時空管理局本局。
その医療ブロックへと向かう廊下を一人の少年が必死になって走っていた。
擦れ違う人々が驚いた様子で少年を振り返るが、本人は全く気が付いていないようだ。
少年の名前はユーノ・スクライア。
幼くして無限書庫の司書長に就任した新鋭である。
だが今の彼を包んでいるのは、才気溢れる溌剌さではなく、深い負の感情を内包したどこまでも暗い雰囲気である。



“任務中になのはが攻撃を受けた。重体だ”

そう淡々と連絡を寄越してきたのは、出会ってから2年の付き合いになるクロノ・ハラオウンである。
最初、ユーノは自分の耳がおかしくなったのかと思った。
今回なのは達が任務に向かった場所は、自分が調査した上で何の害も無いだろうという判断を下した遺跡だった筈なのだ。
まかり間違っても攻撃を受けるような場所ではない。
しかし、通信画面に映っているクロノの顔はどこまでも無表情であり、友人のそんな態度を見せられては、今耳にした言葉が事実であると認めざるを得なかった。



(僕のせいだ!僕がなのはに魔法を教えてしまったから!僕がなのはと出会ってしまったから!)

後悔で息苦しくなりそうになりながら走った。
体中の力が抜け落ちそうになるのを何とか抑えながら走った。
胃の中に氷の塊があるように錯覚しながら走った。
目の前が涙で霞みながら走った。
頭がガンガンと痛んだがお構いなしに走った。

そして辿り着いた。
集中治療室の前。
そこに集まった知人達―――高町家、ハラオウン家、八神家の面々―――は、暗く沈んだ表情を浮かべていた。
恐らく自分も似た様なものだろう。

「ユーノ・・・」

こちらに気付いたフェイトが声を掛けてくる。
返事をしようとするが、ここまで全力疾走してきたので上手く答えられない。
呼吸を整えようとするが、動揺しているせいか逆に咳き込んでしまった。

「なっ、なのは・・・っは?」

ようやく出せた問いに、しかしながら答える者は誰も居なかった。
唯、“使用中”のランプが点灯した扉を見遣るだけである。
それを見た瞬間足が言うことをきかなくなり、床に座り込んでしまった。
立っていられるような状態でもなかったのだが。

「おい、ユーノ。そんな所に蹲ってないでこっちにきたらどうだ?」
「クロノ・・・」

そう言われ、のろのろと立ち上がりクロノの傍へ歩いていくと、力なく尋ねた。

「何があったんだ?あの遺跡にそこまで危険はなかった筈だ」
「・・・見たこともない質量兵器の襲撃を受けた」
「質量兵器?でもあの遺跡は・・・」
「分かってる。外部からの介入の線が高い。忙しいと思うが、事後調査に付き合ってもらうぞ」
「ああ、勿論さ」
「それと、自分を責めるな」
「・・・」
「今回の事は、誰が悪いわけでもないんだ。抱える必要の無い責任は、お前を苦しめるだけだぞ」
「それは・・・」

ユーノが反論しようとした時だった。
待合室の扉が開けられ、3つの影が差す。
1つはリンディのもの、そしてもう2つは・・・。

「レイヴン、シャドー・・・」

今まで項垂れていたヴィータがその姿を見て呟く。
しかし名前を呼ばれた当人は返事をすることなく、愕然とした表情を浮かべてユーノを凝視している。
視線に気付いたユーノは、居心地悪そうに問いかけた。

「あの・・・何か?」
「・・・いや、何でもない」

レイヴンはそう答えると、悄然とした様子のヴィータに向き直った。

「彼女の容態は?」
「分かんねえ。手術が始まってから結構経つんだけどよ、まだ終わらねえんだ」
「そうか」
「お前こそ、もういいのか?重要参考人だろ?」
「尋問は8割方終わったそうだ。ここに来たのは・・・手当てした身としては気になるからな。まあ、監視付きだが」

