「オルタドライブ?」
シャーリーの言う単語は、デバイス関係を多少は齧ったわたしにも聞き慣れないものだった。
カズマ君のデバイス、チェンジデバイスと言うらしい箱か又は物々しいバックルとでも形容するしかないそれは、下手なロストロギアより謎だらけのものだった。
もちろん普通のデバイスとは全く違う。機能もよくは分からない。おまけに厳重なプロテクトとダミープログラムによって内部データは閲覧できず、ブラックボックスな中身故にコピーも難しかった。
「ええ、カズマさんが何度か使用した後に調べてみたら幾つかプロテクトが解除されていたんです。それで調べてみたらそんな名前が」
シャーリーにしては珍しい、聞いたことのない専門用語みたいだ。彼女に分からないなら、わたしにも分かる筈がない。
「それで、そのオルタドライブって何のことなの?」
名前からして動力機関みたいな気はする。けれど動力機関が搭載されたデバイスなんて聞いたことがなかった。
「このデバイスに搭載された魔力精製機関のことみたいです。これのお陰でリンカーコアのないカズマさんでも魔法が使えるみたいなんですけど……」
魔力素を変換出来る装置自体を聞いたことがない、とシャーリーは続けた。
簡単に言えば人工のリンカーコアということだと思う。けどそんなもの、一体誰が作ったの?
リリカル×ライダー
第五話『鉄槌』
訓練、訓練、また訓練だった。
機動六課隊員、特にフォワードメンバーは頻繁にヘリで任務に向かっていた。復興支援や、ガジェットと呼ばれる自立戦闘機械の掃討などを行っているらしい。JS事件の傷痕は、未だあちこちに残っているらしかった。
一方の俺はまだ任務に従事出来るだけの訓練を積んでいないため、一人居残り練習という有り様だった。一応、教官としてなのはが残っているのは不幸中の幸いか。
すでに俺が目覚めてから、一週間も時間は経過していた。
「飛行魔法に魔力付与攻撃、それにベルカ式防御魔法だけかぁ」
なのはが訓練データを見ながらぼやく。
薄々気付いていたが、俺は相当不器用らしい。基礎的な射撃魔法はもちろん、魔力スフィアの形成も出来なかった。というより、射撃魔法自体が向いていないのだろう。他に補助魔法や戦闘以外に使用する魔法も試したが、いずれもダメだった。
唯一、飛行魔法だけは利点になるらしいが。
「まぁ、カズマ君はどちらかというと騎士だしね」
騎士という言葉は聞き覚えがあるが、彼女の言う騎士はおそらく違う意味だろう。
「なのは、騎士って?」
「えっと、わたし達魔導師がミッド式魔法を使ってるのは教えたよね? ミッド式はね、攻撃魔法は主に射撃魔法が得意で他にも補助魔法や様々な魔法を使うのにも向いた万能な魔法体型なの。一方、ミッド式と対を成す魔法体系にベルカ式と呼ばれるのがあってね。そっちは格闘戦用の魔法を中心に戦闘に特化してるんだけど、それを扱うのが『騎士』」
……分かったような、分からないような。
まぁ、斬り合いや殴り合いの方が向いてるのは事実だ。
「似たような戦い方をヴィータちゃんとシグナムさんがするから、帰ってきたら習うといいよ」
そのヴィータちゃんとやらは知らないが。
「それよりなのは、もう一度ガジェットってのと戦わせてくれ。実戦形式が一番伸びるのが早い気がするんだ」
俺の案をしばし顎に手を当てて考えた後、溜め息と共に首肯した。
「大体のことは分かったしね。でもガジェットじゃ、物足りないんじゃない?」
なのは曰く、殴り合いや斬り合いが主な俺はガジェットに対し相性が良いらしい。AMFと呼ばれる魔力を阻害するフィールドを持つガジェットは並みの魔導師には天敵となるものの、自分のように殆ど魔力を使わないものには何の障害にもならないのだ。故にガジェットは自分に取って少々役不足な敵だった。
「でも他にないんだろ?」
「そういうわけでもないんだけど……」
いつまでも顎に手を当てて悩むなのは。段々イライラしてきた。
「おい、そこまで悩むんならさっさとその隠し玉出せよ!」
「うーん、後悔しても知らないよ?」
なのはは、にこりと笑った。
・・・
「フェイトちゃんお帰り。ここんとこ忙しいのに厄介事押し付けちゃってごめんな?」
「平気だよ。それにはやてだって大変なんでしょ?」
「私は何時ものことや」
フェイトちゃんが一週間ぶりに帰ってきていた。
彼女に依頼したのはカズマ君の調査。執務官という立場を生かして本局で調査してもらっていたのだ。未だ記憶が戻らない以上、こっちが地道に調べていくしかないのだから。
「それでどうやった? カズマ君の世界は見つかった?」
「管理世界と把握している管理外世界からここ最近急にいなくなった人をリストアップしたんだけど、該当する人はいなかった」
「そっか……」
思わずほっとしてしまう自分が嫌いになりそうだ。けど、せっかく六課とも馴染み始めたカズマがいなくなったら寂しいというのは事実だ。そういって自分を誤魔化すことにする。
「けどね」
「ん?」
カズマ君の偽造の身分証明書を提出するために封筒に纏めていた手を止める。珍しい、彼女が言い澱むことがあるなんて。もう一人の親友ほどではないけれど、彼女も正義の人故に何でもはっきり言うのだ。
「実はそっくりな顔の人が15年前に日本で行方不明になったって情報があったんだ」
「なんやて!?」
まさかだった。確かにカズマ君の顔は東洋系だし、名前も日本人っぽいとは思っていた。しかし本当に日本人、つまりは私やなのはちゃんの故郷、第97管理外世界の出身だったとは。
「でも15年前だから今とは顔が違うはずなんだよね」
「あ……そうやね」
