「……何だこのアルター?」
今までロストグラウンドの便利屋としても数多くのアルター能力と戦ってきた経験があるカズマにしてみても、眼前に現れたソレは奇異そのものだった。
「十五年前に拾った古びた玩具………実はソレこそが私のピンチを救ってくれるヒーローの導き手だったのです」
その一方で先程の憐れを誘うまでの泣きべそっぷりは何処へ行ったのか、不敵な笑みと圧倒的な自信を窺わせる態度でエマージーはそんなことを言ってくる。
無論、カズマにしてもヴィータにしても彼の言っていることの意味などさっぱり分かるはずもない。
だがエマージーの方もそんな相手の理解の程など気にしていないように、自身の自慢なのであろうその出現した己がアルターへと命令を飛ばしていく。
「さぁ行け、スーパーピンチクラッシャー! パワードライフルッ!」
エマージーのよく分からないポージングと共に彼の手首に巻かれている腕時計が光る。かつてテレビで見た良く似たアニメから察するに恐らくアレであのロボットへと命令を下しているのだろうとヴィータは察した。
一方、主の命を受けたスーパーピンチクラッシャーはそれこそいきなり巨大な銃を取り出してくると共に、それをこちらへとその銃口を向けてくる。
カズマもヴィータも次の瞬間の反応は速かった。
「衝撃のぉぉぉおおおお………ファーストブリットォォオオオオ!」
カズマは地面を叩くと同時にその反動を利用して跳躍。その背中の羽根の一片が砕ける圧縮された力を利用しての拳による一撃を敢行。
「アイゼンッ!」
『Schwalbefliegen』
そしてヴィータもまたアイゼンに檄を飛ばすと同時に四つの鉄球を自身の前へと展開。それを一斉に対象へと目掛けて鉄槌にて叩き飛ばす。
スーパーピンチクラッシャーは両者同時に動いたのに対し、カズマの方へと反応……跳躍し接近してくるカズマへとその巨大な銃口を向け一斉に銃火を発生させる。
だがそんなものは物ともしない勢いと速度で迫ってくるのがカズマの衝撃のファーストブリットである。眼前に迫ってくる銃弾を拳で弾き飛ばしながらそのまま勢いを止める素振りすらなく相手の頭部を拳で粉砕した。
ほぼ同時のタイミング、ヴィータの放ったシュワルベフリーゲンもまたスーパーピンチの胴体を貫き穴開きにしていく。
………ものの一瞬、それだけで自称無敵のヒーローは破壊されてしまった。
各所に火花を散らしながら、流石にダメージが大きいのかヒーローは膝をつく。
直後、危なげなく着地したカズマは相手のその様を見て叫ぶ。
「ハッ! 何が無敵のヒーローだッ!?」
話にもなりはしない、そんな態度も顕に見せるカズマに対し、しかし無敵のヒーローの主は一向に慌てた様子すら見せない。
それどころか………
「知らないのですか? スーパーピンチクラッシャーは危機に陥るほど強くなる」
余裕、まさにそんな態度を見せ付けながらスーパーピンチクラッシャーの傍らへと歩み寄ってくるエマージー。
隣に並ぶ己のヒーローに何ら不安すら抱いてはいない………そんな態度であった。
「それでこそ私の―――ヒーローなのです!」
そう絶対の自信を誇るようにエマージーはその命令を飛ばす腕時計を巻いた手を高らかに掲げる。
瞬間、またしてもエマージーを虹色の光―――アルター発現の粒子が覆い、それだけでなくそれは傍らに膝をついているボロボロのスーパーピンチクラッシャーへも同様に広がっていく。
再構成の光がスーパーピンチクラッシャーの損傷を瞬く間に修復し、眼前には再び無傷のヒーローが復活を果たす。
「だったら今度は全部ぶち壊すだけだなぁ」
「まぁ、基本だな」
それを見て不敵に笑いそう告げるカズマと、鉄槌をしっかりと握り直しながら同じように身構えるヴィータ。
どちらも巨大ロボットを前に臆す心算も退く様子すらも更々見せる素振りなど無い。
まるで強大であればある程面白い、かかって来いと言わんばかりの闘争にて相手を迎え撃つ態度であった。
「……あぁ、ホーリーに喧嘩売っとる」
そう呟いているのはその戦いの様子を呆然と見守っていた外野―――町の住人たちである。
君島とスバルもまた同様に最前線からその自身たちの仲間の戦闘風景を見ていることしか出来なかった。
「……なぁスバルちゃん、君は加勢しないのか?」
それでも一応と思い君島は隣のスバルへとその疑問を尋ねる。
尤も、仲間同士であったはずのヴィータとエマージーが対立している現状……どちらに加勢すべきかは彼女としても困ったところだろうとは思う。
それでも一応は君島は未見ではあったもののこの少女もまたカズマと渡り合ったほどの実力者であることは知っている。彼女ならカズマ側に加勢してくれれば心強いとも思うのだが………
(………尤も、そんなことされる方がカズマにしたら迷惑なのかもしれないがな)
事実、戦闘中であるにも関わらず此処から見ていても一応は共闘関係であるはずの二人の様子ですらいがみ合っているかのようなギスギスとしたものだ。
ここでスバルまで乱入したらそれこそ構図は大乱戦に変貌しかねない。
その辺りの空気は彼女もまた察していたのだろう、君島の言葉にスバルは苦笑と共に首を振った。
「………私が入ってもきっと邪魔になります。それより……今は此処で君島さんや町の人を護ろうと思ってるんですけど……いけませんか?」
そう訊いてきたスバルに君島もまさか邪魔と言えるはずもない。むしろ距離を取っているとはいえ強力なアルター使い同士の争いだ、余波がここまで達しないとも言い切れない。
それを考えれば、ここに留まり護ってくれるというスバルの判断は君島達にとっても大助かりだ。
ただ………
「………良いのかい? 君もホーリーだろう。こんなことしてて問題になったりしないのかい?」
