リリカル・ニコラス テロ牧師の聖夜
「ああ、そういや明日はクリスマスやったな」
夕食用のジャガイモの皮をむきながら、ウルフウッドはふと口から漏らした。
誰に言うでもなく、ただ思い出した事象が自然と口から零れた、そんな呟き。
だが彼の隣りにはそんな呟きを聞き届ける者が一人佇んでいた。
「ニコ兄、クリスマスって何?」
逆立った赤毛の少年、エリオ・モンディアルは皮むきを手伝いつつ首を傾げて彼に疑問符を投げかける。
ウルフウッドは隣にいた少年にふと目をやると、一度脳裏に情報を整理した。
「ああ、クリスマスっちゅうのは、ああ、なんつうか……ホーム(地球)の、なんちゅうか、祝いの日みたいなもんや」
「お祝い?」
「おお、12月24日にもみの木飾ったり料理を食ったりプレゼントを用意したり、それと赤い服を着たサンタとかな、まあ色々や」
「サンタ?」
「クリスマスにはそういう人が赤い服を着てプレゼントを配るんや」
「へえ」
その言葉を聞き、内容を胸中で反芻しながらエリオは視線を時計に移した。
時刻はもうじき18時に差し掛かるという頃合、まだ“彼女”に会うには少しは余裕があるだろう。
(騎士カリム……お時間あれば良いけど)
△
12月24日クリスマス当日、買い物から孤児院へと帰ってきたウルフウッドは目を丸くした。
「なんや……これ?」
異様・異質・異常、そう形容して余りある光景がそこには広がっていた。
まず壁やら床にきったない絵が描いてある、明らかに子供のラクガキ。
ラクガキの中にはこれまた汚い字で“メリークリスマス”と書いてある。
そして部屋やら廊下やらのあちこちには盆栽や鉢植えが置かれてた、それもただの木ではない。
色とりどりのモールや飾りを付けられて派手な姿へと変わっている。
しかし正直、松の盆栽にカラーモールはあまりにカオスだった。
その光景に唖然としていると、唐突に銃声にも似た乾いた音が鳴り響いた。
「「「「メリークリスマス!」」」」
乾いた響き、クラッカーの音と共に紙の破片と小さな飾りが飛び散る。
そして、それぞれに赤い服を着た子供達と見慣れた騎士やシスターが現れた。
「お前ら……何しとるんや?」
「もう、何言ってるんですか? 今日はクリスマスという日らしいじゃないですか。エリオ君に聞いたんです」
「と、言うわけで色々と即興でパーティーの容易をしたんです」
サンタ風、を意識したのだろうか、赤い衣装に身を包んだシャッハとカリムが彼の前に立つ。
少しスカートの丈が短めな為か、カリムは恥ずかしそうにモジモジと裾に手をやり頬を赤らめている。
だがウルフウッドの目を引いたのは二人が手にした包みだった。
「それ、もしかしてプレゼントか?」
「ええ、ウルフウッドさんがお気に召すかどうかは分かりませんが」
「色々考えて容易したんですよ?」
魅力的ともいえる笑みを宿した二人の美女はそう言うと、ズイと彼の前に歩み寄り手にした包みを差し出した。
「さあさあ、では受け取ってください」
「おお、あんがとさん……でもなぁ……」
「“でも”、なんですか?」
「クリスマスは子供にプレゼント上げる日ぃやねんで?」
二つの包みを手に受け取りながら、ウルフウッドは苦笑してそう漏らした。
「そ、そうなんですか?」
「おう、まあな」
「子供達へのプレゼントですか……では“騎士カリムのスカートめくり権”というのはどうでしょう?」
意地悪そうな笑みを浮かべ、明らかに冗談と分かるトンチキな事を吐くシャッハ。
だが当のカリム本人は冗談やからかいに不慣れなのか天然なのか、彼女の言葉を本気にして慌てふためいた。
「ちょ! シャッハ!? ス、スカートめくり!?」
「おう、それ面白そうやな」
「でしょう? どうせ白パンですし」
「そうやな、色気ないしな」
「な、な、な、なにを言ってるんですか! 今は危ないんです!」
カリムがそう言った時だった、三人の会話を聞いていた近くの子供がそっと、それこそ隠密の如く忍び寄る。
そして意を決したかと思えば、その幼き魔手を翻した。
「騎士カリムのスカートめくり権も~らい♪」
「きゃぁっ!」
疾風迅雷のように素早く、そして淀みなく、少年の手はカリムのサンタ風衣装のスカートの裾を盛大にめくり上げた。
そしてその中にあったのは……なんとも言えぬ極楽絵図だった。
