<ジュエルシード>―――!


 我々は、この宝石を知っている!
 いや! この禍々しい輝きと忌まわしい魔力の淀みを知っている! 

 この奇妙な物語の始まりを司り、中核を担う遺失物。
 『願いが叶う』宝石。

 その正体は、次元干渉型エネルギー結晶体である!
  全部で21個あり、シリアルナンバーが各個に1~21と振られている(この数字は、実際にはローマ数字が使われている)。 能力的には、ナンバーに関係なく、全てほぼ同等だと思われる。
 ジュエルシードは、遺跡探索を生業とするスクライア族によって発掘された。 この発掘作業の指揮をとっていたのがユーノ=スクライアで、発掘後の輸送中に原因不明の事故により、海鳴市近辺にばら撒かれてしまったのだ!
  輸送時の管理に直接ユーノは関係していなかったが、それでも責任を感じたユーノは、独力でジュエルシードを回収しようとしたが、暴走したジュエルシードは手に負えず、傷を負って倒れたところでなのはと出会うことになる―――。

 それが、『高町なのは』とその相棒『レイジングハート』が紡ぐ、長い戦いの歴史の……全ての始まりだった。





「アイツを……ジュエルシードを解き放ってはいけない!」


 深夜。不吉で生暖かい風が吹きすさぶ中、なのはと、その傍に立つフェレットの姿をしたユーノは、眼前に聳え立つ巨大な影と対峙していた。

「アナタには素質があります! 『魔法』のパワーを行使する為の才能が! ボクに力を貸してください!!」
「……」

 自らの無力を噛み締めながら、ユーノは出会ったばかりの少女の背中を見上げていた。
 なのはの手には、つい先ほど渡したデバイス『レイジングハート』が待機モードで収まっている。未だなのはと契約も済ませていないこの状態で、デバイスの能力はほとんど発揮できないだろう。
 しかし、奇妙な事になのはは怯えてはいなかった。
 武器もなく、目の前には陽炎のように揺らめく黒く大きな影の化け物が蠢いている。そんな異常な状況下に立たされながら、しかしこの少女は、怯えて震える事もなく佇んでいるのだ!

(なんだろう……この娘には、魔力の素質以外にも、言葉では言い表せない『凄み』がある!)

 ユーノは奇妙な感覚に捉われていた。
 警戒すべきは、目の前で暴走するジュエルシードであるのに、意識はソイツと臆す事無く対峙するこの不思議な少女に吸い寄せられてしまう。
 一般人を事態に巻き込んだ迂闊さを呪いながらも、『この少女なら何かを仕出かしてくれる』という、そんな妙な期待感があった。

「……ねえ」
「! ……な、何ですか?」

 怪物と真っ向から睨み合っていたなのはから唐突に声を掛けられ、ユーノは思わず身構えた。

「この子、目とか口みたいなのがあるけれど、生き物なのかなァ……? ご飯とか食べるの?」
「え……ええ!?」

 あまりに唐突で予想だにしなかったなのはの言葉に、思わず一瞬呆けてしまう。

「ねえ、アナタ……口があるんだから言葉は喋れないかなー? ハロォ~~」

 この状況下で一体何を言ってるのか……?
 混乱するユーノを尻目に、なのはは動物園で初めて見た動物と接するような態度で無防備に歩み寄っていた。
 この状況下で一体何をやっているのか……?
 ついに少女の正気を疑い始めたユーノの錯乱振りをやはり気付かず、なのはは明るい身振り手振りのジェスチャーで蠢く影の化け物とコンタクトを取ろうとしていた。

「ご機嫌いかが~~~? ハッピー、うれピー、よろピくね―――♪」
「あ、あのぉ……?」
「ジュエルシードさん。さあ、ごいっしょに……さん、し―――ハッピー、うれピー、よろピくねー♪」


 ……この少女は、ひょっとしてちょっぴりネジの緩い子なのではないだろうか?
 この緊迫した状況下で、全く事態を把握できていないとしか思えない程気楽な声でリズムを取るなのはの姿に、ユーノは別の意味で戦慄した。
 ジュエルシードの暴走体がなのはの行動に律儀にも沈黙する中、ユーノはしばらくてようやく我に返った。

