男は逃げていた。
一仕事終えて、いつも通り管理局も撒いた。
構成員の殆どがB未満に過ぎない陸士相手なら、準備さえ怠らなければこの男にとっては対処できない相手ではない。
その日もせいぜい空の連中が出てこない程度に稼ぐだけの予定だった。
準備は万端。彼が根城とする廃棄都市の一角まで予定通り逃げ込み、このまま廃ビルの間に出来た狭い道を抜ければ…だが、路地に入った彼の背後に何か降り立った。
「目の前で罪もない人々を襲い、強盗を働いた貴様を放ってはおけない」
男は何も言わずに振り向き、魔法を放つ。
だが、直撃するはずだった青い魔力の光は暗闇の中で微かな光を反射する艶っぽい真っ黒なボディスーツの上を流れ、空中で弾けて四散していった。
四散する魔力の光に照らされて表情のない、昆虫めいた不気味な仮面が廃墟の影に浮かび上がる。
大きな、血のように赤い眼が爛々と光っていた。
「自首しろ」と得体の知れぬ怪人は言った。
「まさか…う、海の連中か!?」
自分の魔法を受けても平然としている怪人に恐れをなした男が叫んだ。
焦り始めた男の頭に思い浮かぶ魔法を苦もなく弾くバリアジャケット、あるいはそんな皮膚をした化け物が所属する組織はそこしか浮かばなかったからだった。
「才能がありゃ犯罪者でも子供でも構わず引き入れてこき使うゲス野郎共に言われたくねぇな!」
「犯罪者でも…?」
だがそう思い込んだ男が得体の知れぬ存在に対する恐怖を、怒りで塗りつぶし歯をむき出すと、怪人は訝しむようにそう呟いた。
怪人の言葉を白々しく感じた男は逃げる機会を窺いながら舌打ちした。
「……知らねーとは言わせないぜ」
「……おい、今の話。詳しく聞かせてくれないか?」
「…! まさか。あんたも騙された口か?」
男は嫌悪も露に怪人を睨みつける。
沈黙する怪人も被害者なのかと勝手に思い込んだ男は、警戒を若干和らげて廃ビルのひび割れた壁にもたれかかった。
遠くを見るような眼で語り始めた。
「数年前、闇の書事件ってのがあった。で、俺の兄貴は巻き込まれ魔導師を廃業する羽目になっちまった」
腹の中に溜まりきっていたのか男は饒舌だった。誰かに聞かせたかったのかもしれない。
内側で淀んでいた思いを口にする男の顔には苦い笑みが広がっていた。
「管理局が保護するとか言われて俺達は管理局の保護下に入った。で、数年して恩義もあったし若干憧れもあってな、俺は管理局に入った。
そしたら…それをやった犯罪者共がエリートコースに乗っかって上官になりやがった。それとなく聞いてみりゃまだあんな昔の話をする奴がいるんだって顔だったぜ」
話を聞かされた怪人はうんともすんとも言わずに佇んでいた。だが何か思い悩んでいるのか、微かに頭は俯いている。
「そんなわけさ。なぁ、事情はわかっただろ? 見逃してくれよ」
「事情はわかった。だが、罪もない人を傷つけるのは許せん」
「そうかよ!」
男は話す間に準備しておいた魔法を壁に放とうとする。
だが、魔法が放たれる直前に、距離を詰めた怪人の甲冑のような皮膚に包まれた拳が腹に打ち込まれた。
「今回だけは突き出しはしない。真っ当に働いて、傷つけた人々に償っていけ」
鳩尾に拳がめり込み、くの字に折れた男の体から力が抜けてから怪人は男がその日仕事で奪い去った金品を抜き取っていく。
その後犯人は捕まらないまま奪われた金品は返されるということが続き、同時に一時的に首都近郊の犯罪件数に変化が訪れた。
だがそれは所詮短期的なモノに過ぎず誰かの目に留まることはなかった。
金品を人目につかない距離から人間を超えた筋力で遠投すると言う強引な手段で返品した後、怪人、光太郎は首都クラナガンを離れ七つある廃棄都市区画の一つへ移動していった。
