「………で、どうゆう事ですか?」
淡い空色の髪と同色の瞳に半眼で睨みつけられている。
「……………………」
再会第一声で目的語を省かれた質問をされた時、どのように行動するのが正解なのか…。
とりあえず自分がとった行動は彼女の眼力から逃れるように視線を辺りに巡らせる事だった。
彼女と一緒に合流したスバルとティアナの方には今はなのはが駆け寄っていた。
戦闘によるものだろう、少し焦げているスバルを心配してか、なのはが何か声をかける度にスバルが面白いくらいに慌てている。―――というよりも恐縮してるのか。
大丈夫ッス!とアピールするようにブルンブルンと腕を振り回すスバルの隣ではそのやり取りを見ながらティアナが呆れたような仕草で肩を竦めている。
と、こちらの視線に気が付いたのかティアナがわずかに苦笑しながら軽く会釈をしてくる。
(まぁ、あれはあれで見てて飽きない関係ではあるよな…)
なんとなくそんな事を思いつつ彼女に手を振って答える。
「オぉフェンさん…?」
怒気と共に発せられるおかしなイントネーションに視線を戻すとそこには先ほどより表情を二割り増しくらい険悪にしているリィンがいた。
「いや、目的語を省かれて聞かれてもな…」
「だからっ、勝手に攫われて勝手に助かってしかもその事を一切連絡してくれなかったのは一体どうゆう了見なのかと聞いてるんですぅ!」
小さな指をこちらの鼻先に突きつけながらリィンが続ける。
「異常があったら逐一連絡を取り合うのは基本中の基本です!何のための無線だと思ってるんですか!?」
「あ~、分かった分かった。悪かったよ」
「全然分かってません!まったくホントにリィンがどれだけ心配したと――――」
瞬間、何かを言いかけたままギシリ、と音を立ててリィンが動きを止める。が、また次の瞬間には動き出す。
「―――て、あ…あ~…ま、まぁその辺の事は宇宙的にどうでもいいんでどうでもいいんですけど!
えーと、そ、そう!例えばこれが試験だったらオーフェンさんもうペケだらけですよ!?
しかもそれを本番でやらかしちゃってるんですからこれはもうなんてゆーか釈明の余地無し!リィン的超ダメダメな子の為に密かに考案した評価エクセルシャイニングペケを付ける事も致し方ないと思う次第ですぅ!」
「落ち着け、わけ分からんから」
何故か先ほどまでより格段に慌てた様子で顔を真っ赤にしながら謎の評価を下してくるリィンに冷たい視線を投げかける。
「てかなんだエクセルシャイニングって…」
「ですからリィン的超ダメダメな子の―――」
「いや説明がほしいとかそうゆう事じゃなくてだな」
「ま、まぁまぁ…」
危うく泥沼に陥りかけた会話に割って入るようにいつの間にやら近づいてきていたフェイトが横から口を挟む。
「でもオーフェン。わたしもリィンの言う事は一理あると思うな」
「エクセルシャイニングがか?」
「そ、そこじゃなくて…。通信が使える状況なら有効に使ってほしいって事だよ」
「……いや、一応試してはみたんだぞ?通じなかっただけで」
「通じなかったって、念話が?」
「ああ」
「…そう。多分、純粋に魔力不足なのか、それともデバイスの術式に問題があるのかのどっちかだと思うけど、帰ったら調べてみるね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
それまでこちらのやりとりを黙って見つめていたリィンが急に声を張り上げる。
「なんだよ」
「なんだよじゃないです納得いきません!
リィンには何も教えてくれなかったのに何でフェイトさんが聞くとそんな簡単に答えちゃうんですかぁ!?」
「というかお前が一方的に喋ってただけだったような気もするが」
「言ってる意味がわかりません!」
「ほらもうこの時点で会話になってねぇし…。まぁなんだ、心配させちまったのは悪かったよ」
「き、聞こえてたんじゃないですかぁ――――って、きゃああ!?」
先ほどよりもまた一段階頬を赤く染めた彼女が叫びだそうとした刹那、まるで多数の金属を同時に擦り合わせるような不快な音が耳を劈(つんざ)いた。
激しい騒音が弱まるに従い列車がその速度を急激に落としていく。
「…列車の停止も完了。色々イレギュラーもあったけどこれで一応ミッションコンプリート、だね」
ゆっくりと流れる景色を眺めながらなのはが一息つくように呟く。

