「フリード~」

そこは森である。秘境や樹海と呼ぶには迫力が無く、僅かに動けば人の生活の香りがしてくるだろう森だ。

「フリードったら~何処に居るのぉ?」

そんな森を人影が一つ歩いている。珍しい柄のフード付きローブから桃色の髪を僅かに覗かせた小柄な少女。
フリードと言う名の誰かを探しているらしく、その名を連呼しながら森を散策中。
その手には何故か盛大に焦げ付いたフライパンが握り締められている。


「もう角でフライパンを暖めたりしないから~」

『はぁ……』とタメ息を一つ、少女は自分の行いに反省を覚える。
いくらお腹が減っていたとはいえ、猛烈に目玉焼きが食べたかったとはいえ、普段は可愛らしい子猫サイズとはいえ……

「村を丸ごと燃やした事をすっかり失念してたよね」

自分の相棒が古き竜種であり、非常に気分屋で、怒ると見境が無い事を忘れていた。
『テヘッ♪』と可愛らしく舌を出してみたところで、問題の改善は見られない。
自分が歩いてきた道すがらには、数本の木々が焦げ臭い匂いを放っている。

「仲直りしよう、フリード! 今日のお昼はポポノタンの燻製だよ~」

雪深いとある管理外世界で手に入れた珍味の名前、フリードが気に入っていた食べ物の名前を叫んでみる。
返事が無い……

「わかった! フリードは二枚食べて良いよ!!」

それは毛むくじゃらの温厚な草食動物から取れる巨大な舌を燻製にしたモノ。
ポポを狩るのは難しくない。問題は同じ獲物を狙う斑模様の轟竜に追いかけられることだ。
あの時は「寒いと調子が出ない」とか言って、フリードがサボったから私が必至に逃げるハメに……それにしても返事が無い。

「も~欲張りさんだね? よ~し、三枚! 三枚食べていいから!!」

三枚でもダメだと!? 『王』と称される事すらある私の使い竜、何て強欲な……
更に枚数を増やしたり、おまけをつけたりして少女はフリードの機嫌を直そうと試みる。
だが…『声の届く場所に居ない』…と言う可能性に気がついて、少女は盛大なタメ息と共に腰を下ろした。

「早く見つけないと……」

もし保健所……違った、管理局などに相棒が見つかったら大変だ。
見る人が見ればその魔力反応から、危険性を認識するのは難しくない。
そして管理局と言う組織は危険と判断すると、更に手を出したくなる『病気』なのである。

「私はこれ以上……『罪状』を増やしたくないもん」

『管理局公務妨害』 『特定危険生物使役』 『建造物破壊』 『広域放火』などなど。
小さな肩に重く圧し掛かる懲役にしたら何年分になるか解らない罪状の数々。

「フリードってばぁ~出てきてよぉ~」

少女は捜索を再開した。その捜索には未来が掛かっているといっても過言ではない。



何処のどんな学校でも『歴史』を学ぶ時間は存在する。
そこで学ぶ歴史と言うのは自分達の世界・国の事であり、聖王教会系の学校ならばベルカの歴史が多くを占めるだろう。

「あう……」

高町ヴィヴィオはこの時間が苦手だ。別に勉強が苦手とか、歴史のテストでは点数が悪いとかそういう事ではない。
話す内容とて子供が解り難かったり、ましてやテストを前提としたモノではない。ある種の行事なのである。

何時でも『聖王のクローン』だと言う秘密は在って無いような物であり、クラスメイトも教師も彼女を見る目が違う。
それは何時の時間でも変わらないのだが、歴史の時間はそれを強く認識させる。
『偉大なる祖国』 『ベルカ騎士団』 そして『聖王』。
教えられる内容は事実であり、ベルカの民が歩んできた苦難の歴史。
住む世界を失い、別々に世界に別れて生きなければ成らない現状。
それでも聖王教会を中心とした信仰の絆、一騎当千と語られるベルカ騎士による武。
この二つにより数多の世界に連なるベルカ自治領は存続する事が出来ている。そして……

「と言うように……ベルカの血を継ぐ者にとって再統一は悲願であり……」

初老を迎えた教師の口から語られる言葉を理解する事が出来る者とは、つまり古くからベルカの血を継ぐ者である。
彼らやその親が辛い時期を体験した訳ではない。しかし世代を超えて教え込まれた教育により、体験した様な感覚を持っている
故に子供ながら教師の言葉にも頷くなどの反応を示す訳だが、これは聖王教会系に通う生徒であろうと、全てに該当するわけではないのだ。
躾や箔を付ける為に通わされる子供も存在するからであり、反応は一歩引いた視点で壮大な歴史絵巻を見ているのと変わらない。

「……解らないよ」

しかしそんな『大きく共感を示す者』にも『静かに傍観する者』にも成れない少女が居た。それこそが高町ヴィヴィオである。
彼女には本当の親は居ない。キレイな言葉で飾ろうとソレは本当の事実。高町なのはとは心はあろうと血の繋がりは無い。
勿論なのはがベルカの歴史を話して聞かせて来た訳も無く、まだ始まったばかりの親子関係。
故にヴィヴィオは教師が語るベルカに大きな共感を覚える事もない。これだけならば後者『静かに傍観する者』と代わりは無い。

