虹色の魔力光が、スカリエッティへと直撃した。身体を貫かれはしなかったものの、
大きく後ろに吹っ飛んだ。
「ドクター!? おのれ、何を――」
 ウーノが叫ぶも、聖王は鋭い眼力を彼女に向ける。すると、眼光が衝撃波を生みだし、
ウーノの身体を壁に叩き付けた。非戦闘員である彼女は防御することも出来ず、そのま
ま意識を失ってしまう。
「やれやれ……覚醒したばかりの聖王は力を持て余してるとみえる」
 さすがに頑丈な身体をしている、スカリエッティは倒れた身体を起きあがらせて、聖
王に笑みを向ける。
「目覚めたばかりで、誰が君を解放し、覚醒したのか理解していないようだ」
 呆れたような口調で肩をすくめ、といっても既に片方しか存在しないが、スカリエッ
ティは言う。そんな彼の姿を、聖王は冷めた視線で、射抜くように見据えていた。
「知っている。お前が私を作り、覚醒させたんだろう」
 その声は、子供らしい高さを持っていた。王が持つ風格や、気高い雰囲気には似つか
わしくない、少女の声だ。
「それが判っているなら、話は簡単だろう? そう、私が君を覚醒させたんだ。だった
ら――」
「覚醒させたから、なんだというんだ?」
 言葉に、スカリエッティの動きが止まる。
「……なんだって?」
 問いかけに、問いかけで返す。聖王の言葉が、スカリエッティには理解できない。
「私を目覚めさせたから、覚醒させたからどうだというんだ」
 ゆっくりと、しかし、正確に聖王は断言する。
「褒美が欲しいというのなら、良いだろう。お前を私の臣下にしてやる」
「……褒美? 臣下? 何を、何を言っている!」
 思わず、スカリエッティは叫び、そして気付いた。聖王が向ける冷たい視線、あれは
確実に自分を見下している。
 王であるとはいえあまりに尊大な態度に、スカリエッティは不快感をあらわにした。
「クアットロ……クアットロ!」
 声に応じて、スカリエッティへとクアットロが回線を繋いできた。
『なんですかぁ? ドクター』
 緊迫感のない声、いつもなら気にしないはずの声に、スカリエッティは苛立たしげに
言った。
「コンシデレーション・コンソールを使え、この生意気な聖王を我が手に――」
 スカリエッティは、覚醒した聖王が素直に言うことを訊かない場合のことも、ちゃん
と考えていた。その為の洗脳技術、ユーノの懸念など彼は知らなかったが、知っていた
としても鼻で笑っただろう。何故なら、それを計算した上で備えを要しているのだから。
『申し上げにくいんですけどー、それはちょっと無理でーす』
 だが、クアットロの言葉がスカリエッティの計算式を大きく乱した。
「無理、だと?」
『はい、ドクターが器に付けてた物は、覚醒直後に全部解除されちゃいました。手動で
洗脳も試みたんですけど、洗脳波も全部遮られてます』
 唖然として、スカリエッティは聖王を見た。聖王は、相変わらず冷たい視線を彼に向
けながら、口を開いた。
「小細工など、私には通じない。聖王は絶対不可侵の神聖であると、お前も言っていた」
 確かに、そう言った。けれど、スカリエッティは創造者なのだ。聖王の器を作ったの
も彼であり、全ては彼が作り上げ、動かすはずだった。
「こんな……こんな馬鹿な話しが、私がお前を目覚めさせてやったんだぞ? ゆりかご
も、聖王も、全て私の物だ!」
 取り乱し、叫び声を上げるスカリエッティに、聖王は一片の同情もしなかった。
「王に見返りを求めるとは、小物だな」
 小物、その言葉に創造者スカリエッティは感情を大いに刺激されたらしい。残った左
腕を構え、魔力をかき集めようとした。

