ゼロの斬撃が、スカリエッティへ炸裂する。ガジェットを斬り裂き、ナンバーズにさ
え傷を負わせた緑色に刃、その刃を、スカリエッティは掴み取った。
「なっ――」
 素手で触れることすら危険なのに、斬撃を掴み取るなど出来るはずがない。しかし、
スカリエッティは現にこうして掴んでいる。
「熱さを感じるかと思ったが、意外とそうでもないな」
 スカリエッティは微笑し、刃を放すと右腕で弾き飛ばした。そして体勢を崩すゼロに
向かって、拳を叩き込む。
「どうかな、私のパンチは?」
 衝撃が、ゼロの身体を支配した。スカリエッティの一撃は相手を吹っ飛ばすような派
手なものではなかったが、相手の全身を打ちのめす重さがあった。少なくとも、ゼロの
足がぐらつく程度には。
「大したことは、ない!」
 声を絞り出し、ゼロは縦一閃の斬撃をスカリエッティに斬り込んだ。スカリエッティ
は微笑を崩さず、これを右腕で受け止める。斬撃をまともに食らっても、傷一つ付いて
いない。
「ゼットセイバーだったかな? その輝く剣も、研究させて貰ったよ」
 連続して斬り込まれる斬撃を、スカリエッティは尽く弾き飛ばしている。応酬を繰り
返す内に攻守が逆転し、振り下ろされる右腕を、ゼロが防いでいる始末だ。
 スカリエッティの攻撃には、キレのある技や、巧みな動きなどは一切存在しない。
「これはどうかな!?」
 突き出された手刀も、繰り出されるパンチも、一つ一つは大したことはない。問題は
その威力と、スカリエッティ自身の身体能力の高さだ。
 ゼロはリコイルロッドで突きを受け止めるが、鋭く尖った硬質の爪、その一撃が強烈
だった。
「チッ――!」
 リコイルロッドが、砕け散った。スカリエッティの突きに貫かれたのだ。勝ち誇った
ように顔を歪ませる敵に対し、ゼロは後方に飛んで距離を取った。
 スカリエッティは両手を広げ、声を上げる。
「セイバーの出力、リコイルロッドの耐久性、全部判っているんだ。何故だか判るかい?」
 ゆっくりとした足取りで、スカリエッティは歩き出す。
「データだよ。ナンバーズが集めたデータ、あれは当然私の手元にもあるんだ」
 怪腕を見せびらかすように構え、スカリエッティは笑い出した。
「これは君と戦うために作り上げた特注品だ。ナンバーズが集めたデータを私自らが研
究し、計算し、構築した……故に!」
 ゼロがバスターショットを連射する、スカリエッティはそれを見越していたかのよう
に自身の周囲に魔力弾を生成した。
「君のバスターの威力、連射速度、発射段数」
 バスターショットと魔力弾が激突し、相殺していく。いや、相殺ではない。
「全て見切っているんだよ!」
 爆発を突き抜けるように、一発の魔力弾がゼロに直撃した。今のは明らかにわざとだ、
スカリエッティはわざわざゼロのバスターショットの連射より一発多い魔力弾を生成し
たのだ。ゼロが連射の際に発射できる弾数を見切っていると、証明して見せたのだ。
 膝こそ着かなかったが、ゼロはダメージを受けていた。魔力弾のくせに魔力砲の直撃
を受けたかのような爆発だった。
「圧倒的、というのはこういうことかな?」
 スカリエッティは、嘘をついていない。
 ゼロは、圧倒されていた。セイバーも、バスターも、スカリエッティには通用しない。
リコイルロッドは砕かれ、スカリエッティはその強さをゼロに見せつけているのだ。
「どうしたゼロ! ゲームの最後が、こんなあっけないのか? 今の君はオレンジを握
りつぶすより簡単に捻り潰せそうだ!」
 意味のわからぬ比喩を呟きながら、スカリエッティが飛び込んでくる。ゼロはそれを
避けると、バスターをチャージしながらスカリエッティと距離を取る。
「ゲームだと……」
 まだそんなことを言っているのか。これだけの戦闘が、どれほどの命が、スカリエッ
ティの為に犠牲になっていると思っている。
「ふざけるな!」
 フルチャージショットが放たれた。巨大な光がスカリエッティに迫るも、彼はゼロの
叫びに何の感銘も受けず、右手を振るった。