しかし彼女にはそれが認められない。何故なら彼女は『聖王だから』である。
本人に覚えが無かろうと、そんな事は関係ない。他人には伝わらない。
聖なるオッドアイ、王のみが纏う事を許される七色の魔力光、そしてゆりかごは動いた。
ヴィヴィオが聖王たる証はそれだけで充分なのだ。故に彼女も理解しようとする。
『他人が自分を聖王と思うのなら、それもきっと正しい』
子供心に僅かでもそんな心情があったのならば、それはきっと不幸な事だ。
付け焼刃の優しさで、盲嫉とも言うべきベルカの歴史感と心情を、真に理解する事は不可能だから。

『完全に理解する事は難しい。心にしっかり留めておく事が僅かながらでも理解に繋がると思うんや』

それは最後の夜天の主が同じ問題に直面した時に呟いた言葉。そう、大人は折り合いをつける事ができる。
問題を抱えている方も周りもその方法を知っている。しかし子供はソレを知らない。

「どうして?」

ヴィヴィオが教師の話を必至に理解しようとしていると、教室のどこかで誰かが呟いた。
ハッとなれば周りから幾つもの視線が降り注いでいる。その視線はどれも同じ色をしていた。
即ち……『疑念と侮蔑』。

「どうして貴方はそんな顔をしているの?」
「貴方は聖王なんじゃないの?」
「なぜベルカの歴史と悲願に同意しないの?」
「■■■■」
「□□□□」

実際問題、クラスメイト達がそこまで考えていたのかは解らない。
視線はただ聖王であるクラスメイトがどんなリアクションを示すのか? そんな子供染みた好奇心で満たされていただけなのかも知れない。
しかしそれでも確証が持てないのならば、それは『考えてない』と言う証としては足らず、ヴィヴィオを安心させられない。
考えている『かも』知れない。みんな私を聖王として見ている。ニセモノと罵っている『かも』しれない。

「貴方はどう思いますか? ヴィヴィオさん」

その教師にも悪気があった訳ではない。ただ大人な信仰と子供の遊び心が溶け合って、僅かに魔が差したのだ。
クローンだろうとコピーだろうと聖王はベルカの象徴であり、希望。そんな人物にベルカの歴史と将来を問う。
教師と言う役職ならば興奮の一つも覚える。しかしタイミングが悪かった。
ヴィヴィオが周りからの視線と呟きで追い込まれている事など解らなかったのだ。

「……」

無言だった。しかし確かに涙を零しながら、高町ヴィヴィオは教室を飛び出していた。





『全くけしからん奴だ!』

森の中を若干早足で歩きながら、同族にしか解らない言語で『彼』は呟いた。
本当なら気にする必要も無い下草が鬱陶しくも顔に当たり、彼の苛立ちを倍化させる。

『どうして人間とはこうも腹立たしい種属なのだろうか?』

昔からそうだった。ベルカだとかミッドだの、自分達を区分する単語を製造する前からあのサル共は変わっていない。
我らの縄張りに勝手に巣を作り、追い出せば群れをなして反撃してくる。神として崇めたと思えば、角や尻尾が欲しいと挑んできた。
最近では管理がどうだの、ろすとろぎあ?がどうしたと、挑みかかってくる事もあった。

『だいたいこの小さな姿にされた事とて……規格外なアルザスの遺児めが』

噂には聴いていたのだ。
『我らの下位種 飛竜や鳥竜を呼び出し、使役する呪法を構築したサルの群れがある』と。
だがまさか自分が呼び出され、使役される立場に身を落とそうとは誰が予想できようか?
怒り狂って一晩で巣を焼き払い、怒りもだいぶ収まったところを狙って契約の術を……

『どうして我が小娘の子守をしながら、世界を旅しなければならんのだぁ……』
―――
『きゃろ』と名乗った自称契約者が必至に説明していたが、この小さな体も契約とやらのせいらしい。
そんな戯言を無視して飛び去るにはこの体は余りにも小さくひ弱。
真の力を解放する事は主?である小娘の許可が要るそうだ。全く持ってふざけている。
まぁ、人間の寿命など我の時間からすれば瞬き一つのような物。しばらく付き合ってやっても良いとも思えた。

『しかし守ってやっているのに文句ばかり言うのはどういう事だ?』

絡んできた不良個体を燃やしたら『ショウガイザイ』が……とか。
我を攫おうとしたカンリキョクを踏み潰したら『コウムシッコウ』でなんとか。
そのついでに森が焼けたり、人の作った巣が壊れると更に五月蝿い。

『しかも私の角の上で加熱調理など……言語道断!!』

何たる屈辱…「フリードなら出来るよ!」…なんだ、あの自信と輝かしい笑みは。
とりあえず最大火力でフライパンごと炭にしてやったが……怒りが収まらん!!
今度と言う今度こそ、簡単に許してなどやるものか。そうだな、具体的に言えば空腹を覚えるくらいまでは許してやらないぞ?