 だが、聖王ヴィヴォの方がずっと早かった。

「目障りだ、消えろ」

 虹色の魔力光が輝き、スカリエッティの身体を包み込んだ。彼は叫び声を上げる間も
なく、地面へと叩き付けられ、意識までも奪われた。
「…………」
 つまらなそうな表情をしながら、聖王は立っていた。そんな彼女の姿を見ながら、ア
ギトがさすがに怯んでいた。
「何て、奴だ」
 武装を失ったとはいえ、ゼストを倒し、ゼロを苦しめたスカリエッティを、一瞬で倒
してしまった。それも、力らしい力を一切使わずに。
 聖王はその場で意識がある存在、ゼロとアギトに視線を向けた。
「ゼロ、もう一度ユニゾンだ! そうすれば――」
 アギトの言葉に、ゼロは首を横に振った。
「ダメだ……」
 ゼロは、戦士としての直感で気付いてしまった。目の前にいる敵が、眼前に君臨する
王が、もはやその程度で倒せる相手ではないという事実に。
 剣を握る手に、力が籠もった。
「お前は、回復魔法が使えるか?」
「え? か、簡単なのなら」
「なら、アイツを頼む」
 視線だけ、ゼロはなのはの方を見た。聖王によって倒されたであろう彼女は、命の危
機に瀕している。
「でも、それじゃあお前は」
 一人であれと戦うつもりなのか――? 出しかけた言葉を、アギトは寸前で飲み込ん
だ。ゼロの瞳に、決意の色を見出したからである。
「わかった、やれるだけやってみる!」
 アギトは叫ぶと、なのはの所まで飛んで回復魔法の発動をはじめる。元々は、戦傷が
多かったゼストのために憶えたのだが、出血を止めるぐらいなら何とかなるはずだ。
 ゼロはアギトがなのはの回復を行いはじめたのを確認すると、聖王に、ヴィヴィオに
視線を戻した。彼女は、アギトの行動を阻害しようとしなかった。
「お前の目的は何だ?」
 スカリエッティを打ち倒し、聖王はその力を見せつけた。自分を覚醒させた物を格下
に扱い、神聖を保持したのだ。
「私は聖王だ。多次元世界を制覇し、君臨する絶対者」
 声には、明るさが微塵も含まれていなかった。高めの子供らしい声であるのに、冷た
さしか感じない。
「故に、聖王たる私が取る行動は……ただ一つ」
 再び聖王として、絶対不可侵の神聖なる存在として、この世に君臨しようというのか。
 そして全てを従え、全てを制覇し、全てを征服する。
「出来ると思っているのか、そんなことが」
 ゼロの問いに対し、ヴィヴォは簡潔に答える。
「私はその為に作られた」
 人造物である自分の存在を、既にヴィヴィオは悟っているのか? 今のヴィヴィオに
は、母親を求めていたときの面影は、どこにもなかった。
「母親なんて、私にはいないんだ……私は、所詮兵器だ」
「だから、兵器として生きるのか」
「お前だって、そうなんだろう?」
 戦うことしかできないレプリロイドと、戦うことが宿命づけられた聖王。似ているよ
うで、全く異なる両者。
「もう、お喋りはお終いだ」
 ヴィヴィオが、聖王へと表情を戻した。放たれる鋭い眼光に、ゼロもゼットセイバー
を構え、全身を光り輝かせる。
 相手は今まで戦ったどの敵よりも強い、ならば、自身の持てる最大の技を使うしかない。
「チャージ斬りで牽制し、戦闘の主導を掴む」
 ゼロは聖王と、ヴィヴィオと戦うことに対しての躊躇いや抵抗を、全く憶えていなか
った。目の前にいるのは、イレギュラー中のイレギュラー、彼に微笑み、慕ってくれた
幼女ではない。
 高町なのはを、管理局のエース・オブ・エースを粉砕した、無敵の聖王だ。

「ハァッ!!!」

 正面に向かって、ゼロが駆けた。狙うは聖王、ヴィヴィオのみ。

 チャージ斬りが、音を立てて炸裂した。
 一撃必殺、斬撃が、聖王へと直撃する……いや、直撃は、していない。
「なっ」
 ゼットセイバーの刀身は、聖王の身体に届かなかった。聖王の鎧が光り輝き、瞬時に
魔力防壁を張ったのだ。
 スカリエッティでさえ吹っ飛ばしたゼロの必殺剣が、通用しない。
「……この程度、なのか」
 何の躊躇いもなく自分に斬り掛かってきたゼロに対し、ヴィヴィオは哀愁を込めた視
線を向けたが、それはごく微量であったが為に、誰も気付かなかった。
「こんなものなら、お前にもう用はない」
 聖王は片手に魔力の塊を作り出すと、砲弾のようにそれを発射した。ゼロはこれを避
け、反撃の体勢を取ろうとするが――

「セイクリッドクラスター」

 塊が、突如弾けた。爆散し、爆裂する魔力弾。圧縮型の範囲攻撃か。

 一発一発に、さほど威力があるとは思えない大きさだった。それでもゼロは、何か危
険な物を感じてこれを全て避けようとした。
「逃がしはしない」
 回避行動を取るゼロの眼前に、聖王が現れた。いつの間に距離を詰めたのか、それす
らも判らない。
 聖王はほぼ無表情で、左腕に魔力を込めた。
「プラズマスマッシャー」
 雷光の砲撃が、直接ゼロの身体に叩き込まれた。吹っ飛ばされたゼロは壁へと激突し、
それでも収まらぬ衝撃と勢いが壁を破壊し、瓦礫となってゼロの身体へ崩れ落ちた。
 あっという間だった。アギトが声を上げる間もないほどの僅かな時間で勝負は付いた。
「何て奴だよ……」
 なのはの回復に集中しなければならないと判っているが、ゼロが敗れた以上、次に狙
われるのは自分だ。しかし、こんな規格外の相手に自分の炎など通じるのだろうか?
「いざとなったら、やってやる!」
 叫びながら、アギトの身体は震えていた。
 聖王はそんな彼女にも視線を向けるが、すぐに逸らした。逸らしたと言うより、背後
を振り返ったのだ。

