第4話 光と闇

 人質が乗せられているトラックの扉が開かれる。
差し込む光の中で、ピエロ仮面が銃を向け、立っていた。
「……お前、でろ」
「た、助かった……」
 男は嬉しそうに、振り向きもせず、自分が助かることを喜びながら飛び出していく。
 男はピエロ仮面にいわれた指示通り服を着替えさせられる。
 男はよくわからないようだが、それでも助かるならば…命があればいい。
 そんな男を笑いながら見ているジョーカー。男にはその笑いの意味がわからない。

 男は腕を背中に回されて縄で縛られたまま、目隠しをされる。
 さらに、口にはガムテープを貼られた状態で、ピエロに連れられていく。
 ピエロは、男を擬装用のゴミ収集車に乗せて、連れて行った。
 揺れる車の中で、男は自分がどこに連れて行かれるのか不安になるが、解放されるというジョーカーの言葉を信じるしかない。
 だいたい、もし嘘であり、殺すというのなら、その意味がない。
 自分には人質としての価値があるからだ。きっと日本政府の交渉が上手く言ったに違いない。

 車が止まり、路上に下ろされる男。
 ピエロに目隠しを解かれ、男を置いて路上から去っていくゴミ収集車。
 男はそれを横目で見ながら、腕は縄で縛られた状態でよろめきながら、路上に出る。正面から車がやってくる。
 男は身体をむちゃくちゃに動かして、自分が人質であることをアピールする。そう、俺は犠牲者だといわんばかりに。
 すると、男は目の色を変えてアクセルを踏み込む。男はなぜ?という顔をしながら、車に撥ね飛ばされた。
 男の身体はコンクリートに叩きつけられ…動かなくなった。

『…悲劇が起きました。人質の金融商社の取締役が、幕張駅前にて車に跳ねられ死亡しました。
 運転手は、人間爆弾と思い、引いてしまったと告げています。引かれた男性からは、爆弾は見つかっておらず…』

『警察は、人質が解放された場合、慎重な対応を求めるようしていますが、都内に住む人の話を聞いたところ、今回の出来事について怖い、逃げてしまう。
 同じことをしてしまうかもしれない。という意見が大半を占めており、今後の人質解放では同じようなことが起きる可能性があると予想されています』

『野党議員からは、政府に対して人質の解放のためには、
 国民の不安を払拭するのが優先されるべきだと意見を述べ、早朝、夜の外出禁止令をだすよう提言しました。
 与野党からもこれについては、賛否両論であり、今後の国会審議が待たれることになります』

 右往左往する警視庁、日本政府の対応は、国民さえも動揺させる。
 動揺は混乱をよび、混乱は恐怖を生み出す。
 疑心暗鬼…誰も信用することが出来なくなる状態。

「アハハハハハハ、楽しいな。あの困った顔、何も出来ず、手も足もでずに見守ることしか出来ないものの顔。
 最高だぁ!フハハハハハハ。そうだ、そう…もっと迷え、疑え…そうすれば、この国は、第二のゴッサムになるぞ。
 ハハハハハ……お前たちも口が裂けるほど笑わしてやる」

 ジョーカーの前にはイスに縄で巻きつけられたヴィヴィオの姿があった。
 ヴィヴィオは疲労し、息を漏らし、目には涙を浮かべている。
 眠気が襲うが…そうなると。
 ジョーカーは、スイッチを押す。
 するとイスが振動してヴィヴィオの足の裏やわき腹などをくすぐり始める。
 幼いヴィヴィオの皮膚は敏感である。くすぐったさに笑うしかない。

「そうそう、子供は笑わなくては元気になれないぞ?」

 ヴィヴィオに対する拷問は、先ほどから永遠続いている。
 慣れないように、休みをいれながら、眠りそうになったらこれで強制的に目覚めさせる。
 ジョーカーは、ヴィヴィオからなのはやフェイトの正体を聞き出そうとしていた。
 だが、ヴィヴィオはそれを拒んだ。ジョーカーにとっては、この拷問もショーの1つ。
 幼い子供がどれだけ耐えられるか、見ものだ。
 高らかに笑うヴィヴィオを見物しながら、ジョーカーは食事を取る。
 ヴィヴィオの目から流れ落ちる涙…。そこにあるのは、なのはママとフェイトママの想いだけ。


 日本支社…ブルース・ウェイン滞在先の一室において、ブルースはパソコンを開いていた。
 そこに現れるのはブルースの理解者であり有能な執事アルフレッド。

『…ブルース様、ここ最近の日本首都圏内におけるジョーカーの出現地域を追ってみました』
 データにだされる出現地域…そして人質が解放された場所をあてはめる。
 それらをみながら、ブルースはイスに座りながら息をつく。
『さすがに疲れましたか?』
「…ジョーカーもよくやる。日本政府の、治安の良さを逆に利用している。
 日本警察では、この事態を収拾は出来ないだろう」

