「カズくんと一緒にこんなにゆっくりするのって、久しぶりだね」
「そうだっけ?」
「そうだよぉ」
 そんな会話を交し合うのは二人―――カズマと由詑かなみである。
 今日は二人で少しばかりの遠出でやってきたピクニック………まぁ先日から色々と続いていたギスギスとした問題が一応の目処がつき解決したことを祝してやってきたというわけだ。

 

 とはいえあの一連のなのはとも関わる一件。結局はその真実をカズマはかなみには説明していない。
 いつか話す、そんな口約束を交わした程度なのが現状だ。
 けれどかなみはそれでも良いと頷いた。いつか話してくれる時がきたら話してくれればそれでいい。それがかなみが出した結論であるらしい。
 或いは、何かを察しているのかもしれないなとカズマは密かに思っていた。学はなかろうとそういった事に関しては彼女は鈍くも馬鹿でもない。
 だからこそ何かを知って、そして遠慮しているのが真相かもしれないとはカズマも思っていたのだ。
 それでも憂うことは無い。かなみを巻き込む心算など一切ないのだ。いつかこの問題は自分の手で解決して終わらせる。ただそれだけのことだとカズマは決めていた。

 

 ―――かなみだけは護る。

 

 ホーリーからも、なのはからも。
 ただそれだけのことだと誓い、固く拳を握っている自分がいた。

 


「………ねぇカズくん。市街の人たちがこっちの方に来てる噂って知ってる?」

 

 そう何処か不安げな様子で唐突に尋ねてくるかなみ。
 彼女が指す市街の人とはなのはの事を言っているのではない(少なくとも彼女の視点では)。
 かなみが指す市街の人とは再開発を名目に最近になって活動が活発化してきたホールド………ホーリーを指して言っているのだ。
 基本的に引っ込み思案で気が弱い、けれど優しい少女だ。だからこそホーリーに対しては人一倍の恐怖を抱いているのだろう。
 尤も、そんな恐怖を抱いているのは何もかなみに限ったことでは無い。この辺りに住んでいる大抵のインナーたちもまた同じだ。
 狼藉を働くネイティブアルターと同じレベルで、ホールドやホーリーは一般のインナーからすれば明確な暴力と恐怖の象徴なのだ。
 今、誰もが不安になってきている。かなみも例外に漏れずその一人ということに過ぎない。

 

「………ん、ああ」
「………ちょっと、怖いな」

 

 歯切れの悪い受け答えをするカズマから目を逸らし、遠くを見つめながらやがてかなみはポツリとそう呟いた。
 不安を顕にしたまごう事なき少女の本音だっただろう。
 沈黙が流れる最中、やがてカズマはチラリとかなみの表情を窺いながら意を決して言葉を投げかける。

 

「かなみ、俺たちが何か悪いことしたか?」

 

 そうかなみへと問いかけるカズマ。
 確かに後ろ暗いことなら自らの言葉通りカズマは幾らでもしてきた。犯罪に手を染めてきた事実とて懺悔をする気は毛頭なくも突っぱねて事実から逃げようとは思わない。
 ………そう、少なくとも自分ならばだ。

 

「何もしてねえだろ? だったら心配することねえって………なっ?」

 

 だがかなみは何も後ろめたいことなどに手を染めず真っ当に生きてきた。
 不安に怯える必要も、自分が悪いなどと感じる必要も一切ない。
 ただ胸を張って生きていればそれでいい。少なくとも、彼女にはそれが許される立場だ。
 それを分かって欲しかったから、カズマはあえて気楽な態度で彼女に自信を持たせ不安を払拭させる為にそう促がした。
 それがかなみにも伝わったのだろう。

 

「―――うん! そうだよね」

 

 元気良く嬉しそうに頷いた。
 彼が一番見たくて護りたかった、その笑顔だった。
 それに満足して安心しているとそこにいきなり聞こえてくる猫の鳴き声。
 視線を向ければ直ぐ其処に一匹の野良猫が近寄って来ていた。

 

「あ! ミーミーだっ!」
「………あ? ミーミー?」
「今付けたの!」

 

 そう言いながらかなみはその野良猫(彼女命名ミーミー)の元へと嬉しそうに駆け出していった。
 その辺りは無邪気というか子どもっぽいというか、歳相応だ。
 まぁ子どもらしくてよろしいと何処か微笑ましげに見守りながらカズマは納得した。

 

「ほら、カズくーん!」

 

 嬉しそうに笑いながら野良猫を持ち上げそれをこちらに見せてくるかなみ。
 それにカズマはおざなりにならない程度の態度を見せながら右腕を振ってやり………途中で止めて右腕を凝視し始めた。
 右腕を隠す服の袖を引っ張る。そこには明らかにアルターに侵食された痕跡がハッキリと残っていた。
 シェルブリットのパワーアップとその使用の代償。
 アルターの森で戦った両腕に雷を纏う謎のアルター。
 そしてスバル・ナカジマ、高町なのはといった本土のアルター使いとの激闘。
 都合三度の使用は消えない証となって残ってしまっていた。

 

「………まぁ、これっぽっちで背負えるなら安いもんさ」

 

 小さく、自分以外には聞き拾えないような呟きを漏らす。
 事実、この程度の代償には今更後悔など抱かないし、これからのこの力の使用だって躊躇う心算は毛頭ない。
 全ては目の前の少女を、気の置けない相棒を、そして自分が関わり背負うと決めた者たちを護る為に得た力だ。
 この力があれば護れる。気に入らない奴らだってぶっ飛ばせる。
 ホーリーも、劉鳳も、そして高町なのはも。
 壁として立ち塞がってくるってんなら問答無用で叩き壊すだけだ。
 そんな決意を猫と戯れる少女の笑顔を見つめながら、改めて誓うと共にカズマは立ち上がった。
 これからの行く末を暗示する予兆か、少し強い風が吹き始めていた。

