「………此処がロストグラウンド、か」
 数多の世界を任務で飛び回り、荒廃した世界は見慣れたものだが、やはりこの殺伐とした独特の雰囲気は、ミッドチルダなどのような治安の良い世界では感じ取れないものだ。
 こういう世界には必ずと言っていいほどに、荒くれ者の類が存在している。
 事実、今回の任務でも仲間たちは早々にソレに遭遇し、交戦を果たしたという。
 ヴィータもまたその記録映像はこちらに来る前に事前に目を通してはいたが、成程………こんな大地にならあんな奴がいたとしても確かにおかしくは無い。
 名前は何と言ったか………ああ、そうそう確か『カズマ』だったっけ? 名字もなければ本名かどうかも怪しい、経歴も分からないハッキリ言ってしまえば得体の知れない相手。

 

「………でも、面白そうではあるよな」

 

 映像で見た限りでも単純馬鹿、後先考えない特攻野郎とでも感じたが、正直そういう相手をヴィータは嫌いではない。むしろ個人的には好ましい部類だ。
 惜しむらくは彼が敵対者であるということ。………いや、敵対する立場の方が好敵手となり面白いかもしれない。
 思考が完全に自分たちの将寄りになっていることに気づき、いかんいかんと彼女は首を振りながら思考を元に戻す。
 兎に角、この大地のどこかにあの男がいる。新人どもを圧倒し、あのなのはを追い詰めたあの男が………
 柄にも無いことだが、不思議とそれにワクワクしている自分が居るのを自覚する。
 早く出会ってみたい、そんな風に考えてしまってすらいた。
 だがそれもまだ早い。逸る欲求を抑え付け、己が立場を思い出し、自分が今すべき事を全うする必要があった。
 それを忘れて向こう見ずな立場には、自分はなれないのだから………

 

『ヴィータ副隊長、聞こえますか?』

 

 その時、届いてきた念話―――部下のティアナ・ランスターの声にヴィータは肯定のメッセージを返した。

 

『十秒後にスバルとエリオで突入します。副隊長は取りこぼしてそっちに逃げ延びてきた相手の確保をお願いします』

 

「ああ、分かった。こっちは任せとけ、だから思い切り自信持ってやればいい」
 随分と様になってきた現場指揮を任されている部下の声にそう応えながら、ヴィータは眼下の施設を見下ろした。
 施設南部、その後方の宙域で待機している彼女は、言ってみれば現在は部下たちの捕り物劇のフォロー役である。
 禁制品の違法売買を行っている小規模な犯罪集団、その壊滅にホーリー部隊として回された任務がそれだった。
 援軍の着任早々にそんな任務をこなさねばならぬ事に文句は特に無い。こちらもJS事件が終わって以降は捕り物の類とは無縁だったデスクワークばかりだったので、こうして久しぶりに戦えることに文句は無い。
 しかも早速アルター能力とやらを肌で感じることが出来るかもしれないのだ、得られるものの大きさから考えても是非は無い。
 それに犯罪で私腹を肥やすような無法者を取り締まるのは通常業務でもあるわけだし。
 だからこそ、なのはの代わりに今こうして自分が出張ってきているというわけだ。
「さて、それじゃあお手並み拝見といくかね」
 念話で確認したタイミングで飛び込んでいくスバルとエリオ。
 次の瞬間には襲撃に気づいたのだろう、瞬く間に慌ただしく連中が混乱して騒ぎ出しているのがこちらにまで聞こえてくる。
 ミッドチルダや他の次元世界に比べてみても、犯罪集団の質そのものはお粗末といっていい。
 だが何たらに刃物という言葉があるように、そう言った連中に限ってなまじ常識外の力を持っていた場合は性質が悪い。
 この世界で言うなら、正にそのアルター能力とやらが良い例だ。

 

『すみません、副隊長。そちらに一人逃がしてしまいました。確保をお願いします』

 

 念話で来たその要請に、ヴィータは「あいよ」と気楽に応えながら、丁度その件の逃亡者を目視にて確認でき相手に向かって降下を始める。

 

「時空管理………じゃなかった。ホーリーだ! 大人しくしろ!」

 

 いつもの名乗り文句で言い間違いそうになるのを修正しながら、そう逃げてきた相手へと彼女は告げる。
 どうやらホーリーという名は相手のような連中にとっては余程のものらしく、驚愕と共に青白い顔まで浮かべてくる始末だ。
 まぁ此処で大人しく縛に就くなら穏便に済ませられたのだが、どうやら相手は先に述べていた何たらに刃物の類だったようだ。
 歯がみをしながら睨んでいたかと思えば、どうやら覚悟を決めたらしく男はこちらとの距離を数歩取るように下がりながら、瞬間、男を中心に発生した虹色の光が周囲の岩を次々と消し飛ばし………否、分解していく。
 そしてそれが終わると共に男の傍らには巨大な傀儡兵のような人形が現れていた。