……とまぁ、彼 フリードは色々思うところあって森の中を歩いているわけだが、普通の人間から見れば……
『ギャウギャウ吼えながらトテトテと歩くネコっぽい生物』でしかない。
よく見れば赤いたてがみや角、翼が普通のネコでは無いと主張しているが、それに気がつくのも中々難しい。
実際に数分後に彼が出会う事になる少女も、彼が『炎王龍』などと呼ばれる怪物である事など、これっぽっちも解らなかった。
つまり大きさと言うのは大事であると言うこと……

ヴィヴィオがこの森の中に至るまで、教師達に補足されなかったのは偶然に過ぎない。
しかし彼女がこの場所に辿り着いたのは必然と言って然るべきであろう。
涙を拭いながらではあったが傷心の少女もその光景を見て呟いた。

「…キレイな場所…」

もう少し整えられ、解説などが在ったのならばここは遺跡と呼ばれるのだろう。
白亜で形作られた壁や柱、頭部が欠損した石像などから神殿などの宗教施設だろうか?
もっとも今ではその壮大な全景を把握する事は出来ない。既に多くは崩れ傾き、草に被われ始めている。
それでも奥まった場所に座すもっとも大きな石像はその威厳を損なっていなかった。
傾いた柱に腰をかけて、ヴィヴィオはボーと空や周囲、そしてその象を見つめ続けた。

「疲れた……」

何も考えたくない。ずっと一人で居たい。十歳にも満たない少女の思考ではなかった。
しかしそれがヴィヴィオの本音であり、そこまで強く周りとの軋轢を理解してしまうのは彼女の境遇による所が大きい。
本当の父や母を知らず、初めての家族は無条件で優しかった。
しかしそんな家族を危険に晒し、新しい母を傷つけた聖王の名前と力。覚えの無い力と名前はそれからずっと纏わりついて来る。
子供は異なる物を見つけるのが上手い。そして見つけたモノを徹底的に弄り回したくなるものだ。
そんな子供、特にベルカを知る者にとって聖王の名は大きすぎる。しかもソレが犯罪者の作ったクローンで、大規模騒乱の源だったと成れば……


「■■■」

「? だれっ!?」

教師達だろうか? ヴィヴィオが慌てて向けた視線の先には……不思議な獣がいる。
大きさは子犬か子猫ほど、四本の足で歩いてきた。捻れた二本の角が伸び、背中には飾りのような羽根が生えている。
長い毛は鬣のように垂れ下がり、口元には牙が覗く。
大人が見れば普通の生物では無いと直ぐに解るのだろうが……ヴィヴィオの口からは率直な印象が漏れる。

「ワンちゃん?」

「ギャン!」

ヴィヴィオの問いに謎の動物は一吼え。苛立ちが篭っていることから、どうやら犬では無いらしい。
ヴィヴィオの中では犬の他にこう言った生物は……

「ネコ! ネコちゃんだ!?」

「キャウン?」

さっきよりも若干弱めの吼え、疑問を宿したような声。
それにより、ヴィヴィオはこの生物がネコであると確信した……勝手に。
片や突然現れた少女が自分をどう見ているのか? そんなこと気にするはずも無いネコ(決定)。

「……」

ヴィヴィオはウズウズし始めた。
『触りたい』 『ナデナデしたい』 『ギュっと抱き締めたい』
実に子供らしい、女の子らしい欲求。しかし野生の動物と言うのは簡単に人間へと心を許さない。
しかしヴィヴィオには解るはずも無く、中腰で抜き足差し足……ゆっくり静かに……でも手はワキワキと動かしながら……
大人がやれば完全にヘンタイだが、子供がやれば可愛らしい。そんな風に大人と子供は平等では無いのである。

「えっと……撫でて良い?」

思ったよりも簡単に近寄れたヴィヴィオはそんな事を聞いてみる。
もちろん返事は無い。しかし逃げる様子も無い。ゆっくりと伸ばした小さな手がネコ?の頭部に触れる。

「わぁ~」

フワフワの鬣による暖かさではない。ヒーターやストーブのように、生み出された熱が周囲に放出されることにより生じる暖かさ。
どうやら普通のネコではない……凄いネコだ!

「暖かいね、君」

逃げなかった事、そして不思議な暖かさを放っていることから、ヴィヴィオがソレを抱き締めたのは自然な動き。
抱き締めたままゴロンと仰向けになる。抱えたままの体勢、空を見上げる。

「キレイだね……空」


その人間に興味を抱いたのは一体何故だろうか? 森が開けた場所で見つけた若い雌個体。
辛気臭い鳴き声が煩わしかった筈なのに、いつの間にか近寄られて撫でられ、抱き締められてしまった。
そんな事を許すのは「きゃろ」だけだった筈なのだが……

「キレイだね……空」

言われて上目遣いで見ていた雌個体 ヴィヴィオの顔から視線を移す。そこには確かに美しい青空が在った。
極寒の雪山で見るダイヤモンドダストに飾られた夕焼け、砂漠の透明すぎる星空などにはインパクトで劣る。
それでもただ青い平穏な空も悪くは無い。ふと脳内を過ぎる誰かの声。

『ただ平穏な生こそ、もっとも守るべきモノだと私は思うの』

我にそんな事を偉そうに語って聞かせたのは誰だったか?

