聖王教会。
その日、聖王教会の騎士――カリム・グラシアの周りに彼女自身のレアスキル、プロフェーティン・シュリフテンにより生み出された光を放つ複数の古紙が回り出していた。
年に一度、二つの月の魔力が上手く揃うとき発動できるその力は最短で半年、最長で数年先の未来を詩文形式で書き出し、そこから予言書を作り出すことが出来る。
やがてカリムは回っている一枚の紙を取り出し、内容を読み出した。


遙か彼方の異国の地より 全てが歪む。

冥府より蘇る偽りは無限の欲望を手中に収め 一族と交わり合う。

異国を救った光に導かれる若き鉄拳の使い手が仮面を被らされ 異国より舞い降りた闇に導かれる若き槍の使い手が仮面を授かる。

暗黒が踊るその日 光を信じた仮面は偽りの王に抗い 闇を信じた仮面は無限の欲望に抗う。


カリムはそれを神妙な面持ちで見つめていた。
同時に彼女の中で胸騒ぎが起こっていく。まるで数年前にこのミッドチルダを震撼させたJS事件に匹敵、あるいはそれ以上の恐怖となりかねない何かが起きる。
そんな不安にカリムは支配されそうになっていた。

 

 

仮面ライダーカブト レボリューション 序章

その2

 

 

天道総司には認めた男がいた。
カブトの力を手に入れたその日、ワームと戦う為に存在する機密組織ZECTの見習い隊員――加賀美新と出会う。
その男は決して才能に恵まれているわけではなく、未熟で敵に対して甘くなってしまう一面が強い。
しかしその一方で何事にも諦めずにひたすら真っ直ぐに進み、誰であろうとも裏表のない態度で接し、本音で語り合う熱い一面も持つ。
彼は幾多の悲しみにぶつかりながらもそれを乗り越え、戦いの神――仮面ライダーガタックの資格者となり、ワームと戦い人々を守り抜く。
そんな男に興味を引かれた天道は共闘と激突を繰り返し、やがて二人の間に絶対なる友情と信頼が芽生えた。
そして戦いを終えた彼は人々の安全を守る為に、警察官の職に就いた。

 

 


「天道さん、これから何をすれば良いんですか」
「黙って待ってろ」

洋食店Bistro la Salleの小綺麗な店内にはスバル・ナカジマと天道総司の二人しかいない。
閑静な住宅街でひっそりと営業しているその小さな店は、澄んだ木の香りが店内に漂い、大きな照明一つが天井に取り付けられていた。
店の奥には真っ白な壁に囲まれた厨房が見える。
今日は定休日なのか客や店員の姿は見られない。
管理外世界と思われる場所に突如跳ばされたスバルは天道によってこの店に連れられてしまい、何故か仕事を命じられた。
テーブルと窓ふき。
食器洗い。
床の掃除。
理由を尋ねると『面接の一種』と返され、全て終わってから『合格』と烙印を押される。
しかしスバルにはそれが何を意味しているのかは理解出来なかった。スバルには目の前にいる天道という男の思考が読めそうにない。
スバルは無言でテーブルに備え付けられた椅子に座っていると、この静かな洋食店の扉が開く。
笑い声と共に現れたのは一組の若い男女だった、二人ともスバルより年上に見える。

「あれ、天道……?」

店に入ってきた女性、日下部ひよりは天道の顔をぽかんと見つめる。
その表情は物静かな雰囲気を漂わせるのと同時に、花のような優しさを感じさせた。
右手に持つ買い物籠からは食材がはみ出している。
ひよりの隣に立つ青年は物静かな彼女とは対照的に活発なオーラを放ち、人当たりの良い好青年という印象を与える。
天道と同い年に見える彼、加賀美新はスバルの顔を怪訝そうな表情で見つめてくる。

「ん? 君は誰だ」
「あたしは……」
「こいつの名前はスバル・ナカジマという」

加賀美と目が合ったスバルは自己紹介をしようとするが、天道にそれを遮られてしまう。
だが、それに気にすることはなく二人に「初めまして」と会釈していく。

「僕は日下部ひより」
「俺は加賀美新だ、よろしく」

スバルは二人に対して「よろしくお願いします」と笑顔で返答する。
どうやらこの二人は天道とは違って、まともな人間のようだ。
それが終わるとただ一人腕を組む天道は口を開いた。

