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高層建築の立ち並ぶ都市の一角。
夜の闇と、静かに降る雨に包まれながら一つの人影が歩いていた。

整った顔立ちだが、不思議と印象に残らない容貌の男。落ち着いた風格がある一方で
全てに興味が無い無関心さを連想させる。
男は無言で状況を確認するように周囲を見渡す。

突然男の一歩後ろ、一瞬前まで誰もいなかったはずの空間に二つの影が現れた。
否、実際にそこには誰もいない。二つの影は男にしか見えない『悪魔』だ。

「さて、僕らは何故こんなところにいるんだろうね? さっきは『魔法』なんてものも見たし、どう考えても
 僕らの知る世界ではない。」

右の影―――どこか楽しげな笑顔を浮かべた半月眼鏡の青年。そんな皮を被った悪魔に
もう一つの影―――彫りの深い怜悧な顔立ちに長い銀髪、ワインレッドのスーツという
眼鏡の悪魔に比べ随分派手な悪魔が似合わない訛りで応える。

「そんなん俺に分かるわけ無いやろが。そうゆうん考えるんはお前の仕事やろ、ひょうたん眼鏡」
「別に答えを期待したわけじゃない。ただ、お前なりの見解を聞きたかっただけさ。
 ……そういえば『ひょうたん眼鏡』なんてあだ名をつけたのはお前だそうじゃないか、ベリアル。
 別に間違ってはいないと思うが、お前のおかげで海野君にまでそんな名前で呼ばれてしまった。
 どうしてくれるんだおちゃらけ蛇。
 まったく、何で僕はまともなあだ名がつけられないんだ。
 『指導者』はまだ良かった、地味だが的確に僕の役割を表していた。
 それでも自分のライバルになり得ると目していた相手に妙なあだ名で呼ばれてしまう上に
 久美子君には『ベルぱー』なんて呼ばれてしまう始末だ。
 信じられるか? 『ベルぱー』だぞ、『ベルぱー』!
 確かにそれは僕が指定した『ベルゼブブ・パターン』の略称だろう。
 だが、その呼び方はどうなんだ、セルネットの創始者を呼ぶには些かどころではなく
 迫力や風格が削がれてしまうじゃないか!!」

どうやら話が長くなる傾向があるらしい眼鏡の悪魔はひとしきり不平を言うと気を取り直し続けた。

「―――話が逸れたな。実のところ僕は僕たちがどこにいるのかという問題に対し一つの仮説がある」
「なんや? その、仮説いうんは」
「何というか……かなり馬鹿馬鹿しいんだが、『ここ』は『異世界』とか『異次元』とか言うヤツじゃないかと思って  る」
「……はぁ?」

眼鏡の悪魔がいきなり突拍子も無い事を言うのには慣れていた銀髪の悪魔も、それしか反応できなかった。
眼鏡の悪魔もその反応に頷きながら説明する。

「その反応は予想できたさ。自分でも相当に馬鹿な事と思っているぐらいだからね。
  だが、それ以外では僕には説明ができない。
 『王国』?それはあり得ない。
 我らが陛下は眠りについた筈だし、物部君の心象にこんな大都市があるわけがない。
 ではカプセル以外の何らかの要因による幻覚?
 肉体があるバールはともかく、僕やベリアルに影響があるなんて考えられない。
 そして先ほど目にした『魔法』。どう見ても、僕らが知るオカルト的な魔術では無かったし
 この通りを歩いていて目に入る看板や標識の文字。少なくとも僕の知識にはあんな文字は無い。
 もっとも『ここ』でそれなりの時間を過ごしていれば、いずれ分かる事だけどね。
 それ以上に気になるのは『それ』だ」

眼鏡の悪魔が指を向けたのは、それまで二人の悪魔の会話に反応すらしなかった前を行く男のポケット。
正確には、その中に有るものだ。

「陛下が眠りについた物以外は一つ残らず消えたはずの『カプセル』が、何故そこにあるんだろうね。
 僕にも説明がつかない。
 それで、どうするんだいバール
 地獄の底で待っていろなんて言っていたけど、こんな所にいるんじゃね」

それに、初めて男―――バールが反応した。
「是非もない。知らない場所だからと迷う必要は無いだろう。
 葛根市では退くことになったが、『ここ』で二度目を行なえばいい」

「……聴いたか、ベリアル。このミスター・ハードボイルドは
 こんなわけの分からないところで続けるつもりのようだ。本当にマスターオブオカルトの名は彼に譲るしかないな」
「いやそれはいらんちゃうんかなぁ、少なくとも俺はいらん。
 ま、ええんちゃう? 陛下がおらんで何ができるかわからんけどな」

見知らぬ場所に突然迷い込んだというのに全く意に介さない男の言葉に
二人の悪魔は呆れたように嘆息しながらも反対する様子は無く、むしろ楽しそうにおどけた敬礼を返した。
そして男は、ゆっくりとその姿をかき消していく悪魔たちと声を揃える。

「「「エロイムエッサイム」」」



リリカル・クラッカーズ  『ミッドチルダにカプセルが蔓延し始めたようです』



「本当にすいませんフェイトさん、わざわざ送らせてしまって。なのはさんは元気でしたか?」
 黒いスポーツカーの助手席に座るティアナは運転しているフェイトに頭を下げた。
「うん、相変わらず元気だったよ。……完全に親バカの顔でヴィヴィオの写真
 大量に見せられて少し困ったけど。スバルはどうだった?」
多忙な執務官の少ない休暇を利用して二人は、それぞれの親友を訪ねていたのだ。
「スバルも変わらないですよ、ギンガさんも。
 ただ、ゲンヤさんが最近かなり忙しくて自分たちも休みを取りづらいって言ってましたけど」
「レジアス中将の穴を埋めるのに苦労してるんだね……」