「いいや、これはゲームだ。ゲームなんだよ!」

 まるで虫を払うかのように、スカリエッティはフルチャージショットを弾いた。彼は
圧倒的な性能を持ってゼロを追いつめていたが、それは目の前にあるものをひたすら崩
していくという戦い方だった。もちろん、データを使って効率のいい戦い方を行うこと
も出来るのだが、スカリエッティはこの『ゲーム』をとことん楽しむことにしたようだ。
「むっ――!」
 しかし、楽しみたいと思っているのはスカリエッティだけだった。
 ゼロはフルチャージショットを牽制に、一気にスカリエッティとの距離を詰めに掛か
った。ゼットセイバーを構え、全身が光り輝く。

「お前のくだらんゲームには付き合い切れん。これがゲームなら、終わりにさせて貰う!」

 チャージ斬りが炸裂し、スカリエッティの身体が吹っ飛んだ。


 確かに斬撃が当たった、手応えはあった。
「ざまあみろ、変態野郎!」
 遠くでアギトが罵り、ウーノが血の気の引いた表情を見せている。アギトはゼロが勝
ったと思い、ウーノはスカリエッティが負けたかも知れないと思ったのだ。
 だが、ゼロは自分が勝った気もしなければ、スカリエッティを負かした気もしなかった。
「直撃はしたが……」
 それこそナンバーズなら倒せるだけの一撃を、人間であるスカリエッティに叩き込ん
だ。これで倒れないなら、死なないなら、奴はもう人間ではない。
「死ねないなぁ、この程度じゃ」
 変化したのは右腕だけだが、既にスカリエッティの身体は常人を超越している。その
証拠に、チャージ斬りの直撃ですら、彼は傷一つ付いていなかった。

「死ねないんだよ、私は!」

 衝撃波のような魔力とエネルギーが空間を振るわせる。

「ゲームを終わりにしたいなら、してもいいさ。ただ、勝つのは私で、負けるのは君だ
がねぇ!?」
 スカリエッティが右手を突き出すと同時に、赤い糸のようなものが出現する、ゼロは
迫り来る糸に対し、ゼットセイバーではなく残る最後のリコイルロッドを使った。
 からみつく赤い糸、魔力で出来た糸だ。
「人間の私にあそこまでの攻撃を仕掛けてくるとは、少し予想外だったよ。常人なら、
死んでいただろう」
 とっくに人間を超越しているのに、スカリエッティは呆れたように言う。
「少なくとも、オレの斬撃を受けて無傷でいられる奴を、人間とは呼ばん」
 リコイルロッドが、全く動かない。糸をつたって、スカリエッティの凄まじい揚力が
発揮されている。
「それはどうかな……人間というのは、これでなかなか辞めるのが難しいものなんだよ」
 スカリエッティの口調が僅かに変化したことに、誰も気付かない。
「お前は、何がしたい。何故、こんなことをしている」
 今更ながらの質問であるのかも知れないが、考えてみればゼロはそれを知らなかった。
セインも知らなかったし、ゼロはスカリエッティが自分に戦いを挑んできた事実のみを
認識しているだけであり、彼がその先に何を望むのか、それを知らないのだ。
「夢を叶えたい、とでも言っておくべきかな? ゼロ、流石に君は私の夢は知らないだ
ろうが」
 それどころか、ナンバーズのほぼ全員が彼の夢を知らない。
 親の夢も理解していないのに娘を気取るのかと、スカリエッティが思ったかどうかは、
誰にも判らない。
「確かに知らんな。だが、お前の夢などまともな人間に理解できるとも思えん……オレ
にはお前が、イレギュラーにしか見えない」
 そして、人間だろうとイレギュラーであるなら、ゼロは斬る。
「けど、君は私を斬ることは出来ない。私は既に、君を超えてしまったようだ!」
 魔力の糸に力が入り、リコイルロッドを砕いた。
 糸を避けるように後退するゼロだが、地面に着地すると同時に糸が床から出現し、三
角状の檻を作った。
「檻に閉じこめられた獣、それとも籠の中の鳥かな?」
 身動きも取れないほど狭い空間に封じ込まれたゼロであるが、この魔力の糸を生成す
るのにも、スカリエッティはデータを使用している。ゼットセイバーの斬撃程度では切
れないように、計算して作られているのだ。
「檻を押しつぶすのも、魔力弾を撃ち込むのも、私の自由となったわけだ。さてゼロ、
英雄は命乞いというものはするのかな?」
 勝敗は決したと言わんばかりの言動だが、ゼロは手も足も出なくなった。シールドブ
ーメランも、この檻では使えない。打つ手なしか? いや、まだ攻撃を行うことは出来る。
「……スローターアームズ!」
 スカリエッティの頭上に、二刀の刃が出現した。その刃は回転しながら、スカリエッ
ティの両腕を切断しようと襲いかかった。突然のことに、仕掛けたゼロ以外は誰も気付
いていなかった。
 少なくとも、ウーノやアギトはスカリエッティの頭の上になど視線すら向かない。