 


魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed
第4話 スーパーピンチ

 


 初回の赴任早々の捕り物劇以来、今までデスクワークばかりに回されてきたヴィータに漸く回ってきた外地を回る任務。
 これで公然となのはを誑かす原因―――NP3228ことカズマをぶちのめせると思っていた期待と喜びは現在最悪な気分で一杯となっていた。
 その理由は任務に携わる際に作戦行動を共にすることとなった同行者が原因だった。
 彼女の同行者は二人。
 一人は元々の部下でもあるスバル・ナカジマ。別にこちらは何も問題ない、というより別に不満を抱く相手でもない、しっかり面倒を見ねばならない後輩だ。
 問題はもう一人………こちらの方が問題だった。

 

「私が貴女達に同行するからにはもう安心ですよ。このエマージー・マクスウェル、またの名を“崖っぷちのマクスウェル”が全身全霊で貴女方をお守りしますから」

 

 などと良く回る口で言ってくるひょろりとした何処となく頼りの無さそうな青年。
 その紹介の通りホーリー隊員の一人であるらしいエマージー・マクスウェル。
 この男がヴィータを最悪な気分にさせてくれている元凶だった。

 

「お前さ、大口叩くのは勝手だけど自分が足手纏いだって自覚があるか?」

 

 そろそろ忍耐も限界に達しかけてきたような口調で冷たく告げるヴィータ。スバルはそんな態度のヴィータをまぁまぁと宥める他にない。
 ヴィータが苛立っている理由はその彼女が言った言葉通り故にだ。

 

 ハッキリ言って使えない。

 

 それがヴィータの、そして失礼ながらも密かにスバルもまた思うエマージーへの評価だった。
 それはそうだろう。アルターをトンデモ能力ではあるものの味方としてならば信頼してもいい頼りになる能力だとヴィータはそれなりに評価をしていた心算だった。
 それは勿論、劉鳳や瓜核、イーリィヤン等のアルターを見てそう思っていた。
 この男も最初に同じような大口を初顔合わせの際に言ってきたのだ。ならばさぞその大口に見合った能力を披露してもらえるのだろうとヴィータは高く期待していた。

 

 だが結果はまったくの予想外。
 試しに三人一組のチームとして本隊から分かれてネイティブアルターのチームと交戦する機会が早速訪れた。
 ヴィータはネイティブアルターたちがそれぞれのアルターを顕現させて向かってくるのと同様にエマージーもまたその自慢のアルターを披露してくれると疑っていなかった。
 だというのに、結果はなんとアルターも発動せずにただ一方的にボコボコに袋叩きにされるエマージーを目撃することになった。
 ………あれ? こいつってホーリー隊員じゃなかったっけ?
 当然のように、ヴィータはそんな疑問を落胆と同時に抱いた。
 けれど本人はアルターも発動させずにただボコられているだけ。ついでに何故かスバルの方までネイティブアルターを相手に普段とはかけ離れたほど動きが悪い。
 結局、その戦いはヴィータが三人分の奮闘を示し、三倍疲労するというふざけた結果で幕を閉じた。
 戦いが終わった後、当然ヴィータは大口を叩いた割には何も出来ていなかったエマージーにどういうことかと締め上げて聞き出した。
 それに対して本人曰く、

 

『私はその名の通り崖っぷちのピンチに陥らなければアルターが発現しないのです』

 

 その言葉の瞬間から、エマージー・マクスウェルはヴィータの中で戦力外通知を叩きつけた対象となった。
 当然だろう、そんな綱渡りみたいな安定性の欠けた能力をどうして信頼できる? どうして命を預けることが出来る?
 出来るわけがない、少なくともヴィータはゴメンだし、大切な部下たちにもそんな危険なものに命を預けさせるなど許さない。
 それは恐らくなのはとて当然に思うはずのことだ。
 だからこそ、もはやヴィータはこの男を戦力としてカウントしないことに決めた。
 そしてスバルの不調(?)も気になる以上、彼女に無茶はさせられない。
 ならばやはりカズマとは自分一人で戦うしかない。
 ………まぁ、それは別に良いのだが。

 

「さあさあ、もう直ぐあの男が出没するであろうポイントに着きますよ」

 

 そんな事を言って先頭に立ってリーダー面している使えない男―――エマージーを務めて無視しながらヴィータはスバルへと視線を向ける。
 やはり何処か浮かない顔をしたまま、本当に調子が悪いのかもしれない。少し心配になってきていた。

 

「スバル、調子が悪いなら無理するな。あの野郎とはあたしが戦う。お前はあの使えない野郎を護って下がってればいい」

 

 一応ヴィータなりに気を遣って言った言葉だったのだが、しかしスバルはそれに弾かれたように振り向きながら慌てて首を振ってくる。

 

「い、いえ! 私は大丈夫です! それよりあの人とヴィータ副隊長が戦うなんて―――」
「何言ってんだ、あの野郎をふん捕まえる為にあたしたちは出張ってきたんだろうが」
「その通りですよ。あのNP3228を打倒する為に、この私―――“崖っぷちのマクスウェル”がこうして出向いてきたのですから」
「………お前はもう良いから隅で大人しくしてろ」

 

