「はい、じゃあ今日の訓練はここまで」
 高町なのはのその声が響くと同時、相対していた四人は漸くに緊張を解き、疲れたように地に伏せる。
 ホーリーの訓練場を間借りしてのなのはの教導は現在でも続いていた。流石にミッドチルダの時ほどに施設などに関しては贅沢は言えないが、それでも訓練に使える場所を借りることが出来るだけでも重畳だとなのはは思っていた。
 JS事件以降、飛躍的に成長を続ける新人たちはそれこそ未来のストライカー候補とするに申し分の無い素質を開花し始めている。
 自分が教えられることは、もはやそう多くはないであろう事を察しているなのはには、それが喜んでいいのか、寂しく思うことなのかは微妙なところだ。
 無論、それが喜ぶべきことであるのは分かっている。長く教導官を続けてきて、多くの未来ある才能豊かな教え子たちを空へと羽ばたかせてきた。
 教え子たちの巣立ちには喜びと誇りを持つことは許されても、それを厭うことなどあってはならない。
 それは自分の元を発ち、己自身の力で空を飛ぶ選択をした教え子たちの誇りを汚すことと同じだからだ。
 だからこそ、自分が本来しなければならないことは、旅立つ彼らを誇りを持って見送ること、ただそれだけのはずだ。
 だってもう自分がいなくても、彼らは立派に飛べるようになったのだから……

 

 それはこの四人も同じだ。
 近い将来、いずれ六課が解散するその頃まではこの子達もまた、立派なストライカーズへと成長を遂げているだろう。
 そして自分たちと別れた道の先でも、きっと立派に自身の空を自身の力で飛び続けてくれる筈だ。
 だからこそ、教導官として高町なのはがすべき事は、その時までにこの四人を立派に鍛え上げて、来たるべく日には自信を持って送り出してやることだ。
 多くの教え子たちにそうしたように、彼女たちにもまたそうしてあげなければならない。
 それはちゃんと理解している。だが……

 

(……出来る事なら、もっとずっと教えてあげていたいし、守っていたい)

 

 それが己の我が儘だと十二分に自覚しながらも、そんなことを思ってしまっている自分をなのはは恥じてもいた。
 間違いなく、この四人は才覚にしろその精神にしても、長く続けてきた教導官の経歴の中でも最高の教え子たちだと言っていい。
 彼女たちを教導できた事を、むしろ自分は誇りに思っているし、自分が教えたことが教え子たちの目指す道の先で少しでも役に立ってくれたなら、これほど喜ばしいこともない。
 だが同時に、本来ありえてはならない思考だと自覚しながらも、彼女たちを手放すことを惜しいと感じている自分も確かにいた。
 輝く原石であった……否、もう充分に輝き始めている今の彼女たちを、許されることならばこれからも誰よりも近くでずっと見ていたいとも思っていた。
 恥ずべき独占欲、それを理解しながらもどこかでそれに言い訳をしようとする自分がいるのが分かり、なのはは自己嫌悪すら正直に抱いた。
 分かっている。これはただ彼女たちを羨んでいるだけなのだ。いつか成長し、自分たちに勝るとも劣らぬようになるであろう彼女たち。
 これからも彼女たちは成長してどんどん強くなっていく、その果てはまだまだ遠いところだ。
 一方で、自分はどうだろうか。全盛時の力を失い、これから先は落ちていくことはあっても上がることは恐らくはないであろう己の実力。
 愛娘を救い、教え子たちを成長させていくために選び取った代償。自らでそれを自分は選んだ。ならばそこに後悔は無いし、あってはならない。
 この先も、悔いることなくこの選択に殉じる覚悟は既に出来ている。
 ……出来ている、はずだった。
 それでも、と魔が差している自分がいた。

 

 かつて管理局に入ってすぐの頃、上には上がいるという現実を思い知らされ、それでも強くなろうと我武者羅に足掻いた時期があった。
 大切な者を守る為には、力とは時に手段として必要になってくる。だから力を求めて強くなろうと頑張り続けた。
 色々あって、ただ我武者羅に無茶を続けることは逆効果であることを痛い教訓と共に覚えたが、それでも力を求めていたあの時に確かに感じていたことがあった。
 どんどん成長を続けているのが感じられる、強くなっていることを実感できていたその時、確かに楽しいと思う自分がいた。
 力そのものに善悪は無く、振るう者の立場によってそれは決定される……などとはよく言われるが、確かに純粋に力だけを求めていた頃は、楽しくも思えた。
 それは教導官となってから他人へと教える立場になってからも、教え子たちがかつての自分と同じように強くなることに自信と喜びを感じられている事を察し、皆同じであるのだと言うことは理解できた。
 だからこそ、教導官になって以降も教え子たちを鍛え上げながらも、負けずに己自身もまた鍛え上げ続けることを忘れはしなかった。
 そうして全盛時とも言えたあのJS事件前の自分、未だ自分に未熟があることは自覚し戒めながらも、それでもこの自分の力なら、大切な仲間たちや教え子たちを守ることが出来ると信じていた。
 でも―――

