我思う、故に我有り』。彼女が垣間見たとある世界の思想家の言葉。
存在する物について他者と自分は同じ物を同じ物として認識しているとは限らない。
だが、対象を認識した自分の意識、思考を否定することはできない。否定できないものが我であり、自我そのものである。
自分が存在することは理解できる。今、ここにある存在が自分だ。自分自身だ。

では、ここにいる自分はいったい何なのか?

人でもない。動物でもない。機械でもない。兵器でもない。植物でもない。
自分として認識する存在が、いったい何なのか、何になるのか、何になるはずだったのか。
分からない。何でもないにもかかわらず、存在だけは確立された。
だからこそ悩む。彼女は思考する。『自分はいったい何であるのか』という答えを知るために。

正解をくれる創造主はない。自分を創造した存在は、もはや過去の存在になってしまった。
自分は『過ち』。本来なるはずだったのものから、かけ離れている。けれど、本来なるはずだったのものも分からない。

彼女は、胎内に納められた虚数空間跳躍能力を使い世界を回る。
目的は2つ。『自分が何になるはずだったのか』『過ちとはなにか』。
世界に『過ち』を起こす。自分がいなければ起こる『そうなるはず』だった事象をゆがめ、『過ち』というものを観測する。
気が遠くなるほどの時間、彼女は答えを知るため、思考と試行を繰り返す。
どこかにある正解を求めて、今日も世界に『過ち』を呼ぶ。

新たな世界への虚数空間跳躍の最中、彼女はあるものを見つけた。
漆黒の闇と、容赦なく熱を奪う風が吹きすさぶ時空間の狭間。周囲の闇に決して溶けず温かな光を放つ何か。
寄る辺もない彼女は、何を思うわけでもなくそれに近付き、そっと眺めてみた。

「これ、は……」

宝石のように輝く、カッティングされた輝石が9つ。数字を刻まれ、膨大な魔力を秘める物質たち。
だが、その場にあったのはそれだけでなかった。黒い闇にまぎれて、一人の女性の遺体が何かを掻き抱くように漂っていたのだ。
虚数空間では、長時間いれば体の時間軸がずれることがある。


女性の体は頭部などはまだ瑞々しさを保っていたが、体は穴が開くように朽ちた部分が点在していた。
女性が掻き抱いていたものを見る。2m以上はある円筒の中は培養液で満たされており、金色の髪をした幼い少女が漂っている。
次元の狭間に落ちた母親と、医療ポッド。彼女はそう最初は考えた。

だが、すぐにその考えを改める。

女性のそばにあったこの異常な魔力塊9つの理由がつかない。
これほどのものをわざわざ肌身離さず持っていたとは考えずらい以上、何か特別な理由があったのだ。
そう考えれば、このポッドの意味は大きく変質する。治療でない、とするならばこのポッドの中に浮かぶ少女はなんなのか。
生き物で言うのならば、『好奇心』と呼ぶべきものが彼女の中で首をもたげた。

期待するわけではない。
だが、もしも、もしもこの少女が『作られたもの』であるならば。
それも、『破棄されたもの』であるならば。

自分の答えを探す一端になるのかもしれない。
ありえないような可能性を胸に、彼女はその場にあったもの全てを回収した。
この日の出来事により、彼女の行動は変化することになる。
のちにJS事件と呼ばれる出来事があった、少しあとの10月末。

彼女は、動き出した。


◇      ◇        ◇


多くの方向で波紋を呼んだジェイル・スカリエッティの起こした事件は、無数の禍根、そして憂いを残しつつも一応は解決した。
管理局最高評議会の死亡。レジアスにより露呈した、管理局が事件に関与していた現実。壊滅した地上本部。
しかし、それらは管理局の崩壊を意味するものではない。
予言で記された破滅の未来は、多くのストライカーの尽力もあり、別のものへと変化した。
だれもが、これで全てを終わらせないように力をあわせ、平和の維持に務めている。
機動六課の隊舎もまた復旧され、通常の業務も可能になった。

「なのは、本当にもう大丈夫?」

復旧した隊舎で、心配そうな声でフェイトはなのはに声をかけた。
事件で「ブラスターシステム」を開放し、数年の療養を薦められるほどの後遺症を抱えているにもかかわらず、
相変わらずフォワード陣の指導などを精力的に行なっているなのは。