 いきなり会話の最中に図々しくも割り込んできたエマージーをヴィータは蝿でも追い払うような仕草であっちに行ってろと追い払った。
 まったく使えないくせに自分を戦力だと過信している馬鹿ほど友軍に有害な存在はいないとヴィータは改めて思った。
 まぁ、本当にエマージーはどうでもいい。死なせなければ、とりあえず大怪我させたとしても任務による負傷だと言い訳が立てられる。流石に死なせると問題………でもあるし、寝覚めが悪くなるのでその辺りにだけは最低限気を遣っている。
 問題はこんな男の事ではなくスバルだ。それこそこのままじゃ任務中にヘマをやらかしかねない。
 八年前のなのはの一件………それを引き摺っているヴィータとしては任務の同行者に兎角気を遣っていたのだ。

 

「………まぁ兎に角、無茶だけはすんなよ」

 

 最後にそれだけ気を遣って告げながら、ヴィータはそのまま彼女より先に進み目的のポイントへと向かうことにした。
 そう、イーリィヤンの“絶対知覚”が予測した次にカズマが現れるであろうポイントへと。
 もう直ぐ顔を合わせたこともない敵視し続けてきた相手に会えるかと思うと、やはり緊張感と共に高揚は隠しようがなかった。

 


「………ところでよ、その背負っている袋は何だよ?」
「これですか? フフフ、まぁ後のお楽しみということで」
「………なんだそりゃ」

 

 自分の先を歩くヴィータとエマージーが交わしていた雑談のような会話を聞くともなしに聞き流しながら彼らの後に続くスバルの表情と足取りは重いものだった。

 

 其処に正義はあるのか?

 

 あの橘あすかとの遭遇、そしてそれ以前に見せた劉鳳の………否、ホーリーの容赦のないやり方に彼女は益々その疑念を強めていたのだ。
 今の自分たちがやっていることは本当に正しいのか? これで本当に多くの人たちが幸せになれるのか?
 もう誰も泣かないで、笑顔に戻ることが出来るのか………?
 分からない、本当に分からなかったからスバルは悩んでいた。
 ティアナは己の立場と任務を忘れるなと言った。それは分かっている。自分は管理局員、次元世界の問題事を解決し、調停するべき役職にあるものだ。
 無論、その己の職業には誇りを持っているし、今回の本当の任務だって必要なことだとわかっている。
 ………けれど、この任務は?

 

 ホーリーと協力し、ホーリーを支援する。
 本来の任務とは別に課せられた任務。だがこの任務でしていることは正しいのか?
 この任務は皆の笑顔を護れているのか?
 ネイティブアルター狩り、回転留置場、本土への検体移送。
 その全てが、本当に誰かの………力無き者たちの笑顔を護ることに繋がるのだろうか?
 どうしても確信が持てず、繋がるとは思えないからこそ、スバルは悩んでいた。
 それこそこの任務への出動前、スバルはなのはへと意を決してこの悩みを打ち明けた。
 この現状、そして桐生水守や橘あすかとの会話を交わして自分が思ったこと。
 それらを全て、恐る恐るではあったがなのはへとスバルは打ち明けたのだ。
 そのスバルの打ち明けをなのはは真剣に聞き頷き、最後にこう言ってきた。

 

『………じゃあ、スバルはこれから私を信じられる?』

 

 真剣に問うてきたその言葉に、スバルは迷わずに頷いた。
 ずっと憧れ続けてきた自身の目標でもあり、かつての命の恩人でもある恩師。
 時には凄く厳しくもあるが、それでも本当はとても優しいなのはさん。
 彼女の言葉なら、スバルは信じることが出来た。
 だって彼女はずっと自分の進むべき道を照らし続けてきてくれた存在なのだから。
 スバルが本気で彼女を信じていることが伝わったのだろう、なのはも頷くスバルをやがて真剣に見つめた後に、

 

『………分かった。じゃあスバルも私と一緒に戦おう』

 

 任務から戻ってきたら話がある、そう言ってなのはは自分を送り出してくれた。
 なのはの話とは何だろうか、それだけが今スバルが一番気になっていたことだった。
 あれ程真剣ななのはを見たのは、それこそJS事件の最終戦の際に自分たちを信じて送り出してくれた時以来だった。
 あの時と同じように、なのはは自分を信じてくれている。信頼していてくれている。
 その事実が凄く嬉しく誇らしげなのと同時に、だからこそ気になっていたのだ。

 

 ………なのはさんは、いったい何をする心算なんだろう?

 

 

「それでなんとか仲直りは出来たってわけか?」
「………ああ、まぁな」
 カズマがかなみと暮らし寝ぐらといている廃墟と化した歯科医院前、そこに停められている型遅れの車は彼の相棒である君島邦彦の現在の愛車である。
 現在、カズマはその君島の車へと凭れかかりながら運転席に座っている君島と会話をしている最中だった。
 話題は先日からのかなみとの一件について。一応この男にも事の相談を持ちかけていた手前、顛末を聞かせろと君島がしつこく言ってきて仕方が無かったからだ。
「そうか。いやぁ、俺も一肌脱いだ甲斐があったってもんだ」
「………一肌脱いだって、お前何かしたかよ?」
「したじゃねえか! 相談乗ってやったし、アドバイスだってしてやっただろうが!………だいたい俺が考えてやった上手い言い訳でかなみちゃんの機嫌が直ったんだろう? それをまぁこの恩知らずは―――」
 やれやれだと大仰な溜め息を吐く態度も顕に君島はカズマに不満をぶちまける。
 こちとら乙女心の“お”の字も解せないような甲斐性無しのロクデナシ、ついでにクズの朴念仁に色々と気を利かせてやったフォローをしてやったというのに、それも直ぐに忘れてこの態度とは………本当に相棒としてどうよと君島は本気でウンザリしかけていた。
 だが君島のその脱力すら次にカズマが言ったトンデモナイ言葉に打ち消されることになる。