 

「なのはさん、どうかしたんですか?」

 

 スバルに呼びかけられ、物思いに耽っていた意識をハッと戻すと共に、慌てて彼女には何でもないと言って首を振るう。
 いけない、よりによって教え子の前でこんな事を考えていたなどあってはならないことだと思いながら、皆には先に戻ってシャワーを浴びて着替えて通常任務に就けるよう待機しておくように指示を出す。
 指示に従い去っていく四人を見送った後、改めて後片付けを兼ねて一人残りながら、なのはは自身が思っている事をハッキリと口に出して言ってしまっていた。

 

「……きっと不安なんだ、私は」

 

 全盛時の力は恐らくは最早発揮することは叶わない。無敵のエースオブエースと教え子たちが自分へと抱いてくれた幻想は、それこそ本物の幻想と化した。
 だからこそ、これから未知の強大な脅威が教え子たちの前に現れた時、自分は彼女たちを無事に守ってやることが出来るだろうか。
 その自信が無い事をハッキリと自覚しているから、こうして不安にもなっている。
 大切だから失うのが怖い、離れるのが嫌だ。
 だからずっと守っていたい、傍にいて欲しい。
 それが依存と呼ばれる弱い考えであることは承知の上だ。もはや彼女たちは充分に強くなったのだから大抵のことに心配を抱く必要は無いはずだ。
 だというのに、そんな不安を抱き、あまつさえ彼女たちを侮辱しているとも捉えられる不安を抱いている。
 だからこそ、なのははハッキリとこの現実を自覚した。

 

 彼女たちは強くなった。本当に、当初の予想以上に。いつかは自分たちと並び、越えていくほどに。自身の空をその力で力強く羽ばたけるほどに。
 反面、己は弱くなった。過去の選択に後悔は無いと謳いながら、力に未練を抱いているほどに。そしてそんなに強くなった教え子たちに、まだ不安を抱き続けているほどに。

 


魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed
第1話 機動六課

 


「本土からの増援?」
「ああ、何でもお前がこれまでやらかした被害も向こうは無視できなくなったんだろ。それで本土の方から新しいアルター使いがやってきたんだとよ」
 君島のその説明にカズマは車の座席に背を凭れさせながら、その情報の内容を改めて反芻する。
 と言っても、彼が理解できていることは二つだけだ。

 

 ホーリーに本土から新しくアルター使いどもが配備された。
 自分はそれをぶっ飛ばす。

 

 以上の二点、実に単純明快なことに過ぎない。
 ホーリーや劉鳳とはケリをいずれ着ける心算だったのだから、横槍を入れてくるようなら纏めて潰す、ただそれだけのことである。

 

「んな奴ら、全部纏めてぶっ潰してやるさ」
「……纏めて潰すって、カズマ、お前この状況が結構ヤバイって分かってる?」
 カズマのその相変わらず過程を省く、単純な思考に呆れながら、君島は相棒の分の危機感すらも余計に感じなくてはならないほどだった。
 この話、自分の情報網が掴んだものだから確かなものだという自信がある。だがそれは同時に、本土の連中が自分たちを潰しにかかってくるのに本腰を入れ始めたということを証明しているも同じだった。
 先のネイティブアルターたちによる対ホーリー同盟軍は敗北に終わり、救出に向かったカズマの健闘も空しく、寺田あやせをはじめとした多くのアルター使いたちが本土へと送られてしまった。
 彼女たちが本土でどんな扱いを受けているか、それを心配すると同時に、ロストグラウンドにはホーリーに対抗しようというアルター使いが大量に減ってしまったという危機的現状もある。
 かの惨敗のせいで、今更あの時に召集に応じなかった他のアルター使いを頼ろうにも及び腰のアイツ等は二度と手を貸そうなどとは思わないはずだ。
 それはつまり襲われれば局所的に抵抗をする者たちがいたとしても、自ら攻めの姿勢でホーリーへと立ち向かうアルター使いはもういないということだ。

 

 ―――隣で不敵に笑っている、この馬鹿一人を除いて。

 

