初めて会った時のアイツに対しての第一印象は……そう、どこか気に入らない、いや、胡散臭い奴とでも言うべきものだった。

『―――よぉ。アンタ、カズマだろ? 金さえ出しゃあ何だってやるっていうアルター使いの』

 急に馴れ馴れしく後ろから近付いてきたかと思えば、そんな気安い口調でアイツは俺に話しかけてきた。

『……誰だ、テメエは? 何で俺のこと知ってる?』

 当時、兄貴分として組んでいたあの野郎と別れて、一人になって勝って気ままに便利屋紛いのことをしていた俺は随分と荒れていた。
 血気盛んだった……若気の至りだとか粋がってるとか、他の連中は思っていたのだろうが、それが原因だったのだろう。随分と周りからは煙たがられていた。
 仕事に選り好みはせず、兎に角、第一に暴れられれば満足だった俺は誰と組んでも上手くかみ合うわけでもなく結局は上手くいかなかった。
 どいつもこいつも組んだところでまさに腰抜け、ハッキリ言って足手纏いでしかなくその癖プライドばかりが高いものだから、こっちが滅茶苦茶にやるから付いていけないんだとか言いがかりをつけてくる始末。
 別段それならそれでそんな腑抜けどもと仲良しこよしがやりたかったわけでもない俺は、そいつらとも手を切って自分一人で仕事をするというのが多くなっていった。
 誰と組むわけでもなく、勝手気ままに好きにやらせてもらう……別にそれで充分だったし、そこに孤独感なんて上等なものを感じるほど俺は腑抜けてもいない心算だった。
 一人が性にあっている、だから一人でやる、一人で生きていく。
 誰の為でもない、俺自身の人生なんだからそれで良いと思ってた。……それで充分だろうと満足している心算だった。

 ………だから、俺は別に一人で充分だったってのに、アイツは唐突に俺の前に現れた。

『それが俺の仕事なんでね』

 周りの煩わしさに振り回されず、好き勝手にやって荒みきっていた俺を利用しようとする輩はこれまで何人もいた。
 甘い言葉と誘惑で俺を釣り上げて上手いこと使おうとでも思っているのだろう、周りの連中にはそんな奴らしかいなかったし、それが当然の環境だったから別段ソレも珍しいことでもない。
 大方、コイツだってその一人だろうと当たり前のように俺は思っていた。

『やろうってのか!?』

 だが良い様に利用されるってのは気に喰わねえ。俺は俺の為に拳を振るっているんであり、その理由を下衆どもの私欲で汚されるのは我慢ならなかった。
 だからコイツもその手の輩だというのなら容赦なく殴り倒してやろう……そう思っていた。

『まぁ待てよ。喧嘩売りに来たわけじゃねえんだ。やばい橋だが良い稼ぎ口がある。……乗らないか?』
『知らねえ奴を信用できるかよ』

 如何にも俺みたいな手合いは扱いなれています、そんなすかした態度を取っているのは気に入らなかったが、仕事を持って来たと言ってきたので一応、話は聞いてやる心算ではあった。
 生きていくには先立つものが必要で、金というのは典型的な代表例だ。別に金に対して浅ましい執着を持っていたわけじゃない。ただ何処で生きていくにも金は必要であり稼ぐ必要もあった。
 それでも言い返した言葉通り、信用も置けないような相手の話に乗るかは別問題。
 当時の俺は振り返ってみても狂犬であり、周りは敵ばかりだと思っていたし一方的に噛み付きまわって自分の強さを誇示したいという欲求にも動かされていた。
 だからこそ、疎ましく思われ、敬遠され、そして逆恨みじみて狙ってくる敵なんてのもいた。
 もしかしたら眼前のコイツだってそんな輩の回し者とも限らない。
 だからこそ、俺はコイツを欠片も信用しようなんて思っちゃいなかった。

 だがそんな風に俺に明からさまに疑ってかかられてるのに対して、アイツは笑いながら平然とこんなことを言ってきた。

『アンタが仕事してる間、俺はスポンサーの人質になる。失敗すればアンタは金を、俺は命を失うってわけだ』

 いきなりそんな条件を告げてきたことにはそれこそ驚いた。勿論、直ぐに信じたわけではなかったが、それにしたってソイツにとってはある意味では俺以上に分の悪い危険な条件だったからだ。

『……何年もこんな仕事やってりゃあ勘で分かるのさ。アンタとは……組めるってな』

 そう笑いながら、本当にこちらを信じているとでも言わんばかりの顔で、アイツは当然のように俺にそんな事を言ってきた。

 

「テメエらぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 己が激情を破壊衝動へと変換しながらカズマは雄叫びを上げて拳を振るう。
 駐屯しているホールド部隊の陣営にとんぼ返りのように戻ってきて夜襲を仕掛けるカズマの中にある感情は負の想念に染め上げられたものだった。。
 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い――――ッ!
 よくも、よくも、よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくも――――ッ!

 ただ我武者羅に憎悪と憤怒、溢れ出る激情に身を任せ、目に映るものに手当たり次第に拳を振るい破壊して回るカズマ。
 怒りに狂う獣の猛威にホールドたちも必死の抵抗を見せるも、そんなもの歯牙にもかけない勢いでカズマはホールドたちを圧倒し、蹂躙していく。
 呻き声を上げのた打ち回る者がいようと、泣き叫び慈悲を懇願しようとする者が出てこようともはや知ったことではない。
 ……あぁ、知ったことであるはずがない!

「テメエらぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 もう止まれない。連中のそんなもので止まれるはずがない。
 だってコイツらは……コイツらは―――――ッ!

