのだ、という考えに行き着いて
しまい、少年は自分を責め続けていた。

「ユーノ君、あなたの方はどう?怪我は?」
「僕は怪我なんてしてません、クラッドさんとキールさんをお願いします」
「何言っているの!あなたも危なかったんでしょ?さあ早く診せて…」
「僕はいいんです!!」

そういったわけで、酷く落ち込み憔悴した様子のユーノは自分に怪我がないか診ようとした局員を
振りきって走り去ってしまった。実際、彼には本当に怪我はなかったし、この場には居たくなかった。
床に残った血の跡が、『お前の罪だ』と言っているような気がしたからだ。

 


ネロス帝国本拠地ゴーストバンク、帝王が降臨した謁見の間ではガラドーによる任務報告が行われ
ようとしていた。帝国初の魔法の実戦投入ということもあって一同興味津々であったのだが、
帝王も含めその場にいた者は全てガラドー達の様子に首を捻っていた。

「あいつら、なんであんなにボロボロなんだ?」
「確かガキ一人殺すだけだろ?一体何と戦ったっていうんだ」

ガラドーの装甲はいくらか損傷を受け、アルフもまた疲労した様子。影の1人に至っては仲間から
肩を貸してもらってようやく立っているという有様だった。

「ガラドーよ、報告せよ。一体何があった!」
「かしこまりました帝王!本日、我々は目標である伊集院唯をアルフの魔法によって拉致し、
これを抹殺しました。しかしその直後、時空管理局と名乗る魔法を操る者者に襲撃を受けたのです」
「何だと!?」 
 
ガラドーは宙を舞うクロノ・ハラオウンを睨み付けながら、その戦力を測っていた。

(これが屋外なら空を飛べる奴が圧倒的に有利だが、ここは屋内だ。足場も多い、交戦も十分可能
だろう、だが…)

ガラドーが警戒するのはクロノの攻撃能力だ。軽闘士に過ぎないとはいえ、影は仮にもネロス帝国で
強化と訓練を受けている戦士だ。それを初撃で3人まとめて倒すなど、尋常の腕前ではない。
それに、幼い外見に反しクロノからは一流の戦闘者のみが纏うオーラのような物を感じる。
紛れもなく強敵であった。

「これが最後通告だ。降伏する気はないんだな?」

いちいち癇に障る上から目線の物言いも、おそらくは実力に裏打ちされたものだろう。

「その前に聞いておこう、時空管理局執務官とは何だ?」
「時空管理局っていうのはこっちでいうケーサツみたいなもんだよ。……多分ジュエルシードを
回収しに来たんだと思う」
「それを知っている君はこの世界の住人じゃないな?結界もミッドチルダ式だったし、大方次元犯罪者に
作られた使い魔といったところか」

ガラド-の質問にはアルフが答える。だがその後に続いたクロノの言葉はアルフに到底承服できる物
ではなかった。

「ふざけんな!あの子は次元犯罪者なんかじゃ…」
「アルフ!!余計なことを口にするな!」

ガラドーの怒声は、頭に血が上ったアルフを一気に冷却した。

(そうだ、こっちの情報を管理局にもらしたらフェイトがどんな目に遭うか…!)

最悪の結末が脳裏をよぎり青くなるアルフ。その言動にクロノは大いに興味を持ったが、現状降伏する
様子のない相手、それも殺人犯とこれ以上問答する必要はないと感じたため実力行使に移ることにする。

「まあいい、話は後でゆっくり聞かせてもらう。……スティンガースナイプ!」

クロノ愛用のデバイス、S2Uの先端から発射された光弾が、不規則な螺旋を描きつつアルフに襲い
かかる。敵は魔導師とそうでない者のコンビだが、まずこの場で先に倒しておくべきは重火器などを
持っている様子のないガラドーではなく、使い魔であるアルフだと判断したからだ。

「このっ……」

当たるとヤバイと判断したアルフはかわそうと大きく跳ねた。が、その瞬間である。

バチィッ!
「んなっ!いつの間に!?」

アルフの体をクロノの仕掛けておいたバインドが捕らえる。いったいいつ使っていたのか、それすらアルフには
分からなかった。
 
「やばっ!!」

誘導性能の極めて高いスティンガースナイプが身動きのとれない相手を外すことなどないが、
それは何の邪魔も入らなければの話だ。スティンガースナイプがアルフを撃ち抜こうとする最中、
ガラドーはクロノに攻撃を仕掛けていた。だが思考を並列処理し、戦場での多角的な対応を
可能とする執務官はそれを喰らうようなことはない。