 日本政府は治安が良いためもあり、このような大規模な行動に対しての免疫力がない。
 結果、事態を甘く見たために…それはジョーカーの思い通りの混乱から恐怖という連鎖を作り出す。

『例の二人組の女の子でもですか?』
 ブルースは立ち上がり、昼間の東京を全面に見渡すことができる窓の前に立つ。
「彼女達は僕とは違う。僕の真似をすればいいというものでもないさ。答えは彼女達が見つけるべきものだ」
 彼女達は若く、それにその目には強いものがあった。
 あとはそれに気がつけるかどうかである。
 心配は必要ない…きっと彼女達は見つけ出せるだろう。
 彼女達にはまだ、あるだろう。自分にはないものが…。

 そこで窓を見つめていたブルースは、あることに気がついた。
 夜と昼…これらで違うもの。ブルースはイスにつくと、あるデータを取り出す。それは電力消費。
 あれだけの人間を移送して爆弾の設置を施したりしているのだ。
 相当の電力が必要となるはずだ。そうなると…電力消費の高い場所が、ジョーカーの巣となる可能性が高い。
『しかし、日本は、どこも夜になると電力消費は世界でトップクラスの利用が施されています。それらでは、わかりづらいのでは?』
 ブルースは首都圏内の地図を見ながら、あるところを見つける。
 そこは電力消費量が他と比べても随一である。
「なるほど…、ここか」
『見つけましたか?』
「あぁ、夢の国だ」
 ブルースの視線の先…そこにあるのは、電力消費が最も激しい場所である日本の首都圏で最も巨大なテーマパークである。

 満月の出る夜…
 既に、パレードは終了し、テーマパーク自体の営業は終了している。
 それまでの明るい場所とは裏腹に、静まり返る園内。
 ゆっくりとその場所を歩く影…。電力の制御室があるのは、園内の中央にある城を模した建物。
 ここから園内全体に電力を送っている。
 おそらく、ここの電力を使い、爆弾などの製造を行っているのだろう。
 これ以上の被害は防がなければならない。本来ならゴッサムだけの出来事…それを世界中に広めるわけには行かない。
 再び自分のようなものをつくらせないためにも…。

 突然、照明がつく。
 遊園地のすべての照明がつき、今まで動いていなかったアトラクションの乗り物が一斉に動きだした。
 そして軽快な音も鳴り出しはじめる。
 夜の中、光に照らされる黒きマスク…バットマン。
そのバットマンに対して、聞きなれたあの笑い声が聞こえてくる。

「アハハハハハハハハ、蝙蝠男は、光が苦手かな?」

 目の前のメリーゴーランドから降り立ったジョーカーはポテトチップスを食べながら、バットマンに向かって歩いてくる。
「不法滞在、誘拐、殺人……それらを含め、お前を捕まえる」
「フフ…アハハハハハハハ。かまわんぞ、どうせすぐに逃げ出す。よく聞け。My Friend 」
 ジョーカーは、路上においてあるベンチに座り、バットマンを見る。

「俺は、人間の悪の部分の代弁者に過ぎない。人間は誰しも持っているもの。
 憎悪、疑心、それらすべてを俺は解き放っているだけに過ぎない。
 それは世界共通だ。お前も見ただろう?あの哀れな男を…。
 あれは俺のせいじゃない。あれはお前が守ろうとしているものたちのせいだ。お前が守ろうとしているものが、解き放った人質を殺した。
 何にも知らない、解放されたと思った男をひき殺した。
 フフハハハハハハ…ハ。そんな奴らを守るほどの価値はあるのか?」

「……全ての人間がお前の言う人間ではない」
 ジョーカーは拍手しながら、ポテトチップスを食べる。
「素晴らしい、素晴らしい~なんとも模範的な回答だ」
 パリパリとポテトチップスの砕ける音が響く。

「お前は、全ての人間がそうではないという。
 しかし、そういった危険性はすべての人間に平等であり、結果…危険性を伴う人間に対して、そうではない人間は巻き込まれる被害者でしかない。
 たった一人で、それらを止めることなどできないだろう?
 犯罪者は俺が捕まろうがゴキブリのように這い出る。
 いや、犯罪者じゃないな。お前が言う『悪』という存在だ。
 お前のような人間が頑張れば、頑張るほど悪はでてくるんだ。
 永遠に終わることのない、ワルツのように…フフ、フハハハハハハ。
 お前のやっている行動は、無意味なのさ」

