アットウィキロゴ

 ―――夢を、夢を見ていました。

 それはとても荒々しく、雄雄しい夢でした。
 夢の中の“わたし”は、何かに強く抗い続けるために戦う、そんな人になっていました。
 その人の前に現れる、立ち塞がる人は強大な壁で。
 けれど、その人はそんな壁を打ち砕くように拳を強く振り上げて―――


 気にいらねえ。
 何が自分にそう思わせ、何が自分をそんなに強く苛立たせるのかは知らない。
 分からなければ、興味すらない。
 ただ彼―――カズマにとって重要なのは、目の前のその立ち塞がる相手が気に入らないのと同時に強大な壁であるということだけだ。
 故に、打ち砕く。
 己の、己が唯一誇れるこの両の拳はまさにその為にあるのだから。
 だから―――

「気にいらねえんだよぉ! テメエはぁぁぁあああああ!」

 拳を振り上げ、カズマはその眼前の白い衣装に杖を持つ女へと殴りかかった。

 

 

 

 全ての始まりはその世界の時間軸で二十二年前にまで遡る。
 二十一世紀初頭、かつて日本において神奈川と呼ばれた一部地域。そこが自然現象ではありえぬ程のエネルギー放出により、大隆起現象が発生し、半径約20km、高さ約240mにも及ぶ大地が出現した。
 政府機関が再興するまで、放置せざるを得なかったその場所をいつしか人々はこう呼ぶようになっていた。

「……ロストグラウンド」

 高町なのはのその言葉に、八神はやては「その通り」と言った様子で肯定の頷きを示す。
 此処は機動六課隊舎、部隊長室。
 先のJS事件の終焉から暫しの時が流れ、漸くに未だ慌ただしくはあるものの形の上では元に戻りつつある機動六課に舞い込んできた事件、それが先のなのはの口に出した世界と関わりのあるものであった。

 話の流れはこうだ。
 そのロストグラウンドのある世界―――信じ難い話だが、自分たちの出身世界である97管理外世界『地球』とほぼ同じような歴史を辿りながら存在する世界。
 その世界で小規模ではあるものの無視の出来ぬレベルでの次元震が確認された。
 JS事件を終え、予言の回避に成功して漸くに落ち着きを取り戻してきたばかりと言っていい六課へと回ってきた次なる仕事がその調査だった、という話である。

「……とりあえず、ツッコミどころが満載なんだけど」
「……うん、分かっとるよ。なのはちゃんが言いたい事は私にもよう分かる」

 なのはの言葉に苦い笑みを浮かべて、はやて自身も疲れたように溜め息を吐きそれを認めている様子ではあった。
 ……まぁ、それも当然だろう。
 彼女たちの部隊の正式名称は、本局遺失物管理部機動六課だ。
 その主任務は、特定遺失物の捜査と保守管理だ。しかも広域捜査は一課から五課までの担当なので、実質的に六課は対策専門のセクションだと言ってもいい。
 しかも本局という指揮系統下にあるものの、その実質的活動範囲は地上本部の存在するこのミッドチルダという世界だ。
 次元震の調査などというものはそれこそ海―――本局の艦隊などの仕事であり、どう考えても先の仕事など管轄外であるのは明らかである。

「ま、まぁなほら私らって、実質はレリックを担当するための部隊やったわけやし。それも解決はしたわけやろ。それに一応、所属も本局やし……って自分で言ってても苦しい言い訳やな、ごめん」

 慌てながら説明しようと果敢にも挑戦したはやてではあったが、やはり無謀であったのを悟ったのか後半において項垂れて謝ってくる始末だった。
 別にはやてに謝られても仕方が無いのでその辺りは親友としても軽く受け流すなのはではあったが、それでもやはりこの話の流れの経緯くらいは知りたかった。
 なのはとしても他世界に赴いての調査などは何年も前から幾度となく経験してきた任務だ。それに異議を唱える心算もないし、それが命令ならば引き受けるのも局員として当然だ。
 だがどうして現在の明らかに管轄違いのこの課に、そんな任務が回ってきたのかという方が気になっていただけだ。