「ラウンドシールド!」

キィンと甲高い金属の衝突音が響く。投げ放たれた4発の十字手裏剣はクロノが片手間に張った
シールドで防がれていた。が、その結果はクロノを驚かせるには十分だった。ほぼ同時としか思え
ない速度で立て続けに投げつけられたその小さな金属片は、ラウンドシールドに弾かれることもなく
突き刺さっていたのだ。

(どんな強度の物質だ?いや、どんな力で投げれば……)
ドオォンッ!!
「うわあっ!?」

瞬間、クロノの思考は衝撃に揺さぶられた。ラウンドシールドに刺さっていた手裏剣が爆発したためだ。
シールドの破壊には至らないもののかなりの衝撃を受けたクロノは、シールドごと弾き飛ばされる。
同時に魔法の制御が乱れ、アルフに迫っていたスティンガースナイプはあらぬ方向へ曲がって床に激突し、
消滅してしまった。この隙にゆるんだバインドを破壊してアルフは自由の身となる。

(今のは何だ、爆弾か!?あの小ささでなんて威力だ!)

恐ろしい威力の質量兵器。ユーノから話には聞いていたが、実際受けてみるとその威力に戦慄を禁じ得ない。
立て続けに喰らえばその衝撃はバリアジャケットを貫いて、クロノの体をずたずたにするだろう。

「やはり相当の手練れのようだな……」

一方攻撃を防がれたガラドーには驚いた様子はなかった。この程度でやられるようなら彼の直感が
『強敵』と認識するはずはないからだ。だが、小手調べはここまで。ここからは本気だ。

「だが、この技はどうだ!」

その瞬間、ガラドーの姿が一気に増える。クロノだけでなくアルフもその光景に目を見開いた。

「幻術か!?いや、魔法は使っていない!これは一体!?」
「ぶ、分身!?」

ミッドチルダ式の魔法には、虚像を作り出して相手の目を惑わす幻術といわれる魔法が存在するが、
ガラドーの分身はそういった類の物ではない。肉体の改造と飽くなき鍛錬のみが為し得る奇跡の
ような業だった。

「くそっ!魔力も無しにこんな真似を!」

クロノの驚愕をよそに、5人のガラドーは少しずつタイミングをずらしながらクロノに飛びかかった。
身軽なガラドーにとってクロノの浮いている『高さ』はアドバンテージとはならない。
虚実織り交ぜた短刀での攻撃が四方八方からクロノに襲いかかる。
 
(チャンスだ!)

ここぞとばかりにアルフも攻撃を仕掛ける。ガラドーの攻撃の隙間を縫うように、二十発ほどのフォトン
ランサーが発射される。図らずも上手くいった連携にアルフとガラドーは勝利を期待した。だが――――

「この程度で落ちるほど執務官は甘くない!」

通じなかった。フォトンランサーはフィールドで受け流し、さらにはガラドーの分身を見切り実体のある
攻撃のみをシールドで弾く。並の魔導師ならば為す術もなく落とされるであろう連携をクロノは防いで
みせたのだ。

(今のを防ぐのか!?)
(畜生、やっぱり執務官には歯が立たない!どうにかして逃げないと…)

執務官クロノ・ハラオウンは恐るべき敵である。今のガラドーでは勝てぬほどに。
事ここにいたってついに彼は撤退を決意した。

「アルフ、脱出の魔法はあるか?」
「一応……でもあいつが許してくれるかどうか」
「許すわけがないだろう。君達は危険すぎる」

小声で交わしたガラドーとアルフの会話に、しっかり聞こえているのかクロノが割り込んでくる。
おそらくは視覚や聴覚といった感覚を強化する魔法を使っているのだろう。

「だから…完全に無力化してから連行する!」

その瞬間廃屋の中に漲るクロノの魔力。

「ウソだろ!?」
「これは…!」

まるで室内全てを貫かんとするがごとく、100以上の魔力刃が出現する。
あとは呪文を唱えれば魔力刃が雨のように降り注ぎ、目標を制圧するだろう。
全ての虚像もろとも撃ち抜けば、どれだけ分身しようが関係ない。

