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 まったくもってボコボコだ。
 一方的に嬲られて、一発もこっちは相手を殴れない。
 ストレスが溜まる以上に、訳がわかんねえ。
 コイツは何だ? 悪魔か何かか?
 ……屈辱? ああ、その通りだ。こりゃあどう考えてもかつてない屈辱だ。
 これと同じほどのモノを味わったのはいつだ?……んなの、決まってる!

 

 ―――劉鳳、あのクソムカつくホーリー野郎に初めて負けた時だ。

 

 負け知らずだったこっちを一方的にボコりまくって、こっちのチンケなプライドをズタズタにしてくれた。
 挙句の果てには、俺なんて眼中に無いともきやがった。
 ふざけんじゃねえぞ、この“シェルブリット”のカズマを舐めんじゃねえ!
 テメエが俺を眼中にも入れるつもりが無えってんなら、俺が無理矢理にでも入ってやるだけだ!
 無視できないように、その胸に名を刻ませてやるだけだ!
 プライドをズタズタにされて、ボコボコにされたままのやられっぱなしで誰が終わるかってんだ!

 

 ……それはなぁ、本土のアルター使いさんよぉ……テメエも同じだ!

 

 借りは返す、それも倍返しのオマケ付きで、だ!
 やりたい放題やりやがって、ずっとテメエのターンってか?
 ……ハッ、ざけんなよ! 今度はこっちの番だ!
 もう容赦しねえ、ぶち切れたぞ、躊躇わねえぞ。
 テメエだけは許さねえ、ボコる、徹底的にボコる。
 だからこそな、そうやっていつまでも上から―――

 

 ―――勝ち誇って見下してんじゃねえよ!

 

 瞬間、ゾクリと背を走る悪寒をなのはは確かに感じた。
 そしてそれを直感的に悟り、ありえないと思いながらもそれでも目の前の現実がそれを否定していた。
 吹き飛ばした、確かに立ち上がれないほどの決定打を決めた心算だ。
 いくらなんでも驚異的なタフネスを誇ろうとも、それを立ち上がるのならもはや人間ではない。

 

 だというのに、あの男は立ち上がってみせた。

 

 それこそフラフラ、意識が有るのかどうかも一瞥しただけでは判断できない。
 体中がボロボロで、右腕を覆うアルターも既に砕けている。
 満身創痍などと言う言葉すら生温い、彼はもはや死に体に等しい。
 戦闘など出来るはずも無く、ましてやこちらを打倒することなど不可能な所業のはずだ。
 それでも気圧された。歴戦のエースオブエースであるはずの彼女は確かに彼を見た瞬間に恐怖を覚えた。

 

「………どうした…よ……?………まだ…終わっちゃ…いねえ…ぜ……」

 

 やがて不敵に、目一杯不敵に笑いながらこちらを見上げてカズマはそう言ってきた。
 それは正しく、戦闘続行の意思表示。決して自分はまだ敗北していないのだと言う明確な反逆だ。
 なのはは戸惑う、相手がとても余力が残った状態とも思えなければ、それで自分に勝てるとも思わない。
 けれどもこちらもまた、あの男を倒せない。例えもう一度バスターを撃ち込んでも、きっと男は立ち上がる。
 非殺傷設定の魔法と言えど、これ以上の過剰ダメージは相手をショック死に陥れかねない危険性がある。
 人命を奪う心算の無い彼女には、これ以上の彼への攻撃は恐怖を覚えると共に、どうしても躊躇われたものだった。
 けれどそれも所詮は彼女の側の都合。
 相手は―――カズマはそんな事情など知ったことではない。

 

「手加減抜き……つったよな? だったら―――」

 

 ―――こっちも此処から先は全力全開だ!

