「……どういうことだよ?」
「どういうこととは何ですか、ヴィータさん」
「惚けんな。そりゃああの場で即座にドンパチって訳にはいかなかったけど、それでもアイツと話し合うなんざこっちは聞いてねえぞ」

 

 そう不満も顕に詰問するヴィータにしかしエマージーは相変わらずの態度のまま、

 

「まぁまぁ、落ち着いてください」

 

 等と宥めすかそうとでもしてくる始末だ。
 尤も、そんな相手の態度には乗れないのがヴィータだ。こちらとしては最初から戦闘を当然と念頭に置いてやって来ていたというのに、それこそいきなりのお預けだ。

 

「ジグマール隊長の特命だか何だか知らねえが、あたしたちには関係ないだろ」

 

 それがヴィータの本音だった。いいからつべこべ言わずにアイツをぶっ飛ばさせろというのがヴィータの望みだ。
 だいたいあの手の猛獣が話し合い等と言ったものに応じる可能性自体が皆無に等しいなどというのは火を見るよりも明らかだ。
 凶悪犯罪者なのだから問答無用で捕まえればいい、実力行使は相手だって望むところのはずだ。

 

「……それとも何か、あたしがアイツに勝てないとでも思ってるのか?」

 

 それこそこの部分に最大限のドスを利かした問いに、エマージーは滅相も無いと慌てて首を振ってくる。
 舐められている、先のカズマの侮辱発言から以降どうにも苛立ちが治まらないヴィータにしてみれば、この現状は総じて茶番だった。
 しかし―――

 

「まぁ落ち着いてください、ヴィータ副隊長。……それに私も賛成です、話し合って解決できるならそれに越したことはありませんよ」

 

 スバルまでもが何故かエマージーのこの行動に賛同を示してくる始末だ。
 はっきり言って訳が分からなかった。話し合いで解決できる? まさか本当に本気でスバルはそんなこと思ってるんじゃないだろうな。
 話し合い云々以前に、話し合いそのものがまともには成立し得ないだろうことは目に見えている。それはあの男と唯一以前直接戦っているスバルが一番予想が付いていることではないのだろうか。
 ……やはりスバルも何処か変だ。そんな咬み合わないズレのようなものを否応にも感じざるを得ない。

 

「此処は私に免じて任せてはもらえませんか? ええ、必ずや上手くいく結果をたたき出してみせますから」

 

 私のプライドとピンチに懸けて、と少年たちに見せたのと同様の言葉と笑みを自信たっぷりに示してくるエマージー・マクスウェル。
 無論、子どもたちと同じようにキラキラと希望に満ちた視線をヴィータが見せるはずもないのは明らか。
 だが「ヴィータ副隊長」等と促がし説得してくるスバルのこと、そして一応は正真正銘のジグマールからの特命であるエマージーの行動を無碍にすることも出来ない。

 

「…………四面楚歌、か」

 

 実に面白くない、そしてそれ以上に歯痒い。そんな苛立ちも顕にした舌打ちを吐きながらも、結局此処は自分が折れる以外に道は無かった。
 チラリと背後のこちらの後を付いてきているカズマを見る。

 

 なのはをおかしくした、誑かしている元凶。
 自分たちの絆を脅かそうとしている明確な自分にとっての敵。
 漸くに、目の前に現れ手を伸ばせば届きそうなところで手出し禁止など……。
 実に歯痒く、そして他の何よりも無念だった。
 畜生、そう今は憎々しげに睨み付けることしか出来ない。
 これでは自分は本当に何の為に来たのか、それが彼女には本当に分からなくなってきていた。

 

 

「あぁ素晴らしい、懐かしい。私も元々はこちら側で生まれ育った人間ですからね、色々なことを思い出しますよ」

 

 そんなことを呑気に言ってくるエマージー・マクスウェルをカズマは知ったことかと苛立たしげに睨み付ける。
 先の町より僅かばかり離れた場所、かつては川を繋ぐ高架の残骸の先端にて対峙し合うカズマと君島、そしてホーリーの連中。
 それこそ今にでもゴングを鳴らして喧嘩を始めたい、その一心以外にはカズマには無いと言えた。

 

「ウダウダ言ってねえでとっとと出せよ! テメエのアルターを!?」

 

 そう怒鳴り拳を強く握りこむ。こちらはいつ始めようと構わない。むしろ御託なぞウンザリだった。
 だが殺気と怒気の敵意を凄まじいブレンドで発するカズマを見てすら、エマージーのその余裕は崩れる素振りもない。

 

「私が戦う心算は毛頭ありません。分かりますか? ホーリーと言っても様々な人間がいるのです。そう……例えば、貴方が身体を洗う時、奥の御仁と同じ順番で洗いますか? 答えは違う、ずばりノゥです」

 

 そう言って気取った態度で髪を掻き揚げるエマージー。非情に不愉快且つ下らない言葉遊びだ。
 因みに、奥の御仁とはエマージーから見てカズマの背後にいる君島を指している。

 

「……つまり、アンタはインナーを無理矢理連れて行ったりしないってことか?」

 

 信用できないといった態度を隠そうともせずに疑問を口にしたのは君島邦彦である。短気で話し合いそのものに不向きなカズマの代わりに口を挟んだのである。

 

「はぁい。確かに我が隊にはその手の人間が多い。大変憂慮しています、遺憾の極みです」

 