「っと、そうだなのは。聞きたい事がある」
まだ気が済まないのかなにやらキーキーと騒ぐリィンをフェイトの手の中に押し付けてからなのはの方へと向かう。
「はい?」
「彼女らの事なんだが…」
何事?と首を傾げるなのはにバインドで拘束されている二人の少女を指し示す。
昏倒したまま未だにピクリとも動かない赤毛の少女と、もう一人。
目を覚まさない仲間を気遣ってか心配さと申し訳なさが入り混じった複雑な視線を少女に送り続けている銀髪の子供。
「取調べとかは誰がやるんだ?」
「えっと、彼女達は本局の方へ護送されますから…」
「てことは六課じゃ引き受けないのか」
「はい。あ、でもフェイトちゃんなら頼めば立ち合わせてくれるかもしれませんけど」
「そうか…」
短く手振りで彼女に礼を言うと囚われの身となっている二人の戦闘機人へと歩み寄っていく。
(仕方ねぇか。時間がもらえないってんなら今ここで聞いておくしかない)
背後で―――恐らくは上空に待機しているヴァイスにだろう―――連絡を取っているなのはを尻目に胸中で呟く。
素直には答えてもらえないだろうが幸い表情で相手の感情を読む術にはそこそこ覚えがある。
「………………」
近づいてくる足音に気付いたのか、銀髪の少女の表情が豹変する。
瞳は冷たく細められ、キッと射抜くような眼光をこちらへと向けてくる。

(全く…なんなんだろうな、本当に)
居心地悪く呟いてみる。怨まれる事には慣れている…わけではないが、それでもそれなりに耐性はついたつもりでいた。
なにせこちらに来るまでは大陸史上最悪の犯罪者として追われていた身だ。…はやて達には隠しているが―――。
だがやはり年端もいかない子供に親の敵を見るような目で睨まれてもまったく無感動でいられるかと言われればノーと答えざるを得ない。
ウンザリと、今日何度目になるか知れないため息を吐きながら少女の前で足を止める。
「何だ?」
短く、しかし鋭い声音で少女が呟いてくる。
「質問の途中だったろう?」
「質問?尋問の間違いじゃないのか?」
「さて、な。線引きは難しい気がするが…とりあえずはどっちでもいいさ」
棘のある皮肉をかわすように肩を竦めて見せる。
が、その仕草を敗者を前にした余裕だとでも判断したのか、舌打ちでも聞こえてきそうなほどに少女が顔を顰(しか)めるのが見える。
「舐めるのも大概しろ…。管理局の人間、しかも妹を討った相手にくれてやれる情報など何一つ持ち合わせていない」
「妹…?」
侮蔑の込められた少女の言葉に不可解なものを感じ、オーフェンが首を捻る。
「惚けるな。貴様だろう?ノーヴェを倒したのは。未熟とはいえあんな子供相手に失神させられるほどこの子は柔ではない」
言いながら少女は視線で、彼女の後ろに昏倒している赤い髪の女を仰ぎ見た。
「………………………………………?」
やはり意味を理解しかね、二人を見比べながらオーフェンはその言葉を頭の中で反芻させる。
「姉妹、なのか?」
「そうだ」
「…君が姉だと?」
「…文句がありそうだな」
「まぁ…文句っていうかな、逆だと思うだろ普通は」
「な…」
「いやそんな今気が付いたみたいな反応されても…」
ショックを受けたように目を見開く少女にオーフェンはなんとなく疲れたような心地で呟く。
(しかし、何だな。情報はやらないとか言い切った舌の根も乾かない内にずいぶんペラペラと喋ってくれるもんだ。…天然か?)
チラリと、気の毒なほどに肩を落とし落ち込んでいる少女を視界に収めながら胸中で呟く。
(こりゃ表情なんぞ読まんでも追い込み方次第で案外楽に―――)
口を割らせられるかもしれない。そう思い口を開こうとした瞬間―――そう、瞬間だった。