「スティンガーブレイド・エクスキューショぐッ……!」

魔法を放つ直前、いきなりクロノの呼吸が詰まった。紐のような物が首に巻き付き、クロノを絞め
殺そうとしている。同時にS2Uを持つ右手と左足にも何かが巻き付く。

「ガラドー様!ここは我らに任せてあなたは脱出を!」
「お前達!」

昏倒していたかに見えた3人の影が、隙を見て特殊ロープを投げつけクロノを捕らえたのだ。

「馬鹿な、もう目覚めて…うわああぁっ!!」
 
影達がスイッチを押すと電流がロープを伝い、クロノの体にダメージを与える。
その威力は装甲の厚い戦闘ロボットにもかなりのダメージを与えるほどだったが、バリアジャケットで
守られたクロノにはそこまでの効果はない。だが、集中を乱し大規模な魔法の行使を妨げる程度の
痛みは与えていた。

「くそ、このガキ化け物か!」
「構うな、時間を稼ぐんだ!」

3人の影は含み針や手裏剣でさらに攻撃するも、クロノは電流の痛みに耐えながら防御魔法で的確に
自分の身を守っていく。バリアジャケットを解除せず徐々に耐電撃仕様にシフトしていくことで、
その動きは目に見えてよくなっていき、影の攻撃は時間稼ぎにもならなくなりつつあった。
影達にも分かっていた。目の前のこの少年は今の自分達では勝てないと。そして彼があと少し呪文を
唱えれば魔法が完成し、頭上を埋め尽くす刃が降り注いで自分達が全滅することも。

「ガラドー様、お早く!」
「馬鹿な、お前達を見捨てて俺だけ逃げられるか!」

と、そこで何かを呟いていたアルフがガラドーに小声で話しかける。

「ガラドー。一瞬でいい、あいつに隙を作ってくれれば全員で逃げられるよ」
「……任せる」
「魔法陣が出たらあたしの周りにあいつらを集めてくれ」
「応!」

ガラドーはアルフの言葉を聞くと、指先を軽く何度か動かして影達に指示を送った。

一方バリアジャケットのプログラム切り替えが完了し、電撃のダメージがほとんど通らなくなった
クロノは速やかに魔法を発動させようとしていた。詠唱が中断されいくらかの魔力刃は消滅したが、
大半はまだ頭上に残っている。

「スティンガーブレイド…」

その時クロノの眼前に丸い何かが投げつけられた。爆弾の可能性もあるため、シールドとフィールドを
二段重ねで張る。今度はどんな攻撃があっても魔法を発動させるつもりだった。

「エクス…」

その丸い何かが炸裂する。クロノの体に爆発の音も衝撃も来ない。ただ、もうもうと広がる真っ白い
煙が彼の視界を埋め尽くす。

(な、何だ!?)
「キューション…!?」

質量兵器と呼べるかも定かではない原始的な忍の道具、煙玉。想像以上のローテクで攻撃された
クロノは、一瞬視界同様に頭の中も真っ白にしてしまう。爆薬仕込みの十字手裏剣のような部分的に
管理局の技術力を超えた武器や、使い魔のような魔法文明の落とし子を相手にしていたため
その落差によるショックは大きい。
そして煙が広がると同時にクロノの体に巻き付いていたロープを引く力がなくなり、煙の向こうで
アルフの魔力反応が強まるのを感じる。
 
(視界をふさがれても隙間無く攻撃すれば同じ事……いや、こいつら逃げる気か!)
「…シフト!」

敵の目的に気付いたクロノは慌てて魔法を発動する。だが、気付くのが遅すぎた。
スティンガーブレイドの着弾とほぼ同時に魔力反応と気配が消え失せる。

『転移魔法か!エイミィ、追跡は!』
『転移先は……ダメ!多重転移してる、追いきれない!』

スティンガーブレイドの何発かは手応えがあった。だが転送で逃げ切られては何の意味もない。
煙が晴れたそこには、もう敵の姿はなかった。

「くそ。なんて奴らだネロス帝国…」

アルフによって命を奪われた少女の亡骸だけが残る現場を見下ろして、クロノは苦々しげに呟いた。
みすみす犯罪者を取り逃がした悔しさが胸を占める。
ネロス帝国との最初の戦いは敗北であると、彼は思っていた。

 

「……それでお前らはおめおめと逃げ帰ってきたっちゅうんか。帝国の恥さらしやな!」

ガラドーの報告が一区切り吐いたところで、ゲルドリングが嫌味満点な口振りで糾弾を開始する。
この男は他の軍団に失態があれば、自分の所は棚に上げてその非をあげつらうことを常としていた。