「でもよ、相手は組織なんだぜカズマ。個人の力で数を相手に勝とうなんて……アルター使いでもありえないくらい都合良過ぎるだろ?」
 この相棒の強さは他の誰よりも君島が一番良く知っている。伊達に長いこと組んで共に修羅場を潜り抜けてきたわけではない。
 この男はどんな時でも決して諦めない。まるで不可能を可能にすることこそを義務とでもするように、どんな絶望的状況下でもソレに対する反逆の姿勢を決して崩しはしない。
 それに憧れてもいる君島は、この馬鹿でクズで……それでも強いこの相棒と組んで戦える事を誇りに思っている。
 けれど、これはもう今までのネイティブアルター同士の小競り合いとは完全に次元の違う話になってきている。
 とてもではないが、圧倒的とも思える本土やホーリーを相手に、自分たちが勝ちを収められる姿を君島は想像できなかった。
 だからこそ、ここはカズマを説得して逃げるのも手なのではないかとこの時に本気で君島は思ってもいた。
 だが、

 

「だから、逃げんのか?」

 

 カズマが不意に睨むようにこちらを見て言ってきた言葉に、君島は内心を見透かされたのかとも思い、ドキリとした。
 今この男が非情に不機嫌な状態であることは君島には即座に察せられた。それこそすぐ殴ってくる男だ、次の瞬間にはこちらに手を出してきてもおかしくない。

 

「逃げてどうすんだよ、君島? 奴らはきっとどこまでも追ってくるぜ。ならまた逃げるか、このロストグラウンド中をアイツ等に捕まらないように逃げ回り続けろってか?……んなの―――」

 

 瞬間、手を伸ばしこちらの胸倉を掴みあげながら、ハッキリとカズマは睨み怒鳴る。

 

「―――冗談じゃねえ! ゴメンだね、そんな無様なこと! 逃げてたって何も解決しねえ! 奴らが襲ってくるってんなら、奪ってくるってんなら、戦うしかねえだろうが!?」
 勝てる勝てない、やれるやれないじゃない。 勝つしか、やるしか他に道は無い。
「クソムカつくあいつ等に好き勝手やられて我慢できるか! 受け入れるのが運命?………ッハ、だったら―――」

 

 強く真っ直ぐに、それが当然のことの様にハッキリと。

 

「―――その運命に反逆してやる!……それが俺たちのやり方だろ、君島ぁ!?」

 

 馬鹿はそんな馬鹿な事を言ってきた。
 正直、付いていけないのが普通人である君島邦彦が本音としたいところだ。
 どんなに頑張っても君島にはアルター能力も無ければ、カズマのような強い考えだって抱き続けることは難しい。
 理不尽に奪われるのは悔しいし、抗えるものなら抗いたいと君島だって思っていた。だがそれでも自分は現実に弱く、何の力も持っていない。
 カズマのように、強く在り続けることは出来ない。

 

「……皆が皆、お前みたいにはなれねえよ」

 

 だからこそ、君島はそんな本音を彼から目を逸らしながら告げていた。
 絶対にぶん殴られる、その覚悟はしていた。
 何せ自分はカズマの嫌う弱い考えを口にしていたのだから……。
 だからカズマがそれを許せず、次の瞬間には怒りに任せて拳を振り下ろしてきても、まったくおかしくはなかった。
 むしろこの男なら、容赦なくそうすると思っていた。
 だが―――

 

「……そう、かよ」

 

 苦虫を噛み潰すかのような呻き声で呟いたかと思えば、カズマは掴んでいた君島の胸倉を乱暴に離し、そのまま車を降りて背を向けて行ってしまおうとする。
「………お前がそう思うなら、仕方ねえ。好きにしろ……俺も、好きにするだけだ」
 振り返りもせず、背を向けたままカズマは最後にそれだけを言って去っていく。
 向かう先にあるのはホールドのトレーラー。補給物資の運搬でこの経路を通るのを事前に知り、待ち伏せをしていたのだ。
 その待っている最中に、思い留まらせることも考えて先の話題を振ったのだが、やはりカズマは止める気などないらしい。
 独りでもトレーラーを襲撃……否、これからも例え独りだろうとも戦い続ける心算なのだ。
 それがあの男の……カズマのこの現実への反逆の仕方だとでも言うように。
 それを止めろと声をかけることも、その背を追いかけることも今の君島には出来ない。許されない。
 一度でも弱い考えを抱き、それを受け入れてしまった。
 それはカズマと共に戦う資格を失ったのも同じ。
 ただ項垂れるように、何も言えず、背を向け向かう彼の背中を見送り続けることしか今の君島には許されなかった。
 ……これなら、思い切り殴られた方がまだマシだった。

 