一応は敵である存在に何を自分は気を遣っているのかと馬鹿らしくもなってくるが、それでも気にかけてしまっているのも事実、だから君島はそんなことを言ってしまっていた。
だがスバルの方は君島のそんな言葉にそれこそ気にした様子もなく笑って言ってきた。
「良いんです。私がしたいことだからするだけです。………それに、あの人もきっとそれで良いって言ってくれるはずですから」
何が正しくて、何が間違っているのか。
正義の有無も在り方も今は自分にも分からない。
だからこそ、せめて今は自分がしたいこと、正しいと思ったこと、信じた事を間違えずにやっていこうと決めた。
きっとそれが一番大切なことだと思ったから。
………そうですよね……私はこれでいいんですよね。
なのはさん………。
「貴方方の行動は全て無駄に終わります」
何処にそんな自信を持っているのか、不敵な笑みを自信と示しエマージーはそんなことを告げながら次にその手を天へと伸ばす。
「出でよ! 大いなる翼―――ピンチバードッ!」
その呼びかけと共に天空から舞い降りるは機械仕掛けの一羽の巨鳥。
それは空中にて姿を紅色の巨人へとその姿を変形させる。
「超! ピンチ合体ッ!」
続いて叫ぶその言葉と共にスーパーピンチクラッシャーが宙へと飛び上がりその紅色の巨人に向かって言葉通りの合体を行う。
三倍以上の大きさのその紅の巨人の中へとスーパーピンチクラッシャーは定位置とばかりにスッポリと収まる。
そしてスーパーピンチクラッシャーが収まると同時に、開いていたその部分は閉じ、遂に合体を果たし完成した巨人がその姿を現す。
「グレートッ……ピンチィ………クラッシャァァァァアアアアアアアアアア!」
エマージーの叫びが響き渡ると同時、無敵のヒーローがその場へと君臨する。
其の名は―――グレートピンチクラッシャー。
崖っぷちからエマージーを助ける為に現れ、どんなピンチも凌駕する……無敵のヒーローである。
「で、どうしようっての? こんなんで」
「……ますますアニメだな」
鼻で嗤う様な態度も顕にそのグレートピンチクラッシャーなるロボットを見上げながらカズマは訊く。
確かに人間の十倍以上もありそうな全長は凄まじいものがあるのは事実。だが先のスーパーピンチクラッシャー同様に所詮はデカブツに過ぎない。
己の拳で先程同様に打ち砕くだけだとカズマは思っていた。
それは程度の差こそあれヴィータもまた同じ。こちらは呆れた呟きを漏らしたものの先程よりは多少真剣な目つきで対象を見るようになったとはいえ、それでも臆するなどの様子は微塵も窺わせない。
「今度は貴方方にピンチを贈呈しましょう」
だがエマージーの方はそんなカズマたちの態度すらも嘲笑うような口調で、確定事項のようにそんなことを宣言してくる始末。
無論、それにカズマが反応しないわけが無い。
「じゃあやってみろよ!」
「では………お言葉に甘えて!」
カズマの促がしに乗るようにエマージーは応えながら、自身の無敵のヒーローへと命令を飛ばす。
「デンジャァァアアア………ハザァァァアアアアアアアアアドッ!!」
エマージーのその宣言と同時、カズマとヴィータのいる地点へとグレートピンチクラッシャーはその胸部からエネルギー弾の数々を雨霰と撃ち込んで来る。
流石にその量にはヴィータも驚き、咄嗟に防御魔法を展開しながら後ろへと飛んでかわす。
だがそれとは対照的にカズマの方は、その弾雨の真っ只中へと自ら進んで飛び込んでいく。
「馬鹿ッ! 危ねえぞッ!」
「馬鹿はどっちだ!? ここで退いてどうすんだッ!」
咄嗟にヴィータは叫び呼び止めようとするも、カズマから振り返りもせずに返ってきた怒号はそれを打ち消すほどに無謀な内容だった。
だがヴィータの目からは正気を疑うその行為も、ブレーキやストップという概念やネジがぶっ飛んでいるカズマにしてみれば当然の選択だ。
むしろ保身を優先したヴィータの行動の方がカズマの目から見ればただの逃げの姿勢でしかない。
「敵は前にいるんだろうが!? 後ろに下がって誰と戦うってんだ!?」
そんな勇気と無謀が紙一重………否、明らかに履き違えたような叫びを残してカズマは突進する。
「撃滅の……セカンド―――ッ!? うぉおおッ!!」
第二撃―――撃滅のセカンドブリットを敢行しようとするも、やはり流石にあの弾幕の突破は無理だったようで、カウンターのように被弾し吹き飛ばされる。
そしてエマージーはそれすらも見逃さない。むしろ好機と判断し更なる追撃を仕掛ける。
「ハザードッ! 連弾ッ!」
その斉射速度は勢いを増し、弾雨は吹き飛ぶカズマの周囲すらも吹き飛ばし次々と破壊していく。
それは後ろに下がったヴィータの地点はおろか、廃橋そのものを破壊する勢いで迫ってくる。
頑丈さにはなのはと同様に自信があるヴィータでも、あの勢いと威力の弾雨を凌ぎ切れるかどうかは微妙だった。
空中へと回避、それを咄嗟に選択し実行に移そうとしたものの………
「………ちっ! 世話焼かすな」
吹き飛んでくるカズマを見て、その追撃を受ける様子を見捨てて置けなかったヴィータは結局舌打ちを一つ吐きながら彼の方へと飛んでいくのを選んだ。
どうしてこんな奴を助けようとしているのか………成り行きとはいえ元々はコイツを自分は倒しに来たというのに、その当人を助けようとしているなどどうかしている。
「………それでも、仕方ねえだろ!」
自身でもヤケクソだと認める叫びを上げながら、吹き飛んでくるカズマを回収。迫る弾雨を前に防御魔法―――パンツァーシルトを発動。
正直、アルター等という未知の力で構成されたエネルギー弾をシールドで弾くことが出来るかはある種の賭けだったが…………何とか成功する。
尤も―――
「―――ッ!? チィ!!」