『それを守る事こそが人の■である私の役目よ? 獣の王は気楽で羨ましいわ』

……昔の事で思い出すことは出来ないが、どうやらかなり腹立たしい人間だったのだろう。
しかし匂いが似ている、いま我を抱き締めている小娘に。陰気な表情と涙で薄められては居るが、間違いない。

『どうかこれ以上の破壊を止めて欲しい』
『……そうか、収まりが付かないと言うことね?』
『ならば獣の貴方にも解り易い方法で話し合いましょう……拳で!!』

我を相手に拳で語るなどとホザいたのは、アレが最初で最後だったのを思い出す。そうだ、ソイツは『■』だった。
ベルカと言われる世界を纏める■であり、その世界に含まれる人間を我が撃退した故に拳を交える事になったのだ。
ん? たしかベルカは既に国でも世界でもなく、宗教が纏める小さな自治領郡の総称ではなかっただろうか?

「私はね……この時代の人じゃないんだ」

「?」

「お母さんもお父さんもずっと昔の人間で」

なるほどそういう事ならば、納得は出来よう。つまりコイツはアレの……

「私も『聖王』って言う人らしいんだけど、全然実感ないの」

我を唯の獣と思って喋りかけているのか?と首を傾げるが、「子供とはそういうモノか」と一人で頷く。
そんな我の動きに何故か笑い出す小娘。人とは本当に解らない生物だ。

「……ッ!」

「? どうしたの、ネコちゃん」

不意に鼻に付いた鉄の匂い。火山などで煮え滾っている香りではなく、固まり形を成した冷たい匂い。
この体は感覚まで鈍くなるのを失念していた。木々の間から覗く複数のガラスの単眼、それが宿す無機質な敵意。
そして今一緒に居るのが腹立たしいが、大事なパートナーではなく、誇りも力も無いアレの娘……熱を帯びたタメ息を一つ。


楕円の形状、中央に一つ目状のカメラアイを持つ機械。ガジェット・ドローンⅠ型。
それがヴィヴィオとフリードを取り囲む機械兵器たちの通称である。
JS事件の首謀者にして、人体改造などを筆頭とする違法研究を数多手掛けたジェイル・スカリエッティの手駒。
そして彼が捕まり、多く鹵獲されるようになると、『使い捨て出来て、足が付かない手駒』として運用されるようになった。
故に現在、二人を取り囲んでいるガジェットたちがどんな勢力に属するモノか? 今は解らないし、先にも解らないかも知れない。
しかしその目的は推し量るに容易い。それらの任務は『聖王の器の誘拐・不可能なら殺害』と言ったところだろう。
表向きは保護対象となっているヴィヴィオだが、管理局・聖王教会のどちらも、完璧な意思の統一が成されている訳ではない。
管理局には忌むべき大戦の遺産 ゆりかごを起動するキーとなった彼女を危険視し、厳重な監視下に置くか処分すべきだと言う強硬派が居る。
聖王教会も一枚岩ではなくヴィヴィオを聖王として即位させようとする擁立派、贋作として処断するべきとする排除派が対立していた。

「あう……」

もっともそんなガジェットたちが語る内情までヴィヴィオの知るところではない。
それが彼女にとって、忌むべき過去の恐怖が具現化したような存在であると言う事が重要。
口からはか弱い呻き声が漏れるし、ガタガタと震える足では逃げる事もできないだろう。

「だっ大丈夫だからね?」

しかしそんな状態とは対照的に、ヴィヴィオはフリードを優しく抱き締めて呟く。

「わっ私が守ってあげるから……聖王も何も解らないけど……」

それは一体何処から得られた意識であり、言葉なのだろうか?
自分を助けてくれたなのは達の影響だろうか? それとも……

『守るんだ』

それはきっと……『遥か昔の自分自身』が言った台詞。
足は震えたままだし、涙の泉も臨界を迎えている。それでも抱き締めた腕を離さない。
動かない足も崩れ落ちる事は無い。戦う姿勢、挑む姿勢。

『それだ……』

「え?」

不意に聴こえた声。ヴィヴィオはキョロキョロと辺りを見回す。
周りには森と自分を取り囲むガジェット・ドローン。人語を発する存在は……

『それこそが人の王が持つべき志し』

「まさか……ネコちゃん? あっ!」

驚きに継ぐ驚きの声。驚愕により緩んだヴィヴィオの手から、猫っぽい小さな体が跳び出した。
それでも逃げ出すような事はせず、ゆっくりとした足取りで距離を取り……吼えた。