 

 

 そう叫ぶと同時、天を掴むが如く右腕を突き出すカズマ。
 再構成……否、これは更にその先の力。
 先程、エクセリオンモードのスバル・ナカジマを倒したあの黄金の輝き。

 

 なのはたちで言うならばリミッター解除に該当する行為。
 どう見ても体に限界以上の負担を強いているはずのアレを今の状態で解き放つなど自殺行為もいい所だ。
 黄金の輝きに目を眩ませられながら、それでもなのはは相手に制止を呼びかける。
 自身の保身の為ではなく、彼の体の為を思っての行為だった。
 だがそれを聞き入れるはずが、カズマにあるはずがないのも事実。
 輝きが集束していく。それと共に、更なる進化を果たして顕現する彼のシェルブリット。
 閉じていた右目を開け、両目で真っ直ぐにこちらを定めながら、遂に黄金の拳が解き放たれようとしていた。

 

「シェルブリットォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ―――」

 

 本能で身の危険、そして何よりも背後に護衛すべきトレーラーがある事を察したなのはは、自身に退路が無い事をハッとして悟った。
 だからこそ呆けている暇など無かった。取れる選択肢はもはや一つだけ、迎撃と言う道しか残っていない。
 だがリミッター解除も今更間に合わず、今の状態の砲撃で先程の比ではない事が明らかな一撃を破れるか?

 

 出来る出来ないではない、やるしかないのだ。

 

 瞬時にそう腹を括った彼女はレイジングハートに命じ、ありったけのカートリッジのロードを行う。
 現状分の魔力をカートリッジを大量に用いての無理矢理の底上げ。……正直、限界越えの蛮行に等しい過負荷超過もいい所だ。
 だが今はこれしかない、この方法でしか対抗できない。
 だから躊躇っている暇は無い。

 

「ディバィィィィィィィィィィィィィィィィィィン―――」

 

 来るなら来い、こちらも既に腹を決めた。
 何度でも立ち上がり、何度でも向かってくると言うのなら。
 そこまでこちらとの対話を拒絶しようと言うのなら―――

 

 ―――こちらも意地でも譲らない。必ずお話を聞かせてもらう。

 

 だからこそのこれは、互いに退けぬ意地の張り合い。
 高町なのはとカズマとの、一対一の戦いであり、思いのぶつけ合いだ。
 そしてそれならば―――絶対に負ける心算は無い。

 


 反逆の拳と不屈の魔砲。
 一度目は決着が付いたその勝負、だが今度こそ絶対にケリを付ける為の第二ラウンド。

 

 ……否、最終ラウンド!

 

「バァァァアアアアアアアアアアアアストォォォオオオオオオオオオオオオ!!」
「バスタァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 黄金の輝きの拳が一直線、しかし回避も防御も許さぬ勢いでなのはに向かう。
 だが生憎となのははそのどちらの選択も取らない、当然だ。自分は勝ちを拾いに行くのだ。逃げに徹してどうする。
 だからこその迎撃、だからこその返答。
 カズマの拳が相手を撃ち抜く弾丸だというのなら、それも良いだろう。
 こちらは更にその上を行く、正真正銘の無敵の砲撃で迎え撃つ、ただそれだけだ。
 自身の代名詞とも言える、十年間ずっと武器として鍛え上げてきた。

 

 彼が誇る拳と同様に、自分が唯一誇れるその長所。

 

 その全力全開の桜色の砲撃がカズマに直撃、彼を飲み込んでいく。
 だが黄金の輝きは今度こそその輝きを翳らすことなく、どんどんとこちらに向かって迫ってくる。
 なのはは更に魔力を砲撃に注ぎ込み続ける。
 後など無い、考えない、今を勝ち取るために死力を尽くす。
 桜色の奔流はそれによって勢いを増し、飲み込むカズマは押し返そうと勢いを増す。
 カズマもそれには顔を顰め、苦しげに押し返され始める。
 だがまだだ、まだ終わっちゃいない。これくらいでは終われない。
 テメエのその砲撃が無敵だって言うんなら―――

 

 ―――俺はその無敵に反逆してやる!

 

 だからこそ、もっとだ! もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっと―――

 

「―――もっと輝けぇぇぇえええええええええええええええええええええ!!」

 

 咆哮と同時、シェルブリットの回転する黄金の輝きは、その桜色の奔流すら凌駕し始める。
 限界などとうに超えている。だからこそ、ブレーキなど存在しない。
 ギアは常にフルスロット、焼き切れるまで回し続ける。
 あのクソムカつく女、アイツに意地でも一発叩き込むまで、誰が終わってたまるか!
 だからこそ、もっと輝け、そして突き進め。
 アイツを、あの女を、目の前の強大な壁を―――

 

 ―――突き破れッ!!

