――私は、死ぬんだな
漆黒に覆われた通路の中で、壁に寄り掛かる彼女は死を覚悟していた。
胸部、足、両腕。
全身のありとあらゆる部分に刻まれた傷からは血が溢れ出て、痛覚すら感じない。
辺りには噎せかえるような血、臓物、油の臭いに包まれ、数え切れないほどの機械の残骸が散らばっていた。
生きて帰る為に自分は粉骨砕身戦った、全ての力を出し切った。
それがこのザマだ。
――隊長、メガーヌ、みんな……先に逝ってます、どうか無事でいて下さい
最後の力を振り絞って首を動かし、共に戦った仲間を捜すが何処にも見当たらない。
あるのは戦友達と共に破壊した戦闘機械の成れの果てのみだった。
彼女にはもう、彼らの無事を祈るしかできない。
――スバル、ギンガ、ゲンヤさん……ごめんなさい、もう帰れそうにないみたい
彼女の思考は夫と二人の娘との思い出へと飛んでいった。
それと共に彼女の瞳が自然に閉じていく。
戦闘機人である娘たちはこれから世界から虐げられてしまうかもしれない。
今だって、その危険が存在していた。
母である彼女が最後に出来ることは娘の幸せを祈ることと、その笑顔を思い浮かべるしか無かった。
ありのままの娘たちを受け入れてくれる人間がこの世界のどこかにいることを。
そして、娘たちが戦闘機人であることを知ったとしても笑顔で受け入れてくれる人間がいることを。
信じるしかなかった。
――ごめんねギンガ
シューティングアーツのお稽古最後まで見てあげられなくて
でもとっても強いあなただったらすぐに名人になれるはずだから、頑張って
スバルが泣きそうになったら、お母さんの代わりに励ましてあげてね
――ごめんねスバル
あなたはとっても優しくて良い子よ
でもちょっと気が弱くて泣き虫なところは治さなくちゃね
お姉ちゃんやお父さんを困らせちゃダメだぞ
もう開くことのない彼女の瞼から一粒の涙が流れ、頬を伝わる鮮血に混ざる。
それは残してしまう娘への罪悪感と、娘の成長を見ることが出来ないという悲しみが混ざった物。
研究施設で発見した二人を保護し、娘として受け入れることから母親となった。
初めは戸惑っていたけど娘たちの笑顔を見た日、そんなのはあっという間に吹き飛んだ。
二人がお人形の取り合いで喧嘩をし、叱ったこともあった。
そのせいで泣いちゃったけど、次の日に同じのをもう一つ買ってあげたら嘘のように笑った。
絵本を読み聞かせながら、二人が寝付くのを待っていたこともあった。
それがあまりにも可愛すぎて、思わずキスしてしまった。
たった二年間の毎日だったけど、とても幸せだった。
「スバル……ギンガ……スバル……ギンガ……」
まるで壊れたテープレコーダーのように掠れた声で、愛する娘たちの名前を呼び続ける。
もっと二人のご飯を作ってあげたかった
もっと二人の為の買い物がしたかった
もっと二人を遊園地に連れてあげたかった
もっと二人の笑顔が見たかった
もっと二人を抱きしめたかった
もっと二人の成長した姿が見たかった
様々な願いが頭の中で混ざり合うが、何一つ叶えることも出来ない。
ならばせめて娘の名前を呼んだ、その声が二人に届くことを信じて。
――もっと、二人と一緒に……いたかった
やがて、彼女の意識はそこで途切れていった。
仮面ライダーカブト レボリューション&地獄の四兄弟 外伝
EPISODE 1 開演・俺の名は紅音也
暖かい。
感じたことはそれだけだった。
重い瞼を開くと、そこには純白の空間が存在していた。
そして上半身を起こし、辺りを見渡す。
自らに掛かっていた見覚えのない布団、たった一つ存在する窓に備え付けられた清潔なカーテン、花が添えられた花瓶、四方を包む壁と天井。
それら全てが白で構成されていて、一切の汚れが存在していないかのように思えた。
部屋の雰囲気から見て、ここは病室のようだった。現に自分の腕には点滴と思われるチューブが巻かれている。
彼女――クイント・ナカジマは何気なく自身の海のように青い長髪を掻いた。
一体何故このようなところにいるのか、クイントは自らの記憶を探り出す。
その途端、脳内に浮かび上がってきた悪夢に思わず身震いしてしまう。
戦闘機人事件の調査でゼスト率いる部隊は戦闘機人の生産プラントと思われる施設を発見し、突入を決行した。
結果は大当たりで、そこで数体の戦闘機人とそれらが率いる機械兵器と遭遇の末に抗戦した。
しかし暗闇に包まれた通路にAMFという魔力の流れを遮る空間が発生し、何処からか蟻のような勢いで現れる異形異様の見たことも無い形状の機械兵器の大群。