 刃が、当たるか――それとも、

「いや、当たらないな」

 ゼロの檻に使われているのと同じ魔力の糸が、二刀の刃を絡め取った。

「セッテのブーレドブーメランか。あの状況下で彼女のISをコピーするとは、君は案外
手が早い、というより手癖が悪いな? 女の子の持ち物に平気で手を出すのはよくない」
 刃が軋み、刀身が折れる。
 ゼロの思考すらも、スカリエッティはお見通しだとでも言うのか。笑みを浮かべ、強
気な姿勢を崩そうとしないのは余裕の表れか。
「ゲームオーバーだよゼロ。いや、君は良くやった方だ」
 わざとらしく、労うような声を出すスカリエッティ。
「私の挑戦を受け、ゲームに参加し、何の関係もない世界のために戦ったんだ。立派と
言ってもいい」
 ゲームに引きずり込んだ張本人が酷い言い草だが、言っている本人は割りと真面目だ
った。ミッドチルダはゼロの故郷でもなければ、何の縁もゆかりもない場所だ。異世界
人であることを理由に、戦いを拒否することも出来たのだ。
「私への憎悪か、それともあの哀れなフェイト・テスタロッサに同情でもしたのかい?
 しかし、残念ながら今の君には彼女を救うことも出来なければ、終末を迎えようとし
ている世界の流れを変えることも出来ない!」
 ゼロはスカリエッティに膝を屈し、敗北するのだから。確定した勝敗を覆すことも、
ゼロには出来ない。
「悔しいか? 怒るかな? 喚き叫んでみたらどうだ!? 私は君に勝った、君は私に
負けたんだから」
 勝利の熱狂が、スカリエッティの身体を支配しているようだ。スカリエッティが指を
鳴らすと、ゆりかごや地上、あらゆる場所に大広間の映像が映ったモニターが出現する。

「ゼロ――!?」

 フェイトが驚愕に震え、トーレがドクターの勝利に歓喜する。

 アースラにいるはやてやリイン、地上で戦うキャロやエリオ、ギンガ相手に激闘を続
けるスバルとティアナでさえ、その衝撃的な映像に戦慄を憶えたようだ。
「さぁ、英雄の最後だ。仲間が見守る中、華々しく散ってくれ」
 スカリエッティの右手に、魔力が集中していく。魔力砲で、ゼロを檻ごと吹き飛ばそ
うと言うのか。檻から出ることの出来ないゼロは、避けることも防ぐことも出来ない。
「言い残すことはあるかい? 今なら君の声は、ゆりかご内にも地上にも響き渡るが」
 スカリエッティの言葉に、ゼロが静かに反応した。
「お前は、こんな方法で世界を変えて本当に満足しているのか?」
 少なくとも、彼の部下であったナンバーズの娘たちの大半は、こんなことを望んでい
なかったのではないか。
「やれやれ、最期に何を言い出すかと思えば……お説教のつもりかな」
 面白くなさそうに、スカリエッティは呟いた。およそ独創性のない言葉に、興醒めし
たのかも知れない。
 ゼロの冷静とした態度も、スカリエッティには不快だった。追いつめているはずだ、
絶体絶命の窮地に追い込んだはずだ。なのに何故、怯えて竦まない。恐怖に震え、命乞
いをしないのだ。
「満足しているさ、あぁ、満足しているとも! 全てを破壊し、全てを作り直す、私に
はその力があり、今まさにそれを実現させようとしている。ゼロ、この流れを変える力
すら持ち合わせていない君が、私に何を偉そうに語ろうというんだ!?」
 勝利の高揚が、スカリエッティを興奮させているのかも知れなかった。
「……所詮オレは、戦うことしかできないレプリロイドだ」
 それは他者に訴えると言うよりも、自分に言い聞かせるような口調だった。ゼロは狭
い檻の中で、何と起ち上がろうと体勢を立て直す。
「世界を変える力なんて持っていないし、世界を変えていくのはオレじゃない。フェイ
トをはじめとした、今この世界を必死で生きている人間たちだ。オレはレプリロイドと
して、信じられるものに力を使う。だから、俺はお前と戦った」

