ここがロストグラウンド。失われた大地の名を冠するその土地は、地球を離れて長いなのはにしてみても驚きがある。
本当に此処は自分の世界とは異なるとはいえ、生まれ故郷と同じ日本の大地なのだろうかと思わずにはいられなかった。
或いはそれは、都市部の華やかさだけを見たのならば思わなかったことだろう。
だが彼女はこうして空から、この大地を見下ろしている。
神の視点、などと驕ることは無論無かろうとも、それでも此処からならばこの大地は良く見渡すことが可能だった。
塀で仕切られ、ビル郡が立ち並び、人々が往来する都市。それは確かに日本の一都市としては何ら違和感の無い風景だ。
だがその外側……塀の向こう側たる世界は一変するほどに落差の激しいものであった。
延々と続く荒野、切り立った崖、疎らに存在であろう寂れ果てた町の数々。
華やかな世界などごく一部、それこそ限られたものだけへの幻想に過ぎないと思わせるほどに続く、この大地の本当の姿。
―――それがロストグラウンドだった。
事前に話は聞いていたし、過去には様々な世界に赴き似たようなものは見てきた。
でも、異なるとはいえ『日本』においてこんな光景を見たのは過去にはないことだ。
改めて、自分の来た世界がどのようなものなのかということを、彼女は再確認すると共に眼に焼き付けた。
そして場違いにも、こんなこともまた思ってしまっていた。
「……この世界に、私は何が出来るんだろう」
本来の赴いた目的とは関係の無い、そんな事を彼女は心の奥底にて考え続けていた。
「おかえりなさい、なのはさん」
やがて大地の一望を終え戻ってきた彼女へと近づき声をかけてきたのは、彼女の部下であり教え子の一人であったティアナ・ランスターだった。
「ティアナ、皆はどうしてる?」
着任初日の今日は、とりあえずホーリーの隊舎に間借りすることになるこれからの準備と挨拶がメインだ。
それ以外においては今日のところは確たる指示をすることもない。本腰を入れた活動は明日以降であるため、今日はささやかな準備を兼ねた休息期間とも言える。
管理局からの根回しによって本土からの増援、という立場を取っているためホーリーの部隊員からも何かと注目を集めていた。
対立などは今後の行動などにも支障をきたす好ましくはないものだ、故にこそ丁度良い機会でもあるのでホーリーの部隊員とは今の内から打ち解けて置くようにとは言っておいた。
本来ならば責任者である自分の方からも各隊員に率先して挨拶回りをしておかなければならなかったのだが、こんな場所で空から大地を見下ろしていたのは自分の我が儘な行為と同じである。
故にこれからは気合を入れて挨拶回りをしようと降りてきたところだった。
「はい、皆はホーリーの皆さんと色々と話をしている最中です。親切な方や愉快な方もいまして他の三人も和んでいるのが現状です」
ティアナのその説明に部下たちが場に馴染みかけているのを知り、それは良かったと取り合えず安堵した。
……尤も、言葉にこそティアナはしていなかったが、彼女の価値観からは濃いとしか思えぬ強烈な個性も多く、スバルたちほどのテンションで付いて行けなかったから彼女だけがなのはを迎えに来たわけだが……
実際、スバルはストレイト・クーガーという名の男に早口に速さはどうのこうのと布教され、すっかり感化されていたし、エリオやキャロも瓜核という男から西瓜を貰い喜び、雲慶なる男の話に引き込まれて興味津々といった始末だ。
ちなみにそれぞれベクトルこそ異なれど、テンションの高い友好の深め合いに付いて行けなかったティアナは彼らと離れた隅の辺りでイーリィヤンなる少年と当たり障りの無い程度の会話をしていたくらいだった。
無論、劉鳳をはじめとする他の隊員の大半とも一応の挨拶は済ませておくことだけは忘れていなかったが。
それらの事をなのはへと一応当たり障りの無い程度での説明はしておいたが、どうにもとんでもない世界に来てしまったのではなかろうかとティアナは思わずにはいられなかった。
「……成程、それじゃあ私も他の皆さんに挨拶して来ることにするよ」
ティアナの心労の程を察し、思わず苦笑を浮かべながらもなのはもまた隊長としての務めを果たすべく、他の者が集まっている下へと向かっていった。
「う~ん、面白かった」
「……良かったわね、波長の合う人がこっちで見つかって」