「―――って、君! 一体何してるの!?」
「いやぁ~、ひょっとしたらこの子いい子なのかもしれないと思って。ちょっと探りを入れてみてるの。
 雪男やネッシーとかにも、出会った時悪い者と最初から考えるのは良くないと思うの、わたし」
「何をバカな! アレに考える能力なんてない、ただ暴れるだけの危険なモノなんですよ!」
「うーん、でも何事も最初はお話する事で歩み寄れると思うんだ。大切だよ、お話って」
「無理だよ! アレには会話するだけの思考力も―――来るッ!?」

 なのはの独特のペースに巻き込まれそうになっていたユーノだったが、とうとう動き出した暴走体に感付き、警告を叫んだ。
 黒い塊が空高くジャンプし、全身を使ってなのはを押しつぶそうと落下してくる。
 これには結構呑気してたなのはもビビった!

「うわぁああああーーー!?」

 慌ててその場から飛び退れば、一瞬遅れて黒い巨体が岩石のようにアスファルトへ激突する。地面と共に自らの体も弾け、暴走体の欠片が炸裂弾のように周囲に飛び散った。
 ブロック塀は無数の弾痕を刻み、電柱はへし折れて倒れる。

「何、アイツすごく危険なヤツだよ!?」
「だからそう言ってるんです! さあ、早くレイジングハートの力を解放して! まず呪文を……」

 一国の猶予も無い事を理解したユーノはなのはを急かす、が、しかし!



「……」

 その時、なのはが意識を向けていたものはユーノの言葉などではなかった。

「……『アレ』……『アレ』はッ!」
「君、一体何を見て……!?」

 なのはを叱責しながらも、視線を同じ方向に走らせてユーノはようやく彼女の注目する物を発見した。
 それは、ついさっきまで『生物』だった『物』だった―――。
 猫が一匹、死んでいた。
 弾けた暴走体の破片を受け、首を抉るように吹き飛ばされたその仔猫は、どう見ても確実に死んでいた。
 首輪も吹き飛んでしまったのか確認できない。あるいは、あれは野良猫だったのかもしれない。
 しかし、重要なのは―――今ひとつの犠牲が出てしまったという現実だった。

「……急ぎましょう。これ以上犠牲を増やさない為に」

 惨い死に様から思わず眼を逸らし、ユーノは苦い口調でなのはを促した。
 猫とはいえ、この犠牲は自分のせいで起こったものだと言えた。 
 体を四散させた暴走体は、すでに再び集まり、形を取り戻しつつある。再び攻撃が可能な状態になれば、封印は更に難しくなるのだ。

 ―――だが、ユーノが促すまでも無くッ。すでにッ!



「……戦いたくなったよ。アイツを博物館にかざってやる!」

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 高町なのはは戦闘態勢に入っていたッ!!



 先ほどの間の抜けた行動から一切を切り替えた『覚悟』に満ちた表情。
 内に煮え滾る『怒り』を宿したなのはの横顔を見て、ユーノは全身に鳥肌が立つのを感じた。
 今のなのははさっきとは違う。何らかのスイッチが入ってしまっている。


「この世で最も大切な事が『信頼』であるのなら、最も忌むべき事は『侮辱』する事なの。アイツは、あの無関係な猫の命を、たった今『侮辱』したッ! 『レイジング・ハート』!!」
『stand by redy.set up―――!』

「バ、バカな……! 正式な手順を踏んでもいないのに、レイジングハートが起動した!? それに……なんて魔力なんだ……っ」

 なのはの手の中で赤い宝玉が光を放ち、ユーノはその有り得ない光に驚愕する。
 レイジングハートがなのはの戦いの意思に呼応したものか、彼女の怒りの精神の波長がデバイスの何かに影響したのか……とにかく、デバイスはなのはを主と認めたのだ。
 同時に告げる無機質な声。なのはは純白の光に包まれた。
 その光の中でなのはの服は徐々に光と同化し、やがて光の粒子となって消え去る。
 それとほぼ同時に別の何かが身体を覆い、新たな服を形作る。
 デザインは装着者のイメージを基に―――完成する。なのはだけの『鎧』が!

