「劉鳳ォォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
憤怒と憎悪の感情をありありと込めた拳の一撃をカズマは眼前の宿敵へと繰り出す。
だが劉鳳は己を狙ってくる単調な軌道のソレを、当たるかと言わんばかりに後ろへと飛んでかわしながら、己が最強の僕へと眼前の悪の断罪を命じる。
「―――絶影ッ!」
劉鳳の命に応え、主と入れ替わるように前へと飛び出してきた白銀の拘束人形は、カズマの頭部にその膝を叩き込み、地面へとめり込ませる。
それだけではない、そのまま追撃に両肩の触鞭を掬い上げる用量で地面から掻き揚げながらカズマを強打し、吹き飛ばす。
「この程度で済むと思うなッ!」
シェリスたちが受けた痛みに比べれば……否、比べるにも値しない序の口。
この男にはもっと重い……それこそ命を持って償わせる痛みを与えねばならない。
だが一方でかなりキツイ連撃を瞬時に叩き込まれ、吹き飛びながらもそれでもカズマは倒れない。ああ、この程度の攻撃で倒れてなどいられない。
「こっちだってなぁ……これ位で退いてらんねえんだよぉ!」
そうだ、君島の受けた痛みに比べれば。こちらの奪われた喪失の痛みに比べれば。
こんな子供だましの温い攻撃でビビッてられるか。
借りは返す……倍返しのオマケ付きで、だ!
そのカズマの不退転の意地を表すように背中の赤い羽根の一片が砕け散る。
「衝撃のぉぉおおおおおおお………ファーストブリットォォォオオオオオオオ!!」
必殺の三撃の内のまずは初撃。
爆発する勢いによって後押しされる特攻が絶影目掛けて叩き込まんと迫る。
それを迎撃するように紫の触鞭を縦横無尽に振るい薙ぎ払うも、今のカズマの勢いはそれすらも凌駕する。
絶影の迎撃を掻い潜り放った一撃は、見事直撃―――拘束人形の左顔面を隠す仮面が砕かれる。
瞬間、アルターが喰らったダメージがフィードバックしたのだろう。劉鳳自身も左頬を殴り飛ばされたかのような勢いで吹っ飛んでいく。
岩壁に叩きつけられ動きの止まった相手に、更なる一撃を加える為にカズマは踏み込んでくる。
だが―――
「もう一丁ッ!」
「……調子に、乗るなッ―――絶影ッ!」
粉塵の向こう側から戻ってきた劉鳳は己がアルターの名を叫び上げると共に、その真の姿を遂に解放する。
主の上空へと飛んだ絶影は、そのまま拘束着に束縛された少年大の人形の姿から、半人半蛇を思わせる異形の姿へとその形を変貌させる。
上半身は拘束着を解かれた人型、下半身は大蛇を連想させる蛇腹。その背腰部には二本の隠し腕が取り付けられている。
これこそが真なる絶影……自らの思念にてその強さ故に封印し続けてきた劉鳳のアルターの真の姿である。
解き放つのは二年ぶり……前回の決着つかずの分を含めれば同じ相手に二度もその姿を曝すなどかつて例に無い事態でもある。
だがどうであれ、これを解き放った以上は―――
「―――終わりだッ!」
劉鳳が自ら叫ぶその宣言通り、この眼前の悪はこれより断罪される。
「……またこれかよッ!」
心底忌々しいと言った毒づきを漏らしながらも、カズマは自身の周囲を高速で飛び回っている絶影を捉えきれていなかった。
絶影……その名の通り影すら絶つ超高速の相手のスピードは野生動物染みているはずのカズマの動体視力をもってしても知覚外というデタラメなスピードである。
そして放たれてくるヒットアンドアウェイ、流石のカズマをもってしても防御不可能、肉を切らせての用量でカウンター狙いを試してみるも、やはりその拳でも絶影の残影すらも掴み切れない。
ちょこまかちょこまかと針で刺してくるかのような小賢しい連撃の数々……あのクソ忌々しい女とやり方が同類過ぎて吐き気がしてくる。
こんなチンタラした喧嘩のやり方に付き合ってられるか。そもそも小賢しいその素早さを自分では捉え切れないというのなら―――
「―――ッ! だったら……見えないってんならテメエ自身を砕くだけだぁ!」
何度目かの連撃、尻尾による一撃で岩壁へと叩きつけられるのを利用して、逆にその背後の岩を蹴り飛ばす勢いへと変換しながら、カズマは絶影ではなくその主である劉鳳へとその拳を叩き込むべく迫る。
自立稼動型に代表されるアルターの最大の弱点……言わずもがな、アルター以外では無防備なその使役者自身だ。
劉鳳を叩けば彼のアルターである絶影が維持できずに消滅するのは道理。猿でも分かるセコイやり方だが、コイツには直接拳を叩き込みたいのだし別に構いはしない。
だが―――
「―――毒虫がッ!」
まったくもって無知浅はかの無謀の極み。単純馬鹿の愚かな蛮行を切り捨てるように劉鳳はそう吐き捨てる。
自立稼動型アルター使いの最大の弱点など……そんなものそのアルター使い当人が一番良く知っているのは当たり前。
今までだって多くの愚かなネイティブアルター達が絶影に敵わぬ事を悟り、劉鳳自身へと襲い掛かろうとしてきたことがある。
だが愚か者どものその浅はかさを尽く打ち砕いてきた実績があるからこそ、劉鳳はホーリーの中でも筆頭と称されるほどの能力者なのだ。
ましてやいくら気負い、勢いづけて不意打ちでも狙って襲ってこようが―――
―――絶影のリカバリーの方が遙かに速い!
それを証明するかのごとく、既に絶影は劉鳳に向かってくるカズマを遮るようにその直線軌道上へと回り込み、立ち塞がっていた。
既に迎撃の準備は完成している。さあ、その愚かしさを自身でも呪いながら断罪されろ!
そう思いながら劉鳳は切り札による向かってくるカズマへの迎撃を絶影に命じ―――
「だったら……テメエのアルターごと砕いてやらぁぁあああああああ!!」
立ち塞がるというのならまだるっこしい。纏めて叩き潰すだけだとカズマは覚悟を決め、眼前に迫ってきた絶影へとシェルブリットの第二弾を解き放とうとし―――
「―――そこまでだよ、二人とも」
―――瞬間、上空から桜色の砲撃が二人の間を割って入るように撃ちこまれた。
「……テメエッ!?」
「貴様ぁ……ッ!?」
間一髪とも言って良い咄嗟の離脱により難を逃れることには成功したものの、横槍を突如入れられた現状に収まりが付くはずもなく、故に両者は同時に睨み上げる様に宙を見据えながら言葉を上げる。
彼女―――乱入者たる白い魔導師、高町なのはへと。
一方、横槍を承知でショートバスターを撃ち込んだなのははといえば変わらず厳しい視線を向けたままもう一度眼下の二人へと同じ言葉を告げる。
「そこまでだよ、二人とも」
争いを調停しようとするその仲裁の言葉を。
だが無論の事ながらどちらともに戯言にも等しいそのような言葉を聞き入れるはずが無い。
聞き入れる謂れもそもそも無ければ、聞くにも値しない場違いとも言える言葉など邪魔であり不愉快なだけである。
それどころか、そんな戯言をほざき、挙句重要だった局面まで台無しにされたのだ。
眼前のそれぞれ気に入らない相手と同じレベルで怒りや殺意を上空に居る彼女へと互いが向けたとしてもそれはおかしくない。
むしろ向けない方がこの男たちにとってはおかしかっただろう。
「ふざけるな! 女如きが俺の正義の邪魔をするな!」
案の定、機先を制す勢いで烈火の如き怒りを煮え滾らせながら劉鳳がなのはを見上げてそう叫びを上げる。
彼女もまた劉鳳の価値観からすれば断罪すべき悪。よくものこのこと自分の前に姿を現せたものだと思いこそすれ、容赦をする心算は一切も無い。むしろこの戦いを邪魔立てしようとするのならば尚更だ。
最優先で断罪すべき悪と同列にも並びかける目障りな女をまずは排除すべく、劉鳳は眼前のカズマすらも放置して絶影を今度はなのはに向かって嗾けようとしたその時だった。
「―――おい、何よそ見してやがる」
近距離……それこそ正面より僅か数メートルと離れていない距離から聞こえてきたその声に劉鳳はハッとなってそちらへと瞬時に振り向く。
視線を戻したその先……鼻先数十センチの距離にまで迫りきっていたカズマが打ち込んできたシェルブリット。
劉鳳は咄嗟にソレを何とか首を逸らしてギリギリで回避は成功したものの、それを予見して繰り出されていた生身の左拳の方を直撃し殴り飛ばされる。
「喧嘩はまだ終っちゃいねえんだよ!」
そう叫びながら蹈鞴を踏んで仰け反る劉鳳を追撃するようにカズマが続けて殴りかかってくるのを、絶影が咄嗟に割って入りソレを阻止する。
両肩の触鞭―――“柔らかなる拳・烈迅”を集束させ一本の束と化したソレでカズマの拳を受け止めている内に劉鳳は体勢を立て直して安全圏まで距離を取る。
絶影を押しのけようと歯噛みする苛立った態度を見せながら吼えるカズマに、劉鳳は先のお返しだと言わんばかりに絶影へと命を下す。
「剛なる右拳―――伏龍ッ!」