舌打ちが漏れるほどに迫り来る圧倒的弾雨の量は予想外。魔力を総動員して防御を続けるも凌ぎ切れるかどうかすらも正直怪しい。
しかし腐っても己はベルカの騎士、こんなインチキヒーローを相手に後れを取るなど己のプライドが決して許しはしない。
「舐めんなぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
咆哮を上げるヴィータ。その真紅の魔力光が輝きを増し、突破されかけるその状況を建て直し……見事、凌ぎきった。
そしてそれだけではない。
抱えていたカズマを放り投げ、消耗する身体に鞭打ちながら一気に反撃へと出るために飛翔。
高速で鉄槌を構え突撃を敢行するヴィータだが、その振るわれる鉄槌をグレートピンチクラッシャーは己が拳で受け止める。
「なっ!?」
「貧弱、貧弱ゥ! その程度で私のピンチを倒そうなどと―――笑わせてくれますねぇ!」
喝采を上げるかのように叫ぶエマージー。明らかに侮蔑を含んだ相手の挑発にヴィータの騎士としてのプライドがそれを許さない。
「舐めんなって………言ってんだろぉおおがぁぁぁああああああああああああああああああ!!」
『Giganntform』
主の叫びに応え、鉄の伯爵はその姿を通常のハンマーフォルムから変更―――ギガントフォルムへとその姿を変える。
押し切るように接触する巨人の拳面へと振り切る。瞬間、発生する爆発音。
見ればグレートピンチクラッシャーの右拳はヴィータの振り抜いたギガントハンマーのダメージで破壊されていた。
それだけではない。ごり押しの力押しで振り抜いた勢いはそのまま相手の真紅の巨体をよろめかせ、大きくその位置を後退させる。
この時点で十倍以上の質量差を相手に信じられない大健闘を示しているヴィータだが、既に心身ともにかなりの疲労を示し、その姿は荒い息を吐いている最中だった。
しかし、まだ彼女のエマージーへの怒りは欠片も治まってなどいない。
ギロリと眼下のエマージーを見下ろす。己のヒーローが自分のような幼い外見の少女に力比べで後れを取ったという事実が信じられないのか、その目は驚愕に見開いている。
ざまあみろ、内心で僅かばかりの溜飲の下がる気持ちが湧くもそれも今は後回しと抑えつける。
今が最大の相手に追撃を仕掛けるがら空きの好機と判断したヴィータは今度はそのままエマージー目掛けて一気に下降。
眼前に迫る相手目掛けて相棒の鉄槌を振り下ろし―――
「なっ!?」
またしても信じられないといった驚愕の叫びを上げていた。
「いやぁ、見かけによらない貴女のパワフルさ……中々に背筋もヒヤリとさせられる心地でしたよ」
上機嫌にそんなことを言ってくるエマージー。
その頭上には少女が振るうにはあまりに不似合いな無骨な鉄槌が存在しているが、それにすらまるで気にした様子も無い。
因みに、寸止めのように止まっているヴィータのグラーフアイゼンだが、決して彼女自身が自らの意志でそのように止めているわけではない。
それどころか、彼女はこのいけ好かない男へと呵責も無くブチかます心算で鉄槌を振り下ろしたはずなのだ。
………それが、何故止められているのか?
「ですがどうやら、貴女のご自慢のそのハンマーも私のこのピンチガードを破るには至らなかったようですね」
そう誇らしげに語るエマージー。
彼が頭上の鉄槌を前に掲げるかのように示す腕時計……それを中心に展開されエマージーを護るように発生している暗紫色の障壁。
ピンチガード………スーパーピンチクラッシャーと並ぶもう一つのエマージーの切り札。あらゆるピンチから直接的にエマージーの身を護る防護障壁である。
エマージーの元をスーパーピンチクラッシャーが離れた際に彼の身を護る最後の切り札、それが起動し振り下ろすヴィータの鉄槌を防いでいたのだ。
「この……ッ……!」
「無駄ですよ。お疲れの今の貴女ではコレは破れません」
必死になってピンチガードを破ろうと力を込めなおし鉄槌を握り直して踏み込んでこようとするヴィータだったが、エマージーの指摘通り、先の無茶で大幅に消耗した今の彼女では障壁を破ることはできそうにもない。
「さて―――ではヒーローの反撃のターンです!」
宣言するエマージーの言葉通り、後退していたグレートピンチクラッシャーは拳を再構成し終えると共にそれをヴィータ目掛けて再び振り下ろしてくる。
咄嗟にヴィータは後方へと素早く飛んでそれを回避。
しかし追撃として放ってきたデンジャーハザードを前に再び防御魔法を展開してそれを防ぐことにその行動を縛られる。
何とかそれを凌ぎきったものの、その次の瞬間に迫ってきたのは巨大な紅の拳。
回避は間に合わず、防御魔法の展開すらもタイミング的にやはり同じく間に合わない。
ヴィータに出来たことは咄嗟に相棒のグラーフアイゼン……ギガントフォルムへと変形しているその巨槌を盾代わりに前へと構えるだけ。
次の瞬間、全身に走る衝撃にそれこそ身体をバラバラにされたかのようなダメージを感じながら、直撃した拳の一撃にヴィータは吹き飛ばされた。
そもそも人間とは大きさもパワーも桁違いの拳の一撃だ。デバイスとバリアジャケットという衝撃吸収の為の余地があれどもその威力とダメージは並大抵のものではない。
悲鳴を上げながら吹き飛んでいくヴィータをエマージーは嘲笑うように見届けながら漸く立ち上がった様子のカズマへと視線を向け直して訊く。
「流石は私のヒーロー、物凄い威力です。………さぁ、カズマ君! このピンチをどう切り抜けますか!?」
尤も、切り抜ける方法などはありはしないと思っているであろうことはエマージーの態度を見れば明らかだった。
だがそんなものカズマには知ったことでは無い。
「決まってんだろッ! この拳でだッ!」
後にも先にも、自分が唯一誇り信頼する拳(コイツ)以外でどうやって状況を打破する?