言葉とは裏腹な態度をもった言葉で、ご満悦な様子のスバルが言った言葉にティアナはそう返した。
彼女としてはあのクーガーという男のハイテンションと呼ぶことすら憚るような言葉のラッシュによく付いていけるものだと心底不思議にすら思った。
「そうだね。なのはさんとは違うけど、クーガーさんにも色々と教わりたい気分だよ」
こちらの皮肉にも気づいた様子もなく、挙句にはそんなことを言い出す始末のスバルにティアナは、
『俺に教えを賜る? ハッハー! オイオイ、ヒバル。その文化的意欲は認めるが、俺は世界最速の男だぜ? 世界を縮める俺に付いてこようなんてのは余程の覚悟がないと不可能な所業ってもんだ』
などとニヒルを気取って言いそうな男の表情が早速脳裏に過ぎり、更にウンザリしたくなった。
因みに、このストレイト・クーガーなる男は何故か……というよりワザととしか思えないほど自分たちの名を間違って呼んでくる。
なのはの事はなのか、スバルをヒバル、エリオをエルオ、キャロをシャロ、因みにティアナはフィアナと呼ばれた。
訂正するように求めても『ハッハー、すいません。人の名前を憶えるのがどうも苦手でして』などと言ってはぐらかしてくるだけで次の瞬間にはまた間違えて呼ばれる。
いい加減、皆も諦めをつけてとうとうソレについては言及することもなくなった。
彼と言う人物の率直なる結論を失礼ながら、付いて行けそうも無い人物と評価しているティアナとしては親友があの男に感化されすぎるのは正直言って望んでいない。
それでもそれは聞き入れそうも無い、と半ば諦めて確信しているティアナは、
「……そう、じゃあ好きにしたら」
そんな風にしか言うことが出来なかった。
そんなことを思いながら直ぐ近くにいるエリオとキャロを見てみても……まぁ何だ、スバルと似た様なものというのが現状だった。
フリードなど余程気に入っているのか、瓜核からまた貰った西瓜を美味しそうに食べていた。
……駄目だ、こいつら本当に当初の目的忘れてないか?
などと思わず頭を抱えて、声に出して言ってやりたいのをグッと抑えるのにティアナの精神力は大きく浪費させられていた。
かくなる上は、流石にありえないとは思っていたし信じてもいるが、なのはがこいつらと同じような状況で戻ってきたらどうしようと本気で心配してきてもいた。
……ヤバイ、胃薬買ってきた方がいいかも、などと思いかけていた時だった。
「皆、お待たせ。全員揃ってるよね」
そう言いながら、扉が開き挨拶回りに行っていたなのはが戻ってきた。
一室を借りてこれからの行動についての会議をする心算なのだが……良かった、なのはさんは大丈夫だ、などと彼女の変わりない様子を確認して漸くティアナは安堵できた。
「お疲れ様です」
因みに、そんな言葉を彼女がなのはへと言ったのは、常識人の現状の心中を察してのことである。
その意図をなのはも理解できていたのか、苦笑しながら頷いていた。
どうやらエースオブエースをもってしても、あの濃いメンツの相手は心労の程が多分にある事を察せられた。
別の意味合いでも、やはりホーリーという組織は恐ろしいものであった。
そして別の意味合いで下らない方向へと向かっていた雰囲気も、
「―――さて、じゃあこれからの私たちの行動についてだけど」
なのはのその一言を皮切りにシリアス方面へと軌道修正されることになった。
彼女のその言葉に、隊員たちもこれからこの大地で自分たちがどのような行動に移るのかということを真剣な様子で聞く構えを見せる。
それを承知しているのだろう、なのはの口調や表情もまた、作戦行動中のソレとなる。
「私たちは一応立場上は本土からの増援部隊って名目になってるの。だからホーリーからの応援要請には応じなくちゃならない。……ここまでは皆も知ってるよね?」
なのはの言葉に四人は肯定の頷きを返して示す。
それはこの世界に派遣される前から皆も予め聞かされていたことだ。
本来は次元震の原因究明の調査が主目的だが、アルターと呼ばれる特殊能力者が数多く存在し、独立自治を謳い未だ広大な範囲が無法の荒地と化しているこの大地では、沿革に目的を果たすのは困難だと言っていい。
故にこその現地組織との協力であり、その見返りこそが自分たちの戦力を提供することとなっていた。
その辺りの実際の真相は、新人たちは知らず、なのはもまた詳しくない。管理局の上層部と本土の間には何がしかの繋がりが出来ているらしいが、兎に角、彼女たちの知る建前はそれだった。
