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「……成程、覚悟は本物みたいですね。失礼、貴女を試すような真似をしてしまいましたね」

 こちらの宣言に対し、クーガーはジッと視線を逸らすことも無く見つめてきたかと思えばやがて納得したように頷いてそう言ってきた。
 なのははクーガーの謝罪に対し、いいえと首を振る。彼が事前に懸念を抱くのは道理だ。土壇場でこちらが地位を惜しさに怖気づくようならそんなものは足手纏いでしかないのだから意思確認には当然のことだろう。
 だからこそ、なのはは試されたことにも特に不快感を抱くことも無くすんなりと受け止められた。
 それよりも、先にも増して逆にこちらの方が疑問を抱いたほどだ。

「クーガーさんは良いんですか? 貴方のほうがホーリー隊員である分、色々と問題になるんじゃ……」

 自分は最低でも管理局の人間という外部の側の扱いとしてジグマールからは直接に罪に問われることは無い。
 けれどこのストレイト・クーガーという男は違う。彼はまごうことなきジグマールの直属の部下であるホーリー隊員だ。こんな事をすればジグマールからの処罰は逃れられないはずだ。
 だがなのはのそんな心配に対してもクーガーは相も変わらずのその掴みどころの無い態度を崩す様子も無く、

「なに、俺は良いんですよ。こう見えても勝算がありますからね。……それに、俺は貴女と違って失うものだってないんです。便利ですよ、フットワークが軽いというのは」

 失う恐れなど最初から無い、だから気軽なものなのだとクーガーは言ってくる。
 だが当然、そんなはずがないことはなのはだって知っている。
 マーティン・ジグマールの方針なのかどうかは知らないが、ホーリーは隊員で居続けることですら厳しいということは彼女も聞いたことがある。
 ホーリーの隊員たちに与えられている市街での居住権……インナーであることから脱却し文明の加護を受けながら、豊かな生活を送れる権利。
 だが彼らにとってコレは完全に保障されたものでは無い。劉鳳のような一部の例外を除き、ホーリー隊員が有するこれらの権利は常に暫定的なものに過ぎず、剥奪の恐れは常に持ち合わせているあやふやなものに過ぎない。
 これは本土側へと隊員の帰属を常に意識させる戒めのようなものであるらしいが、故にこそインナー出身の隊員たちにとっては重要なことなのだ。

 アルター使いは何処に行っても嫌われ者。
 それはこのロストグラウンドにおいては言わば常識としても認知されかけている風習。
 はぐれ者である、行き場の無い根無し草であるからこそ、常に人間扱いをしてくれる場所を望む。
 アルター使いにとっては、ホーリーこそがその唯一の居場所であり拠り所なのだとは以前に水守からも少しだけ聞いたこともあった。
 だからこそ、彼らは刹那的では無い完全に保障された権利である、市街への永住権を強く求めるのだという。
 ホーリー隊員として部隊に貢献し続ければいつかはきっとソレが与えられると信じて……。
 なのはが知る限り、大半のホーリーの隊員たちもその所属理由はソレと同じはずであった。
 言動から文化を愛する事を常としているこの男が、どうしてその求めて止まない文化的暮らしを棒に振る危険性を冒してまで桐生水守に拘るのか、それがなのはには理解できなかった。

「仮にデメリットが貴方に無いにしても……この行動にメリットだって無いんじゃないんですか?」

 少なくとも、なのはが見る限りではクーガーがこんな危険な橋を渡ってまで得られるものというのも想像できない。むしろそんなものがあることすら疑わしい。
 だがなのはのそんな疑問に対しても、クーガーはまるで何を言っているのかと言った態度で当然のように答えてくる。

「メリットが無い? ハハハ、何を言ってるんですかなのかさん。メリットなら十分にありますとも」
「……それはいったい何ですか?」

 続けて問うなのはの疑問に対し、クーガーはその奇妙なサングラスを髪の上へと上げながら当然の真理の如くその答えを告げてきた。

「簡単ですよ。他の誰でもない、この俺がみのりさんを助け出すことが出来る……意中の女性にアピールできる最大のチャンスですよ? 見逃す方がありえません」

 正直、最初聞いた時は思わずズッコケそうになった。
 本気でそんな事を考えているのかと、先程とは別の意味で疑わしい視線を向けるなのはに対してもクーガーは変わらぬその上機嫌な態度を崩そうともしていない。
 そんな言ってはなんだが下心満載な理由でこんな危ない橋を渡ろうとしているなど……なのはには正直理解しかねていた。

「何です、なのかさん? 変な顔をして。……あ、言っときますが彼女の白馬の王子様のポジションだけは貴女とはいえ頼まれても譲れませんよ、最初に断っときますけど」

 クーガーがこれだけは譲れないといった断固とした態度を見せてくることに関して、そして彼の言動云々についてはこの際置いておこう。
 だが彼は分かっているのだろうか?……いいや、分かっていないはずがない。何せその手の事柄には格別に疎い自分ですら察しがついていることなのだから。
 だからなのはは無自覚にもある種の当然であり残酷とも言える事実を告げる。

「……でも、その水守さんの意中の人は、貴方以外の別人ですよ?」

 桐生水守が想いを寄せているのは彼―――ストレイト・クーガーではない。
 同じホーリーの部隊員だが別人。それも彼にしては最も勝ち目の無さそうな相手。
 ―――劉鳳。
 水守が彼を好いているのは恐らく間違いないだろう。
 それはクーガーだって分かっているはずだ。ならばこそとなのはは疑問に思う。
 彼の想いは恐らく届かないし報われない。それはクーガー自身すら分かりきっているはずのこと。
 だったらどうして―――

「……どうして、報われないかもしれない想いに全てを賭けられるんですか?」

 それが分からないと高町なのははストレイト・クーガーへと問うた。
 無自覚で、そういったものに疎く、鈍い彼女であるとはいえそれは残酷な質問だっただろう。
 だが悪気も無いなのはのその問いにクーガーは怒り出すことも無く、殊更ショックなども受けた様子も無く、それこそいつも通りの態度でその疑問へと答えてきた。