 

「………あぁ、お前の考えてくれた言い訳か………悪い、そういやそれ結局使ってねえや」

 

 それこそ鳩が豆鉄砲喰らったような顔、というやつを今の自分はしていたのではないかと君島邦彦は後に振り返ってみて思う。
 それ程に、何言ってんですかコイツは? がこの時の君島の本音だった。

 

「ちょっと待てぇ! お前、あれ程俺が親切にお前でも言えるくらいに簡略し且つかなみちゃんの機嫌も直せるようなナイスな言い訳を考えてやったってのに………使わなかったたぁどういう事だよ!?」

 

 それこそ運転席から飛び出してきて噛みつかんばかりの勢いで問い質してくる君島の迫力には流石のカズマも五月蝿げに耳を塞ぎながら眉を顰める。
 確かにカズマは君島に相談に乗ってもらった後、彼からどうすればかなみの機嫌を直すことが出来るか、その当時の失敗をフォローするだけの素晴らしい言い訳(嘘)を色々と捻出して貰った。
 それは物覚えの悪いカズマですらも何とか覚えられて言え、そして肝心のかなみの機嫌も取り直せるような、そんな画期的とも言える言い訳だったはずなのだ。
 それこそ君島にしても本来ならば自分が憧れているあの寺田あやせに想いを伝える時のためにとって置いたようなとっておきに更に其処からああでもないこうでもないと改良を加えた最終兵器の口説き文句だったはずなのだ。
 それを使わなかった?

 

「………お前さ、ふざけてる?」
「ふざけちゃいねえよ。………ただ、状況が変わって使う機会も無かったっつーか、ただそれだけだ」

 

 何となくだがどんよりと途轍もなく重い空気で尋ねてくる君島の迫力に気圧され、カズマも若干罰が悪いといった態度でそう言い切る。
 それを聞き、そしてそのカズマの態度を見てそれこそ君島は脱力してハンドルに凭れかかった。

 

「………何だよ、それじゃあ結局雨降って地固まる程度の痴話喧嘩かよ。………ハァ、アホらしい。それじゃあ俺の努力は全部無駄かよぉ」

 

 やってらんねえぜとばかりに愚痴愚痴と不貞腐れた文句を零す君島にカズマにも漸くに罪悪感の一つも芽生え始めた。
 とはいえ、此処でこの相棒を宥めすかすような上手い口回りが発揮できていればそもそもかなみとギクシャクせずに済んだのだが。
 結局、今回も君島にどうフォローすれば良いか分からなかったカズマは、

 

「そ、そんなことよりホーリーだ、ホーリー! 奴らの情報はどうなってんだよ!?」

 

 手っ取り早く話題の変更を提案した。
 そのカズマの機転が功を奏したわけでもなかったが、それでもホーリーという目下の話題へと切り替わったことにより多少のモチベーションの持ち直しが君島の中にあったようだ。

 

「………駄目だな。色んな情報が入り混じって、どれが本当の情報か分かりやしねえ」

 

 尤も、こっちもこっちで君島としてはあまり面白くも無い話題らいい。
 まぁ事情通で通っている彼としても、真偽も定かでない情報が混在する現状というのは不安であると同時に不気味とも言えるのだろう。
 君島とてここ数日の間決してフラフラと遊んでいたわけではない。これからのカズマと一緒の連中への大喧嘩に備え、せめて情報面でくらい有利に立ちたいと手間隙を惜しんで情報を自らで拾い回っていたのだ。
 その結果がこうもパッとしないものでは、これまた面白くは無いのも当然だ。
 だがそんな君島の事情はどうであれ、とりあえずは相棒がやる気を取り戻し、話題も真剣なものへと変わってきたので、ならば自分もとカズマは頭を切り替え意見を出す。

 

「だったらお前の知ってる話の、上から三番目を教えろ」

 

 当然いきなりそんな中途半端な事を言われても君島とて咄嗟に「はぁ?」とでも首を傾げることしかできない。
 だがカズマはそれにすら気にした様子も無く、そのまま勢いに乗って彼の車の助手席へと転がり込みながら、

 

「こういう時はな、行き当たりバッタリの方がいいんだよ」

 

 そう告げてしれっとした態度で早速に車の座席に身を沈める。
 カズマのその態度に君島はそれこそ珍しげに感心したような態度を見せながら尋ねる。
「へぇ~、誰に教わった?」
 その君島の問いにカズマはそれこそ自信たっぷりな態度でニヤリと笑いながら、

 

「―――俺、だ」

 

 ハッキリとそう告げた。
 君島はそれこそ一瞬呆気に取られたような態度を見せたものの、直ぐに何かを悟ったように可笑しそうに笑い始める。
 そして―――

 

「ハハハ、お前らしいな。―――んじゃあ、元気良く行くか!」

 

 景気付けといわんばかりに勢い良くギアを上げアクセルを踏む。
 それを境にカズマと君島、二人を乗せて停まっていた車はそれも終わりよとばかりに軽快に走り出していった。
 丁度その瞬間、表へと出てきてまた仕事をサボって何処かに行くカズマを見て文句を言っているかなみを置き去りにして………

 