「少なくとも、お前が今、捕まえている人間の命は救える。それだけで十分だ」
「いいだろう。やってみるがいいさ…少なくとも、人質は俺の手を離れぞ」
「なに!?」
 ジョーカーはポテトチップスの袋を、顔を上げて残さず食べ終えると立ち上がる。

「人質の半分は人間爆弾、もう半分は普通の人間。
 フハハハハハハ…時間はあまりないぞ?その前に勝手に殺されるかもしれないが…クックック、アハハハハハハハハ!」

 ジョーカーは笑いながら、バットマンにナイフを握り飛び掛る。
 バットマンはそんなジョーカーの攻撃にスーツの襟首を掴み、投げ飛ばす。
 ジョーカーは地面にたたきつけながら、腰をさすり、立ち上がろうとする。
 バットマンはジョーカーの背後から捕まえようとするが、
 ジョーカーは向かってきたバットマンの片足を、足で挟み込みバランスを崩して倒す。
 その上に乗りかかり、ナイフを握り、バットマンの顔に向けて刺そうと力をこめる。
 その手をバットマンは、両手で掴んで、防ごうとする。

「あきらめろ!蝙蝠男、お前のやろうとしていることは無意味なんだ!
 これからはこのジョーカー様がお前の代わりに世の中を見守ってやる」
「っ!」
 バットマンは、そのジョーカーのナイフを持つ腕を持ち上げていく。
「往生際が悪い奴だ!!さっさと引退しろ!」
 足を曲げ、ジョーカーの胴体を蹴り上げて、体を離すバットマン。
 ジョーカーは、蹴られた、胴体をさする。
「フフ……フハハハハハハ」
 立ち上がったジョーカーの笑い声はそのテーマパーク中に響きわたる。

 高町なのはは、窓の外を眺めていた。

 自分のせいで…ヴィヴィオを危険に晒してしまった…

 夜の町並みが見える。このどこかにヴィヴィオが…いる。
 自分がしてきたとの否定。
 今までやってきたこと…フェイトちゃんと戦ったときも、はやてちゃんと戦ったときもそうだった。
 戦うことだけが全てじゃない。
 戦うその先にあるもの……私はそこでフェイトちゃんや、はやてちゃんと出会えた。
 それが……あの人には通じない。その先が暗闇で見えない。
 うぅん、その先がない。

 そんな相手に、どうやって勝てるのだろうか…。
 バットマンが言った自分の面はひとつだけじゃないという言葉。
 私の今までなんだったのだろうか…。友達、家族、社会……。
 私にとって大切な人たち。それらは…私のことをどう見ていてくれたのか。

「なのは」
 お姉ちゃん、お兄ちゃん、お父さん、お母さん…
「なのは」「なのはちゃん」
 フェイトちゃん…はやてちゃん。
「なのはさん」
 スバル、ティアナ、キャロ、エリオ……

「なのはママ」
 ヴィヴィオ…

 私にとって、かけがえのない大切な人たち…。

 それは、私が私でいたから…、誰でもない、私という存在でいたから…みんなとこうして出会えた。
 私の捕らえ方は人それぞれ…だけど、私のやることは、変わらない。
 きっと変えてしまったら、それは私ではなくなってしまうから。

「……フェイトちゃん、私を叩いて」
「え?」
「……お願い、今のままじゃ、私は私が許せないから」
「……わかった。だけど、その代わり、私も…お願い…なのは」

 乾いた音とともに赤くなる頬。

「…今まで私たちはこうしてやってきた」
「気持ちも何も変わらず…ずっと」

 だから私たちの気持ちも、やり方も変わらない。
 私たちの為し得て来た、作り上げてきたものは…決して間違ってはいないから。
 それが甘いと言われても良い。蜃気楼のように儚いものと思われても良い。結果はここにある。
 たくさんの大切な仲間がいる。頼ってくれる人がいる…強い絆を持つ人たちがいる。
 私たちに、足りなかったのは…バットマンのいう強い心。
 そしてそれは、バットマンのようになることじゃない。
 強い心…それは、自分たちの積み上げてきたものを信じること。  
 ジョーカーの放つ狂気、そしてヴィヴィオを助け出すためという焦りが…恐れにかわり、
 私たちの本来揺ぎ無いものを崩し、それを見失わせていた。
 だけど今の私たちにはそれがある。
 はっきりと…『自信』を持つことができる。

「いくよ、フェイトちゃん!」
「うん……今度こそ、負けない」


 今は前だけ見ればいい

 信じることを信じれば良い

 愛も絶望も羽になり、不死なる翼へと

 …蘇る私たちの心

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年12月01日 21:29