05 気まぐれな風


キャロが目覚めたのはミッドチルダ首都、クラナガンの時空管理局本部だった。
フリードと共に意識を取り戻した彼女を見てフェイトは安堵の表情を浮かべる。
頭を強打したとはいえ大事には至らず、傷が残ることもなかった。

「キャロ、本当に大丈夫? やっぱりもう少し様子を見た方が……」
「私ならもう大丈夫です」

ベッドから起きあがろうとするキャロをフェイトは不安な眼差しで見つめる。
本人はこう言ってるが、フェイトはまだ少しだけ心配だった。
そんな二人の周りをフリードはパタパタと飛び回っている。

「フェイトさん、エリオ君はまだ見つからないんですか……?」
「……ごめんなさい」

質問に対してフェイトは俯かせながら答える。
エリオはキャロと喧嘩した日を境に時空管理局から姿を消した。
かつての機動六課隊員が行方不明になるという事件に管理局は喧騒に包まれる。
恩師のフェイトや同僚である辺境自然保護隊員のミラとタントには行き先に心当たりなどなかった。
無論、エリオの行方を追っているが情報は大して得られず無意味に時間が過ぎるだけだ。
行方を追っている捜査官のギンガ、ティアナやフェイトも任務の合間を縫って彼を探しているがいまだに発見されない。
彼は自分の我が儘に愛想を尽かして管理局から姿を消してしまったに違いない。
事実を知ったキャロは数週間経った今でも頭の中には後悔の気持ちしか無く、保護隊の仕事にも身が入らなくなった。

「キャロ、エリオは絶対に見つけてみせるから元気を出して」

フェイトはキャロの両手を握りながら微笑んで諭すが、彼女の表情が晴れることはなかった。
エリオが行方不明となっているに加え、キャロが落ち込んでいるという事実は二人の保護責任者であるフェイトにとってあまりにも辛かった。
それでも彼女は落ち込むようなことはしなかった。もし自分がしっかりしていなかったらキャロはもっと悲しむかもしれないし、エリオを見つけることなど出来るはずがない。

(エリオ……何処にいるの?)

エリオの安否を気遣うようにフェイトは夕日で輝く空を窓から見つめる。
こんな事が起こってしまったのは二人のことを無視して仕事を優先させてしまった自分の責任だ。
そう思いながら、彼女はキャロの両手を握り続けた。

 

 

その晩、ミッドチルダ首都 クラナガンには満月の光に照らされていた。
空には一切の雲が無く、星が輝いている。
そんな中、人気のない路地裏で無防備の女性は恐怖の表情を浮かべながら後ずさっていた。
理由は単純、目の前からは悪質な笑顔を浮かべながら一人の男が長髪を揺らし、緑色の怪物を率いて詰め寄ってくるからだ。

「チューリッヒヒヒヒ!」

女性に迫る男の名は糸矢僚。
黒いスーツを身に纏い、その手にはアヒルと鼠のハンドパペットを持つ。彼は三匹のサリスワームを率いて、奇声を発しながらじりじりと迫ってくる。
その様子は誰がどう見ても女性が変質者に襲われているとしか見えない。
やがて糸矢の肉体は表面がボコボコと形を変えていき、人間のそれではなくなった。
見るもの全てに生理的嫌悪感を与えるような醜悪な顔面、全身の筋肉にはステンドグラスを連想させる模様がつき、背中には蜘蛛の足が生えている。
スパイダーファンガイアへと姿を変えた糸矢を見た女性はあまりの恐怖に尻餅をついてしまう。
異形の生物、ファンガイアの手が女性の顔に触れるまであと一歩のことだった。

「待て!」

突然力強い声が響き、スパイダーファンガイアの手が止まる。
振り向くとそこには、街灯の光を逆光にシルエットが見えた。
それは段々こちらに近づいてきて、その姿を現していく。
スパイダーファンガイアはその姿を確認するとほんの一瞬だが、天敵でも見たかのように怯む。
暗闇を切り裂くように現れたのは人ではなく、異形に分類されるアーマーだった。
ただ一つファンガイアと違うところは見る者に嫌悪感を与えるような与える異形ではないことだ。
蜂を連想させる仮面を持ち、黄色の装甲に全身を包む戦士――仮面ライダーザビー ライダーフォームが立ちはだかっていた。
ザビーが怪物達と対峙するのを見た女性はあまりの出来事に頭が混乱しながらも、這うようにしてその場から逃げ出す。
しかしスパイダーファンガイア率いるサリスワームはそれを追おうとはしなかった。