「当然、俺が彼女を心底気に入っているからですよ」

 ニヤリ、と自身でもニヒルに決めている心算なのだろう笑みを浮かべてクーガーは告げる。

「なのかさん、貴女は恋をしたことがないんですか? その様子だと無さそうですね、いやそれは実に勿体無い! 貴女ほどの美人です、一度といわず二度、いや、三度四度と若い内に恋は経験しておくものです。
 在りし日の思い出、甘酸っぱかった青春の日々、睦まじき想い人へと寄せた真摯な想い……えぇ、それこそが文化です。ファンタスティックです!
 想い人との共有しあう時間、ええそこに速さは必要ありません。じっくりと、満足のいくように記憶に刻めるだけの経験を共に重ねる。それは最速で物事を成し遂げ、時間を有効に活用する文化の基本原則なみに貴重なことです。
 ええ、だからこそ恋とは素晴らしい! 恋は速さにも並ぶ人間が尊ぶべき基本原則、常に文化を営み続けてきた人類の軌跡! だからこそ俺は自分が抱いたこの想いこそを優先させる。
 そこにこそ、俺が求めてきた文化の真髄があるはずなんですから!」

 突如熱弁を振るいだすクーガーに、それこそなのはが驚きドン引きしたのは言うまでもない。
 彼のマシンガントークが謳い続ける恋の素晴らしさ……なのはには未だによく分からないその手の事柄だが、それでも一つだけ分かったことがある。
 少なくとも、彼が水守へと抱くその想いは偽りなき真剣で、とても真摯なものであるのだということ。
 そして彼はきっとこれから先にすら、その想いを裏切ることは決してないのだろう。
 それが何故かなのはには眩しく映り、クーガーのその姿勢にどこか羨ましさのようなものを無自覚にも感じていた。
 或いは、ソレは恋というものを知らぬままに一段階飛んで母親という大人になってしまった彼女が抱いた、最後の少女としての想いであり羨望だったのかもしれない。
 果たして、その彼女が想うべきである対象とは誰なのか………いや、未だ自覚なき彼女自身も気づいていない答を此処で曝すのは無粋というものか。
 兎も角、ストレイト・クーガーの思わぬその恋という価値観の布教は、或いは何処かの誰かに思わぬチャンスを与えていたのかもしれない。

「いいですか、なのかさん? 大切なのは相手にどう想ってもらうかじゃありません。それも勿論大切ですが、でもそれ以上に大切なのは自分が相手を本当に想い続けることができるかどうかなんです。
 ええ、その一点においてなら俺は負けない自信があります。たとえみのりさんが劉鳳を好きだろうがそんなの俺には関係ありません。俺がみのりさんを気に入っているんです、大切なのはそこです。そして俺にはそれで十分。後は彼女へのこの想いを俺は最速で貫くだけ、たったそれだけのことに過ぎないんですよ」

 熱く想い人への想いを語るクーガー。あるいはその潔い姿と価値観に聞く者が聞けば惜しみない賞賛や拍手を贈ったかもしれない。
 その想い人当人の呼称を未だに盛大に間違い続けているという問題さえ除けばだろうが、となのはは思う。
 区切りの良い辺りでクーガーのトークが止まったのを見計らい、なのははすかさずもう結構だ、十分に理解できたと彼の熱弁を打ち切らせる。
 未だ語り足りない雰囲気を見せ、残念さを顕にしていたクーガーもなのはが早く水守を助けに行こうと促がすのを了承し、彼の恋の布教活動は此処に幕を閉じた。


 それにしても水守がいるのは恐らく市街、それも中心部であるホーリーの拠点でもあるセントラルピラーだ。
 当然、市街よりそれなりに離れた場所にあるこの廃橋からはかなりの距離があるのは言うまでも無い。
 夜襲を計画し実行する予定だけに早く戻らねば夜が明けてしまう。それでも帰りもまたクーガーの運転する車に乗りたいとは絶対に思わないが。
 飛んで帰るか、そんな事をなのはが考えていた時だった。

「風力・温度・湿度……一気に確認」

 廃橋の先端、人差し指を天へと伸ばしそんな事を言い出したクーガーへとなのはは振り向く。
 一体彼は何をしているのか、何をしようとしているのか?

「なら、捕らわれの姫君の救出と行きましょうか。なのかさん、何か衝撃に耐えられる準備はありますか?」

 クーガーが言ってきた問いの意味が分からず、それこそ一瞬キョトンとしたなのはであったがバリアジャケットならばそれにも一応該当すると思い、あると答える。
 クーガーはそれは良かったと頷きながら、ならば準備をしてくださいと言ってくる。クーガーの意図が全然分からなかったなのははそれこそ戸惑うものの、彼に促がされるままに仕方なくバリアジャケットだけは身に纏う。
 桜色の光に突如包まれ、瞬時にその姿を変えたなのはを見て、クーガーは口笛を鳴らすような素振りを見せるが、まぁそれもどうでもいい。
 準備が出来たとなのはが示すのをクーガーも確認すると、ではこちらに来てくれと次には言われた。
 意味が分からぬまま廃橋の先端へと歩くなのは。辿り着き下を見下ろせば結構な高さであった。自分は飛べるから良いが、クーガーは落ちればタダでは済まないだろう。
 此処は危ないですよ、そう注意を促がそうと振り返った瞬間だった。

「ではちょっと失礼。そして、参りましょうか」

 いきなりクーガーに肩を抱かれる。一体何をと思わず突き放そうと動きかけるもクーガーの次の動作の方が速い。
 なんと彼はこちらをしっかりと抱きしめたまま廃橋の先端から飛び降りたのだ。
 いきなりの心中自殺にそれこそ訳が分からずなのはは混乱し、理解が追いつかない。それでもこのままでは地面への激突死は避けられないと咄嗟に危ぶんだなのはは飛翔しようとするも―――

