遺産。死者が生前所持していた財産を指す言葉である。
だがファー・ジ・アースのウィザードの間ではその言葉は特殊な意味を持つ。
すなわち、太古より受け継がれてきた極めて特殊な武具、防具、アイテムのことである。
通常これらは何らかの目的を持ち、転生を果たした者のみが持つが、わずかながら例外がある。
例えば、現代に存在するが肉体を持たぬ魂が己が使命を受け継ぐ何者かに渡す場合。
あるいは太古に作られながらも一度として使われることなく地中や狭界、どことも知れぬ倉庫の中に眠っていた遺産が今日、使い手となる者を見つけた場合。
これらの場合に持ち主自身は転生を果たしていないにもかかわらず遺産を所持することとなる。
これはそんな例外的な遺産にまつわる話。


「それ」は暗く深いところに「あった」、そして「居た」。
既にそれがおぼろげながら意識を有し始めてから長い時間が経っていた。
数年、数十年。足りない。
数百年、数千年。まだだ。
数万年。
そう、数万年。
数万年「それ」は待ち続けたのだ。武器であり、防具である己の使い手となるものを。
──もはやこの世界には我を使うものなど現れはしない
一度はそう諦めもした。
だがそれにもかかわらず、いや、だからこそ「それ」はその時に歓喜した。
ようやく現れたのだ。「それ」の使い手となりうるものが。
その者の魂の輝き、そして形、その志はまさしく万の年月にわたって「それ」が求め続けし者。
それから「それ」はかの者を自らの元へ導くために声ならぬ声、心で感じる声で呼びかけ続けた。
耳で聞く声ではないが故に必ず届くはず。後は待つのみ。
そのはずだった。
いくら待てどもその者はもう来るはずがない。
その者は外の世界より来たりし者。そして、外の世界へ帰りし者。
それほどに遠い場所に「それ」の声が届くのはいつになるのか。
その者が衰え、死する前に届くのか。
そう考えると「それ」は待つのをやめた。
時と空の壁を越え、使い手の元へ自らはせ参じ、共に戦うために旅を始めた。


時に新暦78年夏
ミッド港湾地区海上マリンガーデンは炎に包まれていた。
陸士隊、防災共に持てる人員、装備の全てを使い消火、救助に力を尽くすもそれは遅々として進まなかった。
「なんなんだあいつら!」
マリンガーデンにあふる無数の人影。
それこそがこの火災を引き起こしたモノ。
形こそ人型ではあるが明らかに人ではない圧倒的な攻撃力を持つ何か。すなわち兵器。
その群れが軍勢となり、さらなる犠牲者を求め、この構造物を蹂躙し続けているのだ。
「こっちにもいやがる」
彼は港湾警備隊に所属する若き防災士である。
事件が起こった直後、マリンガーデンに急行し建物内にいた人々を誘導。
しかる後に残された要救助者を救うために建物内に突入をしたのである。
「おじさん……」
その要救助者の1人が彼の腕の中にいる少年である。
「心配するな。坊主」
一刻も早く彼は少年を安全な場所まで誘導しなければいけない。
だが、それは容易なことではない。むしろ不可能であった。
人型の兵器は建物の至る所にいる。今どうにか隠れているのも奇跡のようなものだ。
実際、彼も背中に大きな傷を受けており、そこから流れる生暖かい血が服の中にたまりつつあった。
「そうだ、必ず助ける」
それに答えたのは、まさに天からの光だった。
ただ一つの瓦礫に覆われていない窓。そこから射し込む光が彼の目に入る。
あらかたの窓は瓦礫に覆われている。なのに、そこだけが彼を迎えるように日の光で輝いているのだ。
「いける……いや、行くしかないっ」
広がる火災により待てば待つほど事態は悪化する。
助けを待とうにも人型兵器が徘徊するこの場所に彼の同僚が来る可能性は極めて低い。
それどころか建物の外では既に人型兵器と陸士隊の戦いが始まっている可能性すらある。
何よりもこの少年を安全な場所まで。
その思いが血の気を半ば以上失った体に通常に倍する力を与えた。
訓練により鍛え上げられた彼の足は力強くアクリルの床を蹴り、少年を抱く彼の体を光る窓の元まで運ぶ。
装備の重さは気にならない。流れる血も気にならない。少年の体重ももちろん気にならない。
後数歩。5歩もない。そうすれば片手が窓に届く。
──そうすれば……
爆音がした。
それを起こした弾丸は彼の足下の床と、そして足をえぐる。
足はもはや力を失い、彼は光を通す窓の下にその身を投げ出した。
「くぅっ」
それでも彼は少年を放さない。
それどころか自らの体を盾として降り注ぐ瓦礫から少年の体を守ったのだ。
だが、それが何になるのか。
人型兵器達が彼らを見逃すはずがない。彼の視界に映る数を徐々に増やしながら、人型兵器が彼の元に集まりつつある。
それから逃げるための力は既に血と共に彼の体から抜け出ていた。
「まだだ」
震える手を頭上に伸ばし、窓枠を掴もうとする。
──せめて坊主だけでも
その時、窓から光を遮り飛び込む人影があった。
「なん……だ?」
再び窓から入る光に照らされたその人影に、彼は目を見張った。
「あんた……?」
エースオブエース高町なのは。管理局においてその名知らぬ者はいない。
そして、今日、急速な勢いで成果を上げ、高町なのはを継ぐ者として急速に知られつつある人物がいた。
高町なのはを思わせる純白の、しかしそれとは不釣り合いな魔力光に輝く10本のマニュピレーターをつけたバリアジャケットを装着した彼女こそ
「あんた……もしかして」
管理局の──