 ゼロの言葉に、アギトが反応した。

「信じられるもののために、力を――」
 友の正義のために力を使い、殉じる覚悟すらあったゼスト。そんな彼と出会って、彼
を守ろうと誓ったアギト。
 力とは、傍若無人に振るわれるものではない。誰かのために、何かのために使われる
べきものなのだ。

 だがな、スカリエッティ、とゼロが続ける。
「お前にその資格はない! お前はお前を信じた者たちを裏切った。お前を信じて戦い、
傷つき、倒れていった者たちを切り捨てた。そして、それを理解できないお前に、世界
は変えられない!」
 ゼロの叫びに、スカリエッティの表情が歪んだ。張り付いていた笑みが崩れ落ち、狂
気が見え隠れしはじめる。
「言いたいことはそれだけか?」
 全てのモニターを強制的にシャットダウンし、スカリエッティは叫んだ。
「これから死に行くものの言葉として、相応しかったとは思えないが……良いだろう、
塵一つ残らぬように消し飛ばしやる!」
 魔力砲を撃ち出そうとするスカリエッティと、ゼットセイバーを構えるゼロ。こうな
れば、魔力砲によって檻が破壊された瞬間を狙うしかない。砲火に消されるか、それと
も生きて一撃を食らわせるか。

 だが、この賭けは成立しなかった。

 ゼロとスカリエッティの間を、阻む者が存在したからだ。

「お前は……?」
 アギトだった。ゼスト共にいた妖精とも言うべき少女が、ゼロに背を向け浮かんでいる。
「何のつもりだね? アギト」
 まだアギトがこの場にいるとは思っていなかった、いや、そもそもはじめからいたこ
とすらスカリエッティは忘れていたのだろう。しかもゼロを庇うなど、スカリエッティ
は意外さを禁じ得なかった。
「少し、泣けてきたよ」
 スカリエッティの言葉には応えず、アギトは背を見せたゼロに言葉を投げかけた。
「そうだよな、力って言うのは心の底から信じられる人に使うべきだ。ゼストの旦那が
レジアスのおっさんと約束したように、あたしがゼストの旦那に誓いを交わしたように」
 彼女が何を言いたいのか、スカリエッティには理解できなかった。いくらオリジナル
の融合騎とはいえ、アギトごときに倒されるスカリエッティではない。
 いや、待てよ……融合騎、だと?

「あたしの力を、お前に託す。ゼロ、あたしを使え!」

 アギトは叫ぶと、炎を纏ってゼロの閉じこめられた檻へと入り込んだ。

「そうはいかないっ!」
 ゼロとアギトが触れ合うのと、スカリエッティの魔力砲撃が行われたのは、全くの同
時だった。


「――ッ!?」
 アースラの艦橋において、はやての傍らに浮かんでいたリインの身体が大きく震えた。
「どないした、リイン?」
 尋ねるはやてに対し、リインは荒い息をしている。そして、心底嫌そうな表情を作る
と、言葉を吐き出す。
「何か今、すっげーむかつきました」
「はぁ?」
「例えるならそうですね……最後に食べようと残しておいた大好きなおかずを、横から
かっさらわれた時の気分によく似てます」
 判りやすいんだが、判りにくいんだか、それすらも判らない例え話である。
「はやてちゃん、私すっごく悔しいです!」
「いや、だから何やて!?」
 はやてには判るはずも、感じられるはずもなかったが、リインは気付いた、感じ取っ
たのだ。
 ゆりかご内で今、何が起こったのか。
 レプリカとはいえ、リインとて融合騎なのだから。
「こっそり狙ってたのに、何でこうなるんですかぁ!」
 空中で地団駄踏むリインを、はやては困惑気味に見つめながらため息を付いた。とり
あえず、決して悪いことが起こったわけではなさそうだ。