「大丈夫! 俺を信じて!」

 即座に言ってきたクーガーの自信満々な言動にそれを押し留められた。
 次の瞬間、器用にこちらを落下しながら脇に抱えなおしたクーガーを中心に虹色の光―――アルター発現の粒子が発生。
 その後からはあまりにもなのはの知覚外でのスピード過ぎたので、それこそ何が起こったのかも分からなかった。
 担がれている自分も同様に、クーガーが着地とほぼ同時に凄まじい速度で疾走しているということしか分からない。
 それこそフェイトのスピードを良く知っているなのはですら、実際に体感したことの無い未知のレベルのスピードには悲鳴云々を上げる暇すらなかった。
 ただ一つハッキリしているのは、これは先の暴走車以上に性質が悪い、ただそれだけである。

 そして高町なのはを抱えながら、それでも衰える素振りも見せぬストレイト・クーガーは全力の走りで瞬く間に市街へと到達。
 そのままセントラルピラー内部……勿論、事前に把握している桐生水守の監禁部屋へと突っ込んでいく。
 それこそクーガーが疾走した後には、台風でも通過したかのような痕跡が残り、それどころか音の方が後から彼を追いかけている始末だ。

 ―――誰も捉え切れない。

 かつてマーティン・ジグマールは彼のスピードをそう評し、高く買っていた。
 今まさにソレが、皮肉にもジグマールが予期もしていなかった形で証明されることとなった。
 駆け抜け、突っ込むクーガーとなのは。その衝撃は当然ながら凄まじいなどという言葉すら超えた勢いで、セントラルピラーを震わせる程の結果となった。


「何事だッ!?」
 このような夜中に、しかも市街……ホーリーの拠点でもあるセントラルピラーがこのような衝撃に襲われるなど、ホーリー創設以来から前代未聞の事態である。
 それこそ馬鹿げたことだが敵襲……だが何者がいったい何の目的で?
 沸きあがる疑問を苛立ちと共に収めながら、それでもジグマールの対応は即座であり的確なものだった。
「イーリィヤン、何があった!?」
 呼び出したのは己の腹心にして、このような事態において限りなく重宝する能力を有している部下だ。
 彼のアルター“絶対知覚”ならば襲撃者の正体は瞬時に割り出せる、そう判断してのことだった。
 だがジグマールのその言葉は、イーリィヤンからの信じられない言葉によって裏切られることとなる。

『……分からない。……知覚、出来なかった……』

 馬鹿な、とそれこそジグマールが驚嘆と共に目を見開いたのは言うまでもないだろう。それこそ、彼を嫌う者ならばその滅多に見れない醜態にざまあみろとでもせせら笑ったかもしれない。
 いったいどういうことだ、何故イーリィヤンのアルターで捕捉できない。その疑問に再燃する苛立ちが拍車を掛ける。
「ならば現状は?」
『それも分からない。……さっきの衝撃で僕の能力と建物のシステム自体が一時的に停止している状態』
 つまり何も分からない……ますます判明する最悪の状況にジグマールは舌打ちを漏らしかけるも理性でソレを自制した。
 落ち着け、どんな時でも揺るがずに行動する……それこそがホーリー部隊隊長として、そしてマーティン・ジグマール自身としても在るべき在り方のはずだ。
 そう必死にジグマールは自身へと言いきかせ、沸き立つ苛立ちを理性を持って押さえ込んだ。

「……分かった。ならばイーリィヤン、君はシステムの復旧に全力で当たってくれ」

 最後にそれだけを冷静にイーリィヤンへと命じるジグマール。
 そんな彼をイーリィヤンは珍しくも心配げな面持ちで見つめてくる。
 それに対してジグマールは、ほんの……そう、ほんの一瞬だけ穏やかで優しげな笑みを彼へと見せ、大丈夫だと告げた。
 それにイーリィヤンが本当に納得したかどうかは分からない。が、彼もまたそのジグマールの促がしに応えるべくシステム復旧の作業へと戻っていった。
 イーリィヤンが画面から消えるのを確認した後、ジグマールは椅子の背凭れに深く沈みこむように凭れかかりながら重い溜め息をついていた。
 もうこの頃には、冷静さを大分取り戻した思考からある仮定を導きだしていた。

 イーリィヤンの知覚外でこれだけの行動を起こせるものなどそれこそ限られている。
 それを高く評価して、自分はそもそもあの男を引き入れたのだから………

「……やはり貴様なのか……ストレイト・クーガー……」

 その漏れた呟きは、もはや習慣にもなりかけている苦々しさも溢れたものであった。

 

 いったい何が起こったのか。
 それこそそれに最大限戸惑ったのは、その衝撃が直接に部屋全体を襲い、巻き込まれた桐生水守であった。
 爆撃でもされたのか、そう思えるほどに室内は滅茶苦茶で、朦々と粉塵までもが部屋全体に立ち込める始末。
 衝撃の痛みに顔を顰め、蔓延する粉塵にむせ返りながら水守は自分を閉じ込めていた部屋の壁にあいた大穴へと視線を向ける。

「いかんいかん、世界を縮め過ぎてしまった」
「ゴホゴホッ………本当に……やり過ぎです!」

 煙のせいでその姿は隠れて見えない……が聞こえてきた聞き慣れたその二つの声にそれこそ水守は目を見開いた。
 聞き違い?……でも彼らがこんなところにいるわけが……。
 そう考えていた水守の思考を現実へと戻したのは一つの声。

「水守さん! 助けに来たよ、無事!?」

 そう言って駆け寄って抱きしめてくれたのは高町なのは……自分のこのロストグラウンドでの数少ない仲間。会いたかった人。

「………高町、さん………?」
「うん、私だよ。大丈夫、怪我とかしてない?」

 白い衣装を埃まみれにしながらも、それでもそうこちらを安心させるように笑いかけてきてくれるなのは。
 埃にまみれていようが、彼女は本当に綺麗で……そして、やはり優しい。
 助けに来てくれた、漸くに理解したその事実に嬉しさと同時に安堵感が広がり、諦めかけていた絶望から救われたことで、水守の我慢は限界に達していた。
 それこそ次の瞬間、水守からなのはを抱きしめ返し彼女の服に顔を埋めて泣き出す始末だった。