 

「………成程、そいつがアルターって奴か」

 

 物質を分解し再構成する能力………聞いてはいたが、実際目にしてみて彼女が感じたのはやはり魔法以上のそのデタラメさだった。
 デバイスなどの機具を用いたわけでもない、プログラムされたものを展開して行使する管理局の魔法とは明らかに異なる異能。
 種類別されてはいるらしいが、個人個人によって異なる明らかな多様性を持った超常の力。
 つくづくデタラメだとしかヴィータには思えない。

 

 ………だが、そんなものとやり合ってみるというのも面白い。

 

 それがどれ程の脅威か、直接に身をもって確認してみるには良い機会だった。
 目の前のコイツは、いずれ激突するであろう例の男と戦うまでの参考とさせてもらうことにしよう。

 

「よしいいぜ、なら―――やろうじゃねえか!」

 

 自身の相棒、鉄の伯爵を改めて握り直しそう告げながら、鉄槌の騎士はこの世界で最初に出会った未知へと猛然と挑みかかった。

 


魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed
第2話 高町なのは

 


「………高町、さん」
 名を呼ばれ調べものに没頭するようにコンピューターの画面に見入っていたなのはは、そこで漸く相手の接近に気づき顔を上げた。
 ホーリーの実行隊員とは別種の医療・作戦情報処理などのスタッフの制服を着た女性が一人、こちらを見ながら立っていた。
 年の頃は自分とそう大差も無い、少し下程度、ちょうど劉鳳と同年代くらいだろうか。
 ストレートの艶のある黒髪に美人と評するには充分な整った顔立ちは、その本人が持つ落ち着いた様子と合わさってか、才女というイメージを抱かせる。
 なのはは彼女の名前を知っていた。此処ではちょっとしたある意味では有名人であり、良くも悪くも自分たちと同じように周囲の注目を集める立場だ。

 

「桐生水守さん、でしたよね?」

 

 なのはは確信を持ちながらも一応の確認を兼ねて相手の名を尋ねる。
 水守と呼ばれたその女性はなのはの問いに返答の頷きを示した。

 

 桐生水守。
 ホーリーの作戦情報処理及びアルター研究班の研修生。本土の有名大学院において七年ものスキップをしている文字通りの才媛。
 だが彼女の肩書きにおいてもっと重要な意味合いを持ってくるものが他にある。
 ロストグラウンドの再興に力を入れるスポンサーの筆頭、その財閥の総帥の令嬢………というのがそれに該当するだろう。
 この世界へと赴く前にロストグラウンドに関連する項目には一通りの目を通しておいたが、その中には確かに桐生家の名がホーリーという組織にも関わる重要なスポンサーとして記されていた。
 当然、本土側と管理局が密約を結びパイプを繋いでいる以上、桐生家もまたそれに関わってくるのは自明の理。
 尤も、その本土の財閥令嬢が自らこの地に赴きホーリーに所属していたなどというのは来てから知って驚いたことの一つだった。
 赴任直後の挨拶回りでも一言二言言葉を交わしあった程度であり、以降はこちらに来てからのホーリーの任務や本来の管理局の調査などで忙しく、接点も無いままにそれっきりだったが、まさか彼女の方からこちらに接触してくるとは予想していなかったので、どう対応したら良いものか正直迷ってもいた。

 

「何か御用でしょうか?」

 