 白々しい台詞を続ける相手に、カズマの苛立ちは益々募っていく。
 しかも相手のその慇懃無礼な態度はソレをわざと増長させているようにしか思えない。

 

 カズマと君島がそう思っていたのと同様に、それはヴィータとスバルもまた思っていたことだった。
 どうにも雲行きが怪しい、これは説得とやらを兼ねた話し合いではなかったのか?
 これではエマージーがただ徒にカズマを挑発しているようにしか見えない。
 このままでは遠からず、それこそ直ぐにでも相手がキレだすのは目に見えている。

 

 そして、そんなヴィータの予感は見事に的中する。

 

「……しかしながら、カズマ君のような駄目人間もインナー側には多い―――」

 

 ―――瞬間、飛び出したカズマの拳が見事にエマージーの頬を殴り飛ばす。

 

「ッ!? エマージーさんッ!?」
「エマージー!?…………てんめぇ……ッ!?」

 

 先に挑発したのはエマージーの方だ。その非は充分にある。
 だがしかしながら、それでも一応は仲間である対象が敵対する相手にいきなりの暴行を受けたのだ、これを黙ってはいられない。
 それこそヴィータもそしてスバルもまた思わず飛び出そうとした。

 

 しかし、それをエマージー・マクスウェルは手振りで制す。
 問題ない、貴女達は下がっていてください、と……。

 

「誰がクズだってぇッ!?」

 

 それこそ相手を殴ったことすらなんのその、苛烈な怒気も顕に真正面から相手を睨みつけ怒鳴り散らすカズマ。
 だがエマージーは殴られた頬を擦りながらも相変わらずの態度を崩す素振りも未だ見せない。

 

「う~ん、言葉より先に手が出るとは正にこのこと。しかしながら、ぜぇんぜん効きません」
「んだとぉ!?」

 

 それこそもう一発ぶち込んでやろうかとカズマは怒りも顕に拳を握り固める。

 

「良いですか、考えてもみてください。このロストグラウンドはまだまだ未開発です。しかしながら、貴方のようなその場の快楽のみを追求して生き続ける何の生産性も無いカッコつけのクズが―――」

 

 そこで再びカズマの拳がエマージーの頬を殴り飛ばす。

 

「誰がクズだってぇッ!?」

 

 二度目の挑発に二度目の暴行、流石にこれ以上はいくらなんでも見過ごせない。
 話し合いは決裂、選手交代だろうとヴィータは考えていた。

 

「スバル、エマージーを連れて下がってろ。後はあたしが―――」
「―――勝手なことはしないでもらいたいヴィータさん。それにこんな弱々しい拳では危機感すら感じませんよ」

 

 だがあろうことかまたしてもそう言ってヴィータを制してきたのはエマージーだった。
 しかも先程よりも今度は強い調子で、だ。
 コイツはいったい何考えてやがんだ、そんな心底分からないといった態度も顕に顔を歪めるヴィータ。
 だがそれ以上に傍から見ていて茶番劇だと感じていたのは君島邦彦である。故にこそいい加減に彼自身もまたウンザリして口を挟む。

 

「いったい何が言いてぇんだ、アンタ!?」

 

 君島のその問いにエマージーはふむと指を顎に当てて思考するようなポーズを取ったかと思えば、

 

「そうですねぇ、そろそろ本題に入りますか」

 

 やっとそんなことを口にしてきた。
 先程までのやり取り、それは本当に文字通りの茶番だったらしい。
 苛立ちや脱力をエマージー以外の全員がこの場で抱きながらも、しかし当のエマージー自身はといえば気にした様子も無く言葉を続けていく。

 

「カズマ君、もう一度ホーリーに入る気はありませんか?」

 

 それは今更というには当然過ぎる、最も馬鹿げた言葉だった。
 当然、カズマもまた「ハァ?」と言った態度を露骨に示す。

 

 確かに以前に一度、カズマは仮初とはいえホーリーに入隊している。
 それは君島からの依頼を受け、捕まったネイティブアルター達を助け出す為にだ。
 そうでなければどうしてあんな組織になど加わるか、本土の犬など絶対にお断りである。

 

「ジグマール隊長は貴方の事を大層気にかけています。貴方がホーリーになればお友達も裕福な暮らしが出来る様になりますが?」

 

 それが飴の心算なのだろうか、まったくもって見くびるなである。

 

「おい、君島」
「ああ、カズマ……コイツに言ってやれ」

 

 以前の君島ならばこの誘いにはそれこそ「マジでぇ!?」とでも喰いついたかもしれない。
 だが今の自分はそこまで落ちてもいなければ安くもない。“シェルブリット”のカズマの相棒として既に覚悟は固まっているのだ。

 

「テメエ、俺と俺の相棒を安く見積もってんじゃねえよ! んな誘い誰が乗るか!」

 

 そう一蹴するカズマの言葉に君島もまたエマージーを睨みつけながら頷いた。

 

「答えはノゥだ! 何故なら、ホーリーのやり方が気にいらねえッ!」

 

 我が物顔で偉そうに、何様の心算か知らないが一方的に人様の縄張りに踏み込んできて好き勝手、気に入らないなどという言葉すら生温い。
 そんな本土の犬に成り下がるなど死んでも御免だ。

 

「第二に、あっちにはムカつく野郎どもがいるッ!」

 