「ほんまはこういう話は気が重たくなるだけやから話したないんやけど……まぁ、正直に順に話すさかいに聞いてえや」

 その言葉に当然だと頷くなのはを見て、はやては本日何度目になるか分からぬ溜め息を吐きながら真相の説明を語りだした。


 先のJS事件と称されている犯罪者ジェイル・スカリエッティが主犯で起こしたレリックや戦闘機人が深く関わる事件は、同時に管理局自体の今までひた隠しにされてきた裏側が暴かれる結果ともなった。
 そして事件の最中に最高評議会、そして地上の実質的牽引者であったレジアス・ゲイズ中将という重要参考人となるべき人物まで亡くなった事により、地上本部・本局を共に巻き込んだ一大騒ぎと化した。
 徐々に明らかになっていく人造魔導師などの違法研究、その他の黒い噂と揶揄されてきた事柄なども明らかとなり始め、次々と重役に就く者たちの首が挿げ替えられる等の結果となり、組織全体に大きな影響を与えた。
 当然、そうなれば明らかとなり山積みとされてきた問題などの真相究明の為に様々な部署で対応した事後処理に追われることになる。
 実際、六課もまた部隊長の八神はやてを筆頭にJS事件が終焉に漕ぎついた現在でさえも事後処理に慌ただしく東奔西走しているのが現状だ。
 ゆりかご突入時に負傷により休養を余儀なくされていたなのはもまた、忙しく奔走する親友の手伝いも出来ずにいたことが申し訳なく思っていたほどだ。
 それ程に管理局という組織全体に与えた衝撃が大きかった事件なのだ。


 しかし次元世界というものはそれこそ数多の数ほどに存在し、当然ながら管理局の都合を聞き入れるものですらない。
 処理していく問題が山積みな上に、今現在もまた平行して事件というものは当然起こる。
 しかも海と称される次元間でのソレは、年間人材不足を謳う管理局にとって一件一件対処していくことが困難なほどに多い。
 故に、管轄外とはいえ陸に応援を要請せざるをえない事態が発生していた。
 尤も、それとて人材不足を嘆く問題は陸も同じであり、海に高ランク魔導師を引き抜かれるという悪循環が続き関係が悪化してしまっている現状の両者の関係ではこのような措置は本来ならば殆ど適用されることもない。
 だが……生憎とこの機動六課という部隊のみはその例外の範疇であった。


「私らはさっきも言った通り、曲がりなりにも本局所属の部隊や。管轄違いでも海で事件が起こり、誰も回せん事態になっとるほど忙しいなら緊急措置として回されもする」

 しかもこの部隊は異端とも言えるほどに高ランク魔導師が数多く在籍している部隊なのだ、それに目を付けられ活用されたとしても仕方が無いことだ。
 事態も小規模とはいえ無視できないレベルには達している次元震が観測されているだけに、管理外世界と言えども捨て置くことは出来ない。

「……とまぁ、もっともらしいっちゃあもっともらしい思える理由やけど、六課にこの仕事が回されたんは他にも理由がある」

 それこそがロストグラウンドと呼ばれている一部地域が存在するその世界の成り立ちだ。何せこの世界は―――

「……私たちの世界にそっくりだね」

 なのはのその言葉通りこのロストグラウンドという地域こそ知らないが、それ以外の世界の在り方はまさしく生まれ故郷と大差ないものだ。
 97管理外世界『地球』。その中の日本という国……それはなのはとはやての生まれ故郷であり、フェイトにとっても幼少時をそこで過ごした第二の故郷とも呼べる場所。
 まるでお誂えとでも言っていいほどに、この世界はソレに酷似し過ぎていた。


 平行世界。
 横に連なる世界の在り方そのものが違う異世界ではなく、ある一定の瞬間・岐路において枝分かれしてしまった、そんなIFの可能性たる世界。
 管理局とてその存在は認めていないわけではなく、幾つかの確認例こそありはするが……それでも滅多に観測はされない世界である。
 ましてや管理外世界のソレともなればまさに天文学的に確率の低い発見であり、異例中の異例と呼んでもいいくらいであった。
 そんな世界で起こっている事件なだけに……やはり放置も出来ない。
 それに―――