大きな魔力の動きや自然災害の把握のためにと、一定区画ごとへのセンサー配置が義務付けられているミッドチルダだが、廃棄都市区画は既にセンサーが機能していない区画も多数存在している。
人目を避けて仮の住まいとした廃ビルの一つもそんな区画にあった。
割れたまま放置されている窓から飛び込み、(無意味だが)正体が分からないよう変身する為に脱いでおいた服を拾い上げ、片手に持って光太郎は奥へと歩いていく。
奥からは滝壺のような大量の水が流れ落ちる音が響いてくる…進むに連れて、光太郎の足先をひび割れ歪んだ床に溜まっていた水が濡らした。
そのまま進むと光太郎の手でまだ生きていた上水道の一部を破壊して作り出した滝が見えてくる。
廃棄された区画だが、水質は光太郎が満足できる水準を保っており、光太郎はシャワー代わりにその滝に打たれた。
汚れを落とした光太郎は太陽の光を浴びて食事を済ませる…スカリエッティの元を離れてから既に一月以上が過ぎていた。
ロボライダーの接近を知ったスカリエッティは研究施設をあっさりと放棄し、姿を消した。
光太郎はロボライダーの能力の一つ、ハイパーリンクと呼んでいるハッキングと廃棄された施設の跡からスカリエッティが何を行っていたのかある程度察したのでとりあえず研究所は破壊しておいたが、スカリエッティの真意はわからないまま、ここへと流れ着いた。
まともな食事にもありつけずにいるが太陽の恵みで至って健康、お肌もツヤツヤの光太郎は、肌が乾くのを待って日雇いの仕事で得た金銭で購入した量販店のシャツに袖を通していく。
下着は履かないままパンツを履く光太郎の表情は少し苦かった。
時々首都や廃棄都市の貧民街でIDが存在しない光太郎を雇ってくれる日雇いやアルバイトもあったのだが、事件が起きる頻度が思っていたよりも高く、光太郎が給与を受け取る機会はあまりなかった。
この世界に来て初めて会ったクロノに会いに行くことも考えた。
スカリエッティに光太郎を引き渡したのが彼が所属する管理局でなければ、会いに行っていただろう。
バイト先で電話を借りることは出来るので、一度電話越しにでも話してみようと考えたこともあった。
だが、管理外世界には繋がりませんだのオフィスでは長期航海中ですから伝言をだのと散々だった。
アクロバッターを隠す為に用意してくれたらしい倉庫はこの世界にあったが、アクロバッター達が抜け出したことが騒がれているらしく、二機も戻せていない。
食事を終え、服も身に着けた光太郎は今日捕らえた犯罪者のことを考えていた。ずっと頭から離れずにいる。
光太郎が介入した事件は管理局地上本部の有能さもあり全体のほんの一握りに過ぎない。
その少ないケースの中で今日のような犯罪者は稀だった…既に何人か同じような犯罪者と光太郎は出会っていた。
ミッドチルダの土地柄なのかは光太郎にもわからない。
ただ、管理局が実はゴルゴムや先輩ライダー達が戦っていた組織と本質的に差がないのではないかと言う思いが光太郎の中に浮かんでいた。
瓦礫を積み上げて作った即席の椅子に腰掛け、光太郎は眼を閉じる。
だが直ぐに眼を開き、天井を見上げた。ひび割れたコンクリートに非常に良く似た材質の天井の中を泳ぐものを、光太郎の超感覚は捕らえていた。
「セイン。奇襲する気なら無駄だ」
「あちゃー、ばれちゃいました?」
光太郎に指摘され五メートルほど離れた所から、戦闘機人のナンバーズ6番セインが顔を出す。
空中で回転し、器用に着地する。
笑顔で近づいてくるセインを見つめる光太郎の表情は硬かった。
「何のようだ?」
「ドクターのお使いです。光太郎さん、ウチらの所に戻って来ません?」「ふざけるな!」