「お前達、何で人を襲うんだ!」

ザビーの仮面の下で資格者の少年――エリオ・モンディアルは怒りの表情を浮かべながら言う。
彼は許せなかった。何の罪もない人が怪物達に狙われ、理不尽に命を落としているという事実を。
それに対してスパイダーファンガイアはザビーを嘲笑うかのように不気味な鳴き声を発する。

「何がおかしい!」
「お前に良いことを教えてやる。近いうちにこの世界は俺達の物になる」
「どういう意味だ」
「ガーリッククク!」

ザビーの疑問を無視するかのようにファンガイアは両足に力を込め、天に向かって高く跳躍する。
やがてビルの屋上に着地し、そのまま闇の中へ姿を消していく。
ザビーは後を追う為に強化された両足に力を込めて跳ぼうとするが、サリスワーム達の爪が襲いかかる。
それに気付いたザビーは反射的に体を半歩ずらし、軽々と三つの爪を避けながら強化された拳による反撃のパンチを一匹ずつ確実に浴びせる。
その打撃が強烈だったのかワーム達はふらつく。ザビーはその隙を見逃すことはなかった。

「ライダースティング!」
『Rider Sting』

左手に装着されたザビーゼクターのフルスロットルを押しながら拳を握る。
全身の力とゼクターから噴出されるタキオン粒子を左手に込め、ザビーニードルをワームの皮膚に狙いを定めながら必殺の一撃を決める為に駆け出す。
突き刺したニードルはワームの皮膚を掠めていくだけだが、サリス相手にはそれだけで充分だった。
ザビーニードルのエネルギーはワームの全身を駆け巡りあらゆる細胞を破壊していく。
やがて断末魔の叫びを上げるかの如くワームの体は爆発四散し、緑色の炎へと消えていった。
ザビーは逃げたスパイダーファンガイアを追う為に両足に力を込め、ビルの屋上目掛けて高く跳ぼうとしたその時、乾いた靴の音が辺りに響く。
そして暗闇から街灯の光の下に、その男が現れる。

「お前、もしかして自分は良いことをしたって喜んでるんじゃないだろうな?」

靴の音と共に暗闇から現れたのは矢車想だ。
薄汚れた黒のコートと独特の装飾品で身を包む彼は、両腕を組みながら仏頂面でザビーを見つめる。

「矢車さん……」
「正義感に溢れ、人々の為に戦う立派なヒーローか……良いよなぁ」
「僕はそんなつもりじゃ……」

矢車は反論を無視するかのようにザビーの耳元で囁く。

「俺達みたいなロクでなしが光を求めようなんて考えるな、でないと痛い目を見るぞ……兄弟」

その言葉が何を意味しているのかはザビーには理解出来なかった。
やがてライダーブレスに装填されているザビーゼクターは自らの意思で離れ、空の彼方へと飛び去っていく。
同時にアーマーを構成しているヒヒイロノカネがパラパラと分解消滅し、中から黒いスーツで全身を包んでいる赤毛の少年が姿を現した。

「うっ!?」

その途端、エリオの全身に灼熱の痛みが襲いかかる。
全身から汗が滝のように流れ、あまりの激痛に彼は呻き声を上げながら両手で胸を押さえ込み、その場に蹲ってしまう。
しかし唐突に始まったそれはあっさりと終わり、苦痛もすぐに収まっていく。
やがて彼は胸部に違和感を感じ、スーツのボタンを外して自らの肌を確認する。
見るとそこには蜂を連想させるような紋章がタトゥーのように浮かび上がっていた。

「これは一体……?」
「ザビーはお前を認めたみたいだな」

胸に刻まれた紋章が意味するのはザビー資格者の証だった。
過去に矢車と影山もザビーとなって精鋭部隊シャドウを率いて戦っていた時代、資格者として認められる際にザビーゼクターによってこの紋章が刻まれた。
しかし彼らの紋章はザビーの座を剥奪される際に消滅してしまった。

「もう一度言うぞ。前を見ようとするな、未来なんて考えるな、闇に身を任せることだけを考えろ……それだけだ」

矢車は冷たい瞳でエリオを見つめながら言い放つと、そのまま闇の中へと消えていくように背を向けていく。
エリオには矢車がまるでフェイトに出会う前、研究施設に閉じこめられて荒れていた自分を見ているようだった。
信じたものからあっさりと裏切られることの悲しみを知っているような気がして、エリオは矢車達の事を嫌いになることは出来なかった。
やがてエリオも矢車の後を追うように闇の中へと一歩踏み出していった。

