十二月二十四日――クリスマスイブ。
勿論ミッドチルダにはそんな風習は無く、その存在を知るものも極々稀にしかいない。
そして、『彼』はそんな極稀な例の一人だった。
「……クリスマスであるか」
異世界から迷い込んだ彼がミッドチルダとは別の、とある管理外世界の暦など知る由も無いはずなのだが、天の啓示によって彼はそれを知る。
「世間は未だカボチャの素晴らしさを知らぬ。これは、由々しき事態である。
ならば、緑黄色野菜の真価を知らしめるためには、我が一仕事せねばなるまい――!」
――恐怖のイブまで、あと三日。子供たちにカボチャの魅力を伝えるため、彼は準備に取り掛かり始めるのであった。
リリカルパンプキン外伝 『ハロウィンサンタの復活である』
夜も更け、良い子はみんなは眠る頃、良い子の例に漏れず暖かなベッドに身を沈めていたヴィヴィオは、寝ぼけ眼でむくりとその身を起こした。
「……トイレ」
誰に言うともなしに呟き、彼女はふらふらと廊下へ出る。
学校も冬休みに入り、なのはママやその友人たちも偶然一緒に休暇をとれたという事で、なのはの家にみんな集まってちょっとした宴会があった。
それは数時間前にお開きになり、ヴィヴィオは寝かしつけられ、客人たちもそれぞれの家に帰っていき、なのはの恋人(?)であるユーノが残っているだけのようだった。
そして、ヴィヴィオが子供部屋を出た、その直後――
窓ガラスが音もなく切り抜かれ、外から何者かが侵入してきた。
その何者かは、異様なシルエットの頭を揺らしながら、背負った袋の中をごそごそとかき回している。
そう、それは紛れもなくカボチャが大好きなあの人。彼は真っ赤な衣装と三角の帽子に身を包んでいた。
その姿はまさに、クリスマスの代名詞ともいえるあの人そのもの。その頭だけはかなりハロウィンだったのだが。
え? なんで仮面があるかって? だってアレが無いと無茶やらせられないし。
「ふむ。いつも良い子なヴィヴィオには、冷めてもおいしい我特製、このパンプキンスイーツセットを、――おや?」
空のベッドを見つめ、野菜頭のサンタさんは首を傾げる。
「はて、ヴィヴィオはいずこに?」
そうして部屋を見渡そうとくらくらと首を揺らす。
ちょうどその時、トイレから戻ってきたヴィヴィオが扉を開け――
彼女はその場で、息を呑んで固まってしまう。
『クリスマス』を知らない彼女にとっては、カボチャ頭と真っ赤な衣装のダブルパンチ。
いや、そんな不審者が自分のベッドの傍に立っていたことも会わせてトリプルパンチだろうか。
ゆっくりとトラウマが刻み込まれつつあるヴィヴィオに、サンタさんはゆっくりと――その大きな頭をコマ送りに振り返らせた。
「……見…た…な?」
押し殺した低い声。ギ、ギ、ギと聞こえそうな不気味な動き。
可愛らしい顔を真っ青にして怯えるヴィヴィオは、必死に首を振った。
「……み、見てない……! 見てないよ……!?」
震える声で誤魔化そうとしても、目が合ってしまった後では、それも無駄な抵抗だった。
サンタさんは肩を揺らして、低く静かに嗤う。
「クックック……今宵のサンタクロースの正体を知ってしまった者を、このまま放置しておくわけにはいかぬ。
――見られたからには是非もない。汝には悪いが……」
「……ひっ………!」
息を詰めるヴィヴィオに、サンタさんは歩み寄り、カボチャ頭を眼前に突きつけ、小さな肩をがっちりと掴んだ。
「……汝には悪いが、我が崇高なる使命を、手伝って頂くとしよう」
「え」