「……ごめんね、助けに来るのが遅くなって。でももう安心だよ」

 偉いね、よく頑張ったよとまるで幼子に言い聞かせるように泣いている水守の頭を撫でながらそうやって安心させるなのは。
 結局、なのはに先を越され良い所を全部持っていかれる形になってしまったクーガーはそれこそどうしたものかと手持ち無沙汰で彼女たちを見守ることしか出来なかった。

 

 秩序を乱し、人を傷つけ、己の欲のままに振舞う男。
 ……だが、それだけではない。
 感じる、この男から何かを……。
 何故だ? 俺に平然と逆らう、俺の前に現れた初めての―――

「―――う! 劉鳳! 劉鳳ってば!」

 そう立て続けに呼ばれ、身を揺すられたことで彼―――劉鳳の意識は漸く夢から現実へと覚醒を果たした。
 勢い良く目を開ける。動悸が激しく、発汗している。
 これはいつもの……あの悪夢を見たことの証拠だと劉鳳は判断した。
 実際、見ていた夢の大半は思い出せる限りでも『あの男』のことばかりであったが、それでも目覚めの直前に見えたのは忘れもしない、出来るはずも無い六年前のあの光景だった。
 優しく美しかった母。そして幼少時、誰よりも共に長く時間を共有しあった友達であった愛犬。
 彼女たちだけではない……あの事件はよく仕えてくれていた屋敷の使用人たちも含め、近隣の無関係な多くの人々も命を落とした。
 ……そう、あの両手に雷を纏った正体不明のアルター……奴の手によって!

「……何があった?」

 だがその憎悪を再確認しながらも、今はそれだけに捕らわれている時でもないと判断した劉鳳は寝ていた上半身を起き上がらせながら、自分を起こしたシェリスへと状況を尋ねる。

「通信システムが回復したわ。それと……」

 シェリスの顔が曇る。それだけで良くない報せなのだろうと劉鳳は予想できた。

「……それと?」
「……エマージーが、倒されたそうよ」

 予想は出来ていたことだ。
 だが同じ組織に所属し、共に同じ理想と正義を目指した同僚がやられたというのだ、人付き合いを避け、エマージー当人ともそうあまり親しいわけでもなかった劉鳳でも思うところは色々とある。
 エマージー・マクスウェル、お前はお前の正義に殉じたのか?……だとするならば、よく戦った、後は俺に任せろ。
 敗れた同僚……被害の程度は分からないがアルター使いにとって自身のアルターを破られるということがどのような末路を辿るかはある程度予想できていただけに、エマージーもまたそうなっているのだろうと思った。
 彼の正義もまた己が引き継ごう、これまで敗れて離脱していった同胞たちと同様に。
 それを改めて胸中で誓いながら、劉鳳は黙祷のように閉じていた目を開け、座りなおして、「そうか」とだけ頷いた。
 そこにシェリスが自分の隣へと座り込んで尋ねて来る。

「……随分とうなされていたけど、どんな夢を見ていたの?」

 シェリスのその問いに、劉鳳は彼女の方を振り向かぬままその表情を鋭く、そして厳しくさせながらハッキリと告げた。

「―――敵の夢だ」

 思っても見なかった返答だったのだろう、それこそシェリスの顔は「え?」と驚いている。
 だが劉鳳は気にした様子も無く、ただ淡々と拳を強く握りこみそれに視線を落としながら続きを呟くのみ。

「俺の敵の夢だ。……恐らくエマージーもあの男に……ならば、やらなければならない―――この手で」

 そう呟きながら、劉鳳は握っていた拳を手刀の形へと変え、真っ直ぐに伸ばした。
 まるでそれを断罪の……これまで散っていった同胞たちのための弔いの剣へと変えるように。

「……あんまり先へ行かないで。追いかけるの、大変よ」

 それに対してシェリスが呟いたのは、どこか寂しさをも含んだそんな言葉だった。
 それもそうだろう、今だってシェリスにしては劉鳳は遠いのだ。
 今の気負う彼の姿は、彼女に益々それを遠ざかさせているかのようにも感じさせていた。

「俺は何処にも行かない。此処で……この大地で、俺は理想を追い求める」

 シェリスの言葉に応えるように、それが絶対のことだといった態度で劉鳳は呟いていた。
 そう、己の居場所は此処にしかない。そしてこの場所でなければ駄目だ。
 彼女たちが……母や絶影が愛し、共に暮らしたこの大地。
 この大地の上で、真の絶対的秩序を、誰もが幸せに安心して笑って暮らせるようになる……そんな平和な世界を作らねばならないのだ。

「……ホーリーとしての理想?」
「当然だ。だからこそ倒す必要がある」

 ホーリーの理想は劉鳳にとっても悲願であり理想。
 故にこそ、己の力と正義をただ無心に捧げ続けてきた。
 これからもそうある限り、劉鳳もまたホーリーと共にあり続ける。
 だからこそ―――

「―――あの男を」

 ―――カズマを倒さねばならないのだ。

 あの秩序を乱す、理性無き毒虫、社会不適格者の騒乱の原因。
 憎むべき―――悪を。
 倒さねばならない、この自らの手で。
 それを改めて、そして強く劉鳳は誓った。

 

「お、漸くお目覚めかよ」
 妙な夢を見ていた気がした。気がつけば君島が寝ていたこちらを覗きこむようにそんなことを言ってきた。
「知ってっか? お前、丸二日眠ってたんだぞ」
 君島が言ってきた言葉の意味……こうして眼が覚める以前の、そもそも眠り込んでしまった原因を思い出す。

 フラッシュバックのように駆け抜けるのは、ホーリーのアルター使いとの戦闘。
 自称無敵のヒーローだとかいう妙なロボット、それを相手に本土から来た高町なのはの仲間である赤いガキと一緒に戦い………。
 そう、シェルブリット・バースト―――新たに手に入れたこの力を引き出し奴を倒して………