 その筆頭は言うまでも無く、劉鳳と高町なのは……あの二人だ。
 嫌悪だとかそんな生温い表現ではない。兎に角、根本から絶対的に相容れることなど出来ないのは間違いない。
 必ずこの手でぶっ飛ばすとも決めているのだ、これだけは絶対に変えることも出来ねば譲ることも出来ない。

 

「そして第三に……俺はお前をボコりたくてしょうがねぇ!」

 

 そしてこれこそがこの場では一番の理由だ。
 こちらを偉そうに見下して、あまつさえクズなどと二度も言いやがった。
 ギタギタにしてやらねば、この怒りは到底治まることはないだろう。

 

 以上の三点を以って、問答無用の交渉決裂をカズマは相手へと叩きつけた。

 


 予想通り、結果は失敗に終わった。
 考えるまでも無い、最初から分かりきっていたことではないか。

 

「……ふぅ、交渉決裂ですか」

 

 溜め息を吐きながら漸くにそれを認めたエマージーを確認すると共に、今度こそ自分の出番だろうとヴィータは確信する。
 何も時間の無駄でしかないあんな茶番など行わず、最初から自分に任せておけば良かったのだ。
 実力行使、それこそが最も手っ取り早く且つ相手も賛同する方法だったろうに。
 ……まぁ、今更グダグダと余計なことは言うまい。
 兎に角、これで漸くあの男を……自分たちの敵を排除できるのだ。
 それを今から確実に行うのだ、それ以外はこの場では全て余計なものでしかない。

 

「エマージー、下がってな。スバルはそいつを護っとけ」

 

 そう言いながら前へと出るヴィータ。それをカズマは胡乱な眼つきで睨む。

 

「あん? 餓鬼、テメエがやる気なのか?」
「誰が餓鬼だ!? あたしはテメエよりも年上だッ!」

 

 ヴィータのその発言にそれこそカズマと君島は驚いたように目を開く。
 マジで、とその目はそんな疑問を雄弁に語っていた。
 益々ヴィータの中の怒りのヴォルテージは高まっていく。本当に、ぶっ殺してやりたいと本気で思うほどに無礼極まりない連中だ。
 もうこんな輩共と言葉を交わす必要は無い、それ自体がそもそも無用であり不快なだけだ。

 

 故にこそ、後は実力行使とヴィータはアイゼンを起動させようとしたその瞬間だった。

 

「あぁ! 一つ言い忘れていました!」

 

 いきなりポンと手を叩きながら思い出したように叫びだすエマージーに全員の視線が瞬時に集中する。
 だがそんな見られている視線にすら満足した様子も顕に、エマージーがニヤリと笑みを浮かべる。
 ……酷く見覚えのある、嫌な笑みだった。

 

「先程子どもたちにあげた玩具の中に、ちょっとした細工を仕掛けておいたんです」

 

 ドクン、とエマージーが発したその言葉にヴィータは己の胸が嫌な予感に高鳴ったのを隠すことが出来なかった。
 そしてそれは同様に、スバルもまた同じようであった。

 

「なぁに原理は簡単です」

 

 そう言いながらエマージーは制服のポケットからスイッチのようなものを取り出す。
 やめろ、そうヴィータは思った。

 

「この装置のスイッチを押せば」

 

 そんなはずはない、そう強く否定したかった。
 そんなことをコイツはしない。そんな無垢な子どもたちを裏切るような真似など……

 

「玩具の中に入っているあるモノが」

 

 子どもたちの笑顔が脳裏に過ぎる。
 最近殺伐となりすぎて忘れていた、自分たちの原点を思い出させてくれたあの笑みを。
 あの笑みを……コイツは―――

 

「ズッドーン」

 

 ―――裏切るような、ことをしたのか…………?

 


「何だとぉッ!?」

 

 そう驚きも顕に叫んだのは君島だった。その隣のカズマもまた怒りに満ちた眼でエマージーを睨みつける。
 ヴィータはそれこそ信じられないといったように呆然と、そしてスバルに至っては顔を青くして震えていた。

 

「今頃両親や兄弟に貰った玩具を見せびらかしている頃―――」

 

 それが傑作だと言わんばかりに、それこそ顕にした卑劣な笑みで言葉を紡ごうとしたその男を―――

 

 ―――瞬間、二つの衝撃が殴り飛ばした。

 

 一つはカズマ、その相手に対して怒気どころか殺意すらも含めた拳の一撃を。
 そしてもう一つは―――

 

「………テメエ……………………?」
「………ヴィータ……副隊長……?」

 

 ほぼ同時に飛び出したカズマ、そして呆然とした様子のスバルが口を開く。

 

 エマージーが殴り飛ばされたのと同時に手から零れ落ちた装置のスイッチ。
 それを彼女はしっかりと受け止め、そのまま力一杯に握り潰した。

 

「……おやおや、どういう心算ですか?」

 

 流石に殴り飛ばされた影響で地面に尻餅をついていたものの、エマージーの態度は相変わらずなままだった。
 だが彼のその疑問に対し、彼女―――

 

「どうもこうもねえ…………随分と、ふざけたことやってくれたじゃねえか」

 

 ―――“鉄槌の騎士”ヴィータはただ吐き捨てるように彼を烈火の如く睨みつけていた。

 


 本気で怒っていた。
 だからこそ、ヴィータは躊躇うことなくアイゼンを起動させそのままエマージーの腹に鉄槌を叩き込んだ。
 裏切られたこと、それに感じる怒りは当たり前だ。
 だがそれ以上に、ただこの男が無垢なる子どもたちを裏切っていたということが何よりも許せなかった。
 本来ならばこれは許されざる懲罰ものの行いだ、その自覚は彼女にだってある。
 だが知ったことか、そんな向こう見ずな怒りの方がこの卑劣な男を許すなと己を駆り立てていた。