 なのはには彼女がどの程度までこちら側のことを知っているのかが分からない。
 ロストグランドはおろか本土でも有数の権利を誇る桐生家が管理局の存在を知っているのは当然だとしても、彼女自身が現在は桐生家と何ら関わりの無い形でホーリーに所属している様子である以上、こちらの素性を知っている可能性は低い。
 だが桐生家の総帥の令嬢であり、愛娘であるという評判の高い彼女が本家の方から本当に何も知らされていないのかどうかなどなのはには分からない。
 実際、ロストグラウンドに来て以降、桐生水守は桐生本家との関わりを彼女自身で断っており、立場そのものも一介のスタッフでしかないのだが、高町なのははそもそも彼女とは殆ど面識も無かった以上、そのような事実を知る由もない。
 故に、桐生水守がどの程度まで“こちら側”の事情に踏み入っているのかが予測が付かないなのはは彼女への対応を測りかねていた。
「………とりあえず、ここでは何なので移動しませんか?」
 本土から来た噂のアルター部隊の隊長と、その本土の財閥令嬢、良くも悪くも互いに注目を集める立場にある自分たちがこうして面と向かって接触している。
 当然、この場で仕事を行っているスタッフたちもそれぞれ画面を見ていながらもこちらに聞き耳を立てて注目しているのがあからさまな以上は、この場でこれ以上の話を進めるのはどう考えても得策ではない。
 故にこそのなのはの提案だったが、流石は才媛と名高い彼女も己の立場を理解しているのか反論もなくそれには肯定してきた。
 席を立ち、とりあえずホーリーのスタッフ専用の休憩場にでも向かうことに決めた。あそこならばここよりは密談をするにしても幾分かマシというものだろう。
 さて本土のお姫様がはたして自分にどのような話があるのか、それはなのは自身にとっても気になることではあった。

 

 

 最後の悪足掻きのように振るわれる巨人の豪腕、さながらこちらの接近を拒むように振り回されているソレは暴風じみたものであったのは間違いない。
 わざわざ接近する危険を冒さずとも、遠距離から仕留める方法とてヴィータには持ち合わせていた。
 だが今回はそれをしない………何故か、前線部隊の副隊長としては問題のある思考ではあったが、先に見せられた戦闘記録に触発されての対抗意識が彼女にそれを選ばせた。
 そう、あの黄金の右腕で制限下とはいえなのはの魔法を正面から打ち破って見せたあの男………カズマの土俵がそれだと思ったからだ。
 いずれは挑戦してみたい、自分たちを取り纏める将でもあるまいし、何故そんな下らない事を自分が願ったのかは分からない、見当も付かない。
 だが純粋に、あの拳と正面からぶつかってみたいと思ってしまったのだ。
 相手には可哀そうだが、コレはそのための前哨戦………アルターという未知の能力への挑戦を兼ねた肩慣らしだ。
「………まぁ悪く思うな」
 犯罪者相手とはいえ踏み台のような扱いをすることに、良心が痛み思わずそんなことを呟いてしまったことに自分自身で驚き、苦笑を浮かべてすらいた。
 だがそれも仕方が無い、実際に今の自分は公私混同だ。それは認めよう。
 だからこそ、その分命じられた任務だけはキッチリと果たす。
 その決意の元、相棒のアームドデバイスによるカートリッジロードを敢行。銃弾の薬莢の排出めいた機構の中、ハンマーの先端に出現したドリルが回転を始める。
 そしてソレを扱うヴィータ自身もまたドリルの反対側から展開されるバーニアの勢いに合わせてその身を独楽の様に回転させ始める。
 かつて、高町なのはとの初遭遇戦で彼女を撃墜せしめた一撃、それと同じもの。

 

「ラケーテン……ハンマァァァアアアアアア!!」

 

 叫びと同時、強襲する赤き騎士。その回転の込められたフルスイングは巨人の振り回す腕に見事に激突し………打ち砕く。
 虹色の粒子へと拡散しながら消えていく巨人。アルター能力を打ち破られたダメージが本体にフィードバックしたのだろう、能力者もまた白目を向いて倒れる。
 苦戦らしい苦戦も無いまま、力押しという相手の土俵に則って撃破して見せたものの、ヴィータの表情には感慨らしきものは無い。
 当然だった。所詮相手は小物、三下の雑魚に過ぎない。異能力を有しようと訓練された管理局の魔導師に通用するレベルですらない相手だ。
「………でも、テメエは違う。そうだよな」
 あのなのはを地に着かせかけたほどの相手、その強大な力はこの程度の輩とはきっと比べものにすらならないはずだ。
 肩に鉄槌を抱えなおしながら、戦ってみたいと改めて思う欲求をヴィータは認めていた。
 この大地で珍しく闘争に餓えている己の奇妙さに、その理由にまだ彼女自身もそれが何故なのか気づくには至っていなかった。

 

 

「………それでご用件というのは?」
 場所を移し、周囲に誰も近づいては来ないと判断できるロビーの片隅の席にて向かい合いながらなのはは水守へとそう尋ねる。
 水守の方はなのはのその問いに、一瞬僅かばかりの躊躇を示す素振りを見せながらも、やがてこちらへと真っ直ぐに視線を向けながら口を開いた。
「高町さんは本土から来られたアルター部隊の隊長と聞いています」
「はい、本土より派遣されてきたアルター使い四名を率いる立場です。………今は、もう一人増援が着任しましたので五名ですが」
 そして己を含めて六人。それが本土側より派遣された特殊部隊『機動六課』の構成と表向きにはなっている。
 だがこれは着任当時に既に対外的にも知れ渡っている言わば周知の事実に過ぎない。未だ注目を集める的ではあるもののそれ以上にも以下にも意味は無い。
 少なくとも、このロストグラウンドにおいては、だ。
 だが―――