「直接、問い質す………?」
 高町なのはが驚いたように呆然と確認してくるその言葉に桐生水守はハッキリと頷いた。
「そんな! 危険すぎるよ、水守さん!」
 バンッとそれこそ勢い良くテーブルを叩いて身を乗り出して言ってくるなのはに水守は周囲の視線の事を促がして彼女を宥める。
 ホーリー専用のレストルームの一角、今は多くのホーリー隊員が現地に出払って閑散としたものとなっていたが、それでも少なからずの人員は本部に残っているし何処に監視の目や聞き耳を立てられているかも分からない。
 故にこそ、あまり二人で話し合うこうした密談の際には周囲へと最低限の注意を払うのが自分たちで課した取り決めでもあった。
 ………尤も、イーリィヤンの“絶対知覚”のような能力がある以上はこんなことをしたとて無意味であるのはどちらにも分かりきっていたことだったが。
 なのはにしても水守にしても、自分たちの動向は既にジグマールに筒抜けであり、そうでありながらも今は泳がされているだけなのだろうということは察しがついていた。
 無論、それはあの男が情報のほぼ全てを絶対的と言って良いほどまで取り締まり、把握しているという圧倒的なアドバンテージから来ている余裕なのであろう事は分かっている。
 経験も駆け引きも、所詮はまだ小娘に過ぎない二人ではあの老獪な男には決して敵うべくないことは理解している。
 だが余裕を相手が持っていられる内は少なくとも裏返せば油断をしているのとも同じだ。
 其処こそが付け入るべき唯一の隙であり、そしてその機会を見誤ることだけはしてはならないともなのはは考えていた。
 やるからには好機を活かした相手に反撃も体勢を整えさせるような隙も与えずに終わらせる一撃必殺、それを狙うべきなのだ。
 だがそれを狙うには現時点では余りにもこちらの準備は不完全だ。これでは決して成功せず勝てないという確信がなのはにはあった。
 だからこそ今回の水守の言い出したことは機会を見誤った早計過ぎる行動だとなのはは彼女を説得しようとしていたのだ。
 しかし―――

 

「………恐らくは高町さんの仰るとおりです。今の私の取ろうとしている選択はみすみすあるかもしれない好機の芽を自らで摘み取ろうとしていることなのでしょう」

 

 その自覚は充分にあると水守は告げ、なのはも彼女が本当にそう思っていることは理解できている。
 だがだからこそ解せない。冷静な行動を試されている今、その冷静な行動を本来ならば取れるはずの彼女こそが感情論で動こうとしている。
 そしてそれは一歩間違えれば文字通りの身の破滅にだってなりかねない危険な行動なのだ。
 自分のように魔法が使えるわけでも、この世界の特殊能力であるアルターを使えるわけでもない生身の人間に過ぎない彼女が取るにはそれは無防備すぎる。
 そしてそんなことは全て理解しているはずの彼女が、敢えて理解しながらもそんな行動を取ろうとしている。
 それは不合理且つ無謀過ぎる。そしてそれが分かっている以上は見殺しそのものにもなりかねないそれを高町なのはは見過ごせない。
 だからこそ彼女のこれからしようとしていることを思い留まらせようとなのはは必死だった。

 

「今行動を起こすのは単なる無謀だよ。今は確信を得られるだけの情報を集めて、私たちに賛同してくれる仲間を募るべき時だよ。………まだ私たちは何の準備も整っていない状況なんだし」

 

 そしてその力も無い。
 二人だけで協力しこうして零から始めてそれは両者ともに改めて実感していることでもあったはずだ。
 だからこそ、これからなのだ。これから自分たちが掲げた目的の為にも戦わなければならないのだ。
 そしてその雌伏に耐えるべき準備期間こそがこの時だ。

 

「………スバルがね、あ、私の部下のことだけど………一緒に戦ってくれるって。まだちゃんと事情は説明できてないけど、それでも彼女なら賛同して戦ってくれるはずだよ」

 

 そして他の六課のメンバー、ホーリーの隊員たちの中にだってきっと自分たちに賛同して共に力を合わせてくれるものだっているはずなのだ。
 今はそのそんな協力者たちを見つけ出し、手を取り合って理解を深め合っていくべき時なのだ。
 それらの何の準備も無いままに行動に移れば………結果は、明らかだ。
 だからこそ―――

 

「もう少し………もう少し、皆を信じて待とう。水守さん」

 

 ―――今はただそんな言葉を言うことしか出来なかった。

 


 桐生水守にとって高町なのはは未知なる存在であったのと同時に、初めて出来た理解者であり仲間、いや同志であった。
 切っ掛けはそれこそあの時、あの正体を見極めようと探りを入れたのが始まりだった。
 アルター能力の研究者であり専門的知識に長けていたが故、水守は彼女たちが扱う力がアルターとは似て非なる別種の能力であることを看破した。
 無論、今まで自分を含め世間に認知されていたアルター能力の更なる発展系という可能性も無くは無いことは理解していたし、なのはにもそう論破される可能性があることも覚悟していた。
 それ程に水守とてアルターという未知の力の本質を未だ掴みきれていないのが現状だったからだ。
 だが彼女たちは違う、そう感じてしまったのは確たる証拠などがあったからでもない。
 それこそただの直感に過ぎなかった。別にその上に科学者のとか女のが付くわけでもない、それこそ本当に単なる直感だった。

 

 ただ同じ世界に住んでいる人間のようには思えない。
 彼女たちは自分の知らない、それこそもっと遠くて別の世界からこの世界に来たのではないのかと思ってしまったのだ。

 

 人はそれを単なるロマンチシズムとでも言うのかも知れない。仮にも己とて末席に連なる程度の研究者の端くれとはいえ、己の考えをどうかと疑いもした。
 けれどそれでも、水守は聡明であったのも事実ではあったがそれ以上に夢や人間の情というものに重きを置き無視できない性格でもあった。
 研究者としては本来ならば不向きな性格だろうという自覚も少しはあった。
 そんな彼女の目の前に、ある日その夢のような魔法使いたちは現れたのだ。