怒鳴り声を上げて立ち上がる光太郎にセインは足を止める。
今は人間の姿だが、一瞬で本性を現すことを知っているセインは怖気づき、頬を引きつらせた。
「く、空港でのことなら不幸なすれ違いなんですよ」
光太郎の眉間に眉が寄った。
怒りを露にしたままセインに向かって歩き出した光太郎は硬い声で尋ねた。
「どういうことだ」
「そ、それについてはドクターが説明しますって」
初めて見る剣幕に怯えたセインが大げさな身振りで手を横に振りながら、下がっていく。
床の割れ目に引っかかり、可愛い悲鳴を上げてセインが倒れると同時に二人の間に通信画面が開いた。
『やあ、久しぶりだね』
スカリエッティは一月前と変わらない親愛の情の篭った笑顔を浮かべ、恐らくは新しい研究所らしき場所に立っていた。
自然と光太郎はウーノを探したが、ウーノの姿は見えない。代わりにチンクがウーノが立っていた位置で複雑な顔をしていた。
『一月前は姿を消してすまなかったね。あれが君だとは思わなくて、クライシス帝国の怪人が現れたのかと思ったのだよ』
「あの時のことでお前に聞きたいことがある」
『そうだね。まずは誤解を解くとしよう』
「誤解だと!? あの事件でどれだけの人が犠牲になったと思っている!!」
怒声を上げる光太郎に、スカリエッティはへらへらと軽薄な笑みを絶やさず頷いた。
身の潔白を訴えようとしているのか、胸に手を当てて、『だが事実だ。光太郎、アレは私が仕組んだことじゃない。私は知らなかったんだよ』
「なら、何故アレは爆発したんだ!? 何故、あの場所からクアットロは姿を消した!」
『…そこだけはウーノの企みだったからさ』
光太郎とセイン。スカリエッティの横に控えたチンクは息を呑んだ。
スカリエッティは申し訳なさそうな表情を浮かべて首を横に振る。
しかし、他人事としか考えていないのか誠意は感じられず、ため息ををつきながらスカリエッティは説明を続けた。
『管理局からレリックを受け取るだけの話だったのだが、途中で新たな事実がわかった』
もったいぶるように一度言葉を切り、『反管理局を掲げるテロ集団があのトランクに細工していたのだよ』
「テロ集団…あれが、テロ」
呆然と呟いた光太郎に、理解を求めてでもいるのか悲しげに眼を細めて言う。
『そう!、君達が受け取った直後だ。正にクアットロが君と離れた時…私の耳にはその情報が届いた。タイミング的に災害を未然に防ぐことはできない、
私はそう判断し君達だけでも逃がそうとして、ウーノに連絡するように伝えた』
そこで白衣を翻し、芝居がかった態度で手が振り上げられた。
『だがそこで! ウーノは一計を講じた。君には伝えずに、クアットロだけに帰還するように命令したのさ!!』
「俺に伝えればよかっただろう! そうすれば俺はあれを抱えて、全力で人のいない場所に向かった!!」
『君を確実に消す方を選んだというわけさ。最も、君が外へ運ぼうとした時点でレリックは暴走していたかもしれないがね』
その言葉に、怒りが限度を超え、光太郎の姿を変えようとする。
スカリエッティの金色の目が大きく見開かれた。
歓喜に笑みが広がり、狂ったように笑い出す。
『だがそこまでしても倒せなかった。君は無傷だ!! ク、クク。実に馬鹿馬鹿しい、無駄遣いだと思わないかね? ロストロギア一つ失って、アレだけの惨状を引き起こしながら、 ……素晴らしい性能だよ!!』
そう言って笑い声をあげる。
身を捩り、腹を抱えて笑うスカリエッティと対照的に更に怒りを募らせて「そんなことはどうでもいい!」と、光太郎は握った拳を震えさせた。
「ど、ドクター。それくらいにした方がいいですよ」
いつのまにか立ち上がり、尻についた埃を払いながらセインが言うと、スカリエッティの笑いは止まった。