「ダメ!!」

鋼の兵器複数とネコっぽい何か。ヴィヴィオにでも真っ当な戦いにならない事が解る。
解るのだが……ネコの小さな背中には……覚えても居ない父の背中 偉大な王のソレを感じた。


「はぁ!?」

不意に脳内に響いた相棒の言葉、キャロ・ル・ルシエは悲鳴にも似た疑問の音。
竜召喚士にとって竜とは真の半身であり、念話に似た直通ラインを有する。
故に相棒 フリードがどんな状態であり、何を欲しているのかも解った……解ったのだが……

「ダメ! ぜぇ~ったい、竜魂召喚はしないから!」

フリードが彼女に告げた内容を要約すると『よく解らん連中に囲まれてピンチである。撃退するので全力を出させろ』と言う事だ。
フリードは契約により本来の力をパートナーであるキャロに預けている。
これこそが体が縮み扱い易くなり、力を人質のような形で凶暴なドラゴンとの関係を築くアルザスの秘術。
竜魂召喚とは召喚士が預かっていた魔力的構成要素を一時的に返還し、竜が本来の力を振るう方法である。

「前の時だって謝れば許してくれたかも知れないのに、フリードが暴れたから大変な事になったんだからね!!」

しかし抑えつけられて尚、衰える事の無い古龍の悪知恵。
それだけが力を取り戻せる手段だと知ったフリードは度々、ピンチや危機に託けて竜魂召喚を要求。
それが叶ったら昨今の憂さを晴らすべくキャロの静止など聴くはずも無い大暴れ。
つまり何が言いたいかと言うと、『ピンチになるたびにキャロの罪状と件数と増える』ということである。
フリード側の言い分からすれば、『僅かな危険性でも存在するのであれば、全力で排除する。ご主人様の身を案じて何が悪い』と言う事らしい。
いわば一人と一匹の価値観と友愛表現の食い違いが生んだ悲劇か喜劇か?

「え?……知らない女の子と一緒に居るの!?」

頑固一徹、断じて竜魂召喚はしません! 逃げてくれば良いんです、フフーンだ!!
そんな態度が音を立てて崩れるのをキャロ自身も容易く感じ取れた。フリード一匹ならば鉄のオモチャを撒いて逃げ切る事も難しくはない。
しかし近くに戦いも知らない唯の少女が居たら……逃げ切れない。選択肢は戦い、撃退するしかないのである。

「……もう! 知らないんだから……」

強く握り締めたキャロの手の内に一つのデバイス。ルシエの里に伝わる伝説、キャロと同じく炎を操る竜を従えた者のお話。
その人物が相棒の毛や爪から手作りしたらしい骨董品を通り越して化石ともいうべきデバイス。
召喚師の基本としてブーストデバイスの体裁を持つソレの名前はテオ=アーティレリ。
『セット・アップ!』の言葉で体を覆うのは神聖な巫女服。手には赤い宝玉を抱いた手袋。
袖や裾がフワリと広がり、真白のキャンパスにはデフォルメされた炎が燃えている。

「フリード、幾ら騒いでも良いけどその子を絶対守るんだよ?」

未だに引き摺っていたらしい焦げ付いたフライパンを放り捨て、駆け出しながらキャロは言う。
一人ぼっちの子供と言うのはイヤでも自分と重ねてしまう。本人は口に出そうとしないが、そんな子供を助けようと事件になった事が無いわけでもない。

「でも……できれば静かに! 目立たないように切り抜けてぇ~」

どうやら苦労人の少女は案外往生際が悪いらしい。


フリードリッヒは心地よい躍動を感じている。離れていても相棒がしていることは容易く理解できた。
力を奪い縛り付ける魔法とは異なる開放感と充足感。呪いと鎖が解かれていく感覚。
耳にはキャロの声で祝詞が響く。力強くもあり、華やかでもある唄だ。身に纏う熱気が僅かに勢いを増してくる。

「■■■■!!」

小さな身では出るはずが無い爆音のような咆哮。既に力は戻りつつある。祝詞は最終段階、開放の名を残すのみ。

『天地を燃やす赤き業火、我が矛となりて全てを焦がせ!
古代の名を神の肉 テオナナカトル。ベルカの民呼んで、牙を持つ太陽 テオ・テスカトル! 
我が名付けし呼ぶは勇ましき英雄の名、我が竜フリードリッヒ! 竜魂……召喚!!』

力は解き放たれ……燃え上がる。


フリードを中心にして組み上がる巨大な魔法陣。ミッドでもベルカでもない図形は、世界がそんな色に塗り固められる前のモノ。
赤い魔法陣を構成する真紅のラインが燃え上がり、中央のフリードを中心に炎の柱を形成。
柱が弾けた時、中から現れるのは不思議なネコっぽい生物ではない。
人を見下ろす巨体、バサリと広げられた頑丈な翼。赤を基調とした体色、頭部の周りには獅子のような真紅の鬣が燃える。
地面を捉える四本の四肢は強く太く、頭部には捻れた二本角が後ろに伸びており、口元には下から伸びる鋭い犬歯。
獣のように喜びで振られる尻尾も長くしなやかな剛毛に覆われている。
それは神代の遺産であり、自然災害であり、古なる竜であり……炎の王である。