 

 異世界から来た魔法使い。

 

 自分たちの正体はソレだと高町なのはは水守に告げた。
 それこそ本来ならば妄言と切り捨て、鼻で笑うであろう胡散臭さだ。
 けれど、それを桐生水守は信じた。
 無論、抵抗が無かったわけではない………が、彼女たちの操る力―――自称『魔法』がアルターとは源泉からしてあまりにも異なる能力であると言う証拠もあった。
 それに真剣に話し、信じてくれるかと問うてきた相手の言葉を確たる否定材料もなしに否定することを水守はしようとしなかった。
 だからこの人たちは、その彼女たちの言葉通りに『魔法使い』なのであろうと認識した。

 

「………貴女はこの世界を………いえ、この大地をどう思いますか?」

 

 自分は異なる多くの世界を見てきたと高町なのはは言った。
 それが所謂ところの平行世界と呼ばれるものなのかどうかは水守には分からない。けれど、その彼女のその言葉を信じ、ならばこの大地がどう見えるのかを率直に聞きたかった。
 水守のその問いに対しなのはが示した返答はそれこそ彼女の予想外のものだった。

 

 この世界は自分の生まれた育った世界と殆どが同じだが、この大地だけはまったく異なる未知のものだと、彼女は言った。

 

 何でもかつて神奈川と呼ばれた一部地域を含むこのロストグラウンド、かつての日本の一部であり、今は独立自治の名目が謳われる失われた大地。

 

 なのはもまた幼少時に同じような歴史を辿った日本に住み、しかしその世界では大隆起は起こらなかったという。
 故にこそ、彼女の生まれたこの世界とも極めて似た世界はロストグラウンドもアルターも存在しないと言う。
 それこそ水守にとってそれはifの世界であり、興味を注がれたのも事実だ。
 あって当然、あるのが当たり前のものが無いどころか、ある方が異常という世界。魔法とやらも大概だとは思うが、それでもやはり興味深い。
 そう桐生水守は高町なのはの世界の事を思った。
 けれど逆になのはの方はと言えば………

 

「あまりにも私たちの世界と同じだからこそ、尚更に同じじゃないこの大地には色々と思うことがあるよ。………けどね、やっぱり考えていることはいつも同じかな。
 此処は同じだけど違う、でも違うからこそ―――」

 

 ―――この大地で、自分が出来る事とは何なんだろうか………

 

 そんなことばかりを考えていると言う。
 赤の他人が住むまったく知らない大地でも、それでもその大地に住んでいるのも同じ人間なのだから。
 そんな人たちを助ける為には何をすれば、どう戦えば良いのか。

 

 ………そんなことばかりを考えるのが多い、と彼女は言った。

 

 その言葉を聞いたからこそ、この人だと桐生水守は思ったのだ。
 初めて同じ想いを持っていることが分かった、異なる世界の魔法使い。
 この大地に外から来た余所者。
 だが所詮は異邦人に過ぎないとしても、それでもこの大地に住む人々の行く末を真剣に案じることが出来る者同士。
 この人となら、同じモノを見て、同じ理想の為に戦えるのではないかと思った。

 

 そして手を取り合って欲しい事を頼み、現在にまで至るのだった。

 


 そんなある意味では劉鳳以上に信を置いている同志である彼女。彼女の言葉だからこそそれも正論であり聞き入れたいとも思った。
 けれど―――

 

「………すみません。それでも私は―――」

 

 ―――此処で止まれない、待つことは出来ない。

 

 そうなのはへと頭を下げた。
 確かになのはの言い分は尤もだし、自分は焦りすぎているという自覚もある。
 けれどこのまま時間をかけて手を拱いたまま待ち続けるということは水守には出来なかった。
 自分が作成したアルター能力者判別のデータが書き換えられていたこと、捕獲されたアルター能力者の移送先や乗員名簿すらも抹消されていることなどの理由もある。
 このまま準備を整えようと慎重に画策したところで自分たちのソレは全て筒抜けであり、ジグマールの掌で踊っているようなものだという懸念もある。
 そしてそれ以上に―――

 

「………待ち続ける間にも、準備を整えようとする今にすら、この大地に住む多くの人が犠牲になっている」

 

 それが見過ごせなかった。
 だがそれすらも本当の建前であることを桐生水守は自覚していた。
 ………そう、そんなものはただの建前に過ぎない。
 本当に自分が思っていたこと、それは―――

 

「―――私は、まだ信じたいんだと思います」

 

 自分が生まれ育った本土を、マーティン・ジグマールという男を。
 そしてそれ以上に………己の想い人がその理想と正義を捧げているホーリーという組織自体を。
 非常に愚かで馬鹿げた判断であることは承知の上で。

 

 それでも、それを信じたかった。………信じたかったのだ。

 

 

「ホーリーは此処に来たのか!? どうなんだよ、早く答えろよ!? おい!?」

 

 それこそ詰問を通り越して尋問のような勢いで向かった情報先の町の門番へと迫るカズマ。
 それを見ている君島自身とて流石のその態度はどうかと呆れること少々。
 されど、当の問い詰められている門番の中年の男たちの方は素知らぬ態度を崩そうともしていなかった。
 それどころか、

 

「お前みたいな無礼な奴に教える気は無い」

 

 目も合わそうともせずに追い払うかのようなそんな態度で言ってくる始末だ。
 流石ににべもないその態度に苛立ったのだろう、遂には胸倉を掴みかかり怒鳴るカズマ。

 