確かにそうだった。15年前に似ていただけなら今はずっと老けているはずだ。早とちりだった。
「そっか、ありがとな」
「いいよ、私も気になってたから」
そう言って微笑を浮かべた後、彼女はここを退室していった。
・・・
「はぁぁぁ!」
円筒形のガジェットを真一文字に切り裂く。薄っぺらな装甲は容易くひしゃげ、内部機器を粉砕しながらオイルを撒き散らして爆散した。まぁ、魔力を物質化させて、ホログラムで見た目をリアルにしているだけの偽物なのだが。
「これで、15体か」
訓練再開から10分、最初はガジェットと戦っててと言われて戦闘を続けていたが、数にキリがなかった。
そしてまた、ビルの屋上から三体のガジェットが顔を覗かせる。
「くそっ、おりゃあ!」
『Fly Booster』
俺の声に続き、バックルから電子音声が鳴る。それに呼応して背中にある二本のブースター先端に発動した魔法陣から青い魔力光が噴き出し、俺の体が浮かび上がった。
ちなみに、俺は今の体を見て思うことがいくつかある。
まずはバックル。本来はこんなものじゃなかった気がするのだ。他にも腹や肩のアーマーが不自然に感じる。本来ここには何かマークが描かれていたはずなのに。今は無機質な装甲だけだ。
そしてこの背中にあるこのブースターも違和感の原因の一つだ。
「おりゃあああ!」
『Slash』
飛び上がった俺の剣が蒼い魔力光を帯びる。
俺はビルに着地しながら右足を軸に体を回転させ、三体のガジェットを一度に切り裂いた。――そして一歩遅れて爆発する。
「これで、18体かよ」
違和感が何なのか、俺には分からない。今は精一杯生きるしかないのだから。
再び床から四体のガジェットがせり上がる。まだまだ休ませてはくれないか。
「りあぁぁぁあ!」
フライブースターを噴かせ、一気に突進する。いや、しようとした。
それを、轟音が遮った。
「だ、誰だ!」
ガジェットを粉砕した影。背は低い。だが赤い衣装と右手のハンマーが、俺の恐怖心をくすぐる。いったい誰だ?
「なのは、これは一体――」
「お前がはやてを誑かしたのかぁぁぁあ!」
「えぇぇぇ!?」
その赤い影が、俺に襲いかかってきた。
・・・
鬱だった。
何故彼をあそこまで罵倒したか分からない。犯罪者と勝手に決めつけ、彼に辛くあたった自分が堪らなく憎い。
任務の合間、つかの間の休憩時間に、あたしは何をやっているんだろう。あの模擬戦以来、考え事ばかりしている気がする。
「ティア?」
声がかかる。スバルだ。あたしに元気がないのを察して来てくれたんだろう。
「ねぇ、スバル」
「何?」
スバルになら、悩みを吐いてもいいかな? 執務官になるために、あまり他人を頼ったりはしたくないのだけれど。
「どうしてあたし、カズマさんにあんなに辛く当たっちゃったんだろう」
「ティア……」
理由は無いわけじゃない。ナンバーズを捕まえた際に、しかるべき罪を課せられるかと思ったら驚くほど軽くて管理局に不信感があったとか。最近良くしてくれているなのはさんを蹴飛ばしたことが許せなかったとか、はやて部隊長が庇ったのが信じられなかったとか。この頃アレの習得が上手くいかず溜まったストレスも原因かもしれない。ホントに、いろいろ。
けど本当は、この機動六課という輪を壊してほしくなかっただけかもしれない。そんな小さな事のために辛く当たった自分が、本当に小さく見えた。
「ティア」
「何よ?」
「一緒に謝ろうか」
「えっ?」
まさかスバルがそんなことを――と考えて、あたしよりもずっとそういうことを気にするやつだったのを思い出した。
「あたしも最初はまだ本調子じゃないなのはさんに暴力を振るったあの人が許せなかったけど、今では反省してるんだ。なのはさんがあの人は悪い人じゃないって言ってたの、早く信じておけば良かったって、今頃になって思ってる」
目に涙を滲ませ、顔を伏せながら言うスバル。きっと任務中も悩んでいたのだろう。それを気付かせないように空元気を出していたに違いない。あたしがいつも通りだったら分かってあげられただろうに。それが悔しい。
「だから、その」
「分かった。スバル、一緒に謝りに行くわよ」
「ティア……」
あたしはなるべくいつも通りに笑いながら、
「くよくよ悩むなんて、アンタらしくないでしょ」
あたしは、そう言った。
・・・
何故だか俺は、ティアナとスバルのことを思い出していた。
ティアナとスバルが謝りに来たのは昨日の話だ。こっちはかなり驚いたが、願ってもないことだったので俺も喜んで受け入れた。
何故、今そんなことを思い出すのだろう。
「ぐあっ!」
「どうした! その程度かよ!」
赤い服を着る人影は少女だった。ドレスのような派手なフリルがいくつも付いた服を来ていて、年は小学生くらいだろう。可愛らしい顔立ちをしている。
そんな少女が憤怒の形相を浮かべて、ハンマーを振り回しながら襲いかかってくるなんて悪夢としか思えない。
「グラーフアイゼン!」
『Jawohl!』
威勢の良い彼女の掛け声と、ハンマーから鳴る同じく威勢の良い機械音声が重なる。それと共にハンマー基部のコッキングレバーが動き、薬莢が排出される。
「カートリッジ!?」
「ラケーテン、ハンマー!」
『Raketenhammer!』
赤い魔力がハンマーを包み込む。一瞬の後、ハンマーのヘッド部分は異形の姿に変貌していた。
叩き付ける部分には鋭い突起が、反対側にブースターが付いた新たなハンマーヘッド。見るからに危険そうだと分かる凶悪な外見だ。
それを彼女は、ジェットを吹かして自分の体を軸に回転させながら俺に叩き付ける!