密着するその状態から背腰部に取り付けられていた隠し腕が解き放たれカズマの腹部へと直撃、彼を吹き飛ばす。
シェルブリットにも匹敵する剛拳の至近距離からの直撃……さしものカズマでも呻く暇すらも無く吹き飛ばされ、背後の大岩へとそのまま叩きつけられる。
伏龍が再び背腰部へと戻されるのと同時に、一気に仕留めるべく絶影がダメージの影響でこの瞬間、動きの取れないカズマへと迫る。
「だから―――争いは止めてって言ってるでしょ」
だがそれを許さぬとばかりに飛んで迫る絶影の更に上から告げられるゾッとするほどに冷たい言葉。
劉鳳がそれと気づいたとほぼ同時、計三十二発の桜色の光弾が絶影目掛けて矢のように降り注いでくる。
咄嗟に劉鳳は絶影に回避を命じるも、回避コースそのものを潰す量で迫る光弾をかわし切る事が出来ず次々に光弾は絶影へと直撃し、地面へと叩きつける。
アルターのダメージがフィードバックし、迫る痛みと衝撃に思わずふらつきかける劉鳳であったが滾る怒りがソレすらも制して彼に呪詛すら含んでいると思われるような忌々しげな言葉を上げさせる。
「……ッ……高町ィィイイイイイ」
忌々しい乱入者であり邪魔者である彼女を起き上がる絶影に命じて叩きのめさせようと劉鳳がしようとしたその瞬間だった。
「……だから……テメエは、目障りなんだよッ!」
瞬間、そんな叫びと同時に粉塵を吹き飛ばす勢いで上空に鎮座する白き魔導師へと迫る影。
誰であろう“シェルブリット”のカズマ当人である。
先の絶影の追撃から助けられた云々……この男がそのように感じる訳がそもそもない。むしろ無視したのを調子に乗ってまたしても余計な横槍を入れてくるのに苛立っていた。
鬱陶しいすらも通り越した目障り……否、そもそもこの女とて劉鳳同様に存在そのものが気に入らない相手でもある。
攻撃を躊躇う理由そのものが無い。拳の届く範囲に調子に乗って留まったまま、助けた心算で勘違いしているというのなら殴り飛ばすだけ。
カズマがなのはに向かって赤い羽根を弾け飛ばした次弾を撃った理由はたったソレだけだ。
さしもの不意打ちの一撃であったが、しかしなのはは既にこの場に乱入を仕掛けた時から油断は捨てていた。むしろカズマもまたこちらに攻撃を仕掛けてくるのは彼女としても予想の範疇だった。
故にこそ、驚愕する素振りも無く、あくまで歴戦の戦士として冷静にカズマの襲撃に彼女は対処した。
既に一度矛を交し合った経験からシェルブリットの特性をなのはは読んでいた。故にこそ愚直なまでの彼の心情を体現したかのような直線で迫る拳を前回同様に見切りかわそうと動く。
だが―――
「―――ッ!?」
「そう何度も……ワンパターンで対処されてばっかだと思ってんじゃねえ!」
交差する瞬間に軌道を読んで拳を掻い潜ろうとしたその時、突如カズマの背中に残る最後の羽根の一片が爆発する。
噴射による直進から逆噴射をかけてその場で強制的に止まるという荒業を敢行したカズマの行いを読みきることが出来なかったなのはは初めてその顔に驚愕を顕にすると共に動きが止まる。
その最大の好機を当然カズマが見逃すはずが無い。ニヤリと目論見が成功した勝ち誇った笑みを相手へと見せつけながら容赦なく拳をなのはへと振り下ろす。
密着寸前の近距離、当然回避など不可能。それでも咄嗟にプロテクションを展開したなのはだったがソレすらも数瞬の拮抗で打ち抜かれそのまま拳を直撃し地面へと叩き落される。
管理局の白い悪魔とも名高きエースを空中から叩き落すという快挙を成し遂げたカズマ当人はといえば、これで漸く鬱憤が晴れたと言わんばかりに鼻を鳴らしながら二人から距離を取り撃ちつくしたシェルブリットを再構成しながら吼える。
「今日はつくづく俺がぶちのめしたいと思った奴の方から沸いて来やがる。………上等だ! 来いよ、纏めてテメエら叩き潰してやる!」
「吼えるな毒虫が!」
調子に乗った犯罪者の身の丈を弁えぬ戯言に忌々しく眉を顰めながら劉鳳は怒鳴り返す。
先のカズマの台詞……それは元々こちらもまた言えること。
カズマと高町なのは、断罪すべきこの二人の巨悪が眼前に現れた以上、己の正義にかけても見過ごすことなど金輪際を通してもありえるはずが無い。
故に逃がさず、この場で両者共に断罪する。気に入らない、目障りな毒虫どもがそもそも一秒でも己の眼前に長く存在し続けていること自体が我慢ならない。
ロストグラウンドの未来の為にも、この秩序を乱す犯罪者どもは己の手で跡形も無く消し去り、その罪を清算させてやる。
それが怒りで動かされながらも決して揺るぎはしない劉鳳の正義が行うべきこと。
「覚悟しろ! 跡形も残さず貴様ら諸共に消し去ってくれる!」
油断をした心算はなかった。
いつものように戦場で最適解と思われる判断と動きで対処した心算だった。
だが結果的に奇策で裏をかかれ地に足を付かされた。
空戦魔導師として屈辱にも似たものを感じるのは確か……だがそんなもの以上に高町なのはを苛立たせ怒らせているのは別の要因だ。
「おかしいなぁ……どうして君たちは争いを止めてくれないの」
手前勝手な男の理屈を前面に押し出し、こちらの話も聞かずに周りの被害や迷惑も顧みずに無茶な争いを続ける二人の馬鹿。
いい加減にしろ……此処で自分が怒るのは筋違いと思いながらもそれでもそう苛立ってしまうのは仕方の無いことだった。
「悲しいのは分かるけど、こんなことやっても何の解決にもならないことは分かってるでしょ? 今は争うよりお互い付いていなくちゃいけない人のところに戻るのが大事なはずじゃないの?」
由詑かなみは泣いている。泣いていながらも願っている。カズマに帰ってきて欲しいと、優しいカズくんへと戻って欲しいと。
君島を失って悲しいのもやるせないのも、憎くて怒らずにはいられないのも分かる。……分かるが、それでもこの男にはもっと他に優先しなければならない事が、帰らなければならない場所が、会わなければならない人がいるはずだ。
それは劉鳳の方も同じだ。高潔な正義を抱き、貫こうとするのは尊敬に値するぐらいに立派なことだとは思っている。事実、なのはとて劉鳳の高潔な在り方自体には素直な賞賛だって抱いている。
だがそればかりで他を見向きもしない、強硬で頑迷な己の理屈だけを通そうとし、無茶をしているそのやり方を彼女は認められず、そして怒りすらも抱いている。
何よりも、正義も大事だが同じくらいに自分の為に案じてくれる、心配している、想いを寄せている者たちの想いを顧みもせずに蔑ろにしている。そこが一番なのはには腹立たしかった。
揃いも揃って自分勝手な我を通し、取り返しの付かなくなるような無茶をしようとしているこの二人にいい加減、なのはも堪忍袋の緒が切れかけていた。
「……ねぇ、私の言ってることそんなにも間違ってる?」
当たり前のことを思い、人として当然の事を言っている心算だった。
だがこの二人は聞き入れない。大切なはずのソレを犬の糞の様に吐き捨て、見向きすらもしようとしない。
男の勝手な価値観に女が黙って振り回されてばかりだと思っているなら大きな間違いだ。
怒りに燃えすぎて冷静になって聞けないというのなら、こちらもこちらの流儀で思いを通させてもらうだけだ。
ある種の傲慢さを持った正常の価値観による正しさを通す為に、高町なのはもまた遂に実力行使にも辞さない決意にまで踏み切った。
言っても聞かない駄々っ子なら、それ相応のやり方を通させてもらうと。
「二人とも………少し、頭冷やそうか?」
ロストグラウンドのネイティブアルター、“シェルブリット”のカズマ。
治安維持部隊『HOLY』のA級アルター使い、“絶影”を持つ劉鳳。
そして時空管理局のエースオブエース、“管理局の白い悪魔”こと高町なのは。
生い立ちも境遇も立場も思考もまるで違う三者。
この場においての共通項はただ只管に自分を除く馬鹿どもが許せないという一点のみ。
この一点のみが噛み合わない、その理由をもって互いに退けず争わずにもいられない。
此処に、破壊の宴の最終幕……三つ巴の戦いが幕を開ける。
一対一対一、俗に三つ巴や三竦みとも呼ばれる戦いにおいて味方は存在しない。
敵の敵は味方……当然、そんな阿呆な理屈が通ることもありえるはずが無い。
自分以外は全て敵、単純にそう認識しぶっ潰してしまいさえすれば良い。
故に余計な事を考える必要もない……そう考え、保たれていた三竦みによるこの場の停滞を率先して打ち壊し動いたのはやはりこの男だった。
「まずは……テメエだッ!」
彼―――“シェルブリット”のカズマはそう叫びながら高町なのはへと詰め寄って拳を振るう。
己が最初に狙われることを予め予期していたのか、向かってくるカズマに対してもなのはの対処は冷静なものだった。