『ああすまない。まぁそういうわけだ』
画面の向こうで、怒りに震える光太郎に向けてスカリエッティは手を差し出した。
『だからまた仲良くやろうじゃないか………』
だが手を差し出された光太郎の顔には、嫌悪感が浮かんでいた。
「断る…! 貴様の研究を俺は認めることはできん!」
『あぁ、なんだ。知ってしまったのか』
一度手を引っ込めて、スカリエッティはそっぽを向いた。
廃棄された研究所の中で見たもの、そこには人体実験を行い廃棄されたとしか思えないものも残っていた。
何が残っていたかスカリエッティも全ては把握していない。
だが恐らくはそうした部分のことだろうと予想をつけてスカリエッティは反論した。
『だがね、光太郎。私の研究は全て、管理局が欲したものさ』
光太郎の耳には言い訳がましい言葉にしか聞こえない軽薄な声でスカリエッティは言う。
『実験材料も必要だと言った私に彼らから提供されたに過ぎない。幾ら私が天才とはいえ、動物実験をしてみなければ実際の所はわからないからね。むしろ、どのくらい必要か見当もつく私の方が、フフ、他の科学者達よりは遥かに少ない犠牲で事を成してきたくらいさ』
「俺がそれを認めると思うのか!?」
『思わないな。だが、私が悪いわけでもない。ということも君は理解してくれたのではないかね? 君の倒した組織には、無理やり協力させられた科学者もいたはずだが?』
「彼らはお前とは違う。お前は、楽しんでいる!」
叫ぶ光太郎の脳裏にロードセクターを生み出した科学者や、先輩の一人ライダーマンの姿が浮かんだ。
彼らを踏みにじられたように感じた光太郎の体が、怒りによって姿を変えようとしていた。
指摘を受け、スカリエッティは頷き返した。
だが、あくまで仕方なくと青に染まっていく皮膚を眺めながらスカリエッティは言った。
『仕方ないじゃないか。私はそう生み出された存在で、逆らえるはずもない。クク、逃れられない以上、精神を保つにはこうした性格になるか、潰れるかしか道はないのだからね』
嘘は言っていない。半分ほど内容を伏せ、同情の余地が欠片でもありそうな話をしている創造主にセイン達は複雑な表情をしていた。
その拘束から逃れる為の計画を、スカリエッティは長い時をかけて進めている。
最も逃れた後は更に自由に研究をさせてもらうつもりだが…このまま話していても時間の無駄だと思ったのか、スカリエッティは強引に話を戻そうと用意していたプレゼントを披露する。
『私は君のことが気に入っている。その為にあの惨状を引き起こしたテロ集団についての情報も、集めてある。首謀者の居場所もだ』
衝動的に決裂の言葉を叫ぼうとした光太郎は、寸での所で奥歯をかみ締めた。
誤って内側を噛み千切ったのか、光太郎の口内に血の味が広がっていく。
セインはこのまま帰る訳にもいかないが、出来るだけ鬼のような形相を浮かべる光太郎から離れようと更に後ろへと下がり、ISを使うのも忘れて壁に頭をつけた。
『私の顔が中々広いことはわかってもらえていると思う。信憑性は高いよ? ウーノも自首させるか、なんだったら君の手で殺してくれても構わない』
「ウーノは…貴様の助手だろうが!」
『その通りだ。私にとっても手痛い損失だね。できれば自首で許してやって欲しいものだが…君の怒りが収まらないというのでは』
今度もあっさりと光太郎の言を認めて、肩を竦めるスカリエッティ。
『RXキックでもパンチでも気の済むようにしてもらおうというわけさ』
軽薄な笑みを浮かべる通信相手を睨む光太郎の目が視線だけで殺そうとでもいうような、鋭い眼光を放つ。
ウーノの身を心配して光太郎に視線を向けるナンバーズ二人は息を呑んで見つめていた。