 

「失礼ですが、アルターとはロストグラウンドで生まれた新生児が数パーセントの割合で生まれ持つ特殊能力を指す筈です。貴女たちは本土出身とされていますがこれはどういう………」

 

 桐生水守のそこまでの発言を聞きながら、高町なのはは成程と概ねを理解した。
 やはり予想通り、彼女は桐生家の方からは何も知らされていない。それは当然時空管理局などの存在も知りえてはいないということだろう。
 つまりは正真正銘、此処においては彼女の立場は一介のスタッフでしかないということだ。
 本土の財閥令嬢とはいえ事情を知らされていない部外者である以上は、管理局に関わる情報を教えることは出来ない。
 故に彼女の問いかけに対しては予め決めていた通りの答を返す他にないということだ。

 

「残念ですが、桐生さんには我々の素性を知り得る権限がありません。申し訳ありませんがその質問にお答えすることは出来ません」

 

 自分でも思った以上に事務的な返答だと内心で驚きながらも、若干の後ろめたさと共になのははそう返した。
 実際、なのはたち『機動六課』に関する情報は、ホーリー部隊隊長であるマーティン・ジグマールに並ぶ秘匿機密レベル扱いであり、ホーリー部隊内においてその情報の閲覧権利を持つ者はジグマール以外には存在しない。
 次元世界の安定を図り、管理外世界において公の立場には現れないようスタンスを取る時空管理局においては当然と言えば当然の措置だ。
 無論、局員であるなのはたち自身も管理外世界の人間においそれと素性を明かす行為は禁じられている。
 しかも今回は現地においては特に慎重に行動するようにと上層部から厳命を受けている手前、普段以上にその辺りに関しては配慮を怠るわけにもいかない。
 故にこそ、彼女たちは予め公開されている嘘で塗り固めた偽りの経歴以外の情報を漏らすわけにもいかないのだ。
 そこに例外を挟めぬ以上、なのはが水守に対して取った対応も妥当と言えたものだった。
 ………尤も、

 

「………そうですね。私には貴女たちの正体を知る権利はありません。ですが―――」

 

 そう言ってそこで一旦言葉を切りながら、次に彼女がこちらに見せたのは再びの躊躇い。それも今度は若干恐れにも似たものが強く入り混じったものだった。
 明らかにその言葉の続きをこちらにしてくることを躊躇っている。それを口にしてしまえばまるでもう後戻りは出来ないとでも思わせるようなものだ。
 その彼女が躊躇いと同時に見せている恐れは、なのはの方にも何か嫌な予感を抱かせるには充分過ぎるものであった。
 彼女は何を知っている? 何を口にしようとしている?
 予測が付かぬその未知への緊張は、なのは自身にも後戻りが出来ぬような予感を抱かせる。
 或いは、桐生水守がその言葉の続きを言わなかったならば。
 或いは、それ以前に彼女がこちらへと疑問を問い質すようなことをしていなければ。
 或いは、彼女がそのようなことを知り得なかったならば。
 或いは、彼女と出会ってさえいなかったならば。

 

 高町なのはがこの後にこの大地で取ろうとする選択は違ったものになっていたかも知れない。
 ソレは或いは、後の彼女自身の運命すらもまったく変わったものともなっていたことだろう。

 

 けれど彼女たちは出会い、

 

「―――ですが、貴女たちはアルター使いでもない。それだけは、私が知っている確かなことです」

 

 そして桐生水守はその言葉を言ってしまった。

 

 思いもがけぬ真実を意外な相手から指摘された当人たる高町なのはは―――

 

 