振り下ろされる拳を見切り後ろへと飛んでかわしながら飛翔、そして同時に背後へとプロテクションを展開。
瞬間、展開された桜色の障壁を貫かん勢いで突き出された一本に束ねられたドリル状の触鞭が受け止められ、拮抗したエネルギーが飛び火し火花を散らす。
「……空を飛べて遠距離攻撃の出来る私から潰しにかかる……当然の判断だけどこんな時だけは君たち、息ピッタリだね」
背後から奇襲に失敗した絶影に振り返りながら、その後方にいる使役者の劉鳳に向かってなのははそう告げる。
だがなのはが告げたその言葉に、吐き気を催すような嫌悪を劉鳳が顕にしたのはある種当然のことであり、そしてそれは見ればカズマも同様であるようだった。
「―――こんな奴と」
「―――そんな下衆と」
プロテクションを貫かんと更に烈迅へと力を込めさせる劉鳳と、飛翔し絶影とは逆方向から拳を振り下ろすカズマ。
「「一緒にするな―――ッ!」」
見事にステレオでハモる男たちの言葉を聞きながらも、両サイドから迫り来る猛攻をこのまま受け止め続けるにはなのはの方が分が悪い。
単純なパワーではリミッターが付いている彼女と、自重という言葉すら解そうとしない馬鹿二人では差が有りすぎる。
故にこそ、力任せの押し競饅頭に乗る心算も彼女には毛頭ない。
瞬間、両サイドの猛攻を障壁を展開し受け止めながらも、なのははシューターを形成し解き放つ。
劉鳳の絶影は咄嗟に向かってくるソレを自慢のスピードで掻い潜りかわしきったが、カズマは近距離から全弾を撃ち込まれ吹き飛ばされる。
地面を落ちていくカズマを放置し、空中で対峙し合う絶影へとなのはは更にシューターの数を増やして放つ。
迫り来る桜色の光弾の数々を掻い潜りながら、絶影は宙を泳ぎ瞬時になのはへと迫り来る。
追って縋るシューターの追いついてきたものだけ切り裂きながら、遂に眼前の無防備ななのはにまで到達したその瞬間だった。
唐突になのはの眼前で急ブレーキを掛けられた様に絶影の動きがピタリと止まる。
何事かと劉鳳が思わず宙を仰ぎ己の従僕の姿を見るなり愕然とした表情も顕にする。
「確かに速いね。けど速いだけなら―――」
―――その速さを止めてしまえば良い。
なのはのその宣告を証明するように、白銀の半人半蛇の化身の体は桜色の連環によって拘束され、その動きを宙で止めてられていた。
設置型バインド、トラップとして用いる初歩的な拘束魔法だが眼前に予めセットしておいたことで相手の方からその存在も気づかずに自ら罠に飛び込んできてくれた。
「砲撃型魔導師がそう簡単に近接取られるなんて安易に思わない方が良いよ」
まるで生徒に講義をする教師のような口振りでそう告げながら、なのはは機を逃さずにレイジングハートのカートリッジをロード。
愛杖の切っ先を眼前で拘束され身動きの取れない相手へと向けながら一言。
『Divine』
「バスター」
レイジングハートの言葉の末尾を繋げる呟きと同時、切っ先より放出される桜色の砲撃が絶影を吹き飛ばしていく。
遙か向こうの大岩にまで吹き飛ばされ、使役者にも当然フィードバックするダメージで劉鳳が膝をつくのを最後まで見届けずに次になのはは反対方向へと振り向く。
「すかしてんじゃねえぇぇええええ!」
ほぼ同時、凄まじい勢いで飛びかかってくるように迫ってきた拳をなのははプロテクションで受け切る。
「……別に、すかしてなんかいないよ」
「俺にはそう見えんだよッ!」
チンピラの言いがかりそのままの理屈で攻防を拮抗させながら、視線と言葉を交わす両者。
どちらともに拮抗を維持しているがまだまだ序の口、更なる力を込め、突き進むのや弾き飛ばすのもこれからと言ったところ。
「どうした? 前みたいに逃げねえのか?」
拳を突きこませながら鼻で笑うカズマの言葉にしかしなのはは応えない。
前回の綱引きを途中放棄したことを指して言っているのだろうが、先の撃墜された一件もあり同じ手を安易に敢行しようとも思わない。
……それにこれはプロにあるまじき思考だが、分が悪かろうと見下されたまま眼前の相手から逃げの一手を打つ事が癪に障るのも事実だった。
故に、今回は逃げない。初遭遇時の時の決着も兼ねてこの力勝負……勝ちに行かせて貰う。
なのはの態度からカズマもそれを察したのだろう、上等だと口の端を上げながら突き込む拳に更なる力を込め続ける。
拳と障壁の再びの拮抗は前回以上の衝撃や震動、火花や発電までをも周囲に伝播しながら延長戦へと突入する。
互いに周囲に響き渡るほどの気合の方向を上げながら、睨みを交し合い思う事はたった一つ。
―――この相手にだけは絶対に負けたくない。
反逆と不屈のぶつかり合い、二つの我を通し合う喰らい合いは勝負を決するべく最後の力を込めようとしたその瞬間だった。
「剛なる拳―――伏龍ッ! 臥龍ッ!」
先にも述べたがこれは一対一対一の三竦みの三つ巴戦。
当然、そこに横槍云々や漁夫の利などが混じってくるのもある種当たり前のこと。
そもそも馬鹿二人が己をそっちのけで盛り上がり、一人取り残されることを許容できる馬鹿はこの場には存在しない。
要するに、こちらを無視するな………そんな両者の眼中に無理矢理に入り込む勢いで復帰した劉鳳が雪辱の思いで必殺の切り札を解き放ったのはある種においての必然とも言えた。
迫りくるは背腰部より解き放たれし必殺拳。伏龍はなのは、臥龍はカズマ目掛けてそれぞれ飛んでくる。
突然の不意打ちになのはは瞬時にフラッシュムーブを発動、そのまま後ろへと瞬時に飛びながら伏龍をかわす。
だが―――
「―――ッ!? 追尾式!?」
「逃さん!」
標的を見失い空を切るとばかり思われていた伏龍は空中にてその軌道を正確に標的であるなのはへと向け直しながら再び迫ってくる。
咄嗟になのはは迎撃を選択。ディバインシューターを迫りくる伏龍目掛けて全弾叩き込む。
しかし、真なる絶影が有する切り札はその威力においてもカズマのシェルブリットにとて決して引けを取らない。
迫りくる迎撃のシューターを物ともせず、逆に触れるもの全てを切り裂きながら伏龍はその勢いすらも衰えさせることも無くなのはへ向かって到達する。
流石にシューターを掻い潜り直進してきた剛拳をなのはも甘くは見なかった。またカズマのシェルブリットとは違い追尾式であるため避けることに意味は無いとも悟り、カートリッジロードを用いて強度を底上げしたプロテクション・パワードをもって受け止める。
カズマの三発の弾丸クラスの衝撃を受け止め、それこそ一瞬勢いに負け屈しかけるも全力で踏み止まり持ち堪えながら伏龍を押し返しにかかる。
しかし―――
「!? しま―――ッ!?」
「伏龍だけが貴様を狙っていると思うな!」
劉鳳のその宣言と同時だった。それより一瞬前に咄嗟になのはも気づいたとはいえそれすらも既に遅く、そして対処すらも不可能。
真正面から伏龍を受け止めるなのはの背後に回りこんだ絶影が烈迅を振るう。正面に障壁を展開したままであり、不意打ちであったことも重なってなのははそれを対処することが出来ないままに直撃、触鞭に横合いから殴打され吹き飛ばされる。
伏龍を回収しながら吹き飛んでいくなのはにトドメを刺すべく絶影が動こうとしたその瞬間だった。
「劉鳳ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
怒りの雄叫びを上げながら、今度はカズマが絶影目掛けて拳を叩き込んできた。
臥龍による不意打ちに直撃し、吹き飛びながらも驚異的タフネスさですぐさま復帰しリベンジとばかりに殴りかかってくるその胆力には流石に劉鳳としても敵ながら脱帽せずにはいられない。
尤も、だからといって単調な報復を馬鹿正直に受け入れてやるはずも無い。
劉鳳は絶影へと命じ、更に宙へと高度を上げて飛翔することでカズマの拳をかわさせる。上昇することで獲物を捕らえ損ねシェルブリットは空振りを切る。
しかし―――
「なッ!? 貴様ッ!?」
劉鳳もまた咄嗟にそれに気づき荒げた声を上げるのと、カズマが絶影に拳をかわされながらも背中の羽根の一片を爆発させてこちらを直接叩くべく向かってくるのはほぼ同時だった。
最初からカズマの狙いはコレだった。絶影で甘んじて受けようとするならそのまま容赦なく叩き伏せる、だがかわすようならそのまま無防備なアルター使いのほうを殴り飛ばす……これがカズマの狙いだった。
今度は最初から羽根の推進剤を用いた噴射をして迫っている。絶影が回避体勢から建て直しリカバリーに割り込もうとも間に合わない。
フィードバック以外にも直の痛みを少しは味わいやがれとカズマの一撃が劉鳳に直撃、彼を殴り飛ばした。
久方振りに宿敵を直に殴り飛ばせた勝利感を抱きながら、カズマは隙を逃さずにこのまま劉鳳を討ち取るべく殴り飛ばされ地に伏せている彼へと目掛けて駆け出そうとし、