………ピンチ? 上等だ! んなもん打ち砕いてやるよ!
そんな決意も顕に再び展開される弾雨の中を先程同様に突っ切る勢いでカズマは無敵のヒーローへ向かって突撃していく。
ギリギリで弾雨を回避しながら、遂に拳を叩きこめる後一歩という位置まで到達。跳躍してそのいけ好かない鉄面皮に拳をぶち込もうと振りかぶる。
だが真正面から一発、飛んで来たエネルギー弾に被弾し再び地面へと叩き落される結果へとそれは終わる。
「よーし、トドメだッ!」
それをチャンスと判断したのだろう、勝負を決めるべくエマージーがグレートピンチクラッシャーへと必殺技の解禁を命じる。
主の命へと答え、紅の巨人は宙へと飛んでいく。そして雲を突っ切り太陽を背にしながら―――遂に、ソレを解き放った。
背部の飛行バーニアとなっている翼―――ソレが分離すると共に変形し一本の巨大な剣となる。
「ラストチャンス………ソォォォォオオオオオオオオオドッ!」
エマージーの叫びが木霊する。
そう、これこそが無敵のヒーローの切り札。
あらゆるピンチからエマージーを救い出す無敵の剣―――ラストチャンスソードである。
「さぁ、カズマ君。今の私はがら空きです。彼の必殺技を受ける前に私を倒してみては?」
そんなことを誘うように言ってきているエマージーだが、先程のヴィータの一撃を防いだ時と同様にその身はしっかりと例のピンチガードにて防御されていた。
………尤も、そんなものカズマには有ろうが無かろうが一切関係が無い。
それも当然だろう、そもそも―――
「なに言ってんだ………あのデカブツを倒した方が面白えだろうが」
―――今ぶっ倒したいのはこんなひょろりとした雑魚ではない。あの余裕をかまして好き放題攻撃してくれた無敵のヒーロー様とやらの方だ。
カズマの中の反逆魂があのデカブツの自称する無敵とやらを打ち砕けと、拳を強く握らせて仕方ないのだ。
だからこそ狙うのはあくまでもあの巨人、本体のヘタレになど用は無い。
「残念です。貴方の拳も受けきってこのピンチガードの有用性を更に確かめたかったのですが。………まぁ良いでしょう。では―――」
エマージーの言葉が終わるや否やというタイミングで、既にカズマは跳躍。当然向かう先は空中にて巨剣を構えているあの巨人だ。
「抹殺のぉぉぉおおお………ラストブリットォォォオオオオオ!」
最後に残っていた赤い羽根の一片が砕け散る。
シェルブリット第一段階においての最後の一撃……文字通りに抹殺のトドメとなる一撃を持って空中の巨人目掛けて拳は飛んでいく。
「逆転ッ………閃光カットッッ!」
それを迎え撃つは紅の巨人が構えし必殺剣。青の炎を刀身へと走らせ雲間を断絶しながら大上段からカズマ目掛けて振り下ろされる。
そして衝突する―――拳と剣!
………勝敗は瞬時についた。
一瞬の拮抗を見せ青の炎を展開する刀身の色が橙色に変わり押し止るも………それも所詮は一瞬。
抹殺のラストブリットは逆転閃光カットに押し負け、そのままカズマは振り下ろされる剣の衝撃に弾き飛ばされ、地面へとクレーターを作って叩き落された。
「―――カズマッ!?」
「あ、駄目です! 危ないから前へ出ないで!」
その光景を遠目に見ていた君島は、相棒の敗北に彼の名を叫び驚きながら咄嗟に助けへ向かおうと走り出そうとするもスバルに抑えられて阻まれる。
「離せ! 相棒のピンチなんだよ! 俺が助けに行かなくて―――」
「自惚れないでください! 今の貴方が行って何が出来るんですか!?」
振り払おうと怒鳴りつけようとした君島のその言葉も、更に上回る声量でのスバルの一喝と力を更に強く込められて取り押さえられたことで不発に終わる。
むしろ君島としても先程からとは打って変わったスバルの怒りとその勢いに戸惑い………そして何より言われたその言葉の内容にショックを受けてもいたのだ。
自分が行って何になるのか?
事実、その通りだ。
勢いに任せてカズマの元へ駆け寄ったところで、そこから先に何が出来るわけでもない。
担いで逃げることなど、あんな巨人の前には不可能だ。代わりに抗戦などそれ以上に論外。
………結局の所、ただの人間でしかない君島邦彦には何も出来る事などない。
………そう、何も、無いのだ。
けれど―――
「………でもよぉ………それでもよぉ―――」
―――それで納得して、諦められるはずがない。
力も無い、アルターも持たない。
勝てっこなければ、向かったところで邪魔にしかならない。
………分かっている。そんなことは悔しいほどに既に経験済みだ。
それで自分は一人逃げ出して、寺田あやせを助けることもできなかったのだ。
あの時の己への無力感………やるせなさ………そして怒り。
ああ、忘れられるはずなど無い。
だからこそ―――もう腹を括ったのだ。覚悟を決めたのだ。
カズマの相棒として、逃げずに、振り返らずに、最後まで一緒に戦ってやると。
その約束を反故にして、今度こそ相棒も救えずに逃げ出してしまえば………それこそ君島は本当に自分自身を許せなくなる。
だから―――
「出来る出来ないじゃねえんだよ………やるんだよ! やるしかないんだよッ!」
そう叫び、力の限りスバルを振りほどこうと君島は足掻く。
相棒を………カズマを助けに行く為に。
だがそれをスバルは必死に阻止する。
絶対に離すわけにはいかない、そんな思いも顕に抵抗する君島を力づくで抑えつけ続ける。
当然だ、どう考えても彼がやろうとしていることはただの無茶だ。勇気でも何でもない、生命を粗末にするだけの無謀な行いを許せるはずが無い。
災害救助で人の命を守る陸士としても、機動六課の一員としても。
そして………無茶は駄目だと教えられた高町なのはの教え子の一人としても。
君島邦彦が断行しようとする無謀な行いをスバル・ナカジマは許すわけにはいかなかった。
だが同時に、スバルとて君島の気持ちが分からないわけではない。
それもそうだろう。今の彼の状況を自分と置き換えて見れば、自分もまた彼のような行動に本当に出ないかどうかなど分からない。
だからこそ、たとえその無謀を許せずとも理解が出来ないわけではいないからこそ君島を力づくで押さえつけていることに対して良心が痛む。
(……私は……どうすれば………?)