 

 


薄暗い空間を照らすように、コンピューターの光がチカチカと明滅している。
大小の機械が不規則に並ぶその部屋で、黒の喪服に身を包んだ二人の女性が複数存在する目の前の画面を眺めながらキーボードを叩いていた。
一人はウーノ。
紫色の波がかった長髪を持つその女はスカリエッティの秘書の役割を担当し、組織の中でも高い地位についている。
最近、時空震動の影響でミッドチルダに出現したマスクドライダー。スカリエッティによると計画の障害に成り得る可能性が高いらしい。
その対抗策として圧倒的な戦闘力を持つ生命体、自分やクアットロを含めた組織に協力的なナンバーズ――ドゥーエ、トーレ、セッテの強化改造が急遽必要となった。
ウーノ達はセッテを除くNo.5以降のナンバーズをもはや『妹』として見ておらず、『自らの保身の為に親を売った裏切り者』という認識しかなかった。

「それにしてもトーレ姉様やセッテは羨ましいですわ~ あの究極のドゥーエ姉様と共に任務を行えるなんて」

ウーノの隣で開発を進めている茶髪と眼鏡が特徴的な女――クアットロは溜め息混じりに愚痴をこぼす。
彼女はかつて情報操作と作戦指揮を行う後方指揮官を担当していたが、組織に介入してからはウーノと共に手駒の開発を進めている。

「あら、私と一緒じゃ不満かしら」
「そういう意味ではありませんわ、ウーノ姉様とこうして開発に担当出来るなんて光栄に思ってます」

そばに立つウーノに対し、手を止めたクアットロは笑みを浮かべながら答える。
しかし内心では生まれ変わった自分もドゥーエと同じ任務を担当したいというのが本音だった。
かつてのJS事件では尊敬の眼差しで見ていた姉――ドゥーエは10年間管理局の潜入諜報活動を行っていた末、レジアス・ゲイズの暗殺に成功する。
しかしスカリエッティにより復活させられた人造魔導師――ゼスト・グランガイツの手によりドゥーエは殺害されてしまい、遺体も管理局に収容されてしまった。
その後、組織の用意した『管理局のスパイ』がドゥーエの細胞を入手し、そこからスカリエッティと組織の共同作業により蘇る。
全ては創造主たる父スカリエッティ、そして新たなる力を授けてくれた組織の名によりこの任務を担当し、計画の進行を急いでいた。

「そういえばウーノ姉様、カブトの方は今どうなってるんですかぁ?」

クアットロはモニター画面に目を向けたままウーノに声をかける。


「あちらの世界でゼロセカンドと手を組んでるという報告が入りましたが……」
「向こうには完成したレジェンドルガを送り込み、様子を見る予定だよクアットロ」

クアットロの言葉を遮るかのように背後から声が聞こえる。
二人が振り向くとそこにはスカリエッティが立っていた。

「ドクター、お体の方は大丈夫なのですか」
「ああ、むしろ快感だ。実に素晴らしい力だ……」

ウーノの心配に対して、スカリエッティは狂気と快楽に満ちた笑顔で喜悦に満ちた声をあげる。
その瞳からはこの世にあるもの全てを凌駕するような圧倒的な存在感、この世界に生きるあらゆる生命体を貪らんとするような欲望を放っていた。

「これまで積み重ねてきた研究の最高傑作が私自身になるとは、運命とは実に不思議なものだ……頭領には感謝をしなければいけないようだ」

喉を鳴らしながら不気味に笑うスカリエッティは語る。
目の前に立つ自分たちの創造主は究極の生命体として進化を遂げた――
今の彼を見てそう確信した二人は感情が高まっていき、思わず笑みがこぼれていく。

「ではドクター、明日にでも計画は……!」
「そうしたいのは山々だが、まずは管理局へのデモンストレーションからだ。準備は整っていないだろう?」

期待が胸の中を包んでいくクアットロはそれを聞いてほんの少しだけ落胆する。
もっとも、それは心の中に留めるだけで顔に出すようなことはしなかった。

 