「カズマ君……君も少しは大人しくして」
瞬間、いきなり桜色の連環に四肢を拘束され、つんのめって地面へと倒れ込む。
急に降って沸いたように両手足を拘束する正体不明の連環を引き千切ろうと力を込めるもその頑丈さは尋常なレベルではない。先のキャロのアルケミックチェーン以上の頑丈さに振り解けないことにカズマは苛立たしげに歯噛みする。
そして自由になる首だけを持ち上げ、こんなもので拘束してきた当人―――高町なのはを忌々しげに睨み付ける。
流石になのはは殺気に満ちた視線を向けるカズマ相手にも揺るぎもしていなかったが、それでも絶影に殴り飛ばされたダメージが効いているのか、連続した魔法の大量行使とも加えて何処と無く息が荒い。
実際、現状では技量と手数の多さ、総合力でならば両者を辛うじて上回ってはいるものの、あくまでそれも地力で誤魔化し補い、付いて行っていると言うのが本音だ。
単純な力比べならカズマに、スピードならば劉鳳の方が今のなのはのスペックを遙かに上回っている。そもそも現状ではリミッター付きのAランク相当でしかない彼女が、デタラメなスタミナと勢いを馬鹿みたいに発揮しているSクラスのアルター使いを二人同時に相手にしている方が無茶極まるというものだ。
馬力の違うモンスターマシンを相手に普通車で無理して喰い下がろうとすれば逆に限界を先に来たしてしまうのはどちらかなど論ずるまでもないこと。
自分のペースで完全に場を支配しきれない、リミッターが今はつくづく重いとなのはは感じていた。
「……でも、それでもこれで一応は決着かな」
三つ巴の戦、自分以外は全て敵という乱闘騒ぎ。こうして最後に地に足着けて立っているのは自分だけだ。
カズマと劉鳳が上手く潰しあい、隙を見て拘束できた漁夫の利を拾えたことが三竦みの僥倖かとつくづく感じる。
戦士としてはこれ程の強者を相手にこのような拾い勝ちを制した事に不満を抱いている部分も確かにある。
だが、それでも今は戦士としての誇りよりも優先すべきものが彼女にはある。故にこそ、卑怯と罵られようが結果的に勝ったこの有様をなのはは否定しようとは思わなかった。
兎に角、これ以上後戻りも出来ないような手のつけられない惨事に発展する前に終わらせられて良かったと安堵しながら、一応念のために気を失っている劉鳳の方もバインドで拘束しようと彼の方へと向かいかけたその瞬間だった。
白銀の閃光が切り裂くようにこちらへと迫ってきたのをギリギリでかわす。
後ろに飛んで素早く体勢を整えながら距離を取る。眼前のこちらに襲い掛かる隙を窺っている絶影を油断無く見据えながらレイジングハートを向ける。
「……ほんと、見かけによらずタフだね」
苦々しさと諦観を含んだ言葉を絶影から視線を離さぬまま、起き上がった劉鳳の方へと向ける。
劉鳳も流石にシェルブリットの一撃は効いているのだろう、拳の叩きこまれた腹部を押さえながらその立っている足取りも未だ不安定なままである。
それでも睨みつけてくる苛烈な視線の中にある、融通の利かない自己の正義への熱は不屈と言って良いほどに健在なのは明らか。
まだまだ倒れない、充分に戦える。絶影をこうして使役していることもそうだが態度をもってしてもそれを毅然と彼は告げていた。
そして、彼だけではない。
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
獣が咆哮を上げると同時、その肩に残っている羽根の一片が砕け散り爆風を起こす。
周囲の粉塵を渦巻く暴風で吹き飛ばしながら、キャロの時と同様に拘束を力づくで引き千切った獣が立ち上がり、なのはと劉鳳……二人の敵を睨みつけつつ拳を眼前へと突きつける。
戦闘続行、喧嘩はまだまだこれからだと言葉ではなく態度でカズマはソレを告げてきていた。
カズマと劉鳳、丁度三者と適度に距離を保った三角形を立ち位置で作りながら、なのはは重たい溜め息を流れる冷や汗と共に吐いた。
……本当に、骨が折れそうだ。かつてない泥沼の耐久レースにでも臨む面持ちでなのははレイジングハートをしっかりと構え直した。
「これは……一体何が起こってるんですか!?」
「分かりません。……けれどアルター使い同士の戦いであることは間違いありません。………しかもSクラスの」
俄かに信じられない、ここまでくると災害クラスの暴威の顕現に畏怖を込めながら橘あすかは桐生水守の言葉に厳かにそう答える。
桐生水守の現在の事情、知り得る情報を彼女から聞き始めた直後に発生した局所的なエネルギーの爆発に伝播してくる衝撃や震動。
水守とスバルを護る為に橘は何とかソレをアルターで防ぎ耐え凌いだものの、伝播する余波でこのレベルである事を考えればゾッとせずにはいられなかった。
間違いなく、この先で戦闘を行っているのはロストグラウンドでも類を見ない強大な力を有するアルター使いたちだ。
該当する人物として可能性を上げるなら彼らならばと思わないわけでもないが、それでも橘は自分が思い浮かべた人物たちでもこれ程の規模の力を出せるのかはやはり信じられない面持ちであった。
人が扱うには、人が有するには、あまりにも大きすぎる力の残滓だ。男としてその高みを目指してみたいという欲求が橘にも無いわけではなかったが、それ以上にやはり己では完全に持て余すとしか考えられない力には恐怖の感情の方が勝ってもいる。
「……兎に角、これ以上近付くのは危険です」
一度この場を離れた方が良い、同行者たちの安全を考慮して橘は水守たちへとそう告げる。
水守もやはり橘同様にこの先に居る人物に思い当たることがあるのだろう、後ろ髪を引かれる思いがハッキリと誤魔化しようも無くその表情に表れていた。
だがそれでも………
「……そう、ですね。スバルさんも居ますし」
チラリとこの余波の影響を前にしても呆けたような無気力な表情を崩さないスバルを見て水守はそう自分に言いきかせるように頷いた。
この距離でこれだけの余波に影響されている、震源地の様相はコレの比ではあるまい。だがそれでも水守一人であったならば、無謀を承知で劉鳳が居るかもしれないことを捨てきれずに向かっただろう。
だがこの場には今心折れ無気力になってしまった危うい状態のスバルがいる。なのはの部下であり愛弟子である彼女を己の我が儘で危険に曝すことは許されない。
彼女を支えると一度決めた責任感の重さを認識し直した水守は、故にこそ逸る本音の想いを道理をもって抑えつけた。
そして橘の言葉に従いながらこの場を去るため、スバルを立ち上がらせようと彼女の手を取ろうとしたその瞬間だった。
『……待ってください。魔力反応を感知しました。この反応は………高町なのは?』
話を聞く為に自分が預かっていたマッハキャリバーが突如として言ってきたその言葉と名前に水守と、そして心此処にあらずと言った様子だったスバルすらもピクリと反応した。
「なのはさんが……一体どういうことですかマッハキャリバーさん?」
デバイスを相手に丁寧にまるで人間扱いのように接する水守も、驚いたように手に持つマッハキャリバーへとそう問いかけていた。
マッハキャリバーは水守からの問いに一瞬答えることに迷うような沈黙を示したもののやがて諦めたように間を取った後に答え始めた。
『先程から高町一等空尉の魔法行使に伴う魔力反応を継続的に感知しています。方角は………』
末語を濁す様子からそれがどこから発せられているのかは、水守や橘にも直ぐに分かった。
なのはは恐らくこの事態の震源地……つまりSクラスのアルター使い同士が戦いを繰り広げている現場にいるのだろう。
魔法を行使しているという状況から察しても……恐らくは、
「そんな! Sクラスのアルター使い同士の戦いに介入しているなんて無謀すぎる!」
橘が思わず叫び上げたその直後だった。
再びの凄まじい爆発と震動、この辺り一帯にまで伝播してくる衝撃に水守たちは即座に振り向き身構えながら―――
―――ソレを目撃してしまった。
「………なのは……さん………?」
今まで泣き声以外ではずっと沈黙を保ちきっていたスバルがここにきて初めてポツリとそう口を開いた。
彼女が見上げている方角―――恐らくは戦いの震源地。
その上空で幾度もの交差をしながら半人半蛇の白銀の異形と戦っている白装束に黄金の杖を持った女性の姿。
橘あすかは初見故に分からなかったが、水守とスバルがその姿を見間違えるはずが無い。
それも当然だ、彼女は自分たちにとって絶体絶命の窮地から助け出してくれた恩人なのだから。
綺麗で強くて優しい、不屈の魔法使い。
―――高町なのは。
間違いない、今ソレを二人はハッキリと認識していた。
けれどやはり彼女が戦っているのは分かったとはいえ、それは何の為に。