「ふざけんな! 状況分かってんのか!? ホーリーの奴らが―――」
「―――来るわけないよ。こんな土地に」
「何だとっ!?」

 

 いい加減連中とカズマとのやり取りをウンザリしたような態度で見守っていた君島ですら、
「もうやめようぜ、カズマ」
 と言い出す始末だった。それ程にこの町には自分たちがありありと拒絶されているのが理解できたからだ。

 

「そんなに連中を敵視しなくても良いだろう」

 

 鼻を鳴らしながら不満そうに言ってきた相手の言葉に、それこそ今度は鼻を鳴らしながら何を言っているのかと相手を睨みつける。

 

「なに能天気な事言ってんだ! おっさんよぉ!?」

 

 それこそそのまま不毛なやり取りに、いい加減にカズマの堪忍袋の緒が切れそうにもなった瞬間だった。

 

「―――あ! 玩具のお兄さん来てる!」

 

 一人の子どもがそう叫ぶと同時、周りにいた大勢の子どもたちもまたそれに歓声を上げながら一斉に走り出した。
 その様子をわけも分からず見送ったカズマと君島は再び互いの眼が合うと、

 

「………何だぁ?」
「行ってみっか。玩具だってよ」

 

 そうやって意見の一致を持って子どもたちの後を追って駆け出した。
 無論、門番をしていた中年の男たちが慌てたように背後から制止の声を上げていたが当然の如く無視。
 此処まで来て何の収穫もなしに帰れるはずなどなかったのだから。

 

 

「そんなに押さないでくれよな、数はまだまだあるし、私は逃げも隠れもしないよ」

 

 そう言いながら集る様に寄って来る子どもたちに背中に背負った袋から玩具を取り出し渡す男が一人。
 ホーリーに所属するアルター使いの一人、エマージー・マクスウェルである。
 彼が今行っていることはそれこそサンタクロースの真似事かと最初はヴィータも思った。
 こんな辺境の町にまでやって来て、何をするかと思えば背負ってきた袋の中の玩具を子どもたちへとプレゼント。
 まぁそれ自体にヴィータは特段に文句をつける心算は無い。否、少しだけエマージーのことを見直したと言っても良いだろう。
 戦力としてはこの男、まったくと言って良いほどの足手纏いだ。だが子どもを相手に玩具を与えて喜ばすと言うその姿、その発想はある意味ただ戦う以上に価値がある。
 無垢なる子どもたちの笑顔を護る………ああ、そうさ悪くない。

 

「何だよ、ホーリーにも良い奴はいるじゃねえか」
「ええ、そうですね」

 

 ついつい少しばかり群がる子どもたちに玩具を与えるエマージーの姿が微笑ましく零してしまった呟き。
 隣で同じように眺めているスバルもまた何処か嬉しそうであった。
 ………そう、少々過酷な環境下で戦いに触れ過ぎていて忘れていたが、自分たちはそもそもああいった子どもたちの笑顔を護ってこその管理局員なのだ。
 エマージー・マクスウェルという男の評価を、ヴィータは使えない男から案外にも良い奴と上方修正しておくことにした。

 

「………けどよ、コレと任務は別物だってのも事実だ」

 

 まぁエマージーがこのまま子どもたちに玩具をプレゼントしておくのは別に良い、何の問題だってない。
 元々戦うのは自分だとヴィータは決めている以上、標的が現れれば進んで自ら戦いもしよう。
 けれど、それも現れればの話だ。

 

「イーリィヤンの奴が予測を立てたポイントは此処だって話だが………本当に奴は現れんのかねぇ」

 

 零すヴィータの言葉は大いに懐疑的だった。
 さもあらん、ここ数日この近辺を中心に張り込んではいるが一向に件の標的は姿を見せない。
 このままではそれこそ辺境の町でボランティアを行っただけだった、などという結果にだってなりかねない。
 ………まぁボランティアを否定しようとは思わないが、それでもそうなってしまえば大きな肩透かしとなってしまうのも事実だ。
 だからこそ―――

 

「出てけって何だよ! 相手はホーリーだぞ!? 何考えてるか分からねえ奴らに好き勝手させとくのかよ!?」

 

 ―――そんな怒鳴り声が聞こえてきた先、振り向いてみれば間違いなく当人だと思われる標的が存在したことに、ヴィータはそれこそ衝撃と安堵を同時に覚えた。

 


「………スバル、あいつで間違いないよな?」
「………え、ええ、そうです。………間違いなく、カズマさんです」

 

 ヴィータの確認の問いにスバルもまたえらく驚きながら頷いた。
 ………そうか、アイツがそうなのかとヴィータは改めてカズマを見る。
 確かに資料にあった写真、撮影された戦闘映像、それらに映っていた姿に間違いの無い容姿だ。
 ………いや、更に鋭さの増した刃物。ギラついた凶暴な獣のような奴だと思った。
 まぁそんな印象はこの際どうでもいい。要はアイツが―――

 

「―――アイツが、なのはを誑かしてやがる張本人ってわけだ」

 

 ただそれだけで、己には敵対視するに充分な理由だった。

 

 

 

 それこそ眼前の光景は意味不明と言ってよかった。
 どうしてホーリー野郎がガキ共に玩具何ぞ渡しているのか。
 そしてどうしてガキはおろか大人も含めてこの町の連中はホーリーを受け入れてやがるのか。
 ハッキリ言ってカズマにはサッパリ訳が分からなかった。
 だからこそ怒鳴り、問い質した。
 けれど返ってきた返答はそれこそカズマには理解しがたいものでしかなかった。

 