頑固というより、一度決めたら無理でも無茶でも一途に突き通す同棲相手に、もう一度確認する。

「大丈夫だよ、フェイトちゃん。もう少ししたらヴィヴィオも帰ってくるんだから、このくらいでまいってられないよ」
「そう、そうならいいんだけど」
「みんなもがんばってるからね。私もそうだよ」

相変わらず心配そうなフェイトの顔を見て、なのはは笑う。
お互い幼いころから一緒の仲だ。向こうも自分のことは分かっているのだろう。
それに、ヴィヴィオがもうすぐ退院だ。
あの事件ののち、正式に自分たちが引き取ることなった娘を頭にフェイトは思い浮かべる。
正式に家族の一員となるヴィヴィオ。ヴィヴィオも喜んでくれていた。

それにしても、と少し諦観のこもった息を吐く。

フォワード陣の皆が頑張るのはいいが、少し心配になる部分もどうしてもある。
訓練中のティアナの一件もあり、しっかり訓練の意味も理解して頑張ってくれるのは嬉しい。
しかし、あれだけのことをしたのだ。少し、休みを増やして疲れを抜いてもいいんじゃないかとも思ってしまう。
エリオは、特にそうだ。シグナムにも実戦式の訓練をお願いしていたり、根を詰めているように見える。
もちろん、エリオとキャロの意思を確認してよければだが、フェイトとしては学校に行ってほしいな、と考えていた。
やはり自分の経験からしても、学校に行くというのはいいものだからだ。

なんとも子供に心配症なフェイト。ヴィヴィオの時など、なのはに「フェイトママは甘すぎ」と言われる所以だ。
保護者として……母としてどうしても子供が心配なのは、おかしなことでもないとフェイトは思っているが。

「そういえば、フェイトちゃん。はやてちゃんに呼ばれてたんじゃなかった?」

首肯。朝の仕事をしたあと、フォワード陣の朝の訓練を終えたなのはと朝食をとっている最中だった。
険しい顔で部隊長のはやてがこちらに連絡を寄越したのだ。曰く、ロストロギア関係の事件で話があるということだった。
機動六課は、本来の設立理由は別にあるとしても、表向きはレリックなどロストロギア絡みの事件を受け持つ組織。
専門として追っていたレリック事件が解決しても、それで終わりというわけでない。


つまり、そういう事件が舞い込んでくることもおかしくないわけだが……いったいどんな事件なのか。
小さく手を振り、テスクワーク行くなのはと分かれて、部隊長室へ向かう。

「フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官です」

ドアを軽くノックし、そう告げて部屋に入る。そこには、見知った親友であり、部隊長の八神はやてが座っている。
彼女もまた、大切な親友の一人だ。お互い、気安い仲だと思っている。
外を見ているようだったが、こちらに気付いて椅子をこちらにはやては向ける。
はやては、少し戸惑うような仕草を見せ、黙っていた。
機動六課を作ろうとフェイトとなのはに打ち明けたときのように、こちらに何か遠慮しているように見える。
しばらくフェイトも黙っていたが、彼女が小さく笑いかけると、はやても少し表情を柔らかくした。
それでも、かなり硬いものだったのだが。

「昨日、封印するため運送していた『ジュエルシード』が強奪されたんや」

指揮官として、背筋を真っ直ぐに伸ばしはやてが言った。

「ジェイル・スカリエッティが盗み出したものや。それも、ただ襲われただけやない。
 犯人グループは、かなりの戦力を使い、一気に盗み出した後、空間転移で撤退してる。
 その戦力量も問題なんやけど、その一味が使用した兵器は……」

空間に浮かぶウィンドウをはやてが叩く。
一、二度操作したところで、フェイトの前に、おそらく襲撃時のものと思われる映像が投影された。
何気なく視線を落とす――絶句する。

「これ……!?」

映し出されていたのは、細部が違い、動きも俊敏になっているが間違いなく傀儡兵。
かつて、とある人物が使っていた、自立駆動型の魔法兵器だ。
フェイトの表情を見て、察したはやてが僅かに目を伏せた。

「やっぱり、そうなんやね」

さらに、はやてがキーを叩く。さらにポップアップする映像。
そこに写っているのは、管理局員の魔導師たちと……小さな男の子だった。男の子に向け、管理局員たちはデバイスを向けている。