 脳裏に過ぎる相棒の残影。
 共に幾度も潜り抜けてきた数々の出来事。
 暴威を振るう最中にすら、ありありと鮮明にそれが蘇ってきて仕方が無い。
 だからこそ許せない。怒りが、憎しみが、それらを破壊衝動として相手へと叩き込めと己に言ってきてしょうがない。
 そして今のカズマにはそれを抑える術もなければ、最初から抑える心算だってありはしない。
 ただ我武者羅に、激情に身を任せ、思うがままの憎悪と憤怒を破壊という形に変えて振るうだけであった。

「ぶっ潰してやらぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!」

 そう、ただ今はそれだけを只管に……只管に行動することしか彼には出来なかった。

 

 アイツがヤバイ橋だと言って持ってきた仕事を、俺は結局請け負った。
 確かにそれなりにやばくスリルもあった。……が、別段問題もなく仕事自体は成功を収めた。
 ただ依頼人の下に目的の物を届けるのには少し遅れてしまったのだが………。

 そこで俺は、物を届けに依頼人の指定した場所まで行き、またアイツと出会い―――愕然とした。

『……よ、よぉ。遅かったな………』
『なっ……お前、本気だったのかよ?』

 俺が約束の時間に遅れたせいだったのだろう。アイツは依頼人たちから暴行を受けたのか、ボコボコにされて床の上に転がっていた。
 コイツがそんな姿になっている罪悪感以前に、コイツが俺に告げてきた条件とやらが本当だったのかという事の方が驚きだった。
 だってそうだろう? 此処は他でもないロストグラウンド……生き残る為ならば他者を食い物にして手段は選ばない、そんなどうしようもないような人間のクズたちが吹き溜まった無法の大地だ。
 そんな中で、金を手に入れるためとはいえ本当に見ず知らずの相手を信じて自分の命を懸けようとする馬鹿が居るなんて………。
 クーガーと別れて以降、基本的に裏切り上等の人生ばかりで他人を信じるなんざ馬鹿を見るだけだと思っていた俺の価値観にアイツは強い衝撃を与えた。

『……俺には……これしか……ない…ん…でな……』

 みっともなく顔を腫らしたどたどしい口調でそんな事を誇らしげに言いながら、アイツは気を失った。
 実に無様でみっともない、そんな馬鹿野郎のはずなのに……不思議と、俺はそんなアイツを嫌いにはなれなかった。
 むしろ、その馬鹿みたいな所を気に入って、だからこそ一緒に仕事を組むようになったんだと思う。
 不思議とクーガー以外とは誰と組もうがウマが合わなかった筈の俺にとって……アイツは不思議とウマが合うそんな例外だった。

 助けてやったことも、逆に助けられたことも何度もある。
 時には喧嘩し、殴り飛ばして絶縁叩きつけてやろうかと思ったことだってある。
 けれどやはり……最終的にはアイツと組むのが一番居心地が良くて、安心できた。

 そう、俺―――“シェルブリット”のカズマにとって、アイツ―――君島邦彦はいつの間にか掛け替えのない大切な相棒であり、親友となっていたのだ。

 

 由詑かなみは泣き続ける。泣き続けることしか出来ない。
 そんな自分をたとえようもなく無力だと思うし、嫌いにもなるが、それでも他に出来る事も何もない。
 カズマは行ってしまった。自分と……そしてもう二度と目を覚まさない彼を残して。

 どうしても、どうしても取り返してこなければならないものがある。

 そう告げて、直ぐに戻ってくるから待っていろと、まるであの時の君島のように行ってしまった。
 止める術はなかったし。止めることも出来なかっただろう。
 ただ喪失の怒りに震えていた彼の背中がかなみには無性に悲しく映っていた。

 

「……返してもらう。……コイツだけは……コイツだけはなぁ――――ッ!!」

 そうして、あらかた破壊の限りを尽くしたカズマが最後に行き着いたのはソレだった。
 コイツだけは……コイツだけは、ホールドなんかに持って行かせはしない。
 奪い返すその為に、此処までやって来てそしてその目的は果たされた。
 だが本当に取り戻したかったものは……もう、二度と取り戻せない。
 だって君島は……もう、目覚めないのだから。

 畜生ッ、歯噛みして歪む視界を吹っ切りながらカズマは本当に彼を失ってしまったのだということをソレ―――取り戻した君島の愛車を見て実感する。

『新車くらい買えよ?』
『ついこの間までピカピカだったんだよッ!……思い出させんなよ』

 つい数時間前まで、そんな事をそう言えば話していた事をカズマは思い返す。
 馬鹿野郎……死んじまったら新車だって買えないだろうが。
 馬鹿だ、本当に大馬鹿野郎だと自分を置いて、騙して先に逝っちまいやがった相棒へとカズマは悲しみを抱き始めていた。
 涙は既に視界を覆いつくさんばかりに溢れている。……けれど、泣けない。泣くわけにはいかない。
 涙は弱さだ、泣くという事は現実に敗北し、それを認めて受け入れる行為でしかない。
 そんな己の自論を曲げられないカズマは、だからこそ泣いたって意味が無いと分かっているから泣くことも出来なかった。
 だから―――

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」

 ―――だから、代わりに吼えた。吼え続けた。
 泣けないから、その代わりに無理矢理にでもこの想いにピリオドを付けるために。
 ただ只管に、滑稽に、無様に。
 背負ったはずのものを失ってしまった獣の咆哮は、今宵の星空の下、高らかな慟哭となって響き続けていた。

 

魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed
第7話 ロストグラウンド

 