 

 黄金と桜色、二つの輝きの激突。
 両者共に退けぬ意地を、限界を超えてのぶつかり合い。
 切ったカードは正しく鬼札。手持ちで唯一無二の最強カード。
 そのどちらともに絶対の信を置いていただけに、負ける事は許されない。
 等しく拮抗を続け、押し破らんと侵攻する二つの力。
 拳と魔砲、対極にありながらそれでもどこか似たその両者の攻撃。
 反逆と無敵を代表するその両者の激突、それを制したのは―――

 

「―――ッ!?」
 驚愕に歪み、目を見開いたのは高町なのは。
 無敵を誇った最強の桜色の奔流、それを遂に突き破り黄金の輝きが目前へと迫ってきたからだ。

 

「なのはさんッ!?」

 

 それが誰の声だったか、部下たちの内の誰かなのだろうがこの瞬間には判別できない。
 そんな余裕が無かった、それ程に驚異的なその黄金の拳が目の前に迫っていたからだ。
 直撃すれば撃墜、それだけはまず間違いない。
 だからこそ、それだけは避ける必要がある。
 とはいえ、この軌道、このタイミング、この速度。
 全てが回避不能だと言うことをなのは本人にも確信させた。
 だがだからといって諦めない、諦めてなどたまるものか。

 

「俺の……勝ちだぁぁぁああああああああああああああッ!」

 

 迫る黄金の拳、勝ち鬨を同時に挙げる相手。
 だが―――

 

「まだだよ、まだ」

 

 ―――終わってなどいない。

 

 そのなのはの言葉と同時、カズマの拳が遂になのはの白いバリアジャケットの表面に触れ―――

 

「―――なっ!?」

 

 ―――瞬間、彼女を保護するバリアジャケットの上衣が爆発する。
 リアクティブパージ、バリアジャケットの表面を瞬間的に自ら爆破させることで防御を行う一度限りの切り札。
 だがそのカズマにとっての予想外の爆発、そして威力はカズマの拳の軌道を逸らすには充分なものだった。
 そしてなのは自身も衝撃に吹き飛ばされはしたが、直撃の結末だけは回避する。
 だが―――

 

 誤算があったとしたら、それはそれでも彼の拳が止まらなかったこと。
 そして突っ込んでいく軌道の先にあるものだった。
 そう、カズマが突っ込む先に待ち構えているのは彼女たちにとっては護衛対象である物資を積んだトレーラーだった。
 流石に直撃を避けるために必死だったなのはは、その瞬間背後の存在を忘れてしまい、その配慮を怠った。
 結果、カズマの拳はそのままトレーラーへと突っ込み、車両側面に風穴を開けてしまった。
 それは完全にトレーラーを相手に半壊させてしまった結果でしかなかった。

 


 外した、必殺必倒のタイミングで放ったはずの、今までで文句なく最強と思われた一撃。
 喰らわせれば勝てる、その確信が有ったからこそあの桜色の奔流を突っ切った瞬間に勝ち鬨の叫びを上げたのだ。
 だが結果はどうだ、思いもしなかった予想外の相手の隠し玉で拳の軌道は逸らされて、ぶっ飛ばせたのはトレーラーが一台のみ。
 当初の目的ならそれは成功と言える結果ではあるが、なのはを倒すことしかもはや頭にないカズマには失敗以外の何ものでもない。
 だがだからとはいえ、そこで諦めるという選択を当然の如く選ばないのが反逆者だ。
 故にこそ、外したのならもう一発。今度こそ間違いなく避けえない一撃を相手に叩き込む。
 その意志とともに炎上するトレーラーから拳を引き抜き、再び相手へとその拳を構えようとしたその時だった。

 

「―――ぐぅっ!?……クソがぁっ……!」

 

 こんな時に、今までの限界越えの反動が一気に体へと降りかかってきて、もはやアルターを維持するどころか、立っていることすらままならなくなる。
「……畜生…ッ…もうちょっとだってのに……ッ!」
 あと少し、もう一発であの気に食わない相手を倒せるのだ。だというのにどうしてこの体は、右腕は言う事を聞かない。
 それどころか直ぐにでももはや意識を失い倒れてもおかしくない疲労まで襲い掛かってくる。間が悪いどころの騒ぎではない。
 これ程の屈辱、これ程の無念、或いはあの宿敵である劉鳳との戦いに無粋な横槍を入れられる以上に納得できない。
 なんとか体を叱咤させ、疲労に鞭打ち反逆の姿勢を崩しはしないが、それでももう限界だった。
 先程はあんなに限界を必死になって二度も超えたというのに今回ばかりは無理だなどとはあまりにも皮肉すぎるとも思えた。
 だがこればかりはもはやどうすることも出来ない。故にこそ、力を出し切った結果として遂にカズマの体が大地に倒れようとしたその時だった。