実に触り心地の良さそうなむっちりとした太股は白く美しい柔肌を誇り、その上の下腹部はきゅっと締まってヘソのラインを艶めかしく引き立てる。
そしてなにより目を引いたのは、彼女の穿いた下着。
白い肌をより一層美しく引き立てる漆黒のソレは、各所をレース地で仕立てられており酷く扇情的。
さらには部分部分が透けており、雄の獣欲を否応なくそそり立てるような素晴らしい逸品だった。
スカートが舞う一瞬、その一刹那が惜しく感じられるような時間だった。
ちなみに、ウルフウッドはその光景を鍛え抜かれた動体視力できっちりと脳裏に刻み付けていた。
「あ……ああ……」
先日意を決してネット通販したセクシーパンツを白日の下に晒され、カリムは呆然とそんな絶望染みた声を漏らす。
めくった犯人の子供はしきりに“騎士カリムのパンツまっくろ~♪”等と陽気にはしゃいでいる、無邪気な子供とは恐ろしいものだ……
だが子供は良い、なにせそこまでやらしくない。
問題は成熟した男、それも親しい人に見られた事だ。
「……み、見ましたね?」
「ちょ、待てや落ち着け、今のは不可抗力やろ!?」
「……でも見ましたね?」
「そりゃまあ、確かにお前のエロパンツ見たのは事実やけど、へぶああ!!」
「いやぁっ! ウルフウッドさんのエッチ~!!」
ウルフウッドの弁明虚しく、カリム・グラシアの見事としか形容できないアッパーカットは的確な角度と強烈な力で炸裂した。
凄まじい力で脳髄を揺さぶられ、薄れ行く意識の中ウルフウッドは最後に見た絶景を脳裏で反芻した。
△
「いつつ、しっかしカリムのやつ……ほんと良いパンチしとるなぁ、アレは十分プロで食ってけるで」
ベランダの欄干に身体を預け、口に咥えた煙草に火を灯しながらウルフウッドはそう一人呟いた。
最初こそカリムの強烈なアッパーカットで出鼻を挫かれたが、その後はとりあえず落ち着きを取り戻して子供らと共に楽しいパーティーと相成った。
たくさんの料理を囲み皆で楽しく食事を取り、一緒に騒いで遊んでたっぷりとクリスマスを満喫した。
もみの木も七面鳥もなかったが、そんな事は問題では無い。【子供達が楽しく過ごせた】それが一番重要だった。
その一点においては、この模造・急造クリスマスもホーム本家のモノに負けはしないだろう。
子供達が遊びつかれて眠りの世界に落ちたのを見計らい、ウルフウッドはこうして一人一服しに外へ出たのだ。
冬の寒空の下で一人煙草の紫煙を燻らせるというのは骨身に染みるが、子供達にあまりニコチンの害を与えるのも問題なので仕方が無いと言える。
「ふうぅ……正直、本数減らした方がええのかもしれへんなぁ」
「ならいっそ禁煙したらどうですか?」
唐突に声がかけられる。
その方向に顔を向ければ、そこには先ほど自分を殴り飛ばした金髪の美女が佇んでいた。
ウルフウッドは特に驚くでもなく、よう、と軽く手を上げて会釈する。
「その……先ほどはすいませんでした……思い切り殴ってしまって……」
「ええって、別に。まあええモン見せてもらったしな」
軽くからかいを入れるウルフウッドに、カリムは頬をほのかに朱に染めて“それは忘れてください”と聞こえるかどうかの小声で呟いた。
「それで、今日はどうでした? 即席の模造で、随分と不恰好だったかもしれませんが……」
「十分楽しめたわ、子供らも喜んどったしな。でも、流石に盆栽をツリーに見立てるのは斬新過ぎ通り越して不気味やで」
「……」
「なんやその沈黙は?」
「いえ、その……」
「アレ、お前か?」
「……はい」
「そか……」
ちょっと気まずい沈黙が流れる、ウルフウッドはただ黙って新しい煙草に火を点けた。
その空気に耐えられなかったのか、カリムは思い出したかのように声をかける。
「そ、そういえばプレゼントはもう開けましたか?」
「ああ、そういやまだやったな」
「なら今開けてはどうでしょう」
「せやな」
カリムに急かされ、ウルフウッドは包み紙を開けてプレゼントの中身を確認する。
中から現れたのは一つの瓶だった。
「ほぉ、酒か」
「ええ、ベルカ産の赤ワイン。お口に合えば良いのですが」
「ほなら早速」
「って、今開けるんですか?」
「そんなん、もったいぶる事ないやろ?」
そう言いつつウルフウッドはコルクを歯で抜き去り、早速一口喉に流し込んだ。
芳醇な恵みの赤が口内を満たし、次いで喉をゴクリと鳴らして流れ込む。