「ここは最近人手不足と聞いた、そこで今日はいい知らせがある」

言いながら天道は右手の人差し指でスバルを指す。

「明日からこいつをここでバイトとして使うといい」

その衝撃的発言にスバルは自分の耳を疑った。
いや、彼女だけでない。加賀美とひよりも天道が言った言葉の意味を理解出来ず、ぽかんとした表情を浮かべる。
数秒の沈黙が部屋を包んだあと、ようやく口を開いたのは加賀美だった。

「天道、いきなり何を言ってるんだ?」
「こいつをバイトとして使えと言ったんだ」
「そういう事じゃなくて……」
「技量なら問題ない、皿洗いや掃除の腕は悪くなかったぞ」

天道は得意げに語るが、加賀美は納得するわけがなかった。
当然といえば当然だ。何処の誰かも分からない初対面の少女をいきなりバイトとして使えと言われても使えるわけがない。
加賀美は天道が変で、無茶苦茶なことばかり言う人間だということをずっと前から知っている。現に彼自身、天道の意味不明な言動に振り回されたことが多々あった。
またこいつは変なこと言い出してきたよ。
内心で加賀美はそう毒づきながら、天道に呆れたように溜息をつく。

「そういうことだ、明日からしっかり働けよ」

天道の一言により、唖然たる面持ちをしていたスバルはハッと我に返っていく。
彼女は自分に言われたことを頭の中で整理するので精一杯のようだった。
それが終わったスバルは、天道に問いかけた。

「天道さん、何であたしがここでバイトしなきゃいけないんですか」
「修理費だが」

天道は冷静に即答する。

「お前が家に来たときにリビングはだいぶ荒れたんだ。窓や食器は割れて、ドアも吹き飛んだ……その修理費を払うのは当然だろう?」
「うっ……」

その言葉によってスバルはばつの悪い表情で黙り込んでしまう。
確かに奇妙な空間を通って天道の家のリビングに辿り着いたとき、周りを見渡すとまるで台風が通り過ぎたかのように荒れていた。
原因は間違いなく彼女だろう。
だがそれでも納得がいかないスバルは再び口を開く。

「でも、あたしは別にリビングを滅茶苦茶にするつもりなんて……」
「お前が荒らしたことには変わりはない、違うか?」

スバルの反論を無理矢理止めるかのように天道は言う。
彼女は諦めた。これ以上、何を言っても聞き入れてもらえるとは思えない。
まだ天道と出会ってから一時間にも満たないが、これだけは確信出来る。
それに故意でやった事ではないとはいえ、壊してしまったことは事実だ。
二人の会話を見ている加賀美とひよりには何のことなのか分からず、首を傾げている。

「わかりましたよ……」

スバルが溜め息混じりに言うと、天道は「それでいい」と返答する。
無論、加賀美とひよりは反論したが天道家の修理費を稼ぐという名目で、無理矢理だが二人を納得させていく。
何が何だか分からず納得のいかないまま、未知の世界に流れ着いたスバルはBistro la Salleでバイトをすることになってしまった。

 


その頃、時空管理局の迷路の如く複雑な廊下に、一つの足音が響いていた。
デバイスルームでの用事を済ませた彼女の姿は港湾警備隊 特別救助隊員、スバル・ナカジマに異様なまでに酷似している。
歩き方、皮膚の色、エメラルドグリーンの瞳、海のように蒼く鮮やかなショートカット、銀色をベースとした救助隊員の制服。
それら全てが一寸の狂いもなくスバルのそれだった。
スバルの姉であるギンガ・ナカジマや亡き母親、クイント・ナカジマ。そしてクイントの遺伝子を元に生み出されたナンバーズ、ノーヴェ・ナカジマのように『似ている』ではなく『同じ』だった。
その手にはスバルの相棒として作られた水晶を模した空色のインテリジェントデバイス、マッハキャリバーが握られている。

「ねえ、マッハキャリバー」

スバルの形をした彼女はマッハキャリバーに語りかける。

『何でしょうか、相棒』
「これからはあたしがしっかりした相棒になってあげるから安心して」
『それはどういう意味ですか』
「何でもない、ちょっと言ってみただけ」

マッハキャリバーは『そうですか』と肯くように輝きを放つ。
そのままスバルの形をした彼女は話を続けた。

「マッハキャリバー、聞きたいことがあるんだけど」
『何なりと』
「マッハキャリバーから見て今までのあたしってどうだった?」

彼女は微笑む。それはスバル・ナカジマという少女が普段浮かべるような明るい笑顔であり、一寸の狂いもなかった。
マッハキャリバーは彼女の笑みに何の疑いも持たず、合成音声を放つ。