「待て、ガラドーは伊集院唯の暗殺という目的は達成している。未確認の敵の情報を持ち帰った
点を鑑みても責められるいわれはないはずだ」
「帝国に刃向かう敵が出てきたら、命に替えてもそいつを仕留めるんが筋……」

「報告いたします!!」

ゲルドリングの言葉をぶった切って、暴魂チューボの大声が謁見の間に響き渡った。

「いきなりなんや、おい!」
「今し方、ゲート6付近で時空管理局と名乗る魔法使いどもと交戦しました!」

突然乱入してきたチューボの言葉に、どよめきが広がる。

「詳しく報告するのだチューボ!」
「はっ!本日、自主トレーニングの途中ゲート6付近で不審者を発見、これと交戦しました。
奴ら自身の語るところによれば時空管理局は異世界の官憲に当たる存在で、使い方次第では
地球を滅ぼす兵器にもなり得るというジュエルシードの回収任務にあたっているようです。
また奴らの中にはブルチェックが以前回収した小動物らしき輩がおり、帝国の情報も漏れている物と
考えられます。ゲートの付近に来ていたのがその証拠かと」
「ぬうう、やはりあの時の奴が!」

帝王は怒りを露わに声を荒げる。ブルチェックがこの場にいれば回路に掛かる負荷が増大しすぎて
ショートしていたかもしれない。

「ロビンケンと協力し、3人のうち2人は深手を負わせましたが、奴らは瞬間移動を使用し脱出。
取り逃がしてしまいました」
「チューボ!お前は帝国の秘密を知る者を取り逃がしたというのか!」
「申し開きの言葉もありません!」

チューボは帝王の前に平伏しながら、懐から1枚のカードを差し出した。

「これは敵の所持していたデバイスです。管理局の技術を知るには良き品と考え、奪取して参りました」
「む……」

思わぬ戦利品に帝王の激昂は少しなりを潜める。

「現在ゲート6付近ではロビンケンが警戒を続けています。帝王、おそらくゲート6はその所在が
知られているはず。一刻も早い破棄を進言いたします」
「ふむ、そうだな……チューボよ、ロビンケンを呼び戻し、直ちにゲート6を抹消せよ」
「ははっ!」

帝王の命を受け、チューボは急ぎ足で退室していった。

「さて……」

帝王は右手でレイジングハートを弄び、左手に持った汎用ストレージデバイスを眺めながら思案していた。

(作戦の修正が必要だな…)

帝王ゴッドネロスは天才的な頭脳の持ち主である。それはネロス帝国の戦闘員の殆どが彼の手で作られて
いることからも分かるし、また世界経済の大半を牛耳るに至った経営手腕からも分かる。その頭脳が今
高速で稼動し、新たなプランを生み出そうとしていた。
まず彼は機甲軍団の軍団長ドランガーに命を下す。

「ドランガー、ジュエルシードの探索はどうなっている?」
「発見の報は入っておりません」
「ならば機甲軍団は一旦全軍を呼び戻せ」
「はっ!」

続いて帝王はアルフに声をかけた。

「アルフよ」
「えっ!?あ、はい!」
「時空管理局がいかなるものか皆に説明せよ」
「わかっ…分かりました」

ともすれば普段の言葉遣いが出そうになるが、「貴様、帝王に対して不敬だぞ!」などと言われる羽目に
なってはたまらないのでアルフは精一杯丁寧に返答する。

「ええと、まず時空管理局っていうのは……」
 
帝王自身はレイジングハートからある程度の情報を得ていたが、アルフの口から語られる管理局の姿は
また違った角度から見たもののため、帝王の好奇心を十分に満たしてくれた。
そしてアルフの説明が終わった後である。戦闘ロボット軍団烈闘士ザーゲンが進み出て発言した。

「恐れながら帝王、このアルフが時空管理局と通じている可能性があるのでは?」

ドクロのような頭部に左手の大鎌、死神の異名を持つ男はアルフに冷ややかな視線を向ける。
だが助け船は意外なところから出された。爆闘士ガラドーである。

「いや、アルフに奴らと通じている様子はなかった。むしろ恐れている様子だったな」

ザーゲンはそれを聞いてガラドーとアルフを交互に見ていたが、やがて忍びのガラドーがそこまで
言うならば、と発言を取り下げた。それを見たアルフは、全員連れて脱出できたことでガラドーに
恩を売れたのではないかと思い内心で喜んでいた。
帝王は最後に、ゲルドリングを呼ぶ。