「―――でも実はこの世界、発見されたんは二十二年も前になるんやけどな」

 そのはやてが告げた真実に、なのははまた解せなかった。
 自分たちが局入りする十二年も前から見つかっていた世界。自分たちの世界ではギル・グレアムという先達がいたこともあり、前回に起きた次元震は規模・レベル共に比べものにならなかったものらしく、それならばもっと注目されていても良さそうなものである。
 更に言えば、それだけのレベルの次元災害が発生しているにも関わらず今日まで記録の底に放置されていたことも不思議でならない。
 役所の怠慢などというレベルでは考えられないほど不可解だ。


「……まぁ、なのはちゃんが言いたいことは私にも分かる。そっちの方はユーノ君に協力してもらいながら、フェイトちゃんに調査してもらおうと思っとる」

 妥当と言えば妥当な采配に、なのははそれならばととりあえずこの場では納得することにした。
 今回起こった事件が二十二年前の規模での災害が起こる予兆となりはしないか、上が懸念しているのはそういうことらしい。
 これだけの規模での次元震が起きている以上、何がしかの強力なロストロギアが関わっている可能性も充分に考えられるため、その有無を調べる必要もあった。
 だがこれらの事を行うにあたり、どうして六課に仕事が回ってきたか。
 その決定的な理由は一つだ。

「地球の平行世界と考えられる以上、最も近い立ち位置の出身世界の者が調査した方が良い……それも問題なく任せられるほどに腕の立つエースオブエースなら尚更……まったく、ほんまふざけた話や」

 不機嫌そうにはやてが口にしたその言葉こそ、彼女を腹立たせているこの事件が六課に回された本当の理由だ。
 実際、97管理外世界というのは管理局からしてみれば奇妙極まりない世界だという認識があった。
 この世界の人間は殆ど魔力的資質を持っていない。故に、ミッドチルダなどとは別のベクトルで技術が発展した世界だ。代表的な例を挙げるなら科学技術を代表とする質量兵器などがそれに該当しよう。
 だがそんな世界であるにも関わらず、稀に他の世界の人間ですら比肩するものの少ない、イレギュラーと呼べるほどに魔力資質に恵まれた人間が生まれることがある。
 それこそがギル・グレアムや高町なのは、そして八神はやてなどの人材である。
 かつての、そして現在の管理局でも有数の魔導師を少数ながらも輩出する地球という世界を、管理局は容易く軽視することも出来ない。
 しかもかつてこの世界は二度に渡り大規模な次元犯罪が発生した世界でもあるのだ。
 そんな世界の平行世界……情報にも乏しいその世界にどんな未知の危険が存在するかなど考えてみただけでも測りしえない。
 故に、彼らはカードを切った。どのような事態が待っていてもある程度以上は安心できる存在である切り札とも言えるカードを。
 機動六課は……高町なのははそんな打算の上で切られたカードだったのである。
 

 JS事件解決の最大の功労者であり、高い実力を評価された上での采配とはいえ、何が待っているか未だに完全には分からぬ情報も不足した世界に親友を送らねばならないというのは、八神はやてにとっては抵抗のあることだった。
 指揮官とは時に冷徹にならざるを得ない、そんな時があるのは承知の上。上に立つ者の責任感の重さなど、それこそ指揮官研修で嫌という程教え込まれている。
 任務に私情を挟む、それが許されない行為であることも理解している。
 それでも―――

「―――それでも、気いつけてな。なのはちゃん」

 そう強く心配せずにはいられない。
 なのはの強さは自分もフェイトも……否、六課の連中ならば誰だって知っている。
 それこそあのJS事件でも如何なくそれは証明された。
 だがそれがどれ程の無茶を押し殺した上での結果かということもまた彼女は知っていた。