「そうか……俺はホーリー野郎と戦って―――ッ!?」

 漸く思い出した記憶と共に、気絶する寸前にも感じた激痛が再び右腕へと走りカズマは呻きながら己が右腕を押さえる。
「……動かすなよ。相当酷いぜ」
 心配気に言ってくる君島のその言葉に対し、しかしカズマの方はと言えば、
「……見たのか?」
 隠し続けてきたものがバレたと言った表情で苦々しく問い直す。
「仕方ないだろう。……ほらよ」
 君島の方もこちらを治療する為には確認せざるを得なかったのだと態度で示しながら、カズマへと水の入った給水器を差し出してくる。
「食欲あるか?」
 君島の体調確認に対し、カズマは頷きながら差し出された水を受け取り飲み始める。
 暫く黙って水を飲み続けていたカズマだったが、それを飲み終わると共に再び言葉を発し始める。

「漸く、実感したぜ」
「何が?」
「俺がまだ生きてるってことがな」
「縁起でもねえこと言うんじゃねえよ」

 君島は不吉な物言いと捉えている様だが、カズマにしてみれば違う。
 痛みを感じ、渇きを覚え、飢えで腹を空かす。
 真にいつも通り、まさに生きてる人間が実感することだ。
 それを人並みに漸くカズマも抱き始めてきた。だからこそ、まだ己は生きていると実感できる。
 そして生きているからこそ……まだ、戦える。
 ある種当然のことだが、こうして実感できただけでカズマには十分だった。

「……なぁ、その腕なんなんだ? 教えろよ」

 やがて意を決したように君島はカズマに対して、そんな核心に迫る問いを発していた。
 君島がアレを目撃したのは都合三度目。
 一度目は、あのアルターの森で。
 二度目は、本土のアルター使い、高町なのはとの決戦の時に。
 そして三度目、先のエマージー・マクスウェルとの戦い。
 それらを目撃し、君島もカズマが今まで以上の巨大な力を手に入れたのだということは理解できた。
 実際、この目であの輝きを目撃し、君島自身すら希望で奮い立たされたほどだ。
 だがだからこそ、知りたかった。
 以前の自分が知らない、相棒が手に入れた新たな力。
 恐ろしく反動も強いのであろう、未知のその力の事を………。

「……コイツか? コイツは―――」

 カズマはその君島の問いに対し、己が拳を強く握りこみながら、それを真っ直ぐに前へと突き出す。
 そうして脳裏に過ぎるのは、ソレを手に入れたあの経緯―――

 

 アルターを進化されることが出来ると言い伝えられているアルターの森。
 新たな力を掴み取るため、カズマは相棒の君島の制止を振り切り、単独でその森へと侵入した。
 最奥を目指し、野生動物たちが放ってくる数多のアルター能力、それらを振り切り彼は遂に森の最深部にまで足を踏み込むことに成功した。
 そしてそこで待ち受けていたのが―――

 ―――両の腕に雷を宿した、正体不明のアルター。

 最初、ソイツが何者なのかはさっぱり分からなかった。否、今だってその正確な正体などハッキリしていない。
 だが以前に宿敵が……あの劉鳳が追い求めていた敵なのではないかと気づいただけだ。

 兎に角、ソイツは強かった。圧倒的と言って良いほどにカズマでは手も足も出なかった。
 正直、ボコボコにされてコイツには勝てないのかと諦めを一瞬でも抱きかけたほどだった。
 だが―――

『俺はやられに来たんじゃねえ……背負いに来たんだッ!』

 小せえ、そう……己が背負っているものなどあまりにも小さいものに過ぎなかった。
 だがそれでも、自分にとってソレは……投げ捨てるわけにはいかないほどに、他の何よりも重たいものだった。
 その重さをシッカリと思い出し、そして背負い直す。
 その覚悟を改めて抱き直し、カズマは強大な相手に特攻紛いの正面突破を仕掛けた。
 結果、カズマの拳は相手の身体を貫き、そのまま背骨を圧し折って抜き取った。
 だがそれすらも敵は瞬時に再生、瞬く間に手傷など皆無という状態にまで戻ってしまった。
 それこそ相手の驚異的な再生力には流石のカズマも驚愕していた。
 だが次の瞬間だった。

 握っていた戦利品―――相手の背骨が輝きだし、ソレを掴んでいたカズマの右腕をも包み込んでいく。
 正直、己に起こっている変化。流れ込んで来る何かなどサッパリ分からなかった。
 だが気がつけば、カズマの右腕はその輝きが納まるのと同時に変貌を遂げていた。

 ……そう、新たなシェルブリットの誕生であった。

 瞬間、理解した。
 何を理解したか……ソレはよく分からないが、兎に角、理解した。

 ―――遂に、手に入れた。

 その事実、流れ込んでくる際限なき力を感じ取り、それこそ歓喜の哄笑が上がった。
 そして沸き立つ新たな欲求。
 もっと、もっとだ! もっと―――

 ―――もっと輝けぇ!

 ただそれだけを渇望して、カズマは新たに手に入れたその力で眼前の敵へと殴りかかり―――


 結局、ソイツを倒しきることも出来ず、状況把握も出来ず曖昧なまま、気づけばアルターの森の外へと出ていた。
 それがカズマが新たな力……進化を果たしたシェルブリットを手に入れた経緯だった。


「……実はな、俺にも何だか良く分からねえんだ」
 脳裏に思い出したその経緯を改めて愉快に笑いながら、カズマは君島に対してそう告げた。
 そう、良く分からない。カズマ自身にだってあの出来事はサッパリ意味不明だった。
 だがそれがどうした? そんなこと、カズマにとってはそれこそ瑣末事に過ぎなかった。
 大事なのは、そんなところではない。そう、大事なのは―――

「ただこれだけは言える。このイカレタ腕のせいで、俺は馬鹿みたいに丸二日も眠ってて、その間にもホーリーのクソ野郎共がここいら辺をうろつき回ってるってことがなぁっ!」

 そう言いながら勢い良くカズマは立ち上がった。
 話は終わりだ、そろそろ次の行動に移ることとしよう。
 ゴタゴタと疑問を追及することや、過程を振り返ることなど今の自分には不要なことに過ぎない。
 ただ行動あるのみ、カズマの単純すぎる思考の中に存在するのはそれだけだった。