「ゲルドリングよ、お前達モンスター軍団には特別任務を与える」
「へえ、なんでもしまっせ」
「犬を連れてこい」
「は?」

一瞬、帝王が何を言っているのか分からなかったゲルドリングは目をぱちくりとさせる。

「犬、でっか?」
「そうだ、試したいことがある。早急に捕まえてくるのだ」
「お任せ下さい帝王。おうお前ら、帝王直々のご命や、気合い入れて行くで!」

そう言うと、ゲルドリングは配下を引きつれて謁見の間を出ていく。

「それでは本日はここまでとする。各員、時空管理局との戦いに備えて体を休めておけ」
『ははっ!!』

帝王の姿が消え、その日の会議はそれで閉会となる。
内容の濃すぎる1日を過ごしたアルフは、ようやく休むことが出来そうだった。

 

「まさか、ここまでやられるなんて……」

リンディは唸った。ユーノの話を聞きネロス帝国が恐ろしい相手であると認識していても、
正直ここまで武装局員が一方的にやられる程とは思っていなかった。

「完全に私の判断ミスだわ……。エイミィ、二人の様子はどう?」
「クラッド君はまだ予断を許さないそうです。出血が多すぎたそうで……。
キール君は峠を越えたようです。現場への復帰は当分無理ですけど」
「……そう。他の局員は?」
「すでに帰投しています。残念ながら成果はなかったそうですが」
「構わないわ、今は安全を最優先になさい」
 
そこまで報告を聞いてリンディはふう、とため息を吐いた。

「手痛い犠牲を払って得た成果が出入り口1つ、か」
「でも艦長、ここを監視してればネロス帝国の動きも掴めますよ」
「そうだといいんだけど…」

リンディにはそう思えなかった。見かけこそ若いもののリンディも管理局ではかなりのベテランだ。
長年培ってきたその経験が彼女に警告する、そんな甘い相手ではないと。

「艦長!目標に動きがありました!」

オペレーターであるランディの報告で、ブリッジクルーの視線がモニターに集まる。
モニターには、地中に格納中のゲートと、その付近で警戒を続けるロビンケンが映っていた。
ロビンケンがしゃがみこみ地面に向かって何かをやると、ゴーストバンクへと通じるゲートが
地表に姿を現す。

「へっへーん、一旦捕まればもうアースラのサーチャーからは逃げられないよ」

言いながらキーボードを叩くエイミィ。一挙手一投足も見逃さないつもりであった。

「どうやら向こうも帰還するようですね」

迷彩カラーの装甲がゲートの中に消えていくのを見ながら、アレックスが現況を語る。

「まあしばらくはここを見張って…」
ドオオォォォン!!!

アレックスの言葉を遮るように、突如響き渡る轟音。画面の中ではゲートのあった場所から土煙が
立ち昇っている。

「一体何!?……ええ!?これって、まさか!」
「何があったのエイミィ、報告して」

サーチャーが集めたデータを整理して、エイミィは頭を抱えた。そこに示されているのは、苦労して
発見した監視対象の消滅だったからだ。

「地中より激しい振動を感知、おそらくは爆薬によるものと思われます。威力から見て、あの
出入り口を丸ごと爆破したのではないかと。……ホント、なんて奴らよ!」
「ばれそうになったから出入り口そのものを消滅させたってことなの…?」

そこに、扉を開けてクロノがブリッジへ入ってくる。

「どうやら、ネロス帝国というのは相当の曲者らしいな」
「クロノ君大丈夫?こっちから見る限り結構苦戦してたみたいだけど」
「クリーンヒットは1発も貰ってないよ。1発でもくらってたら今頃僕も医務室の世話になってる
ところだが」

元気そうな息子の様子にホッとするリンディだったが、すぐに表情を引き締め『母親』ではなく
『艦長』としての顔でクロノに問いかけた。
 
「クロノ・ハラオウン執務官、ネロス帝国と交戦してみてあなたはどう思いましたか?」
「彼らは危険です。まず殺人という行為を当たり前のように実行に移すその精神。それに武装の
レベルや戦闘技術も侮れません。ユーノの奴が言っていたとおり、質量兵器を中心とした一部の
技術では管理局を上回っている可能性は高いです」