瓶を口から放すと共に、ウルフウッドは満悦とした顔をした。
「なるほど、こらぁ良い酒やな」
「まったく……それならせめてグラスに注いで飲んでください」
行儀悪い彼の飲み方に、カリムは頬を膨らませて不満そうな顔をする。
対するウルフウッドは“固いこと言うなや”と軽く返しつつ、また一口美酒を口にした。
そして何口か飲むと、彼はおもむろに手の瓶をカリムに差し出した。
「せや、お前もどうや? せっかくの良い酒も一人で飲むのは味気ないわ」
「へ? で、でも……その……」
「ほれ、グイっと行けや」
瓶を手渡され、カリムは狼狽した。
今まで彼がラッパ飲みしていた瓶、それに口付ける……すなわち“間接キス”である。
産まれてこの方、恋のこの字も知らなかった乙女には少しばかり刺激的だった。
ちなみに、初対面時に彼への蘇生措置で人工呼吸したのはノーカンだ、あれキス違う。
そんな事を考えていると、ウルフウッドの言葉が彼女を急かした。
「なにしとるんや? さっさと飲みや」
「いえ……その、あの」
「ええから、ええから、ワイも十分楽しんだんやからお前も飲めや」
「では……頂きます」
ウルフウッドのように豪快ではなく、慎ましく瓶を傾けて唇をそっと口付けると、カリムもそのワインの赤で喉を潤した。
薫り高い味わいが口の中から鼻腔を駆け巡り、喉を流れる。
最初口付けた時と同じくそっと唇を離すと、カリムは美酒の余韻にほうと一つ切なげな息を吐いた。
「本当に、美味しいですね」
「せやろ? これを独り占めにすんのはちと罰当たりやで」
「それじゃあ、今夜は二人だけで飲み明かしますか」
いつもの慈母の如き優しげなモノではなく、まるで悪戯を企む童女のような笑みを浮かべてカリムは少し下を出して笑った。
ウルフウッドもまた、そんな彼女にいつも以上の優しさを込めて悪戯っぽい笑みを返す。
そんなこんなで、今日もまた教会の夜は楽しくも平和に過ぎていった。
終幕。
オマケ
「あれ? 騎士カリムとウルフウッドさんはどこに行ったんでしょう?」
子供達が寝静まり孤児院を静寂が支配し始めた頃、パーティーの後片付けをしながらシャッハはふと呟いた。
時刻もそろそろいい時間になっている、もう自室に帰ったのかと考えるのが妥当だろう。
そしてそんな時だった、ウルフウッドがその場に転がりこんできたのは。
「シャ、シャッハ~! 助けてくれ!!」
「どうしたんですか、突然」
「いや、カリムのやつ、酒飲んだら……」
「ウルフウッドさぁん」
シャッハに縋りつくウルフウッドに、さながら淫婦の如く甘美に蕩けた声が投げかけられた。
振り向けば、そこに一匹の雌が立っていた。
軽くウェーブのかかった艶やかな金色の髪を揺らし、雌は口元からだらしなく唾液を一筋垂らしていた。
それは決して下品や不精には見えず、さながら淫らさをより一層深くする化粧。
彼女は纏った服の随所を肌蹴させ、その豊満な胸元を曝け出して堪らない色香を放ち酷く男を誘っている。
淡く朱に染まった白い肌からは果実のような甘い香りが漂い、もはや同じ人である事すら怪しい程だ。
正に雄を堕落させる為に生まれた小悪魔か、そんな女だった。
「もしかして、騎士カリムにお酒を飲ましたんですか?」
「ああ」
「あの人、飲みすぎると突然ああなるんですよ」
「ホンマかいな?」
「ええ、あのワイン結構強いですから」
「それは分かったから、なんとかしてくれや」
「いえ、私は片づけがありますので」
「もう~、ウルフッドさぁん。シャッハとばっかり遊んでないで、もっと私と飲みましょうよぉ♪」
「ちょ! 抱きつくな! 胸を押し付けるな! おいシャッハ助けや!!!」
しなだれかかるように抱きつき、服を肌蹴させた肢体を絡ませてくるカリムに襲われながらウルフウッドは助けを求めて叫んだ。
だがその叫び虚しく、シャッハは顔を背けてその場を後にした。
「ではお楽しみを。ああ、あまり床を汚さないでくださいね?」
「何で汚すねん!?」
「いえ、“ナニ”とか」
「アホな下ネタ言わんと助けやぁ!!」
「ウルフッドさぁん、もっと飲みましょう♪」
「ちょ、だからくっつくなオンドレ!」
こうしてウルフウッドは酒乱騎士に絡まれ、抱き疲れつつ朝を迎えた。
めでたしめでたくもなし。
チャンチャン。
最終更新:2008年12月25日 22:40