「おい、ちょっと待てよ!」

 君島もまたそんなカズマを追いかけて、慌てて立ち上がりながらそう言葉をかける。
 だがカズマは君島のそんな言葉にすら、

「待ってどうする?」

 そう切り捨てるのみ。
 待つ……カズマにとってこれ程NGな選択肢は存在しない、まさにそんな態度だった。

「良いのかよ、おい!?」

 そう言ってくる君島に、カズマは振り返り彼の胸倉を掴み上げながら睨みつけ口を開く。

「良い悪いの問題じゃねえ! やるかやらねえかだ!」
「……やるって何を!?」

 相変わらずのカズマの理不尽な言動に君島もまたヤケになったように怒鳴り返す。
 それに対し、カズマはニヤリと笑みを浮かべる。

「まずはかなみの所に戻る。そんで飯をたらふく喰ったら、ホーリーの奴らをギタギタにする! この腕で!……簡単だろう?」

 そう言いながら拳を強く握りこむのを見せ付けながら、獣のように獰猛に笑うカズマ。
 君島としては未だに戸惑っていたのだが、カズマの中では既にそれらは迷い無く実行する確定事項になっているようだ。
 掴んでいたこちらの胸倉を離し、軽くポンポンと叩きながら申し訳程度に整えた後、カズマは再び背を向けて歩みを進めだした。
 君島は呆然とその背中の大きさと遠さ、そしてまったくのブレの無さを見続けることしか出来なかった。

(……時折よ、お前が羨ましくてしょうがねえんだ。何でそんなに決められる? 何で迷わない?……期待しちまうだろう、俺もお前のようになれるかもしれないって……)

 嗚呼、俺はあの馬鹿のようになりたいのだな、そう改めて君島は実感した。
 この馬鹿で考え無しで、オマケに甲斐性無しのロクデナシ、挙句の果てにはクズ同然。
 そんな相棒に魅せられて……コイツのように強くありたいと願ってしまっている。
 俺もいつか、この馬鹿のようになれるのだろうか……?
 そんなことを考えていた時だった。耳に響くクラクションが鳴り響いているのに気づいた。

「君島ぁ、早く来い! 動かし方分かんねえよ」

 そう言って自分の車の前でこちらに早く来るように大声を上げている相棒。
「……ほんと、まったくさ」
 自然と君島の顔からは笑みが零れていた。
 今は相変わらずに、あの馬鹿の背中は遠い。追いかけようにも、追い続ける事だけで精一杯だ。
 だがいつか……そう、いつか必ず追いついて、並んでやる。
 あの馬鹿と本当の意味で対等で、相応しい相棒になるために。
 それを固く誓い直して、君島邦彦はカズマの元へと駆け出した。

 

「……私に、逃げ帰れというのですか?」
 連第三空港、本土とロストグラウンドを繋ぐ数少ない交通路の一つであるその場所で向かい合うように立つ三者。
 桐生水守、ストレイト・クーガー、そして高町なのは。
 水守を救出した後、三人は混乱に乗じて脱出、そして現在はクーガーが手配していた本土行きの便へと水守を乗せるために此処まで来ていたのだ。
 クーガーとなのはは水守の護衛を兼ねた見送りであり、そして現在はその前段階の説得をしなければならない真っ最中でもあった。

「他に貴女を護れる術を知りません。……それに、生きていれば何とかなる」
「……クーガーさんの言う通りだよ、水守さん。悔しいのは分かる、けど……今はそれでも貴女自身の身の安全が第一だよ」

 二人がかりの恩人たちからの説得。
 だが水守もまた本質的に芯の強い娘、恐ろしい目を経験した恐怖は未だに残っている。足手纏いにしかならないという自覚もある。
 けれどそれでも、この大地から一人逃げ帰るなどという選択はどうしても納得しかねていた。

「しかし―――」
「水守さん、貴女の戦いは決して終わったわけじゃないんだよ」

 尚も言い縋ろうとする水守の言葉を遮り、唐突になのはが言ってきた言葉に水守はそれこそ驚きの表情を見せる。
 それはクーガーもまた同じだった。彼にしても無理矢理にでも水守を飛行機に乗せなければならないのは同じだ、それをなのはがどう説得するのか興味はあった。

「……私の戦いは、終わってない?」
「そうだよ、水守さん。貴女の戦いはまだ全然終わってなんていない」

 ならば何故本土に逃げ帰れなどというのか、共にこの大地の上で戦わせてはくれないのか。
 訳が分からない、そんな感情を顕にする水守になのはは言葉を続ける。

「水守さんは水守さんにしか出来ない戦い方をするの。このロストグラウンドじゃなく、本土に戻って、貴女がこの大地で見てきた真実を本土の人々に伝えるんだよ」
「………それが、戦い?」
「そう、これは本土に居場所のある水守さんにしか出来ない、貴女だけの戦い方。それが貴女のこれからの戦い」

 そう言ってなのはは安心させるように水守へと笑みを浮かべ、告げる。

「貴女は本土から、私はこのロストグラウンドで、それぞれ自分の戦いをして行こう。大丈夫、戦い方も、戦う方法も違っても、同じ目的に向かって進み続けている限り、私たちは仲間……いつも、一緒だよ」

 そう言いながら、なのはは持っていた手荷物―――自分が纏めた水守の私物を彼女へと渡す。

「……コレが本土行きのチケットです。そろそろ時間もありませんし、お早めに」

 そう言って次にクーガーがチケットを水守へと手渡してくる。
 ソレらを受け取りながら、水守は二人を見つめながらこれだけは聞いておかなければと問いかけた。

「……貴方達は、罪に問われないのですか?」

 どう考えてもジグマールの意向に逆らった命令違反であり越権行為。
 最悪、反逆者として処分されてしまうのではないのかと申し訳なさと恐れが水守にはあった。
 だがそんな彼女の不安を払拭させるように、ただどちらも笑みを浮かべながら、

