「午前中に東京都お台場で行われていた、ウェイン産業の一周年パーティーにて、複数の男が乱入。
 ウェイン産業関係者、政府関係者、金融関係者などを拉致し、逃走を図りました。
 現場に巻き込まれた人の話では、乱入した男の1人が、ゴッサムシティの犯罪者である『ジョーカー』と名乗っていたということもあり、
 警視庁は一刻も早くの拉致された方の救出、犯人逮捕を行うと……」

「今回の事件に対して、首相は、日本政府への挑戦であり、
 警視庁、警察庁に対して直ちに対応し、犯人の逮捕に努めて欲しいと厳命したことを記者に発表しました。
 また今回の拉致事件の被害者で、パーティーに列席していた金融副大臣、与党の中堅議員、野党の議員などもおり、身の心配が案じられます」

「ウェイン産業のパーティーの防犯カメラからの映像を、
 アメリカ政府を通じてゴッサムシティに送ったところ、
 犯人はゴッサムシティで殺人、放火、誘拐などの罪で指名手配を受けている通称『ジョーカー』であることが判明しました」

「通称『ジョーカー』は、その姿をトランプのジョーカーのように顔を白く化粧していること、
 また犯罪現場にトランプのジョーカーを置くことからその名前がつけられました。
 『ジョーカー』はゴッサムシティの犯罪者の中において、
 もっとも凶悪といわれており、刑務所からの脱獄も三回にのぼるとして、その危険性による、人質への安否が懸念されます」

「ウェイン産業のブルース・ウェイン氏は、人質の解放のために全力を尽くすとして、
 警視庁に協力を約束し、積極的に捜査に協力すると発表しました」


第2話 裏


 高町なのはと、フェイト・T・ハラオウンは、警察と救急車でごった返す、ウェイン産業の敷地を離れ、人が少ない海辺に来ていた。
 潮の香りを感じながら、二人の気持ちとは裏腹に、海は穏やかで、青い空の中、陽が傾き始めていた。
 暫く、何も言葉に出来ない二人。
 自分のせいでヴィヴィオは連れ去られた…。なのはも、フェイトも自分を責める。

「…なのは、探そう?ヴィヴィオはまだ、近くにいる」
「うん……」

 今は悩んでも何にもならない。今自分ができることを考えないと…。
 そう、ヴィヴィオを探して取り返す。それが今の私たちができる唯一のことだから。
 絶対に…。
「だけど…どうやって?探そうにも手がかりまったくないよ」

 フェイトは何も出来ない自分の無力さに怒りが湧く。
 ここでは自分の力も遠く及ばない。執務官という肩書きだって、ここでは使うことが出来ない。
 世界がかわるだけで、ここまで無力な存在になるなんて。

「大丈夫。私たちには、これがあるよ」

 なのはは、そんなフェイトの心配を他所に笑顔を向ける。
 なのはは、こうやっていつも心配や不安に陥るフェイトを無意識に助けている。
 そのことがフェイトにとって、なのはに対する強い想いを持たせ続ける原動力となっているのだ。

 なのはがそういって、取り出したのは携帯電話…。

ヴィヴィオはうずくまりながら、見つめていた。
トラックに揺られ下にさがっていくことを感じながら、車が止まった場所は、広いコンクリートに囲まれた空間だった。
トラックの後ろの扉が開かれ、ピエロの仮面をした男たちが銃を持ち、下りるよう指示する。
前にいるのは、自分たちを攫ったピエロの大ボス。

「君が、ジョーカーか…、私たちにこんなことをしてどうするつもりだ」

 1人のスーツを着た人が、前に出てそのピエロの大ボスにいう。
 ビエロの大ボスは口の周りの赤いペイントから常に笑っているように見える。

「君は?」
「私は日本国の野党の国会議員だ。君たちの要求を言ってみろ。人命を優先し解放するのなら、私が直接交渉に当たる。なんだ、金か?権力か?」
「フフフ……フハハハハハハハハハハ」

 高らかな笑いが、そのコンクリートに囲まれた場所で響き渡る。
 ピエロの大ボスがその人の襟首を掴み、顔を近づける。

「金?権力?そんなものに興味はない。俺はただ楽しめれば良い。みんなハッピーに笑顔をみせてもらえれば、一番だ」
「バカな。犯罪をすることが目的だとでも言うのか?」

 ピエロの大ボスは、その議員から手を離して、距離をとり、全員が見えるよう、車の上に立つ。

「皆さん、改めて…始めまして。皆さんは私を知っていますが、私は皆さんのことを余り知らない。
 一方的な新聞やテレビでしか知らず、まるでアニメやドラマ、映画の世界のような好奇な目で見ている………俺はそれが我慢できない!!」

最後の言葉に強い感情がこめられている。
ヴィヴィオは、怯えながら、そのビエロの大ボスを見る。

「俺は笑うことは好きだが、笑われることは大嫌いだ。だから、第三者を気取るお前たちにも同じように笑ってもらうことにした。
 それがジョーカー劇場の目的だ!!君たちには道化師として、踊ってもらおう。フハハハハハハハハ~」

 恐怖に怯えるものたち、そんなものたちを見ながら、ビエロの大ボスは笑い続ける。大人たちは、悲鳴を上げながら逃げ出そうとする。
 だが、それは銃口を持ったものたちによって阻まれ、そして、別のトラックの中にと再び詰め込まれていく。
 ヴィヴィオも大人たちの狭間に紛れながら、流れていく。
 そんなヴィヴィオのポケットの中、携帯電話が点滅して光っている。
 トラックが出発したとき、何かの影が駐車場で揺れ動いた。