それこそ誰でも良いので、迷い無い答えを教えて欲しいと切に願わずにはいられなかった。
そうして外野がそれぞれの信念と主張で行動しようとしている最中で、当の中心である彼らの戦いは一応の決着がついたと見てもよかった。
グレートピンチクラッシャーは無敵のヒーローの名に違わず圧勝、敗北したカズマは地面にあけたクレーターの中に倒れ、シェルブリットも既に解除されている。
「やったぞ、ピンチ! 僕のためなら君はどんな時でも助けに来てくれる。どんな敵でも倒してくれる。これで市街の永住権が貰える! 全て君のお蔭だ、ありがとう!」
この結果に満足するように小躍りしそうなほどの上機嫌で己のアルターを見上げながら叫ぶエマージー。
勝利者として君臨し、任務達成と待っている報酬への期待と喜びで彼の気持ちは一杯となっていた。
だが―――
「……ふ…ふざけん……なって…の……ッ!」
そんな中、それでも再びしぶとく立ち上がる男が一人―――無論、カズマである。
ボロボロでふらついた足元もあやふやな状態で、しかし隠すことも無い苛立ちも顕にエマージーへと睨みを叩きつけ、カズマは吼える。
「助けられるのが、そんなに嬉しいか!?」
気に入らない……あぁ、酷く気に入らない。
理屈や理由などの云々を抜きにしても、ただ只管にカズマはエマージーが気に入らなかった。
「助けられて何が悪いのですか?」
だがエマージーからしてみれば、そんなカズマの吼えて噛み付いてくる態度すら、その問いと同じく理解不能だ。
当然の如き解を当然の疑問として言ってくる相手の言葉など理解できるはずも無い。
少なくとも、エマージーの価値観からすれば………。
「……何かに頼ってる奴は、何も出来ねえんだよぉ!」
そう言いながら一歩一歩と再びグレートピンチクラッシャーへと向けて歩き出すカズマ。
そのボロボロの身体で、最前にあそこまで決定的に敗北しておいて尚、まだ諦める心算もないと見せ付けるかのような行動である。
「う~ん、素晴らしい演説をありがとう。………しかし、そんなピンチっぷりで君は何を成し遂げようというのですかねぇ?」
パチパチとふざけたような拍手と笑みで啖呵をきったカズマへと返答するエマージー。
今更カズマがどれだけ居丈高に吼えようが、所詮は無駄なこと。勝負は既についている。
グレートピンチクラッシャーが存在する限り、自分は負けない。無敵のヒーローがこんな野蛮人如きに負けるはずが無いのだとエマージーは信じて疑わない。
だがそんな勝手な決め付けに反逆してこその反逆者。
ましてここまで虚仮にしてくれたムカつく野郎ならば尚のこと。
こんな甘ったれた野郎と、そんな野郎を護って無敵だとか謳っているヒーローだけには死んでも負けてなどやるか。
そんな思いが、カズマを再び突き動かす。
「へ、分かってねえな。一方的に縋ってるテメエは、過去に縛られてるテメエは、実は何も掴んじゃいねえんだッ!」
だからこそ―――その相手の温いまやかしをぶち壊す。
この自慢の、俺だけの拳を持って―――ッ!