 気づいた時には退路は全て塞がれていた。
「カズくん、今日こそ一緒に牧場の仕事に行ってもらうからね!」
 その要求を突きつけてくる少女の言葉に、残念ながら逃げ道が無い事を遅すぎるこの時点で漸くに理解できた。
「分かった、分かったから服を引っ張るんじゃねえよ。何処にも逃げやしないからよ」
 故に仕方ないのでそう言いながらやれやれと言った様子も顕に、カズマは服の袖を引っ張ってくる由詑かなみに対して諦めたかのようにそう告げた。
 実際、今日ばかりは逃げられそうにも無い。いつも以上に必死になってこちらを連れて行こうとするかなみの姿を見ては、カズマも力づくには引き離せない。
 むしろそんなことをすれば後が怖い。牧場のおばちゃんたちに受けの良いかなみを哀しませれば、彼女たちに何を言われるか分かったものではなかった。
 マトモに働くなど本来ならばゴメンだし、そういうのには本当に向いていないと自分自身でも自覚しているカズマとて、今日ばかりは諦めて労働に従事する以外にないようだ。
「………本当? また途中で抜け出して仕事サボったりしない?」
 前科のある身としてはいまいち信用されていないようで、実際カズマも今回もまた隙を窺い逃げ出す心算だったので釘を刺されただけなのだが、その言葉に対しても慌てて否定を示す。
「サボらない、抜け出さない。………ちゃんと今日は真面目に働くって」
 そう言ったのだが、やはり彼女からすればそんな言葉もいまいち信用にかけているようだった。
「約束だよ。もう米も野菜も残り少ないんだから、ちゃんと働かないと食べる物もなくなっちゃうんだよ」
 まるで幼子に言いきかせる母親のような口調で何度も牧場までの道すがらでそう言われ続けた。
 それに精神的にウンザリしながらも、この時漸くに己がいかに傍から見れば甲斐性無しのロクデナシかがカズマ本人にも少し自覚でき始めていた。

 

 

「お疲れ様。皆、今日の任務もしっかりこなせたみたいだね」
 桐生水守との密談を終え、六課に手配された仕事部屋へと戻ってきたなのはは、そこで丁度任務から戻ってきた部隊の連中へとそう労いの言葉をかけた。
 自分は調べ物の都合で一緒には行けなかったが、合流してくれたヴィータに任務の同行は任せていたのだが、どうやら上手く事は運べたらしい。
 上がってきた報告にも問題らしい問題も無い。これならばそのままジグマールへと報告書を提出しても問題はなさそうだった。
「まぁ、あたしも貴重な体験をさせてもらえたしな」
 そう言ってデスクの椅子の背凭れへと体重を預けているのは副隊長のヴィータだ。着任早々の戦闘任務を問題なくこなした彼女は、アルターという能力に直に触れてみてやはり自分同様に思うところがあるようなのは直ぐに察することが出来た。
「ヴィータちゃんもお疲れ様。未知の能力との初戦闘、大変だったでしょ」
「別に。あたしがやったのはお前らが戦った奴とは比べられない程の三流だ。能力持ってても所詮は素人、間違っても後れを取るような相手じゃねえよ」
 慢心ではなく自負、そして厳然たる事実としてヴィータはなのはの労いにそう本音を応えた。
 管理局員として、夜天の守護騎士として、数多の歳月を数え切れない戦場で費やしてきた彼女にしてみれば、どのような特殊能力を持っていようが、訓練もマトモに積んでいない相手は素人と大差ない。負ける要素がそもそも存在していない。
 それに管理局の高ランク魔導師の看板を背負わされている以上は、管理外世界の未知の相手といえどもそう易々と後れを取ることはメンツに関わる問題だ。
 だからこそ、抑止力という観点から鑑みても素人の犯罪者相手に自分たちが負ける事は許されない。

 

「………まぁ、それに堂々と喧嘩を吹っ掛けてきてくれる相手がいるみたいだけど」

 

 言うまでも無くそれが誰かを彼女は口にしない。口にせずとも自分も相手も分かっているからだ。
 その当人………NP3228ことカズマという男の脅威性を。
「ヴィータちゃん。私たちは喧嘩をしにこの世界に来てるわけじゃないんだよ」
 そのヴィータの様子から彼女が今何を考えているのか、その凡そを長い付き合いから察することの出来たなのはは嗜める様に言葉を選んで彼女へと告げる。
 ………尤も、
「分かってるさ。でも向こうが売ってくるってんなら、買わないわけにもいかねえだろ?」
 犬歯を剥き出しにする様な好戦的な態度で言ってくる彼女は、なのはが普段知っているものとは大きくかけ離れたものだ。
 確かに守護騎士という闘争の世界で長い間生きていた彼女が、彼女たちを束ねる将と差異はあれども強敵を見つけたならば、それに興味を抱き戦いを望もうとしても可笑しなものではない。
 だがここまで露骨に、それもまだ直接出会ってもいない相手をここまで意識しているというのは例に無いことだ。
 その理由がなのはには分からず、それ故に少し不安にもなる。
 なのは個人の見解としては、出来ればカズマとはもう二度と争いたいとは思わない。まぁ再度の激突の回避は天文学的に見ても不可能な数値であることは彼女自身にも予想が出来てはいたが、出来うるならば争いではない別の道を彼とは選び取って行きたいというのが本音だ。
 しかしヴィータはそれを望んでいない。それこそ彼との正面からの激突を、そして打倒を望んでいるのは明らかだ。
 彼女の強さも、そして先の戦闘でカズマの強さも身を持って知っているなのはは、出来るならば両者の激突だけは避けて欲しいところだ。ただでは済まなくなるのは目に見えて明らかなのだから。