「……とりあえず暫くの間は自室で謹慎、ねぇ」
 正式な沙汰が降りるまではそうしておけ、というのが帰還したヴィータに下された処罰だった。
「……てっきりミッドに強制送還されるなり、軍法会議でも待っていると思ってたんだがな」
 むしろそうならない方がおかしくはないかと彼女自身が強く思っていた。
 理由と過程はどうであれ、自分が犯した違反は決して軽いものではない。
 同盟関係にある組織の隊員を犯罪者と協力(ヴィータ自身にその気は欠片もなかったが)し再起不能にして、その犯罪者も見逃した。
 普通に考えてみても、どんな組織であろうが許されていいものではない。

「……すまねえ、なのは。お前にも迷惑かけちまったな」

 謹慎していたヴィータの自室に彼女を訪ねてきた高町なのはへとヴィータは素直にそう謝って頭を下げた。
 恐らくこの事は既にはやての方にまでも報せが届いているだろう……彼女がこの報せを聞いてどう思っただろうか。
 主だけではない。同胞たる他の騎士達とて同様に気になる。
 シグナムは軽率な己の行動に怒り狂っているかもしれない。
 シャマルはその優しさで自分がどうなっているか心配しているのかもしれない。
 ザフィーラは……シグナム同様に怒っているのか或いは呆れているのかもしれない。
 どちらにしろ、皆に迷惑をかけることになってしまった。この事実だけは決して覆らないし消えることもない。
 そしてヴィータ自身もまたこの現実からは逃げられない。逃げてはならない。

「今はやてちゃんが必死に駆け回って何とかしてもらえるよう取り合ってもらってるよ。だから心配しないで、ヴィータちゃん」

 力なく項垂れるヴィータの姿を見て、彼女を励ますようになのはは必死にそう言葉をかける。
 事実、身内の不始末であろうとかけがえのない家族であるヴィータをはやてが見捨てるはずがない。方々に連絡を取り、色々な関係者に頭を下げて回ってお願いしながら、ヴィータを必死になって助けようとしてくれている。
 なのはとて同じように手伝えるならば手伝いたかった。はやてに何か自分に出来る事はないのかとも尋ねても、

「なのはちゃんはヴィータや他の皆の事を頼むわ。……安心してええって、責任者は責任取るためにおるんやし、ましてや私は家長やで? コネだ何だってケチつけられようが関係ない……私は家族も仲間も見捨てたりせえへん。絶対や」

 これは私の戦いだから、そう気丈に笑う姿をモニター越しに見せていたはやてだったが、休む間もなく動き回っていたのは明らかであり、隠していても相当な疲労を溜めていたのはありありと分かった。
 それでもヴィータは見捨てない、絶対に何が何でも助ける……そうはやては告げていたし、それを決して諦めはしないだろう。
 或いは、上を目指す彼女のキャリアに致命的な汚点が残るかもしれないというのに彼女はそれに厭う素振りは微塵も見せなかった。
 それだけ……八神はやてにとってヴィータとはかけがえのない存在だったのだ。

「今ははやてちゃんを信じよう……大丈夫、きっと何とかなるって」

 そう励ます一方で、なのははヴィータが再起不能にしてしまったエマージーに関しても申し訳なくは思っていた。
 取り返しの付かない、許されないことだとは分かっている。……けれど、それでも今はヴィータが大事だった。

「大丈夫、私がヴィータちゃんを……皆を護るから」

 偽善であることは承知の上でも、それでもこれだけは譲れないことだとなのははヴィータへと……否、この現実へと決意して告げていた。

「……お前はあたしが護るって決めてたんだけどなぁ……けど、今はあたしの事はいいよ。どんな罰であれ受け入れる覚悟があたしにはある。……だけど、スバルの方が今は心配だよ」

 あいつエマージーの姿見て大分まいってたからなぁ、そう心配気に呟いているヴィータの姿を見て別の意味でなのはの顔は曇っていた。
 話題の人物……スバル・ナカジマが現在消息不明だという事実についてだ。
 ヴィータは知らないし、彼女に何がしかの責任感や心労を背負わせたくはないという配慮から黙っているが、ヴィータが帰還に付いた直後からスバルは無断で部隊から離れて姿を消していた。
 丁度、例の放送が行われ混乱していた最中のことである、ドサクサに紛れて逃走を計ったのではなかろうかなどという噂まで立ち始めている。
 連絡を取ろうにも応答にも応えてくれない……彼女の強さは知っているが何かがあったのは間違いないと思いなのはは酷く心配していた。

 揺れるな、そう己に必死に言いきかせようとは思っているもののそれも完全には上手くいっていない。
 マーティン・ジグマールほどの揺るぎなさを未だ体得していないなのはにはこれがまだ限界だった。
 それ故に、己の無力感に必要以上に歯痒さも感じてしまう。
 今、機動六課が揺れていることは間違いのない事実だ。ヴィータのこと、スバルのことだけではない。なのは自身のことだってある。
 それでも……それでも負けない。乗り越えてみせる、今までずっとそうしてきたように自分たちの不屈の信念は未だ折れてなどいない。
 そう、言いきかせているというのに………

 ……何故だろう、やはり嫌な予感がして仕方がなかった。
 何かが、大きな、取り返しの付かないような何かが起ころうとしている。
 ざわめく己の胸中と嫌な予感をありありと感じながら、それでも出来る事をするために高町なのはは動き始めた。

 

「ネイティブアルターの捜索は後回しにして、人命優先で行動してちょうだい! C班とD班は他に怪我人が居ないか辺りを捜索して!」

 気丈に指揮を飛ばすシェリス・アジャーニの言葉が破壊の跡地で響く。
 劉鳳たちが合流するその前に、先駆けていたホールド部隊は壊滅状態へと陥らされていた。
 あのネイティブアルター……“シェルブリット”のカズマによってだ。