 

「……テメエみたいな奴を意外にもいい奴だなんて勘違いしてたとは、あたしも随分と耄碌してたみてぇだな」

 

 そう吐き捨てながら、ヴィータはそのままアイゼンを尻餅をついたままのエマージーへと突きつける。

 

「覚悟は出来てるんだろうな、クソ野郎?」

 

 相手が戦力外通知ものの無能力者だなどは関係ない。
 この男は誇り高き夜天の守護騎士の目の前で非道を行い、あまつさえそのような外道の所業に自分を加担させた。
 騙されていた云々は言い訳でしかない。この失態と贖罪は己が手で晴らさねばならない。
 そうでなければ仲間達に……なのはやはやてに顔向けすら出来なくなる。

 

 故にこそ、この男は自分が処断する。

 

 それを態度でありありと相手へと叩きつけるヴィータ。
 しかしエマージーはそれにすらニヤリと笑みを浮かべるのみである。

 

「……何が可笑しいッ!?」

 

 その態度が気に入らず、怒鳴りつけるヴィータにエマージーは「いえね」と再び素早くポケットからある物を取り出す。

 

「先程貴女が壊したのは実は偽物。本物はこっちですよ、と言いたかっただけですよ」

 

 そう、エマージーが持っていたのは先程ヴィータが握り潰した装置とまったく同じ物であった。
 それを見た瞬間、ヴィータの動きが動揺で固まる。
 だがそれすら無視して横合いから駆ける影が一つ。

 

「君島ぁ、餓鬼どもんとこに行けぇ!」

 

 そう、カズマが飛び出すと同時にエマージーの手から装置を思い切り蹴り上げた。
 君島はカズマの言葉に快い応答を示しながら、その落下してくる装置をキャッチしてそのまま町へ向かって走り出した。
 そこで漸くハッとなったヴィータはすぐさまスバルへと視線を移して声を上げる。

 

「スバル、お前も行って子どもたちから玩具回収してこい!」

 

 そのヴィータの命令に青い顔をしていたスバルは漸くこちらもハッとなって頷くと、マッハキャリバーを起動させて駆け出した。

 

「……どういう心算だよ」

 

 それを不審げに見送りながら、カズマはヴィータに視線を戻してそう尋ねる。
 無論、こちらにもありありと不審が籠もりきった視線だった。
 だがカズマのその態度にすら、ヴィータは苦笑を浮かべ肩を竦めながら答えるだけだった。

 

「だからどうもこうもねえよ。そんな心算は無かった、知りませんでしたじゃ済まないだろ?……だから、あたしたちはあたしたち自身で責任のケツ持ちしなきゃならねえんだよ」

 

 ただそれだけのことだとヴィータは言った。


 急げ、そう自らの足を必死に急かして走らせはするものの先日に負った傷のせいで思うようにスピードが出ない事実に君島は苛立っていた。
 本土からアルター使い部隊が増援へとやって来る以前、君島は自身の持つ情報網の粋を尽くしてホーリーに対抗するネイティブアルターの連合を結成した。
 ……だが結果は惨敗。集ってくれたアルター能力者たちはカズマを除いて全てが敗北し捕縛され、君島は自身の身を命からがら逃げ延びさせるのに精一杯だった。
 実に情けなく、そして悔しかった。当然だろう、自分は逃げ延びることが出来だって捕まった者の中には自分が惚れていた女性だっていたのだ。
 惚れた女一人守りきることも出来ず、自分だけが助かった。君島に残ったのは多大な虚無感とアルターすら持てず戦うことすら出来なかった己に対する無力感と不甲斐無さだけだった。
 だからこそ、もう逃げれないのだ。あの時、一人だけ無様に生き残り、相棒に渇を入れられるまで燻っていることしか自分は出来なかった。
 だがそんな自分をやはり許せず、そして相棒の何者にも屈さぬ強き反逆の姿勢に感化され、吹っ切れた。
 もう自分は立ち止まれない、燻っていることも許されない。体の痛みに音を上げるなど、甘ったれた逃避でしかない。
 そんな姿では、カズマの相棒ではいられない。

 

 だからこそ、君島邦彦は走るのだ。

 

 カズマに相応しい相棒でいる為に。そして今度こそ寺田あやせに逢った時に見捨てずに逃げ出さない為に。
 走る、そう走って抗い続けるのだ。
 それをテンション向上の支えとして、痛む古傷の訴えを必死に無視しながら君島は自身が出せる全速力で町へと向かう。
 だがやはり遅い、これでは間に合わないかもしれない。あのクソ野郎の爆弾が今にも爆発するかもしれない。
 そしてその結果として、あんな無垢な子どもたちが裏切られて命を落とすかと考えると………

 

「………クソッ、これが本土のやり方かよッ!」

 

 苛立ちの言葉と舌打ちが漏れるのも致し方ないというものだ。
 だがそんな君島の独り言の苛立ちと非難に対してすら返ってくる言葉があろうなどとは本人としても予想だにしていなかったことだった。

 

「………ごめんなさい。……私たち、その……知らなくて……ただの玩具なんだってずっと思ってたから………」

 