 

「ヴィータちゃん、くれぐれも勝手な行動だけは………しちゃ駄目だからね」

 

 本来ならば彼女に向かって言うべきような言葉ですらないはずだ。
 けれど一応は此処で釘を刺しておかないと、後々に面倒な事が起こる原因ともなりかねなかった。故に放置できず、こうして釘を刺した。
 それが皮肉にも両者の関係と対応の態度からか、傍から見ていてもそれは娘に言いきかせる母親の様子に見えなくも無かった。
 なのはに対してヴィータはそういう意識は持ち合わせていない。だが何分に古い付き合いの親友の言葉である以上、悪し様には振り払えずに彼女はそれを渋々とはいえ聞き入れるしかない。
 皮肉にも、それが同時刻において、自分が拘り始めている男と極めて同じ立場であるという事実を、彼女は知る由もなかった。

 

 

 やはり性に合わねえ。
 それが大工仕事を始めて三分でカズマが抱いた結論だった。
 やはりサボるか………そんな誘惑に早々に屈しかけているが、それを早過ぎると取るか、三分はよく我慢したものだと感心するかは、カズマと言う人間を知っている者で違うことだろう。
「こらボウズッ! 何モタモタしてやがんだ! さっさと木材運んで来い!」
 そんな葛藤を抱いていることなど知る由もなく、大工仕事の親方から飛んで来た怒鳴り声にカズマは慌てて木材を担ぎなおして走り出す。
 金さえ積めば何でもやる、アルター使い“シェルブリット”のカズマの今の現状には自分自身でも呆れを抱いてもいた。
 こんな所で二束三文の金を稼ぐためにおっさん連中に顎で扱き使われるより、よほどホーリー相手にドンパチやらかす方が彼自身にとっても有意義だと感じられる。
 それでもこの場で我慢して、あえてこうして扱き使われているのに甘んじているのは、かなみの為でもあった。
 何だかんだと言いながらも、カズマはかなみに対して甘い。自分に頼らず(甲斐性無しのロクデナシだが)独りで生きていけるように普段から接するように心がけている心算だが、彼女が悲しい顔をする度に胸の奥が痛み苛立って仕方が無くなる。
 ここで我慢もせずにおっさん連中を殴り倒すだとか、仕事をフケるだとかすれば、それはもう間違いなくそういう顔をするはずだ。
 それを見たくない、それに弱いカズマはだからこそこうして真っ当な労働に現在甘んじているわけなのだが………
(………本当に、調子が狂うったらありゃしねえ)
 言いようのない苛立ちから感情に任せて力任せに釘を目掛けて金槌を振るう。
「嬢ちゃんだって頑張って働いてんだ。オメエもちゃんと働いて、オメエが養ってやらなきゃいけねえんだぞ、分かってるか」
 気楽におっさんの一人がそういうと共に、回りのおっさんたちも似たような事を何だかんだと口出ししてくる。
 正直、ほっとけと言ってやりたいがここら辺りのおっさんおばちゃん連中にはかなみが世話になっていることからも頭が上がらない。
 だからこそ甘んじて聞いているのだが、余計なお世話であり実に鬱陶しくもある。
 益々溜まっていく苛立ちに任せて金槌を振り下ろす………がそれは釘ではなく指を思いきり強打してしまった。
 絶叫が晴天の青空の下に響き渡る。
 やはり普通に仕事するのなんざ性に合わねえ、とつくづく実感するカズマだった。

 