 はやては彼女の守護騎士の一人であるシャマルから、その無茶の代償の結果を聞いている。
 ブラスターシステムの過負荷によって残った後遺症……それは本来ならば数年の休養を要して完治となるほどのものだ。
 にも関わらず、なのははそれを固辞し新人たちの教導を六課の解散するその日まで続けていく心算のようだ。
 ただでさえ完治をしていない、それに以前に比べて8%の最大魔力値のダウンという現状だ。
 はっきり言っても全盛時のエースオブエースではない今の彼女を未知の能力者が多く確認された世界に送るというのは、心配せずにはいられない状況だった。
 フォワード部隊の新人四人、そして後日には援軍としてヴィータも派遣することは決まっており、一応は前段階の準備として現地組織との協力も取り付けてある。
 だがそれでも、八年前という前例がある以上は心配せずにはいられなかった。

「うん、分かってるよ。心配しないで」

 しかしそれすら凌駕して皆を安心させようとする、不可能を可能に引っくり返す。
 不屈であり無敵のエースオブエース。
 それが高町なのはだ。
 彼女が頷き、任せろという限りは自分もまた指揮官として信頼を持って彼女を送り出さねばならない。
 信頼し、任務を全うする仲間の帰還を待つ……それもまた、指揮官として彼女がしなければならないことだった。
 だからこそ、

「ほな、任せるで。高町一等空尉」
「はい、了解しました。八神部隊長」

 互いに敬礼を持って、それを形として示すのだった。

 

 

「……じゃあ行ってくるけど、暫くは帰ってこれないけど良い子で待っててね」
 頭を撫でながら優しく告げられたその言葉に、ヴィヴィオは未だ不安そうな表情をしたままではあったが、それでも了承の頷きをしてくれた。
 それに微笑み、もう一度その頭を優しく撫でながらなのはは娘を預けることになるアイナ・トライトンに今一度視線にて「よろしくお願いします」と告げる。
 無言で微笑みながら頷いてくれた寮母に、感謝の目礼を返しながらなのはは出発するためにヴィヴィオから手を離す。
 ヴィヴィオを正式に引き取ることになってから矢先の出張任務。まだ本当に母親らしいことを何も出来ていない身としては心苦しい限りだった。
 それでも自分はこの道を選び、そして娘はそんな自分を母に選んでくれた。
 だから―――最低限の何かをして娘を喜ばしてやりたかった。
 そしてなのはは、自身の内にある誓いを立ててヴィヴィオにそれを告げる。

「ねぇヴィヴィオ。……ママが帰ってきたら、どこか一緒に遊びに行こうか」

 唐突に言ってきたなのはのその言葉に、ヴィヴィオは最初こそ意味も理解できずにキョトンとした表情のままだったが、やがてこちらの言葉を徐々に理解し終えた後には、勢いよく笑顔と共に頷いた。
 本当に嬉しそうなその表情に、なのはも思わず顔を綻ばせながらその約束を必ず果たすことを胸に誓う。

「フェイトママやユーノお兄さんと一緒に出かけるのもきっと楽しいよ?……ヴィヴィオは何処に行ってみたい?」

 その問いに娘は頭を捻りながら、必死に何処へ行こうか悩んでいるようだった。親馬鹿かもしれないが、それが可愛らしく彼女には思え……この娘が望むなら、それこそ何処にだって連れて行こうと思った。

「じゃあ、ママが帰ってくるまでに一応で良いから考えておいてくれる?」
「うん! ママが帰ってくるまでに行きたいところを見つけておくね」

 それを本当に楽しみとしていてくれる、それが今のなのはにとっては母親としての嬉しさであり、救いだ。
 だからこそ、娘の願いは、約束は裏切れない。
 戻ってこなければならない場所がある、待ってくれている人がいる。
 それはなのはのような職種の人間にとっては、なくてはならない重要なものだ。
 だからこそ、約束を果たしに自分は必ず愛するこの娘の下へと帰ってこよう。

「約束だよ、ママ」
「うん、私とヴィヴィオの約束だよ」

 約束の言葉と誓いの指切りをしっかりと果たす。
 だから、今はサヨナラ。
 行ってきますの言葉を告げ、娘を預けなのはは去る。
 いつか必ず、ただいまの言葉を告げて戻ってくるために。