 新たな存在が、彼女の前に現れたから。


「何よ、これ。どうなってるの」
 ゼロとスカリエッティがいるはずの大広間へと、自分は飛び込んだはずだ。しかし、
これは一体どういうことだ。
 ギンガの目の前にいる存在、圧倒的な存在感と威圧感を放つ同年代の少女。
「聖王ヴィヴィオ……覚醒したの!?」
 言いながら、ギンガは周囲を見渡した。スカリエッティとウーノが倒れており、気絶
しているだけなのか、それとも死んでいるのか、距離があって判断できない。
 アギトもいた。アギトは誰かを庇うように結界を張りながら、回復魔法を使っている。
「なのは、さん」
 思わず以前使っていた呼称を口に出してしまった。あの高町なのはが、スバルが憧れ、
目標としていた管理局のエース・オブ・エースが、傷つき治療を受けている。
 ギンガは、一人の存在を探した。だが、いない。見つけられない。
 僅かに必死さを織り交ぜると、壁の一部が崩れ落ち、瓦礫の山が出来ているのを発見
した。
「あなたが、これを?」
 低く冷めた声を出しながら、確認するようにギンガは尋ねた。
「あぁ、私がやった」
 何か問題があるのかと言いたげな声と表情で、聖王は答える。
 なのはを倒し、スカリエッティとウーノも倒し、絶対的な力を見せつける聖王ヴィヴ
ィオ、彼女はその力を使って彼を――
「お前もこうなりたくないなら、私に臣従を誓え」
 出なければ、殺す。口に出しはしなかったが、聖王の瞳はそう語っていた。だからギン
ガは、不敵な笑みを浮かべてやった。

「どちらも、嫌よ――!」

 魔力を解き放ちながら、ギンガは攻撃の構えを取った。

「愚かな、王に楯突くのか」
 行動が理解できないのか、聖王は冷たい視線をギンガに向ける。彼女もまた、それが
人を見下し、侮蔑する類の物だと気付いた。
「私はね、誰かに膝を付くとか、そういうのは嫌いなのよ。特に人を下等、過小に見下し
て、自分の力を自負するような奴は吐き気がするわ!」
 自身の持つ魔力と、レリックの持つ魔力を解放させながら、大広間にウイングロードが
展開していく。聖王を包み込むように、縦横無尽に張り巡らされたそれを見ても、聖王は
表情一つ変えなかった。
「大体、ついさっきまでガキだった奴が偉そうに吠えるな!」
 ブリッツキャリバーを起動させ、ギンガは聖王を、ヴィヴィオという名の少女を見据える。
「違う、これがヴィヴィオの真の姿だ。聖王の姿こそがヴィヴィオの――」
 少しだけ口調が自虐的になったのだが、ギンガはそれに気付かず、また気付いたとして
も気にしなかっただろう。
「どっちが本当だろうと、関係ない。私はお前を倒す、それだけよ!」
 叫び声と共に、ギンガが駆けた。ウイングロードに飛び乗り、敵を粉砕するべく加速する。
 聖王は、向かい来る敵に対して攻撃の構えも、防御の構えも取らなかった。
「遅いな」
 ただ一言、事実だけを呟くと、聖王はギンガの突撃を軽く避けた。
「避けた!?」
 確実に捉えたと思ったのに、掠りもしなかった。ギンガは唇を噛みしめると、ウイング
ロードを走りながら更に加速を続ける。

「シューティングアーツ!!!」

 格闘技法シューティングアーツ、ギンガは怒濤の猛攻を繰り出した。

 蹴りが、拳が、次々に聖王に打ち込まれる。
 しかし、聖王はそのほとんどを避けるか、弾くか、いずれにせよギンガは聖王の身体に
触れることすら出来なかった。
「こなくそっ!」
 リボルバーナックルに魔力を高め、ギンガは勢いを付けて打ち込んだ。レリックの光が
輝き、聖王の鎧を揺るがそうとする。
「……お前も、弱いな」
 守護騎士のデバイスをも打ち砕いたギンガの拳が、聖王の鎧を打ち抜けないでいる。余
りの硬さに、ギンガは血が出るほど唇を強く噛んだ。
 聖王の眼光が、ギンガを吹き飛ばした。正確には衝撃波なのだが、ギンガはあたかも彼
女の瞳に自分が怯んでしまったかのような錯覚を憶えた。
「私は、強い。誰に負けない力を、手に入れたはずなのに」
 後方に下がりながら、ギンガは動揺している精神を安定させるかのように呟いた。
「お前は弱い、お前では私に勝てない」
 聖王の断言に、ギンガは鋭く瞳を光らせた。自身の魔力と、レリックから得られる魔力
の全てを、一気に解放させる。