 思わず直ぐ間近で聞こえてきたその言葉に振り向いた君島は、それこそ咄嗟に悲鳴を上げるところだった。
 自分と並走するようにあの以前カズマと戦っていた青髪の少女―――本土のアルター使いがいたのだ。
 何で此処に、というより自分を追いかけてきたのか?………咄嗟にそう考えた君島は立ち止まって懐から拳銃を取り出すと共にそれを少女へと向けた。

 

「動くな!……俺があの子達から玩具を回収しようとしてるのを邪魔しようってんなら………悪いが、撃たせてもらうぜ」

 

 アルター使いといえど人間であることに変わりは無い。アルター能力そのものは驚異的なものであることは否定しようのない事実だが、この距離でならば自分の方が相手よりも早く引鉄を引ける可能性の方が高かった。
 無論、君島とてロストグラウンドに生きる一介の無頼。護身用とはいえ自らの命を守るために銃を持っているのだから、人を撃つ覚悟が無い訳ではない。
 ……尤も、だからといって問答無用で容赦なく躊躇いもせずに相手の急所を撃てるわけでもなかったが。
 だがこの瞬間、拳銃を相手に向けたその時から、君島は最悪の場合も予想してある程度の覚悟は決めていた。
 此処で捕まるわけにはいかないのだ。相棒から頼まれているという手前、そして君島自身としてもあの子どもたちを助けたいという思いが強かった。
 ……その為ならば、引鉄を引く覚悟だって決めよう。
 そう相手を睨むように見据える目からも語りながら、君島は相手の様子を窺う。
 並走していた少女はこちらが銃を向けたその瞬間から、こちらの警告通りに立ち止まりこちらを見ていた。
 その奇妙な格好は兎も角として、相手側からの敵意や対抗の素振りはなかった。
 それどころか………

 

「……あ、あの……今はこんなところでこんなことやってる場合じゃないと思うんです。……私が言っても信用してもらえないのは分かってます、けど今はあの子達から玩具の回収をする方が先だと思うんです」

 

 そう言ってまるでこちらを説得でもするような態度を見せる少女を、君島は益々疑う眼つきで見据えた。

 

「……ああ、信用できないね。元はと言えばあんた等が子どもたちに配った玩具だろ。今更なんでそれをあんた自身で回収しようなんてしてるんだよ?」
「そ、それは…………さっきも言いましたけど、知らなかったんです。玩具の中に爆弾が入っていたなんて!」
「知らなかったってのがそもそも信用できない。あんただってアイツと同じホーリーなんだろ? しかも本土出身だ………腹の底じゃあ俺たちインナーなんざ虫けら程度にしか思ってないんじゃねえのかよ!?」
「そ、そんなこと…………」

 

 ない、そう言いたいのだろうがショックを受けた面持ちは震えてそれ以上の言葉を少女の口からは漏らしていない。
 こちらの怒気を込めた糾弾に本気で申し訳なさを見せているように見える少女……これが本当に演技なのかどうかは正直君島にさえ判断がつかなかった。
 本土出身のアルター使いで自分など及びもつかない力を目の前の少女が持っていることは恐ろしさと同時に理解している。
 だというのに、この少女からはどうしてか他のホーリーの連中からは感じるようなおっかなさを感じないのだ。
 それは彼女がこちらに抵抗や敵意を示していないことが要因である事は間違いないだろう。だがそれだけではない、この少女から感じる奇妙な思いはそれだけでは説明がつかない。
 もっと別の理由があるはずなのだが…………今は時間が無い。少女の言葉ではないがここでもたつく時間だって勿体無い。
 だからこそこの少女への奇妙な違和感に関する部分は後回しに、君島はこの場での妥協点を探し、それを相手に告げる。

 

「……オーケー、こんなとこで言い争っている時間が勿体無いのは確かだ。だからこうしよう、俺は町に戻ってあの子達から玩具を回収する。けれど俺じゃあの子達は素直に玩具を渡してくれないだろう。だから―――」

 

 ハッキリと相手を真剣に見据えて君島は告げる。
 これは賭けだと、この少女に対する見解の自分なりの結論を信じての選択だと自身に言いきかせて。

 

「―――だから、俺はあんたを信用しよう。この時だけは、な。だからあんたから子どもたちに説得して玩具を回収するように動き回る。………今はそれが一番効率が良いはずだ」

 

 無理矢理奪おうとしたのでは抵抗に合って余計なタイムロスをする可能性だって高い。カズマがあの男を叩きのめしているだろうとはいえ、いつ爆弾が爆発したっておかしくないのだ。
 回収はそれこそ速度が命の時間との戦いとなるだろう。
 ならばこそ、この判断が正しいと今は信じる。どう考えても子どもたちを含めてあの町の住人の信用に関してはこの少女の方が上だ。
 だからこそ、この少女に賭けようと君島は結論付けたのだ。
 それに………

 

「……やっぱ本土のアルター使いだろうと何だろうと、泣きそうな顔してる女の子が相手じゃあ俺がいじめてるみたいで気分良くないしな」

 

 基本、これでも女の子には優しくが君島邦彦のモットーでもある。
 良く見ればかなり可愛い少女でもある……決して下心で動かされたわけではないので悪しからず。

 


「……信じて、くれるんですか?」
「今は、な。さぁ、行こうぜ。お互い時間が惜しいのは共通だろう? 自己紹介は走りながらでもしようや」

 