そこで一旦クロノは言葉を切る。続けて何を言うべきか、彼にしては珍しく迷っている様子だった。

「だけど、どうにも妙でした」
「妙、というのは?」
「使い魔の存在が浮きすぎています。あの組織に次元犯罪者が絡んでいるとしたら、あまりに魔法への
備えがなさすぎる。あいつら、腕は立つのにまるで初めて魔導師と戦ったみたいにちぐはぐでした。
それにあの使い魔が何を言おうとしていたのか気になります」
「魔法を知らない現地の犯罪組織が、たまたまこの世界に来てた魔導師を捕まえた、なんてことないよね」

偶然とは言えエイミィの当てずっぽうな推理はかなり核心を捕らえていた。
もっとも今の彼らにそれを知ることは出来ないのだが。

「いや、まさかそんなことは…」
「肯定は出来ないけど否定する事も出来ないわね。まだ分からないことだらけよ、可能性を狭めるのは
やめておきましょう。ところでエイミィ、ユーノ君はどうしているかしら」
「あー……部屋にいるみたいです。いきなりあれじゃあショック大きすぎですよね」
「同行した二人は瀕死の重傷、本人も殺されかけたわけだし……きっとひどく傷ついているわ。
あの子のケアのことも考えないと」

リンディ、クロン、エイミィはそろって深々とため息を吐いた。

「ホント、世界はこんなはずじゃないことばかりだ」

 


アルフは今ある理由で途方に暮れていた。

「腹減った…」

昼食は車の中でガラドーに分けて貰っていたのだが、夕食をどこでもらえばいいか分からず困って
いたのだ。人ではないのだからモンスター軍団で食事をとるのが妥当でしょう、と秘書Kに言われて
モンスター軍団のエリアに来てみたものの、「はあ?下っ端に食わせる飯なんかねえよ」「犬なんや
からそのへんでネズミでも捕まえて食うたらどうや」などと心ない言葉を浴びせられた揚げ句食料を
得ることが出来なかったのだ。どうもいきのいい犬を捕まえるのに苦労しているらしく、同じイヌ科
であるアルフへの風当たりが厳しい。

(でもまあ、どっちみちあれは食べたくなかったしねえ)

思い出すのはモンスター軍団員がうまそうに食べていた食料。いや、あれを食料と呼んでいいものか、
モンスター軍団は大皿に山盛りになった白い泡のような物をうまそうに食っていたのだ。
 
(こうなりゃホントにその辺の山で何か捕まえて…)
「おおアルフ、ちょうどいいところにいたな。お前を捜していたところだ」
「…ガラドー?」

外出許可はどこでもらえばいいのか、と考え始めていたアルフにいきなり声をかけてきたのは
今日一日ですっかり見慣れた感のあるガラドーだった。相変わらず気配は感じなかったが。

「ついて来い」
「え?ああ、うん」

理由も言わず歩き出すガラドーに、反論する術を持たないアルフは仕方なくついていく。
その行き先は、ヨロイ軍団のエリアだった。

「よし、入れ」
「いったい何……え、これって」

ドアの中には広々とした空間があった。そこにはヨロイ軍団勢揃いか、と思うほど大勢のヨロイ軍団員と、
大きめのテーブルがいくつか、そしてなかなかに豪勢な肉を中心とする料理がたくさん用意されていた。

「こりゃ、いったい…」
「今日の戦い、お前がいなければ俺は影を犠牲にして逃げねばならんところだった。
これはせめてもの感謝の印だ」
「え…マジ?」

その時アルフ達が入ってきたのとは別の扉を開け、銀色の甲冑を纏う戦士が姿を現した。
その男、軍団長クールギンが食堂に入ってきた瞬間その場にいた全員が雑談をやめ、佇まいを整える。
クールギンは静かになった室内を通り過ぎると、何が起こるのかと内心ビクビクしているアルフの前
で歩みを止めた。

「私は凱聖クールギン、このヨロイ軍団の長を務めている。アルフよ、我が軍団の影を救ってくれた
こと深く感謝する。我がヨロイ軍団は恩義には報いる主義だ。何か困ったことになったときは我が
軍団の者に相談するがいい。帝王の御意志に反しない範疇で力になろう」
「あ…その……ヨロシクオネガイシマスデス」