 カズマのムカつきは今や最高潮に達しかけていた。
 それも当然だ、まさかあの相棒がいきなりあんな及び腰の腑抜けた戯言をほざくだなどとは考えてもいなかったからだ。
 そう、他の誰でもなく、己の相棒であるあの君島が、だ。
 それがカズマには許せず、苛立ちは益々増していく一方だった。
 実に胸糞悪い。あの腑抜けた相棒の姿も、クソったれた現実も、そして我が物顔で好き勝手やってやがるホーリーの連中も、だ。
 もはやそれこそ一つド派手な喧嘩でもやらないことには収まりなどつきそうにない。
 本土から来たアルター使いども、丁度いい。憂さ晴らしにぶっ飛ばしてやるからかかって来いというものだ。
 そいつ等がさも当然のようにこちらの前に立ち塞がるなら、それは敵だ、壁だ。
 壁はぶち壊す、この自慢の拳でだ。そこには何一つの例外も無い。
「……だからよぉ」

 

 ―――始めようぜ、喧嘩をよぉ!?

 

 そう胸中で叫ぶと共に、自らのアルター“シェルブリット”を発現し右腕へと装着させながら、カズマは目視で確認できたトレーラー目掛けて襲い掛かった。

 

 

「物資輸送の護衛、ですか?」
「うむ、それを君たち機動六課へと頼みたい」
 ホーリーの部隊長室へと呼び出されたなのははそこでマーティン・ジグマールからそのような要請を請けることとなった。
 無論、建前の上では増援部隊である以上はホーリーの部隊長から命じられた指示を断ることは難しく、なのはもまたこの時点でそれをする気は無い。
 人手不足と陥っているらしいホーリーの手伝いを断る理由も無く、ロストグラウンドの現状をより深く理解するためにも公然と壁の外での活動が出来るのはこちらとしても望むところだ。
 だが、

 

「本日急に、とは随分といきなりですね?」

 

 こちらにもこちらの都合、色々とした準備がある……などとは間違っても目の前の相手を前に口に出すことは出来ないが、いきなり過ぎるというのも事実だった。
「そのことに関しては情報の行き届きがしっかりしていなかったようだ。確かに急な話になってしまってすまない」
「いえ、こちらもお世話になっていますし、そんなお気遣い無く」
 謝罪を述べてきたジグマールになのはも慌ててそう返す。
 別に不満があったわけではない。それに仮にも軍属が命令に異議を挟むことも許されることではない。
 自分たちは機動六課ではあるが、それも立場上ではホーリーに所属している言わば同部隊の一員。お客様ではないのだ。
 だからこそ拝命された以上は、

 

「了解しました。これより機動六課、物資輸送の護衛任務へ就かせていただきます」

 

 責任を持って完璧にやり通す、それが彼女たちの流儀だった。

 


「―――高町」
 聞き慣れた―――ものに非常に良く似た声に名前を呼ばれてなのはは振り返る。
「……劉鳳君。どうしたの、何か用事かな?」
 其処に立っていた劉鳳を確認すると共に用件を彼へと微笑みながら尋ねる。
 ホーリー部隊きってのアルター使いであり、実直そうな性格そのままの外見の彼とは色々と話をする機会が欲しいと思っていたのだが、今まで残念ながら互いにその機会は無かった。
 そしてこれまた残念ながらこれから任務で出撃しなければならない以上、時間はあまり取れない
だが彼の方から進んで話しかけてきてくれたのは初めてだったので、手短でも聞いておきたい興味が彼女にもあった。
「ゼブラ27地区に物資輸送の護衛任務に就くと聞いたのだが……」
「耳が早いね。そうだよ、これから私たちのホーリーでの初任務だけど、応援でもしてくれるのかな?」
 だとするならば嬉しいものだ、とからかいではなく本心から言ってみた。
 だが生憎と劉鳳の方は、それにいやと首を僅かに振りながら、

 

「気をつけろ。事によっては“奴”が襲撃を仕掛けてこないとも限らない」

 

 それが言いたかっただけだ、と彼が言ってきたのは警告紛いの……否、実質は警告と同義の言葉だった。
 劉鳳が“奴”と口にした時の表情の変化から、それを指す人物が彼にとっては特別な相手なのだということは彼女にも凡そ見当がついた。
 恐らくそれは―――

 

「―――NP3228……ううん。カズマ、くん…だっけ?」

 

 なのはの言葉に劉鳳はそうだと肯定の頷きを示した。
 部隊内で話はなのはの耳にも届いている。

 

 ―――曰く、互いがその名を刻み合った宿敵同士。

 