『突然なんですか』
「ほら、今までのあたしって後先考えずに突撃してばっかだったじゃん。それでマッハキャリバーが壊れそうになったことも結構あるし………それをどう思ってるのかなって」
『何故そのようなことを』
「いいから、本当のことを教えて」

その笑みを保ったまま彼女はマッハキャリバーに問いかける。
普通では到底聞けないような問いにマッハキャリバーは一瞬疑問を抱き、沈黙を示したもののやがて間を開いてから答え始めた。

『そうですね………確かに相棒の行動は非効率的で、危険と思うような場面が何度かありました。これまでは如何なる災害もその身体能力で切り抜けてきましたが一歩間違えば、私も相棒もここにいないでしょう』
「そう、教えてくれてありがとう。ごめんね、こんな不甲斐ない相棒で」
『けれど今日に限って何故? 相棒はそのようなことを気にしていないと思いましたが』
「良いの、こういうところで欠点を直さないと大変なことになるから」

マッハキャリバーは『そうですか』と返答する。

「そうそう、今日の仕事が終わったらちょっと寄りたいところがあるんだけど良い?」
『構いませんが』
「分かった、ありがとう……」

相棒の答えに彼女は優しく微笑む。
そのままマッハキャリバーを胸ポケットに収納すると、誰にも気付かれることの無いように喉を鳴らしながら、足を進めていった。

 

 

 

億万長者が住むのに相応しく見える、天道総司の豪邸。
その広い庭に満ちているのは、眩いほどの太陽の輝き、当たりを包む静寂な空気。
家の主である天道総司は目を細めながら青空を見つめていた。
数日前、突如リビングに生じた謎の亀裂から現れた少女、スバル・ナカジマ。
その正体を探る為に家政婦として家に置いたが、やはりただの人間とは考えられない。
当初は新手のワームかと思案したが、自分や樹花に危害を加える気配は一切見られずこの家の手伝いやSalleのバイトに徹している。
家の掃除、草むしり、皿洗い、窓ふき、洗濯など手際よく行うどころか、樹花と明るく会話を交わしてもいる。そしてその彼女は今、樹花と一緒に街に出掛けている。
もしや自分のことを油断させて、妹を誘拐しようとしてるのか。
だがもしそれが当てはまるならば、ベルトを持つ自分の元にカブトゼクターが来るはずだ。
そしてもう一つ、彼女の周囲の物を見る目がどうにもおかしい部分がある。
夜空の月をまるで初めてそれを見るかのような目で眺めていたり、自分に電話の使い方を尋ねる。更には日本円のことなど何一つ知らない素振りすらもあった。
もしや彼女はこの時代の人間ではなく、何処か別の時代からやって来た人間なのだろうか。
だとすると銀色を基調としたあの見慣れないスーツも合点がいく。
これまでの振る舞いは全て演技で、ZECTのような組織がこの世界に影響を与える為にスバルを刺客として送り込んだ――
それも絶対とは言えないが、一つの可能性として頭の中に刻み込む必要がある。
何にせよ正体が分からない現時点では、彼女のことを完全に信用するべきではない。
そう思った天道は家の中に戻り、受話器を手に取った。

 


洋食店Bistro la Salle。
天道は目前に座るスーツ姿の男と視線を合わせるかのように、テーブルに備え付けられた椅子に腰掛けている。
棒のような痩身、知性を感じさせる眼鏡、固く尖る容貌。
それら全てが老紳士というイメージを与えるような気品を放っている。
警視総監であり、かつてワームと戦う為に設立された機密組織ZECTの設立者であり総帥、加賀美陸。
数秒の間を空いて、不敵な笑みを浮かべながら陸は口を開いた。

「こんな所に呼び出して、一体何の用かな……?」
「この世界に何が起こっている」

淡泊な声音に対し、天道は率直に言う。

「数日前、家のリビングに時空の裂け目が現れて、そこから子供が一人飛び出してきた」
「ほぅ……」

陸は興味ありげな素振りを見せるように呟く。
それに続くかのように天道は次の声を出す。

「あんたなら何か知ってるはずだ、最近多発している皆既日食と何か関係があるのか」

天道は冷静な態度と声を保つ。
もっとも、その内面に強烈な意思が込められていることには変わりはなかった。
やがて二人の間に生まれた僅かな沈黙を破るかのように陸は答える。