「これは……?」

 光がおさまった後には、その身をバリアジャケットに包んだなのはと、本来の杖の形状に変化したレイジングハートが佇んでいた。

「それが『魔法』です! どういうワケか、今アナタはレイジングハートの使い手として認められました。それによって、アナタを守る力が、その衣服になったんです」
「『魔法』……そう、わたしは『魔法少女』になったんだね」

 さすがのなのはも驚きを隠せなかった。
 漠然としていた未来の目標が、今唐突に自分の手に飛び込んできたのだ。
 しかし、すぐに我に返った。
 なのはの魔力の放出と光に、暴走体が反応し、ついに彼女に明確な意識を向けたのだ。虚ろな二つの眼球が、なのはとユーノを捉える。

「いけない、目を付けられた!
 とりあえず、何処かに隠れましょう。基本的な魔法の使い方も分からない今じゃ、真正面からアレに立ち向かうのは危険すぎる。まず様子を見て……」



「―――ううん、そんな事はしない! これが『いい』の!」



 睨みつける敵を警戒しながら忠告するユーノに対して、しかしッ、なのはは逆にレイジングハートを構えた。
『え?』と呆気に取られるユーノを尻目に、視線を敵に向けたまま、先ほどの僅かな戸惑いを既に無くした凛々しい横顔でなのはが答える。
「この『敵に見つかった』状況。隠れるなんてとんでもない! これがいいの! アイツがわたしに意識を集中してくれる、この状況が『いい』んじゃないッ!」
「な、何を言っているんですか!? このままだとアイツはアナタだけを執拗に狙って……ハッ!!」

 笑みさえ浮かべそうななのはの横顔を見て、焦ったユーノは引き攣った声で言いかけ―――その途中でなのはの意図に気付いた。
 今度こそ、なのはは笑みを浮かべる。少女らしい無垢なそれではなく、牙を持った獣が歯を剥くような、闘争心に満ち溢れた微笑を。

「そう、それが『いい』―――アイツがわたしを狙う限り、これ以上無関係の犠牲が増える事は少なくなるからなの」
「……~~~ッ!」

 ユーノ全身を冷たい感触が走り抜ける。それは戦慄だった。目の前の少女の、己の命を賭す程の『決意』に対する畏怖だった!
 無謀と言えば、それまでかもしれない。
 だが、そんな言葉で言い表せない『凄み』をなのはが持っている事を、ユーノは理解した。
 いや、自分に彼女の決断をどうこう言う資格など無い。
 自分が、自らの失敗に対する後悔や罪悪感でジュエルシードの封印に躍起になっていた時、彼女はすでに自らの意思で戦い守る事を『決意』し、『覚悟』していたのだ。確かな勝利へのビジョンを持って!
 ユーノはなのはという少女に圧倒され、愕然とした。
 何も知らない少女を戦いに巻き込んだ、と気に病んでいながら、その実何も分かっていなかったのは自分ではないか!?

「アナタは……ッ、覚悟の上だというんですか……? 何故、そこまでして……」
「……この高町なのはには、正しいと信じる夢がある!」

 なのはの発した曇りの無い言葉に、レイジングハートの輝きが応える。
 その輝きは、ユーノにはまさに『黄金の輝き』に見えた。彼女の精神が放つ光と同じように!


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「『ジュエルシードは封印する』『この町も守る』
 『両方』やらなくっちゃあいけないっていうのが、『魔法少女』のつらいところだね」

(か……彼女は、やっぱり違うッ! ただの女の子じゃない。
 この娘……アイツを『倒す』気だ! ちょっと前までただの小学生だったのに、突然現れた得体の知れない怪物を倒そうとしている!
 本気だ! 彼女には、『やる』と言ったら『やる』…………)


 そして、不気味に蠢くジュエルシードの暴走体に対して、なのはは自ら駆け出した。


(『スゴ味』があるッ!)





「―――『覚悟』はいい? わたしは、出来ている」



 バ―――――z______ン!





 リリカルなのは 第一話、完!


to be continued……>(各小ネタへ)

<次回予告>
CV:田村ゆかり

 わたし、高町なのは。
 極々平凡な小学三年生のハズだったのですが……何の因果か運命か『魔法少女』に任命されてしまいました!
 待ち受けるのは、どんな運命?
 でもどんな『運命』だろうと『覚悟』があれば幸福です。『覚悟』は『絶望』を吹き飛ばすからですッ!
(ズギュゥゥ――z___ンッ!)
 あと、まだ名前も聞いてないこのフェレット君は家で飼っても大丈夫なんでしょうか?

 次回、魔法少女リリカルなのは!

 第二話『魔法の呪文は燃え尽きるほどヒートなの』

 リリカルマジカルがんばります!


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最終更新:2007年08月14日 15:38