変化は全くの無音、しかし急速に訪れた。

目の前の少女の姿が目前からかき消えた。
「―――――」
あまりに突然の出来事に発しようとした言葉が宙を泳ぐ。
そしてその現象を頭が理解する前にノーヴェと呼ばれていた女の姿もまるで幻であったかのように忽然と消失する。
(―――ッ、くそったれ!)
そこに至ってオーフェンは理解する。そして理解さえしてしまえば、やれる事などもう何も無かった。
「オーフェンさん!今のってまさか…」
呼ばれて振り返るとエリオが慌てた様子で駆け寄って来ていた。
何が起こったのか見ていたのだろう、彼と一緒にやはり不安そうな表情のキャロとフェイトも駆け寄って来る。
スバルとティアナはまだ何が起こったのか把握出来ていないのか挙動を決めかねている。
なのはは―――恐らくこの場ではもっとも建設的な行動のように思えた―――念話でロングアーチに連絡を取っているようだった。
それを一通り見回してからオーフェンも口を開く。
「ああ、やられたな。空間転移だ…」
「どういう事?」
フェイトが真剣な表情で尋ねてくる。
「今のが転送魔法だっていうの?」
「魔術、さ。俺のとはまた毛色が違うがな」
「報告は受けてたけど…。信じられない。あんな一瞬で、しかも魔力の残滓(ざんし)すら残さないなんて…」
「…魔力って概念がどうもこっちとそっちじゃ大分異なるみたいなんで俺には何とも言えんがね」
整った眉を不可解そうに顰めるフェイトに肩を竦めながら答える。
「あのっ!」
と、そのやりとりを見守っていたエリオが突然焦れたような声を上げる。
「なんだよ」
「なんだよって…。今のってあのダミアンって人の仕業なんでしょう!?追いかけましょうよ!」
「どうやって?」
「え…?」
まさか聞き返されるとは思ってもみなかったのか、キョトンとした表情を浮かべるエリオ。

「ど、どうやってって…」
「確かに今の転移は十中八九ダミアンの仕業だよ。お前の言う通りな。だが姿も見せてない、どの方向に逃げたのかも分からない奴を追っかけようたってお前、無理ってもんだろ」
「で、でも、ロングアーチの方で追跡してもらえば!」
何か思う所でもあるのか、妙に食い下がるエリオにオーフェンはわずかに考える素振りを見せたがそれも一瞬の事、すぐさま首を左右に振った。
「…それも多分無理だ。仲間を回収して自分だけ残ってなきゃならない理由がない。奴自身もきっととっくに網の外さ。残念ながら、な」
半ば自分に言い聞かせるように呟く。事実、無念ではあった。
分かった事といえば逃げ損なったら回収してやるくらいの協力関係が向こうに築かれてるという事ぐらいか。
「う……フェイトさん…」
ガックリと肩を落とし、縋るような視線でエリオがフェイトを見上げる。
「…うん。残念だけどサーチャーも万能ってわけじゃないの。通常の転送魔法だったら魔力の跡を辿って追えるけど…。これじゃあ―――」
彼の頭を撫でてやりながらフェイトが苦笑混じりに言葉を濁す。
しばしして彼方からヘリの羽ばたく音が聞こえてくる。
それは作戦の終わり告げるのと同時に新たな戦いの始まりを告げる宣誓のようにも思えて―――。
オーフェンは黙って天を仰いだ。

◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆

なのは達がヘリで基地まで帰還してから、約二時間余り、

「―――――というわけで対象のレリックは無事回収、ガジェットも全機撃墜。
新しいタイプの飛行型と大球型、特に広範囲AMFを搭載した大球型ガジェットは技術局が残骸を回収した後に検証を行いたいとの事です。
それとレリック輸送に使われていたモノレールですが、どうにも破損が酷いようでして…本局からなんらかの抗議があるかもしれません。あと―――」
機動六課の一室にてはやての横に控えるグリフィスが作戦終了後の状況を、時折手元のパネルに視線を落としながらも淀みない口調で読み上げる。
「作戦中に現れた二人の女性に関しては不明。それと、恐らく彼女らと接点を持つであろうこの男に関しても―――」
言いながらグリフィスがパネルを操作すると画面が大きなものに切り替わる。
そこには白装束に身を包んだ壮年の男の画像が映し出されていた。
「シャーリー…失礼、シャリオ・フィニーモ通信士の話ではこの男の魔法は魔力反応を全く残さないばかりかこの男自身、微弱な電磁反応以外体温や脈拍その他一切の反応が見られなかったそうです」
ざわ…と、わずかに場が色めき立つ。特にスバルはその手の話が苦手なのか顔色を蒼白にしていた。
「みゃ、脈がないって…グリフィス君それってひょっとしてお、おお化けなんじゃ痛ッ」
「在り得ないっての。いーから黙って聞いてなさいあんたは」
青い顔のままどこか緊張感に欠ける声音で怖れ慄くスバルの頭目掛けてチョップを振り下ろしたティアナが呆れ心地で呟く。
「う~、だってぇ…」
「はいはい、分かったから分かったから」
殴られた頭を擦りながら口を尖らせるスバルに適当に相槌を打ちながらティアナがグリフィスに「構わなくていいから続けてくれ」と先を促すように軽く目配せする。
が、彼はそれに首を振って答える。
「いえ、残念ながらこの男に関して我々がかろうじて理解出来た事は今私が口にした事で全てです。ここからは―――」
彼はそこで言葉を切ると視線を「こちら」へと転じた。