「平行世界……ミッドチルダ」

きっかけはその一言だった。

「根岸の意志を継ぐネイティブが、ハイパーゼクターを利用して時空の道を歪め、その世界にワームを送り込んでいるとの情報が入った」
「何を言っている」

沈黙の後に、ようやく聞いた言葉で天道の表情に僅かながら疑問と驚愕が生まれた。
しかしその途端、陸は席を立ち上がり店の外に向かおうとする。

「何処へ行く」
「私も忙しいのでね、この辺で失礼させて頂く」
「待て、まだ話は終わっていないぞ」

天道は止めるように言うが、それに気を止めないように陸はドアに手をかける。
しかし陸はドアの目前で足を止め、不敵な笑みを浮かべながら口を開く。

「彼らは蘇った魔の一族と結託し、この世界に暗躍している」
「魔の一族だと?」

陸が呟くように言った言葉を、天道はあっさりと反芻する。
眉の下にある黒き瞳には、一切の揺らぎがない。
まるで世界の危機を知らせようとする絶対の意思が伝わる。
やがて陸はその渋みのある声を出すと、彼は店から出て行った。

「その一族の名は……ファンガイア」

 

 

 

 

こんな所でのんびりしてていいのだろうか。
良い訳がない。
ミッドチルダには自分の助けを待っている人が大勢いるはずだ。
本当ならその人達の為に動かなければいけないのに。
何でこんな所にいるんだろう。
一日でも早く帰らなければいけない。
でも、その方法が見つからない。

 

 

「スバルさん、どうしたの?」

スバルが一人で考え事をしていると、隣から声が聞こえてくる。
気がつくと心配げな表情を浮かべる少女、天道樹花が自分の顔を見つめていた。
基本的に天道家は家の主である天道と彼の義理の妹である樹花との二人暮らしで構成される。
スバルより年下の彼女は兄である天道や、自信を育てた祖母のことを心から尊敬しており、自らを『天の道を往き、樹と花を慈しむ少女』と称している。
彼女は天道の義理の妹で、常に冷静で傲慢な一面が強い天道とは対照的に明るく活発で天真爛漫な少女だ。
そんな彼女がスバルと意気投合するのに時間は必要なく、出会ったその日にお互いに打ち解け合い、本音で話せる仲となった。
もっとも、スバルの方は自らの正体、ミッドチルダと言う名の異世界、時空管理局の存在に関しては兄の天道と同じく一切口外していない。
仲のいい相手に対して隠し事をするというのは気が引けてしまうが、こればかりは仕方のないことだ。

「樹花ちゃん……ごめんごめん、ぼーっとしちゃって」
「大丈夫、大丈夫!」

スバルは笑顔で謝罪し、樹花も同じように笑顔で返す。
二人は今、街の一角に店舗を置く喫茶店に訪れ、外に備え付けられた席に向かい合って座っていた。
樹花が言うにはこの店のアイスは毎日行列が出来るほどの人気で、料理上手な天道の次に絶品らしい。
それを聞いたスバルは目を輝かせ、大きな期待を抱えている。食事が何よりも好きな彼女にとって当たり前の感情だった。
加えてアイスは好物だ。このような場所を紹介してくれた樹花には感謝をしなければならない。
彼女が現在身に纏っているのは、余ったバイト代で買ったこの世界で溶け込める感じの一般的な洋服だ。
特別救助隊員の制服で道を歩き回っているわけにはいかない。

「それより早く食べないと、アイス溶けちゃうよ?」
「へ? ………って、ああっ!」

スバルは何かが握られている感覚がする自分の左手を見る。
見ると、コーンの上に乗っているはずの三段重ねアイスが太陽の光で溶け、球状の形が歪んでいた。
それを見たスバルは慌てて口の中に放り込む。
口内に心地よい冷気が刺激し、バニラの味を舌で転がせていく。
そして彼女は恍惚な表情を浮かべながら満足げに口を動かす。
アイスの味はこの世界でも共通のようだった。
その様子を見た樹花はアイスを食べる口を止め、横目でスバルを見つめる。

「スバルさん、美味しい?」
「うん、すっごく美味しい! 連れてきてくれてありがとう!」

すっかり上機嫌となったスバルは満面の笑みで樹花に言う。
その様子は仲の良い姉妹、または長年のつき合いである親友同士のようだった。
しかし心の何処かにあるミッドチルダへの思いで、スバルはこの平和な一時を素直に楽しめないでいた。
だがそんなことを気にしていては、このような素敵な場所に連れてきてくれた樹花に対して失礼だ。
今は特別救助隊員としてでなく、時空管理局の局員でもなく、戦闘機人である自分を捨てて、この子と接しよう。
そう思ったスバルはミッドチルダにいる自分を知る人間全てに対して、心の中で『ごめん』と謝罪する。
それを終えた彼女は抱えている全ての心配を捨てて、この平穏な一時を満喫することを選んだ。