 これまでに幾度も対決をし、劉鳳とそのカズマという男は激戦を繰り広げているのだという。
 しかも劉鳳のその相手への拘りは尋常なものでないらしく、部隊内の者達ですら気安く触れられぬ話題なのだとか。
 ホーリーきってのアルター使いである劉鳳ほどの男がこれ程までに拘っている、それはやはり只者ではないというハッキリとした証明だろう。
 アルター能力の仔細を把握したく、なのはは一度劉鳳との模擬戦を実施したことがある。
 無論、互いに制限下の上で全力を出す前に終了したが、それでも自分とあそこまで互角以上に渡り合えた劉鳳の実力をなのはは高く評価していた。
 あの絶影はあれ以上の真の力を有しているらしく、そのカズマ相手には一度ソレを解放しているという話だ。
 そこまでの相手、ならばその実力は紛れも無く本物。なのははまだ見ぬ相手を決して過小評価はしていなかった。

 

「お前たちのアルターは俺も把握させてはもらった。正直、この大地においても特にお前には早々に匹敵する相手もそうはいないだろう。だからこそ気をつけろ、あの男はその数少ない例外へとなりうる」

 

 それに女子供だろうと容赦はしない。カズマに限らずネイティブアルターの多くはそんな野蛮さを持ち合わせている。
 見かけにそぐわぬ実力を彼女たちが有しているとはいえ、傍から見れば女子供ばかりの集まり……それを危惧する部分もまた劉鳳にはあった。
 だがそんな彼の心配にも、なのはは微笑みながら頷くだけ。
 ただそれだけの動作だが、それなのにそれには付き合いの短い劉鳳ですら心強さを抱かせる何かがあった。

 

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、私たちを信じて」

 

 なのはの言葉に、「……あ、ああ。そう…だな」と劉鳳は視線を逸らしながら曖昧に頷くだけだった。
 その奇妙な様子に首を傾げるなのはだったが、劉鳳は伝えたいことは伝えたとそれだけを最後にこちらへと告げて早々に背を向けて行ってしまった。
 素っ気無い、と言ってしまえばあまりにもその通りだ。
 しかし……

 

「……やっぱ似てるんだよねぇ」

 

 その声といい、一見すれば実直だが堅物にも無愛想にも見え、けれど奥底にあるのは強い信念と確かな優しさ。
 自身の兄をどこまでも年下のあの少年はこちらへと連想させてくれる。
 そう思いながら、なのはは劉鳳の去り行くその背を見送っていた。

 


「どうかしたか、シェリス?」
「べっつに~、何でもないですよ~」
 そうは言いながらも、シェリス・アジャーニの態度は明らかにどこか普段とは違うことは流石に劉鳳にも察せられた。
 まぁ、その理由が偶然にも何やら彼が高町なのはと廊下で話しこんでいた姿を随分と親しげそうだなどと勘違いしてのことだとは夢にも思わないだろうが。
 兎に角、これから自分たちも別地区にて任務があり赴かなければならないというのに、彼女に不機嫌になられたままでは任務に支障が出かねない。
 ロストグラウンドへと磐石の秩序を制定させるためにもどんな小さな任務だろうがミスは許されない。
 そんな若き使命感に燃えている劉鳳にとっては微妙な乙女心を察することなど不可能なのだが、それでも任務を全うするためにも聞かねばならない。

 

「シェリス、君が何をそんなに怒っているのか俺には分からない。俺に何らかの不備があったならば謝罪しよう、よければ今後の為にもその理由を教えてもらえば尚助かる」

 

 そんな言い方で機嫌を直す女など、次元世界中探しても見つからないだろうが、この手のことに機微が皆無な劉鳳には最大限の誠意の言葉の心算であった。
 こうやって気遣う言葉を選ぶだけでも慣れない劉鳳には苦心した作業だった。やはり女という存在は難しいと彼は改めて思った。
 そして惚れた弱みというやつか、シェリスにしても劉鳳が苦心している様子なのは察することが出来る以上は、これ以上の我が儘な態度を取るわけにもいかない。
 不機嫌でいても仕方が無かったので、諦めの溜め息を吐きながら彼女は劉鳳へと答えた。

 

「……ごめんなさい、私もどうかしてた。……でも、高町さんとは何を話していたの?」

 