 魔力砲が、ゼロを閉じこめていた檻へと直撃した。しかし、この一発で檻は壊れない。
というのも、悪辣で狡猾なスカリエッティは魔力の糸で生成したこの檻を、外からの攻
撃に限っては素通りできるようにしていたのだ。
「中からはどうあっても壊せず、外からの攻撃も通用しない。反撃など、出来はしない
んだよ」
 高笑いをするスカリエッティであるが、彼の浮かべていた笑みはすぐに消し飛ばされ
ることとなる。
 爆発によって生じた煙が、吹き飛ばされたのだ。
「これは!?」
 何かが燃えている、いや、何かではない。スカリエッティが作りし魔力の檻が、赤い
炎に包まれる。糸が千切れ、一本残らず燃え尽きていくのだ。
 炎の中に、誰かがいる。
 熱波が、周囲の煙を吹き飛ばし、スカリエッティを数歩後退させる。誰かではない、
あの中にいるのは、あの炎を纏いし戦士は……ただ一人。

「――素晴らしい」

 素直な感想が、スカリエッティの口から漏れた。

 金色に光るボディに、六枚もの炎の翼が生える背中。揺らめく炎が、鎧のように戦士
に纏われている。
「まさかゼロにこんな力があるとは……」
 ユニゾン・アタックを利用した、フォームチェンジ、ゼロは炎の剣精アギトと融合し
たのだ。サイバーエルフに近い彼女との融合は、さほど難しいものではなかった。
「勝負だ、ジェイル・スカリエッティ」
 今や炎の剣士、爆炎の剣聖となったゼロが、炎熱色に輝くゼットセイバーの切っ先を
スカリエッティに突き付けた。
「良いだろう、返り討ちにしてくれる!」
 スカリエッティの周囲に、幾つもの魔力弾が現れる。スカリエッティはそれらの弾を
一つにまとめ、巨大な塊を作った。

「潰れろ、もしくは消し飛べ」

 放たれる巨大な魔力弾に対し、ゼロは片手でチャージしていたバスターショットを構
えた。

「断る、消えるのはお前だ」

 爆炎の塊ともいえるフルチャージショットが、魔力弾と激突した。

 威力は互角、衝突し爆散する両者の攻撃だが、ゼロのバスターショットは弾けると共
に、凄まじい熱波を空間に撒き散らした。
「攻撃の余波に、私が押されている?」
 そんなこと、あるはずがない。
 スカリエッティは右手を動かし、ゼロの立つ空間を直接爆発させた。攻撃の方法など、
いくらでもある。
 しかし、それは小細工に過ぎなかった。炎の翼を羽ばたかせながら、ゼロは凄まじい
スピードでスカリエッティの攻撃を避けた。
「なら、もう一度動きを封じるまでだ!」
 数十本もの魔力の糸が、ゼロの身体を絡め取る。先ほどまでゼロの身体を完全に閉じ
こめていたその糸が、
「燃え尽きろ」
 ゼロの身体から伝播する炎の前に燃やし尽くされていく。
 唖然として、スカリエッティはその光景を目の当たりにした。完全に、勝敗が逆転し
つつあるのだ。
 スカリエッティが、歯を噛みしめた。
「私は……まだ勝負は終わっていない!」
 右手と右腕に力を込めながら、スカリエッティが飛び出した。リコイルロッドをも砕い
た、強烈な一撃。
 算出されたデータを元に、研究と計算を重ねて作られた、スカリエッティの武器。戦
士としてよりも、研究者としてスカリエッティは負けるわけにはいかなかった。
 だが、結局はその拘りが、勝敗の決め手となった。

「いや、これで終わりだ。オレが、終わらせる!」

 ゼロの身体に、輝きと爆炎が、燦めき燃え上がった。

 スカリエッティと、ゼロの姿が、一瞬だけ交錯した。

 本当に一瞬の出来事で、この戦闘の唯一の傍観者となったウーノの目には、二人が激
突したようにも、衝突したようにも見えなかった。
 それでも、決着は付いたが。

「ぁっ―――!?」

 叫び声を上げなかったのは、その暇すらなかったからだろうか。ゼロの爆炎のチャー
ジ斬りが、スカリエッティ自慢の右腕を、肩口から斬り飛ばした。
 斬り飛ばされた右腕は瞬時に燃え尽き、スカリエッティは地面に膝を付いた。唯一の
救いは、傷口も炎に焼かれたため、即座に被覆が出来たと言うことぐらいか。
「ドクターッ!」
 スカリエッティは、敗北した。駆け寄るウーノには目を向けず、スカリエッティはた
だ、ただ彼を倒した相手にのみ視線を送っていた。
「見事だ、ゼロ」
 それは、自らの負けを認める言葉だった。
 スカリエッティの目の前で、ゼロとアギトが分離した。相性は悪くなかったが、やは
り即興のユニゾン・アタックには無理があったのだろうか。
「もう終わりにしよう、スカリエッティ。降伏しろ」
 ゼットセイバーを突き付けながら、ゼロは諭した。本当ならこんな奴は八つ裂きにし
てやりたいのだが、ここでスカリエッティを倒せば戦いを止める者がいなくなる。ゼロ
の感情に任せて良い問題ではないのだ。ガジェットやゆりかご、抵抗を続けるであろう
ナンバーズへの人質としても、スカリエッティの身柄は生きてこそ有効であり得るのだ。