「色々と援助もしてもらっとるし、子どもたちも喜んどる。ハッキリ言ってあんた等の様な連中に来られても迷惑なんだ」

 

 理解不能を通り越し、それこそ本当に聞いて呆れる答えであり現状だった。
 こいつら馬鹿か、恥も外聞も、危機意識も無いのか。
 それらの思いも込めて一緒に怒鳴り散らしてやろうと思ったその時だった。

 

「やぁやぁ、カズマ君」
「あぁ!?」

 

 それこそ馴れ馴れしく笑みを浮かべ手を上げながら近づいて来る男に、カズマはチンピラそのものの形相で睨みつける。
 だが臆した様子も一切無い様子で男は目の前まで来て優雅とでも気取ってるような一礼を示しながら言ってくる。

 

「私は君の事を待っていたんですよ」

 

 だがカズマはそんなものは思い切りガン無視し、男の付けているマフラーを掴みあげながら怒鳴り返す。
「何だぁ、やる気か!?」
 無論、傍から見れば誰が見ても悪質な絡みを見せるチンピラのソレである。

 

「エマージーさん!」
「エマージー! テメエ、そいつを放しやがれ!」

 

 そう叫びながら駆けつけてくる者が二名。
 二人ともホーリーのものとは別種の茶色の制服を身に付けた少女だった。
 一人は初めて見る顔だが、もう一人の方には見覚えがあった。
 ………そう、あれも中々に印象的な喧嘩だった。だから忘れてなどいない。

 

「………お前、確か本土のアルター使いの………」

 

 スバル・ナカジマを見ながらカズマはそう言葉を返す。
 撃滅のセカンドブリットを破り、散々こっちをボコってくれた上にシェルブリット・バーストまで引き出させやがった相手だ。
 こいつらのボスである高町なのは程では無いが、それでもホーリーである限りはいけ好かない相手であることに変わりは無い。
 まさかこんな所で再び巡り会えるとは思っていなかっただけに驚きだ。
 そしてもう一人の方は………

 

「………何だぁ、またガキかよ」

 

 ウンザリしたような態度でヴィータを見ての第一声がそれだった。
 まぁカズマにして見れば、それこそ見た目はこれまたかなみと大差なさそうな年齢の少女だ。ハッキリ言ってやる気が削がれるのも仕方がないというものだった。
 本土の連中はガキばっか使って何企んでやがるんだと逆に別の苛立ちすら感じ始めたほどだった。

 

 ………尤も、それが相手のタブーにモロに触れたことにカズマはまだ気づいていなかったが。

 

「………………ガキ、だぁ…………?」

 

 ヴィータにして見れば見た目で侮られるのは、彼女からして見れば最大級の侮辱である。
 ただでさえなのはを誑かしている気に入らない相手である上に、ここまで舐められれば、当然許せるはずがない。
 ぶっ飛ばす、もはや問答無用、ボコボコに叩き伏せないと気が済まない。
 そんな怒りも顕に戦闘態勢に突入しようとした瞬間だった。

 

「まぁまぁ、皆さんここは一つ落ち着いて」

 

 そんな呑気な声で割って入ってきたのは、あろうことか未だマフラーを掴みあげられている当人―――エマージー・マクスウェルだった。

 

「んだとぉ、このホーリー野郎がッ!」

 

 だが先程から苛立ちが増すばかりのカズマにしてみれば、横槍に勝手な仕切り……それこそこのままぶん殴るには充分に足る理由だった。
 実際、このままこのにやけた顔面に拳をぶち込んでやろうかと本気で拳を固めて振り上げかけた程だった。
 ―――しかし、

 

「おやおや私を殴るおつもりですか?……無垢なる子どもたちの目の前で?」

 

 余裕そのものと言った態度でそんな疑問を当然のようにぶつけてくるエマージー。
 事実、咄嗟に拳を振り上げるのを止めたのは彼を掴んでいる自分に一斉に非難の目を向けてくる子どもたちがあればこそだった。
 それこそカズマは忌々しげに歯痒い苛立ちも顕にしながら、その場を踏み止まる以外に道はなかった。
 確かにカズマは自他共に認める無頼だ。……が最低限の良識や分別そのものを理解できないほどに愚かではない。
 ……何より、子どもからのそう言った視線は彼にとって何よりも苦手なものの一つでもあった。

 

 故にこそ、心底忌々しい舌打ちを吐きながらも乱暴にエマージーを離すことしかカズマには出来なかった。

 

「他のホーリー隊員はいざ知らず、私は争いを好みません」

 

 掴まれて乱れた胸元を整えながら、まるで当然と言った口振りでそんなことを言ってくるホーリー隊員。
 出来の悪い冗句、そうにしかカズマには聞こえなかった。

 


「あぁ!? 何言ってやがる!?」

 

 それこそ次こそ本当に噛み付かんばかりの苛立ちを込めて怒鳴るカズマに背を向けながら、エマージーは群がる子どもたちに視線を合わすように屈みながらその頭を優しく撫でながら告げる。

 

「すまないねぇ、ボクちゃんたち。私たちは此処にいるお兄さんたちと話があるんだ。それが終わったら、また此処で会おう」

 

 エマージーの告げた言葉に子どもたちはそれこそ残念そうな顔を見せながらも、彼が言ったその言葉に「本当だね?」「絶対だよ!」等と希望を持って問い直していたほどだ。
 子どもたちのその問いに、それこそエマージーは自信に満ちた顔で頷きながら、

 

「ああ、勿論だとも。私のプライドと―――ピンチに懸けて、ね」

 

 ウインクまで交えた誇らしげな返答を返していた。

 

 

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最終更新:2009年04月09日 22:55