「見せてやる! 俺の……この俺の―――決意をッ!」
瞬間、カズマのその叫びと同時に彼の周囲の物質が音を立てて消滅。
否、これは彼が纏う虹色の光が証明しているように分解による再構成―――アルター能力の発動である。
先程敗れたシェルブリットではなく、その上、その先にあるあの力を引っ張り出してくるためにカズマは右手を掲げ咆哮を上げる。
「もっとだ!」
そうまだ足りない。
「もっとだ!」
まだ足りない、更に上がある。
「もっと―――ッ!」
限界など定めるな。あの時のように、あの女と真っ向からぶつかり合ったあの時のように。
「もっと……輝けぇぇぇええええええええええええええええええええ!!」
ただ只管に、反逆の信念をこの拳へと掻き集めろ。
カズマの叫びと同時、虹色の輝きは集束し光を増し、その色は煌かんばかりの黄金へと進化していく。
「あの光は………ッ!?」
「あれは………あの時の」
その光景を君島とスバルもまた確認すると共に呆然とどちらからともなく呟きが漏れる。
知っていた、あの輝きを両者共に以前目にしたことがあった。
君島にとっては、あの日カズマと共に戦いぬくと覚悟を決めた切っ掛けともなった黄金の輝き。
スバルにとっては、真正面から自分の全力全開を破られたあの自身では届かなかった悔しさを憶えたあの輝き。
両者共に、その再びの輝きの顕現にもはや言葉も無く呆然と見せられるしかなかった。
「……アレが例のやつか」
そしてヴィータもまた遠目からその輝きを確認しながら、思わずそんな事を呟いていた。
グレートピンチクラッシャーに殴り飛ばされ、不覚にも瓦礫に埋もれて意識が飛んでいたのを慌てて覚醒と共に跳ね起きて戻ってくれば目撃したのがソレだ。
一目で分かった、アレがあの男がなのはの魔砲と渡り合うために使用した切り札だと。
或いは、この時不覚にもヴィータもまた無意識の内に魅せられていたのかもしれない。
あの男が……カズマが放っているその輝きに。
「……な…何ですかソレは!? き、聞いていない私は!?」
慌てふためき叫び取り乱すエマージー。それも無理なかった。こんな事態、相手が隠し玉を持っているなどジグマールからは任務を下知された際にも聞いていなかったのだから。
しかもそれが、本能的に恐怖を喚起させられる決定的なものともなれば尚更だ。
アレは間違いなく危険だ、限りなくデンジャラスなピンチをもたらす危険なものだ。
嫌だ、そんなものなど相手になどしたくない。
だがエマージー・マクスウェルの側がそうどれだけ思おうが、既にカズマには関係ない。
準備は整い、解き放つことを今更やめる気など更々無いのだから。
「これがッ………掴んだ力―――」
だからこそ、そう叫びながらその右腕を眼前に掲げてカズマは相手へとコレを打ち込むべくその動作へと移る。
「だ、駄目です! た、助けて! グレートピンチクラッシャァァァアアアアアア!!」
だからこそエマージーはそれを阻止すべく、己にとって最後の希望の砦たる無敵のヒーローへといつものように頼る。
紅のヒーローは主の助けに応じ、カズマを排除するべく動き出す。
カズマの方もまた右腕の甲が開き、拳に凄まじいエネルギーと輝きを集束させながら、背の尾をローターのように回転させて浮上を始める。
「―――シェルブリットだッ!」
己が誇る、己だけの自慢の拳、その力の名を宣言すると共に巨人に向かい飛び立った。
真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに―――眼前の壁を打ち砕く為に。
巨人もまた迎え撃つように、その先程カズマを破った必殺剣を掲げて振り下ろしに入る。
「テメエのピンチも……これまでだぁぁぁあああああああああ!!」
「ぎゃ、逆転閃光カットッ!」
―――そして再び激突する、拳と剣!
今度のソレは先程の比ではない衝突と、エネルギーのぶつかり合う反動を発生させ、瞬く間に発生した光は辺りの人間の視界を焼いた。
眩しさに目を眩ませる町の住人たちと君島、そしてスバル。
激突のその光景を食い入るように気づけば見つめていたヴィータ。
輝きが集束していく結果、残ったのは―――
反動を受けて弾き飛ばされ岩壁に激突するカズマ。
しかしその結果は敗北ではない。それどころか、むしろその逆。
カズマが弾き飛ばされたのとほぼ同時、崩壊を始めるように崩れていく紅の巨人。
その光景は間違いなく、剣で受け止めた先を越えてダメージが浸透していた証拠。
それでもそれは無敵のヒーローの矜持なのか、崩壊していく紅の機体を乗り捨てるように中からスーパーピンチクラッシャーが飛び出して脱出する。
だがそこに駆け抜ける閃光のような赤い影。
「言ったろ、“鉄槌の騎士”を舐めるなってなぁ!」
往生際の悪いヒーローへとトドメの一撃を振り下ろしたのは、吹き飛ばされていたのを戻ってきたヴィータだった。
先の一撃のお返し、借りは返すと言わんばかりに振り下ろした巨槌は今度こそ頭頂から巨人を粉々に粉砕して見せた。
最後の希望の砦たる、己の無敵のヒーローが砕け散っていく様を見て呆然となったのは言わずもがなエマージー・マクスウェルである。
「……そ、そんな……無敵の、ヒーロー……僕のヒーローが!……誰か、誰か、僕のヒーローを―――ッ!?」
アルターの顕現の証だった腕時計が消滅し、取り乱しながら後ずさり狂態を曝け出し始めた彼を次に襲ったのは、皮肉にも敵対したカズマでもヴィータでもなかった。
それは上空から、先のカズマの一撃で弾き飛ばされていた彼のヒーローの剣。
ラストチャンスソード。どんな崖っぷちのピンチすらも切り抜ける己の無敵のヒーローが扱う必殺剣。
それが己の眼前へと落ちてきて、地面へと突き刺さり、足場を砕き自分を崖底へと落としたのだからなんと言う皮肉だろうか。
“崖っぷちのマクスウェル”。数多のピンチを乗り越えてきた彼も今度という今度はその崖っぷちを乗り越えることも出来ず、絶叫を上げながら崖の下へと落下していった。
だが岸壁の欠片と共に落下していく彼を海に落下する前で間一髪に駆けつけて拾い上げた影が一つ。
「……テメエみたいな奴でもな、やっぱ死なせられねえしな」
そう疲れたように、諦めたように溜め息を吐いて呟いたのはヴィータだった。