 そう言ってこちらに銃を向けていた少年は、その銃を仕舞うと共にそのまま町へと向かって駆け出した。
 一拍遅れて、漸くハッとなったスバルもまたその後に慌てて続く。

 

「あの、私……スバル、スバル・ナカジマです」
「スバルちゃんね、俺は君島邦彦……まぁ宜しくな」

 

 並走し追いつきながら先に自分から名乗ったスバルに、君島は屈託のない笑みを浮かべながら名乗り返してくる。
 どこか生来のひょうきんな態度を隠しきれてはいない。彼がそう言ったタイプのどこかお調子者な人間であることは何となく分かった。
 だがそれだけではない、自分を信用してくれたこともあるが……この人はきっと良い人なんだろうなとスバルは思った。
 橘あすかの時もそうだった、あの町の子どもたちや住人に関わった時だってそうだった。
 確かにホーリーの任務でこの大地に巣くう犯罪者を何人も捕まえてきた。凶悪なネイティブアルターだってその中にはいた。
 けれど、やはりそれだけではない。この大地の住人たちだってやはり自分たちと何ら変わらない人間ではないか。
 犯罪者に分類されるあのカズマの共犯者であるこの君島だってそれは同じだ。
 やはりこの人たちにはこの人たちなりの、守りたいものやルールの為に戦っているのだろう。
 それと対立し、一方的に組み伏せてしまうことはやはり正しいことだとは言えないのではなかろうか。
 僅かばかりの君島との先のやり取りのこともあり、スバルはそれを益々考えざるを得なかった。

 

 

「退いてろ、コイツはあたしがやる」
「ふざけんな、俺がボコるんだからテメエこそすっこんでろ」

 

 火花散る、などと表現しても良さそうなほどの激しい睨みの利かせあいを展開しながらカズマとヴィータはどちらがエマージーを倒すかで揉めていた。
 カズマとしては当然、この無性に苛立たしいボコりたくて仕方のないホーリーは自らの手で殴り倒す心算だったし、ヴィータの方にしても己が存在意義たる騎士の誇りに賭けても自分の手で始末をつけなければ気が済まなかった。
 共通に狙う獲物が同じなら、ならばどちらかが譲り合いの精神を展開するか………そんな事、この二人に限っては間違っても起こるはずもない。
 それ故の眼前の獲物を前にしてのいがみ合いの牽制だ。流石にそれに呆れたのはその獲物当人であるエマージーであったほどだ。

 

「……やれやれ、私を無視してそっちのけの喧嘩ですか? まったく嘆かわしい。この“崖っぷちのマクスウェル”を舐めるのも大概に―――」

 

「「―――るせえ、テメエは黙ってろ!」」

 

 見事にハモった二人の怒声がエマージーの言葉を断ち切る。
 それに面食らう形になったエマージーは一瞬呆然としたものの、やがて怒りに身を震わせるといった様相に立ち戻り持っていたそのスイッチを二人に見せ付けるように突きつけた。

 

「……そ、そこまで私を馬鹿にしようとは……いいでしょう、ならばその愚かさを後悔しなさいッ!」

 

 そう言ってそのスイッチを押―――
「「何しようとしてんだテメエはッ!?」」
 ―――す前に瞬間的に飛んで来た拳と鉄槌が問答無用でエマージーに叩き込まれ、彼を吹き飛ばした。

 

 

 絶叫を上げながら吹っ飛んでいくエマージー。それを怒りの形相で追いかけるカズマとヴィータ。
「……これはまた、随分と奇妙な展開だな」
 ホーリーアイの監視衛星の映像をイーリィヤンのアルター“絶対知覚”を中継して観察していたジグマールはそんなコメントと共に溜め息を吐かざるを得なかった。
 事の経緯の一部始終は見ていたため状況の程は理解できる。しかし…………

 

「……成程、やはり彼女たちの潔癖ぶりは予想通りか」

 

 或いは部下である劉鳳とも大差ない高潔さを彼女たちが持ち合わせていることには気づいていた。
 事実、己の掌の上と承知しているが高町なのはと桐生水守の行動を見ていてもそれは明らか。
 ならば他の彼女の部下たちもまた同じというのは想像にも難くない。
 結果から見れば卑劣と取れるエマージーのやり方に、彼女たちはやはり激怒した。
 これを反逆や離反と取るべきかどうか………

 

「……どちらにしろ、問題行動と突きつける口実にはなる、か」

 

 交渉のカードを一つ手に入れた……ささやかなものであるが、そう捉えても構わないかとジグマールは判断する。
 だがそれもまた今は置いておこう。問題はこの状況だ。

 

「……まぁどうであれエマージーの奴にとっても悪くは無い状況だろう」

 

 先ほどの苦味のあった表情とは打って変わり、どこかニヤリと笑みを浮かべるジグマールの表情には余裕と自信が窺える。
 どうみてもカズマとヴィータ……同時に相手にするには分の悪すぎる相手に追い詰められる部下の窮状は文字通りに絶体絶命にも関わらずそんな態度を崩す様子は微塵も無い。
 それは彼が追い詰められている部下にある種の確信を抱いている証拠なのか……

 

「“崖っぷちのスーパーピンチ”……久しぶりに拝めそうだ」

 