それらの要因によって部隊は不利な状況に追い込まれ、結果は全滅。自身も戦闘機人の刃に心臓を貫かれ、命を落としたはずだ。
だが、瀕死の重傷を負ったはずの自らの体は微かな痛みは残るものの、五体全てが満足な状態で動かすことが出来る。
もしや自分は助かったのか。
あの暗闇の中で聞こえたのは回廊が崩壊する轟音、毒蜘蛛のように動く機械を破壊する音、隊員達の悲鳴と呻き声。
多種多様な不協和音の中で最も耳に響いていたのは、自身の相棒――リボルバーナックルが唸りを上げて回転する音だった。あまりの回転数に排熱が間に合わず、酷く赤熱していた。
記憶を探り続けていると、部屋のドアが突然開いた。
「おお、あんた起きてたのか」
部屋に現れた女性はクイントとほぼ同じくらいの長髪が黒く煌めき、若々しい表情からはクールな雰囲気を放つ。
女性はどこか勝ち気な笑顔を浮かべて、部屋に備え付けられた椅子に座り込んだ。
「気分はどうだ?」
「え? ……ああ、大丈夫です」
女性はクイントの顔を覗き込みながら問いかける。
「あんたが道端で倒れていたところを病院に運ばれたんだ、一時はどうなるかと思ったけど大丈夫そうだな」
女性の言葉にクイントは自らの耳を疑った。
道端に倒れていた? 一体何を言っているのか。
「申し遅れた、あたしの名前は麻生ゆりと言う。あんたは?」
「あ、クイント……クイント・ナカジマです」
疑念のあまりに普段の彼女らしくない態度で女性――麻生ゆりに自らの名前を名乗る。
別にやましいことがあるわけではないが、無意識のうちに挙動不審となってしまう。
しかしゆりはそれに気を止めることのないまま「そうか」と返す。
「見たところ外人みたいだが、一体何処の国から来たんだ? アメリカか?」
ゆりの言葉にクイントは再び耳を疑う。
アメリカとは何だ。そんな地名はミッドチルダに存在しないはず。
やがてクイントは重要なことを思い出し、ハッとしたような表情を浮かべた。隊長ゼストや親友メガーヌを初めとする部隊の人間はどうなったのか。
「すみません、他のみんなは一体どうなったのですか」
「は?」
クイントの言葉に対し、ゆりはぽかんとした表情を浮かべる。
「私以外にもいたはずです、あの戦闘機人の製造プラントに突入したみんなは――!」
「お~い、ゆり!」
動揺するクイントの言葉を遮るかのように聞き慣れない声が聞こえる。
同時に突然、ガラガラと音を立てながら部屋の扉が開いた。
二人は同時にその方向を振り向く。
「音也!?」
「おっ? 姉ちゃん、起きていたか! そいつは良かった」
音也と呼ばれた男はニヤニヤと笑いながら、病院という場所を弁えないような大声を出す。
中肉中背な彼の年齢はクイントとほぼ同じかもしれない。
片手にチェック模様の入ったギターケースを持つその男は余裕を持った態度で、ズカズカとクイントに近づく。
「あんたはこの前、俺がたまたま道を通りかかったところを発見したんだ。いや実に運が良い」
男はベッドに腰を下ろしながら自らの顔をクイントに近づけ、陽気に語る。
その態度はまさに傍若無人という言葉が相応しかった。
すると男は自らの小指を立てて、クイントに突きつけながら優しく囁いた。
「やはりこれは運命か……」
「え?」
「俺とあんたは赤い糸で繋がれ、こうして出会うことになっていた……」
馴れ馴れしい男の言葉に、クイントは怪訝な表情を浮かべる。
「はぁ?」
「これは決して偶然ではなく必然! 俺達は互いのことを知り合い、やがて結ばれる――ぐえっ!?」
男は最後まで言葉を発することが出来ず、奇妙な呻き声を漏らしながら床に倒れ込んだ。
その後ろには呆れた表情を浮かべ、握り拳を作ったゆりが立っている。
クイントは何が起こったかを理解するのに、数秒の時間も必要なかった。
「ゆ、ゆり……冗談だ……」
「……すまない、こいつのことは忘れてくれ」
ゆりが言う中、男は後頭部を押さえながら喘ぎ、蹲っている。
ベッドの上からクイントは、訝しげな表情で男の顔を見ていた。
「何なんですか、あなたは?」
彼女は口を開く。
それに反応したかのように呻吟していた男はこちらに振り向き、笑みを再び浮かべた。
「俺の名は音也……」
男は名乗る。
痛みのことなど何事もなかったかのように立ち上がりながら、クイントに名乗る。
その男は偉大なるバイオリニストであり、未来を守る戦士の父でもあった。
しかし男もまた、この世界で戦う戦士の一人。
その名は――
「紅音也だ」
その男――紅音也の物語は始まる。
何処までも強く、何処までも自由な男の物語が――
こうして、クイント・ナカジマの時間は再び動き出した。
続く
最終更新:2008年12月23日 19:12