ショックで気を失っている彼を担ぎ上げながら、外道といえども見捨てられぬ己の甘さにヴィータは呆れてもいた。
まぁ、管理局員としては間違った行動をした心算もないし、八神はやてに仕える誇り高き守護騎士としても、選ぶべき行動だったのは分かっている。
「けど結局ぶっ飛ばした相手を自分で助けてたら……ほんと、何しにやって来たのかも分からねえな」
難儀な選択をしてしまったものだと反省しながら、飛び上がり空中から眼下を見下ろし件の男を発見する。
こちらが見下ろすのと同様に、あちらもまた睨み付けるようにこちらを見上げていた。
「……今日のところはここまでだ。けど……次会った時は容赦しねえからな」
小さく漏らしたこの呟きは相手にまで聞こえない。だが別に良い。これは単に自分自身にも言いきかせるように言った言葉に過ぎない。
変な成り行きで結果的に共闘なんていう虫唾も走るようなことをしてしまったが、眼下の男が基本的に自分にとって、否、自分たちにとって敵であることは変わらない。
だから今度は打ち砕く、必ずに、例外も挟むことなく。
改めてそう決定しながら、ヴィータは念話でスバルを呼び出し帰還をするように促がす。
今回ばかりは任務失敗、責は己が背負う。だが高くつく貸しだと相手へと思い知らせる為に最後にヴィータは思い切り息を吸うと共に叫んだ。
「次は必ずテメエをぶっ飛ばす! 良く憶えときやがれ!」
叫んだ後に気づいた、これでは自分の方が捨て台詞を残して撤退する三流小悪党のようだ、と………。
ヴィータから念話での撤退指示に促がされ、スバルは未だ捕まえていた君島から漸くに手を離し、その行動へと従うことにした。
「……すみませんでした。色々と」
結果的には間違っていなかった、自分の行動を振り返ってみてもそう思いたかったスバルだが、それでも口から出たのは君島に対しての謝罪の言葉だった。
一方で、君島の方が逆に彼女から謝られ驚いている始末でもあった。確かに結果的に相棒を助けに行くのを邪魔された、だがそれでもそれによって自分の命が助かったのも事実だ。
冷静になって振り返ってみてもスバルの行動こそ正しく、自分が彼女を責めることの出来る謂れなど何処にも無い。
それを認めねばならないと思ったからこそ、君島はそのまま頭を下げた後に背を向けて去っていこうとしていたスバルへと呼び止めるように言葉をかけていた。
「スバルちゃん!」
名を呼ばれスバルは恐る恐ると言った様子で背後の君島へと振り向いた。
もう話す事も何も無いのに、それに邪魔をした自分に対して今更何を言うことがあるのかと疑問も抱いていた。
恨み言や罵倒だろうか……これまでの人生で直接そう言った言葉を殆ど受けたことが無い彼女にとって、一時とはいえ信頼し協力し合った相手からソレを向けられるのは多少の覚悟はあれどやはり辛かった。
だが己の立場としたことを思い返し、それを受け入れるのも仕方の無い事だろうとはスバルも諦めの境地と共に受け入れていた。
だが―――
「―――ありがとな、色々と助かった。感謝してるよ」
思ってもいなかった言葉が君島より返ってきたことに、それこそスバルは驚いた。
自分は仮にもホーリー、彼はそれに反逆するインナー。
そんな間柄であるというのに感謝の言葉を言われるだのとは思ってもいなかった。
或いは、この世界に来て初めて向けられた感謝の言葉だっただけにそれに対する衝撃も大きかったのかもしれない。
……そう、初めてだった。
初めて、この世界に来て初めて……誰かから「ありがとう」等という感謝の言葉を言われた。
ずっとそんな言葉とは無縁な任務ばかりをこなし、それに疑問と迷いを大きく抱いていただけにその言葉は―――
「………ありが…とう……ございます……ッ」
―――他の何よりも強く、彼女の心の内へと響いた。
震える声と潤む視界を見せるのを恥かしく思い、そのまま脱兎の如く君島の元より去るために駆け出すスバル。
背後からは君島の声がまだ何か聞こえていたような気もするが、それに応えてもいられなかった。
ただただ気恥ずかしさとそれをも上回る嬉しさが今のスバルの思いの全てであり、救いでもあった。
「……マッハキャリバー、私……ありがとうって言ってもらえたよ……」
滑走する己が相棒へとただ嬉しそうにスバルは語りかける。
漸くに、人を護り救うという彼女自身が願った本来の仕事を果たせた気がした。
相棒のその気持ちの昂ぶりを理解したのか、マッハキャリバーもまた何処か嬉しげな音声をもってそれに応えていた。
『良かったですね』
「……うん、本当に……嬉しかったよ」
君島邦彦に救ってもらった恩義のようなものを感じるのと同時に、また彼とはいつか会い、この恩を返したいとスバルは強く願った。
そう……願わくば、今度は互いに争い合う敵同士としてではなく………。
あっという間に去っていったスバルに何処か呆然としながらも君島は漸くにそこから正気に戻った。
「……俺、何言っちまってたのかね」
自分でもまさか敵に感謝の言葉を言おうなどとは呆れる他無い。
「……でも助けてもらったのも事実だしな」
実際、かのエマージーがばらまいた爆弾玩具の回収とて、町の住民に信頼されていたスバルの協力がなければ、これ程までにスムーズに手早く成功することもなかっただろう。
それにあの巨大ロボットとカズマたちが戦っている最中にだって彼女は自分を含め町の住民たちを戦闘の余波に巻き込まれるのを防ぐ為に頑張ってくれていた。
まさに命の恩人のようなことをしてくれていたのも事実だった。
ならば自然と、たとえ敵であろうとも感謝の言葉を告げてしまっても仕方の無いことだろうと君島は自分へと言い訳した。
「……カズマに言ったら殴られそうだな」
それはゴメンなのでその辺りのことは黙っておくかと君島は決めた。
そこで先程まで安否を気遣っていた相棒の事を漸く思い出し、君島は彼がいる元へと慌てて駆け出していった。
まったく今日は走ってばかりだ、そんな事を愚痴のように思いながら。
そう考える一方で、やはり思っていたことが一つだけあった。
(……スバルちゃん、か。………また会えるといいかもな)
たとえ敵対関係であれ命を救われたのもほぼ事実。感謝の言葉を返しはしたがそれだけで借りを返せたとも思っていない。