(まぁ、そうなるよな…)
自然、場の注目が自分に集まるのを意識しながらオーフェンがイスから腰を上げる。
「オーフェンさん…」
いつもより幾分か強張った声音ではやてに名を呼ばれる。
その眼差しは厳しい、とまでは言わなくとも不審な物が含まれていた。
いきなり現れた得体の知れない敵が実は見方の顔見知りでした、なんて事態に出くわした人間の対応にしては友好的とすら言えるかもしれないが…。
はやての横にはリィンが控えているが彼女の反応はまた微妙に異なる。
困ったように眉を顰めた表情。それが不安によるものなのか、こちらを警戒してのものなのかは判断がつきかねた。
なんにしろオーフェンはそのどちらにも気付かないフリをしながら口を開く。
「そうだな。俺が話した方が話が早いだろ。エリオ達はもう知ってるかもしれんがあの男の名はダミアン・ルーウ。
結論から言えば、奴は魔術士だ。」
「魔術…って、じゃあオーフェンさんも?」
「いや、微妙に違う。俺が使うのは黒魔術だ。前に言わなかったっけか?」
「…どう違うんですか?」
「原理が全く異なる。黒魔術は力と物理を、白魔術は精神と時間を操る。根本から違うのさ」
「精神と時間って…。な、何か凄そうです…」
ほえ~、と感心したような声を出すリィン。分かっているんだかいないんだか…。

「まぁな。実際白魔術は黒魔術より遥かに高度な代物と言われている。そしてダミアンはその白魔術士の中でももっとも優れた術者の一人だ」
別に含みを持たせて言ったつもりもなかったのだがその言葉に場の雰囲気が凍りつく。
「…頭痛の種がまた一つ増えそうやな」
はやてがぼやきながら額を手で覆う。そこには隠し切れない濃い疲労の色が窺えた。
「ていうかそもそも何でそんなごっつい人が別の世界まで来てレリック集めなんてしてはるんやろ?」
「ダミアンとは少しだけ話したが、誰かを手伝ってるみたいな口ぶりだったよ。
何でこっちにいるのかは聞けなかった…いや、そもそも奴は…」
「そもそも…何ですか?」
奴は俺が殺したはずだ。喉まで出かかった言葉を咄嗟に押し止める。
「ん…いや…」
訝しげな表情をするはやてに曖昧な返事を返す。内心、皮肉に胃を捩らせながら。
怖いというのか。今更、自分の事を何も知らない人間に自分が殺人者であるという事を告白するのが…。
(ああ、怖いんだろうさ…)
胸中で独りごちる。それを知られた時、彼女らは自分にどのような反応を見せるのか。
争いの中に身を置きながら、敵を殺さずに無力化する事が常な彼女らは―――

「悪い…。なんでもないんだ」
嘆息を一つ、結局お茶を濁すような言葉で誤魔化しかなかった。知られないで済むのならそれに越した事はない。
「でも…」
「ダミアンから脈やらなんやらが感じられなかったってのは奴が半分人間辞めてるせいでな」
はやての追求から逃げるように話を別の方向へ逸らす。
「説明するとなるとややこしいんだが…あいつは精神体、とどのつまりは精神のみの存在なんだ。
だから脈や体温どころか肉体すら無い。スバルが言ってたのが半分正解だな。幽霊一歩手前だよ。
これは白魔術の一つで―――」
釈然としないと眼差しで訴えてくる彼女を無理やり無視しながら手振りを交えて早口でスラスラと続ける。