 そうして異なる世界、異なるルールの元で生きてきた人物たちの邂逅が始まる。
 不屈の闘志と貫く信念を持った魔導師たち。
 同様に、過酷な世界に身を置きながら勝るとも劣らぬモノを持つ異能者たち。
 その出会いが、どのような運命の歯車を回し、どのような運命の糸を紡ぎ。
 そして結果、それが世界にどのような変革を齎すことになるか。
 誰もソレは未だ知らず、分からない。
 だが確実に、物語は此処から始まろうとしていた。

 

 その日、対アルター能力者を念頭に置いて構成された特殊部隊ホーリーの隊員である劉鳳は、部隊長であるマーティン・ジグマールが新しく配属される部隊員を迎え入れるため、彼と共に迎えに出ていたところであった。
「―――機動六課?」
 本土の特殊部隊であろうか、聞いたこともない名称の部隊より本日出向してくる新隊員について劉鳳は正直甚だ疑問を抱いてもいた。
 ホーリーに新しい補充隊員、それも外部からの者を迎え入れることになった原因は当然ながら理由がある。
 ある一人の犯罪者、ネイティブアルターの反逆者によってホーリー部隊そのものに大きな打撃が与えられていたからだ。
 その犯罪者の名こそが“シェルブリット”のカズマ……そう、あの男である。
 最初は取るに足らぬC-程度のアルター使いという認識でしかなかったが、いつの間にか急激な成長を遂げるうちに今ではホーリー全体が無視できなくなった存在。
 自分が火をつけ、自分に名を刻ませた男。
 だが―――

「隊長、あの男は私がこの手で必ず倒します。故に、あの男の対策のために新隊員を他所から向かい入れる必要はないと思うのですが」

 彼に対する強いライバル心を持つ劉鳳からしてみれば、この人事は無粋な横槍だ。
 これまで何人ものホーリーのアルター使いを退けてきた男に、どうして今更そんな実力もあやふやな人材を対策として当てようとするのか劉鳳にはジグマールの真意は測りかねた。
 だがジグマールは劉鳳のそんな言葉にすら、

「劉鳳、私とて君の気持ちは分かるしその実力とて信頼している。……が、これは本土側から決めてきた決定事項だ。我々に拒否する権利は無いのだよ」

 どこまで言葉通りの思いを内心で抱いているのか分からぬいつも通りの態度のままにジグマールはそう告げてきた。
 実際、ジグマールの言葉の意味が分からぬ劉鳳ではない。ロストグラウンドが成り立っているのは国連すらも背景としての経済支援があってこそだ。
 故に本土側からの要請に色悪い返事をすることは憚られるのがロストグラウンドの―――否、連経済特区の現状だともいえる。
 支援に依存しなければ成り立たない現状というのは、ホーリー隊員でなくともこの街に住むものならば誰もが知っていることだ。
 故にこの人事にもまた彼の異議を挟める余地は無い。理解は出来るが納得が出来るほどにこの男もまた融通の利く性格をしてはいなかった。
 ジグマールもまた劉鳳の内心は察しているのだろう、故にこそ説得も兼ねてかその新しく配属される部隊員について説明を始めた。