 ハッキリとした笑みと共にそんな呟きを漏らしたその直後だった。
 部隊長室に鳴り響く呼び出し音。
『ジグマール隊長、桐生氏が面会を求めていますが』
 執務机に置かれたパソコンより告げられてきたその言葉にジグマールは眺めていた画面からその視線をそちらの方向へと向け直す。
「いいだろう、直ぐに通してくれ」
『分かりました』
 そろそろ来る頃だとは思っていた。直談判にかの娘がいずれこちらに直接乗り込んでくるのはある程度予想できていた。

 

(……だが高町なのはが諌めるかとも思っていたのだが、抑えきれなかったというところか)

 

 桐生水守にしろ高町なのはにしろ、マーティン・ジグマールの目から見てみればやはり未だに未熟さがある少女であることは事実。
 だがどちらも小娘と侮るには危険であることは充分に理解している。その秘めたるポテンシャルは油断と放置を過ぎればいずれジグマールの絶対的有利すらも覆すことだろう。

 

(……やはり彼女たちにはこの辺りで手を打っておくことも必要か)

 

 それが目的として必要ならば、リスクと比較し間違いなくそれを行うのがマーティン・ジグマールだ。
 なればこそ、小娘たちを相手に容赦の無い先手を打つことすら彼には迷いも躊躇いも無かった。
 執務室の扉が開き、真っ直ぐにこちらを見据えた桐生水守が静かに入室してくる。
 果たして彼女が飛んで火に入る夏の虫の如き末路を辿るかどうかは彼女自身のこの先の行動次第だろう。
 今はただ観察者としての側面ではなく、部隊長として彼女を向かい入れる為にジグマールは真剣な表情と共に口を開いた。

 

 

「……す、素晴らしい。このスーツが無ければ、今頃私は天に召されているでしょう……」

 

 そんなことを呂律も回らぬ口調でフラフラしながら言ってくるエマージー。
 拳と鉄槌を先程から容赦なくぶち込まれているにも関わらず、ここまで耐え切って見せているのは或いは驚嘆にも値することだろう。

 

「ごちゃごちゃ言ってねえで、いい加減テメエのアルターを出しやがれッ!」

 

 一方、相手の賛辞(?)には見向きもせずに犬歯を剥き出しに怒鳴り、近付いていくのはカズマ。後詰には鉄槌を肩に担いだヴィータもいる。

 

「……そいつ、自分のピンチにならないとアルターってのが発現しないらしいぞ」

 

 下衆を相手にとはいえやはり騎士の誇りが傷つくのは堪えるのだろう、手を出すことを控え苦み走った表情と共にカズマへとそんな説明をするヴィータ。
 しかしカズマにしてみれば関係の無いことだ。ピンチとやらにならなければ出せないだなどと言うふざけた能力ならば、文字通りピンチを作ってやるだけだ。
 どれ程強度の高い強化スーツを着ているのかは知らないが、ダメージが浸透しているのは明らか。ならば畳み掛けるようにカズマはそのまま拳を叩き込んでいくだけだ。
 一発身体に拳をぶち込ませる度に「召される、召されてしまう」等と言った気持ちの悪い呟きを漏らす相手にカズマは益々苛立ちをましていく。
 やがて―――

 

「私に偉大なピンチをぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 等と凄い勢いで目を見開きながら相手の方から掴みかかってきたので、咄嗟にそれこそ手加減抜きでカズマはエマージーの顔面を殴り飛ばしていた。
 奇声を発してそのまま吹っ飛んでいくエマージー。気がつけばその場所はそれこそ後の無い断崖絶壁……崖っぷちであった。

 


「どうしたぁ!? 立てよ! 立てっつってんだろ!」

 

 呵責も何もない獣のような怒鳴り声。
 それに対してエマージーは倒れた身を震わせながらも何とか立ち上がりながらそれでも余裕の態度を示すように口を開くも―――

 

「……やれやれ……せっかちな…人です―――」

 

 ―――その続きが紡がれることはなかった。
 それも当然だろう。顔を上げた視線の先……そこに広がる光景を彼は見てしまったのだから。

 

「……が………崖っぷち……ッ………!?」

 

 震える自身の声通りの光景がそこにはある。

 

「…がが…崖…ッ……崖―――――ッ!?」

 

 今までの気取りすかした態度とは百八十度転換したような驚愕……否、それは恐怖の表情だった。

 

「い、嫌だぁぁああ! お、落ちたくないッ! 此処は嫌だぁ!!」

 

 目尻に涙を浮かべ、頭を崖とは反対方向に急いで向け直し、絶叫しながらその頭も抱えて蹲る始末。
 カズマとヴィータ……その両者のどちらの眼からしてもその彼の変貌が狂態と映ったのは言うまでもないことだろう。
 事実、どちらもエマージーの豹変に訳が分からずに思わず戸惑いを示してしまっていた。

 

「……誰か……誰か……助―――」
「―――今更遅えんだよッ!」

 

 だがヴィータよりもいち早く立ち直ったカズマは、無様そのものと言って良い姿を見せる相手にすら何ら同情を見せる素振りもなく……それどころかその無様さに更に苛立ちが増し反吐が出たと言わんばかりに冷たく切り捨てて詰め寄っていく。
 一方、ヴィータの方は流石にそのエマージーの姿には良心が痛んだのか、思わずカズマを止めようと声を上げようとしていた。

 

 だが結果的にそれは行われなかった。

 

「ピンチだ! デンジャラスだ! 僕のピンチだぁぁあああああああああああ!!」

 

 それを掻き消すようにべそを上げた叫びと共に、エマージーに変化が起こりだした為であった。

 