それが任務を果たすための命令であり、未だ詳しくはないがホーリー……母体のホールドという組織の目的はこの大地に秩序を齎すことと言うのだから、それに異論を挟む余地は彼女たちにもない。
ただ……
「……あの、なのはさん、ホーリーの皆さんに聞いたんですけど、彼らが今念頭に置いて対峙している相手がいるって……」
後半で口を濁したスバルの言葉に、なのはも頷きながら持ってきていた資料を人数分配っていく。
それを受け取った四人が見たのは、まず何よりも一枚目に写っているある男……いいや、少年と呼べる年齢の人物の写真であった。
あまり映りは良くない、だからだろうか、人相が余計に凶悪に見えるのは。
「その写真に写っている男性がさっきスバルも言っていたホーリーが現在敵対しているネイティブアルター。所謂私たちの魔法とは違う特殊能力者の犯罪者。この写真の彼とは要請があったら私たちも交戦する必要があるから憶えておいて」
なのはの言葉を聞きながらも、四人は渡された資料に目を通していく。
一度、ホーリー部隊員の劉鳳によって捕縛されていたらしいが脱走、以後このロストグラウンドにおいてホーリーを相手に様々な反逆行為を続けているらしい。
現に何人かホーリー部隊員も件のその人物によって倒されていると資料には明記されていた。
「当初のランク……これは私たちの魔導師ランクと同じようなものらしいけど、その評価ではC-、平均的な能力者とされているけど、その資料にも書いてある通り急激な成長を続けているから当てには出来ない。油断は禁物だと心に留めて置いて」
確かにそう言った時のなのはの言葉は、滅多に無いほど真剣であり固いものであった。それ程に彼女はこの相手を警戒すると共に実力を評価しているのだろう。
隊長からのその言葉とその態度からそれを察した部下たちもまたそれに真剣に応え、頷いた。
改めて四人はそのこれから相手にする可能性の高いその男に警戒を抱き直すこととなった。
さて、とりあえずその件の犯罪者の危険性と、相手をしなければならない可能性の高さは頭に叩き込み理解したが、彼女たちの目的はそれだけではない。
当たり前だ、現地の犯罪者の相手をしに自分たちは派遣されたわけではない。その本当の目的は別のところにある。
それこそが―――
「―――それじゃあ本題の次元震の原因究明についての捜査だけど」
その主目的を語り出したなのはに皆の視線が再び集中する。
本題とも言えるそれは一体どのような手順で行うのか、それをまだ四人は聞かされてはいなかった。
「この手のケースなら順当に考えれば、原因となっているものは……ティアナ、何だと思う?」
急に話を振られても、しかしティアナは慌てる素振りも無くそれこそ学院の講義の際の質問に答えるようにセオリーとなる答えを述べた。
「―――ロストロギア、でしょうか?」
尤も、それが正解とは限らないので確証も無い答だとは自分でも思っていた。
「うん、それが真っ先に上げられる最も可能性のある答だね」
故に間違いではない、そうティアナの答を評価しながら頷く。
そもそも次元そのものに波及的効果を与えられるモノ、などというものは管理局の常識から考えてみてもまず稀少だ。
遺失世界の遺産、秘めたる力を有するそんなモノ以外で、次元震を起こすことなどそもそも不可能と言ってもいい。
だからこそ、管理局はロストロギアという存在を決して侮らず、回収する必要性が高いと認知している。
次元世界そのものに危機を与えるソレを自分たちの手で安全に保守管理しないことには落ち着くことなど出きるはずがないからだ。
だからこそ、次元震という現象が発生した際には管理局は必ずと言っていいほどロストロギアの関連の有無を調べる。
そしてこうしたケースならば八割方、ソレが関わってくることがこれまでの管理局の記録からでも判断できる。
「だからこそ、二十二年前と今回……後、これはついさっき分かったことだけど、六年前にもこの市街で惨劇が起こっているの。これらの事件に同一のロストロギアが関わっている可能性は無いとは言い切れない。でも―――」
先程、ジグマールの口よりなのはは六年前に市街地で大規模なアルターによる惨劇が起こったという話を聞いた。
ロングアーチスタッフに直ぐ様に確認を取ってもらったが、それにも次元震発生の余地が確認されていることが先程連絡されて届いたばかりだった。