「弱いかどうか、私の本気をみせてやる!」

 左手で手刀を造り、ナックルスピナーを高速で回転させる。すると、左腕に引き込まれ
るように魔力が集まり、ドリルのようになった。ギンガが唯一スカリエッティから貰い受
けた、改造されたことで得られた、必殺にして奥の手。
 ギンガが、聖王に向かって突撃を敢行した。

「リボルバァァァァァギムレット!!!」

 高速回転するナックルスピナーの一撃が、ヴィヴィオに直撃した。

 激しい衝突音が、広間に響き渡る。ギンガの持つ最強の必殺技に対し、聖王はそれまで
と変わらず、避けることも防ぐこともしなかった。
「違うか……お前が弱いんじゃない。私が、私が強すぎるんだ」
 攻撃を受けても平然と声を出す聖王に対し、ギンガは目を見開いた。レリックのブース
トを駆けてまで繰り出したリボルバーギムレットの一撃、如何なる物も貫き、砕き散らす
破壊力を持った必殺が、通らない。
 それどころか、聖王が発する絶大な魔力がギンガの左腕にからみつき、ナックルスピナ
ー及びリボルバーナックルの回転を、止めていく。
「そんな―――!?」
 愕然とするギンガを、魔力波が襲った。耐えきることも出来ずに、ギンガの身体もまた
壁へと叩き付けられた。
 衝撃による痛みを堪えながら、ギンガは崩れ落ちた身体を立て直そうとし、目を開けた。
そして、見た。

 聖王ヴィヴィオが、右手をこちらに突き付けていることに。
 右腕から掌を中心に、魔力が集まっていく。

「集束、砲」
 あれが何を意味するのか、ギンガは瞬時に悟ることが出来た。しかし、悟ることは出来
ても、抵抗するだけの力が、彼女には残っていなかった。
「この……化け物がっ!」
 叫ぶギンガに対して、聖王はあくまで冷静だった。

「化け物はお前だろう? 戦闘機人の機械人形が」

 瞬間、ギンガが動こうとした。聖王が、ヴィヴィオの発した言葉が、彼女には許せなか
った。最後の力を振り絞り、せめて一撃食らわせようとしたのだ。

 けれど、聖王はそんな時間すらギンガに与えてはくれなかった。

「スターライトブレイカー」

 巨大にして強大、絶大にして絶対なる魔力の砲火が、ギンガへと直撃した。

 避けることも防ぐことも、反撃することすら敵わずギンガは消し飛ばされた。巨大な光
の柱とも言うべき魔力の集束砲は、壁を突き破り、ついには外壁をも貫いた。
 聖王のゆりかごに、風穴が空いたのだ。

 そして光の消えた先に、ギンガの姿は存在しなかった。

「……馬鹿な奴」
 本当に馬鹿にしたような口調で、聖王ヴィヴィオは呟いた。素直に臣従を誓えば、命だ
けは助けてやったというのに。
 面白くなさそうな表情をする聖王は、そう言えばまだ一人残っていたなと、アギトの方
に視線を戻そうとした。ギンガとの戦いで、ヴィヴィオはほとんど動いていない。振り返
るだけで、事足りるはずだった。

「―――――!?」

 だが、聖王はそれを行わなかった。全く別の方向から、凄まじいエネルギーを感知した
からだ。

「お前は……!」
 ゼロだった。瓦礫に埋もれていたはずのゼロが、いつの間にか復活して、聖王に向けて
巨大な砲身と、砲口を突き付けている。

「ヘヴィバレル」

 イノーメスカノンのエネルギー直射砲が、聖王へ直撃した。

 咄嗟のこと、流石の聖王も避ける間すらなかったことだろう。
 爆光が輝き、聖王の身体を包み込んだ。ナンバーズが誇る最強にして最大出力の砲撃、
砲火。

 しかし、ゼロは自嘲めいた声と共に、イノーメスカノンの砲身を床に投げ捨てた。
「どうやら、化け物はお前の方らしいな」
 エネルギーが粒子となって消え去った後、そこには聖王が立っていた。直撃を受け、避
けることも出来なかったはずの聖王が、

 無傷でそこに君臨している。

 ゼロは初めて、勝ち目がない戦いに身を投じようとしていた。

                                つづく



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最終更新:2008年10月16日 12:07