 それだけはシェリスにとってどうしても聞いておきたかった知りたいことでもある。
 ただでさえ彼と幼馴染みであるという桐生水守という存在だけでも頭が痛いというのに、今度はまた本土からアルター使いの女(それも年上の美人ときたものだ)がやってきたのだ。正直、現状は彼女にとって気が気ではない。
 高町なのは。劉鳳にも匹敵する実力を持った強力なアルター使い。
 しかも彼女はあの水守同様に本土からやって来ている才色兼備の逸材だ。
 ジグマールも、そして劉鳳もその実力を高く評価している相手だ。自分では正直、何から何まで勝てる気がしない。
 もし彼も劉鳳に気があるなら、もし無いとしてもこれからもそうだとは断定できない以上、シェリスの憂鬱と不安はここのところ治まる兆しも見えない。
 悩み多き恋する乙女であるシェリス・アジャーニにとっては、いっそのことこの堅物に早く自分の想いを気づいてもらいたいとすら思わないわけではなかった。
 ……そうは言いつつも、口に出す勇気はやはりこれまで同様に無いわけだが。
 そんなシェリスの内心に気づきもしない劉鳳は、ただ彼女に訊かれた言葉により、先程高町なのはと交わしていた会話の内容の核心だけを簡潔に述べた。

 

「大した事ではない。ただ奴が……カズマが襲撃を仕掛けてこないとも限らないから気をつけるように忠告していただけだ」

 

 正直、劉鳳にとってはシェリスにも水守にも、そして高町なのはにも目に止めている余裕などない。
 彼がいつだって見ているのはただ一人だけだ。

 

 ―――そう、“シェルブリット”のカズマ……あの男だ。

 

 自分に名を刻ませた、自分が倒す、自分だけの獲物。
 とことんまで気に入らず、存在自体が目障りだが、それでも憎悪などと言った感情を超えた部分での純粋な拘りを誰よりも抱く相手。
 劉鳳にとってカズマとはそんな男だったのだ。

 

「でもいくらアイツでも、彼女たちも相当やるみたいだし大丈夫じゃないの?」

 

 シェリスにとってカズマという男は劉鳳にしつこく食い下がってくるネイティブアルターという認識しか抱いていない。
 その実力は認めるが、それでも力馬鹿であることは変わらず、劉鳳が本気になれば敵ではないという認識を持ってもいた。
 それに比べれば、下手をすれば本気の劉鳳を相手に比肩しかねないあの高町なのはならば負けるとは思えないと考えてもいた。
 それは劉鳳とて同じ、そう考えていたのだが……

 

「断定は出来ん。高町は確かに強い、俺もそれは認めている。……が、あの男の驚異的な成長速度もまた侮れたものではない」

 

 決して高町なのはがカズマに負けるなどと思っているわけでも望んでいるわけでもない。
 ただ―――

 

「……ふ~ん、何だかアイツを倒すのは俺だって顔だね?」

 

 その劉鳳の表情から思わずそんな内心だろうと察し、からかい混じりに言ったのだが、

 

「―――ああ、それを否定する気は無い」

 

 あっさりと認めてしまった劉鳳の言葉には今度は彼女が呆気に取られた。
 それこそ本当に、劉鳳はあの男しか見ていないのだという事をシェリスは漸くにも理解した。
 それこそ何て皮肉だろう、妬むべきは水守でもなければなのはでもなく、あの男だと言うことらしい。

 

「……高町さん、さっさと倒しちゃっていいよ」
「ん、何か言ったか?」

 

 思わずポツリと呟いていた本音に、劉鳳は聞き取れずに聞き返してくるが彼女はそれに何でもないと微笑みながら返すだけであった。
 そして内心で本気でこうも思っていた。

 

 もしあの二人が遭遇して戦うようなら、彼女には容赦なくあの男を倒してもらいたい、と……

 


 そんなシェリスの他力本願な願いなど知る由もなく、なのはたち機動六課を乗せたトレーラーは、目的の物資も一緒に乗せてロストグラウンドの荒野を進んでいた。
 各自には非常時に備えてトレーラー内で待機を命じてはいたが、今のところ何も起きる様子も無く、車内は平穏そのものと言った様子であった。

 

「ねえ、ティア。この世でやっぱり一番大切なのは速さだと思うんだ」
「はいはい、そういう布教活動は他所でやってよね」

 

「フリード、瓜核さんの西瓜がすっかり気に入ったみたいだね」
「うん、エリオ君も良かったら食べる?」

 

 スターズもライトニングも、両新人たちは車内にてそんな呑気な会話をしている始末だ。
 いくらなんでも緊張感の欠如しすぎで咎めるべき所、と思えなくもないが一見リラックスをしている彼女たちだが次の瞬間にも異変が起これば直ぐ様に対応へと移ることは出来る。
 その最低ラインは保った上での行為ではあり、何よりも自身で考え事に没頭していたなのははそれを咎めることはなかった。

 