アルターによる被害、ジグマールは確かにそう言っていた。アルター能力についてはまだ詳しい事を把握していないが、それがロストロギアの誤認という可能性も無いとは言い切れない。
しかし、それには疑念も残る。
その最大の理由は観測された事件と事件の間の期間の長さだ。二十二年前と六年前、そして六年前と今回。
規模こそ違えど観測された次元震の特徴はまったく同じモノなのだという。ならばこそ、これらには同一の何らかの原因が共通してあるはずだという推測が成り立つ。
だが管理局とてロストロギアとは一概には言っても、その性質はバラバラなものばかりで一纏めには出来ない。……だがこういったケースを起こす特徴はロストロギアには存在しない。
一度何らかの原因で発動したロストロギアは外部からの強制介入による沈静化なくしては治まらないケースが多い。代表的な例を挙げるならあのジュエルシードが良い例だ。
だが今回観測されている次元震は全て、同質であると共に瞬間的に発生して直ぐに治まっているものばかりだ。
恒常的とも呼べぬ発生期間といい、瞬間観測でしかないという実例。そして管理局がどうして放置を続けてきたか、その理由を推測すればそれは―――
「―――私はそうじゃない、とも考えてるんだ」
―――その推測をなのはへと抱かせていた。
四人もロストロギアが関わっているとばかり思っていただけに、なのはの突然の言葉にはやはり驚きを隠せていなかった。
「え? ロストロギアじゃないんですか?」
疑問を口にしたスバルに対し、なのはは頷きながら己の推論を述べる。
「―――以上のことから、私はロストロギアとは別の可能性も考えられると思うの。
……ジグマール隊長は六年前のその事件がアルターによるものだと言っていた。二十二年前も今回のものも性質は同じモノらしいから次元震の発生の媒介となったものは同じモノである可能性が極めて高い。ならそれは―――」
―――ジグマールの言葉通りなら、アルターということになる。
「……じゃあ、次元震の原因はこの世界にいる能力者の仕業ってことなんですか?」
俄かには信じ難い、言外でそう告げていることが分かるティアナがそう疑問に思うのも無理はない。
なのはのその推論が正しいと言うのならば、ソレは個人か組織かどちらかにしろ、次元震を発生させているのが人間だということになってしまう。
規模がどれ程のものであれ次元世界そのものに干渉しうる力を人間が持っている……魔法ですら不可能なことを信じろと言う方がおかしなものだ。
それこそ、あの存在し得ない夢物語の世界たる『アルハザード』は実在している、などと言っているようなものである。
そんなことを出来る人間がいるとするならば、それは人間とは呼ばれない。
―――『災害』である。
「……私自身でも穴がありすぎる推論だとは思ってる、けれどやっぱり今回の事件に関わってくる謎の中枢にはアルター能力があるとみて間違いないとは思うの」
彼女の推論でいくならば、次元震を起こした犯人(人ならば)同一人物ということになるが、アルター能力者が生まれるようになったのは二十二年前にロストグラウンドが誕生してからだ。
今回と六年前に起こった事件の犯人が共通だとしても、そもそもロストグラウンド誕生の原因そのものとなった事件に関しては矛盾してしまうことにもなる。
だからこそ確証は無い。故にロストロギアの可能性も捨てきれず平行して調査を続ける。
それでも彼女は感じていた。
―――事件の真相究明への鍵はアルターにある。
明示できる証拠は無く、自論と直感という説得性には欠けるものだが、それでも全ての事件にはアルター能力が何らかの形で関わっているはずだと思っていた。
だからこそ、それに関する調査も無限書庫経由で頼んでいたし、自分たちの方からも現地の情報を通じて調べてみようと思っていた。
「取り合えず、ロストロギアとアルター。この両方の線から調査を進めていこうと思ってる。じゃあそれに関する具体的な方針だけど―――」
そう言ってなのははこれからのこの世界での行動方針を、部下たちへと語り出した。
恐らくは長丁場となる、そんな確信を抱きながら……
標高が高いということは、同時に空にも近いと言う事だ。
だからこそ―――こんなにも星が近くに感じるのだろう。
高町なのはは空を飛びながらそんなことを考えていた。