「ネコ……ちゃん?」

もはや猫どころか、唯の哺乳類と言う枠に捉える事すら難しいだろう怪物を前にしても、ヴィヴィオの評価は変わらない。
だが驚きの色が徐々に喜びと感激に変化していく理由は正に子供の夢と憧れ。そして……父の背中。

「えっと……離れろって?」

既にガジェットの最優先目標はフリードへと移行した。
包囲の陣形は赤の巨体を中心に構成されており、ヴィヴィオが離れるスキは充分。
シッシ!と振られる尻尾に頷き、小さな体は大きな体からさらに距離を取る。
これにより……フリードは『炎王龍』と呼ばれる本来の力を使う事が出来るということだ。

「■□」
「□■□■……■■」

最初に力の発現を認識したのは精密機械の固まりであるガジェットだった。
何かがオカシイ……ボディの大部分が異常を訴えている。特にセンサー系の異常ガガガガガ

「熱いんだ」

ヴィヴィオはガジェットを襲った異常の原因を見て取る事が出来た。
小さな時に抱きしめて感じた暖かさ、まるでヒーターのような温かみ。体が大きくなった事でそれが勢いを増したのだ。
温度差によって生じる大気の歪み 陽炎でその熱の凄まじさは目視確認できる。
『炎鎧』と証されるテオ・テスカトルの特殊能力。その熱は体力ではなく命を削るのだ。
屈強な狩人すらその領域内では、ジリジリと燃え尽きるのを待つ短くか細い蝋燭。
当然精密な機械であるガジェットたちの回路はすぐさま異常を起こすだろう。
熱でセンサーのレンズが変形すれば与えられる視覚情報が完全に役に立たなくなる。

「■■■!!」

故にフリードの攻撃に対して、まともな回避や攻撃を取る事が出来ないのである。
あとは虐殺だ。強靭な四肢で踏み潰し、鋭い爪で引き裂く。巨体は翼とよく解らない力場で俊敏に動き回り、メクラ撃ちなど当たらない。
口からは人間の魔道師では再現不可能であろう純粋な炎が迸り、鉄の兵器を飴のように溶かしていく。

「凄い……」

離れているが感じる事ができる熱風に髪を揺らし、ヴィヴィオは呆然と呟く。
今まで自分が抱き締めていた生物と同じモノとはとても思えない大暴れ。

『王とは……自己以外に憂いを覚え、守る事が出来る者』

「?」

不意に先程と同じく声が聴こえる。空気を伝わる音ではなく、フリードがキャロと行う念話の応用。
荒々しい戦いの中で響く優しい声。ヴィヴィオは思い出す。無い記憶の中から拾い上げる。
こんな存在を私は知っている。戦えば一騎当千、敵国に恐れられる最強のベルカ騎士。
だが家では私に甘くて、お母さんの尻に敷かれていた。それでも……民には慕われていて……

『そう私に説いて聴かせた愚か者が居た。人間からすれば余りにも遠い次代。
 聖なるかなと歌われ続け、民の期待で唯人にも戻れぬと苦笑していた』

そう、私はお父さんに教わったんだ。王とは……無数の信頼と忠誠を背負って生きていく。
普通の王はそれが重くて、耐えられなくて、意図的な選別を始めてしまうけど……■王はそれをしない。
故にベルカという多くの世界に跨る国を治める事が許され、全ての側面 宗教などでさえ民の支えとなる事が出来る。
だから私も……

『奴はベルカの聖王。オマエと同じ匂いをしていた』

「!」

ヴィヴィオの心中に驚きは無い。私はやはり聖王なのだ。
父も母もそういう人で……昔の自分はこの炎の王に説教をする程の人だった。
だけど今の私は?

『小さな我を抱えながらお前は玩具共と対峙した。他者の為に危険に挑んだ。
 今はソレだけで良い。そして餞別に見るがいい……炎を統べる王の力を』


相棒のバカという言葉が似合う力の発現により、場所を特定するのは大幅に早まった。
それは良いのだが、全力過ぎはしないか?とキャロは不安を募らせている。
その場に居るのが自分ならば良い。契約で与えられたフリードの構成因子は強力な火除けの加護を齎しているからだ。
だが偶然巻き込まれたという少女には勿論そんな物は無い。古代の龍が生理的に発する炎鎧だって一般人からすれば恐ろしい苦痛だろう。

「何が大丈夫なんだろう……」

それを念話で問い質しながらその場所へ辿り着こうと駆けている訳である。
しかし帰ってくる答えは『大丈夫だ』とか『■■■!!』とか、要領を得ないものばかり。
どうやら久しぶりの戦闘で熱しすぎているのやも知れない。そんなキャロの心配は森を抜けて、実際の戦いを目撃する段階で確信へと変わる。