「ナカジマの探索などに時間を費やされていなければ、こんな事態になる前に間に合ったかもしれんというのに」

 苛立たしげにそう歯噛みするように呟く劉鳳に、聞き咎めた瓜核が「おい」と言葉をかけて咎める。
 丁度、救助作業を手伝っていたエリオとキャロが近くを通りかかっていた最中であった。
 彼の声が聞こえたのだろう、申し訳なさげな表情で俯くエリオとキャロを瓜核は痛ましげな表情でどう言葉をかけたら良いかを迷う。

「エリオ、キャロ、こっちに怪我人がいるの! 応急処置を手伝って!」

 そんな最中、呼びつけるように声を上げたのは彼らと共に自分たちの元へと派遣された最後の一人であるティアナ・ランスターだった。
 ティアナに呼ばれエリオとキャロも慌ててそちらへと駆け寄っていく。
 走っていくその小さな背を見送りながら、瓜核は今は忙しさでそれを紛らわせた方がいいのだろうと納得した。

「……にしてもだ、劉鳳。お前言い過ぎだぞ」
「事実を言ったまでだ」
「……だからってなぁ、もっと言い方ってもんがあるだろうが」

 頑なで悪びれた様子もない劉鳳の態度に若干の苛立ちを感じながら瓜核が咎めるも、彼はやはりにべもない態度を崩そうともしない。
 確かに、劉鳳の言い分とて半分は尤もだと瓜核だって思わないわけではない。スバルが勝手に部隊から消えてしまったせいで混乱し、動きの鈍った自分たちが間に合わなかったのは事実だからだ。
 信じていたというのに、これ以上疑われるような行動に出たスバルに瓜核とて文句は色々とある。

「だけどなぁ、エリオとキャロの年齢をちっとは考えてやれよ」

 どちらもアルター能力者としては申し分のない高い素質を誇っている。だがどちらも年端もいかぬ子供であるという事実は変わらない。
 それにエマージーの一件から端を発するこの事態に、仲間であるスバルの事を誰よりも心配しているであろう者たちは彼らだ。
 それを考えれば、瓜核はやはりエリオたちには同情する立場に立たざるを得なかった。

 だがそんな瓜核の気遣いに対しても劉鳳は、

「逃げるということは後ろめたい何かがあったということだ。そして理由はどうであれ仲間が起こした不始末の責任を取るのもまた仲間の責務でもある」

 故に、逃げ出したスバルとティアナたちは同罪だとでも言わんばかりの態度だった。
 幾らなんでも視野狭窄過ぎる劉鳳の態度を瓜核は訝しる。シェリス共々に劉鳳とはチームを組んで長いが、以前はこんな奴ではなかったはずだ。
 今の劉鳳はおかしい、そう正直に瓜核は思った。何か無理矢理に感情を押し殺そうとして、見たくないものを見ないようにするような、強引な何かが彼には垣間見える。
 いったい劉鳳はどうしたというのだろうか。そう思っていた瓜核へと劉鳳は告げてきた。

「この光景を見ろ、瓜核。此処に何がある?」

 そう言って促がす劉鳳の、そして瓜核も見るその目に映るのはただただ破壊の跡のみ。
 酷い光景だ、それは確かに正直に瓜核だって感じていたことだった。

「主義も主張も必然も何一つ感じられない。これは……ただの破壊だッ!」

 その事実を許せない、そう劉鳳は宿敵が生み出した惨劇跡を見ながら激怒も顕にする。

「許さん! 俺は憎む……この行動を」

 故に、この行動を起こした悪を処断する。
 そう言って劉鳳はこの惨状に背を向けて歩き出した。
 目的地は決まっている。あの男……カズマの元へと向かうのだ。
 瓜核は自身の西瓜の束を慌てて担ぎ直しながらその後を追いかける。
 今の劉鳳一人を行動させると何を仕出かすか分からない、不安定な危うさがあったのは一つ。
 もう一つは………

「……それに、女子供を巻き込むわけにもいかんだろう」

 チラリとシェリス、ティアナ、エリオ、キャロの姿を見ながら瓜核はそう告げた。
 持っていた西瓜を投げる。宙へと飛んだ西瓜から虹色の粒子―――アルター発動の光が発生する。
 イーリャンによってカズマの居所は既に割れている。だからこそ、これから自分の能力を使ってそこまで飛ぶ―――劉鳳を連れて。
 男たちは因縁の決着を付けるために、女子供を置いて動き始めた。


 だが、彼らは知らない。
 主義も主張も必然も何一つありはしないと劉鳳が評したこの破壊。
 これが、泣けない獣が友の仇討ちの為に行ったことであるということ。
 彼もまたかけがえのない大切なものを失ってしまい、暴走しているのだということを。
 彼らは知らなかった。

 

「……どうだ、やっぱ自分の車が一番乗り心地が良いんじゃねえのか?」

 驚くほどに己の声が穏やかに響いていることを、カズマは気づいているのだろうかと由詑かなみはその姿を見ながら思う。
 カズマとかなみが暮らしている廃墟となった診療所、かなみはその入り口の前の石段に座り。
 その診療所の前に止まった君島の愛車の助手席へとカズマは座っていた。
 ……勿論、その隣、この車の運転席に座っているのはたった一人だ。
 君島邦彦……もう二度と物言わぬ、目覚めることないカズマのたった一人の相棒。

「……まぁそれとな、奴らをボコっといた。……別に敵討ちってわけじゃねえけどな」

 そうは言いながらも、抑えきれない怒りがあったからそうしたのも事実。
 奴らが許せなかった……いいや、今だって許せないそれは変わらない。

「お蔭でまた傷が広がっちまった。……かなり痛えよ」

 痛え痛え、そう右拳を擦りながら呟くカズマ。
 だが本当は……もっと別の、拳以外の何かが痛んでいた。
 それが何か、分かっているのか、それとも分かっていても分かっていないように誤魔化しているのか。
 どちらにせよ、そのカズマの姿が痛々しく見えてかなみには涙が溢れるのを抑えられそうになかった。
 ただ辛い、今のカズマの姿を見ることがかなみには堪らなく辛かった。