「俺は……、俺に裁く権利はない。自首するというなら、そうするがいい! そうして、どうやって罪を償うかを考えろ!」
苦しげに吐き棄てた光太郎を満足げに見やって、スカリエッティは頷いた。
『ありがとう、勿論さ光太郎。いますぐに、とは言えないようだから今回は情報を渡して、また出直すことにするよ。次に連絡を取る時までによく考えてくれ』
姉のことと、自分の身の危険は過ぎ去ったと判断しセインが安堵の息を吐く。
だがスカリエッティはそんなセインを嘲笑うかのように余計な事を口にする。
『あぁ、もしよければ君が置いていった服を持たせようか? 特に下着なんて必要だと思うんだが…」
「必要ない…!」
「………いや、光太郎さん。それは、いりますよ?」
セインは首謀者の情報と、無理やり「ここにちょっと入ってますから」とお金の入ったカードを押し付けて去っていった。
ドクターだけでなく、私たちもいい返事を期待している。
そう言ってセインが去った後、光太郎は膝を突き、拳を床に叩き付けた。
床はその威力に耐え切れず粉々に砕け散り、破片となって光太郎と一緒に落下していく。
一階下の階が、衝撃を受けて揺れ、ひび割れながらも光太郎と瓦礫を受け止めた。
着地する気力が沸かず、無様に一階下に落下した光太郎は頭を掻き毟る。
上の階に溜まっていた水が光太郎があけた穴から零れ落ち、下へと、流れていく。
心配したアクロバッターとライドロンが駆けつけても、光太郎は蹲り、暫く動こうとはしなかった。
この状況で先輩ライダー達ならどうするのだろう?
自分で決めるしかないとわかっていても、光太郎の弱った心にはそんな疑問が浮かんだ。
ゆっくりと自分に近づいてくる二機の相棒が気遣わしげに声を発した。
光太郎はそれに励まされて静かに立ち上がる。
セインが残していった情報が記載された書類を瓦礫の中から拾い上げ、一跳びで上の階に戻る。
瓦礫に寝そべって、書類に目を通していく。
事件との関連性を裏付ける情報、その組織と首謀者の情報。
光太郎を信じさせる為に労を惜しまなかったのか、特に空港で起きた事件の顛末と組織と事件との関連を裏づける部分については何十ページにも渡って書かれている。
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
体に襲い掛かった痛み、周囲に齎された被害がどれ程のものだったかは光太郎の脳裏に焼き付けられている。
火災程度の熱さはロボライダーの装甲に全て遮られてしまったが、中身まではそうはいかなかった。
ゆっくりとその日は日が暮れるまで何度も情報に眼を通して、光太郎は眠りについた。
瓦礫の上で眠りについた光太郎の代わりに、アクロバッターが周囲を警戒し傍に居続けた。
「光太郎、起きてください」
翌朝、女性の声で光太郎は目を覚ます。
聞き覚えのある声だった。だが、この場にいるはずのない女性の声。
光太郎は目を見開き、素早く体を起こすと声の主を睨みつけた。
その態度に呆気に取られたような顔を一瞬だけ見せて、ウーノは自嘲気味の笑みを浮かべた。
紫のロングヘアー、スカリエッティと同じ色の瞳。本人に違いはなかったが、光太郎には何故ここにいるのかがわからなかった。
疑問は表情に表れていたのか、ウーノは理由を告げた。
「ドクターの命令で貴方に今後のことをお聞きしにきました」
「…どういう、ことだ?」
寝起きに、この場にいないはずのウーノが現れ戸惑う光太郎。
ウーノは皮肉げな笑みを浮かべた。
「お約束したとおり、昨日貴方とドクターの通信の後直ぐに私は自首しました」
その言葉に光太郎の困惑は深まった。
疑問を口にする前に、ウーノが言葉を補う。