 

「カズマぁぁぁあああああああああああ!」

 

 聞きなれた、それこそ腐れ縁であり身近とも言える男の声が聞こえてきた。

 


 やりやがった。……アイツは、カズマは本当にやりやがった。
 もう無理だと思った。いくら何でももう立ち上がれない。
 相棒は、カズマは敗北した。
 先の魔砲に吹き飛ばされた結果を見て、君島はその絶望を遂に受け入れかけた。
 彼にとってもそれは屈辱、無念以外の何ものでもない。
 結局は相棒に荒事は任せ切りの他力本願。それを自覚しているからこそ、自分は小賢しかろうとも相棒の足りない部分を補える役回りを引き受けようと思っていた。
 例え自分にアルター能力がなかろうとも、相棒には強力なアルターがある。だから自分は相棒を勝たせられるお膳立てを作れれば、それは立派な戦いだ。
 君島は自身のその考えを疑っても恥じてもいない。何故なら自分たちはコンビであり、二人で戦い続けてきたのだから。
 だからこそカズマの勝利は君島の勝利であり、その逆もまた然りだった。
 ずっとそうやって自分たちはやってきた。
 だというのに、この様は何だ?
 相棒だと一蓮托生だとコンビだと、都合の良い事を散々言ってきて、一度状況が悪くなりびびれば、もう自分は関係ないと途中下車。

 

 ……違うだろう、そうじゃねえだろ?

 

 確かに自分は臆病だ、腕っ節もからきしでアルターも持っていない。
 頭が回ろうと、口が上手かろうと、所詮は学も教養もないただのチンピラだ。
 それでも、そんな自分でも誇りを持っていたことが一つだけあったはずだ。
 それはあの馬鹿な考え無し、ついでに同居してる女の子を満足に養えない甲斐性無しのロクデナシ、そしてクズとも言える男。
 そんなどうしようもないにも関わらず、それでも折れず曲がらず退かない、不退転の意地を背負った本物の男であるアイツ……カズマと組んで戦っていることだ。
 それだけが君島にとって、誰にも恥じることなく誇れたことだったはずだ。
 アイツの足手まといではなく、肩を並べて歩ける相棒であるその資格こそが君島邦彦にとっての全てではなかったのか?

 

 それを捨てちまって、アイツ一人に全て任せて投げ出しちまってそれで何が残る?

 

「……残らねえ……何も……」
 残るものなどあるはずがない、それが当たり前だったはずだ。
 なのにそれなら、俺は此処で何をやっている。ビビッて震えて隠れて、解説役の傍観者になりきって勝手に期待して勝手に絶望して―――

 

 情けねえ、それでも男の子かってんだ!?

 

 まだやれることがあるだろう。自分に出来ることがあるはずだ。
 資格を失おうとも、弱い臆病者だろうとも、それでもやらなきゃならねえことがある。
 相棒を……ダチを助けられなくて、何が男だ。
 だからこそ命懸けでも、怖かろうとも殺されようとも直ぐにでも飛び出してカズマを助けに行く。
 それが君島邦彦がしなければならない戦いだ。
 そう決死行を覚悟したそれと同時、カズマは再び立ち上がった。
 そして今までに見たこともないほどの強大な力で、先の破れた魔砲すらも今度は打ち破ってみせた。
 君島はそのカズマの輝きに、功績に魅せられていた。
 だが直ぐにハッとなり、此処から見ていても分かるほどに、もはや力尽き倒れようとしているカズマを確認すると、車を飛ばして助けへと急行する。
 相棒のその名前を叫びながら。

 