「あぁぁぁぁぁあ!」
俺はそれを右手に発動させた小さな三角形の魔法陣型の盾、パンツァーシルトで受け止める。
甲高い耳が馬鹿になるような音が鳴り響き、ハンマーから生えた突起が俺の盾をガリガリと削っていく。
凄まじい衝撃と突起による追加ダメージ。
俺を守る盾は、限界に達しようとしていた。
『お願い! わたし達の六課を守って!』
その時、なのはの声が耳を震わせた。
――守る……?
そうだ、守らなければ。今六課隊舎を守れるのは俺だけなんだ。
――そうだ、俺は。
俺が、俺が戦わないと。六課を、ティアナやスバル、エリオ、キャロの帰る場所を守るために。
――俺はもう、誰も失いたくない。
そうだ、俺は――
――“全ての人を、守ってみせる!”
「おぁぁぁぁぁっ!」
右手が輝き出す。眩い群青の光は、右手に展開されている三角形の魔法陣を包み込んでいき、亀裂をみるみる修復させていく。
「な! コイツ、いきなり魔力量が――」
少女が表情を変える。だがそんなことはどうでもいい。
俺はフライブースターを最大出力にして押し返す。
均衡する力と力。
「バリア、バースト!」
その状況を、俺はあえて粉砕する。
「なぁっ!?」
盾となっていた魔法陣が爆発し、彼女とそのハンマーを吹き飛ばしながら噴煙で包み込む。これで一時的だが眼は潰した。
俺は死角に一瞬で飛び、青い光を帯びさせた剣を降り下ろ――
「そこまで!」
――そうとした所で、戦いは終わりを告げた。
・・・
「なのは! てめぇ!」
先程まで戦っていた赤髪の少女が、なのはに掴みかかっていた。
「ごめんね、ヴィータちゃん。ああ言ったらカズマ君と良い戦いをしてくれるかと思って」
「にしてもやり方が悪過ぎだ!」
おそらくなのはの言っていた秘策はこの少女の事だったのだろう。確かにえらく強い相手だった。
ちなみに今いる食堂で夕食がてら事情を聞くということで集まったのだが、彼女がキレ出してしまったため俺には何も出来なかった。
しかし俺はなのはの少女みたいな甘い声にまんまと乗せられたということか。考えてみれば俺が戦わずとも彼女がいた訳なのだから、責任感を持つ必要はなかったのだ。くそ、あの高い声と必死さのある口調は反則だ。思わず守りたくなってしまった。
でも、俺は何か思い出しかけた気が――。
「ホントごめんね。今度はやてちゃんが休み取れるようにわたしが仕事引き受けるから。一緒に遊園地とか、この頃行ってないんじゃない?」
「ほ、ホントかなのは? やったー! はやてと久しぶりのお出掛けだー!」
単純な奴だな、と思ったのは内緒だ。なのははもしかしてこうやって彼女“で”遊ぶことを目的としていたのではないか? そうは思いたくないが……。
「ところでなのは。この子はどういう?」
「あたしか?」
なのはに対して散々怒りをぶちまけたからか、先程よりはずっと爽やかな自信に満ちた笑顔をこちらに向けた。
「あたしはヴィータ。はやての守護騎士ヴォルケンリッターにして機動六課スターズ分隊副隊長のヴィータだ」
赤髪の少女、ヴィータはそう名乗った。
・・・
ようやく仲直りをしたティアナはカズマへの詫びとしてクラナガンの案内を志願する。二人での奇妙な買い物は、しかし平和には終われない。
ついに物語は始動する。最悪の方向へと。
次回『覚醒』
Revive Brave Heart
最終更新:2009年06月17日 21:03