「スバルさん、次はあっちのデパートに行こうよ! あそこに新しい洋服売ってるし!」
「オッケー! じゃあ、行こっか!」
「うん!」

アイスを食べ終えた二人は互いに満面の笑顔を見せ合い、席を立つ。
それから彼女たちはショッピングモールを歩きながら買い物を楽しみ、映画も観た。
アクセサリーや洋服を買ったあとはゲームセンターに訪れ、キャラクター物のキーホルダーやストラップを手に入れる為に多くの機械で遊んだ。
まるで絵に描いたような平和な時間で、多少の後ろめたさを感じながらもスバルは楽しむことが出来た。
ふと彼女は思うようになる。
このような世界にはロストロギアなどあるわけがない。いや、あってはならない。
もし存在していたとしたら樹花や天道みたいに何の罪も無い人々がその犠牲になってしまうだろう。

 

この一日を最後に、平穏な毎日は終わりを告げる。
二つの世界に危機が迫っていた。
魔の一族が牙を研ぎ、宇宙の生命体は異世界へと舞い降りている事実を知るものは少ない。
それに巻き込まれるかのように次元を跳んだ者がいた事、新たなる戦士が生まれた事を知る者もまた少なかった。

 


そしてその日を境に、スバルの運命は唐突に変わることとなる。

 


その日も、洋食店Bistro la Salleでのバイトを終えたスバルは帰りの道を歩いていた。
ぽつりと肌に水滴が落ちるのを感じる。ふと夕暮れの空を見上げると、灰色にたれ込めた雲からは突如雨が降り落ちてきた。
傘を持たない彼女は急いで帰ろうとした。
濡れない為に無意識のうちに、人気のない近道を通ることを選ぶ。
彼女がミッドチルダから管理外世界と思われるこの世界に流れ着いてから既に数日が経過していた。
まだ完全ではないにせよ、スバルは東京と呼ぶこの街での生活に馴染んでいた。
どうやらこの世界の文化レベルはミッドチルダに近いようだ。コンクリートで舗装されている道路には車やバスが通り、活気で満ちあふれた都心部には高層ビルが立ち並んでいる。
だがミッドチルダと異なる点もないわけではない。
通貨はミッドチルダには電子マネーが流通しているのに対し、こちらの世界では札や円という貨幣が一般的なようだ。
よってスバルがいくら電子マネーで稼いだとしても、この世界においてそれの意味は何一つ持ち合わせていない。
次元間交流が盛んなミッドチルダなら通貨の両替が出来るのかもしれない、しかし管理外世界の可能性があるこの世界にそんなのがあるとは思えない。
その他にも通信においてミッドチルダでは専用の端末を使うのに対し、この世界では電話が主となっているようだ。
そして、故郷の夜空では二つの月が輝いているのに対して、こちらでは一つだけしか月は昇っていない。
スバルは現在、Bistro la Salleでバイトをしながら天道家の家事手伝いをしている。
バイト代を稼いで、天道家のリビングの修理費は全額支払った。
だが、ミッドチルダに帰る手段を持ち合わせていないスバルはBistro la Salleでバイトをしながら天道の家に居座るしかない。
彼女は天道家の空き部屋を借りて、食費を負担しながら毎日を送っている。
正直な話、家政婦同然の今のスバルにとってこの毎日は休日の連続に等しかった。
いくらこの広い豪邸を掃除すると言っても、元が綺麗すぎるので終わるのに一時間もかからない。
食器洗いも数日の間にコツを掴んだのか、三十分以内で終わるようになってしまう。

(父さん、ギン姉、マッハキャリバー、なのはさん、ティア………みんなごめん、あたしまだしばらく帰れそうにないかも)