「っ!? ソレはダメェ!!」

元より高性能とは言えず、炎鎧によりダメージを負っているとは言え数が多いガジェット。
そんなガジェットを一網打尽にするには最適な攻撃手段。体を揺する様な動作、巨体の周囲を火の粉がチラチラと舞い始める。
『粉塵爆破』と名付けられた炎龍特有の攻撃方法。炎や熱を操る関係で精製され、鬣などに溜まる可燃性の物質。
体を揺する事でそれを周囲に放出、無意味に長い牙を使って火花を起こす。
火花に僅かでも塵粉に反応して燃え上がれば連鎖的に反応が連続し、ソレに満たされた空間全てが爆発する。
多くの敵を一網打尽にするには効果的な方法だが、当然対象を選ぶ事が出来ない。
かなり重い比重を持つソレも風に影響され、何時も同じ広がり方をするわけではないのだ。
撒き散らした本人すら、何処が爆発するか解らない。そんな技なのだから、ヴィヴィオを巻き込まない保証など無い。

『全く大丈夫じゃない! 側に居るのが私だと勘違いしてるんじゃないだろうか? このニャン子は!!』
そんな失敬な事を考えながら、呆然としている名も知らぬ幼女に駆け寄ろうとしたキャロの耳に届くのは絶望的な音。
『カチン』
硬質な物同士が打ち付け合う乾いた鋭い音。それで生じる僅かな火花だけで粉塵爆破は完成する。
無数に空間に飛び散る粉塵、その一つにでも火が灯れば良いのだ。瞬く間に周りの空気を貪って炎となし、近くの粉塵へと燃え移る。

「ドン」

燃える音など立てる暇も無い。瞬く間に広がる燃焼は周りとの温度差により衝撃を発する。
一瞬の内で空間に及ぶ事で爆発は完成するのだ。その場に居た誰もが動く事もできずに、炎と衝撃に飲み込まれた。

「やっちゃった……」

最初に何事も無かったかのように、破壊の残滓である煙の中から立ち上がったのはキャロだ。
炎王龍の半身を預かる竜召喚士として与えられた加護により、焦げ目一つ付いて無い。
勿論爆発の主であるフリードも無傷。戦闘の終了に大きな遠吠えを一つ。
周囲には黒コゲになり、原形を留めていないガジェットの残骸が散乱。そしてヴィヴィオは……

「嘘だ……なんで無傷なの?」

確かに確実な効果範囲からは離れていた。それでも熱風に襲われ、衝撃に打ちのめされているはずの小さな体はシッカリと立っている。
キャロはその様子に呆然としつつ、ヴィヴィオの体を包む虹色の魔力光に気がつく。
―――
「まさか、聖王の鎧?」

ベルカ文化圏に滞在した事がある者ならば、伝説として語られる力、古代ベルカの王族だけが持つ事を許された聖なる鎧。
それに守られている少女と自分の相棒が見つめあう様、キャロは盛大に置いてけぼりを食らっていた。
未だに辺りには熱気が充満し煙が耐えないが、古きベルカの流れを汲むこの場所で見詰め合う聖なる王と炎の王。
事情を知る者ならば神秘的と表現し、後世に語られるべき伝説の一場面なのだが、キャロがそこまで理解しているはずが無い。

『王の座にて待つ』

「……うん!」

そんなご主人様を無視して、フリードはそれだけ告げる。それだけで十分。
既に語られ、見せられている。ヴィヴィオは大きく頷いた。

「なんのこと?」

本来の姿から小さな仮初めの姿へと変じた相棒にそっと聞いてみるキャロ。しかしフリードから告げられるのは残酷な現実だった。

『さて、お前の嫌いな厄介事を起こしてしまった訳だが……どうする?』

自分で許可した事とはいえ、キャロは自分達を中心にして発生している焦げ跡。罪状が一つ増えた事は間違いない。

「あっ……じゃ! 失礼しま~す!!」

小さない相棒を抱え上げてキャロは走りだす。
その背中を見送るヴィヴィオの目には今まではなかった何かが輝いていた。


『この日にあった事が後々の私を決定付けた。名も知らない竜とその相棒には感謝しても仕切れない。
 是非この本を呼んだなら、ぜひ私を尋ね欲しいと思う。最高級のベルカ宮廷料理で歓迎するから。
―――聖王教会出版社発行 多次元世界で大ヒットを記録した「新たな聖王の手記」より抜粋』




「いらっしゃいませ~」

そこは何処とも知れない辺境世界。
砂漠と岩山で構成されたこの場所からは貴重な鉱石が採掘される事から、労働者が集まり世界は似合わない盛り上がりを享受していた。

「キャロちゃん、ビール四つ! 急いでね~」

鉱山労働者が集まる酒場には高い酒も上手い料理もない。建物もボロボロのバラックだ。しかし酒も食べ物も量だけは豊富であり、そこに集まる人間達からは笑顔が零れている。
屈強な男たちの中でイヤでも目立つのはピンク色の髪をしたウェイトレス。
村を追い出されたり、トラブルに首を突っ込んで罪状を増やしたり、幼いながらも金髪の執務官に追われたりしていたころから十年。
すっかり大人びて人生を楽しむ余裕が生まれたキャロ・ル・ルシエである。