「……こいつは車の回収代として貰っとく。……ふ、出血大サービスって奴だ」

 感謝しろよ、そう言う様にカズマは君島の銃を手に取り眺めながら、次に隣の君島へと視線を向ける。
 君島は応えない、応えるわけがない。だってコイツは今穏やかに眠っているのだ。二度と目覚めない……そんな眠りであるだけだ。
 良い夢見てるか、君島? そんな思いが湧き出てくるもこれも無粋かとカズマは珍しく思い直す。
 今までの現実がノンストップの波乱万丈だったのだ。……だから、もう休んでいる今くらいはきっと穏やかな夢を見ているはずだ。
 いいや、きっと穏やかな夢を見ている。そうカズマは思うことにした。

 お前は充分に頑張った。かなみから話は聞いた……随分とかっこ良く意地を見せたらしいじゃねえか。色々と庇ってくれたんだってな……ありがとよ。
 その事も、そしてこれまでの事も、まるで走馬灯のように相棒との歴史を思い返しながらカズマはその思い出の一つ一つを、深く胸に刻み込んだ。
 忘れえぬよう、色褪せることなきように、鮮明に刻み付けた。
 俺はコイツの相棒で、コイツが俺の相棒だった。
 “シェルブリット”のカズマにとってのかけがえのない相棒にしてダチである君島邦彦という男を、深く刻み付ける。
 眠る君島の横顔を見つめながら、焼き付けるようにその顔を見据えた後。
 カズマは一度目を瞑り、ゆっくりと息を吐いた。
 そして未練を断ち切るように、ここで無様に立ち止まらないように。
 相棒に恥じない男で在り続ける為に―――


「―――じゃあな、君島」

 ―――別れの言葉を告げ、彼の車から降りた。


 ……お前とつるめて、最高に楽しかったぜ。
 最後に胸中でのみ、そう告げながら………。

 

 そうして相棒に最後の別れを告げて車を降りたカズマは、しかしその傍らから動くこともなく、車に凭れかかりながらただ静かに君島の銃を撫で続けていた。
 痛ましい姿……やはりかなみにはそのカズマの姿をそう見ることしか出来ず、だからこそ目から涙が溢れ、流れ続けていた。

「……泣くなよ、かなみ。そんなことをしても何の意味もねえ」

 ポツリとただ静かにカズマはやがて口を開いたかと思えばそんなことを言ってきた。

「……カズくんは、悲しくないの?」

 この場で誰よりも悲しく、泣いてもいいはずの人間はカズマだ。
 かなみはそれを良く知っている。時折に嫉妬すらも抱いたほどに仲の良かった親友同士だ。その姿を自分は誰よりも近くでありありと見続けてきた。
 だからこそカズマの抱いているはずの悲しみは、自分なんかよりも余程大きくて重いはずなのだ。
 なのに、カズマは決してかなみの前では涙を見せようともしない。
 気丈さとも違う、他のもっと悲しい別の理由でカズマは泣くことが出来ないのだとかなみは思っていた。

「……慣れちまった。痛えのも、裏切りも、別れも……」

 もう慣れた、そんな風にまるで達観したかのように言葉を紡ぐカズマの姿をこれ以上かなみは見ていたくなかった。

「嘘ッ! カズくんは悲しいよ! 凄く悲しいよ!」

 だからそれを否定するように叫び、カズマの元へと駆け寄りながらかなみは涙と共にその言葉を告げる。

「わたし泣くから、カズくんの分まで泣くから!」

 それくらいしか自分には出来ない。彼を癒すことも、支えることすらも無理。
 ただ無力な子供でしかない己を由詑かなみはこの時ほど口惜しいと感じたこともなかった。
 だから、これしかできない……これしかできないから、優しい少女は泣き続ける。
 泣こうとも泣くこともできない、憐れな獣の代わりになって。
 少女は、ただ涙を流し続ける。

「……泣くんじゃねえ」
「でも!……わたし他に何も出来ない……」
「…………」
「ごめんね……わたし……何も知らなくて……」

 悪くもないのに謝り続けるかなみの姿、カズマとてそんなものは見たくなかった。
 改めて思う、全てを台無しにされたと。
 相棒を殺され、少女には黙っているはずの真実を知られ、余計な悲しみや重荷まで背負わせてしまった。
 ……失った、全て失ってしまった。
 背負うものも、ダチも……全て奪われて、失った。
 喪失の悲しみや痛み以上に、やはり怒りが湧き上がってくるのは仕方がないことなのだろう。
 だがそれを今はカズマは必死に押さえ込む。
 此処には穏やかに眠っている君島がいる。優しく泣いてくれているかなみがいる。
 ……彼女が未だ『カズくん』と呼んでくれる己に、自分でも思っている以上に執着があったことに気づきカズマは驚きながら、やがて口を開いた。

「……言わなかったからな」
「……どうして?」
「……さぁな」
「もしかして、わたしの為?……カズくんと一緒に居たらわたしが虐められるからって!?」
「……考え過ぎだ」
「でも―――」
「―――メソメソ泣いてても何も始まらねえんだ」

 そう、全ては自分で決めたこと。言わないと、真実は教えないと決めてかなみとは接してきた。
 “シェルブリット”のカズマではなく、カズくんで居ることが思った以上に自分にとっても居心地が良かったから。
 そこにもう少しだけ浸っていたいから……今考えれば、そんな甘すぎる未練がこんな状況を招いてしまったのかもしれない。
 もっと早くに気づいておくべきだったのかもしれない。
 夢物語は夢物語でしかなく、永遠にそんなものは続きはしない。
 ……否、そもそも永遠などというモノがこの世には存在しないのだ。
 君島を失って漸く、痛い経験と共にそれを思い出した。
 だから……かなみ……