やがてスバルは故郷や管理世界でそれぞれの使命を果たしている家族、相棒、恩師、友人のことを思うようになる。
彼女の中で二つの罪悪感が芽生えていた。
一つは家族に対する罪悪感。
恐らく自分が行方不明になったことで管理局は大騒ぎとなっているだろう。
特に父親のゲンヤ・ナカジマや姉であるギンガ・ナカジマは半狂乱となっているかもしれない。
自分だってこの二人の内どちらかでも急にいなくなってしまったら不安でいっぱいになり、食事もロクに喉を通らなくなるだろう。
もう一つは特別救助隊員である自分の助けが必要な人々に対して。
もしかしたら今頃、自分がいなくなったことによって救えるはずの人々が何人も命を落としているかもしれない。
そう考えると、悔しさでいっぱいになってしまう。
ミッドチルダに早く帰らなければならない。だがその手段が見つからない。
唯一の希望が時空管理局の所持する次元航行艦だろうが、こんなロストロギアとは無縁そうな世界に管理局の手が伸びるとは到底思えない。
それでも今は自分の事を捜してくれる管理局員を信じて、管理外世界で毎日を過ごす以外にない。
スバルは足を進めながら、灰色に染まる空を見上げた。

(お願いだから早く迎えに来てよ~! ティア~)

次元航行部隊執務官として数々の事件を解決している親友、ティアナ・ランスターを再び思うようになる。
自分が突如消えたことを彼女は何て思うだろう。悪態をつきながらも探してくれているだろうか。
だが何にせよ、こんな事を思っていても何も始まらない。せめて少しだけでもやれることはやるべきだ。
そう思いながら薄暗い道を進むが、スバルは足を止めてしまう。
周囲を取り囲むコンクリートの壁から、亡霊のような影のようにゆらり、と数人の男が姿を現したからだ。
全身が黒ずくめだった。
がっちりとした体型を包むビジネススーツに、太陽の光から視力を守るサングラス、同じく黒で光沢のかかった革靴。
それだけを見ればサラリーマン、あるいは公人の護衛のような姿だ。
そのサングラスからうっすらと見える両眼からは、見るもの全てを震え上がらせるような鋭い眼光が感じられる。
そして、じりじりとスバルの通路を塞ぐようにして広がっていく包囲の輪。
人数は全部で十人。
それら全てがコピー機でトレースしたかのように同じ格好だったので、スバルは薄気味悪さを覚える。

「お迎えに上がりましたよ、スバル・ナカジマさん」

一体自分に何の用があるのか。
抗議の声を発しようとした途端、一人の男がスバルの前に出た。
他の男とは異なり、サングラスを掛けない変わりに漆黒のマントを羽織っている。
数本の薔薇を束ねた花束を持つその男は、まるで長年の友人でも相手にするかのような笑顔を浮かべてスバルに近づく。

「今日からあなたは私達の仲間となるのです」

感情を感じさせない他の男達とは違い、楽しげな態度で話すその男からはうふふ、と喉から声を漏らす。
その異様な態度に、スバルは軽く嫌悪感を覚える。
それ以前に何故自分の名前を知っているのか、こんな奇人を知り合いに持った覚えはない。
だが何にせよ、こんな集団は無視するべきだ。
その嫌悪感を抱かせるような男の脇を通り過ぎようとした瞬間――

「まあ、こう呼んだ方が正しいですね………戦闘機人、タイプゼロ・セカンド」

その一言でスバルは足を止めてしまう。
気がつくと、周囲の男達の外見は人のそれではなくなっていた。
マントを羽織った男の姿はコウモリを連想させる仮面を被り、全身を漆黒の装甲とマントに身を包んだ異形、バットへと姿を変えていた。
それに続くかのようにサングラスの男達の姿もバットとはまた別の醜悪な怪物へ変化を遂げていた。
毒々しい緑の醜悪な肉体、悪魔を模したかのような顔、頭から伸びる大きな角、腕には鋭く尖る長い爪。
昆虫のサナギを連想させる異形、ネイティブへと姿を変えた男達は一斉に、スバルに標準を定めて殺気を放つ。
あまりの出来事にスバルの顔は驚愕に染まっていく。
何故、管理外世界の住民であるこの男達は自分の正体を知っているのか。そしてこの変化は何なのか。
答えが得られない中、ネイティブの爪は容赦なくスバルに襲いかかってくる。
しかしシューティング・アーツを学び、現役の陸戦魔導師として前線に立っていた彼女にはそんな物は脅威ではなかった。
八方から襲いかかってくる爪を物凄い速さですっと避けながら脇に迂回し、それぞれの胴体に必殺の拳を叩き込む。
その細い腕には負担にならず、恐ろしいほどの正確さで硬い皮膚に入る。
肉が裂かれず、骨も砕かれることはない。しかしそれを受けたネイティブ達は僅かながらのダメージを体に抱えた。
醜悪な鳴き声を発した三体のネイティブの体が傾くと、そのまま崩れるように地面に倒れ込んだ。
それをちらりと見たスバルは戦闘体型を取る。