肩を竦めてリンディを示すレイヴン。
と、その時だった。
手術室の電灯が消え、手術を行っていた医師がドアを開けて出てくる。
その医師とは、唯一この場に姿を見せていなかったシャマルであった。

「手術は成功です。なのはさんは一命を取り止めました。しかし、現状での魔法の使用及び、自力での歩行は困難であると言わざるを得ません。リハビリを行っても、治るかどうか・・・」

重々しく告げられた内容に凍りつく一同。
そんな痛いほどの沈黙を破ったのは、ユーノだった。

「僕の・・・僕のせいだ。僕がなのはに魔法を教えてしまったから・・・」

そういって崩れ落ちるユーノ。
目から止めどなく涙が零れるが、それを拭えるほどの気力は今のユーノにはなかった。
そんなユーノをクロノは叱咤する。

「よせ、ユーノ。そんな事を言うもんじゃない。それに誰に責任があるかといえば、それは彼女の不調に気付かなかった僕だ」
「でも、なのはは僕と出会わなければ、こんな怪我をすることはなかった。僕と出会わなければ、普通に笑って暮らせていた筈なんだ・・・」
「いい加減にしろ、ユーノ。なのはがいたお陰で、フェイトとはやては、今こうやって生きていられる。その結果まで否定する気か?」

それを聞いたユーノは黙り込んだが、納得した様子は見られなかった。
クロノもこれ以上言うことはないのか、口をつぐんだままだ。
こうしてなのはが生還したことを喜ぶこともなく、待合室は再び重苦しい雰囲気に包まれ始めていた。


「ユーノとかいったか?あいつは誰なんだ?」

今までのやり取りを横目で見ていたレイヴンは、ヴィータに小声で話しかけた。
なのはが生きている事を聞いてホッとしていたのか、それとも後遺症の事にショックを受けていたのか、ヴィータはすぐには答えられなかった。

「おい、ヴィータ?」
「ん?ああ、すまねえ。何だ?」
「だから、あのユーノって男。何者なんだ?」
「ユーノか。あいつは、なのはの魔法に出会うきっかけになった奴さ。いい奴だよ。
そういや、なのはの魔法の先生もやってたな。攻撃はからきしだけど防御は硬いの一言につきるぜ。
まあ、責任感じるのは分かるけど、今回のは・・・」
「待て。今、何て言った?」
「?なのはの魔法の先生だったって・・・」
「違う、その後だ」
「防御が硬いってとこか?それが一体どうしたってんだ?」
「あいつは今、何歳だ?」
「?確かなのはとタメだから11歳の筈・・・」
「11歳・・・」

それを聞いたレイヴンは深刻な表情を浮かべた。
ヴィータは、目の前の男が始めて見せる真剣な表情を訝しげに見つめた。
この男はなのはが、怪我したときもこれ程深刻な表情を浮かべていただろうか?

「最後に一つ。あいつは孤児なんじゃないか?」
「あ、ああ。そうだけどよ。ユーノに何かあんのか?聞きたいことがあんなら、本人に直接・・・」
「・・・いや、こっちの問題だ。気にしないでくれ」

そう言うとレイヴンは待合室の隅に移動すると腕を組んで何か、考え事を始めたのだった。

Another View (Raven)

一目みた瞬間から、まさかとは思っていた。
あまりにも似通っていたのだ。
見た目だけではない、雰囲気もだ。
だが、それだけなら、唯の思い過ごしだと切り捨てることも出来た。
しかし、先程ヴィータから聞いた情報が確かなら、偶然で片付ける事は出来ない。
硬い防御力、11歳、孤児、そしてユーノという名前。
これらの要素を鑑みるに、ほぼ間違いないだろう。
第一、自分自身の直感が告げているではないか。

(間違いなくあいつは、11年前に行方不明になった、バンとフィーネの息子
ユーノ・フライハイトだ)

Another View End

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年12月29日 07:06