その日、ミッドチルダのある市街地では大騒動が起こっていた。
出勤や通学で多くの人が通る時間帯、コンクリートの道に金色の魔法陣が描かれ、そこから異形の怪物が次々と飛び出していた。
その数は五十体に達する。
転送魔法によって現れたワームとファンガイアは無差別に人々を襲い、周囲の建造物を破壊しようとする。
この騒ぎを聞きつけた時空管理局は多数の魔導師を派遣し、沈静化を図るが喧騒は輪をかけて大きくなるだけだった。
救急車のサイレンが鳴り響く中、管理局員達は事態の収拾に追われている。
一般市民を避難誘導する者、怪我人と負傷兵を救助する者、魔法を用いて怪物と戦う者。
しかしどういう事か大半の魔法では敵の致命傷にならず、やっとの事で数体撃破しても突然魔法陣が発生し、そこから増援と思われる敵が出現していく。
逃げまどう人々の悲鳴と管理局員の怒号が街に溢れる中、黒のギターケースを片手に持つ一人の青年が冷ややかな視線でその自体を眺めていた。

「……おいおい、こんな所にまでワームがいるのかよ。勘弁してくれ」

青年の名は風間大介。
我流のメイクアップアーティストを職にしている彼は、常に大量のメイク道具が入っている黒のギターケースを持ち歩いている。
散歩でここを通りかかった彼は、自らの置かれている状況を夢でなく現実であると受け入れていた。
ここは元々自分のいた世界ではなく、ミッドチルダという名の異世界であることを。
何故このような場所に来てしまったのか。
きっかけは相棒の少女――高山百合子。またの名をゴンが母親の元に帰宅し、大介が一人で自由気ままに過ごしていたときのことの出来事だった。
突如彼の体は謎の光に包まれ、気がつくとミッドチルダに降り立っていた。
そして出会ったティアナ・ランスターと名乗る女性により、この世界の仕組み、時空管理局という組織、自分の置かれている状況について一通りの説明を受けた。
彼女が言うには管理局は大介が元の世界に戻れるように全力を尽くすらしい。
しかしそんなことは今の彼にとって大して問題ではなく、二つの疑問が頭の中を駆け巡っていた。
一つは目の前にいる怪物、ワームが何故ここにいるのか。
元々自分のいた世界で暴れ回っていたあれはとっくに絶滅したはずだった。
しかも今度は見覚えのない醜悪な怪物も混ざっている。
そしてもう一つ、これが最も不可解な疑問だ。
彼の持つギターケースに入っているのは仕事で使うメイク道具だけのはずだった。しかしこの世界に来てから確認すると、その中にはかつて彼の命を守り続けた道具――ドレイクグリップが入っていた。
これは戦いを終え、平和な時代になってから大介自ら機密組織ZECTに返したはずだ。
それが何故自分の手の中にあるのかは分からないが、再びこれを使うなど真っ平御免だった。


「まあ、俺にはもう関係ないか……」

大介は軽く溜息をつくと、面倒なことに巻き込まれる前に人混みに紛れてこの場を退散しようとした。
しかし彼は足を止める。
ワームとファンガイアの群れを食い止めている管理局員の中に見覚えのある顔があった。
それを見た大介は道の脇にギターケースを置き、ドレイクグリップを片手に怪物達の元へ向かっていった。

 

市街地で暴れ回る謎の怪物を率いていると思われるそれは、大蛇を連想させる仮面を被り、全身は黒と青を基調にした装甲に包まれている。
仮面の下からは異常なまでの見る者全てを震え上がらせるような殺気を放ち、向かってくる武装局員達を次々と返り討ちにしていった。
事態の収束に当たっているティアナ・ランスター、ギンガ・ナカジマ、フェイト・T・ハラウオンは協力してその異形――コブラが率いる怪物の軍団と抗戦している。
最初は投降を呼びかけたが、向こうはそれを嘲笑うかのように武装局員への攻撃を続ける。
このまま投降を呼びかけても負傷兵が更に増えるだけで、自体が悪化する可能性が高い。管理局は怪物達の撃破を決定した。
ギンガがコブラと戦い、フェイトが次々と発生する魔法陣から出現するサリスワームの撃破をしている中、ティアナは一体の異形と対峙していた。
馬の風貌をしつつ、右手には真っ赤な鮮血が滴り落ちる剣を持っている。
その怪物――ホースファンガイアの足下にはボロボロになった管理局員のバリアジャケットとストレージデバイスが三組ずつ、無惨に転がっていた。