この後の数分間、自分が話し終え会議が終わるまでの間、その視線がこちらから外される事はなかった。



「な~んか隠しとるね」
それまで何を話しかけても上の空だったはやてちゃんの第一声がこれでした。
「オーフェンさんの事ですか?まぁ、リィンにも分かるくらいですし皆さん感づいてらっしゃるとは思いますですけど」
六課に設えられているシャワー室の脱衣所。もう遅い時間なので今はリィンとはやてちゃんしかいません。
「ホンマになぁ。言いたくない事やったらちゃんと隠してくれっちゅうねん」
ブラウスのボタンに手を掛けながら気になるやないか、とグチグチと零すはやてちゃん。
「はやてちゃんの物言いもどうかと思いますけど…でも確かにもう少し私達を信用してくれてもいいと思いますです」
「せやんなぁ…。って、そういえばリィン、今朝なんかオーフェンさんと揉めてたみたいやけど、もうええの?」
「え?……あ」
言われてハッとする。が、それも束の間、
「あ~…うう、いえ、もういいです。今日は色々ありすぎてなんだか疲れちゃいました。…ていうかはやてちゃんに言われるまで決闘の事なんて完璧に忘れちゃってましたです」
決闘?と疑問符を浮かべるはやてちゃんを尻目にげっそりと呻く。
確かに今朝は色々と耐え難い思いもしたけれど、それを思い出した所で今更闘争心が蘇る
わけでも無し、
「人の恨みも七十五日と言いますけど、一日でどうでもよくなっちゃう事もあるんですねぇ」
「それを言うなら『人の噂も』やろッ!」
「それよりどうするんですか?オーフェンさんの事、このまま放っておくのは良くないと思うんですけど」
「……最近リィンが私に冷たい気がするわ」
自分からボケといてツッコミ無視ってどういう了見やねん…などとブツブツ言いながらはやてちちゃんがシュンとうな垂れる。
「まぁ、後々の為にはハッキリさせといたええんやろけど、なぁ。
あの様子やと普通に聞いてもいつもみたいに誤魔化されそうやし」
「ですねぇ…」
肩を落として同意する。
オーフェンさんは自分の事をあまり話したがらない。
今日のみたいにあからさまに避けるような真似は珍しいが、それでもスバルやエリオやらが興味本位で昔の事を聞こうとするとお茶を濁して誤魔化すのはしばしばだった。
それを知ってるからか、さっきの場でもなのはさんやフェイトさんも強く追求出来ない様子だった。
(善い人…ていうか悪い人じゃないのは確かなんですけど、ちょっと秘密が多すぎる気がするです)
それはお前たちは信用出来ないと暗に示されているようで、なかなかに堪えるものがあった。
はぁ、とため息と共に陰鬱な気分を吐き出す。
止めよう。こう疲れていてはネガティブな方向にしか考えられそうにない。ひとまずシャワーを浴びてさっぱりしてから後の事を―――
「…リィン、オーフェンさんが六課に配属されて今どれくらいやったっけ?」
「ほぇ?」
突然の質問に振り返る。
と、そこにはスカートのホックに手をかけたまま真顔で考え込んでいるはやてちゃんがいた。
「え…と、そろそろ三週間だと思いますけど…」
脱ぎ終えた下着を脱衣カゴに放り込みながら、それがどうしたんですか?と首を傾げる。
「ん?いや、今ちょっと何か閃いたっちゅうか、なんというか…」
脱ぎかけのスカートから手を放し、顎に手を添えて何かを考える仕草を見せる私のマイスター。
ちなみに上半身裸です、はしたない。
「うん。要するに親睦が足らんねんな、親睦が。よっしゃ決定や!そうと決まったらそれまでに色々と片付けておかなあかん事があるな~」
と、なんらかの決が出たらしく一人納得したように頷くと、心なしか上機嫌で着替えを再開する。
「は、はやてちゃん、一体何を?」
恐る恐る聞いてみる。
この人がこうゆうテンションでものを思いつくのは大変よろしくない。大抵が良くない事の前兆だったりするからだ。
「ん~?ひ・み・つ・や。ほらほらリィンいつまでもそんな格好でこんな所おったら風邪引いてまうよ?
頭洗ったげるからはよ行こ」
「あ、ちょ、ま、待ってください~!」
上機嫌なままスタスタと歩いて行ってしまうはやてちゃんを慌てて追いかける。
(う~ん、これはちょっと聞けそうにないですねぇ…ま、いいです。今回巻き込まれるのはどうせオーフェンさんでしょうし)
と、割と薄情な…もとい、自分の無力を嘆きつつ恐らくは彼女の計画において一番ワリを食うであろう人物に心の中でエールを送っておく。


◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆   ◇   ◆
「我は癒す斜陽の傷痕」
紡がれる呪文と同時、傷口が塞がるように破損箇所が修復されていく。
欠けた車輪が戻る。歪に曲がった鉄骨が直る。壁や天井に開いた大穴が塞がる。
剥げた塗装までもが元通りになっていく。
一瞬後、メチャクチャに破壊されていたはずのモノレールの車両は傷跡一つの残さない状態に復元されていた。
「ふぇ~…話には聞いとったけど実際見てみるとびっくりやわ…。オーフェンさんてただ手から光線が出る人やなかったんですね…」
傍で見ていたはやてが呆然とした様子で呟くのを横目で見ながら軽く嘆息する。
彼女達は今六課の基地を離れてクラナガンにいる。
一週間前の作戦でオーフェンが破損しまった(本人は事故だと言い張ったが)モノレールの保有主から苦情があったらしく、こうして修理のために駆り出されていた。
六課の部隊長である八神はやてが一緒なのかというと、本人曰く「付き添い」との事だが…。
「普通に褒めるつもりがないなら黙ってろ」
「むっ、いけずやなぁ。ってかさっきから機嫌悪そうですけど何か嫌な事でもあったんですか?」
「ああ、あった。今朝いきなり上司に呼ばれたと思ったら問答無用でこんな所に連れてこさせられて無理矢理無償奉仕をさせられてるんだ」
恨めしげにそう言うと彼女は大きく肩を竦める。
「何言うてはるんですか。
元はと言えばオーフェンさんが壊したようなもんなんですから直せるんなら直してもらわないと困ります。
ただでさえウチは風当たり強いんですから、突っ込まれる所は極力減らしていかんと…」
「そりゃまぁそうなのかもしれんが…」
「納得してもらえて何よりです。っと、それじゃあ今局の人に作業完了のサイン貰ってきますんでちょっとだけここで待っとってくださいね」
言うが早いがやけに軽い足音を残して駆け出していくはやてを見送ると、オーフェンは一息吐く心地で手近にあった台座に腰掛けた。

(しんどいな…)
胸中で呟く。ここ一週間、どこか息苦しさを感じる日々が続いていた。
理由は自分でも分かっている。元々無理はあったんだろう。ダミアンが現れた事で一気に問題が表面化したにすぎない。
「いつまでも隠しておけるわけがねぇんだよな…」
フォワードの奴らはともかく、隊長連中は全員気付いているだろう。
なのはやフェイトは気を使って突っ込んだ事は聞いてこないが、ヴィータなどは顔を合わせると露骨に不機嫌そうな顔をする事がある。
シグナムやシャマルも程度の差こそあれ不信感を抱いている節があるように思えた。

