西暦2001年1月30日―――
中央アルプス長野県九朗ヶ岳。
全ての始まりであったこの地には今、猛烈な勢いで吹雪が吹き荒れていた。
それはまるでこれから吹き荒れるであろう戦いの嵐に感応するように。
周囲一面を白銀の世界へと変え、国道沿いに停車された二台のバイクに雪が降り積もる。
勿論それは、バイクの所有者である二人の青年にも等しく降り積もっていた。
厚い雲に覆われた空には、暫く青空が拝めそうな気配はない。
それはまるで青年の心を現しているかのようで。

青年が不安がるのも無理はなかった。
1年間という期間に渡って、共に戦ってきた友を、自分の手で殺さねばならないのかもしれないのだから。
それは仮に、“もしも彼が心から優しさを枯らしてしまった場合”のことではあるが。
勿論彼を信頼していない訳ではない。寧ろ彼ならば古代の伝説をも塗りかえるのではと期待さえさせる。
それでも心から不安が消えないのはやはり、慎重な性格のためなのだろう。

出来る事なら、彼にはこんな寄り道はさせたく無かった。
出来る事なら、彼には冒険だけをしていて欲しかった。
ここまでずっと付き合わせてしまった事に、罪悪感を感じずにはいられなかった。
彼は笑顔を絶やさなかった。元々暴力なんてものは嫌いな筈だったのに。
本当なら誰かを殴る事も、ましてや殺すことも嫌だった筈なのに。
それでも彼は、戦い続けた。何度挫けそうになっても、必ず立ちあがって。
自分の身体すらも、自分の物で無くなってしまうかもしれないという恐怖にも負けず。
人々の命と、そして何よりも人々の優しい「笑顔」を守るために、彼は戦い続けたのだ。
だが、そんな戦いもこれで終わる。大勢の人々の命を奪い続けてきた者達と、最後の決着が付こうとしていた。

――じゃあ、見てて下さい。
――俺の、変身。

彼は最後に、こう言った。
親指を突き立てて――所謂サムズアップのポーズを取りながら。
自分は大丈夫だと言わんばかりに、微笑みを浮かべて。
笑顔で親指を突き立てるというこの動作自体が、彼のトレードマークの様な物なのだ。
彼は青年に背中を向けると、いつも通りに変身の動作を取った。
未だ不安な瞳で見つめるしか出来ない青年の眼前で、彼の姿が変わっていく。
ベルトを中心に、全身が漆黒の鎧に包まれて。その直後、金のラインが走る。
その体を漆黒で塗りつぶすと、今度は頭部を仮面が覆う。
彼は既に、人間の姿ではない。戦士としての姿へと、文字通り“変身”を行ったのだ。
全身が黒に覆われたその姿は、漆黒の――凄まじき戦士のもの。
禍々しく突き出た両肩の突起。頭部に輝く黄金の角は4本。
今までのどの姿とも違う。彼は成ってしまったのだ。
伝説の存在に―――「究極の闇を齎す存在」に。

されど不思議と、恐怖という感情は感じなかった。
最後に戦士が振り返った時、その目は燃える炎の様な真紅の色をしていたから。
これが青年が最後に見た、「戦士クウガ」の姿であった。


EPISODE.00 青空


三ヶ月後―――
警視庁、未確認生命体合同捜査本部。

一年前から突如現れ、普通の人格を持った人間には大凡理解不可能な
殺人ゲームを繰り返した異形の集団を、人々は「未確認生命体」と呼んだ。
彼ら未確認生命体は、当初は人類の開発した兵器では対処不可能とされた。
しかし、確認された未確認生命体の中に、人類にただ一人味方する者が現れた。
後の研究でそれは未確認とは別個の存在である事が明らかにされたが、
人々は皆彼をこう呼ぶ―――未確認生命体第4号と。
この世界の人々の間で、「4号」という言葉は最早、英雄の如きカリスマ性を湛えているから。
一年間、未確認の連中から人々を守るために戦い続けた4号はまさに希望の象徴とも呼ぶべき存在であった。
そんな4号に協力して戦ったのが、警視庁内に設けられた、未確認生命体合同捜査本部なのである。
しかし、4号と0号が最後に確認された九朗ヶ岳での事件以来、未確認はその姿を現す事は無くなった。
それ故にこの部署も解散となり、現在未確認に関する資料を纏めていた最中であった。