部隊のブリーフィングを終え、これからの行動方針を決め後は明日に備えて一日を終了するだけなのだが……。
何故かこうして空を飛んでいるわけだが、特に目的は無い。理由も無く、空を飛ぶなどという行為はミッドチルダでは許されない。そんな事は管理外世界とて同じなのだが。
それでも高町なのはは空からこの大地を見下ろしていた。
本土から切り離され、その大地の中ですら塀の外と内で異なる世界。
地球には地球の、ミッドチルダにはミッドチルダのルールがあったように、当然ながら、ロストグラウンドにもソレは存在する。
尤も、此処のルールというものは場所によっては過激や理不尽などと言ったものであるのかもしれないが。
それでも、となのはは思う。
この大地で生きている人たちが願っていること、望んでいることとは何なのか。
独立自治とは聞こえは良い、だが実情は支援なくしてこの大地の住人……少なくとも都市に住んでいる者達は生きてはいけないだろうというのは部外者であるなのはの目から見ても明らかだ。
そして壁の向こう側、未開発地区と称されるむしろロストグラウンドという名そのものの世界はどうであろう。
実情こそ目にはしていない。けれどインナー(この大地で都市部以外の生活者のことを指すらしい)出身のホーリー隊員の話を聞いてみても、それは酷い有様らしい。
奪い合い、壊し合い、そして争い合う。
少なくとも、そこには秩序と呼ばれる人が互いに生きていくために必要とされるルールはない。
―――力こそが全て。
それこそがルールだと言わんばかりが、この大地の実情だった。
秩序や法という権力に守られている人間などほんの一部、それこそ都市部の人間だけだ。
この大地に生きる多くの人間は、恐らくは今日を生き抜くことに必死なのだろう。
ならば何故、彼らはそれからの脱却を望まない。少なくとも、市街に登録をすれば住民になれ職にもありつける。
少なくとも真っ当な人間としては生きることが出来る。だが、この多くの人間は進んでそれを求めようとはしていないと言うのが実情だ。
インナーは自らの意志でインナーであることを在り続ける。多くのインナーはそうらしく、市街に登録……本土への帰属を望もうとはしていないらしい。
それが何故か、インナーの実情や思いを未だ知らぬなのはにはそれが分からない。だがそれは彼らにとっては一種の誇りであると言うことだけは察することができる。
荒れ果てた無法の大地の上で、何が彼らにそれを選ばしているのか。
平穏と呼べる世界で生まれ、この職に就くまでは同じように平穏な中で生きてきた彼女からは想像もできないものであった。
だからだろうか、彼女がそれを知りたいなどと考えたのは。
ホーリーが……否、本土が示す秩序に目を背けても彼らがそれを見出し、そして守ろうとしているのは何なのか。
恐らくは『彼』もまたそれを守ろうとしているのではなかろうかと勝手ながらに思った。
ほぼ単独と言っていいほどに何の後ろ盾も無く、個人レベルでの反抗を続けている一人の反逆者。
アルターという人とは異なる能力を有し、ソレを用いて戦い続けているその人物。
ホーリーにおいては犯罪者と認定され、自分たちもまたいずれ出会い、戦うことを予感させるその人物。
「……NP3228。……ううん、違うよね。君の名は―――」
資料に書かれていた一度捕獲された時に付けられた番号ではなく、彼自身が名乗ったその名前を。
名字も無く、本名かどうかも怪しい、けれど恐らくは彼が彼であることを表しているその名前を―――
「―――カズマ、君か……」
星空にその身を浮かばせながら、高町なのははその男の名を静かに呟いていた。
不意に誰かに名を呼ばれた気がした。
呼ばれたと思い振り返り見た夜空の方角が都市部の方である事に気づき、彼―――カズマは思わず顔を顰めていた。
またホーリーのクソ野郎共がこっちを倒すためにいけ好かねえ作戦でも立ててやがるのかとも思い、
「―――へ、それともテメエか?……劉鳳ッ!」
打倒を誓い、名を刻んだ宿敵の姿を脳裏へと浮かべ拳を握っていた。
まぁどちらだっていい、劉鳳だろうとホーリーだろうとちょっかいを出してくる相手には容赦しねえし、必ずぶっ飛ばす。
単純とも思える思考だが、それがネイティブアルターであるカズマの当たり前のような考えだった。
「……にしても、何だか気にいらねえな」
何故かは分からない、理由は不明だ。