 なのはが思考に割いていた大部分の事柄は、やはりアルター能力に関してのことだった。
 魔法とは明らかに異なるメカニズム、法則性に基づいた超常の異能力。
 管理局が稀少技能と呼んできたもののどれとも異なる、多種多様に満ちた神秘の力。
 その原理の詳しいことは解明されてはいないらしく、生憎と独自に調査や考察を続けているなのは自身にもその解には未だ至れない。
 それでもはっきりしていること、それはやはりこのアルター能力は使い様によっては魔法同様に非常に危険な力になりかねないということだ。
 この秩序の失われた大地において、無法の輩がこの能力を犯罪へと用いれば確かに脅威以外の何ものでもない。
 故にこそ、ホーリーという存在もまた必要だということはなのはにも理解できる。
 これまでのこの組織の活動記録には調べてみれば多少強引なところがあると彼女自身も思うところがあるが、現地組織への必要以上の介入が許されない管理局員としては口を挟むことは出来ない。
 だがあのホーリーを率いるマーティン・ジグマールは八神はやて以上の食わせ者であろうことは察せられるが、決して無頼の徒と言う訳でもない。
 ある程度の犠牲は容認しても、最終的に目指す部分に人々の嘆きはないはずだ、それを信じられる程度には彼女もジグマールの人格を評価している心算だった。
 互いに利用し合う関係、その本質は変わらないが、少なくともホーリーとの間における六課側の協力関係はこれからも維持していくべきだろう。
 ジグマールの意図や目的が気にならないわけでもない、だが自分たちは管理局員としての仕事をまず全うすることを優先させなければならない。
 それこそが、過去幾度にも渡って起こっているこの世界で発生する次元震の原因究明とその解決、これをしないことには始まらない。

 

(鍵はやはりアルター、これは間違いないと思う)

 

 アルター能力に接し、調査を進めて行く内になのはは己の仮説の信憑性が改めて高くなってきているのではなかろうかと考えていた。
 次元震の影響がアルターによるものだとしたら、それは起こしていることは間違いなく人間だということになる。
 どうやって、どれほどのレベルで、その意図や目的は……早計は危険とはいえ、この仮説が当たっているのなら、これを起こしている人物とは何者なのだろうか。
 その人物はアルター能力の詳細を把握しているのだろうか。

 

(今は情報が足りない。まだこれからも調べていく必要がある)

 

 これは思った以上の長丁場となりかねない。ミッドチルダに残してきた娘との約束を果たすのはまだまだ先となりそうだ。
 それを申し訳なく思い、自身でも残念と思いながら、せめて娘が元気でいるように祈ることくらいしか今は出来そうにもない。
 ……思考が私事に脱線している、それに気づき改めてなのはは思考の修正にかかる。
 とはいっても現時点ではこれ以上の考察は情報不足により望めそうも無い。今は現状の任務に集中して保留としよう。

 

 だが、とふと今回のこの急な任務についてなのはは考える。
 物資輸送の護衛、何の変哲も無い管理局の任務でも何度か経験のある任務だ。
 実際、警戒こそ絶やせないが問題さえ起きなければ自分たちの出番など殆ど無いと言ってもいい任務だ。
 そして現実にこの瞬間においてもまた平穏そのものだ。

 

(……でもこのまま平穏、何事も無く終わるとは思えない)

 

 無論、それに越したことは無い。……が、あのジグマールが何事も無く終わるような任務などを自分たちに命じるとは思えない。
 自分たちがホーリーを利用しているように、ジグマールもまた自分たちを何らかの形で利用しようとしていることは明らか。
 部隊長である彼だけは、なのはたちの魔法がアルターと異なるものだということをはっきり知っている。
 そしてそれを何らかの別の形で活用しようとしているだろうことは彼女にも察しがついている。
 だからこそ、きっとこの任務は何かが起こるはずだと警戒してもいた。

 

(それに何だろう? この予感は……)

 

 そう、彼女の胸の内には今日の朝からずっと正体不明のモヤモヤとした表現することも困難な何かしらの予感があった。
 きっと何かが起こる。……それこそ、これからの自分たちに強く関わってくる何か……或いは、誰か。
 これが出会いの予感なのだとしたら誰と、いったいこの任務中にどのような人物と―――

 

 そこまで考えかけ、咄嗟になのははいきなり立ち上がると運転席へと向かった。
 予感がした、来るという予感が。
 何かが……或いは、誰かが……来る。
 ならばそれは―――

 

(―――襲撃だ!)