 周囲への確認を怠っていたのは今更ながらに気づいた致命的なミスだった。
 結果、突如乱入してきたジープの運転手は倒れたカズマを車に乗せると瞬く間にこの場から離脱を図ろうとしていた。
 スバルは気絶中、他の三人は逃亡を阻止すべく動きかけるもトレーラーに乗っている運転手の救助と言う人命優先を覆すことは出来ない。
 そしてなのはもまた先の二度の全力の砲撃、過負荷超過のカートリッジロードの反動は魔法を扱うことすら無理なのが現状。
 故に乱入者と反逆者を乗せたジープは悠々とこちらの追撃を振り切り、結果的に逃亡を成功させた。
 護衛目的であるトレーラーは半壊、襲撃者も取り逃がす、この結果は正に・・・・・・

 

「……大失態、だね」

 

 部下たちはベストを尽くした、それは間違いない。
 ならばこの結果は自分にあるのだろう、もう見えなくなり始めたジープの姿を見送りながらなのははその結果を苦々しくも認めるしかなかった。
 結局、最後まで話し合う機会を勝ち取れなかった。その最大の無念も共に抱きながら……。

 

 

 結論から言えばマーティン・ジグマールからは咎めの一つすら無かった。
 それどころか彼はこの結果をむしろ予想以上に素晴らしいものだと褒め称えた。
 相手のその予想外の反応に一瞬こそなのはは驚けど、しかし直ぐにこの流れのからくりを察することが出来た。
 何てことはない、これは要するに―――

 

「私たちを試したんですね?」

 

 なのはのその問いに、ジグマールもまた隠すことなくその通りだと肯定の頷きを示した。
 薄々予想できていたことだっただけに、それ程に彼女は腹立たしさを感じることは無かった。
 当然だろう、ほぼ予想されていたこちらの経路と相手の襲撃。
 トレーラーに積まれていた物資が最低限の物しか無かったという事実。
 任務に就いた人員の構成とその人数。
 何よりも自分たちの素性と相手の正体。
 それはつまり、

 

「最初からジグマール隊長は私たち六課と彼が衝突するように、この任務を用意していたんですね」

 

 全ての結果がその答を示しているではないか。

 


 ジグマールにとってカズマというアルター能力者は、彼が知る数少ない『向こう側の世界』とこちらを繋ぐ大変に興味深い存在だった。
 彼は自身の目的の為にそういった人材を欲していた、だがあの男は飼い慣らせる存在ではない。
 むしろ逆、反抗を止める事ない反逆者。明確な敵だ。
 だが彼の力は劉鳳と同レベルの潜在能力を秘めた可能性に満ちたもの、必ずいずれはどんな手を使ってでも手に入れる。
 だが劉鳳以上にまだカズマはジグマールの想定するレベルには至っていない。力は目覚めへと至っていない。
 だからこそ、彼の力を目覚めさせ、引き出す必要がある。
 それに最適だったのは自身の部隊のホーリー隊員たちと戦わせることであった。
 だがその求めるには至らぬレベルであろうとも、一般のホーリー隊員たちではもはや敵うレベルを超えた力をカズマは持っていた。
 これ以上にカズマの力を引き出すには、もはや劉鳳と戦わせる他に方法が無かった。
 だがそれはジグマールが危惧する、貴重な存在である両者共に潰し合うという恐れにもなりかねない。
 そんな時だったのだ、この機動六課という異世界の組織の能力者たちがこのロストグラウンドへと舞い降りたのは。
 魔法というアルターとは異なる未知の能力、そしてソレを扱う者の劉鳳にすら劣らぬ実力。
 ジグマールにとって彼女たちはうってつけの人材だったのだ。

 

 そうして彼が仕組んだ思惑通りに……否、それ以上の結果を彼女たちとカズマの戦いは示してくれた。
 イーリィヤンの“絶対知覚”による監視を通して、カズマが『向こう側』の力の一端を引き出す成果が確認されたのだから、ジグマールにとってそれは喜ぶべきことだった。
 本音を語れば、それを引き出してくれたなのはたちの健闘には感謝してもし足りぬほどだ。
 尤も、それが六課からすれば良い面の皮の扱いを受けたに等しいこともまた承知してのことであったが。
 その思惑の全てを把握できずとも、なのはにもまたそれを察することはできた。
 言ってみれば茶番、任務とはいえ部下を危険に晒され一方的に利用されただけに等しい扱いに怒りや不満を覚えないわけでは無い。
 だが食わせ者と当初から警戒していた以上、これぐらいの扱いは受ける可能性があること自体は承知の上だった。
 最初からそもそも管理局と本土の間には、そして六課とホーリーの間には利用し合う打算関係は織り込まれ済みだ。
 感情に任せた糾弾に身を任せるほどに彼女とてもはや向こう見ずとはいられない。
 こちらにも知り得たものが多かった結果がある以上、ギブアンドテイクの元にこの成果を互いに黙認しあうことこそが、大人が取るべき選択だ。
 充分になのはとてそれは分かっている。だからこそ此処では短絡的な感情に任せた態度だけは取らなかった。