 エマージー・マクスウェルを中心にアルター発現の証である虹色の光の粒子が出現。
 続いて彼が腕にしていたホーリー隊員用の腕時計が別の形状の腕時計へと変化していく。

 

「助けてぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 それだけではない。エマージーのその恥も外聞もないSOSの言葉が響くと同時に強い地鳴りが辺り一帯に発生していた。
 いきなりの状況にそれこそヴィータは驚き、何事かと周囲を見渡しかけるも真正面……つまりエマージーのいる方向に起きた変化を見てそれこそ絶句した。

 

「助けて! 僕の―――スーパーピンチクラッシャァァァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 エマージー・マクスウェルの辺り一帯に響かんばかりの絶叫。
 そして虹色の粒子と地鳴りと共にひび割れた地面から現れた黄色い巨大ロボット。

 

「……お、おいおい……まさかコイツのアルターって………」

 

 この眼前のコレだと言うのではないのだろうな、と驚愕と呆れを含んだ表情と共にヴィータは思わず呟いていた。

 

 

「うわっ! 何だありゃ!?」
「ろ、ロボット!?」

 

 遠目からでもハッキリと見えるソレの出現に、思わず君島とスバルも同時に驚愕の叫びを上げていた。
 何とかスバルの説得の甲斐もあってか、爆弾の仕込まれたエマージーが配った玩具を二人で回収し終え、奇妙な連帯感と信頼のようなものをお互いに芽生えさせながら現場へと戻ろうとしていた矢先に巨大ロボットの出現である。
 状況の把握も出来ず、訳も分からずに驚き呆然としてしまった二人をここで責めるのは酷と言うものだろう。
 彼らの後ろからは町の人間たちまで何事かと追ってきて、その場の二人のように呆然とするという連鎖が続いていった。

 

 ……それ程に、このヒーローの出現に誰もが驚き戸惑っていたのである。

 

 

「……やはり知ってしまいましたか」
 厳かな態度と厳しい視線も顕に相手へと向けながらジグマールはそう言葉を発する。
 桐生水守の直談判という来訪、それと共に彼女がこちらへと告白してきたこれまでの彼女が行ってきたこと。
 高町なのはとの協力の件については流石に伏せているようだが、それ以外はほぼ概ねジグマールも全て知っていたし予期していたことばかりに過ぎない。

 

「申し訳ありません。規則を破ったことに対してはどのような厳罰も」

 

 わざわざ自ら正直に告白してきただけあって、その覚悟も既に出来ていると言った様子も明らか。
 その潔癖なまでに筋を通した気丈さには、それこそジグマールの方が感心し好感すらも抱いたほどだった。
 ……だがそうであるが故に、やはりまだ若い。
 否、これは青いと言ってしまって良いとさえいえるだろう。想い人のこともあっての影響か、ある意味においてはこの部分においてならば水守は劉鳳以上だと言えただろう。
 やはり、彼女の協力者である高町なのはもまた同じようなものなのかと予測しておく必要もあるだろう。

 

(……つくづく皮肉であり、厄介だな。本土出身である彼女たちのような者たちの方が、私などよりも余程美しく尊かろうとは)

 

 或いは、穢れを知らぬからこその美しさであり尊さだろうかともジグマールは思った。

 

「そこまでして貴女は何を求めるのですか?」

 

 だからこそ、試す意味合いにおいても彼女に……否、彼女たちにこれは聞いておかなければならないことだ。
 その高潔さ……言い換えれば浅はかな無知と身勝手さで何を彼女たちは求め、そして成そうとしているのかを。
 マーティン・ジグマールは見極めねばならなかった。

 

「―――真実、です」

 

 ジグマールが威厳と共に放つプレッシャーを前にしても……桐生水守はこの時一度も退かずにそう言い切ってきた。

 

「私は何も知らずに安穏と暮らすより……真実を知って、傷つく方を選びたい」

 

 それが望みであり答えだと、真剣な表情でこちらを見据えながら水守は言ってきた。

 

(……やはり、青いな)

 

 そう正直に水守の言葉を聞き、ジグマールは思った。
 それは賢者の行う選択ではない、言うなれば愚者が犯す過ちだと……
 やはり、彼女たちの高潔さとは単なる無知と身勝手の裏返しでしかない。

 

「その為に、私は此処に来たのです」
「―――いいでしょう」

 

 水守の言葉が終わると共に、ジグマールも狙ったように理解の態度を示した。
 実際、彼女たちの真意とやらもスタンスとやらも理解できた。
 やはり相容れられない……充分に、それは理解できた。
 ならば―――

 

「自分に正直に生きることは大切です」

 

 そう言ってジグマールはデスクに置かれたパソコンのキーボードを叩く。

 

「ホーリーが……この私が知り得る全ての情報を提示します」

 

 その言葉と共にモニターには次々とホーリーの機密情報が表示されていく。
 最初こそ驚き、戸惑いを見せる水守であったが……やがて覚悟を決めたようにその視線をモニターへとハッキリと向ける。
 それでいい、そうジグマールはニヤリと笑った。
 とくと其の目を開示し、余さずに見届けよ。
 そして知るが良い。その高潔さという青さを胸に現実という名の無情を。
 マーティン・ジグマールは桐生水守を……そして水守と同類であろう高町なのはへとそう理解を示し真実を提示する。

 

 ならば―――その青さがどれ程に無力でしかないことを思い知らせるその為に………

 

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最終更新:2009年04月09日 22:53