そこでヴィヴィオは気づく。目の前の不審者の声や口調が、みんなに大人気で自分も慕う『教会のパンタおじさん』のそれだという事に。
そういえば、よくカボチャの仮面がどうの、と言っていた気もする。
「て、手伝うって……?」
「うむ。汝の人を惑わす可愛らしさは、今宵の我にとって心強い味方である。
さぁ、汝も共に、子供たちへ愛と希望と美味しいカボチャを振りまくサンタさんへと変身するのだ!」
サンタさんがくるりとその場でターンするや、まばたきをする程の間に、
ヴィヴィオはパジャマからサンタさんの姿へと変わっていた。
それは、彼女の母親たちの服がBJに切り替わる一瞬さえも上回る、恐るべき早業。
真っ赤なミニスカートに可愛らしいちんまりとした帽子を被り、マスコット的な空気をこれでもかと醸し出す。
当然ながらヴィヴィオは慌てた。
「え、で、でもパンタさん、ママもう寝なさいって……」
「我はパンタではない! 今宵だけは、真の名であるパンプキン……いやいや正真正銘のカボチャなサンタさんである。
さぁ、いざ共に聖夜の使者として参らん!」
問答無用でヴィヴィオを抱え、サンタさんは窓から夜の大都会へとその身を躍らせた。
◆◇◆
一方その頃、なのはさんの家では――
「それじゃ、そろそろヴィヴィオの枕元にプレゼントを置いてこようかな」
「クリスマスって、君の世界の風習だろ、なのは。あの子知らないんじゃ……」
「いいの!」
細かい事を気にするユーノにそう声をかけ、なのはは隠しておいたヴィヴィオへのプレゼントを取り出す。
クリスマスの風習を知る極稀な一人であるなのはも、常識的な手段で我が子にプレゼントを贈ろうとしていた。
ちなみに抱えているプレゼントはぬいぐるみ。
「ちょっと早いんじゃないかな? 少し前にトイレ行ってたみたいだけど」
「寝つきのいい子だから大丈夫。でも、静かにしないとね」
なのはがユーノを連れ、足音を消してそっと子供部屋の扉を開けると――
目の前のベッドに、ヴィヴィオの姿は無かった。
「ヴィヴィオ……?」
思わずなのはは息を詰める。
ベッドの枕元には、プレゼントの箱と『メリークリスマスである』と書かれたカード。
更にその向こうには、切り抜かれた窓ガラス――
かつて愛娘を連れ去られた事を思い出し、慌てるなのはの鼻腔を『カボチャ』の匂いがくすぐった。
◆◇◆
『八神』という表札の掛けられた、一軒家の前で二人のサンタがボソボソと話し合っていた。
「よいであるか、ヴィヴィオ。先ほどと同じように汝がインターフォンを押し、
八神部隊長らが注意を向けている隙に、我が二階に侵入してプレゼントを置いてくるのである」
「わかった」
もともと明るく活動的な性格のヴィヴィオは、サンタさんと夜の街を跳ね回っているうちに、
どうにも楽しくなったらしく笑顔で頷く。
先ほどフェイトの家に侵入した時も同様の手口で、エリオとキャロにルーテシア、
ついでにクロノの子供たちへのプレゼントを置いてきたのだった。
サンタさんが家の壁に手をかけるのを見計らって、ヴィヴィオはインターフォンを押す。
ピンポーン♪と音が鳴ってはやてとシグナム、ザフィーラが玄関から出てきた。
「あれ? ヴィヴィオ、どしたん? 一人でこんなとこまで来たんか? それにその格好……」
訝しげなはやて達を見上げるヴィヴィオの視界の隅では、不気味なカボチャ頭が窓から侵入するところだった。
もう少し時間を稼がなくては。
そう考えヴィヴィオが適当な言葉を紡ごうとした瞬間、
ドゴンッ!!