……そもそも彼女と戦っているあの白銀の異形は―――
呆然と直感的にその正体を悟ってしまった水守は、信じられない気持ちで無意識にも己の宝物である首飾りへと手を伸ばして掴み込む。
分かる、分かってしまった。そもそも自分がアレを見てその正体が何か分からないはずが無い。
だって六年間、自分はアレと同じモノをこうして肌身離さず持っていたのだから。
ならば、なのはと戦闘しているSクラスのアルター使いというのは―――
「―――なのはさん!?」
突如、いきなり彼女の名を叫びながら自ら動こうとしなかった無気力な受動的姿は何処に行ったのか、弾かれたようにスバル・ナカジマは駆け出した。
「おい! 待て、この先は危険だ!」
『相棒! 戻ってください!』
橘とマッハキャリバーが慌てたように呼び止めようとするも、例によって例の如く聞き入れるはずも無く、そのまま震源地へ向かって自分たちを置いてスバルは一人で駆け出して行く。
咄嗟にスバルを止めようと橘はエタニティ・エイトを彼女に向かって飛ばしかけるも、再び伝播してくる衝撃を防ぐ為に咄嗟に防御へと回す他になかった。
揺れや衝撃が収まった後、見渡せば既にスバルの姿は見えもしない。何処に向かったかは……あの様子から考えるまでもないだろう。
拙いことになった、魔法使いとやらは未だに良く分からないがマッハキャリバーの話しによれば彼女はマッハキャリバー無しにこの大地で魔法を扱うには心もとないらしい。
言わば生身で無謀にも爆発寸前の爆心地に向かったにも等しい。それがどれ程危険なことかは語るまでも無いこと。
「彼女を追いかけましょう! 止めないと危険だ!」
橘のその言葉に水守は未だ心に走った衝撃を収めきれぬままであり、多少呆然としていたもののスバルの危機だと判断し、慌てて頷いた。
彼女がどうしてこんな無茶な行動に移ったのか水守には分からない。けれど一刻も早く彼女に追いついて止めなければ彼女が危険であることは間違いない。
万が一ものことがればそれこそなのはにも顔向けできなくなる。
それが分かっていたからこそ橘と共に水守は駆け出していた。
だが―――
「ッ!? 待ってください、橘さん!」
急に立ち止まり呼び止めてきた水守にこの急いでいる現状で何事かと苛立ちながらも振り向き、橘もまた絶句した。
視線を向けた岩陰、そこに幼い少女が気を失っている様子で倒れていた。
流石に事態が事態とはいえ、両者共にあんな幼い少女を放置して行ける筈もない。
逸る気持ちを抑え付けながら、少女の安否を確かめるべく二人は急いで彼女の元まで駆け寄った。
胸中ではスバルが無事でいるように祈りながら。
「畜生ッ! 何が起こってんだよ!?」
伝播する破壊の余波から仲間を護る為に己がアルターで必死に防ぎながらヤケクソに叫ぶ瓜核。
劉鳳にシェリスたちの事を任されこの場に残って以降、劉鳳が向かった先からは先程から引っ切り無しにトンデモナイレベルの戦闘が行われているのは間違いない。
十中八九、劉鳳と戦っているのはあのカズマだろう。劉鳳にこれ程の力が秘められていたことにも驚きだが、あのネイティブアルターさえもそれに匹敵するほどの力を秘めていたというのだから意外だ。
さぞ現場は白熱した死闘と化しているのだろう……アルター使いとして、否、男として血の滾りを抑え難く感じてしまうのは彼も例外ではなかった。
「お前もそう思うだろう……エリオ?」
背後で護っている気の失った少年へと同意を求めるように問いかける。キャロから話を聞いた限りではカズマに敗れたとはいえ女を護って勇敢に戦ったというではないか。やはり幼くても男でありアルター使いだ、その将来には見込みがある。
まぁエリオやキャロのような子供連中が第一線で活躍できるようになるにはまだまだ先のことだろう。当面はまだ自分や劉鳳たちが頑張らねばならないのは間違いない。
だからこそ、せめて後学の為にもこれ程の戦いはちゃんと直に見届けておいて欲しいとも思うのだが……これまで頑張って気を失っているコイツにそこまで望むのは酷かと瓜核は思い直した。
「………う……瓜……核………?」
「シェリス!? 気が付いたのか」
そんな時だった。エリオやそしてその隣で同じように気絶していたティアナの隣で気を失っていた同僚が目を覚ましたのは。
無理に動くには傷が酷すぎる、そう思い出来るだけ動くなとは注意をするがしかしシェリスはといえば己の身などどうでも良いと言った様子も顕に、
「……あたしは……いい……から……劉鳳…は………?」
ただ一途に想い人の安否を気遣うようにそう問いかけてくるだけだった。
瓜核はシェリスのその問いに安心しろと言う様に笑みを向けながら答える。
「奴なら一人で充分だ。……それにな、俺が奴なら助太刀は拒む。そういうもんだ」
これは劉鳳の戦いであり、避けては通れぬ彼の因縁でもある。
男と男の戦いに横槍は無粋、同じ男として瓜核はそれを弁えていた。
だからこそ彼はこの場に残って仲間を護るという道を選んだのだ。
劉鳳が勝利を手にして帰ってくる事を信じて。
先に進むことすら手間取るどころか臆してしまいそうになる爆心地に向かって、スバルはただ躊躇うことも無く其処に向かって進み続けていた。
理由は単純にして明白、あの場には彼女が居るから。
彼女……そう自分にとって上司であり師であり、そして目標でもある憧れの人、高町なのがあの場には居るのだ。
もう訳が分からない、進むべき道を見失ってしまったスバルにとってなのはだけが最後に残された道標であり、信じ続けていた道を進む切っ掛けとなった原点でもある。
だからこそ、もう一度彼女に話を聞いてもらい、そして自分が進むべき道を教えてもらいたかった。
そうしなければ、また自分は間違えてしまう。誰も救えなくなる。それどころか……もう一歩たりとも前へ進むことすら出来なくなる。
怖かった……そう、スバルはもう怖くて仕方が無かった。自分がやったことが本当に正しかったかも分からず、救えたかもしれない人を死なせてしまった。
むしろ自分が君島を殺したようなものじゃないか、そんな風に己を責めてさえいた。
無力な自分が嫌だった。何も出来ないことが悔しかった。
その弱さに反逆するためにスバルは今日までなのはのような魔導師を目指し、強くなりたいと信じて進み続けてきた。
陸士学校に通い、親友であるティアナと共に様々な困難に立ち向かいそれを突破してきた。
憧れの人と再会し、彼女の弟子として直接に指導を受け、同じ部隊で部下として任務へと赴き、最悪の預言であったJS事件だって潜り抜けてきた。
攫われて洗脳された姉を救い、自分と同じ境遇である戦闘機人たちだって間違った道から救い出すことが出来、そして何より多くの人たちを救うことが出来た。
世間的には機動六課が『奇跡の部隊』と持て囃される中でもスバルは自分たちが成し遂げた功績に誇りを持ち、漸く自分にも自信が持てるようになってきていた。
―――この手には、誰かを救えるだけの力がある。
かつての自分を救ってくれた高町なのはのように、自分だって着実に彼女のようになれると、近付いていると思っていた。
……そう、この世界にやって来て、そして君島邦彦を死なせてしまうまでは。
間に合わなかった、仕方が無かった、あれが本人の望みでもあった……それら全ては所詮は彼を救うことが出来なかった己に対しての言い訳にすらならない。
死なせてしまった……自分に大切な事を思い出させてくれた、自分が何をすればいいかを教えてくれた恩人にも等しい人を救えなかった。
挙句には大嫌いな嘘すら吐いて、真実すらも誤魔化した。
大切に護ってきた、真っ直ぐに伸ばして続けて信念や誇りすら自らで捻じ曲げてしまった。
最低だった……あまりにも最低であり最悪、そして無力だった。
変わっていない。結局自分はあの四年前の火災の時から、泣いてばかりで蹲っていることしか出来ず、誰かに助けられるしかない無力なあの時から何も変わっていない。
情けなくて、泣き虫で、無力で、救えない……両親や姉にも顔向けできない小娘でしかなかった。
だから、もう嫌になった。何もかもが怖くなり、信じられなくなってしまった。
自暴自棄と合わさった自信喪失の極みにある今のスバルには、例え親友や相棒が言葉を投げかけてくれたとしても遠い。
弱くて情けなく、彼女たちにすら自分は迷惑をかける存在でしかないからと思っていたからだ。そして何より……彼女たちでも自分は救えないと分かっていたからだ。
だからこそ、もう高町なのはだけなのだ。四年前から変わらずに、憧れの強さのままで在り続けてくれる、どんな時でも自分たちが間違った時でも正してくれる、救ってくれる彼女以外にはもう信じられない。