「降伏か……それは柄じゃないな。誰かに屈するのは、もう沢山だよ」
 遠い目をしながら、スカリエッティは呟いた。先ほどまであった熱狂も、興奮も、全
てがゼロに斬り飛ばされ、燃やし尽くされた。
 抜け殻か、それとも消し炭か、空虚な虚脱感がそこにはあった。
「ゼロ、君はあまりゲームをやらない方だろう?」
 この期に及んで、まだゲームの話をしているのか。
 鋭い視線で見据えられながらも、スカリエッティは話を続ける。
「大抵のゲームがもっとも面白くなるのは、クリア前ではなくてクリア後なんだ。やっ
と最終ボスを倒した世界、その先には一体何が待っているのか……」
 予想以上にダメージが大きかったのか、スカリエッティの息は荒い。ウーノが心配そ
うに、彼の身体を抱きかかえている。
「例えば、ボスよりも遥に強い裏ボスが存在するとしたら、最高に面白いと思わないかい?」
 スカリエッティが何を言いたいのか、ゼロとアギトは判らなかった。両者共に下らな
い無駄話と思ったに違いない。
 だが、次のスカリエッティの言葉が全てを変えた。
「戦いを止める、か。無理だな、私にはもうそんな価値はない。言っただろう? 私は
魔王ではないんだよ」

 突如、地面が揺れた。

「地震か!?」
 叫ぶも、中空に浮かんでいるアギトが感じる時点で地震ではない。そもそも空を浮か
ぶゆりかごに地震など起きるものか。
 ゼロは、この揺れが階下から起こっていることを察知していた。
「何かが、来る――!」

 瞬間、地面が崩れた。巨大な爆光が煌めき、噴火したかのように爆発を起こし、地面
に巨大な風穴を開けたのだ。
 ゼロとアギトが驚愕の、スカリエッティが歓喜の表情を浮かび上げる。
「あれは!?」
 風穴を開けた爆発、飛び散る地面と共に何かが飛び出してきた。一緒に飛び散ったと
いうより、それが地面を突き破ったのかも知れない。だが、あれは、あの姿は、まさか。
「エース・オブ・エース――」
 高町なのはだった、なのはが、地面を突き破って現れたのだ。爆発の衝撃に身体を痛
めつけられ、着地をすることも出来ずに地面へと叩き付けられた。
「あっ、あっ……」
 呻き声を上げるなのはに駆け寄るゼロだが、目にした姿に戦慄を憶えた。
 全身が傷だらけの上、血だらけになっている。身体は痙攣を起こしており、意識は既
に無い。ズタズタのボロボロになったバリアジャケットと、宝玉の部分が粉々になりか
けているデバイス。

 完膚無きまでに、なのはは敗北していた。

 ゼロが、背後を振り返った。なのはが飛び出してきた穴から、何かが浮かび上がって
くる。
 強烈な魔力が、威圧感や圧迫感となってゼロの身体を震わせる。
「お前は、何者だ」
 長い髪を一つに結び、なのはのバリアジャケットにも似た黒衣を纏う少女。左右で異
なる色を見せる両眼に、ゼロは覚えがあった。
 だが、彼の知っている彼女は幼女であって、こんな体格も身長もなのはと変わらぬ少
女ではなかった。
「覚醒したんだよ、聖王が」
 スカリエッティが、痛みを押して起ち上がった。彼の表情に、勝利の笑みが復活して
いた。
「聖王、だと?」
 その言葉にも覚えがある。スカリエッティはこのゆりかごに捕らわれたある人物を、
聖王の器と称して玉座に座らせていた。そして、なのははその幼女を助けるために単独
で動いていたはずだ。
「まさか――!?」
 驚愕するゼロに対し、明確な答えを教えるものはいない。教える必要すら、無かった。

 聖王ヴィヴィオ、古代ベルカ王朝に君臨したゆりかごの主が今、覚醒した。

                                つづく


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最終更新:2008年10月13日 21:34