一条薫は、数枚が束ねられ、一つの束となった資料に目を通していた。
未確認生命体関連事件捜査資料。この一年で起こった全ての未確認関連事件の全容が記された資料だ。
この一年間の記憶を呼び覚ましながら。ゆっくりと頁を捲るその表情は、重々しい。
一条が見詰めていたのは、未確認生命体第0号に関連する事件資料であった。
資料写真として載せられているのは、0号が引き起こした事件について。
それは今から時間にして約三ヶ月前。究極の闇と称される0号が単独で行ったと思われる、大量虐殺事件。
その影響で、長野県長野市及び松本市は壊滅―――0号によって虐殺された被害者は三万人を超えた。
しかし、後の4号との決戦を堺に、0号はその姿を現さなくなった。
資料に記されているのは、以下の文である。

未確認生命体第0号
平成13年1月30日、長野県駒ヶ根町室木、
九朗ヶ岳名伊里曽沢に於いて第4号と交戦、
第4号と共に失踪。
(平成13年1月30日、午後7時から8時頃)

一条の表情が険しくなる。
0号が4号に倒されたのならばそれでいい。
だが、4号まで一緒になって消えることに、一条は未だに納得が出来ずにいた。
自分が二人の決戦の跡地へと駆け付けた時には既に、二人の姿は無くなっていた。
白銀の世界をただ一ヶ所、真っ赤な鮮血で染めて。
だが、どうにも4号が死んだとも思えない。
何故か彼なら、今でも何処かで冒険を続けているのではとすら思えてくる。
それはやはり彼の人柄故なのだろうか。
しかしそれならば一言くらい「冒険に行ってきます」くらい言ってくれても良かったんじゃないかと思えてくる。
と、そんな事を考えていると、一条の表情からふっ、と笑みが零れた。
一条が思い描いたのは、彼の相変わらずの飄々としたマイペースな態度。
どういうことか、彼の笑顔を見ていると、こっちまで笑顔になってくる気がした。
例えそれが記憶の中の姿でも、だ。
それだけ彼は、皆に笑顔を振り撒いた存在だったのだ。

「五代さんじゃない人が4号だったら、最後まで戦えなかったかも……」

ふと、一人の同僚の言葉に、一条は耳を傾けた。
4号として戦った彼――五代雄介の話とあれば、自然と意識が向けられる。

「そうだね。いつでも笑顔で頑張れる五代さんだったから。最後の最後まで」

また一人、同僚の刑事がそう言った。
一条の脳裏に未だ焼き付いて離れないのは、五代の屈託のない笑顔。
本当なら辛い筈なのに、五代はいつでも笑顔を絶やさず、皆の笑顔を守り続けた。
絶対に弱音も吐かずに、例え心の中で涙を流し続けていても。周囲の皆を笑顔にする為に、
五代は最後の最後まで、笑顔を絶やさなかった。それを一条はこの目で確認しているのだから。

「何でだよって言うくらい、いい奴だったもんな……」

今度は別の同僚が言った。
一条も小さく頷きながら、それに同意した。
五代ほど人がいい奴は、一条だって見たことが無かったから。
彼ほどの男は、他にそうはいないと確信しながら、ふと窓の外をみやる。
窓から見えるのは、どこまでも広がっていく美しい青空。
五代が戦い続けて守った、心が澄み渡る程の青空だ。

「それにしても……彼は今、何処で何をしてるんだろうなぁ」

青空を見つめる中、一人がそう言った。
だけど恐らく、誰も五代が死んだ等とは思っていない。
その理由の一つとして、五代が乗っていたBTCS――通称ビートチェイサー2000が、姿を消していたことが挙げられる。
BTCSが無くなったという事は、それに乗る者が居たということ。ひいては、五代がそれに乗って行ったのでは、とも考えられる。
別にそれだけでは大した根拠にはならないのかも知れないが、何よりも彼らは五代雄介という人間を信頼している。
故に、あのまま0号と心中した等とは到底思えなかったのだ。
きっと彼は、0号との決戦後に失踪した後も、何処かで冒険を続けているのだろう。
それこそもしかしたら、並行世界の壁すらも超えてしまうような壮大な冒険をしているのかも知れない。
そんなあり得ない想像をしてしまう程に、五代雄介は規格外の男だったのだ。
が、それは彼らには解らないこと。ただ一つだけ、彼は今も生きているということ。
生きて笑顔で冒険を続けていること。それだけは、彼らも確信していて。
彼が守った青空を。どこまでも続く青空を。
一同はじっと眺めていた。


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最終更新:2008年12月25日 22:52