信じていた己の強さは所詮無力でしかなかった。そう思いこんでいるスバルには、なのはへの憧れを偶像崇拝染みたものにまで昇華し、それを盲目的に信じることでしか己を保つことが出来なくなっていた。
強さへの依存、弱さからの逃避、それに拘り続けている今のスバルにはもう周りは見えていない。声すらも聞こえていない。
見えているのはたった一つ、求めているものもたった一つ。
高町なのは、彼女に助けてもらうこと。
今のスバルにはそれしかない。それしかないと当人は思い込んでいた。
……それが四年前に己自身が否定した弱さへの逆戻りとも気づかずに。
スバル・ナカジマは盲目的に高町なのはからの救いを求めて進み続ける。
シューターのこと如くを回避され、また斬り裂かれながら異形が眼前にまで迫ってくる。両肩にある触鞭―――烈迅が振るわれ迫りくるのを障壁を展開し防御。
しかし絶影はそのままの勢いで障壁に体当たりを敢行。さしものなのはも高機動型とはいえ人外の異形の力押しには押し負けそのまま絶影と共に地面まで落下。
待ち構えていたようにカズマが右腕を振りかぶり絶影共々にこちらを叩き潰そうと殴りかかってくる。
絶影は素早く離脱、続くなのはもすぐさま起き上がるも離脱には間に合わない。
咄嗟になのははチェーンバインドを発動、鎖により雁字搦めとなったカズマの拳が寸前で止まる。
だが尚も鎖を引き千切り振り下ろそうとしてくる勢いは健在で、さながら鉄格子一つ挿んで至近距離から対峙する猛獣を連想させられる。
だがそんな妄想に耽っている暇も今は無い。すぐさまなのはが次に選んだのはショートバスター。威力は二の次で、とりあえず吹き飛ばしてカズマとの距離を取ることに専念する。
桜色の砲撃が近距離からカズマを包み吹き飛ばす。雄叫びを上げながらそれでも手を伸ばし掴みかかって来ようとその場で踏ん張り続けようとしたカズマの執念には背筋がゾッとすらした。
だがその隙を狙ったように再び離脱していた絶影が上空からこちらを追撃してくる。
だがなのはとてそれは既に読んでいた。この隙を逃さずに一気に勝負を決めようというのは定石と言えば定石。
「けどね、そう簡単に取らせてはあげないよ」
そんな呟きと同時、なのはは左手に握り込み隠し持っていた飛礫を迫りくる絶影に向けて放つ。
たかが飛礫と物ともせずに突っ込んでくる絶影であったが被弾と同時にその異形の体は揺らぎ、動きが止まる。
なのはが投げたのは単なる飛礫ではない。スターダストフォール……物質加速型射撃魔法であり立派な魔弾である。
本来は直接的に魔力弾を形成する方が得意なので使用頻度も少なく対AMF戦の時くらいしか使用もしないのだが、こうやって裏をかいた不意打ちには便利だ。
動きの止まった絶影になのははフラッシュムーブを発動、瞬時に零距離に等しい位置にまで絶影に接近、同時にレストリクトロックを使用し絶影の動きを完全に拘束する。
振り解こうともがく絶影だが、彼女にとっても手持ちの拘束魔法では最大最強の切り札だ。そう簡単には振り解けない。
少なくともカートリッジを取り替え、リロードしながら砲口を目の前の対象に向けて発射するまでの間は持てばそれで充分。
「エクセリオン……バスタァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ほぼ零距離からの砲撃に今度こそ絶影は桜色の奔流に消し飛ばされて消えていくかと思ったその時だった。
「舐め……る…なァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
消し飛ばされていく絶影に劉鳳は雄叫びと同時に必殺拳の発動を命じる。
背腰部の隠し腕―――剛なる拳、伏龍・臥龍が合わさりながら桜色の奔流を切り裂きながらなのはへと迫ってくる。
何事をも切り裂く刃と化し飛んでくる剛なる拳を押し返す為になのははカートリッジをロードし更なる魔力を砲撃へと注ぎ込む。
最大規模で拮抗するエクセリオンバスターと伏龍・臥龍。
これに最後の起爆剤のように自ら鉄火場に殴り込んできた馬鹿が居たのもまた必然か。
「抹殺のぉぉぉおおおおおおおおおお―――」
ショートバスターでは昏倒には到底威力不足は承知の上だった。だがとりあえず吹き飛ばしておいて絶影を倒した後にこちらの相手をしようと思っていたのにつくづくままならない。
「―――ラストブリットォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
放って見て置けば少なくとも一方くらいは脱落する可能性が高いというのに、この馬鹿の頭の中にはそんな賢い勘定の方法すらありはしない。
当然だ、この男……カズマにとってはなのはも劉鳳もどちらも自分が倒す相手なのだ。
勝手に自分を脇に置いたまま潰し合うなど許してなるものかというのがカズマの思考であり、故の火に油を注ぐような乱入でもあった。
後も先も関係ない。今此処で、己が自慢の拳を持って両者を叩き潰す。
カズマにはそれしか考えは無かった。
故に、シェルブリットの最後の一撃を持って、砲撃と隠し腕の拮抗に横合いから思い切り殴り込んだ。
瞬間、最強クラスのエネルギーのぶつかり合いに遂にこの場そのものが耐え切れないような勢いで爆発が起こる。
魔法とアルター、互いの未知のエネルギー同士の衝突は破壊の閃光を生み出し、この場に居る三者を含めて全てを包み込んだ。
今までの規模を上回る閃光と震動、そして破壊の衝撃が駆け抜けていった爆心地。
この場に外部から真っ先に到着したのはスバル・ナカジマであった。
流石に此処に辿り着く前に起こった爆発には足を止められ肝を冷やされたが、それでもなのはへ救いを求める意志は強かった。
マッハキャリバーも携えずに無謀な生身のままスバルはかつて平地だった爆発によって抉られたクレーターを見下ろした。
朦々と立ち込める粉塵の向こう、穴の底にかろうじて見える人影を確認しスバルは躊躇い無くクレーターの底にまで飛び降りた。
「なのはさん!?」
それが己の求めてきた救いの人物だと信じて。
だが―――
「……次は、貴様かッ………ナカジマッ!」
粉塵の晴れた向こう側からそんな怨嗟の声を発して射殺さんばかりの視線で睨みつけてきたのは別人物であった。
頭痛が激しいのか額を押さえ、疲労から肩で息を吐き……それでも尚、己の正義を支えに仁王立ちを崩さぬ男―――劉鳳であった。
新たな乱入者、現時点ではなのは同様に裏切り者と疑わしき少女の乱入に劉鳳の怒りに滾りきった勢いには自制心など欠片も抑止にならない。
傍らの傷つきつつもそれでも未だ健在な従僕―――絶影を呆然と驚き立ち竦んでいるスバルへと容赦なく差し向けようとしたその時だった。
「―――スバル! 離れて!」
咄嗟に迫りくる紫の触鞭の前に身を曝し彼女を庇い直撃したのは白い衣装の魔導師。
「―――なのはさん!?」
「まだ生きていたか!」
自分を庇いなのはがダメージを受けたことに驚愕し叫ぶスバルと、忌々しげに再登場を果たした彼女を舌打ちと共に睨みつける劉鳳。
しかしなのははそのどちらにも構わなかった。腹部に受けた烈迅にはそれこそバリアジャケットの防護が有ったとは言え激痛が走ったのは事実。
だが無理矢理にそれを無視し、シューターを十発、絶影に叩き込んで吹き飛ばす。
そしてそのまま、スバルを引っつかむと同時になのはは彼女をこの場から引き離す為に飛翔する。
劉鳳は忌々しげに飛び上がった彼女たちを体勢を立て直した絶影に命じて追撃させようとするも、
「………へへへ……温いなぁ……甘くて、温い」
直ぐ傍、抉れた岩肌に倒れ込んでいた宿敵がそんな笑いを発しながらゆっくりと起き上がってくる。
宿敵のゴキブリ染みたしつこさに劉鳳は注意を離れているなのはよりも近くに居る立ち上がったカズマの方にヘと向けなおす。
「そんなんじゃぁ……倒せねえ……この俺は……倒せねえなぁ」
不敵に口の端を持ち上げながら立ち上がるカズマの姿に当然劉鳳が感じた感情など苛立ちと憎悪のみ。
毒虫風情の生き汚いそのしつこさに嫌悪と吐き気を感じずにはいられなかった。
どこまでも……どこまでもッ……平然と俺に逆らおうとする!
社会不適応者の分際で、身の程を弁えぬクズの反抗は劉鳳にとって目障り以外の何ものでもなかった。
「そうか………まだやる気か?」
「当然のパーペキだ!……何かよぉ、負けらんねえわけさ」
そう、負けられない。
右眼が開かない、腕が痛くて重い、拳を握ることすら億劫。
だがそれがどうした? だからどうした?
まだ死んじゃいない、俺は生きている。
なら戦える……生きている限りは、戦い続けられる。
そして戦う以上は負けられない、もう絶対に負けられない。
眼前のこの野郎が相手ならば―――尚更だ!