「誰も俺の速さを知覚など出来ません。安心してください」
「大丈夫、これくらいの事はしょちゅうやってるし、無茶して怒られるのには慣れてるから」

 そう両者共に水守の不安を否定してくる。

「でも―――」

 それでもという思いが水守にはあるようで食い下がろうとしてきた。だがそれを遮るようにクーガーが先んじて手を差し出してくる。
 別れの握手……それが意味するところがこの場に居る者達で分からない者はいなかった。

「お元気で。桐生―――」

 またいつものように、最後まで名前を間違えるのだろうかと水守はおろかなのはですら思った。
 しかし―――

「―――み・も・り、さん」

 間違ってないでしょう、そんな悪戯小僧のような笑みを浮かべながらクーガーは名前を呼んで来た。
 それが意図するところ、その意味を二人も理解した。

「ありがとうございます」

 水守もまた応えるように笑みを浮かべ、シッカリとクーガーと握手を交わした。
 そして次に、水守はその隣のなのはへと視線を向ける。
 なのはもまた、穏やかな笑みを向けながらその手をこちらへと差し出してくれていた。

 思えば、初めてこのロストグラウンドで手を交わしあったのは彼女だった。
 そして最後もまた、再び彼女と言うことになるのだろう。
 数奇な縁に運命に近いモノを感じながら、なのはの差し出す手を水守はシッカリと握った。

「高町さ―――」
「―――なのは」

 水守の言葉を遮るように、なのはが口を開いてきた意味が一瞬分からずに「え?」とそれこそ戸惑っていた。

「なのはでいいよ。皆……友達はそう呼んでくれるから」

 優しい笑みとその言葉の意味に水守は戸惑いながらも、やがて気づいた。そして気づいたからこそ、遠慮がちになのはへと問いかける。

「……私が、友達ですか?」
「うん、駄目かな? 私にとって水守さんは、この大地で出来た初めての友達の心算だったんだけど」

 迷惑かな、そう問うてくるなのはに対し、水守は慌てて首を振る。
 そんなことはない、むしろその逆だ。
 そう、むしろ―――

「―――ありがとう、ございます。なのはさん」

 ―――嬉しかった。


 友達。
 振り返れば桐生水守の人生において、それに本当の意味で該当する者は驚くほどに少なかった。
 本土でも有数の大財閥の令嬢。才色兼備の才媛。
 多くの者が水守を取り巻き、色々と関わってきた。だがそれもほぼ全てが上記のものを見て、それを求めてしか近付いてこなかった。
 誰も、桐生水守個人を見て友達となろうとしてくれる者などいなかった。
 そう、六年前のあの劉鳳以来、誰も………。

 そんな自分を、ただ足手纏いなだけで無力でしかない自分を。
 己の身の危険すら顧みず、無償の行動で助けてくれた彼女たち。
 彼女たちは自分を……ただの桐生水守として見てくれている。
 それは何よりも……水守にとって、ただ只管に嬉しかった。

 再び、こんなにも星が近い大地の上で。
 桐生水守は新たな友達を作ることが出来たのだ。

 

「俺は、ホーリーに入って文化的な生活をするようになってから気づいたことがあります」

 水守を乗せた本土行きの飛行機が飛び立っていくのを見つめながら、唐突にクーガーがそんなことを言ってくる。
 飛行機を見上げ並んで立っていたなのははクーガーの方へと振り向き、続きを聞く。

「確かに文化も社会的秩序も素晴らしい。……しかし人間は本来、争う生き物なのです。平穏を維持しようとすれば、歪みが生じる。彼女はその歪みを見てしまった……ただ、それだけです」

 彼女自身に問題があったわけでも、無論非があったわけでもなく。
 彼女もまた巻き込まれてしまっただけの犠牲者、クーガーはそう言いたいらしい。

「そしてなのかさん「“なのは”です」……失敬。兎に角、貴女もまた彼女と同様にそれを見てしまった。貴女はどうするんです? その歪みを前に立ち向かうのか、それとも―――」

 桐生水守がジグマールから告げられた真実。
 なのはもまたそれを既に水守から聞いている。正直、彼女の倫理観からしても、これは見逃せず、許しがたきこと。
 止めなければならない、そう改めて強くなのはは思ってもいた。
 だがだからこそ、その道を選ぶということがどういうことを意味しているのかも既に彼女自身も痛いほどに良く理解してもいた。
 つまりジグマールを、ホーリーを……否、その背後に存在する本土の企みを止めようというのならば―――

「茨の……いいえ、修羅の道かもしれません。彼女にはああ言ったとはいえ、別にそれから逃げ出しても貴女を責める者は多分いませんよ」
「……優しいですね、クーガーさんは」
「いえいえ、少しばかりお節介なだけですよ」

 そんな風に誤魔化してくるクーガーだが、無論なのはとて分かっていた。
 彼はつまり自分の事もまた心配してくれているのだ。だからこそ、問うているのだろう。
 その道を、選択肢を選んでも、後悔しない覚悟があるかどうかを………。

「クーガーさん、人は確かに争い合う生き物なのかもしれません」

 彼の言葉通り、元来人とはそんな生き物だ。
 時空管理局に所属し、戦い続けてきたなのは自身、それは良く分かっている。
 自分たちこそが正しい、無論そんなことなど絶対にありえない。
 星の数だけ人はいて、そして人の数だけ思いや信念、正義はある。
 それがこちらの目から見ればどれだけ非道に映るものでアレ、その当人が思い続けるならその当人にとってその行いは正義。
 かつて、最愛の娘を蘇らせる為に狂気へと堕ちたプレシア・テスタロッサ然り。
 最愛の主を護る為に、主が禁じた行いに手を染めてでも主を助けようとした守護騎士たち然り。
 或いは、無限の欲望に突き動かされ、新天地を求めた狂気の科学者と娘たちもまた同じだったのであろう。
 それらをなのははずっと考え続けてきた。

「ですが、争い合う生き物なのかもしれませんが……だからこそ、その後に手を取り合って分かりあうことも出来る生き物なんじゃないかなって私は思っています」

 母に愛してもらうのではなく、母を愛する事を自らで決め、一歩を踏み出した親友のように。
 主を護る為に戦い続け、誇りを取り戻した夜天の守護騎士たちのように。
 罪の在処を自覚し、それを償いながら自分たちの新しい道を模索し始めている機械仕掛けの少女たちのように。