 

(……でも君なら、きっと違うんだろうね)

 

 先程死闘を演じた相手……カズマの姿が脳裏へと浮かび、思わずそんな風に思ってしまった。
 もし彼が自分の立場なら、きっと怒りと言う感情に任せてジグマールへと殴りかかっているはずだ。
 まったくもって実に羨ましい、それだけはこの瞬間に正直に思った高町なのはのカズマという男への羨望だった。

 

 

 そしてそんな彼女の思いなど知らぬ当人は、トレーラーへと襲撃をかける前以上に苛立っていた。
 当然だろう、上等な喧嘩だったのは確かだが、結局は相手を殴り損ねた。
 負けた心算など断じてないが、終わってみればこっちはボコボコにされたのにあの女は一発もこちらの拳を貰っていない。
 ダメージの総量から言えば勝ち逃げされたのに等しい。

 

「……あの女、次会ったら絶対に容赦しねえ」

 

 最低でも一発、あの不敵な面にぶち込まないことには収まりがつきそうに無い。
 フェミニズムなど欠片も持ち合わせぬこの男にとっては、もはやそれは躊躇いすらも抱かせない決定事項の如く決まっていた。
 間違いなく、この瞬間からあの名前も知らぬ女は劉鳳と並ぶ絶対に相容れぬ敵とカズマは認識していた。
 まぁ、それも今は置いておくとして……

 

「おい、君島」

 

 帰路に着く車の中、相棒に名を呼ばれ君島はビクリと反応した。
 直前であんな別れをした後に、余計とは思わないが結果的に彼を助けるために横槍を入れた。
 目に見えて不機嫌、苛立ちのボルテージがかつてないほど高まっているであろう今のカズマだ。こちらに余計な事をしやがってとでも八つ当たりじみた怒りをぶつけられかねない。
 ……まぁ、それもいいさ。今回は寸前で腑抜けちまったこちらも悪い。カズマを助けたことも後悔していないし、先の覚悟していた一発も結局殴られてはいない。
 だからこそ、今回くらいは甘んじて受けてやろう。それもまた相棒の務めと覚悟した時だった。

 

「んでどうなんだ、まだテメエのやってる事に後悔や迷いはあるのかよ?」

 

 それは予想外だったカズマからの問いだった。
 君島はそれに思わず驚きながら助手席の相棒へと視線を向けていた。
 カズマは疲れたのか、ぐったりと背をシートに預けながら目を瞑ったままだった。
 その横顔からは、彼が何を思っているかは君島にもはっきりとは分からない。
 ただ呆然と沈黙したまま、君島は相棒の横顔を見ていた後、やがて―――

 

「そんな余裕、もう無くしちまったよ」

 

 ―――視線を再び前へと戻しながら、君島は静かにそう答えた。

 

 後悔することも迷うことも人間なら誰だってすることだ。
 事実、君島だって自分の人生を振り返ってみてもその連続であったことは間違いない。
 正直、カズマがあの本土のアルター使いと戦っていた最中までだってそうだったのだ。
 けれど、先程の激闘の最後に相棒はとんでもない奇蹟を見せてくれた。
 或いは、あれは君島にとっては希望だったのかもしれない。
 だからこそ、助けに飛び出す頃には腹を括れた。
 この男に付いて行く、この男と戦っていくというのならそれで精一杯。
 うじうじと悩んだり悔いたり、ましてや迷うなどと言う余裕を抱く暇などない。
 要するに、覚悟を決めたということだ。
 そして覚悟を決めた以上は―――

 