 差し出されたサンドイッチを口に運ぶ。
「………どう、かな?」
 傍らで固唾を呑んで感想を待つ少女に、彼はハッキリと現実を分からせる為に告げた。
「不味い」
 ストレートなその感想に、少女―――由詑かなみは「うぅ」と悔しそうに呻いて俯いてしまった。
 実際はかなみの料理はそこまで不味いわけではない。むしろ世間一般的なレベルで言えば充分に美味いほうだ。
 しかしカズマの味覚には合わないのか、彼はいつも少女の手料理を不味いと評する。
 それが悔しいのだろう、彼女はその度に躍起になって今度こそ彼に美味いと言わせるべく料理に対して研鑽を欠かさない。
 恐らくソレは、第三者が傍から見た光景とすれば実に微笑ましいものとして映っていることなのだろう。
 何だかんだと不味いと言いながらも、カズマは彼女が作ってくれたサンドイッチを残さず全て食べる。
 それが一応嬉しかったのだろう、少女は上機嫌な様子で空になった弁当箱を回収すると間もなく終わる昼休憩の時間を察して、仕事場へと戻っていく。
 去り際に、
「カズくん、昼からもサボっちゃ駄目だからね」
 念を押すようにそんな言葉を残していきながら。

 


 やれやれと溜め息を吐きながら、カズマは木陰で寝転がり、空を見上げる。
 雲一つ無い、憎らしいほどの晴れ晴れとした青空。鳥たちが我が物顔で己が領分とばかりに翼を広げて飛んでいるのも見える。
「………サボんな、か」
 昼休憩は間もなく終わる。昼からも扱き使われることが確定している為、さっさと持ち場に戻っていなければおっさん連中からどやされるのは分かりきっていたことなのだが、どうにも動く気になれない。
 かなみ直々に釘を刺されている以上、サボるわけにはいかない。それは理解している。
 だが―――

 

 ………やっぱ、合わねえんだよな。

 

 今日一日、といっても午前中に過ぎないが、カズマがマトモに働いてみて思った感想はそれしかなかった。
 かなみが望んでいる普通の生活とやらからは切り離せない普通に働くこと。アルター能力の一切を用いず、ただ普通の人間に出来る事をする。
 戦いはなく、ひりつく様な緊張も、身を裂くような痛みも無い。そんなものを経験せずとも金をもらえる。
 普通ならば、それこそ皆が皆喜んで選ぶであろう道。
 そう、普通ならば………

 

 だが合わない。どうしようもないくらいに。
 ムシャクシャする程にしっくりこない。
 何故か?………そんなの決まってる。

 

 ―――結局の所、やはりカズマはカズマでしかない。

 

 骨の髄までアルター使い。これと己はもはや切っても切り離せない。
 ロストグラウンドなんて荒地で生まれて十六年。親の顔もマトモな本名すらも知らぬまま、ただ只管に生き抜いてきた。
 生きるためには何だってやった。奪い、傷つけ、そして壊す。
 裏切りだって何度も喰らってきた。同じ穴の狢同士だ、生き残るためだからそれに文句を言う心算は無い。
 それがこの大地だ、ロストグラウンドだ、カズマが生きてきた世界だ。
 それは今も変わっていないはず。ガキの頃に比べれば、確かに治安は少しはマシになっている。けれど生きている世界も、そこのルールも変わっていない。
 俺はそんな世界で生き続けるって決めたはずだ。誰にも頼らず、己の拳だけで、奪い、勝ち取り、そして守ると………
 だって言うのにどうだ? この体たらく、これが“シェルブリット”のカズマか?
 小娘のオママゴトに付き合って、下げたくもねえ頭下げて、自慢の拳を振るう機会も無く、せこせこと金を稼ぐ………

 

「………なら、やめちまえばいい」

 

 嫌ならやめればそれでいい。己を縛るものなど何も無い。この身は自由なのだから、窮屈な場所だというのなら、此処を出て行き、何処か別の場所で再び根を下ろせばいい。
 このロストグラウンドにいる限り、ホーリーの相手は何処でだって出来る。
 あの少女に付き合うのが苦痛なら、捨ててしまえばそれでいい。小娘一人どうなろうがそれこそ知ったことではないはずだ。
 悩む必要も迷う必要も無い。今まで散々好き勝手に生きてきて、またこれからもそうやって生き続けるんだ。
 ならば荷物になるものなど、全て捨ててしまえば―――

 

「―――なわけあるかってんだ」

 

 一瞬でも考えてしまった、そんな思考を振り払いながらカズマは先の呟きを打ち消すように強く言葉を発していた。
 ああそうさ、好きに生きてきたさ。これからだって好きに生きるさ。
 好きで背負って、好きで守ってんだ。これは好きで選んだやり方だ。
 だから違えない、守る。最後まで、拳を握れなくなるまで。
 俺はこのやり方を、この生き方を続ける。
 別に真っ当に生きようというわけでもない。アルター使いであることもやめる心算は無い。
 ただ此処を出て行く心算も、かなみを捨てていく心算もないだけ。
 ただ今まで通りの生活を、不満と文句を垂れながらも続ける。
 ただそれだけのことだ。
 我が儘かい? 我が儘だな。だが仕方ねえ。俺に関わってる連中には、そうやって付き合ってもらうしかねえ。
 ………本当に、昔に比べれば少し丸くなったのかもしれない。
 本人は絶対に認めたがらない事実ではあったが。