「お待ちど~です! ところで今日は何かあるんですか? 皆さん何時も以上にハイテンションですけど……」

ドン!とグラスの束を汚い机に叩きつけ、キャロは顔馴染みの客に聞いた。
地獄という言葉が言い過ぎでは無い鉱山労働者にとって、お酒は一日の自分に対する最高のご褒美だ。
故に何時も子供には解らないテンションで暴れまわる常連客たちだが、今日は飲む前からテンションが高い。
まるで遠足前の子供のようで微笑ましくすらある。

「知らないのかぁ!? この辺りの労働者は大体がベルカの血を継ぐ移民なんだがよ?」

「はぁ?」

「それでよ! 今日は数百年ぶりに聖王様が誕生するのさ!!」

そして戴冠式と就任の言葉がベルカの民が多い世界に放送されると言う事らしい。
不意にノイズ交じりで使い古された番組が流れていた酒場に一つしかないテレビがブラックアウト。
数秒の沈黙の後、映し出されるのはベルカ自治領の中でもっとも栄えているとされる聖王教会総本山の映像。
厳かな教会音楽の調べの中、神父の前に跪く古代ベルカの礼服に身を包んだ金髪の少女が映った。

「あれ? この子……」

何時もの馬鹿騒ぎがピタリと止み、誰もがテレビの画面に集中する中で、キャロは首を傾げる。
どうして聖王なんてエライ人を私は見たことが在るのだろう? 厳かな儀式は終了し、画面は教会のヴァルコニーへと移る。
下の広場には無数のベルカの民が詰めかけ、聖王の初めての言葉を聞き漏らすまいとしていた。
背後には聖王協会の重鎮たちを従え、口元に設置されたマイクを弄ってその少女は静かに始めた。

「私はヴィヴィオ……ヴィヴィオ・T・ベルカです」

それだけで起きる大歓声を手で制し、続ける。

「私の出生は皆さんが知るところだと思います。故にここで明言する事はしません。
 『自分は聖王に相応しいのだろうか?』そもそも『私は何者なのだろうか?』と悩んだ人生でした。
 しかし私はとある炎の龍王にこう言われたのです」

『王とは自己以外に憂いを覚え、守る事が出来る者』

「フリード、この子ってあの時の……」

いつの間にか足元で客から強奪したウィンナーを齧っていたフリードに気がつく。
あの子だった。フリードとよく解らない意思疎通をし、粉塵爆破をものともしなかった幼子。

「私はまだまだ未熟です。故に多くの威光を示す事、直ぐに皆さんの生活を良くする事も出来ないでしょう……ごめんなさい」

就任の席でいきなりの謝罪。後ろの幹部達からも、眼下の民衆達からも、酒場の労働者達からもざわめきが漏れる。

「けどこれだけは言えます……」

瞳を浅く閉じて僅かに上を向き、バッ!と腕を広げ全てを受け止める体勢。
まだまだ幼い少女は直ぐに功績を示す事は出来ないだろう。故にただ己の想いをありったけの熱い言葉で告げるのみ。
育ての親、二人目の母は彼女に言った。教導官いわく『全力全開なの!』と……

「聖王は帰還せり……悲しみの過去から現在に至るまで血を受け継ぐ者、志を伝える者……政や武を……それぞれ司ってきた者たち。
 どんな恩恵に預かれずとも、ベルカの事を覚えて居てくれた者たち……」

広げられた腕は閉じられ、見えない何か 愛おしい何かを抱き締めるようなアクション。

「全てのベルカに繋がる者達、その流れを断ち切るまいと奮闘した英霊達が無駄ではなかった証の為に……」

そこから左腕を握り拳で突き上げて力強く言い放った。

「そしてこれからの輝かしくも平穏な世界と未来の為に!……ベルカよ、聖王は帰ってきたぁ!!」


その言葉を持ってカメラが揺れる。酒場が揺れる。それぞれが歓喜の雄たけびと熱狂をもって震動する。
そこからは酒場だけを見れば宴会である。何時も以上の熱狂、今まではありえなかった未来を語る言葉。
そんな感動の主、聖王の誕生にどうやら自分たちは貢献したらしい。
そう理解してくると、キャロも自身のテンションが上がってくるのを感じる。もはやウェイトレスなどしている場合ではない。

「私も飲みます!!」

「おっ! キャロちゃんもノリってモンが解ってきたんじゃねえのか!?」

「今日は客も店員も無しだぁ! 好きに騒げぇ!!」

既にマスターも出来上がっているので、文句は出るはずも無く……初めてのお酒であるキャロを巻き込んで祝宴は朝まで続いた。
もちろん次の日、キャロ・ル・ルシエは恐ろしい二日酔い襲われたし、鉱山中が休業状態になったのは言うまでもない。


『さて……祝詞を上げに行かねばならんか?』

壊れそうな屋根の上でネコっぽい炎の王が呟いた。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年04月25日 19:53