秘書Sから帝国のシステムについて簡単に説明を受けていたアルフはかなり驚いていた。凱聖といえば
帝王に次ぐ位置にある最高幹部のはず、その人物がわざわざ奴隷同然の扱いであるアルフに礼を言いに
来るのはアルフの常識では考えられない。相手が想像以上のVIPだったこともあってかなり緊張して
しまったアルフは、使い慣れない敬語を使って片言の挨拶を返すのが精一杯だった。別段アルフは偉い
人間が苦手というわけではない。ネロス帝国の偉い人間の機嫌を損ねるわけにはいかない、という思い
がアルフに緊張を強いたのだ。

「皆の者、今宵はアルフを虜囚ではなく客人として遇する。異議はあるか!」
『異議なし!』
「よし!ならば今宵は思う存分飲み、食らうのだ!新たな敵、時空管理局との戦に備え英気を養え!」
『応!』

かくして、アルフを交えての宴がヨロイ軍団で開かれたのであった。
 
「俺は暴魂チューボだ。お前達が戦った相手は若いが腕利きだったそうだな」
「ああ。執務官てのは管理局の中でもよっぽど腕の立つ奴でなきゃなれないエリートなんだ。
あの歳で執務官やってるってことは、あいつは天才ってやつだと思うよ」
「俺の戦った奴は腕はさほど大したことがなかったが、とにかく空を飛んでいるのがやっかいでなあ。
魔導師との戦い方を考えねば……。そうだ、アルフ。今度修行に付き合ってくれるか?」
「あたしで役に立てるなら喜んで」

「爆闘士ロビンケンだ。管理局という組織についていくつか聞きたい」
「あたしもあんまり詳しくは知らないけど、分かる範囲でいいなら答えるよ」
「助かる。まず、奴らの戦力規模はどれくらいだ?」
「管理局は次元世界に手を広げすぎて慢性的な人手不足らしいから、ここみたいな辺境の管理外世界には
次元航行艦単艦で来てると思うよ。一隻にどれくらいの戦力が乗ってるかまではちょっと……」

「雄闘バーロックだ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしく」
「管理局が使う魔法について聞きたいんだが……」

「しかし、飯食うときでも仮面外さないのが結構いるんだねえ」
「別段不便はないさ、慣れているからな。口元さえ開けば食事はとれる」
「へえ……。そういや軍団長って人は全然食べてないみたいなんだけど」
「軍団長はいつもご自分の部屋で食事をとられる」
「そりゃまたなんで?」
「忠告しておこうアルフ、地球には『好奇心は猫を殺す』という言葉がある」
「ありがと……余計なことは考えないようにしとく」
「それでいい。特に帝王の身辺を探ろうなどとは考えんことだ。恩人を手に掛けたくはない」
「肝に銘じとくよ。……ええっと、あんたはなんて呼べばいい?」
「我々は影だ。個人を識別する名前など必要ない」


このように多くのヨロイ軍団員と交流を深めていたわけだが。
自分の手元にある大きな肉の塊を眺めながら、アルフはふと呟いた

「あたしだけこんないい思いしてていいのかな…」

宴に招待され今がチャンスとばかりに顔を売っていたアルフだが、未だ牢の中のフェイトを思うと
胸が痛む。

「どうした、好きなだけ食っていいんだぞ」
「フェイトのことが心配なんだよ。あの子、一人で寂しくしてないかな…」

その言葉を聞いて、一人の影が進み出た。

「軍団長、ビックウェインに差し入れを持っていこうと思うのですがよろしいでしょうか」
「なに、ビックウェインに?……ふ、そういうことか。いいだろう、許可する。奴も単調な任務で
暇を持て余しているだろう。退屈を紛らわせるものも何か持って行ってやれ」
「はっ!!」

言うが早いがその影はてきぱきと料理をまとめて部屋を出ていく。
 
「ガラドー、ビックウェインって…」
「牢の見張りをやっている戦闘ロボットだ」
「そっか。………ありがとう」

このネロス帝国を支配するゴッドネロスはまさに悪の権化だ。だけど、帝国を構成するメンバーは、
帝王ほど悪い奴らじゃないのかもしれない、そう思うアルフだった。

 


「なに、わしに差し入れ?」
「はい。もし必要なければ捕虜にくれてやるなり牢の中に捨てておくなり好きにしてくれ、
とのことです」
「ほう、これは……。分かった、好きにさせてもらう」