「あんた達、あたしのこと知ってるの!?」

抱えていた疑問を吐き出した。
この連中は何者なのか。何の目的があって自分に接触したのか。
そして、何故戦闘機人である自分を知っているのか。
もしや時空管理局が行方不明となった自分を捜しに局員を送り込んだ――
その可能性は瞬時に否定する。それならばこのような殺気を放つとは到底思えない。
ここは逃げるべきか? いや駄目だ、一般市民に危害が及ぶ恐れがある。
今はこの危機を脱する為に、殺さない程度にダメージを与えるべき。
そして正体を聞き出そう。
判断を下したスバルは再び体を動かそうとする。
しかし一瞬の間に頭の中を駆け巡らせたその思考が隙となって、彼女の負けは決まった。

「うっ……!」

突如背後から後頭部に激痛が走り、スバルの姿勢が崩れる。
それを好機と考えたのかバットは自らの膝を飛ばし、スバルの腹部に入れる。

「がはっ……!」

異様なまでのパワーにより、少女の体は吹き飛んでしまう。
そのまま勢いよく背中から灰色のコンクリートの壁に叩き付けられてしまい、地面に崩れ落ちてしまう。
後頭部が金具で殴られたかのような痛みに襲われ、視界がぼやけてしまう。しかし意識を失い欠けてもまだスバルはその精神力でギリギリ保ち、なおも動こうとする。

「このっ――!」

スバルは痛む身体を起こし、周囲を囲む異形達を睨み付ける。瞬間、高まりつつある彼女の感情に呼応するかのように瞳が金色に染まり、リンカーコアから魔力が湧き上がり、それによる波が皮膚から発せられようとした――
しかしそれを嘲笑うかのように、ネイティブ達の前を出るバットは華奢な体を目掛けて蹴りつける。足が腹部に沈み込んだ途端、身体を駆け巡る魔力の流れが遮断されてしまう。

「――――ッ!」

その一撃を受けた途端、スバルは声にならない呻き声をあげてしまう。
続くように二発、三発。激烈な痛みが治まらず、呼吸困難で苦しむ中に再度その暴力が襲いかかる。それはまるで体内に存在する全ての組織が押し潰されてしまうかのように重かった。
一度蹴られる事にそのヶ所がスタンプのような痣が残り、スバルは悲痛な呻き声を上げていく。
それでも彼女は全身に力を込め、意識を保っている。常人ならば即死してもおかしくない衝撃を耐えられるのも、戦闘機人の強靱な肉体を持ってこそだった。
だが次第にそれも限界に近づいていく。
度重なる打撃により、激痛による熱を持った腹部は痛みの感覚すら薄れ、次第に感覚が麻痺していった。
それでも蹴りが止まることはない、何故ならバットは知っていた。
この状況下の中でもなお、スバルは襲いかかる足を冷静に見極め、タイミングを伺っていたことを。
もし一瞬でも戦闘機人に隙を与えてしまったら、そこから敗北に繋がる可能性がある。
やがて無意識のうちにスバルはその行為を無意味と諦めてしまったのか、瞳から輝きが消えていく。
ISを使用する暇を与えてもらえず、デバイスを持たないスバルにはこの状況を打破出来る方法など何一つ存在しない。
もはや状況を立て直すことなど出来なかった。

「あっ……」

やがてその一撃が決定打となり、スバルの口から血液が混ざった唾がバットの膝に飛ぶ。
次の瞬間、糸が切れた人形のようにくたりと項垂れた。
気が失ったことを悟ったバットは仮面の下で喉を鳴らす。

「これでよし、エリアZへ戻るぞ……」

虚ろな瞳で意識を失わせているスバルを荷物を扱うかのように抱え、バットはすぐそばに留められている車に向かう。
力無く開かれたスバルの口からはぽたぽたと涎が垂れ、コンクリートの地面に染み込ませる。
やがて異形の集団は自らの目的を遂行する為に、その場から姿を消していった。

 

 

 

 