「あなた達、一体何でこんな事を!?」
『お前には関係ない、大人しく死ね』

ホースファンガイアが言い放つと、突如空中に四本の牙が出現する。
それはティアナの首元に降り注ぐが、突き刺さる寸前に彼女は体を反らしたので空振りに終わる。
そこから徐々に距離を空けながら両手に持ったクロスミラージュの引き金を引き、オレンジ色の魔力弾をファンガイアの胴体に放つ。
しかしホースファンガイアには効き目がないのか数発当ててもびくともせず、ティアナに迫ってくる。
ティアナはクロスミラージュをダガーモードに切り替えようとするが間に合わず、ファンガイアの蹴りを受けてしまう。
異常なまでの脚力による蹴りで彼女の体は吹き飛ばされ、コンクリートの床に叩き付けられる。
そのままティアナはクロスミラージュを落としてしまう。
それに気がついたフェイトとギンガは彼女の元に駆け寄ろうとするが、次々と襲いかかってくる二十体のサリスワームが進路を阻む。
じりじりとホースファンガイアがティアナに迫る中、彼らの間に割って入るように一人の男がファンガイアの前に立ちはだかった。
その背中を見たティアナは驚愕の表情を浮かべ、同時にギンガとフェイト、コブラとサリスワームの群れは現れた青年に視線を移す。

「か、風間さん……!?」

 


大介の中で怒りが沸き上がっている。
目の前に立つ化け物――ホースファンガイアを初めとする怪物軍団は多くの管理局員に攻撃を加え、破壊活動を行うという事実に。
それ自体は別にどうでもいいことだが、その中にティアナ、ギンガ、フェイトが含まれていることが問題だった。
大介にとって女とは尊く美しい花、全ての女性を守ることを信念にしている彼にとってこれは許せない出来事だ。

『何だお前は?』
「気まぐれな風だ」

大介がホースファンガイアを睨みながら言う。
そして表情を軟らかくし、背後で倒れているティアナに手を差し伸べ、立ち上がらせた。

「あ、ありがとうございます……」
「もう大丈夫、ここは俺に任せて早く逃げて下さい」

宝石のように輝かしい微笑みを浮かべる大介をほんの一瞬だけ、ティアナは見とれてしまう。
しかし今は怪物の破壊活動を止め、人々の安全を守ることが最優先だ。

「……って、何であなたがここにいるんですか!? 風間さんこそ早く逃げて!」
「俺なら問題ありません、それより……」

大介がホースファンガイアを初めとする怪物の集団に顔を向けると、怒りの込められた表情を再び浮かべる。

「汚らわしい奴等め、花を傷つけた報いを向けて貰うぞ」

吐き捨てるように言うと、大介はその手に握るドレイクグリップを高く掲げる。
すると空の彼方からソナー音を響かせながら、彼の元に機械質の蜻蛉――ドレイクゼクターがゼクターウイングを羽ばたかせ、舞い降りる。
現れたドレイクゼクターはグリップに止まると上面の蓋が閉じていく。

「変身!」
『Hensin』

大介のかけ声と共にエコーの低い機械音声が発せられる。
するとドレイクゼクターからヒヒイロノカネが噴出され、彼の体を包み込んでいく。
やがてそれはアーマーとなり、そこに立つのは風間大介であり風間大介ではなかった。
全身を包み込む水色のマスクドアーマー。
通常人の四倍以上の聴力を得られる額のソナーシグナル。
上下左右160度の視野をカバーするニンフフォーカス。
頭部、口腔部、右腕、胸部下に伸びるオキシジェンバルブ。
あらゆる温度から資格者の体を守る下半身のサインスーツ。
かつて自由気ままに我が道を行きながら、あらゆる女性の為にワームと戦った戦士――仮面ライダードレイク マスクドフォームへと風間大介は姿を変えた。
アーマーに包まれた大介の姿を見たティアナ、ギンガ、フェイトの三人は驚愕の表情を浮かべ、怪物の軍団は一斉にドレイクへと視線を移す。

『まさか貴様……仮面ライダードレイクか』
「よく解ったな、まあどうでもいいが」

ドレイクは武器となったゼクターをホースファンガイアに突きつけ、引き金を引く。
すると光の弾丸が放たれ、ファンガイアの肉体に傷を付ける。
そのままドレイクは怯んだファンガイアの脇を通り抜けて、コブラ率いるサリスワームの群れに飛び込んでいく。
次々と襲いかかるワームの爪をひらり、と避けながら引き金を引き、弾丸を放つ。
雨のように降り注ぐ弾丸に襲われた三体のサリスワームはあっけなく爆発四散し、緑色の炎と消えていく。
しかしそれに対応するかのようにワームは床に描かれている金色の魔法陣から次々と姿を現す。
これではキリがない。
そう確信したドレイクはドレイクゼクター尾部のヒッチスロットルを引き出す。
すると上半身を守るマスクドアーマーが浮かび上がっていく。