「―――今はただ目の前の壁を乗り越える、それしかねえ。……だろ?」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、君島はカズマに向かってそう言った。
 そしてソレを聞いたカズマが浮かべていた表情もまた、自分と同じものであった。
 腐れ縁から続く気づけば長い協力関係だが、これほど心底気が合って笑い合うことが出来たのは、或いはこの瞬間が初めてかもしれなかった。
 凱旋とはとても言えない帰路の途で、それでも二人は久しぶりに愉快に笑いあうことが出来ていた。

 

 

 由詑かなみがカズマの帰宅を知ったのは、表に君島の車が停まった音がしてカズマが車から降りながら君島へと別れを告げている声が聞こえたからだった。
 今日もカズマは一緒に働きに出かける約束を破り、また君島と一緒に何処かへと出かけていた。
 かなみはカズマが外で何をしているのか、その詳しい事を知らない。訊いてもカズマ自身が話してはくれないという理由もあった。
 それでも君島と一緒に何か仕事をしているようではあるようで、少ないがお金を稼いで帰ってくることがある。
 尤も、それも米と野菜を買い溜めてしまえば幾ばくも残らない額だが。
 はっきり言ってしまえば自分たちの生活は火の車であり、決して余裕のあるものでもない。
 カズマの稼ぎだけでは暮らしていけないからこそ、かなみもまた牧場の手伝いをして働いているのだ。むしろ、カズマの不定期の稼ぎよりも余程彼女の方が貢献しているとさえ言える実情だ。
 甲斐性無しのロクデナシ、と偶に不満を揶揄するように彼に向かって言うが彼が反論せずにそれを受け入れるのはこの現実を認めているからでもあるようだ。
 そうならばちゃんと働いて欲しい、それがかなみがカズマに持つ要望だったが、カズマはこれを殆ど守ってくれない。
 仕事場に連れて行くことに成功しても目を離せば逃げられる、かなみが大人たちに申し訳なく何度も謝っていることを彼は知ってもいないことだろう。
 そうしてマトモに働いてくれないカズマは君島と一緒に何かをしている。その何かが分からず、危ない事をしているのではなかろうかと彼女はいつも心配していた。
 かなみからすればお金云々はハッキリ言ってしまえば二の次、彼女が何よりも望んでいるのはこの生活が安心して平和にいつまでも続けられることである。
 カズマが無事に傍に居てくれるなら、それで自分の願いは殆ど叶っている。彼女は別に裕福になることなど望んでいないのだし、今がずっと続いてくれるならそれで満足だ。
 だが此処は無法の大地であるロストグラウンド、ネイティブアルターやホールドの脅威にいつ曝されても可笑しくは無い、そんな場所だ。
 かなみにとってはだからこそ不安だった、いつかカズマがこれらの争いに巻き込まれて自分の元を去っていくのではなかろうか、と……。
 だからこそ―――

 

「おう、今帰ったぞ。かなみ」

 

 そう言って帰ってきたカズマへとそんな不安は杞憂だと思いながら、微笑みかけてこの言葉を言わなければならないのだ。

 

「うん、お帰りなさい。カズくん」

 

 

 一つだけ、どうしても分からずに引っかかっていた疑問が漸くに氷解した。
 帰りを待つ少女の元へと帰り、彼女のいつも通りの笑みと言葉を聞き、それで分かった。
「……かなみ」
 少女の名を呼ぶ、それに彼女は不思議そうに首を傾げながら、
「なに、どうかしたの……カズくん?」
 こちらの態度に不審か不安を感じたのだろう、表情と声に滲み出ていた。
「……いいや、何でもねえさ」
 だが少女にそんな顔をさせるわけにはいかず、カズマは何事もないようにそう答えながらかなみの頭に手を伸ばして頭を撫でた。
 慣れない行為に思っていた以上に手に力が込められてしまっていたのか、彼女の髪を結果的にクシャクシャにしてしまい、リボンも曲がってしまった。
「ああ、酷いよカズくん!」
 当然かなみからすれば不満そのものだったようで、逆に泣きそうな顔をされて怒られてしまった。
「……あ、いや…ワリい、すまねえ、許せ」
 そう言いながらいつものように必死に結局は謝った。踏んだり蹴ったりの出来事ばかりの今日だったが、最後のコレが一番堪えた気がしてならなかった。

 

(……にしても、何か引っかかると思ってみれば)

 

 何故あの女に自分は訳もなくあんなにも苛立ちを感じてしまっていたのか。
 言葉を交わす度に不機嫌となってしまったのか。
 ……何てことは無い、気づきさえすれば至極尤もなことだ。