 ―――お前とも、そろそろお別れだ。


 そんな時だった。直ぐ近くで聞こえてきた聞きなれた車両の駆動音。
 視線を向ければ丘の向こう側辺りをホールドのトレーラーや装甲車が大量に移動している最中のようだった。
 丁度良かった、そうカズマは思った。
 タイミングもピッタリであり、何よりも良い機会だ。
 そろそろ暴れたくて性がないと思っていたところだし、かなみとこれ以上居るわけにもいかない。
 だからこそ、カズマはわざわざ現れてくれた獲物たちに怒りと共に感謝の念を同時に抱きながら彼らへと向かって進みだす。

「―――カズくんッ!?」

 背後から呼び止めるようにそう叫んでくるかなみに、カズマは早くもアルターを発動させながら、

「その呼び方はやめろッ!」

 遮るようにそう叫んだ。
 かなみの方へは振り返らない。そして戻ることもないだろう。
 何故なら自分はもう……立ち止まれない。
 由詑かなみが慕い、己もまたその在り方を気に入っていた『カズくん』はもはや何処にも居ないのだ。
 君島邦彦が死んでしまった時に、そんな背負うものも護りきれない弱者は共に死んだ。
 だから、此処に居るのはそんな奴じゃない。
 ただ激情に身を焦がし、暴れることしか能のない無様な餓えた獣。
 そう―――

「俺は金さえ貰えば何だってやるアルター使い―――“シェルブリット”のカズマだッ!」

 

「……とりあえず、スバルさんは落ち着いたようですね」
「……ええ、何とか」
 橘あすかのその言葉に頷きながらも、それでも桐生水守がチラリとスバル・ナカジマへと向ける視線は心配気なものであった。
 一晩中泣き続け、漸くにそれも治まった様子のスバルではあるが、今度は逆に無気力そのものと言っても良いくらい力無い様子で悄然としている。
 まるで何もかもを、拠り所となる心の支えを失ったような不安定なその姿は、彼女が馬鹿なことに走らないかどうか思わず心配してしまうほどに危うく水守には映っていた。
 それは橘もまた同じだったようであり、先の言葉を発しながらもやはりスバルを見るその目は心配に満ちたものであるようだった。

「……それにしても、彼女が異世界の魔法使いとは……本当なんですか?」
『はい、元々我々はとある任務の為に身分を偽りこの世界へとやって来たのです』
「彼女たちの上司である高町なのはさんからも、私は同じ説明を受けています。だからこの話は本当だと信じていいかと」

 マッハキャリバーの説明に対して補足するように続ける水守の言葉に橘は本当に信じても良いのかと疑念を未だ完全には拭い去れてはいないようだ。
 だが無理も無い。こんな荒唐無稽な話をいきなり信じろと言われる方が困るというのも確かだ。水守とてなのはの話を最初に聞いた時はそうだったのだから良く分かる。

「……分かりました。完全に納得するにはまだ時間が掛かるでしょうが、そういう風なものだと理解はすることにします」

 やがて橘が妥協するようにそう言ってきた言葉に水守とマッハキャリバーはホッと安堵の息を吐いた。
 とりあえず前提条件である知識を橘も得た……だが同時に、それは彼にとっても後戻りは出来ない事態へと足を踏み入れたことにもなる。
 だがその点に関して橘は、

「僕もこの大地に住むネイティブアルターの一人です。カズマやホーリーとも関わりがありますし、今更知らぬ存ぜぬで見過ごせる状況でもないでしょうしね」

 そう言ってきてくれたことには水守は申し訳なさと同時に、心強くも感じたのは事実だった。

「……それで、もう一度状況を整理しようと思いますが」

 橘の言ってきた言葉に水守もマッハキャリバーもそれに応じる。
 一晩経って時間の経過と共に個々が持つ情報の交換が行われていたが、全員にとってそれは莫大であり複雑な量でもあったため一度整理する必要があると感じた為だ。


 スバルと合流直後の橘と水守は泣き崩れる彼女の姿から只事でない事態が起こった事を察した。
 けれど精神的に不安定な状況のスバルに何があったのかを問いかけたところで、情報など得られるわけが無いことは目に見えている。だからこそ、どうしたものかと迷っていた。
 そんな時である。息詰まった彼らに助け舟を出すように声を発してきたのがスバルのデバイス―――マッハキャリバーだった。
 マッハキャリバーはスバルを通じて二人と直接的交流は無くともその人物性が決して悪人では無い事を知っていた。
 だからこそ相棒の保護を求める為に規則を破る覚悟で沈黙を破り彼らへと声をかけた。
 だが当然ながらいきなりアクセサリーが喋りだしたことに二人は大いに驚き、混乱した。まぁこれも仕方ないだろう、魔法知識や技術の無い他世界の人間が己のようなデバイスを見てもさぞ珍妙にそういった反応を見せるのはある種当然のことでもある。
 だがマッハキャリバーにとって幸運だったのは、この場で語りかけた二人のうちの一人―――桐生水守が高町なのはとの交流を通して魔法という存在については僅かばかりでも知っていたことだった。
 元より才媛の呼び名も高い水守の頭脳はかなり優秀でもあった。故に、マッハキャリバーが行う基礎知識的な説明を見る見るうちに理解してくれたことは話を進めていく上で大いに助かった。
 その間、橘あすかは話に付いて行けず置いてけぼりにされていたことは言うまでも無いだろう。
 兎に角、デバイスや魔導師という存在について基本的な部分を理解できた彼らに次にマッハキャリバーはこの現状について説明を始めた。