「その機動六課より出向してくるのは五人。内四人は能力的にはBランク相当だが、最後の一人、その小隊を指揮する隊長は君にも勝るとも劣らぬ実力者だ」

 そのジグマールの言葉には流石の劉鳳とてピクリと反応せざるを得ない。
 普段こそその強すぎる力を封印して押さえ込んではいるが、彼のアルター能力者としての実力はAランク。潜在能力にまでいけば本人でも無自覚であれSランク相当にもなる。
 ホーリーの部隊長でありその能力を秘匿されているジグマールや、かつてネイティブアルターの中でも最強と言われていた同僚のストレイト・クーガーを除けば、彼に匹敵するだけの力の使い手など部隊内はおろかロストグラウンド中を探しても殆どいないと言ってもいいほどだ。
 慢心としてではなく、事実としての自負で劉鳳は自身の実力を正確に把握していた。
 そんな自分にも匹敵するだけの実力を持った能力者……正直、本土からの増援にそんな人材が存在するなどと想像する事すら甚だ疑問であった。
 だがこの隊長がそうまで断言するように言ってきたのだ、ならばそれは事実であると捉えてもほぼ間違いないのだろう。
 いったいそれはどのような人物なのか……図らずも劉鳳の興味がそちらに移り始めているのを察し、ジグマールは追求の矛が収まったことに目論見の成功を悟った。
 そしてそんなやり取りが続く中で、漸くに彼らを乗せた車は空港へと着いた。
「では劉鳳、君も興味を持っているその者達を迎えに行くとしようか」
 幾分かの皮肉があったその言葉に劉鳳は渋面を浮かべながらも頷き、車を降りてジグマールの後へと続いた。


「ホーリー部隊隊長のマーティン・ジグマールです。ようこそ、ロストグラウンドへ」
「部隊長自らの出迎え、痛み入ります。機動六課前線部隊スターズ分隊隊長、高町なのは一等空尉です」
 そう互いに挨拶と握手を交わし合うジグマールの相手を見て、劉鳳は驚いてもいた。

(……これが機動六課? 女子供ばかりではないか)

 眼前で着任の挨拶をしていく件の増援部隊の者たちを見ながら彼が思ったのはまずそれであった。
 確かにアルター能力者に外見は関係ない、それは劉鳳自身もこのロストグラウンドで生き抜いてきて身に染みて分かっていることだ。
 だが自分と同格の能力者と言われたからどんな人物……喩えるなら、あのカズマのような輩かとも思っていたが、その実は己と歳も変わらぬ若い女だった。
 だが一等空尉という階級を名乗ったということは軍関係者だと思われるが、見る限りでもあまりそちら側の職種の人間のようには見えない。
 まぁホーリーの部隊内にも様々な連中もいるので一概には言えない。外見とて当てにもならない。話が本当だと言うのなら相当な実力者だというのは間違いないのだろう。

「こちらは部下のホーリー隊員の一人です。名は―――」

 ジグマールが傍らに控えていた自分の紹介をしているのに気づいた劉鳳は、それに促がされ一歩前に出て彼女たちに向かって名乗った。

「―――ホーリー部隊員の劉鳳です。以後お見知りおきを」

 この場では妥当と思える名乗り方をした心算だった。尤も、それは彼の主観のことであり、傍から見れば生真面目な仏頂面の事務的な名乗り……それこそ本職のなのは達よりも軍人じみたものであったが。
 しかし相手はどういうわけか、こちらの名乗りを聞いた途端驚いたように目を見開く表情をしたのを彼は見逃さなかった。
「……何か?」
 不備のある名乗り方だったかと一瞬自分でも思い直し振り返ってみるも、やはり何の問題も無いものだったように思える。
 ならばこの目の前の女は何に驚いたのか、その疑問がこちらに現れているのを察したのだろうなのはは慌てて首を振ってくる。
「あ、いえ。……少し、知り合いの声に似ていて驚いただけです。失礼しました」
「……そうですか」
 意外な返答だったのでこちらも一瞬だけ呆気に取られたような顔をしてしまったが、慌ててそれを打ち消し元の表情を取り戻す。
 だがどうやらジグマールはそれを見逃さなかったようで、珍しく何やら面白気な笑みを僅かに浮かべていた。
 改めてやはり食えない上司だと認識し直しながら、名乗り終えたので後はこの場の仕切りはジグマールへと任せて初期位置にまで下がった。

「では積もる話も取り敢えずは隊舎へと戻ってからということにしましょう」

 ジグマールのその言葉に、機動六課の面々も了承を示しながらこちらの後へと続いていく。
 彼女たちにとって最も幸運だったのは、やはりこの時に迎えに来たのがあのストレイト・クーガーではなかったということだろう。
 まだこの時点では、本人たちには知りえもしないことではあるが……

 

目次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3108.html

次へ=www38.atwiki.jp/nanohass/pages/3152.html

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2009年04月09日 21:48