 そして今も、自身の前に立ち塞がっている壁を打ち砕く為、戦い続けているのであろうあの少年とも。

 ―――きっと分かり合うことが出来る、そう信じていた。


「だからこそ、まずはその分かり合うための舞台になるべきこの大地を―――私は護ります。護る為に、戦います」

 その前に立ち塞がる壁の正体は、もう見えた。
 ならば迷わない、私は私のやり方で、私の戦いで壁を超える。
 ………それで良いんだよね、カズマ君。


「……強い女性だ」
 実に立派な決意だと、クーガーもまたそれを認めていた。
 懐かしい弟分を連想させるような、真っ直ぐな覚悟と決意。
 嗚呼、惜しい。もし桐生水守と出会っていなければ、彼女に惚れていたかもしれない。
 いや、自分は桐生水守に惚れているのだからそれ以外はそれ以上でも以下でもないなと思い直す。
 だからこそ、そんなものとは別にクーガーは彼女へとこの言葉を贈る。
 敬意を込めて。

「俺は貴女を尊敬しますよ。高町―――なのはさん」

 

「もっとスピード上げろよ、君島」
 速さが足りない、そう言わんばかりの文句を告げてくるカズマに君島は怒鳴り返す。
「これが精一杯だっての!」
 急かしてくる相棒の健気なアッシーと化しているこちらに対し文句ばかり言ってきやがってと君島は怒鳴り返す。
 だがそれにすらカズマは平然と、

「新車くらい買えよ?」

 ……そんな王様発言をしてくる始末だ。
 ワーオ、こいつ殴っても良いですかと割りと本気で君島が思ったのは此処だけの秘密だ。

「ついこの間までピカピカだったんだよッ!……思い出させんなよ」

 そう、あのホーリーに大敗北を喫する以前までなら、どれ程自分の羽振りは良かったことか。
 あの新車で、それこそあやせさんとドライブとしゃれ込みたかったというのに。
 思い出したら本気で悲しく、鬱になってきた。
 そんな時だった。助手席のカズマが再び右腕を押さえて呻きだしたのは。
「痛むのか?」
 心配気に訊いた君島のその言葉に対し、しかしカズマは次の瞬間それこそ平然とした態度へと戻りながら、

「あ? 何言ってんだ?」

 何処までも強がりで意地っ張り、弱みを見せようともしてこない。
 それが可笑しくて君島はつい笑ってしまっていた。
 馬鹿にされているのかとも思い、胡乱気に睨むカズマが口を開こうとした瞬間だった。

「……何だ?」
「やべえ! ホールドだ!」

 直ぐ近く、気づけばホールドのトレーラーが丘を挟んで併走していた。
 瞬間、カズマは何かが己の内を駆け抜けていくのを感じた。


「―――何だ?」
 それは彼―――劉鳳もまた同様だった。
 正体不明の違和感、それが自分の中を駆け抜けていった。
 いったいこの感覚は何だと戸惑いかけていたその時だった。
「八時方向に移動物体があるわ。……この大きさだと一般的な車両タイプだと思うけど」
 シェリスからの報告に劉鳳はまさかと脳裏に過ぎった可能性を検討しかけたその時だった。
「劉鳳、隊長から通信だ」
 瓜核からかかってきたその言葉に、優先順位が何なのかを思い直した。
「……分かった、回してくれ」


「どうするカズマ、離れてくけど……」
 交戦は避けきれない、君島もまたそう思っていたというのに何故かトレーラーはそのまま方向転換をしてこちらから離れて行く。
 あちらがこちらに気づかなかったのか、或いは交戦するよりも別の目的が出来たのか。
 どちらかは分からない。或いはどちらでもない別の理由なのかもしれない。
 だが兎に角、ホールドのトレーラーが離れていこうとしているのも事実だった。
 しかし向こうが逃げるからといって、こちらが……カズマが果たしてそれを見逃すとは思えない。
 追いかけてぶっ飛ばす、そう言いだすとばかり思っていたのに、

「無視だ無視! 今はかなみの所に戻るのが先だ」

 意外にもそんなことを言ってくるカズマにそれこそ君島は驚いた。
 ホーリーとの喧嘩よりも、かなみとの再会を優先するとはそれはまた―――

「おー、血の気が有り余ってるカズマ大先生が、そんな殊勝なことを言うなんて……雨どころの騒ぎじゃねえぞ、こりゃあ」

 珍しいこともあるものだとつくづく君島は思った。
 だがカズマはそれにからかわれたと感じたのだろう、「うるせえよッ!」と顔を顰めながら思い切り怒鳴ってきた。
 だが君島は滅多に見れないカズマのそんな可笑しさを楽しみながら、はいはいと適当に相手をして教えてやる。

「この丘を越えれば、もうすぐ愛しのかなみちゃんとの再会だ」

 そう言ってさっさと届けてやるかと思い直していた君島だったが………。
 次の瞬間、急ブレーキを踏み車を停めていた。

「……って……おい……」

 何だよ、コレ?
 それが眼前の光景を前に、車から思わず飛び出した二人が思った共通の思いだった。

 燃えていた。煙があちこちで上がり、建物や柵は破壊され、死んだ牛があちこちに転がっていた。
 どう見ても……只事ではない事態だった。
 そして何より、彼らにとって信じられないのは、この眼前の光景が広がっているこの場所が―――

「……おい、此処って……かなみちゃんが行ってる場所じゃあ………」

 震える君島の声が、カズマには何処か遠く響くだけであった。
 ただ呆然と信じられないように目を見開き、カズマたちは立ち竦む以外に道は無かった。

 

 次回予告

 第6話 君島邦彦

 馬鹿な男と吐き捨てて、クズな男と揶揄される。
 愚直な生き方否定され、道化は嗤いに包まれた。
 しかし見ろ、あれを見ろ。
 あれがカズマだ! 君島だ!
 そのクズ、その馬鹿、他には―――いない。

 

 

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最終更新:2009年04月17日 01:31