 ホーリー部隊隊長マーティン・ジグマールの特命を受け、同行者たちと任務へと向かったこと。
 その特命の最中でホーリー隊員であるエマージー・マクスフェルと任務の遂行上で揉めてしまったこと。
 インナーを助ける為にカズマの相棒である君島邦彦と協力したこと。
 エマージーを再起不能にしてしまい、任務放棄の責任も合わせて処罰が下されるまで本隊と合流し待機していたこと。
 そして先のカズマに関する報道を見て、本隊を抜け出し彼らを助ける為に向かったこと。
 ……そして、最後にもう一度出会った恩人との協力と、吐いてしまった嘘のこと。

 マッハキャリバーはこれらの経緯を包み隠さずに二人へと説明し、傷心の精神不安定な状況である相棒の保護を懇願した。
 それら告げられた事実に対し、二人も大きく驚き戸惑ったのは事実だ。
 しかしその話を聞いた以上、否、そんな話を聞かなくとも今のスバルを見捨てられるほどにどちらも人でなしではない。進んで二人はスバルを保護した。
 そして日が暮れた一晩、水守が付きっ切りでスバルをどうにか慰められはしないかと話を聞いたり、色々とこちらからも慰めるような事も言った。
 だがやはり一番有効だったのは時間の経過だろう。夜も明ける頃にはあれだけ精神的にボロボロだったスバルも何とか落ち着いてきた。……尤も、あまり予断を許さぬ状況であるのは変わらないのだが。

『……すみません、ミス水守。貴女方も先を急いでいる最中だというのに、我々の都合で足止めをしてしまい……』
「良いんですよ。困った時はお互い様です。……それに、私も貴女達の上官に助けられもしましたから」

 申し訳無さそうにそう告げてきたマッハキャリバーに、水守は穏やかに首を振りながらそう告げた。
 そう、彼女の上司である高町なのはにはそれこそ返しきれないほどの恩を受けている。友達の大事な部下である彼女に少しでも自分が役に立てるならこれも少しは恩返しになるはずだと水守は信じていた。

「……そう言えば、まだ桐生さんの事情を聞いていませんでしたね」

 スバルの件を含めゴタゴタで聞き逃していたが、現状における水守の立ち位置とてまだ不鮮明である。
 彼女を保護し、こうして同行している立場としてもそちらも話して欲しいと橘は水守へと告げる。
 水守は橘の当然と言えば当然の要求に対し、それでも躊躇いがあったのは事実だ。果たして彼を……否、彼だけではない。このマッハキャリバーにも教えれば、それはそのままスバルにも教えることになる。既になのはへと自分が知った真実は告げているとはいえ、果たして本当に彼らまで巻き込んで良いものなのか。

『……話して貰えませんか、ミス水守』

 迷う水守に対し、穏やかにそう告げてきたのはマッハキャリバーだった。
 それには水守は勿論橘だって驚きもしていた。
 基本的に思考を形成できようが自分は機械である、最初にそんな風に説明してきた彼女(?)であるというのに、その様子はどうにも人間臭い。

『わたしと相棒は誓い合った目的があります。……今回の一件は、相棒にとっても辛いことになりましたが、それでもわたしは相棒がまた立ち上がってくれることを信じています。
 だからこそ、相棒とわたしの誓いのためにも……もう二度と、嘘で傷つかない為にも、あなたが知っている真実というのを我々に教えてください』

 その真実を隠す欺瞞の壁を打ち砕く為に。
 もう二度と、こんな悲しい嘘で塗り固められた悲劇で誰かが傷つかないように。
 マッハキャリバーはきっとスバルならばもう一度立ち上がってそれに立ち向かい―――そして打ち勝ってくれるであろう事を信じていた。
 だからこそ求める。その打ち砕くべき欺瞞の壁の正体を。

 マッハキャリバーのその言葉、そしてスバルを信じる心。
 そして橘あすかもまた乗りかかった船を途中で降りる心算は無い、そう言ってくる言葉に水守は心強さで一杯になってくる。
 なのはさん……貴女は言ってくれましたね。私には私にしか出来ない戦い方があるって。
 確かにその通りだと思います。私は……だからこそ、私にしか出来ない戦いをしていこうと思います。
 けれど……それはやはり本土ででは無理です。貴女は私の居場所が本土にあるといってくれましたが、けれど私の居場所もまた此処だと思うんです。
 勝手で我が儘なだけかもしれません。けれど、やっぱり私は此処で―――

 ―――こんなにも星の近い大地の上で、信頼できる彼らと共に戦っていきたいんです。

 それが桐生水守が心の底から思った、改めて定めた心の道筋。
 自分が歩むべき、自分が望む行動だと思い直した。

 

 考え事をしたくない時はそれに勝るだけの仕事へと没頭すれば良い。
 そんな言葉通りというわけではなかったが、ティアナ・ランスターたちの現状もまた思考に余裕を見出すだけの暇も無く慌ただしいものであった。
 ネイティブアルター……NP3228の襲撃により壊滅させられたホールドの先遣部隊。
 酷い有様を見せる彼らを救助することに今は精一杯であり、それにより本当は抱き続けている心配事にまで考えを回せない。
 だが自分は兎も角として、少なくともエリオやキャロは今はその方が良いだろうとティアナは思っていた。
 チビッ子組には色々と背負わせるには現状は重過ぎる。そういう重荷を背負うのは、一応最年長である己の役目だろうという自負もまたティアナにはあった。
 だからこそ、救助活動に忙殺され東奔西走する幼き同僚二人の姿をチラリと時折盗み見しながらティアナは彼らが出来るだけ悩むようなことは無いように願ってもいた。

 ……ただでさえ、あの馬鹿がやらかした事で自分たちの風当たりは厳しくなりかけているのだから。

(……にしてもあの馬鹿、本当に何処に消えたのよ)