「クズだの何だの罵られようが……テメエだけは―――必ず倒す!」
訳も理由も理屈も意味も必要性も、全て不要。
ただ気に入らない、負けられない、屈することなど許されない。
それさえ分かっていればそれで充分、それだけあれば自分が戦うには充分過ぎる。
目の前の気に入らない……この宿敵へと反逆する。
ただそれだけだ。
「ならば引導を渡してやる!」
そう怒鳴りつける劉鳳の言葉が場に響くのとほぼ同時、残りの役者たちが舞台袖へと続々と到着してくる。
シェリスを支えた瓜核が、水守と由詑かなみを背負った橘が。
この両者と因縁ある縁者たちが次々と揃う。
「ああ、やれるもんならやってみろ!」
受けて立つと吼え返すカズマの叫びが響く中、それをスバルを抱えながら見下ろしていたなのはが水守の姿に気づき目を見開く。
「水守さん!?………どうして、此処に?」
自分とクーガーで本土へと逃がしたはずの彼女がどうしてこんな所に居るのか。スバルの突然の登場もそうだがますます状況が分からなくなってくる。
見れば見知らぬ男に非難させていたかなみまで背負われている、気絶しているのだろうが彼女は無事だろうか。
……ああ、それら全てが心配であり色々とややこしいが今は眼下の見境が無くなって止まれなくなっている馬鹿二人を止めるほうが先決だ。
「覚悟しろ! その体、欠片一つ残さぬように消し去ってやる!」
劉鳳がカズマの叫びに吼え返し、ますますヒートアップしていく現状で割り込むように叫ぶ少女の声が響き渡る。
「やめて、劉鳳! それ以上やったらまた―――」
劉鳳の身を案じるようにシェリスが制止の呼びかけをするも結果は誰にとっても明白なものにしかならなかった。
「うるさい! 女如きが邪魔をするな!」
普段の劉鳳からは信じられないような暴論だが、高町なのはやスバル・ナカジマに完全に場を乱されて怒り狂っている今の彼に取り繕うような余裕が無いのも事実。
少女の儚い願いを無理矢理に押しのけながら、遂に劉鳳が動く。
「舞い散れ! カズマァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
主の命令に応え飛翔した絶影はそのままにカズマを打ち砕くべく彼目掛けて急降下していく。
カズマは動かない。泰然と佇んだまま上空から迫る絶影に視線を向けようともしない。
「―――いけない!」
その姿を見て慌てて止めに入ろうとなのはは魔力弾を形成しかける。
だが―――
―――負けないで。
夢の中、由詑かなみは必死にそう願い、呼びかけ続けていた。
いつも見ている不思議な夢。絶対に折れず、曲がらず進み続ける夢の中の『あなた』の夢。
絶体絶命の窮地に立ち、それでも尚、絶望せずしがみ付いてでも現実に屈さずに反逆を続ける『あなた』の姿。
かなみは必死に祈る、そして呼びかけ続ける。
負けないで、夢の中のあなた………わたしのあなた。
あなたの決意が鈍ると、わたしも負けてしまいそうになります。
だから負けないでください。………わたしのあなた。
―――負けないで!
―――負けないで!
そう心へと直接響いてくる誰かの声がした。
応援でもしてくれているのか………だが、言われるまでもねえよ。
俺は負けない、もう絶対に負けられない。
だってそうだろう? 俺は“シェルブリット”のカズマだ。
アイツが……君島邦彦が最期まで誇って逝った相棒なんだ。
だからこそ、ダチの面子に泥を塗るような無様な真似だけは絶対に出来ねえ。
男としての意地、君島の相棒でありダチである誇りとして。
もう、俺は負けられねえ。
だからよ、相棒―――
―――今ちょっとだけお前の力、貸してもらうぜ。
「さぁ、行こうぜ―――――――君島ぁ!」
その叫びと同時、取り出したのは亡き相棒の形見の品。
君島邦彦が愛用していた拳銃。車の回収代代わりに貰った報酬。
これには君島の思い出が、人生が、信念が詰まっている。
ここに君島は居る、これもまた君島なのだ。
だからこそ、カズマはその相棒にも等しいソレを宙へと放り投げる。
使い方は決まっていた。元々銃なんて代物は己では使えない。
だからこそこうして―――アルターの媒介へと用いる。
虹色の粒子により分解されていく形見の品。
もう手元には二度と戻ってこない。だが惜しいとも思わない。
君島との思い出はここにある、この胸の中にある。
だからこそ―――
「君島ぁ……コイツは……この光は―――」
―――今はただ、二人でこの野郎をぶちのめそう。
「俺と……お前の……ッ……輝きだぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」
瞬間、虹色の輝きは黄金の光へと変貌をとげ、全てを包み照らしつくす輝きとなる。
突き上げるカズマの右拳にもまたアルター……第二段階のシェルブリットが顕現していた。
これが掴んだ力、天下無敵の無双の力。
カズマの、そして君島の、二人の誇りと信念が形となったその姿。
「シェルブリットォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
握り込み叫ぶカズマの思いに応えるように、カズマを中心として黄金の輝きだけでなく、アルターの粒子を撒き散らす虹色の光が次々と地の底から沸き出始める。
それだけではない、先の三者の激突すらも比では無い規模の震動がカズマを中心に発生する。
「そんな! まだアルター化させるなんて!」
「チィ! やっぱりまだ何か隠してやがったか!?」
水守と瓜核が驚愕したように周囲の変事を見回しながら叫びを上げる。
「砕け散れ! 劉鳳ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
宣言通り、人を砕け散らすには余りある破壊の衝動を右腕に溜め込みながら、それを解き放とうとするカズマだったが、
「―――いけない! あのままじゃ―――」
いち早く異変に気づいたなのはが血相を変えた叫びを上げる。
アレは人が扱うには強大すぎる。そしてカズマもまた完全に制御下に置ききれていない。
このままでは力が暴走し、暴発を起こす可能性が高い。
一刻も早く止めなければ、カズマ自身だって危ない。
そう思って動きかけるも、抱きかかえているスバルの存在を思い出し、どうしたものかとなのはは躊躇いを見せる。
その躊躇いがこの一瞬においては致命的なタイムロスとなった。
「劉鳳! 劉鳳ッ!?」
そう名を叫んで飛び出しかける水守を、橘はかなみを抱えたままに水守の手を引き必死に押し留める。
「駄目です、桐生さん! これ以上、近付いたら―――」
「離して! あそこに劉鳳がいるの! 劉鳳が!」
だが聞く耳持たぬという勢いで橘の手を振りほどこうとする水守に先程までの冷静さや責任感は既に無かった。
この異常事態、探し続けた想い人がその中心地に残ったまま。
そのような事態で冷静でいることなど水守には出来なかった。
『落ち着いてください、ミス水守! あなたが行っても何にもなりません!』
マッハキャリバーもまた必死に水守にそう言いきかせようとするも今の彼女にはそんな説得が届けばここまでの苦労も無い。
モタモタしてはいられない。これ以上この場に留まるのも危険すぎる。相棒であるスバルの安否も大事だったが今は一般人である水守たちの方が身の安全は優先される。
それに今はスバルの傍にはなのはが居る。彼女ならばスバルを護りきってくれる。
なのはを信じスバルを任せ、一刻も早く水守を説得してこの場を離脱しようともう一度彼女へマッハキャリバーが呼びかけようとしたその時だった。
厳つい紫の改造車が水守と橘の直ぐ後ろへと乗り上げてきたのは。
「―――カズヤ!?」
ガルウイングのドアを押し開けるような勢いで車の運転手が飛び出しながら叫び声を上げる。
「―――え?」
「み、みのりさん………ッ!?」
偶然、両者は驚いたように互いの顔を確認して口を開く。
これが桐生水守とストレイト・クーガーとの思ってもいなかった再会だった。
「劉鳳! 瓜核、助けてあげて!」
泣き叫び飛び出さんばかりの勢いの自分を押さえつけている相手にシェリスは懇願するように叫ぶ。
だが飛び出そうとするシェリスを必死に留めながら瓜核が応えた言葉は、
「駄目だ! こっちもヤバイ!」
そんな無情な一言だった。
そして泣き叫んで暴れるシェリスを抱えながら、瓜核は後方に飛んでそのまま己のアルターを用いて転移する。
瓜核としても苦渋の決断ではあったが、自分のレベルでは如何こう出来ないことは分かりきっていたし、このレベルの震動では置いてきたエリオたちだって危険だ。
劉鳳と劉鳳から任された仲間達……瓜核は結局劉鳳を信じて後者を選んだ。
劉鳳ならば無事に戻ってきてくれる。それを信じて。
「劉鳳! 劉鳳ぉ! あたしの―――」
想い人を求める少女の儚い叫びは、転移によって最後まで紡がれることなく儚く断ち切られた。
「ッ!?……もう少し……だってのによぉぉおおおおお!」
言うことの聞かない右腕を掴みながらカズマは忌々しいと言わんばかりの感情も顕にした叫び声を上げる。
あと少し、そうほんのあと少しで目の前の気に入らないアイツを倒せるというのに。
肝心なところで毎回毎回裏切られる現実に、必死に反逆しようとカズマは抗う。
だが御しきろうと足掻くその力は、カズマを無視してどんどん力を溜め込んでいき―――
―――遂に、弾け飛んだ。
上下左右もハッキリとしない、何処とも分からぬ空間。
川に流された流木のようにただその場に浮かんでいるカズマにとって思ったことはたった一つだけであった。
……まただ、また無くなっちまった。
折角、手に入れたと思ったのよぉ………。
背負うもんも……ダチも………
最初から何も自分は持っていなかった。
持っていなかったからこそ、ひょんな偶然から手に入れたそれらに愛着も抱いた。
それはとても穏やかだったから。
それはとても温かなものだったから。
微温湯だと、一時の儚い宿り木であったことなど承知の上だった。
でもだからこそ、護りたいと思った。
護れるものなら、自分の力でも護れるものがあるというのなら。
背負って、護りきりたいと思ったのだ。
いくつもの偶然が重なって成り立っていた、奇跡とも呼んでもいいような手に入れた自分の居場所を。
ただ……護りたかっただけだ。
「……いいさ、別に初めてってわけでもねえしな」
ポツリと呟くその言葉は決して悔し紛れに言ったわけではない。
そう、これと同じようなことは今までだって何度もあった。
今回は偶々……そう、今までで一番居心地が良かっただけ。
けれどこの世に永遠など存在しないように、手に入れていたものとていずれは失う。
今までだってそうだった。だから今回もまた同じだけだということ。
直ぐ慣れる……ああ、慣れちまう。
痛いのも、悲しいのも、裏切りも、喪失も。
このロストグラウンドで生きていく上で誰もが通ってきた経験に過ぎない。
これもまた、いつかは良い思い出だったという過去になるソレだけのことだ。
だからこそ、もう振り返らない。
手にいれたところで失うというのなら、もはや何も要らない。
居心地が良かろうと、温かな思いを抱けようが、こんな辛い思いもせねばならないのならもう要らない。
俺にはもう……誰かを背負うなんて、重すぎて出来やしない。
だから……もう何も要らない。何も要らないから―――
「だが……アイツだけは……ッ……目の前にいるこの野郎だけは絶対に許せねえ!」
―――野郎もそう思ってるはずだ!
