不可解だ。
八神はやての思考は、要約するとその一言であらわすことができる。
それは、彼女の知識と知恵を総動員しても、目の前の現実が説明できないことを意味していた。

*

ロストロギア・レリックを狙う、謎の機械兵器郡、ガジェット。
六課を創設する以前から、それと接触することは珍しくない。
したがって今回、情報を得ると同時に、スターズ分隊・ライトニング分隊を捜索に当たらせたとき、交戦の可能性があることは覚悟していた。
だが――

彼女の親友が問う。彼女自身も、それが無駄な問いだと解っているのだろう、その声音は曖昧であった。
「……"彼ら"以外にも『レリック』を狙ってる人がいるってこと?」
困惑するのも当然、彼女達が確保するはずだったレリックは、既にそこには存在せず、そして、かわりに夥しい数の残骸が横たわっていたのだ。
大型の4脚歩行型からいつもの浮遊型にいたるまでの、すべてが、既に破壊されている。
「わからん……でも、この状況を説明できる仮説は、他に無い」
不可解。とにかく不可解であった。
彼女が余暇を捨ててまで原因究明にかかりきりになっても、何も答えは出てこなかった。
身内、すなわち管理局側に、手柄を横取りしようとする者でもいるのかとすら疑ったが、確証のある情報は何も出ず終い。
彼女は、ついに自力でこの疑問を解決することができなかったのだ。
あの日まで。

*

すなわちDr,スカリエッティが時空管理局に宣戦布告し、地上本部と六課隊舎へ大規模な襲撃をかけた、あの日のこと。

燃え盛る市街でスバル・ナカジマは激昂していた。
青い長髪を血に染めて倒れた、己が姉を連れ去らんとするスカリエッティの手先、戦闘機人たちを見た彼女は、怒りを、目の前の『敵』にぶつけ、ぶつけ、ぶつけつくして、結果、

「ギン姉を……かえ……せ……」

姉を救うことはおろか、目の前に立ちはだかった、自らよりも小さな体躯の戦闘機人ひとりも討つことができず、慟哭し、そこで終わるかに見えた。
だが。

「……スバル……?」
「え?」

連れ去られたはずの姉の声が聞こえる。
幻聴かと思って頭を振るが、弱弱しい声は、確かに彼女の耳に己が存在を訴えかけていた。
振り向き、それを目にして、スバルは仰天した。

*

――タイプゼロは確保できたようね

――ああ、でもチンク姉、が

――無理をするなノーヴェ。お前もだいぶ派手にやられている。そのくらい解るだろう

――ともかく、チンクはすぐに修理が必要だ。ウーノ、チャンバーを用意しておいてくれ

――わかりました、ドクター

――二つだよ。この箱の中のタイプゼロも"修理"が必要だからね。さて、ウェンディ

――はい、開けるッスよ

ごとん。

――え?

――何?

――嘘!

――まさか?!

――お前っ!


「よう、荒っぽい運転だったな。乗り物酔いは久しぶりだぜ」


「「「「「コブラ!!」」」」」

*

状況を把握するため、撮影された敵の映像をモニターしていたレジアスは衝撃を受け、たまらずひっくり返った。
思わず声にしてしまう、そんな映像を発見したのだ。
「ば、バカな、そんな話があってたまるか!!」
そこ写っていたのは、左腕の肘から先を、黒い銃器に挿げ替えた謎の男。
「中将、どうなさいました!?」
レジアスは叫ぶ。
「間違いない、コブラだ!奴は生きていたのだ!」
「!」
部下が凍りつく。彼も話には聞いたことがあった。
宇宙海賊コブラ。左腕に精神銃――サイコ・ガン――を持つ、不死身の男。
その首にかけられた賞金は天文学的、しかし誰も奴を討つことはかなわなかった。
「し、しかしコブラは3年前から姿を現しませんでした。巷では死んだと……」
レジアスの血走った眼が部下を睨む。今まで見たこともないその鋭さに、彼は気圧された。
「次元世界広しといえど、"あんなもの"を左腕につけている者は奴しかいない!……おそらくは、顔を変えて潜伏していたのだろうが……ま、待て!奴が出てきたということは!」