執務官室:ティアナ・ランスター
時に新暦76年以降の事
「という夢を見たのよ」
「それは愉快な夢を見たわね」
手渡されるのは濃いコーヒーがなみなみとつがれたカップ。
胃にはいささか悪いかも知れないが、徹夜明けにはこれが一番だ。
「あー、でも自己嫌悪しちゃうわ。何がなのはさんを継ぐ者よ。たった二年で追いつくなんて、私いったいなに考えているのよ。あーもー」
飲み干してからになったカップを机に置き直した後でもう一度机に突っ伏す。
成り行きで話すことになってしまったが、言葉にすると改めて汗顔の至りというやつだ。
顔から出た火で火事にならないか不安になってくるほど恥ずかしい。
「あら、でもそこまで言うことないんじゃない?」
優しい励ましの言葉だが、ティアナは素直に受け入れることはできない。
これがスバルとかフェイトなら話は別なのだが、この台詞がベル・フライと名乗る裏界の大魔王ベール・ゼファーの口から出た言葉となるとなんの企みかと疑わざるをえない。
そうかと思うと、実は全然何も企んでいないこともあるのだから実に悩ましい。
もっと悩ましいのはこの超一級の危険人物と毎日顔を合わせて仕事をすることに慣れてきたことであるのだが。
「夢ってのは潜在意識の現れてって言うけどそれだけじゃないのよ」
少し興味が出てきた。
顔を上げて、目の前に積まれたディスクの山を脇に避けてベルの顔をじっくり見る。
「あなたも聞いたことあるでしょ。予知夢ってやつよ」
「私、そんなレアスキルもってないわよ」
未来を知る予知はレアスキルの範疇であり、訓練すれば身につくというものではない。
当然と言うべきか、残念と言うべきかティアナにはそんな才能はなかった。
「レアスキルとかそういうのじゃないわ。夢って言うのはね、別の世界に繋がることもあるのよ」
「ファー・ジ・アースの夢使いってやつ?」
エリオからのメールで見たことなのだが、夢使いというのは夢を世界として、世界を夢としてとらえ、さらには夢の中に入ってそれに干渉する独自の魔法まで操ると言う。
古代ベルカ式には内部空間に標的を閉じ込める魔法があるが、それとも違うらしい。
「そう。で、その別の世界というのはね、未来の時もあるのよ」
「じゃあ、だいたい2年後にあんなことがあるかも知れないって言うの?」
「かもしれないわね」
そう言うベルはまるで誕生日を心待ちにする子供のような顔をしている。
「まさか、ベルがやるんじゃないでしょうね」
これは冗談ではない。
ベルにはそれだけの力があるし、やっても不思議でないのはファー・ジ・アースに行った時に身にしみている。
そして、そんなことをミッドチルダで起こさせないように、起きてもなるべく早くおさめるようにしようとティアナは覚悟を決めていた。
「残念だけど、そんな予定はないわね。でも、そんなことを起こすとしたら誰がどうやるのかしら」
「その時はベルも仕事することになるのよ。わかってるの?」
「私も今は管理局員だしね」
その言葉に含みに引っかかるものがあったが、直後に積まれたファイルの山にそんな懸念は潰されてしまった。


聖王教会:カリム・グラシア
聖王教会教会騎士団騎士であり時空管理局理事官であるカリム・グラシアには他の人間にはできない特異な仕事がある。
それは彼女の持つレアスキルである預言者の著書を使った預言書の作成、およびその解釈である。
種々の業務の間に既に作成していた預言書の解釈を進めていた彼女であるが、その手はぴたりと止まっていた。
「これは……」
預言者の著書は詩文形式による文章で預言を行うためその解釈は困難を極める。
故に彼女の手が度々止まるのはそんなに珍しいことではない。
だが、今の彼女はそれを考えても長すぎる時間を一つの言葉の解釈に費やしていた。
「分かりませんね……」
たった一つの言葉。それの解釈がどうしてもできないのだ。
その言葉とは
都の守護神、赤い──


未来とは不確定なものである。
ミッドチルダを滅ぼすような事件を預言を得たとしてもそれが確実に未来に起こるとは限らない。
預言を元に危難を防ぐことも不可能ではないからだ。
仮に防げたとしたらその預言は外れたことになる。
ではあるが、仮にティアナ・ランスターが彼女が見た予知夢とカリムが得た預言に近い未来への道を歩んだ場合、彼女はミッドチルダの守護神となるだろう。
そうなる日を夢見て、ファー・ジ・アースよりティアナを求め、次元の海を渡るものがあった。
それこそ甲殻綱・十脚目・短尾下目に属する甲殻類を思わせる形状をした遺産。いかなる敵をも殲する魔導光線《蟹光線(イブセマスジー)》を放つ古代の超兵器。
カニアーマーFTEである。
それを装着したティアナは賞賛と憧れと畏怖と哀れみの目をカニの看板を背負ったような姿に向けられ、こう呼ばれるのだ

管理局の赤い蟹

と。


「カニはいやぁあああああああ」


ただし、こういう未来であることも否定できない。

「ねえ、ティア。いいでしょ?食べちゃって」
「だめ、スバル、そんなの……せっかくのお鍋なんだから煮えるの待ちなさい!あっ、そんなにカニばっかり!」

彼女の未来に幸あれ。
主に海産物的な意味で。

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最終更新:2009年01月30日 19:26