 

 経験則と直感、それが弾き出した答えに導かれ彼女は運転手へとハッキリと告げる。
「停まってください。それから早く扉を―――」
 開けて、と最後まで言い切るのも億劫になのははそのままトレーラーの扉へと急いで向かう。
 なのはのそのただならぬ様子に、新人たち四人の間にも強い緊張が走り指示を待つ待機姿勢へと変わっていた。
 上出来だ、そう内心で頷きながら彼女たちには自分が出た後に、様子を見て出撃してくるように命じた。
 やがてトレーラーは停まり、重い扉が今にも開きかける。

 

「―――レイジングハート!」
『Standby, ready.』

 

 扉を潜り抜けると同時に、セットアップを完了し直ぐ様に飛び立ち―――

 

「うぉらぁぁぁあああああああああ!!」

 

 ―――トレーラーの真上へと叩きつけるように拳を振り下ろし落下してくる男を発見した。

 

 瞬時に、それを遮るように射線に割り込みプロテクションを展開。
 男の赤い拳となのはの桜色の障壁が激突する。
 未知のパワーとの衝突、その衝撃が間違いなくアルターのものだとなのはは瞬時に理解した。

 

「邪魔だぁぁぁああああああ!! どけぇぇぇええええええ!!」

 

 男の拳がなのはの翳した手より展開されるプロテクションを突き破らんと勢いを増し更に押し込まれてくる。
 だがなのはも負けじとプロテクションに更に力を込め、外部からの圧力を弾き飛ばしにかかる。
 両者ともその力は互角と呼んでいいほどに拮抗していた。
 凄まじい衝撃が周囲に波となって伝播し、拳と障壁の接触面は火花を散らすように明滅している。
 それこそまるでヴィータの鉄槌の一撃を真正面から受け止めているかのような衝撃に突き崩されそうにもなるが、賢明になのははそれを許さずに弾き返しにかかる。
 重装型の砲撃魔導師としての自負、それに掛けても容易く目の前の男の一撃に屈するわけにはいかない。
 だがそれは恐らく相手にとっても同じ、まさに何ものをも砕くその自負を持って繰り出されているはずの拳を早々に退けるわけがない。

 

 だからこその、これは両者にとっての等しい意地の張り合い。

 

「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「はぁぁぁぁああああああああああああああああああ!!」

 

 不屈の思いが激突し、勝敗を決したのは―――

 


 拮抗を作りヒートアップしていた二人の激突。
 それが行われていたのは外界の時間で言えば僅か十秒にも満たない。
 突き込む拳と弾く障壁。
 矛と盾にも喩えられる激突にも似たそれは、結局両者共に後方へと同時に弾かれるという形で終わった。
 つまりはお互い互角、引き分けとも呼べる結果。
 無論、それは互いに本気を出し合っての事ではない。先の鍔迫り合いの攻防も所詮は互いにとっては挨拶代わり以上の何ものでもない。
 だが両者とも、先の激突により一つの事実を直感的に悟った。
 それ即ち―――

 


 ……この女、やりやがる。
 確かに全力ではなかった、だが打ち抜く心算で放った一撃だったのは確か。
 そしてそう決めて打ち下ろした拳であった以上は、その結果はそうなっていなければおかしい。
 だが現実にはそうならなかった。相手のアルターの予想以上の堅さを打ち抜くことが出来なかった。
 言うなればそれは屈辱。……そう、あの日に劉鳳に味合わされた敗北の味の再現と同じ。
 無論、負けたなどとは思っていない。今度は必ず打ち砕く、意地でもそうする。
 けれど……

 

(……手加減できる相手でもねえか)

 

 本気でぶつかるに値する相手、それがカズマの眼前の女に対する偽らざる評価だった。

 


 ……この人、かなりの力だ。
 確かに全力ではなかった。だが制限下とはいえ自身の頑丈さには鉄壁に近い自負があった。
 重装型の砲撃魔導師として、長所として磨き上げた誇りとも呼べるものであったはずだ。
 それが危うく屈しかけた。後少しでも力を抜いていれば確実に打ち破られていただろう。
 言うなればそれは脅威。……久しく経験していなかった、自身を脅かすに値する危険性だった。
 だが屈したわけではない。まだ自分には余力もカートリッジという切り札もある。
 それでも……

 

(……油断は即敗北にも繋がりかねない)

 

 それだけの力量を有している、それが高町なのはの眼前の男に対する本心からの評価だった。

 


 ロストグラウンドの反逆者と時空管理局のエースオブエース。
 互いに不屈の信念を持つ両者の初会合による激突とその結果。
 そして抱いた互いへの評価。
 皮肉と言って良いほどに、それは酷く似通ったものだった。
 だがこうして、遂に―――

 

 ―――遂にこの大地の上で、二人は出会った。

 

 

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最終更新:2009年04月09日 21:59