だが直感的に、今見ている方角から酷く気に入らない視線のようなものを感じずにはいられなかった。
まさか空の上から誰かがこっちの方を見ているわけでもあるまいし、気のせいに違いないのだが、何故か気になって仕方がない。
このまま背を向けたら負けなのではなかろうか、などという馬鹿らしいことすら本気で思っていたほどだ。
だからカズマも睨み返すようにその方角に視線を向けたまま動かない。傍から見れば遠方に眼ツケをしているだけという酷く奇妙な光景だが、当人であるカズマという男はそんなことを気にしない。
やがてその気に入らない視線のようなものも暫くすれば感じなくなり、カズマも内心で勝ったなどと密かに鼻を鳴らしながら、視線を外して再び進んでいた方角へと背を向け直した。
実に馬鹿らしいことに時間を浪費してしまった、ということを漸く自覚しながらカズマは目的地―――ねぐらにしている家(廃墟と化している歯科医院)へと急ぐ。
「……かなみの奴は、もう寝てるだろうな」
同居している少女の顔をふと脳裏に浮かべながら、恐らくはもう就寝しているだろうことは予想が出来ていた。
よくあることだ。頻繁に家を空ける自分の帰りが遅い時はいつも先に眠っている。普段からよく寝る娘でもあるし、そもそもカズマ自身も出迎えを期待するような性格ですらない。
だからそれは問題ない、普段通り当たり前であり考えるまでもないことだ。
……ならば何故、そんなことをふと思ったのか。
考えるという行為自体を苦手とする彼はそんな思考も五秒で放棄した。どうでもいいさ、それで良かった。
帰る場所にはかなみが居る。そんな当たり前のことが分かってさえいればどうでもいいことだ。
……そう、どうでもいい。そんな当たり前さえ守れるなら。
「……まぁ、その代償と思えば安いもんさ」
右手を持ち上げながら、あのアルターの森での一件以降に進んでしまったアルターによる侵食を見てそんな事を呟いていた。
だがこのお蔭でシェルブリットはパワーアップした。この力なら、ホーリーの奴らにも何も奪わせないし、劉鳳の野郎だって倒せるはずだ。
馬鹿で調子者の憎めない相棒や、しっかりものの癖に泣き虫なあの少女だってきっと守れる。
「……らしくねえよな、俺としたことが」
金さえ積めば何だってやる、それがアルター使い“シェルブリット”のカズマであったはずだ。
そんな自分がどういうわけか、そんな丸くなった思考をしている。……まったくもって可笑しい限りだ。
だがそれも悪くはねえ、そう思っている自分もいた。
“シェルブリット”のカズマとしての本質は何も変わってはいないという自負がある。
金さえ貰えば何だってやるし、欲しいものは奪ってでも手に入れる。
その生き方を変えようとは思わない。
だから今の考えだって結局同じであり、行き着く先とて同様だとカズマは思ってもいた。
そう、気に入らねえ奴はぶっ飛ばすし、奪われないように守る。
そして満足する程の派手なケンカをする。
カズマが望んでいることは、ただそれだけだった。
だからこそだろうか、
「なんか、これから派手なケンカが起きそうだ」
理由も確信も無く、そんなことを思い、期待しているのは。
だがきっとそれは直ぐに実現する。その相手は劉鳳なのか、或いは別の誰かなのか。
それはカズマ自身にだって分からない。だがそれでも一つだけハッキリしている事は。
―――ソイツが壁となって立ち塞がるなら、この自慢の拳で打ち砕く。
ただそれだけだった。
ただそれだけを思いながら、カズマは家路へと着く足を止めることも無く歩き続けた。
こうして失われた大地に不屈の魔法使いたちは降り立った。
自身の『正義』という名の信念を貫く男は、彼女たちと出会い戸惑いと予感を覚え。
未だ出会わぬ反逆者は、その出会いを予感しながら拳を握る。
その出会いが何を齎し、何を為すのか。
誰にもそれは分からぬまま、しかしハッキリとしていることがただ一つ。
物語は、既に始まりもはや止まる事は許されない。
ただ、それだけのことである。
次回予告
第1話 機動六課
それは何をもっての反逆か
男は怒りに拳を振り上げ
女は杖を交わしながら話し合いを望む
双方、譲れぬ思いを抱きながら最初の邂逅は激闘へと変わる。
魔法とアルター
その未知なる力の激突が齎すものとは何なのか……
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