 


 さて、本当にそろそろ戻らないとどやされる。
 昼からも扱き使われる事にウンザリしながらも、カズマはかなみとの約束を守るべく、木陰で寝転がっていた状態から身を起こし―――

 

 或いは、ソレさえ見つけなければ、約束は破らずにすんだ。
 ソレさえ………アイツさえ、偶々向けた視線の先で見つけなければ。
 どうしてアイツが此処にいるのか、そんな疑問は当然ある。
 だがそんなものは些細なものだ、一々気にしてたらキリがない。
 何が目的で、何を企んでいるか、そんなことはもはやどうでもいい。
 ただ………
 ただ―――

 

「―――面ァ拝んじまったんだ。見逃せるわけがねえ」

 

 悪い。すまねえ。許せ。
 最後に一度、胸中でかなみにそう謝りながら、カズマは躊躇うことなく駆け出す。
 仕事場とは逆方向、偶然見つけたアイツ―――あの本土のアルター使いの姿を追いかけて。
 もうその時点で、既に彼の表情はアルター使いのソレへと変わっていた。

 


 高町なのはが単独でインナーの暮らす街へと赴いたのは、表向きは調査という名目だった。
 だが実際は、この大地で生きている大多数の人たちの生活を良く見て知りたいと言う欲求からきた行動だったのも確かだ。
 都市部で生活している限られた人たちとは違う、この大地で本当の意味で生きている住人たち。
 彼らがどのように生き、そして生活しているのか。
 何を信じ、何を笑い、何を悲しみ、何を糧に。
 この大地で生きているのか、ただそれだけが知りたかった。
 だから彼女は此処に来た。空の上から見下ろすのではなく、己の足でこの大地を踏みしめ、歩いてそれを見るために。
 空に上らなければ見えないものはある。だが逆に、地に足を着けてみなければ見えないものもある。
 この失われた大地で出来る事を見つけるためには、その両方が必要だ。
 そう考えたからこそ、高町なのははソレを実行して此処にいるのだ。
 流石に六課の制服では目立つので、当然ながらインナーに溶け込めるような服装を選んで身に着けていたが、それでも人混みに混じろうと彼女が何処か浮いた存在であるのが傍目に見ても明らかだった。
 当然だろう、外見だけ取り繕ったところで彼女は実際にこの大地で生きている者ではない。言うなれば、この大地の生活に馴染んでいない、他所から来たという雰囲気をどうしても隠し切れないのだ。
 コレは何も彼女が責められる事では無い。余所者が他所の土地で受ける異質感、己のテリトリーの外側に存在する齟齬、それをこの大地に来て日の浅い彼女が埋めようとしたところで埋まらないのは仕方の無いことだ。

 

「………でも、これじゃ失敗だね」

 

 やれやれと己が失敗を悟り、なのはは残念そうに溜め息を漏らす。
 これではろくな調査はおろか、警戒されてマトモなコミュニケーションすら現地のインナーと取れそうに無い。
 明らかに遠巻きに警戒されながら見られていても、この事態に進展は無い。
 どうやら出直した方が賢明のようだ。次なる課題はどうしたらインナー間に溶け込めるかどうかということになるだろう。
 だがこれはある意味で最大の課題であるのかもしれない。
 アルター能力を調べるのと同じくらい、なのははこのロストグラウンドで人々に何かをしてあげたいという思いが強い。
 それは先にあったある出来事とも関係して、顕著にもなってきていた。
 だが調査と違い、こちらの目的はこうも彼らとの間に溝が深いままではどうしようもない。
 まさに異文化の壁、此処でそんなものに遭遇しようとは予想外だった。

 

「………先はまだまだ長そうだね」

 

 だが諦めない、必ずこの溝だって埋めて見せよう。
 確かに大人になって諦めの分別も付けるようになったが、それでも相も変わらず一般の定義よりも彼女の諦めは悪い。
 何よりも、この問題を諦めるべきレベルだと彼女自身が捉えていないという理由も大きかった。
 故に、この場は戦略的撤退もやむを得ないが、次こそはもっとインナーの人々と歩み寄って見せると決意しながら踵を返し、

 

「―――よう、また会ったな」

 

 そう言いながら不敵に笑う反逆者に出会った。


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最終更新:2009年04月09日 22:23