と、重い物を振り下ろしたような衝突音と振動が、二階から響いた。
「な、なんや!?」
それに応えたのは頭上からの二つの声。
「何モンだ、てめぇっ!?」
「カ、カボチャのお化けですぅ!」
それとともに二階からはサンタさんが飛び出し、ヴィヴィオの真横に着地する。
シグナムとザフィーラが身構えるより早く、サンタさんはヴィヴィオを抱え、向かいの家の塀の向こうへと跳ね飛び姿を消した。
一瞬遅れてベランダに、ヴィータとリインフォースⅡが現れる。ヴィータは既に相棒たる鉄槌を構えていた。
「てめぇ、待ちやがれ!」
「ヴィータ! 深追いしたらあかんっ!」
「だってアレが部屋で何かゴソゴソやってたから……」
「不審者でギリギリ犯罪者って感じやなぁ……。でもアレ、シグナム達は気づいたか?」
主の問いに、控えていた守護騎士たちは揃って答える。
「動きがパンタでした」
「匂いがパンタだ」
「やっぱりな……。カボチャ被ってたし間違いないんやろけど、何でサンタの格好なんや?」
答えは、二階から降りてきたシャマルが持っていた。
シャマルの手には大小二つの箱と一冊の本。
「『ユニゾンデバイス用カボチャマスク』に『カボチャランタン製作キット』。『八神家の下の子たちにプレゼントである』って。
こっちは『カボチャ料理百選』。『シャマル医師には是非とも料理の腕前を磨いて欲しいと考え、特別に大人用である』、だそうよ。
どういう意味かしら?」
「そういえばクリスマスイブやったね今日は……」
頭痛を堪えるようにこめかみを押さえるはやては家の中へと戻っていく。
とりあえずヴィヴィオの母親である親友へ連絡しなければならないな、と考えながら。
◆◇◆
その後も、サンタさんの理不尽な活躍は、ひっそりと、大胆に続いた。
スバルとティアナを襲撃したり、
妹と水入らずの団欒を過ごしていたヴァイスにカボチャ頭を的にされたり、
どのような手段を用いたのか、更生施設のナンバーズたちにまでプレゼントの山を贈りつけた。
年末で賑わう繁華街を通る時に通報され、管理局員に追い回されたりもしたが、サンタさんにとってさしたる問題でも無かった。
◆◇◆
「――かーぼちゃー♪ かーぼちゃー♪ たぁっぷぅりぃー、かぁぼちゃー♪」
不気味なまでに低い声でどこか聞き覚えのある、無数のカボチャが迫ってきそうなメロディの歌を歌いながら、
ヴィヴィオを体に括りつけたサンタさんは、最後の目的地であるベルカ自治領・聖王教会の壁を、
カサカサと這うようによじ登っていた。
当初の予定では、警備の網をかいくぐって普通に建物の内部から侵入するはずだったのだが
隠密であるべきサンタの本分を忘れ本来容易くかわせたセキリュティにあっさり引っ掛かり、
巡回していたシスターや、騎士たちが警戒態勢に移行してしまったのだ。
……生来目立ちたがり屋な彼に隠密行動など、もとより不可能だったのだろう。
当初は楽しんでいたヴィヴィオは、慣れない夜更かしに疲れてしまったのか、彼の背中でうつらうつら。
「かーぼちゃー♪ かぼちゃーたぁっぷり、かーぼちゃーが、やぁって来ぅるぅー♪」
どこか誇らしげに歌うサンタさんは、突起などほとんどない壁を危なげなく這い上がる。
仮面に隠され見えないはずだというのに喜色満面だと分かる顔と、ギラギラとした眼光が素敵なサンタさんはようやく目的のフロアの窓へ辿り着く。
そこは、孤児院の子供たちが暮らす区画。
子供たちの眠る部屋が並ぶ廊下で、サンタさんは腕組して考える。
目立ちたがり屋であり、これまで派手にプレゼントを配っていた彼だが、穏やかに夢見る子供を起こすほど無粋でもなく、
本来のサンタクロースがそうであるように、そっとプレゼントを置いて去るべきかと思案し始める。