「……此処は……一体………?」
カズマとの激闘の最中、気がつけば此処に居た虹色の不明瞭な不思議な空間。
前面では相も変わらずに目障りな毒虫が黄金の輝きを発しながらこちらを睨みつけてきている。
……まぁ良い、此処がどこだろうがそんなことはどうでも良い。
今はただ、そう目の前のあの絶対に許すことなど出来ない悪を断罪する―――
「――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!?」
そう思っていたその時だった。
劉鳳はカズマではなくその奥、何処まで続いているかも分からないその空間の向こう側に居るあるモノに気づいて言葉どころか思考さえも止まった。
駆け抜けるように思い出すのは六年前のあの惨劇。
ああ、忘れるはずが無い。他の誰が忘れたとしても自分だけは忘れない。
そう、絶対に忘れることなどありはしない。
自分から全てを、大切な人たちを奪った、あの―――
「貴様ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
両腕に雷を纏った正体不明のあのアルター。
散々探しつくした、己にとって憎むべき怨敵。
遂に………遂に、見つけた!
今此処で全ての過去を清算させてやる――――――!
もはや思考の全てを吹き飛ばし、憎悪という激情にのみ駆られながら、劉鳳は叫び声と共に己のアルターである絶影を構成。
絶影もまた主の衝動を力に変え応えるように輝き―――
―――そして、遂に二人の男の激情により『向こう側』の扉は開く。
突如発生した天を覆わんばかりの巨大な光の柱。
大気の壁すら突破して空の彼方へと届かんばかりのエネルギーは、遂に『向こう側』と繋がり、爆発を起こす。
「―――いかん! イーリャン、戻れ! イーリャン!?」
かつて誰よりも最初に向こう側に繋がったものとして真っ先に異変を感じ取ったジグマールは、監視へと出していた大事な彼を直ぐに退避させるべく呼びかける。
だがイーリャンもまた近付きすぎたのか、ジグマールの呼びかけにまったく応えようとはしない。
目の前が暗くなる、最悪の事態を予想し激しい動悸が治まることも無い。
だが悲嘆や絶望に暮れる暇すら今のジグマールには許されない。
次々と鳴り響いてくる執務室に届けられる報告の数々。部下が指示を求めて叫び散らしている通信の向こうでどのような異変が起こっているかなどジグマールには想像するにも容易すぎた。
何せ自分は二十二年前に当事者として巻き込まれたのだから。
………そう、この大地がロストグラウンドと呼ばれる原因となった大隆起現象に。
想像を絶する最悪の事態を前に、さしもの老練な男にすら出せる言葉は何も無かった。
「……これは……一体………ッ!?」
「そ、そんな………………………」
なのはとスバルは眼下で起こっている異常事態を前に言葉すらも無かった。
大地が、隆起している。
現状、この場を中心に起こっている信じられないこの事態になのはは己が最悪の事態を止められなかったことを自覚した。
直ぐ傍で天を貫き輝き続けている光の柱……カズマと劉鳳が消えてしまったその場所を呆然と見つめながら言葉を失う。
先程から念話でロングアーチスタッフから引っ切り無しに次元震発生の報告と、現状の報告を求められているがなのはにそれに応える余裕は今は無かった。
自分が現場に居ながら起こってしまった最悪の事態、護りきることが出来なかった人々。
そして―――
「………カズマ、君」
最後まで言葉も届かず手も差し伸べることが出来なかった彼に対しての己の情けなさになのはは悔しさと共に拳を握り込んだ。
感情に流された彼らを止めようと思い行動した心算だったのに、気づけば己もまた感情に流されて行動していた。
結果的に火に油を注ぐような事態にまで陥った現状こそ今なのかもしれない。
……反省しよう、そして償いをしなければならない。
けど、それだけでは終われない。否、終わらせなどしない。
むしろまだ―――
「……まだ、間に合う。………ううん、間に合わせてみせる」
助けると誓った。少女の願いに自分は応えた。だからこそ覚悟を決めて動いたはずだ。
此処で立ち止まってしまってはそれそのものを自分は嘘にしてしまう。
それだけは出来ない。絶対に………
不屈の魔法使いの心は未だ折れず、明日という希望を信じて、彼らを助けるべく動き始めた。
この手にある魔法の力は、ただそれだけの為のものなのだから―――
「があああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
言葉として意味を成さぬ雄叫びを上げながら、絶影を率いて劉鳳はただ憎むべき怨敵へと断罪の刃を振り下ろすべく迫る。
もう何も見えていなかった。カズマも、ホーリーとしての理想も、何もかも。
その全てを凌駕し余りある憎悪、劉鳳が相手へと抱いているものはそれ程に根深く強い感情だった。
ありったけの憎悪を握り込んだ拳に込め、六年間の全てを清算する為に劉鳳はソレを振り下ろそうとし―――
「劉鳳ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
―――またしても、眼前に割り込んできた忌々しい宿敵にソレを阻まれる。
おい、どこ向いてやがる!? 誰を見てやがる!?
テメエの相手は俺だ! 俺だけだ!
だからちゃんと俺を見ろ! 喧嘩はまだ終っちゃいない、よそ見する暇なんて与えねえ!
もう俺はテメエだけだ! テメエだけしかいないし、他は何一つ要らねえ!
だからテメエも俺を見ろ! 俺だけを見ろ! ちゃんと俺の相手をしやがれ!
ふざけた余所見で他を優先するなんざ……絶対に許さねえ!!
そんな思いも顕にしながら、ただ劉鳳だけを追い求め、彼に立ち塞がり、彼を倒すためにカズマは拳を握り込み、振り上げる。
全てを失い、それでも最後に残ったコレにしがみ付く為に。
一方で劉鳳にしてみればもはや眼中にも無い者が突如割って入って邪魔をしてきたのだ。不愉快云々というレベルですらない。
余計な邪魔をしてきたカズマに、怨敵にも匹敵する憎悪を込めて迅速に全力で排除すべくその拳をカズマへと振り下ろした。
黄金と白銀、二つの光を生み出しながら人知を超えた空間で、それに等しき力を振るい二つの拳が激突する。
この空間の主のように存在する、その結晶体はただ憎悪に駆られ破壊へと走る二匹の獣を祝福するが如く両手を掲げ啼いていた。
まるで破壊の宴の完遂を成功した歓喜を表すように………。
後に再隆起現象と呼ばれることになる今回の事態、起こった波紋の伝播は現地であるロストグラウンドだけでなく、その背後にある本土においても大きな影響を及ぼすこととなる。
また事態の裏側にて待機していた管理局にもまた、未知の次元震の発生という形で大きな衝撃を与えた。
事態の渦中に派遣されていた部隊である機動六課。
彼女たちの思いや信念をも飲み込みながら、揺れる狂乱は収まることを知らず、加速度的に失われた大地は狂乱の時代へと進んでいこうとしていた……
次回予告
それは偶然の出会いが生んだ始まりだったのかもしれない。
けれど私はソレに出会い、ソレを信じてこの道を進んできた。
この手にその力がある限り、理不尽な悲しみでこれ以上誰かが傷つかない為に。
だからカズマ君、私は絶対に君を―――
次回、魔法少女リリカルなのはs.CRY.ed 第8話 なまえをよんで
―――本当の気持ちに、テイク・オフ。
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