「わああぁ!?」

 悲鳴とともにピエロ仮面の誰かが消えた。
 車に乗り込もうとしていたジョーカーは、その悲鳴にあたりを見回す。
 下水道工事のための地下駐車場…。
 こんなところに、警察がいるはずがない。

「うわぁぁ!!」
「ぐぅぅ!!」

 再び消える声に、ピエロ仮面たちが銃を向け、あたりかまわずに撃ちまくる。
 だが、そのピエロ仮面の上から現れた巨大な黒い影にピエロ仮面は不意をつかれ、殴り飛ばされる。
 ジョーカーの表情に笑みが浮かぶ。こんなことをするのはあいつしかいない。

「蝙蝠男、こんな異端の地までよくやってきたな?」

 だが、そこに現れたのはジョーカーの知るものではない。
 黒いマントをなびかせ、長い金色の髪をなびかせる女。

「…あなたが捕まえた人質を返しに貰いにきた」
「ふ、フフフ…フハハハハハハハハハハ」

 フェイトの姿を見たジョーカーは再び大きな声で高らかに笑う。

「バットマンの新しい女か?それとも猿真似上手な日本の犬か?
 趣味の悪さも似ているみたいだな。だが、顔をそんなにはっきりと見せるところだけは、性格が良いと褒めてやる」

 笑いながら、拍手する…そんなふざけたジョーカーに対して、フェイトはバルディッシュをジョーカーに向け、鋭い眼差しを向ける。

「もう一度言う、大人しく人質を解放して、抵抗をやめなさい」
「アハハハハハハハ。残念だ、お嬢ちゃん…断る」

 ジョーカーは指を鳴らすと、両脇にたつピエロ仮面が機関銃を鳴り響かせる。
 フェイトは、バルディッシュを高速で目の前で回転させると銃弾をすべて弾いていく。
 そしてそのまま一気に近づき、機関銃を持つ男たちをバルディッシュで腹部や背中をたたき、気絶させる。
 そしてジョーカーの襟首を、掴み車の上に押し付ける。

「わぁっ!わぁっ!わかったから、こ、殺さないでくれぇ!」
「人質はどうした?」
「別にトラックにのせた」
「目的地はどこだ」
「そ、それはいえん」
 フェイトの手に力がはいる。
「あ、あ……わかった、わかったから…あんたの強さには恐れ入った。まさか日本にこんな強いお嬢さんがいるとは……今回は素直に負けを認める」
 ジョーカーは両手をあげながら、震えた声でそうつげる。
 フェイトはそのジョーカーの言葉を信じて、手の力を緩める。

「やめろ!」

 誰かの声が聞こえた、その瞬間…
 ジョーカーの服の隙間から、手榴弾のような丸いものが落ちると凄い勢いのガスが噴射する。
 その勢いに手を離してしまうフェイト…。
 催涙弾?よくわからない…

「アハハハハハハ、お嬢さん、また会おう!」

 煙の中、車の走り出す音と、笑い声だけが頭に残った。
 そしてフェイトの意識はそこで途絶えた。

 高町なのはが現場の下水道駐車場に辿り着いたのは、それからすぐのことだった。
 なのはは、フェイトとは別に、ヴィヴィオの持つ携帯の発信機を元に近辺の人質が乗っていそうなトラックを探していたのだが、
 トラックを乗り換えられたことで、その電波もまたトラックの防護壁か何かによって遮断を受け、電波を失ってしまっていたのだ。
 倒れているフェイトに駆け寄るなのは。
 フェイトを抱きしめ、なのはは、そのフェイトのぬくもりを確認する。

「…ガスを少し、吸い込んだだけだ」

 その声に振り返る、なのは。
 そこにたつのは、黒きマント…顔を覆った黒きマスク。
 すべてを黒に覆うそれは、こちらを睨む。

「お前たちが何者か、検索する気はないが……、私の邪魔をするのは、やめてもらおう。ジョーカーを捕まえるのは私の仕事だ」

 その姿は、どこかおぞましいものを感じる。
 とてもヒーローというものとはかけ離れた存在…そして気配。

「……私たちの助けたい人たちも人質の中にいるの」

 なのはは、それに負けずに告げる。そう、ヴィヴィオがいる。
 ヴィヴィオは私たちの娘。大切な存在。
 幾多の戦いの中で、手に入れた…存在。

「…君たちではジョーカーには勝てない」

 冷淡に、はっきりと告げる黒きマスクの男。
 なのはは、言い返そうとするが、フェイトちゃんから発せられた声で、視線を移す。

「なのは……ごめん、私」
「うぅん…大丈夫だよ。だから今は…休んでいて」

 なのはは、なぜ、そこまではっきりと自分たちではジョーカーを倒せないか問い詰めようと、再び視線を移すが、
 既にそこには黒きマスクの姿はない。
 なのはは、悔しさに心を震わせながら、ヴィヴィオの奪還のために次のことを考え始めていた。


 一般道を走る車の中で、ハンドルを握るジョーカーは、先ほどのことを考えていた。
 日本政府にあのようなものがいるとは考えていなかった。
 そもそも、あれは本当に政府の存在であるのか?
 目的はなにか……政府の要人。蝙蝠男と比べると負ける気はさらさらないが、面倒そうな存在ではある。
 ジョーカーはそこでニヤリと微笑む。
 相手が何を求めているか、そして最高のショーにするためのものを同時に考えついた。
 ヒントはそう、アメリカのつまらないヒーロー漫画よりも、よっぽど面白い日本の漫画から考えついたものだ。


「バットマン~♪タ~ララララ、タ~ララララ、バットマン~♪」


 ジョーカーは口でそんな事を歌いながら、車を走らせていく。
 その崎に見える、光り輝く彼の根城を目指して。

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最終更新:2008年12月01日 21:27