(いっそ全部話しちまったほうがいいのかもな。それでギクシャクしちまうようなら俺が消えればいいだけの事だし…)
六課での生活は控えめに言っても居心地のいいものだった。だが彼女らに不快な思いをさせてまで居座ろうと思うほどではない。
こちらの世界で生きていくには少し不便になるかもしれないが元々向こうでも碌な生活してなかったんだ。なんとかなるだろう。
問題は、ダミアンの件に関わり難くなるって事だが…。
目的は定かではないがダミアンはレリックを集めていた。
今の所動きはないが、もし奴がその立場を崩さないのだとしたらロストロギアの保護が目的の機動六課と奴とは真っ向から対立する立場にあるという事だ。
――――仮定してみる。なのはやシグナムがダミアンと戦った場合、彼女らに勝算はどの程度ある?
「いや、この仮定自体が的外れか。あの男は俺にしか倒せない。―――いっそあの場で始末出来ちまえれば一番良かったんだろうがな…」
殺人を肯定するつもりは毛頭ない。だが自分があの男にかける情を一片たりとも持ち合わせていないものまた事実だ。
まぁ言うほど簡単な事ではないかもしれないが、それでも一対一でダミアンが逃げられない状況さえ作ってしまえば確実に無力化出来る自信が今の自分にはあった。
問題は―――――
(問題はおそらく奴もその事に気付いてるって事だな…)
気付いている以上あの男は二度と姿を表さないだろう。自分の前に引きずり出すのは容易な事ではない。
(今独りになってもメリットらしいメリットはない、か…。なんとか誤魔化せる所まで誤魔化してみるかな)
そう憂鬱に呟きながら台座から腰を上げる。
たったったっ、という足音の方へ視線を向けるとはやてが駆け寄ってきていた。
「もういいのか?」
「ええ、バッチリです。これでやっと胸につっかえてた荷物が全部とれましたわ~」
「そりゃ良かった。ならとっとと帰ろうぜ」
ズボンについた汚れをはたき落としながらエレベーターへと足を進める。
「あ、オーフェンさん。帰り道はそっちとちゃいますよ?」
「うん?」
足を止め、はやての方へと振り返る。
「何でだよ。ヘリで来たんだから屋上だろ」
「ええ、先に戻ってもらいました。ヴァイス君かて忙しい身ですし、私達は別ルートで帰りましょ」
「別ルート?」
テクテクと出口に向かって歩き出す彼女の後を追いながら首を傾げる。
「せや。オーフェンさん、こっちに来てからずっと仕事で街の事とか全然わからへんでしょ?
せやから今日は社会勉強も兼ねてクラナガンを一通り回ってから六課に帰ります」
「……おい」
「あ、お仕事の事なら心配せんでも大丈夫ですよ。
私が事前にきっちりとお休み入れときましたんで今日のオーフェンさんはオフです」
「いや、ちょっと待てお前何を勝手に…」
「ちなみに私も今日はオフなんで心配ご無用。仕事は今日に備えて粗方片付けてきましたし、残ってるのもリィンに快く引き継いでもらいましたんで」
「…ああ、今朝見送りに来た時のあいつが涙目だったのはそういうわけだったか。ていうか、ちょっと待てっての!」
一向に止まる気配を見せずにしゃべり続けるはやてにいい加減声を張り上げながら彼女の腕を掴む。
「…?どうかしました?」
「不思議そうにするな!なんなんだよ、『クラナガンを一通り回ってから』ってのは」
「嫌やなぁ。言葉通りの意味に決まってるやないですか」
「今初めて聞いたぞ!」
「まぁ初めて言いましたし」
何がそんなに面白いのかニコニコと笑顔のまま即答してくるはやて。
「あ、もしかしてオーフェンさん徒歩で帰るとか思ってはるんですか?あはは、そんなわけないやないですか。
ちゃーんと電車いう便利な乗り物がありますから」
「いや別にそんな事を心配して怒鳴ったわけじゃカケラもないんだが…」
なんと言っていいか分からずにとりあえず掴んでいた彼女の腕を解放して呻く。
「はぁ…まぁ、なんだ。気持ちだけは貰っておくけどな。残念だけど今はそんな事してる場合じゃないだろ。
第一――――」
そこで言葉は途切れた。途切れざるを得なかった。下ろしかけたこちらの腕をはやてがむんずと掴んでいたからだ。
「そうやな~、何をさておいてもまずは服からやな。六課の制服のまま遊びまわるわけにもいかへんし。
え~と、この辺で手頃な店はどこやったっけな」
「いや、あの、お前俺の話聞いてた?」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。この所オーフェンさんなんや張り詰めてましたし、気晴らしやと思ってください」
噛み合わない会話をしながらズルズルと引き摺られ続ける。
というかさっきから結構本気で振りほどこうとしてるのにビクともしないのは何なんだ。
腕力で勝てないはずがないんだが…。
(…まぁ女ってのは状況で腕力が上下する生き物だしな)
心の中で何人かの該当例を思い浮かべて無理やり納得しておく。
(にしても、何企んでやがるんだかな…)
結局10メートルくらい延々引きずられた辺りで根負けしたように嘆息する。
すると彼女もそれを降参と受け取ったのか腕を放してくれた。
「はぁ…で、どこに行くんだよ」
くっきりと腕に残った手形はなるべく見ないふりをしながら気だるく問いかける。
「とりあえずはデパートやな。あっちの方に結構大っきいのがあるんですよ」
それとは裏腹に笑顔のまま――――と言っても作り笑顔だろうが――――はやてがテクテクと歩いていく。
…鼻歌混じりに。

それを追いかけながらオーフェンはもう一度、深くため息を吐いた。

魔術士オーフェンStrikers 第十一話 終

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最終更新:2009年04月04日 18:44