影の持ってきた包みを見て、大体の事情を察したビックウェインはそれ以上を聞かなかった。

「ところで、フェイトの様子はどうですか?」
「落ち込んではいるが今のところ健康状態に問題はないな」
「了解しました。それでは自分はこれで」

ビックウェインが呼び止める暇もなく、影はその場から姿を消す。

「あわただしい奴だな……。まあいい。フェイト、こいつはお前にやろう」

そう言ってビックウェインは、影の置いていった風呂敷包みを鉄格子の前に持って行った。
風呂敷をほどいた中からはタッパーに詰めた何種類かのご馳走と、数冊の本が出てくる。

「え?あの…だけど、これはあなたへの差し入れだって…」

フェイトには、何故自分がこんなものをもらうのかが理解できない。

「ロボットは飯を食わんよ。それにしても……わざわざこんなものが来るくらいだ、
アルフは上手くやっているようだな」
「アルフが!?」
「わしは今ここを離れられんが、今日何かしら戦闘があったことは聞いている。アルフがお前に
準じる強さを持っているというなら、働きを示せてもおかしくはない。もっとも、初日から
戦闘に駆り出された事には同情するがな」

目の前の少女がバーベリィを撃墜した事実を思い出しながら、ビックウェインは話し続ける。

「まあせっかくのもらいものだ。しっかり食べて体力を付けておけ」
「でも、その……私、こんなに食べられません……」
「食べられる分だけでいいから食べておくといい」
「……はい」

不自由極まりない身の上であったが、目の前のこのロボットが色々と自分に気を使ってくれて
いることはフェイトにも分かった。無骨な戦闘ロボットらしく不器用ではあったが、その優しさが
フェイトには嬉しかった。
 
(お父さんって、こんな感じなのかな…)

ふと、知識でしか知らない単語がフェイトの脳裏をよぎった。それは母を裏切ってしまったと自分を
責め続ける少女に、ほんの少しだけあてられた暖かい光。あたかも血の池でもがく盗人が目の前に
垂らされた蜘蛛の糸に飛びつくように、フェイトはそこに縋ろうとしていた。母の下には帰れず、
使い魔とは連絡が取れず、世話係のウィズダムは悪い人間ではないがずっといるわけではない。
フェイトの閉ざされた世界には、他に救いがなかったから。

しばらくして、食事を終えたフェイトは風呂敷に入っていた本を開いてみた。

「………………………………」
「……どうした?」

無言で眉をひそめ、本とにらめっこするフェイトの様子を不審に思ったビックウェインは
思わず声をかけた。フェイトは何と答えていいのか迷っている様子だったが、やがて
僅かに頬を染めながらおずおずと答えた。

「……読めないんです」
「そういえば地球人ではないんだったな。なら本が読めないのも仕方なかろう」

どうやら字が読めないことを恥じているらしいフェイトを慰めると、ビックウェインは
1冊の本を手にとってみた。どうせ暇だし、子守の真似事をしてフェイトに本を読んでやるのも
悪くないかもしれないと思いながら。

「なんならわしが読んでやっても……」

タイトルを見て思わず絶句する。表紙には行書体で大きく『太平記』と書かれていた。
鎌倉幕府の滅亡から室町幕府の興り、南北朝の時代までを描いた軍記物語である。

「……ウィズダムにもう少し子供向けの書籍を手配させておこう」
「すみません……」

よく分からないが自分のせいかと思ったフェイトは反射的に謝ってしまう。これもプレシアによる
虐待の賜物だろう。ビックウェインがそのことに気付くことはなかったが。

「まったく、ヨロイ軍団の趣味は渋すぎていかん。せめて……」

小声で彼は怒りを露わにする。

「せめて現代語訳しておくべきだろうに!」

――――論点が大きく間違っていた。
伝説の巨人ビックウェイン、戦闘以外は結構からっきしの3級品なのかもしれない。

 

ネロス帝国との初戦は管理局にとって苦い結果となった。
心に傷を負ったユーノは、全てを忘れるためにがむしゃらに働く。
だが、アースラの総力を結集しても帝国の正体は全く掴めなかった。
一方帝王ゴッドネロスは恐ろしい計画を着々と進めていた!

次回、魔法帝王リリカルネロス
「ここは地の底、ゴーストバンク」

こいつはすごいぜ!

 


   提  供

 桐原コンツェルン
  ヨロイ軍団
 時 空 管 理 局


このSSは、野望をクリエイトする企業、桐原と
和の心を愛するヨロイ軍団、
ご覧のスポンサーの提供でお送りしました。

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最終更新:2008年09月18日 21:42