ロストグランドに住み着く一介の無頼の一人としても、出来てしまった借りを返さぬままでいるということは据わりが悪い。
今度は出来るだけ穏便な状況で、出来れば敵対せずに何がしかの借りを返したいものだと君島は彼女との再会を願ってもいた。
「何て事をッ!」
そう怒鳴りながら桐生水守はその手を勢い良くデスクの上へと叩きつける。
その鬼気迫る相手の様子すらジグマールは涼しげに見ているだけである。
実際、水守にヘと突きつけた本土の所業……ひた隠しにしてきた彼女たちが求めていた『真実』とやらの提示。
その結果、彼女がこうやって激昂するのは目に見えていたことではあった。恐らく、この場に高町なのはが同席していたとしても同様の反応を示しただろう。
それは人間が持つ倫理観としてはむしろ肯定されるべき当然の反応。潔癖な水守たちが不快や憤りを顕に示したところで何の可笑しさも無い。
むしろこの真実を隠し、本土のやり方を受け入れている自分たちのような者こそを彼女たちだけでなく良識ある者ならば非難すべき対象と捉えるだろう。
「私はこの情報を公開します! 人には侵してはならない聖域があるのですから!」
それを当然の義務とでもするように、そしてこちらを外道そのものだと認識するように高らかに言ってくる桐生水守。
何とでも言えば良い、そう思う一方でやはり彼女たちでは駄目だとジグマールは結論付けていた。
能力の高さは認める、その気高き志にも敬意を表しよう。
人間としても……ああ、実に君たちの方が正しい。
だが―――
「………聖域?」
クククと嘲笑うように滑稽なその表現を呟き返しながら、ジグマールは瞬時に次の行動へと移っていた。
一斉に部屋のブラインドが下がると共に明かりが消える。
その異常事態に水守が反応するよりも早く、暗闇の向こうから巨大な手が五つ、一斉に彼女へと向かって飛んで来る。
水守の悲鳴が室内へと響くがそれだけだ。所詮は学者として優秀な頭脳を持とうが彼女自身はアルター能力を有しているわけでもないただの小娘。抵抗すら出来ない。
五つの巨腕に身体を拘束され、もはや水守には為す術も無かった。
それを冷厳と見下ろしながら、ジグマールが思ったことはたった一つだ。
―――無様なものだ。
ただそれだけである。
人道を説き、倫理の尊さを指し示し、正しき人であろうとしても、そんなものはこうした明確な暴力の前ではまったくの無意味でしかない。
桐生水守は漸くに、身をもってそれを学習することになっていた。
どちらが正しいか、尊く思われるべきかなど此処では一切関係ない。
彼女の思い違いはたった一つであり、そしてそれは致命的な間違いでもあった。
此処がそれらの認識など何の価値も持たぬ無法の大地であるロストグラウンドであるということ。
それを忘れているのではないかとジグマールは思った。
だがこれで漸くに理解してくれただろう。
君たちの正しさや尊さなど、所詮は身勝手な単なる無意味で無力な善行に過ぎず。
そしてそんなものでは……何一つ、この大地を救うことなど出来はしないのだ。
「公開などと……もはやその青臭さは了承も承諾も出来ない」
そのようなことをされては、それこそロストグラウンドの……否、自分が護ろうとしてきた者の命運すらをも暗礁へと上げかねない。
そのような蛮行、このマーティン・ジグマールが許してなるものか。
「ご存知ですか? 本土こそ、アルター使いを人として見ていないのです」
そう、本土出身である彼女や、ましてや異世界の魔法使いでしかない高町なのはなどには決して分かりはしない。
ジグマール自身がアルター使いという名のモルモットとして受けてきた、あの過去がどれ程悲惨であったかなどと。
そして人としての権利すらも剥奪され、物の様に扱われていく同胞たちの無念と苦しみなど。
そして……己や愛する者もまた決してそこから逃げ出すことすらも出来ない地獄の歯車の一部でしかないことなど。
……こんな小娘たちに、分かるはずが無い。
故に、理解も納得もいらない。
彼女たちに望むことはたった一つ、自分の邪魔をするな、ただそれだけである。
邪魔をして立ち塞がるというのなら……それはもはや敵でしかない。
そして敵だというのなら、排除することにすら自分は些かの痛痒すら抱かないであろう。
「だから私は、どんな手段も厭わない」
それがホーリーの……引いてはマーティン・ジグマールが在るべき在り方。
「―――私が、ホーリーであるために!」
勝ち続けることしか許されず、いつか救われるべき道も其処にしかないのだから。
故にこそ、こんな小娘たちはおろか、それら取り巻く全てにすら負けるわけになどいかないのだ。
敗北など、決して許されないのだから。
圧倒的な意志を元にそう告げてくるジグマールに水守はただ気圧されていた。
ダースたちのアルターに拘束され、周りをいつの間にかジグマールの腹心であるイーリィヤンや常夏三姉妹に囲まれ、万が一にも脱出できる可能性も皆無。
そこで漸くに水守は、己がまさに飛んで火にいる夏の虫の言葉通りになってしまったことを自覚した。
(……高町さん……ッ………劉鳳……ッ)
自分が信頼し想いを寄せている者たちへと助けを求めるような思いを感じるのと同時に、なんとか彼らへとこの自分が掴んだ情報を届けられないかと願った。
あの二人ならばこれを知ってくれればきっと………。
だが何の力も持たない水守には、この状況をどうにかするかなど絶望的なまでに不可能な所業。
もはや捕まった自分に未来は無いのだろうと、何となくではあったが確信できてもいた。
最後に、開いていた部隊長室のドアが閉まる。
これにより完全に外界から孤立し、助けの芽も潰えて水守の希望は儚く散った。
これが真実を知ってしまった代償かと思いながら、水守はただロストグラウンドに住む者たちの命運を最後まで祈り続けた。
その日、ホーリーから桐生水守は忽然とその姿を消した。
次回予告
第5話 ストレイト・クーガー
事実を知ることが悲しみであれば、騙されているのが幸せの時もある。
真実を知った女……桐生水守。
彼女が獄中で想いをはせるは―――
クールで、いなせなあの男。
アルター使いの……あの男。
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