その子を見て、フェイトが真っ先に連想したイメージは、青いエリオ。

としかさもちょうどそのくらいだったし、髪の長さも同じくらい。瞳の色は分からなかったが、髪の色は紫に近い青。
そして、その手に握られているのは、群青色の槍。髪の色よりも青みが強い。ストラーダに比べると随分無骨なフォルムだ。
デバイスを向けられているというのに、まったく男の子は動じない。構えるわけでもなくうつむいて立っている。
管理局員による呼びかけ。

「なぜ、こんなことをする!? 運送されているものがどれだけ危険か知っているのか!?」

少しの静寂ののち、男の子が口を開いた。


「知ってますよ。
 でも、僕を造ったお母さんが、アルハザードに行くためには、9個じゃ駄目なんです。
 本当の自分を取り戻すにはジュエルシードがもっともっといる。
 こういうの、好きじゃないですけど、渡してくれないなら……すいません。いくよ、ヒュポクリシス」


男の子のもつ長槍の正体は、デバイス。『ヒュポクリシス』はデバイスの名だろうか。
独特の機械音声が流れ、その足元に青い魔方陣が展開される。
構える護衛の管理局員たち。食い入るようにフェイトはその映像を見るが、次の瞬間、眩い光が溢れ、映像は途切れてしまった。

「異変を知って後続の部隊がついたときには……もう、ジュエルシードは奪われた後やった」

はやての声を、ほとんどフェイトは聞いていなかった。

『傀儡兵』
『僕を造ったお母さん』
『アルハザードへ行く』
『本当の自分を取り戻す』
『ジュエルシード』

「な……ぜ?」


昔、フェイトがハラオウンの姓を名乗ることになる前にあった、とある人物の起こした、とある事件と一致しすぎている。
とある人物とは、プレシア・テスタロッサ。とある事件とは、P・T事件。
そう、フェイト・テスタロッサの母であるプレシア・テスタロッサが『あるはずだった本当の幸福』を求め、
『アルハザードへ行く』ため『彼女が作った』フェイトを使い、『ジュエルシード』を収集しようとした事件だ。

だが、この事件ははるか昔に終わったはずだ。

フェイトが伸ばした手をプレシアは取らず、そのまま9個のジュエルシードともに虚数空間へ落下していった。
事件の顛末はこれで間違いない。フェイト自身、その瞬間を見ている。
なのに、今になって何故、こんなことが。これでは、まるで母が生きているかのようにしか見えない。
現実味があまりになかった。一瞬、今自分が硬い地面の上に立っていることすら信じられなかった。
頭が揺れて、まっすぐ立つことができない。

「フェイトちゃん!」

はやてが椅子から立ち上がり、フェイトの肩を支えてくれていた。
そこで、やっとフェイトは我に帰った。きっと、今の自分の顔は信じられないほど青ざめていただろう。
動悸がする胸を押さえ、机に手を突き、どうにか立つフェイトが、
しっかりと自分の足で立てるようになるまで、はやては何も言わずに待ってくれていた。

「……とにかく、こんな事件が起こったんや。残りの封印処理をしてあるジュエルシードを守らなあかん。
 それで、この一味の捜査とジュエルシードの護衛任務が六課に回ってきたんや」

はやての言葉にフェイトも頷く。
この事件を追えば、自然この集団の謎は解け、首謀者が露わになるだろう。
この母の起こした事件と酷似した事件を起こした理由もまた、同じこと。

「戦力が戦力でな。気絶してた局員に聞いてみたんやけど……相手の戦力は大きく分けて3つ。
 傀儡兵。子供の姿をした魔導師。あと、大型の傀儡兵を元に改良したと思われる巨大な質量兵器」

彼女自身、傀儡兵のことは知っている。母が作ったものは、一騎一騎がAランクの魔導師に匹敵する。
はっきり言ってその他の量産兵器の枠に収まるレベルではない。陸戦魔導師は平均してB程度。
つまり、同数でぶつかり合えば、戦術その他でいくらでも結果はかわるだろうが、単純な攻防に限れば傀儡兵に軍配が上がるほどだ。
そして、P・T事件のころの自分と同じように魔導師としての力を持つ子供。造られた、人造生命。
映像はないそうだが、大型の質量兵器のもととなった傀儡兵にも心当たりがあった。
かつて、なのはとフェイトがともに力を合わせて撃破した、あの大型をベースに改造したのだろう。

「これは、機動六課向けの事件や」




機動六課向けというその言葉は多くの意味を含む。
ロストロギアがらみの事件で動くことを創設目的とし、
Aランク魔導師と同等の実力をもつ傀儡兵を分散しても叩けるだけの実力を持ち、
何より過去それらと酷似した存在と戦った経験者が所属する。
確かに、これ以上はないだろう。