「キャストオフ!」
『Cast Off』

ドレイクがその言葉を叫ぶとアーマーが飛び散り、かなりの速度でワームに激突する。
そしてそれは姿を現した。


『Change Dragonfly』

水色の両眼、フォースアイが光り出す。
ドレイクのモチーフ、蜻蛉を連想させる形をしたボーンシェルメット。
右腕を守る為に胸部から肩甲骨まで伸びたドレイクバーン。
利き腕を補佐するライダーパーム。
マスクドライダーの本領を発揮する為の形態――ライダーフォームへと、仮面ライダードレイクは変化していった。
その途端、背後からホースファンガイアの剣が襲いかかる。
しかしその程度、数多の戦場を乗り越えた戦士――ドレイクにとっては何て事無かった。
ドレイクは迫り来る一撃を軽々と避け、ファンガイアの左側にすっと回り込んだ。その勢いのままファンガイアの脇腹に強化された右足で蹴りを叩き込む。
キックの衝撃で倒れたその隙を見逃すことはなく、ドレイクはゼクターウイングを折り畳み、ヒッチスロットルを引く。
するとドレイクゼクターに内蔵されているタキオン粒子は波動化し、銃口へと集中していき光弾へと変化していく。

「ライダーシューティング」
『Rider Shooting』

両手で支えるドレイクゼクターをホースファンガイアに突きつけ、引き金を引く。
すると衝撃波と共に必殺の光弾が放たれ、それをファンガイアは浴びる。
胴体に当たり、皮膚を燃やし、骨と肉を粉砕していく。
やがてホースファンガイアは爆発し、跡形もなく消滅した。
その様子を見たコブラは仮面の下で驚愕の表情を浮かべ、サリスワームは怯む。
そして一部のワームは逃亡を図るが、その道はティアナとギンガとフェイトの三人によって塞がれる。

 


一方で、建物の影から矢車、影山、剣、エリオの四人が管理局と怪物軍団の戦いを静観していた。

「あのライダーは一体……?」
「風間大介、仮面ライダードレイクか……」

ドレイクを見つめるエリオが疑問を放つ中、矢車はぽつりと呟く。

「あいつはかつて俺達の世界でワームと戦ってたライダーだ、まあ強さは兄貴のが断然上だけど」

影山が誇らしげに言うとふふんと鼻を鳴らす。
その理論から察するにあのドレイクというライダーもこの三人と同じく次元遭難者だろう。ただ一つ違うのは管理局員に保護され、協力していることか。
だがそんなことよりも、このまま見ているだけでいるわけにはいかない。ワームと戦っている武装局員の中にフェイトとティアナとギンガの三人がいる。
彼女たちはドレイクと共にワームを撃破しているが、転送魔法と思われる魔法陣から次々と増援が現れるのでキリがない。
その一方で、矢車は溜息をつきながら戦場を鋭い視線で眺めていた。
まるで肉親の仇でも見ている復讐者の目つきのようだ。
そして矢車は自らの手元に跳んでくるホッパーゼクターを掴み取った。

「変身……」
『Hensin』

ホッパーゼクターをベルトに装填し、エコーの強い電子音が鳴り響く。
矢車の体はヒヒイロノカネに包まれ、それはキックホッパーのアーマーを構成していく。

『Change Kick Hopper』

それに続くように他の三人も自らの手元に現れたそれぞれのゼクターを手中に収め、変身ツールに装填する。

「変身……!」
『Hensin』

「変身!」
『Hensin』

「変身…」
『Hensin』

電子音が発せられるのと同時に三人の体は人ではなく金属のアーマーへと姿を変えた。
三人の体に強大な力が流れ込んでいく。

『Change Punch Hopper』

ライダー達の両眼が輝くと、先頭に立つキックホッパーが両肩をだらりと下げながら三人の弟を率いて戦場に歩を進める。

「行くぜ、お前ら」
「兄貴となら、何処までも……」
「全てのワームは俺の獲物、奴等の出る幕はない」

その時、キックホッパーの仮面の下で矢車は世界の全てに対する憎悪の表情を浮かべていた。
その時、パンチホッパーの仮面の下で影山から不気味な笑みが生まれていた。
その時、サソードの仮面の下で剣はワームに対して憤怒の視線を浴びせながら進んでいた。

「…………」

そんな中、たった一人ザビーの仮面の下でエリオだけが俯いていた。
戦場で戦っている三人は自分がキャロにした仕打ちを知り、失望しているのかもしれない。
それが彼にとって酷く不安だった。
しかしだからといってワームを逃して良い理由にはならない。
三人のライダーに続くように、ザビーもまた戦場へ身を投じていった。

 