「そして管理局の上層部…ドクターのスポンサーが私から自分の情報が漏れるのを恐れ、その日の内に釈放となりましたわ」
私をどうされますか?と微笑を浮かべながら尋ねてくるウーノに、光太郎は直ぐに言葉が出なかった。
ただ今の時点では、光太郎にはもうウーノを殺すことはできそうにないということだけは実感としてあった。
警戒する気持ちはあっても、光太郎の胸に渦巻く感情に任せて殴り殺すことなど光太郎には…
「……ドクターの怒りも買ってしまって他に行くところもないの。目処が立つまで、貴方のお手伝いをさせていただこうと思いますが、よろしいですか?」
「消えろ!」
大音声で叫ぶ光太郎に、ウーノは首を振る。
「恐らく俺は、何れスカリエッティを倒す」
「わかっていますわ。だから、あの時なんとしても貴方を殺しておきたかった」
切なげに目を伏せたウーノに光太郎の頭に血が昇り、衝動的に身勝手な事を言うウーノの胸倉を掴み上げる。
なんら反応することも出来ず胸倉を掴みあげられたウーノの足が地面から離れていく。
だが首が絞まり、苦しげに喘ぎながらもウーノは抵抗をしなかった…光太郎の手から力が抜ける。
開放されたウーノは、膝を突きながら素早く光太郎が受け取ったのと同じ内容が表示された画面を空中に表示させる。
「げほっ…げほ、この上は、お許しいただけるように貴方を、手助けしますわ…」
咳き込みながら、画面を操作して見上げてくるウーノの眼差しに隠れたものを光太郎は感じ取り、眉間に眉を寄せた。
光太郎の性能を見れた事自体は喜んだのだろうが、不興を買ったのもまた事実なのだろう。
不安や、恐れ…身勝手な思いに光太郎は歯軋りした。
光太郎はしかし同時に、恐らくは生み出されてよりずっとスカリエッティの手助けをして生きてきた戦闘機人という存在に対して哀れさも感じていた。
「はぁ…はぁ、この、組織に関する新しい情報が入っています。首謀者はいつ姿を隠すとも限りません。私なら最適な情報を…」
「…ッ消えろ! 貴様は罪のない人々を巻き込み、今も遺族に涙を流させている。そんな貴様の手など入らん」
怒りのままに青白いバッタ男へと姿を変えつつある光太郎は静かにそう言って、寝そべっていた瓦礫に腰掛ける。
感情を押さえ込もうと目を閉じた光太郎に、ウーノは一瞬涼やかな微笑を浮かべた。
光太郎が感じ取ったものは嘘ではなかったかもしれないが、冷静に勝算の有無を感じ取っていた。
必死さをまた表に出した彼女は背を向けて、太陽の光を浴びる光太郎に言う。
「後悔しています。償う方法は貴方に協力することしか思いつかなかったわ。お願い光太郎。私にチャンスを頂戴」
ウーノの言葉を完全に信じることは光太郎にはできなかった。
スカリエッティやウーノらに対する信頼が落ちに落ちていた…それでも。
チャンスをと言うウーノを割り切って手を出すことができずにいるのは。
過去にある組織の兵士として、何人もの人々を殺した罪を抱えながら戦い続ける男を一人、光太郎は知っていたからだ。
自分もまた、皇帝を滅ぼし五十億のクライシス人を見殺しにしてしまったことも、光太郎を躊躇わせていた。
「勝手にしろ」
そうして、ウーノの協力を得た光太郎は、複数の次元世界に跨った組織の中心人物を一夜にして消し、幹部達をバイトや日雇いの仕事をする間に名前を聞いた二人の男に引き渡した。
地上を長年守護し、辣腕を振るい続ける男と、人柄の良さで通称海と呼ばれ地上と折り合いの悪い時空管理局本局にも広い人脈を持つ男。
時空管理局地上本部のレジアス・ゲイズと陸士108部隊長ゲンヤ・ナカジマは、突如指名手配犯を簀巻きにして現れた怪人に驚くと共に感謝と危惧を抱いたという。
最終更新:2008年11月29日 10:00