そうして一分が過ぎた頃、サンタさんの真横のドア――幼稚園に通っている年頃の子供の部屋から、目をこすりながら一人の男の子が現れた。
男の子がまず目にするのは暗い廊下で、首をくらくらと揺らし愉快げにクックッと笑うカボチャ頭。
ヴィヴィオと同様にクリスマスを知らない男の子は――否、たとえクリスマスを知っていたとしても、
確実にサンタと認識できないであろうそれを見て悲鳴をあげる。
「お化けぇぇぇっ!!!」
その悲鳴に、まず眠っていた他の子供が起きる。次に灯りが点る。
サンタさんが配り始めたプレゼントに子供たちがはしゃぎ、興が乗ったサンタさんは自慢の手品や大道芸を披露。
それを聞きつけてシスターがなだれ込んで来る。
先頭には、監視カメラに移るカボチャが何者か即座に看破したシスター・シャッハ。
青筋を浮かべ、双剣のデバイスをカボチャに向けるも、その間にははしゃぎまわる子供たちの群れ。
どうにかそれを掻き分けようとする間に、サンタさんは
「メリークリスマスである、子供たちよ! プレゼントを受け取ったら、早々に床に就くのであるぞ」
当の自分が子供が起きた原因でありながら、しゃあしゃあとのたまい侵入した窓から飛び降り姿を消した。
◆◇◆
クラナガンのとあるビルの屋上で、サンタさんはもう一人の小さなサンタに礼を述べる。
「ヴィヴィオよ、協力感謝するのである」
「うん……」
かなり眠そうなヴィヴィオにサンタさんは、袋に一つ残った大きめの箱を取り出す。
「これは、手伝ってくれた御礼である。我お手製のハロウィン・パンプキン人形、愉快に歌って踊る逸品であるからして、大切にするのであるぞ」
「ありがとう……」
「それと、今夜の事は他言無用。誰にも話してはならぬぞ? 特に……なのは隊長に話す事は厳禁である」
「へぇ~、誰に秘密なの?」
さんざん目撃されておいて、ふざけた事を言う彼の背後。
濃密な殺気に、サンタさんは振り向きざまその場を飛び退く。
直後――彼がいた場所に吹き飛ばす桜色の魔力光。
上空には、白いBJを着込んだ茶髪の女性。――高町なのはその人である。
「うちのヴィヴィオを一晩中連れ回してたみたいですけど、お話聞かせてくれませんか? パンタさん」
言葉とは裏腹に、その杖には光が充填されていき、
「うむ、話せば長いのであるが、今宵我は世にカボチャの魅力を知らしめるべく、サンタクロースとして――」
その状況でなお饒舌に語ろうとするサンタさんだったが、流石に砲撃は喰らいたくないのか、なのはから距離をとる。
彼の身体能力ならば、発射までにタイムラグのある砲撃魔法をかわす事など容易く、
サンタさんは冷汗を滲ませながらも、回避後にいかにして逃走を図るか思案する。
だが、その足元から湧き出すように現れた銀鎖が彼を縛めた。
「む?」
「今夜は久しぶりになのはと過ごせたはずだったんですよ?
でも、あなたがヴィヴィオを連れてったお陰で、一晩中駆けずり回る事になって……。
これはそのお礼です」
いつの間にか忍び寄っていたユーノのバインドによって、サンタさんの動きは完全に封じられた。
何か思うところがあるのか、その中性的な顔は笑顔でありながらどこか寒々しいものを漂わせている。
「ま、待つのである! 天が人に言葉を与えたもうたのは、言い訳をせよとの思し召しであろうと我は愚考する――」
「ディバイィィィン バスタァァァァァ!」
尽くした言葉も空しく、発射された桜色の砲撃。
サンタさんは、かっくんと項垂れ、
「無念である」
吹き飛ばされた。
◆◇◆
後日、『真っ赤な衣装を着た、子供を脅かすカボチャ怪人が深夜の町を徘徊する』という都市伝説が生まれたり、生まれなかったり。
最終更新:2008年12月24日 01:58