「ナックルバンカー!」

ギンガは左腕のリボルバーナックルに魔力を込め、強烈な鉄拳を繰り出す。
その一撃を浴びたサリスワームは体内のあらゆる細胞と組織が破壊され、無惨に爆発していく。
それでもコブラ率いる怪物の集団は一向に数が減らない。武装局員達が次々と負傷し、死者も出ている。
現在期待出来る戦力はギンガとティアナとフェイト、そして乱入してきたドレイクの四人しかいなかった。
このままでは防衛ラインが破られ、一般市民に危害が及ぶ危険性がある。増援が来るにはまだ数分必要だった。
周囲の怪物はまるで市民を守ってる自分たちを嘲笑うかのように吐き気を促すような鳴き声を発し、その爪を振るってくる。
ギンガの中で焦りが生じそうになるその時、それは起こった。

『Cast Off』
『Cast Off』

背後から突如、電子音が発せられると思ったら何かが高速でギンガの脇を通り過ぎていった。
その飛んできた何かは前方のサリスワーム達に激突し、ダメージを与える。

『Change Scorpion』
『Change Wasp』

再び背後から電子音が聞こえたのでギンガは振り向く。
見るとそこには四つの異形が横一列に並んでいた。
左から順番に飛蝗を連想させる緑と灰茶色の異形、刃を持ち蠍を連想させる紫の異形、蜂を連想させる黄色の異形。
それらはこちらに向けて歩を進めている。

「今度は何なの!?」

ギンガが驚愕の表情を浮かべる。
しかしそんな彼女のことなどお構いなしにその異形達はサリスワーム達の元に向かい、攻撃を加える。
それを見たギンガの中で僅かながら安堵が生まれた。あの四つの異形が何者かは分からない、でも管理局員に攻撃を加えていないのでもしかしたら味方かもしれない。
彼女は再び左腕に魔力を込めて、異形の怪物から人々を守る為にその鉄拳を振るった――

 

 

四人のライダーが戦闘に加わって、すでに十分以上経過していた。
管理局からの増援も現れ、無限に溢れ出てくる敵は既に八体にまで減っている。
対ワーム戦に開発され、圧倒的な戦闘力を誇るマスクドライダー五人と、統率された魔道士達に対して数に任せただけの集団などまるで相手にはならなかった。
キックホッパーは荒々しいながらも調和の取れた蹴り、パンチホッパーはボクシングスタイルでの打撃、サソードはヤイバーを用いた剣術で敵を撃破していく。
そんな中、ライダーフォームのザビーは怪物の群れを率いていると思われる異形、コブラと対峙していた。
大蛇を連想させる仮面の下からは突き刺さるような殺気を放っているが、彼はそれに臆することなくラッシュを繰り出す。
対するコブラはその一撃を受けてしまうが全く動じず、逆にザビーの仮面を標準に定めた鋭いパンチを放ち、その体を吹き飛ばす。
しかしザビーはその痛みに耐えながら立ち上がり、左拳を握りながらザビーゼクターのフルスロットルを強く押す。

「ライダースティング……!」
『Rider Sting』

フェイトを初めとする管理局員達に自らの正体を悟られないようぽつりと呟く。
そして彼は全身の力を左手に集中させながら必殺のストレートをコブラの胸部に突き刺した。
ザビーニードルから流れ込んでいくタキオン粒子はコブラの体内を縦横無尽に暴走し、あらゆる体組織を爆発させていく。
やがてその体は自らの最後を告げるかのように粉砕し、最後は爆風と共に緑色の炎と変化していった。
跡には鉄屑が散らばっていたが、ザビーはそれに気を止めることはなかった。
当たりを見渡すと、金色の魔法陣は既に消えていてワームも全滅している。
戦いを終えたザビー、キックホッパー、パンチホッパー、サソードはフェイト達の方に振り向き、視線を合わせた。

 


戦場となった市街地を見下ろすことの出来る位置にある、七階建てビルの屋上。
そこに丸眼鏡を掛けた一人の男が戦いの様子を眺めていた。
神父を連想させる黒い修道服を羽織り、首には白いストールを巻いている。長身痩躯の体格を持ち、その年齢を特定することは出来ない。
左手の甲にはチェスのビショップにバラを飾られた紋章が刻まれていた。
ビショップと呼ばれるその男は人間ではなく、ファンガイアの中でもトップクラスの実力を誇る者達――チェックメイト・フォーの一人である。
彼はこの異世界ミッドチルダである人物を待ち、そのついでに偵察をしていた。
この地にはファンガイアにとって脅威になると思われる時空管理局、元いた世界から現れたマスクドライダーが存在する。
そしてこの世界で暗躍している乃木怜治、ジェイル・スカリエッティという男達の作り上げた組織が本当に信頼出来るのか。
多少の協定は結び、情報交換や戦力提供はしているがまだ不確定要素が多い。
次の瞬間、ビショップの敏感な感覚が徐々に接近してくる来訪者の存在を感知する。
やがてその異形は現れた。
海老を連想させる風貌をしつつ、右腕が鉤状の巨大ハンマーとなっているワーム――キャマラスワームだった。