*

地に伏す。全力攻撃が一切通用しない現実が、彼女から立ち上がる力を失わせしめていた。
「無駄だ。あいにく、俺の身体は特殊偏向ガラスでできていてね。いかなるレイガンも、俺の身体をすり抜けるのだ」
眼前に突如として現れた、透き通った身体を持つ謎の怪人は、その鉤銛とレイガンが一体化した謎の武器と、分身を駆使した恐るべき力で、瞬く間に彼女の妹、ディードを屠り――
「ぐ……」
――そしてオットー自身のIS、光線の嵐……レイストームはそいつにまったく通用しなかった。
「おまけに強度は超合金以上……クク、俺こそ不死身のスーパーマンというわけだ!」
六課隊舎は、自分たちより先に、何者かによって襲撃されており、別働で向かったはずのルーテシア、ガリューの姿も見当たらない。
何よりも、聖王の器であるところの、あの娘の姿が見えぬ。
「古代ベルカの超兵器は、海賊ギルドがいただく。貴様は姉妹共々あの世へ行けい!」
――詰んだ。
ISは通用せず、肉弾戦でもこちらに分が悪い。こちらにできることは飛んで逃げることくらいだ。
しかし、彼女は今、妹を片腕に抱えている。逃げる速度が出せるかどうか。
なぜ、こんなことになったんだ。
博士の計画は完璧だったはずだ。管理局はこの攻撃に対処などできないはずだった。
だというのに、謎の敵が乱入して、我らの前に立ちはだかっている。部外者が聖王の器を横取りしようとしている。
現実が、受け入れられなかった。頭がついていかない。ディードの腹部から間断なく漏れる血液の生暖かさにしか、神経が反応しない。
鉤銛がゆっくりとオットーを指向し、レイガンの発射口が真円になる。まっすぐこちらを向いたということだ。
――ああ、自分はここで死ぬのか。
生まれたばかりなのに、博士は世界が自分たちのものになると言っていたのに。
レイガンの銃口が光、自分の眉間を貫いて――

「あれは……タートル号!」
攻撃が来ない。それどころか、謎の男は明らかに狼狽しており、視線は自分の後方を睨んでいる。つられて、オットーもまた振り向いた。そこには。

*

ギンガを救ったアーマロイド・レディと共にタートル号で隊舎へ戻ったスターズ分隊FA陣は、逃げ遅れた戦闘機人を拘束したものの、ヴィヴィオは海賊ギルドによって連れ去られたと知る。
一方、スカリエッティのアジトに潜入したコブラはいつものように破壊の限りを尽くし、レリックの一部と、聖王のゆりかごに関するデータを奪ったあとは颯爽と逃げていくのであった。
面子を潰され、そして対抗馬・海賊ギルドの出現を知ったスカリエッティは、その屈辱により更に凶行へと走ることになる。
そして……

「六課襲撃組は分身する奴に敗れたらし……ああ、ノーヴェ、あのオレンジ頭と違うぞ、暴れるな」
「コブラさんは悪い人じゃありません!ギン姉も助けてくれたし、それに!」
「事態は更に悪い方向に向かっとる……海賊ギルドはスカリエッティみたいに愉悦のための躊躇なんてせんやろなぁ」
「おじちゃん、誰?ヴィヴィオの、味方?」
「サンタクロースさ、トナカイは風邪で寝込んでてね!」
「バカな……戦闘機人であるこの私を、素手で……」
「旦那ぁ、薬持ってき……だからいくらなんでも無理だって!そんなに酔ってちゃ!だんなぁぁああ――っ!!」
「ボス!管理局の金色がターベージの奴を真っ二つに!」
「君は私の最高傑作になるんだよ!」
「(私達が居る前で……誘拐してきたガキをいきなり最高傑作だなんて……許せない!!)」
「おかしいなぁ……どうしちゃったのかな、コブラさん……クロスなのはわかるけど、主人公は私なんだよ?」

てんやわんやの次元世界。管理局の明日はどっちだ。いや、機動六課の明日は。
デスクにつんのめって頭を抱える八神はやては、自分の明日がどっちなのかすら知る由も無い。

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最終更新:2008年12月11日 23:22