そう、現在管理局は『陸』と呼ばれる地上本部、『海』と呼ばれる本局の双方が混乱した状態にあった。
JS事件で殺害されたレジアス・ゲイズ中将―――長年地上本部で辣腕を振るった英雄を失ったことが原因である。
JS事件直後こそジェイル・スカリエッティとの繋がりや、違法行為スレスレの手段をとってきた事で批判が集中していたが
調査が進むにつれ中将にそういった手段をとらせてしまった地上本部の窮状が表沙汰になる。
少ない予算、貧弱な装備、本局に引き抜かれていく人材。
そういった状況を作り出す事になった本局に対する批判が湧き上がった。
さらに、強烈なリーダーシップをとる―――悪く言ってしまえばワンマンだった中将の指示が無くなった事で業務が停滞。
それを解決するために『一時的に』本局が『支援』する動きが持ち上がるが、逆にそれまでの本局の地上本部への所業を知る『陸』の局員
特に経験豊かな中堅世代が一斉に辞職。混乱を助長することになってしまう。
『海』でも、かつての『陸』の局員だった者が『陸』に大量に復帰しようとした事から事態は管理局全体に広がった。
そのため管理局は組織を再編、『陸』と『海』の関係の改善を図る。
その一環として『陸』に残った数少ないベテランの一人であるゲンヤ・ナカジマ三佐は、『海』との繋がりを持つことから
現場を指揮する立場から『陸』の上層部へ本人も望まない形での抜擢をされる事となった。

「ギンガさんが言ってたんですけど、最近ミッドでも犯罪が増えてるんですって。
 本局の方も色々問題出てきてますし、早く何とかしないといけませんね……」
 機動六課の一人としてJS事件には深く関係したティアナは、少し複雑な気分のようだ。
沈んだ様子のティアナを励ます意味を込めてからかい混じりにフェイトは返答するが
「そのためには私たちも頑張らないと。ティアにも早く一人前になってもらわなきゃね。
 ――――――ッ!?」
自動車の進路上に、身を投げ出すように倒れこむ人影が目に入り慌ててブレーキを踏み込んだ。
周囲にゴムの擦れる独特の音を撒き散らし、スポーツカーは倒れる人影の直前で止まる。
車内の二人は、ドアから飛び出し人影に駆け寄った。
倒れていたのは中性的な顔立ちをした少年だ。華奢で小柄な体を丈の長いブルーのウィンドブレーカーで包んでいる。
「……あ、ず…ちゃ……」
意識の無い少年は、うわ言で何事かを呟いた。
フェイトが少年の体を起こすと、少年の首に下がったクロスのペンダント―――ちょっとした仕掛けで中にちいさな収納スペ-スがある物だ―――から小さな何かが零れ落ちた。
ティアナが拾い上げたそれは、
「カプセル剤?」
赤と白。二色に塗られたどこにでもあるカプセル錠だった。



「『カプセル』……ねぇ」
複数の陸士部隊から提出された麻薬事件の報告書。それらに添付された新手のドラッグの画像を眺め、ゲンヤ・ナカジマ『一佐』は唸った。
どうにも妙な事件だ。
最近の管理局内部の混乱で捜査の手が足らなくなり犯罪が増える以前から
ドラッグに関係した案件も少なくは無かったが、こんなクスリが流行ったことは無かった。
幾人か売人を締め上げたが、どいつも組織的な背景の無い雑魚ばかりで
どこから仕入れたかという話になると急に要領を得なくなる。
肝心の『カプセル』についても、押収したものを調べさせたが何かの化学物質かもしれない、と何も分からないと同義の結果だ。
『カプセル』のドラッグとしての効用も他のクスリと比べて、目新しいものではない。
そのくせ馬鹿な若い連中がやたらとハマっているそうだ。
そして、『カプセル』には奇妙な噂があるという。曰く「願いが叶う」と。
陸士部隊の指揮統括を行なう立場になった身としては一つの事件にばかり掛かりきりではいけない。
数は多いが事件としての規模も大したものではない。だが、ゲンヤは妙にそのドラッグのことが気になった。
「……やれやれ」
懇意にしている陸士部隊の隊長―――自分と同じ今では数少ないベテランだ―――に連絡する。
『カプセル』に関して優先的に捜査するようにという指示だ。このぐらいの勝手ならば問題は無いだろう。
ゲンヤは『カプセル』の報告書を処理済の書類の山の一番上に載せ、未処理の書類の山脈へ目を向ける。
「今日も泊まりかね。レジアス中将、あんたすげえよ」
今の自分を遥かに超えるであろう仕事を長年こなし続けた、あまり好きにはなれなかったかつての上司への偽らざる賞賛だった。



『廃棄都市区画』の片隅で鋲のついた皮のジャケットを着た精悍な青年が一人ごちる。
「何だって俺はいきなりこんなトコにいるんだ? ま、なかなか面白そうだがな。
 っかし、『魔法』、『魔法』ねぇ」
青年―――葛根市のアンダーグラウンドで最強と謳われた男は、歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべる。
「そんなモンが本当に存在するとはな。お前が見たら何て言うのかね?
 なぁ、『ウィザード』」




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最終更新:2008年10月26日 22:57