「……お待ちしておりましたよ、NO.2」

来訪に気がついたビショップが振り向くのと同時に、キャマラスワームの体が妖しく光り、その肉体はボコボコと変化していく。
やがて人型へと変わっていった。
霞んだ金髪が特徴的で、その見る者全てを魅了させてしまうような容姿からは大いなる残酷さ、慈悲深さを同時に感じさせた。
その名はドゥーエ。
知能と話術に長けている彼女は数年前、JS事件の為に単独で時空管理局へ潜入諜報活動を行っていた。
現在はトーレ、セッテと共同の任務を行っている。

「今日は何のご用件で?」
「チェックメイト・フォーのあなた達も協力して貰いたいのですが」
「しつこいですね、我々ファンガイアがするのはあくまで兵力の提供のみ……そちらの問題に私達が出るほどの義理はありません」

淡々と言い放つビショップに苛立ちを覚えたのか、ドゥーエは眉を歪ませる。

「まあ、最近キバと共に多くの同胞を葬っているカブトとやらを排除するのなら私からキングに取り入ってもよろしいですが」
「組織の技術力を持ってすればキバを始末するなど容易ですが?」
「それは確かな物でしょう……ですが我々ファンガイアはまだドクターを完全には信用していません」

二人は譲り合う気はなく、意見は平行線を辿るままだ。

「それよりもあそこをご覧下さい、面白い物が見れそうですよ」

話を変えるかのようにビショップは眼下に広がる市街地を指す。
そこにはZECT製のマスクドライダー五体と時空管理局の魔導師達が目を合わせている。
ビショップはその様子を怪しげな笑みを浮かべながら眺めながら、喉の奥から笑い声を漏らす。
下界にいる者達がここにいる二人に気付いていることは無さそうだ。
眺めている内に彼の頭の中である提案が思い浮かんでいった。

「時空管理局とライダーの接触……この手も良さそうだ」
「どうかしましたか?」
「いえ、こちらの話です。こちらのね……」

 

 

 

ザビーのマスクでそれは隠されているが、エリオは困惑した表情を浮かべていた。
目の前には恩師であるフェイト、かつて共に戦った同僚であるティアナ、先輩のギンガを初めとする管理局員達がいる。
正直な話、今すぐこの場から消えてしまいたかった。

「あなたはこの間の……」

フェイトはザビーに声をかけてくる。
それを聞いたエリオの中で心が温まるような安心感が生まれてくるのと同時に、罪悪感が沸き上がってくる。
彼女は身も心も荒れていた自分に生きる道を示し、数多くのことを教えてくれた。
そんな恩師を自分はパートナーを傷つけるという最悪の裏切りを犯してしまった。

「私達は時空管理局の魔導師です、話を聞かせて貰えないでしょうか」

ザビーが自己嫌悪に陥っていると、再びフェイトが口を開く。
今度は他のライダー達にも質問を投げかけているようだ。
そんな中、ただ一人キックホッパーが仮面の下から管理局員達を睨み付けながら拳を握りしめている。

「エリートって奴か……」
「え?」

鼻を鳴らしながら呟くキックホッパーに対して、フェイトはぽかんとした表情を浮かべる。
そして、彼女はそれを感じ取った。

「お前も俺のこと馬鹿にしてるんだろ……笑えよ、あ?」

恐ろしいくらいにまでの冷たい声に例えようのない恐怖をフェイトは覚え、一瞬だけ全身が金縛りにでもあったかのように固まってしまう。
血のように赤い両眼から放たれる殺気は、まるで地獄の底に潜む悪魔を連想させる。
キックホッパーが抱く敵意をザビーも察知し、無意識のうちに頬に汗が伝っていき、背筋が凍り付く。
やがてキックホッパーはフェイトの元に駆け寄り、全ての憎悪を左足に込めながら回し蹴りを放った――


05 終わり

 

天の道を行き、総てを司る

 

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最終更新:2009年02月07日 17:28