 

(あの女の声、かなみにそっくりだったじゃねえか)

 

 ならば苛立つのもまた当然だ。
 それはカズマにとってかなみの存在が憎いからでは無い。むしろその逆の存在であるからだ。
 由詑かなみという少女はカズマにとって貴重な守るべき存在なのだ。
 甲斐性無しのロクデナシ、ついでにクズも加えていい自分がそれでも生きている日常の象徴とも呼べる存在。
 決して、アルター使い“シェルブリット”のカズマの戦いの中にだけはいてはならない存在。
 そうであるはずの少女、まるでそんな彼女が戦場に居て、そして自分の敵である事を無意識に思わせてしまう声をあの女はしていたのだ。
 実にこちらの一方的な都合だが、それを容認できるカズマではない。

 

(……あの女とはやっぱ尚更、次でケリ付けなきゃならねえらしいな)

 

 “シェルブリット”のカズマの戦いの中には、由詑かなみを連想させるような存在は認めてはならない。
 だからこそ、あの女の声はもう戦いの中では聞きたくない。
 だからこその改めての固い決意だった。

 


「……カズくん?」
 やはり今日の彼の様子はどこか変だ。正直、少し怖いとすら思ったくらいだ。
 君島と一緒に出かけた先で何かあったのだろうか。危ないことに巻き込まれていなければいいのだがと不安にもなる。
 だからこそ心配気にもう一度その名を呼んだのだが、
「ん、心配すんな。何でもねえよ」
 そう言いながらいつものように診療台に座り、目を瞑ってしまう。
 そしてあっという間にカズマはもはや夢の住人となってしまっていた。
 その様子から疲れているのだろうと察したかなみは、部屋から毛布を持ってくると、それをカズマにかけてやり、部屋の電気を消した。
「おやすみなさい、カズくん」
 最後にそう就寝の言葉を告げると、かなみも今日はもう眠るために自室へと戻っていく。
 何か色々とゴタゴタが起こり、これから自分たちの生活が大きく変わってしまうかもしれない。
 その不安はかなみの中からはやはり消えることは無い。
 それでも今はそれを心配していても仕方がない。今はまだその時じゃない。傍にカズマがちゃんと居てくれる。
 そして彼は自分を置いていったりしない、そう信じることができる。
 だから今は、これでいい。
 そう吹っ切ってしまえば、後に心配することは殆どなく鬱な気分も無くなった。
 これならば今日もぐっすりと眠れそうだ。
 もしかしたらまた、あの“夢”が見られるかもしれない。
 それを正直、願いながらかなみは床に就き眠りにヘと落ちていった。

 


 ……夢を、夢を見ていました。
 夢の中のわたしは、何かに強く抗うそんな人になっていました。
 その人の前に現れたのは、白くて綺麗で、そして強い、そんな女の人でした。
 その人は女の人を相手に戦い、何度も倒されました。
 それでも何度も何度も、その人は立ち上がります。
 決して負けない、認めない、そして逃げない。まるでそんな事を告げるように。
 何度も倒され、何度も立ち上がり、何度もぶつかっていきます。
 その人も女の人も、どちらも決して諦めず、退こうとはしません。
 まるでお互いに、絶対に譲れないものを通し合うように。
 どちらが正しいか、どちらが間違っているか、わたしには分かりません。
 夢の中のあなたには、負けて欲しくない。確かにそう強く思いました。
 でも同時に、対峙する女の人にもまた屈して欲しくないとも思ってしまいました。
 それが何故か、わたしには分かりません。
 それでも、わたしは思ってしまったのです。
 夢の中のあなた、そして女の人。
 この二人が、争い合う以外の別の道で重なることは無いのだろうかと。
 わたしはただ、そう願い続けることしか出来そうにはありませんでした。
 ただ、そう願い続けることしか……

 


 次回予告

 第2話 高町なのは

 無法の大地で生きてきた男。
 数多の世界の空を飛んできた女。
 価値観・願望は対極を示し、
 反対に根幹の想いには共感を示す中、
 女の言葉は男の拳に何を届かすことが出来るのか。
 カズマとなのは、再びの出会いが双方に示す道とは……

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最終更新:2009年04月09日 22:06