だが、しかし。

自分なりに、母のことを含めあの事件のことは受け入れたつもりだ。
だというのに、抑えきれない様々な思いが体を駆け巡る。フェイトは、全身を覆う不安、懸念をかき消そうとした。
それでも、消しきれぬ悪寒。

首謀者が、もしも母だったら? 母だったら、どう自分は向き合えばいい?
もう二度と会うことはないと思っていたもう一人の母が、『死者』が再び自分の前に現れたとき、
自分を冷静に保てる自信は、フェイトには……まったくなかった。


◇       ◇        ◇


「ラリアー、デスピニス……御苦労でした」

彼女は、ジュエルシードを手に戻った自分の娘と息子に声をかけた。
彼女の前には、槍を持つラリアーと呼ばれた青い髪の男の子と、杖を持ちデスピニスと呼ばれる長い巻き毛の髪を揺らす女の子。
どちらも、まだ10歳になるかならないかという外見だ。

「体に異常はありますか? 『ヒュポクリシス』と『エレオス』の調子に変化は?」
「大丈夫です、怪我してません。デバイスの調子も特に」
「私も、疲れていますけれど、平気です……」

子供たちとそのデバイスの調子を聞き、彼女は小さく目を瞬かせる。




「ティスの『テュガテール』と『パテール』は不調の気配があるとのことでしたが、お前たちは問題ないのですね?」
「あの、ティスは、どうしてもデバイスの扱いが荒くなるから……だから、だと思います……」

デスピニスがおずおずとそう言うと、暗闇の影からもう一人、誰かが姿を現した。
肩までより少し短い、桃色の髪の少女。やはり、デスピニスとラリアーと同じくらいの年だ。
不機嫌そうに腕を組んでいる。少女の姿を見て、ラリアーは、声をかけた。

「ティス、君も今、帰ったの? 怪我はない?」
「当たり前だよ、あんな連中あたいの前じゃ……ってじゃなくて!」

ピシリとデスピニスのほうを指差す。びくりと体を小さく振るわせたデスピニスに、ティスと呼ばれた少女は言う。

「あたいのは、いつも全力で殴り潰しと体当たりなんだから扱いが荒くなるのは仕方ないだよっ!」
「ご、ごめんなさい……」

明るく快濶なティスと、消極的で大人しいデスピニス。
二人のやり取りはおおむね毎回こんな調子だ。それを知る彼女は、何も言わずに静かに収まるのを待つ。
すぐにこのやり取りは終わる。なぜなら、

「二人とも、そんなこと言ってもしょうがないでしょう。それに、お母さんの前ですよ」

ラリアーが必ず仲裁に入り、場をおさめるからだ。
日頃の押しは弱いが、家族が傷つくようなこと、争うようなことを極端に嫌うラリアー。
姉妹の喧嘩――というかティスがデスピニスにほとんど言いっぱなしになっているが――を一人息子が止める。
三人を作ってもう何年も経つ。いつもの光景を今日も彼女は見守っていた。
静かになってから、彼女は口を開いた。

「体の調子が悪くはないようですが、全員調整ポッドに入りなさい」
「え、デバイスの整備は……」
「そろそろ『テュガテール』と『パテール』はフルメンテナンスが必要でしょう。
 その時、お前たちの『ヒュポクリシス』と『エレオス』のメンテナンスも私がすべてやっておきます。
 貴方たちは今日の晩に備えて休むのです。特にデスピニス。疲れが残っているとのことだったので」

その言葉で、顔を見合わせた後、彼女の前へデバイスを差し出す三人。
三人の顔を見回し、彼女は言う。


「昨日のように運搬部隊を襲うのではありません。保管場所を襲撃する以上、万全の準備を怠らないように」

彼女の言葉を聞き、嬉しげにティスが手のひらを拳で叩く。

「やっとあたいの出番だね!」


彼女の言葉を聞き、デスピニスは、曇った顔でつぶやく。

「私は、痛いのも、痛くするのも本当は嫌……」


彼女の言葉を聞き、ラリアーは芯の通った声で宣言する。

「戦うのは、好きじゃないけど……それが皆を守ることになるなら」


彼女の言葉――
「これからが、始まりなのです。私が生まれた場所へ……生まれた意味を知るための、本当の始まり」



これは、二組の親子の物語。








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最終更新:2009年01月22日 00:33