僅かな雨に濡れた灰色に伸びる道を、一台のバイクが颯爽と駆け抜けていた。
その勢いはまるで主の世界を守るという揺るぎない信念を表すかのように、堂々としていた。
真紅のバイク、カブトエクステンダーに跨る青年は黒いフルフェイスのヘルメットで頭部を守り、ハンドルを動かしている。
長身痩躯の運転手、天道総司の腰には金属質のベルトが輝いていた。
天道は自分を導くかのように宙を舞う相棒、カブトゼクターを真摯な瞳で見つめている。
夕飯の買い物に出掛けようとした途端、突如として現れたカブトゼクター。
まるで世界の異変を知らせるかのように慌ただしく、主人の力が必要だと訴えているようだった。
長年のつき合いからか天道はそれを瞬時に感じ取り、その軌道を辿っている。
先日聞いた陸の話と、数日前の出来事を彼は頭に思い浮かべていた。
この世界と平行するかのように存在する世界、ミッドチルダ。
地球の覇権を握ろうとした男、根岸の意志を継ぐネイティブがハイパーゼクターの力で時空を歪め、蘇らせたワームと結託したこと。
この世界で暗躍する魔の一族、ファンガイア。
それらのほとんどが連日の皆既日食と何らかの関連があることが、陸の調べで判明していた。
恐らくこれから待ち受けていることも、数日前スバルがリビングに現れた事態も皆既日食が何らかの関連性があるのには間違いない。
だがどのような真実が待ち構えていようと、今やるべき事はカブトゼクターの導きを信じ、前を進むだけだった。
やがてコンクリートで舗装された道はひび割れた物となり、硝煙の煙が周囲に漂う瓦礫の山が広がっていた。
廃棄されて久しい劣悪な建築物群が不気味なモニュメントのように広がるそこは、八年前に隕石が落下して壊滅した都市、渋谷だった。
多くの死者を出したその凄まじい災害による被害は計り知れず、復興のメドは未だに立っていない。
警察の手により何十にも封印されているそこは公人、あるいはごく一部の研究者にしか立ち入りが許可されていない。
しかしそのようなことを気にしている余裕は天道には持ち合わせていなかった。
カブトゼクターの導きにより通る道が、彼には見覚えがある。
そこはマスクドライダーシステムの鍵が眠ると言われ、一年前にカッシスワーム グラディウスが率いるワームの軍勢と攻防戦を繰り広げた地、エリアZだった。
この場所は平和となった今の時代、もう必要ないと判断した陸が渋谷の中でも特に厳重に封印し、未来永劫開くことがないはずだった。
しかし鋼鉄製の厚い扉が開いていて、何者かが侵入した形跡が残っている。
エンジンを止めてカブトエクステンダーから降り、ヘルメットをハンドルに掛けた天道は歩き出した。

「止まれ」

不意に声が聞こえたので、天道は足を止める。
振り向くと、そこにはラグビー選手のようにガッチリした体格を漆黒のビジネススーツに包み、サングラスを装着しているという格好をした男が数人立っていた。
男達は天道を目掛けて殺気を飛ばしているが、彼にとってそんな物は何の意味も成さなかった。

「貴様、天道総司か」
「ここは全面閉鎖したはずだ、今になって何故――」
「知る必要はない」

天道の疑問を遮るように男達の体は妖しい光に覆われ、表面がドロドロと溶けだした。
次の瞬間、その体は昆虫のサナギを連想させる異形、ネイティブへと姿を変える。
それを見た天道は軽く溜息をついた。

「どうやら、一波乱起きそうだな……」

ぽつりと呟くと、彼は傍らに飛んでいたカブトゼクターを右手で掴む。
その男の瞳からは、内面に宿る圧倒的かつ絶対なる強さ、威圧感、存在感を全て吐き出していた。
ゼクターの角を天に指しながら右手を左肩まで持ち上げる。
やがて、その呼び声を静かに告げた。

「変身」
『Hensin』

彼はカブトゼクターを銀色に輝くベルトに装着する。
電子音が発せられると同時に、ヒヒイロノカネがカブトゼクターから噴出されていく。
次第にそれは六角形の金属片へと変化していき、彼の全身を覆った。
ヒヒイロノカネの噴出が終えると天道の姿はそこにはなく、屈強な戦士が顕在していた。
額に装着されたV字型のアンテナ、青い輝きを放つ単眼、銀と黒を基調とした重量感溢れる鎧、しなやかにして漆黒に輝く脚部。
戦士は波動を放ち、仮面の下で鋭い視線を異形達に向けた。
天道はマスクドライダーシステムによって誕生した最初の戦士へと姿を変える。
かつてこの世界を危機に陥れたワームから人々を守り、世界を救ったその戦士の名はカブト。またの名を太陽の神、仮面ライダーカブト マスクドフォーム。
それが天道総司のもう一つの姿だった。

 

その3へ続く。

 

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最終更新:2009年06月01日 23:44