 苛々とそんな事を考えられる余裕が生まれかけてきているのに気づき、余計に腹も立ってくる。
 忙しさに翻弄されて馬鹿なパートナーの事など今だけでも忘れていたというのに、これではまた不安な気持ちに逆戻りしてしまうではないか。

 エマージー・マクスフェルを自分たちの上司であるヴィータが再起不能にしてしまったという件は既に自分たちにも知らされている。
 それどころか部隊全体にまで明るみになりかけ、多くの隊員へと噂として広まってしまっている現状だ、自分たちを見る他の隊員の眼が露骨に不審や怒りなどに満ちたものであることにも気づいていたし、それも仕方ないことだろうとティアナ自身とて思わないわけではない。
 少なくとも、ヴィータの真意は不明だし、彼女を疑っているわけでもないが、ホーリー側の立場になって考えてみれば自分たちをどう思うかなどは……察するにも容易過ぎる。
 だからこそ、連中がこちらに懐疑的な感情を抱こうともこの現状ではそれも仕方の無いことだろうとティアナは割り切ってもいた。
 だが自分はいいだろうが他の者達……スバルやエリオやキャロはそういう訳にもいかないだろうとはティアナとて分かっていた。前者は不器用な性格だし、後者二人に関して言えば幼すぎる。
 自分ほど同僚たちは人の悪意に慣れていないだろうし、そう接されることにもあまり抗体がないはずである。
 ……尤も、ティアナは知らないがエリオやキャロはその生い立ち故に過去にはある意味で彼女以上に辛い目を周囲から味合わされているのだが。
 だが兎に角、だからこそ、こんな状況だからこそ新人たちの纏め役たる自分がしっかりしなければならないとティアナは自分自身に言いきかせていた。
 まずはどうせ落ち込んでいるであろうパートナーであるスバルに渇を入れ直し、二人でチビッ子組を要所要所でフォローして行こう。

 ……そう考えていたプランは、しかし合流直後に知らされたスバル失踪の報せにより呆気なく崩されてしまった。

 まったくあの馬鹿は何処へ行ってしまったのか。この時期に勝手な行動を取る事が六課にとってどれ程マイナスになるのかまるで配慮していないだろうスバルの身勝手さには、いい加減ティアナとて堪忍袋の緒が切れる限界でもあった。
 戻ってきたら絶対にキツイ説教をかまして、なのはさんにもそれ以上の説教をかましてもらわねば気が済まないとも思っていた。
 ……だが、逆に言えばそれでチャラにしてやるとも言うこと。怒りはするが……怒った後はちゃんと許してやるのだから……

「……だから、さっさと帰ってきなさいよね。馬鹿スバル」

 ポツリと自分でも無意識の内にそんな呟きを口から零してしまっていたことに気づき、ティアナはハッとなって誰にも聞かれなかっただろうか周囲を見回す。
 幸いにもトレーラー内に医療器具を取りに来たところだったので、誰も出払い無人と化しているトレーラー内にティアナの先の呟きを聞いた者も存在しない。とりあえずその事実にホッと安堵の息を吐きながら、サボっている場合でもないと思い出し作業へと立ち戻る。
 医療班に持ってくるように指示された器具を見繕いながら、それでもティアナはやはりスバルの事を考え、彼女の安否を心配せずにはいられなかった。
 ホールドの中には彼女が逃げ出したのだとふざけた噂を立てている者達がいることを知っている。実際、程度の差はあれそれを信じている者は多い。
 消えたスバルを捜索せねばならなかったという本来ならば不必要なタイムロスのせいで先遣部隊が合流する前にこうなってしまったという事実がある以上、それも尚更だ。
 傷つけられた同僚の事を思えば、彼らの怒りの矛先が身勝手な行動を起こしたスバルへと向くというのはティアナにも分からないわけではない。
 だが理解が出来ても納得できないという感情を持て余す存在もまた人間だ。それはティアナ然り、彼ら然り、変わることは無い。
 お互いに思うことはある。故に不信感が広がり六課側とホールド側で亀裂のようなものが広がりかけているのも事実だった。
 まだエリオやキャロはそれに気づいていないようだが、ティアナは薄々それには気づいていた。自分程度が気づいている以上、隊長陣だって気づいているのは明らかだろう。
 拙いことだとはティアナもまた凡そではあるが感じられてもいる。こうして協力組織の現地任務に忙殺されている現状が目立っているが、そもそも自分たちが果たすべき任務は別物だ。
 色々あり過ぎて疎かになっている謎の次元震の原因究明……これもまた急いだ方が良いのではなかろうかという嫌な予感がティアナの中にもあったからだ。
 昨日に自分たちも目撃した天にも届かんばかりの光の柱……荘厳だとか圧倒的だと思う以上に、ティアナがあれを見て感じたのは不吉さへの予兆だった。
 あの光は危険だ、自分たちに何か致命的な災厄を運んでくるのではないだろうか……アレを見て以降、訳も無くティアナの胸中はそんな不安で満ちかけていた。

 そして不幸にも、ティアナのその嫌な予感……なのはが感じたものと同種のものは現実に形となって彼女たちへと降り注ぐ。
 運んでくるのは怒れる獣、容赦の無い理不尽な圧倒的暴威を携えて、それはもうそこまで向かってきていた。


 後に、この大地の未来を揺るがす決定的契機の始まりはそうして間もなく幕を開けようとしていた。
 悲劇が始まる。どうしようもなく理不尽で、救いも何も無い、友情も愛も信頼も、それら尊ぶべき人の感情の全てを併呑しながら―――

 ―――破壊の宴の幕が上がる。

 

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最終更新:2009年05月10日 21:48